IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第14話 ドラゴンヒーローズ

 外へ続くアリーナの通路は、襲撃から避難してきた生徒でひしめき合っていた。幸い怪我人はいないようだが、表情は一様に暗い。それが事態の深刻さを物語っていると、通路の奥から恐怖に駆られた少女のたちの悲痛な叫び声が聞こえてきた。

 

「どうして、どうして開かないの!!」

「お願い! 誰かここから出して! 誰か助けてよッ!」

「イヤっ! 私こんな所で死にたくない!!」

 

 声がした方向では、生徒たちが閉ざされた電子扉を必死で抉じ開けようとしていた。しかし、施設のシステムがダウンしているらしく、堅く閉ざされた扉はまるでびくともしない。

 やがて、一人の生徒が恐怖に心を折られ、その場に泣き崩れてしまった。

 

「もう、ヤダよ、こんなの……出して、お願いだから……出してよぉ」

 

 無理もない。襲撃を受け、こんな場所で缶詰にされれば、泣きたくもなるだろう。

 私はそんな彼女の許に歩み寄り、膝を折って視線を合わせた。

 

「大丈夫ですよ。今頃、先生たちが救出に尽力しているはずですから。もう少し辛抱すれば、直に助けが来ます。だから今はがんばって耐えましょう。ね?」

 

 私はハンカチでその女子生徒の涙を拭い、手を力強く握って励ます。

 その生徒は泣くのをやめて、弱弱しくも頷いた。

 

「ヒック、ヒック……ぅん。あたし、がんばる……」

 

 私は『強い子です』と励まし、彼女をその友人に任して、場を離れる。

 人気のない場所まで来たところで、ひとり難しい貌をした。

 

(あの子の手前、ああ言いましたけど、実際のところ、救助の見込みは薄そうですね……)

 

 システムがダウンしている状況から察するに、事態は切迫していると見ていいだろう。なにより、私の研ぎ澄まされた戦士の感が"危機(クライシス)"を強く感じ取っていた。私もそろそろ、普通の生徒をやめて、何か行動を起こした方がいいだろう。

 そうするにあたって、まず欲しいものは情報だ。

 そこで、私は持ってきていたモバイル端末を起動し、エイダに通信を繋いだ。

 

『アリス、どうしたの?――いや、どうしたって聞くのは野暮ね。何が知りたい?』

「施設内の状況と外の情報が欲しいです」

『了解。簡潔に言えば、かなり深刻な状態よ。施設内のシステムが何者かに乗っ取られてしまって、こちらのアクセスもコマンドもまったく受けつけない状態なの』

「だからこの有様なのですか。で、外の方は? 例のISはどうなっています?」

『織斑と凰が応戦してくれているわ。けど、試合後の疲弊した二人じゃどれだけもつか。私たち教師陣も出撃に備えているけど、遮断シールドを<Level5>に変更されてしまったから、援軍には迎えそうにないわ』

 

 一夏と鈴が未確認のISと戦っている。しかも、孤立無援の状態で……

 私の脳裏にもしもの不安が過ぎる。だが、私はそれを払拭するように赤毛を振り乱した。

 今自分がやるべき事は、彼らの身を案じることじゃない。状況を把握する事だ。

 

「それで学園はどのような対応を?」

『三年のエンジニアと教員たちが総掛かりでシステムの奪還を図ってはいるわ。けど、まだ目途は立っていない。かてて加え、学園外部への通信手段が全て遮断されているみたいで、完全に隔離された状態よ。これじゃ政府に助勢を要請するのは無理そうだわ』

 

 それを聞き、小さく舌打ちする。

 IS学園は日本海域に建設されている。これは日本の有事でもある。だが、IS学園はある種の自治権を保持するため、どこの政府もIS学園に戦力を駐屯・派遣できない。できるのは、学園側が要請した時だけだ。つまり、こちらが要請しない限り、日本政府も指をくわえて見ているしかできない。いつだって武力介入を困難にしているのは、政治的な壁だ。

