IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第10話 進撃のドラゴン

 

 

 午前の授業が終わって昼休み。俺は大きく背伸びして、一息ついた。

 

「さて、ようやく昼か」

 

 ここに入学して半月。どうにか基礎知識ぐらいは覚えたが、未だ理解が及んでいない分野も多い。特にアーキテクチャーの分野に関してはちんぷんかんぷんだ。座学はこういう授業ばかりだから肩も凝る。

 俺は固くなった身体を解しながら、ふと通路側の窓――鈴が宣戦布告した窓を――見た。

 

「しかし、あの鈴がIS学園に転校してくるとはなぁ」

 

 しかも、アリスによると今は中国の代表候補生らしい。一年見ない内に立派になったものだ。

 千冬姉への苦手意識は克服できていないようだったけど。

 

「おい、一夏、ちょっといいか」

 

 肩をほぐす俺の許にやってきたのは幼馴染の箒だ。

 箒は俺のところにやってくるなり、ごほんと咳をして神妙な顔をした。

 

「さ、さっき女子について詳しく聞きたいのだが」

 

 さっきの女子? ああ、鈴の事か。

 そういえば、鈴と箒はふたりとも俺の知り合いだけど、二人には面識がなかったな。

 

「その事について、わたくしも詳しく知りたいですわ」

 

 と、箒に続いてやってきたのはセシリアだ。

 あの決闘以来、セシリアは積極的に話しかけてくれるようになった。そのセシリアも鈴のことが気になるのだろうか。そりゃ鈴は専用機持ちだし、ここの学生なら興味も出てくるだろう。現に俺も鈴の専用機について知りたいし。

 

「そうだな。でも、まず昼飯食いに行こうぜ」

 

 鈴について話すのは一向に構わないが、駄弁って昼食時間を減らすのはおしい

 腹も減っていることだし、休み時間には限りがある。時間は有効に使おうぜ。

 

「まぁ、お前がそういうならいいだろう」

「そうですわね。行って差し上げない事もなくってよ」

「決まりだな。じゃあ、あとアリスも誘うか。箒たちもいいよな?」

「ああ、私はかまわないぞ。いつものことだからな」

「まぁ、あまり気乗りしませんけど、一夏さんがそういうならやぶさかではありませんわ」

 

 快く了承する箒に対し、どこか不満げな様子なのはセシリアだ。

 う~ん、俺には優しくなったセシリアなのだが、アリスに対してはいまだツンケンしたままなんだよなぁ。俺としては仲良くしてもらいところなのだが。

 ちなみに、箒はセシリアをどこか警戒している感じだ。“セシリアが新しいコーチになってくれた”と告げた時なんか、“父親の再婚を聞いた娘”みたいな顔をしてたな。俺はおまえのパパか。

 ともあれ、俺は左後ろの席で、腕を枕代わりに眠りこけるアリスに声をかけた。

 

「おい、アリス、メシいこうぜ」

「………………」スゥ‐スゥ‐

「うわ、爆睡してやがんな。なんだ、寝不足なのか?」

 

 そこで俺は面白いこと思いついた。

 俺はクラスに『静かにしてくれ』と人差し指を立て、息を大きく吸い込んだ。

 

 

「 火 事 だ ぁ ! ! 」

「 ! ? 」

 

 

 アリスの耳元で大音量の火災発生(ウソ)を告げるなり、彼女は椅子の上で飛びあがった。

 そして、勢いあまってイスと一緒に後ろへひっくり返る。

 がっしゃーんと盛大な音を鳴らしたあと、アリスは教室を見渡して、こう言った。

 

「 ひ 、 火 元 は ! ? 」

 

 周囲に気を配るアリスを中心に笑いが起こったのは、いうまでもないだろう。

 その後、事情を話し、俺たちは顔を真っ赤にするアリスを連れて、食堂に移動した。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 

 場面は変って食堂。俺は食券販売機で日替わりランチを選択する。隣では箒がきつねうどん、セシリアが洋食ランチ。そしてアリスはというと、ムスっと不機嫌そうな面でメニューを選んでいた。どうやらさっきのことを根に持っているらしい。

 

「そんなに怒るなって」

「怒りますよ。危うく火災警報器を鳴らしに行くところだったんですからね」

「あぶねぇ。そんなことされた日には千冬姉に大目玉だぜ」

 