 だからこそ、どこの国家体制にも依らない我々が創立された。

 政治の向こう側で死にゆく者たちを救う。そのために、私たちはある。

 

「エイダ、私は作戦部に連絡を入れます」

 

 学園の通信システムは無力化されている。だが、私たちは学園システムから独立した長距離可能な通信装置を持ってきている。私の場合は専用機に装備されていた。それを用いれば作戦本部と連絡が取れる。

 

「私も情報部に繋いでみるわ」

 

 そう言ってエイダとの通信が切れる。私も人気のない場所に移動し、<赤騎士>を展開した。

 通信を解放して本部に繋ぐ。僅かな待ち時間のあと、若い女性の声がした。通信担当の女性だ。

 

「はい、こちら通信基地局。あら、我らが姫君。元気にしてた?」

「ええ。ですが、ゆっくり世間話をしている暇がありません。ボスに繋いでください」

「あら大変。わかったわ。すこし待っていて」

 

 直後、通信機の向こうで、機械的な音がした。通信経路が切替わる音だ。機密保持のため、下層部の人間は上層部の人間と直接通信できない。そのためには複数の基地局(プロキシ)を経由しなければならないのだ。

 しばらくして、通信の確立を告げるARが表示された。

 

『私だ。どうした』

 

 野太く、けれど威厳のある声音。ボスの声だ。私はどこかにいるボスに緊急事態を告げた。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 学園が襲撃された時、ロリーナは新造潜水艦の航行テストに同行している最中だった。

 艦内放送で“テスト航海の中止”が告げられると、ロリーナは速足で発令所に出頭した。厚い二重の防水扉を潜る。発令所区画では、同じく航行テストに同行していた作戦部長が既に待機していた。隣には艦長もいる。ロリーナは艦長に視線を送った。

 

「どうしたの」

「緊急事態だそうです」

 

 若い女性の声で艦長が言う。

 この艦には通常艦と異なる技術が導入されており、その制約から女性が艦長を務めていた。

 

「待たせた。状況を説明しろ」

 

 サウンドオンリーと表示されたモニターにエドガーが告げた。

 

『IS学園が襲撃を受けました。どこの勢力かは不明。数は1。しかし、敵はISを装備しています。ライブラリーに該当しない機種です。完全な新型かと思われます』

 

 さらに、一夏たちがその機体と交戦していること。学園の制御システムがサイバー攻撃で機能不全に陥っていること。それに対し学園側がどのような対処を行っているか。アリスはそれらを簡潔かつ詳細に説明した。

 

「ずいぶんと大胆なマネをしたものね。それにテロリストがISなんて」

 

 状況を聞いたロリーナが難しい顔で言った。

 厳重管理されているISを入手するには、資金とコネクションが必要だ。政治力も重要になる。そこらのテロ屋には無理だ。おそらく襲撃者の背後には大きな組織がある。

 しかし、目的がわからなかった。

 ISを使用し、サイバー攻撃まで仕掛け、目的が単なる破壊とは思えない。

 

「何かの陽動かしら?」

 

 その可能性は否定できなかった。襲撃で世界の気を引き、その裏で本当の目的を果たす。よくある手だ。仮にそうなら、安直な部隊の派遣は的確な判断といえない。

 このまま学園に事態の収拾を一任し、事の成り行きを見守るのもひとつの手ではあったが、

 

『私に介入の許可をもらえませんか。5分で片づけてきます』

 

 場の成り行きを静かに見守っていたアリスが、そう意見した。

 事務的な口調ではあったが、それは感情の発露であった。――友人を助けたいという感情の。

 兵士が感情に流されては三流である。本来なら諌めるべき場面だったが、彼女が友人の危機を黙って見過ごせるほどクールじゃないことは、この場の誰もが知っている。そして、それが彼女の魅力であることも。

 そんなアリスをロリーナが後押しする。

 

「敵の真意がどこにあるにしろ、目の前の脅威は無視できないわ。それに私たちは“彼”を失えない。彼を守ることも、彼女の重要な任務のひとつよ」

「わかった。――アリス、キミは織斑一夏の援護に迎い、脅威を排除しろ。ただし、こちら側の素性は可能な限り明かすな。君の正体をまだ学園側に知られるわけにはいかん。システムの奪還と救助の問題はこちらで対処する」

『了解しました。感謝します。――以上、通信おわり』

 

 通信が閉じられたモニターにOFFLINEの文字が浮かぶ。

 それを確認することなく、彼らは早々に行動を開始した。

 まず情報部に要請して情報収集を行ってもらわなければならない。襲撃に備え、各国のインテリジェンス・コミュニティーに警戒を促す必要もある。その間に各地の陸戦ユニットと空戦ユニットを招集、編制し、有事と救助に備える。

 その指示を出すエドガーの隣では、ロリーナが艦長と話をしていた。

 

「この艦のコンピューターシステムで、IS学園のシステムに侵入してみるわ」

 

 このハイテク艦には高度な電脳兵装(サイバニクス)とデータリンク能力に加え、強力な第5世代型(・・・・・)コンピューターが装備されている。その気になれば国防総省(ペンタゴン)のファイヤーウォールですら、ものの数十秒で突破できる。

 

命令(コマンド)優先順位(プライオリティ)を書き換えてシステムをリカバリーしてみるわ」

「わかりました」

 

 艦長は操舵手に進路変更と最大船速を命じた。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 未確認IS<ゴーレム>――便宜を図るためそう仮名した――との戦いは苛烈を極めていた。

 敵から放たれるビーム兵器を凌ぎ、鈴が衝撃砲で牽制しながら、俺が攻撃を見舞う。そういった攻防の中で、俺たちはある確信を得ていた。

 

 それは<ゴーレム>が無人であるということ。

 

 外観は精巧に人間を真似ているが、挙動に人間特有のしなやかさがなく、なにより俺の眼帯に備わった生体センサーがそれを証明していた。

 その事実が俺たちを手古摺らせている。

 機械ゆえの合理的な判断力と、それに裏付けされた高い回避力。それあって俺たちは<ゴーレム>に決定打を与えられず、試合の疲労もあり、なかなか戦局の流れを掴めないでいた。

 それを証明するように、鈴の援護を得て放った3回目の攻撃も難なく躱される。

 

「一夏、これ以上の深追いは危険だわ。ここは一度退いて作戦を練り直しましょう」

「そうだな。わかった」

 

 折角詰めた間合いだが、エネルギーを温存するため一度後退する。そして鈴が衝撃砲で土煙を発生させ、そのうちに俺たちは岩陰へ身を潜めた。

 相手が俺たちを見失っている内に、対策を立てないと。まずは状況把握だ。

 

「アイツ、あとどれくらい動けると思う?」

「わからない。排熱と駆動音から見て、出力の高いジェネレーターを積んでいるみたいだし、まだ余裕なんじゃない? たぶん、あたしたちの残りエネルギーを合わせても向こうが有利でしょうね。そろそろ援軍でもこないと、こっちがやばいわ」

 

 勝気な鈴にしては、らしくない弱音だった。でも、気持ちは解る。

 現状の打開が難しいというのに、増援や救援も来る気配がないのだから、気持ちが弱るのも無理ない。俺も棺桶に片足つっこんだ気分だ。それでも――いやだからこそ俺はある決意をした。

 

「なら、もう俺たちでアイツを倒すしかない」

「それができたら、苦労しないわよ、バカ」

 

 確かにそのとおりだが、無策でそんなことを言っているわけじゃない。

 

「《零落白夜》を使えば、勝機はあるかもしれない」

 

 俺はセシリアとの決闘の中で得た<白式>唯一無二の能力を口にした。

 