 ちなみに火災警報器は押すと消防署にも通知されるから、気をつけろよ。学校だけの騒ぎじゃすまないからな? 押すなよ、絶対押すなよ、フリじゃないからな。

 

「しかし、あんな派手に驚くとはな」

 

 あ、ダメだ。ひっくり返るアリスを思い出したら、また笑えてきた。

 俺の思い出し笑いが収まらないでいたら、アリスが恥ずかしそうに視線を寄こしてきた。

 

「き、今日は寝不足で注意力が下がっていただけです。いつもは違うんですからね」

「わかった。わかった。じゃあ、お詫びに昼食を奢ってやるよ。それで許せって。な?」

「いいでしょう。それで今回の件は水に流してあげます」

 

 相変わらず食い物に弱いアリスは、言うなり券売機のメニューの品定めを始めた。

 IS学園の学食は和洋中を網羅し、メニューが豊富である。選びだすと意外と迷うのだ、これが。アリスもタダ飯が食えるとあって、メニューの選択に余念がない。

 

「う~ん、ここの学園ってメニューが豊富で何を食べようか、いつも迷うんですよね」

「じゃあ、俺と一緒にしたらどうだ? 唐揚げ定食、うまそうだろ?」

「あ、いいですね。では、そうします」

 

 メニューが決まったところで、券売機に紙幣を入れる。そこでアリスが何かをみつけて「お?」という顔をした。アリスが見つけたのは、新メニューのタグが貼られたチョコプリンという品だ。

 

「一夏、これも追加で」

「おい、定食をオゴってやったろ?」

「いいじゃないですか、ケチ言わないでくださいよ」

 

 アリスはとんっと自分の身体をぶつけつ、「ね?」と上目使いでチョコプリンをねだる。

 う~ん、コイツには世話になったしな。180円のプリンぐらい買ってやるか。

 

「その代わり、俺にも一口くれよ?」

「え?」

 

 おい、人に払わせておいて、自分はプリンを一人占めする気か!

 

「おまえな、金を出すんだから一口ぐらいいいだ、ろ!」

 

 さっきの仕返しだというように、今度は俺がアリスに肩をぶつける。すると、アリスは『ダメです』とぶつけ返してきた。俺は『いいだろ』とまたぶつけ返す。

 それから二人で『いいだろ』『ダメです』『いいだろ』『ダメです』の押し競まんじゅうをしていたら、後ろの上級生が壁をドンと殴ってこちらを睨んできた。

 

「 あ の ー 、 早 く し て も ら え ま せ ん か ね ? 」

 

 やべ、怒られた。俺らがなかなかメニューを決めないから、イライラしたのかな。

 そのわりには、食券を買い終えた箒やセシリアまで壁を殴ってるけど。

 ともかく、これ以上の押し競まんじゅうは他に迷惑が掛かりそうなので、とりあえず先に食券を買う。

 それを食堂のおばちゃんに交換してもらい、俺たちは品を持って箒たちと合流した。

 

「わりー、またせたな、箒、セシリア」

「まったくだ。危うく、壁が一枚ダメになるところだったぞ……」

「アリスさんたら本当に油断も隙もないんですから、フフフフフフフフフフフフフフ」

 

 赤くなった拳を撫でる箒と縦ロール(ドリル)を高速回転させるセシリアに、俺たちは顔を見合わせた。

 一体、俺たちが何かしたっていうんだよ。周りの連中も『天然こわい』みたい貌をして……。饅頭こわいのパロか?

 

「ま、とりあえず、席を探そうぜ」

 

 昼時ということもあり、食堂は人で溢れかえっている。無駄口を叩いていると席が埋まってしまうので、俺たちは早々に移動を開始した。そんな時である。

 

「やっと来たわね。一夏」

 

 俺たちの進路方向にど~んと現れた生徒は――二組の鈴だった。

 それも、ずっと待っていたのか、片手のラーメンが完全にのびている。

 “やれやれ”という思いに駆られた俺は、鈴にこう言った。

 

「待たせて悪かったな。じゃあ、一緒にメシ食うか?」

「仕方ないわね。あんたがそういうなら、一緒に食べてあげなくもないわよ?」

 

 と言いつつも、鈴のツインテイルはなんだか嬉しそうに揺れていた。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 というわけで、私たちは鈴を交えて昼食を取り始めたわけなのだけど――