「《零落白夜》? 何それ?」

「この《雪片弐型》の全力攻撃の名前だ。でも、この《零落白夜》の能力は高すぎて、最悪相手を死に至らしめる危険性があるんだ。だから、模擬戦や学内対戦では使用できないけど――」

 

 そこで俺は不敵に笑う。

 

「相手が無人機なら容赦する必要はないだろ?」

 

 《零落白夜》には《絶対防御》すら突破する威力がある。そのため相手の命まで奪いかねない。だから、今まで使用を控えていたのだが、相手が無人なら手加減をしてやる必要はない。

 ちなみに決闘の際、《雪片弐型》のアップデートが遅延したのはコイツの所為らしい。

 

「てか、そんなもんあるなら、最初から使いなさいよ!」

「こいつはエネルギーの消費がバカ大きいんだ。ほいほい使えないんだよ」

 

 俺たちがここに残った理由は、生徒の避難時間を稼ぐためだ。だから、エネルギーの消費が大きい《シールド無効化攻撃》は控えてきた。もし救援前にエネルギーが尽きたらぞっとしないからな。

 “時間を稼ぐのは構わないが、倒してしまっても構わないのだろ”は死亡フラグだ。

 

「でも、救助の見込みが無いいま、このままだとこっちがやられる」

「だから持久戦から決戦にシフトするべきだと思ったのね。でもさ、いくら《零落白夜》ってのが強力でも、当たんなきゃ意味ないでしょう? あたしたち、まだあいつにまともダメージを与えられてないのよ」

「策ならある」

 

 そう、無人機であるがゆえの盲点を突いた、突拍子もない作戦が。

 

「わかったわ。あんたの作戦に乗ってあげる。で、あたしは何をすればいいわけ?」

「鈴はアイツに向けて最大威力の衝撃砲を撃ってくれ」

「それだけ? 別にいいけど、当たんないわよ?」

「いいんだ。当たらなくても。要は――」

 

 俺は作戦の全貌と鈴に果たしてもらいたい役割を簡潔に伝えた。

 

「なるほど。でも、《龍咆》の最大チャージ中はあんたを援護してあげられないからね」

 

 鈴曰く、最短で《龍咆》を最大チャージするには、均等に割かれているエネルギー配分を一時的に《龍咆》へ集中させる必要があるらしい。当然、その間シールドやスラスターに供給されるエネルギー量が減る訳だから、防御力も機動力も低下する、との事だ。

 

「最大チャージまで最短でも10秒。その間、無防備になるんだから、しっかり守ってよね」

「おう、任せろ。鈴には指一本触れさせねえよ」

「頼んだわよ、一夏」

 

 頼もしそうに俺を見て、首肯する。よし、これで準備は整った。

 

「アイツに目にものを見せてやろうぜ!」

「ええ!」

 

 俺たちはジェネレーター出力を“戦闘”にして、潜めていた岩陰から飛び出した。

 同時に鈴が最大威力の衝撃砲を発射するため、《龍砲》のチャージに取り掛かる。

 俺は囮役を演じるため、単独で敵に突貫した。

 

「おい、木偶の坊(ゴーレム)。こっちだ!!」

 

 敵の注意を逸らすため、俺は大声を上げながら派手に立ち回る。

 そういえば、鈴がイジメられていた時も、こんな風に大立ち回りしたっけ。あの時は多勢に無勢で返り討ちにあったけど、今度こそは鈴を守りきって見せる。――――そう、決意した時だ。

 

「一夏ぁ!!」

 

 敵の注意を引き付けている俺の許に、中継室から聞き馴染んだ声が飛んできた。

 

「あれは…………箒!? なんでアイツがここに!?」

 

 ハイパーセンサーのダイレクトビューで見ると、箒は肩で荒々しく息をしていた。

 表情には焦燥と不安が入り混じっていて、いつもの剣呑な雰囲気はどこにもない。

 もしかして俺を心配して、わざわざ駆けつけてくれたのか……? 我が身の危険を顧みず?

 

「男なら……そんな敵に勝てなくてなんとする! お前の矜持をみせてみろ!!」

 

 喉を潰さんばかりの大声。それは掠れていて酷く聞き取り難い。

 でも、俺の鼓膜にはしっかり届いていた。――箒の激励が、魂の叫びが。

 

(ああ、分かっているぜ、箒。俺はこんなヤツに負けたりしない)

 

 すると<ゴーレム>の眼を模したアイセンサーが箒を睨んだ。

 興味を持ったのか、もしくは敵性があると判断したのか。しかし、注意が箒へ反れたことで、こちらへの警戒が薄れた。それはピンチでもあったが、同時にチャンスでもあった。箒が身を挺して作ったスキを逃すわけにはいかない。

 

「鈴!!」

「もう少し待って――100 110 120 ――完了!!」

 

<――報告:《龍咆》圧縮度120%:最大出力《神龍の咆哮》発動可能――>

<――警告:《龍咆》内部に歪を検知。【原因】空間の過度圧縮:《龍咆》使用停止を推奨――>

 

「うっさい、甲龍(シェンロン)! いくわよ、一夏!!」

「おう、やってくれ!!」

 

 そう指示を出して、俺は鈴の視界を遮るように《龍咆》の射線上へ躍り出る。

 同時に非固定浮遊部(スパイクアーマー)の棘が伸び、空間に突き刺さった。おそらくあの棘は《龍咆》の反動制御を行うスタビライザーなのだろう。

 そして、今までとは比にならない――発射口そのものが破損するほどの衝撃砲が放たれた。

 それを背中で受け止めつつ、俺は瞬時加速(イグニッションブースト)を発動する。

 

「ぐおぉーッ」

 

 《龍咆》の後押しを受けた瞬時加速(イグニッションブースト)は、まるで世界を置き去りにするような速さだった。

 <ゴーレム>からの反撃はほとんどなかった。<白式>がスペック上の最高速度を上回ったことで、実際の数値とデータベースの数値の間に齟齬が発生し、反応が遅れたのだ。

 《龍咆》を用い、予想を超えるオーバースピードで相手の反応を上回る。これが俺の策だ。

 いける。そう確信した俺は、《雪片弐型》の本当の力を解放した。

 

<――報告:単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)《零落白夜》発動可能――>

 

 俺は《雪片弐型》が纏う光を収斂し、一振りの光刃へと変えた。

 これが《雪片弐型》の最大火力形態――《零落白夜》だ。

 その絶対的な(ちから)を以ってして、俺は俺の真骨頂を発揮した。

 

「俺の大事な物に手出しはさせねぇー!」

 

 守る。その信念を《雪片弐型》にありったけ詰め込めこんで、渾身の一撃を振う。

 俺が放った一撃は、シールドも絶対防御も突破して<ゴーレム>の頭上から股下を一直線に切り裂いた。

 

「やったか?」

 

 充分な手応えを感じた俺は、間合いを取って相手の様子を窺った。

 頭頂点から股下にかけて深く切り裂かれた<ゴーレム>は、それでもゼンマイの切れたブリキ人形のように手を伸ばそうとする。

 俺は息を呑んだ。――“やったか”はフラグだったか。

 だが、そのフラグはぽっきり折れ、<ゴーレム>がそれ以上動く事はなかった。

 

「終わった……か?」

 

 頭部のセンサーラインが完全に消失したところで、俺は改めて目の前のISを凝視した。

 操縦者を担っていた自動人形からは、集積回路や血とも似つかないゲル状の液体が零れていた。

 どうやら相手は本当に無人機だったようだ。

 確信はあったものの、これには心底安堵した。もし有人だったら俺は人を殺した事になる。

 

(ISってやっぱり兵器なんだよな)

 

 相手の無残な惨状を見て、俺は改めてISが兵器――人殺しの道具である事を自覚した。

 俺は一度『ISに乗る意味』について深く考える必要があるかもしれない。でも――

 

「やったじゃない一夏! 惚れ直、じゃなくて見直したわよ!」

 

 

 ――今は彼女たちと勝利の美酒に酔いしれよう。

 

 

「これも鈴、それと箒のおかげだ」

 

 そう言いながら、鈴を見て、箒に手を振る。

 鈴は『そうね、あたしのおかげね』と嬉しそうに笑い、箒は『よくやった』と頷いていた。

 

「試合はめちゃくちゃになったけど、これで一段落だな」

 

 あとは先生たちに任せて、俺たちはピットに戻ろう―――そう思ったときだ。

 

 

一番機行動不能(プライマリーダウン)破棄(パージ)

 

 

 生気の篭らない機械的な声が聞こえ、俺は咄嗟に振り返る。

 その先では沈黙したはずの<ゴーレム>のコクピットに同タイプの人型が召還されていた。

 

二番機始動(セカンダリーアクティブ)。マッチング完了。サブ電力供給。“戦闘継続”を設定》

「なっ…………」

 

 その音声を耳にし、俺は血の気の引く音を聞いた。もしかして、こいつまだ動けるのか?

 ――いや違う。俺が破壊したのは人間擬きの装置だ。IS本体は無傷のまま。

 だから、こいつは まだ動ける(・・・)のではない――――――まだ戦える(・・・)のだ。

 

「い、一夏……どうしよう。あたしもうエネルギーが……」

 

 鈴はおそらく先の衝撃砲に全てのエネルギーを注ぎ込んだのだろう。

 俺も《零落白夜》の使用で、補助動力のエネルギーしか残っていない。

 その状態を察してか、放送室の箒が切羽詰まった声で叫んだ。

 

「一夏ぁ!! 早く逃げろぉ!!!!」

 

 でも、俺はそんな気になれなかった。悪い箒。俺にはやらなければならない事がある。

 この事態は《零落白夜》が当たれば勝てると見誤った俺の責任。だから――

 

 俺を信じてくれた鈴だけは、命に代えても守らないといけない。

 

「鈴、お前はなんとかして逃げろ。ここは俺が命にかえて時間を稼ぐから」

 

 輝きを失った《雪片弐型》を構え、俺は絶望的な戦いに赴く。

 体が重く感じるのは電源(APU)のパワー不足か。いや、ちがう。怖いからだ。――鈴を失うのが。

 その恐怖から小刻みに震える俺を、鈴が取り乱しながら止めてくる。

 

「そんなのダメ! 一夏だけ置いていくなんて、あたしにはできない!」

 

 切実な表情でしがみついてくる鈴を俺は突き放した。

 

「行け鈴。行ってくれ! このままじゃ二人ともやられちまう! だからお前だけでも――」

「イヤ! 一夏が残るなら、あたしもココに残る!! だって――」

 

 そこで時間が止まった。

 

 

「あたしは一夏の事が好きだから! ――だから、最後ぐらいあんたと一緒にいさせてよ!」

 

 

 幼馴染だと思っていた女性からの告白に、俺は危機感を忘れ、戸惑いと驚きに囚われた。

 鈴が、そこまで俺の事を想っていてくれていたなんて……。

 けれど、悠長に想いを確かめ合っている時間はなかった。

 <ゴーレム>の禍々しい光を帯びた掌底がゆっくりと――そう、ゆっくりと俺たちに向く。

 <白式>のエネルギーは底をついている。攻撃を防ぐ手立てはない。逃げる術も、またない。

 

「あたし、一夏と一緒なら怖くないよ」

 

 そう微笑みかけてくれる鈴に俺は少し救われた気がした。

 俺はその笑みを生涯――いや、死んだ後も、きっと忘れないだろう。

 

「ありがとな、鈴」

 

 <白式>の腕部を解除し、鈴の涙を拭ってやる。それが鈴にしてやれる最後の優しさだった。

 そして俺は鈴を庇うように強く抱きしめ、やがて訪れるであろう<破滅>を待った。

 


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