 

「そういえば、鈴、いつ帰国したんだ」

「帰国――って言い方も変だけど、まあ、こっちに来たのは昨日の晩よ」

「それなら一言、言ってくれよ。迎えにいったのに」

「バカね。そんなことしたらサプライズになんないじゃない」

「サプライズって……。もしかして、今朝のアレか?」

「どう? 驚いた?」

「変にカッコつけてて、引いたわ」

「がぁー!!」

「吠えんな、吠えんな。驚いたのは確かだよ。それに嬉しかったぜ、鈴と再会できて」

「え? そ、そう? じゃあ、サプライズ成功?」

「ああ、成功だな。じゃあ、今度は弾たちも驚かせてやろうぜ」

「あ、いいわね。――じゃあ、あそこの、駅前のファミレスでやりましょうよ」

「あ、あそこ潰れたぞ」

「え、マジ!?」

 

 とまあ、こんな具合に一夏が鈴とばかりしゃべるもんだから、篠ノ之さんとオルコットさんの不機嫌メーターは針が振り切れそうな勢いだった。

 ちなみに私も二人ばかりしゃべられるので困っていた。だってオルコットさんが腹いせに私の唐揚げを勝手に食べるんですもん。6個もあったのに、残り3個ですよ?

 これ以上、犠牲を出さないために、私は二人の会話を遮った。

 

「あの、一夏に鈴、私たちもお喋りに混ぜて下さい」

「そうだな、こうして集まったのだから、二人だけで会話するのはどうかと思うぞ」

「ええ、アリスさんのいう通りですわ。わたくしたちを除け者にしないでくださいませ」パクッ

 

 散々仲のいいところを見せ付けられたせいか、二人の言葉にはどこか刺々しかった。

 私もちょっと心が荒んでいる。オルコットさん、また私の唐揚げ食べましたね?(6/2)

 

「そうだな。悪い、悪い。鈴が相手だと、つい話が弾んじまうんだ、昔から」

「ええ、昔からそうだったわよねー、昔からー」

 

 ちょっと鈴。挑発的な流し目をオルコットさんたちに向けるの、やめてください。

 わたしの唐揚げが完食されてしまいます。(6/1)

 

「――じゃあ、改めて紹介するな。こいつは凰鈴音。俺のセカンド幼馴染だ」

「幼馴染だと?」

 

 セカンド幼馴染。それに一番早く反応したのは、同じ幼馴染の篠ノ之さんだ。

 一夏と幼馴染なら、自分とも幼馴染であるのが普通だし、二人に面識がないのはおかしい。篠ノ之さんが怪訝そうなのも当然だ。

 

「あ~。えっとだな。箒が引っ越していったのが、小四の終わりだっただろ? 鈴が転校してきたのは、小五の頭なんだ。それで中二の時の終わりに中国へ帰ったんだよ」

 

 なるほど。入れ違いで知り合ったから、お互い面識がないのですか。

 それにしてもセカンド幼馴染とは。この調子だとサード幼馴染とか、果てにはファイナル幼馴染みとかでてきて、バトルしそうですね。なんだか売れないティーンズノベルみたい。

 

「んで、こっちが箒。前に話しただろう。小学校からの幼馴染で、俺が通っていた道場の娘」

「あぁ、あの篠ノ之博士の妹さんだっけ?」

 

 鈴は不審者でも見るような目付きでジロジロと篠ノ之さん(特に胸)を観察した。

 篠ノ之さんも篠ノ之さんで、負けじと鈴を睨み返す。

 

「まあ、なんだ、よろしくたのむ、凰鈴音(幼馴染は私だけではなかったのか!)」

「あ、よろしく、篠ノ之箒さん(なんつーうらやましい胸してんのよ、この娘!)」

 

 一見、友好的に見えた二人だったが、視線の間にはバチバチと火花が散っていた。

 しかも、背後で龍と虎が睥睨し合っていて、妙な迫力がある。

 そこへ除け者にされていたオルコットさんが勇ましく介入した。

 

「ごほん。わたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ。中国代表候補生!」

 

 胸を反り、片手を腰に添えて言い放つ姿は相変わらず様になっていた。

 けれど、鈴がその威光に怯むことはなかった。

 

「あんたは確か……」

「あら、わたくしのことをご存じあるようで?」

 

 昨日の夜、鈴は一夏と一緒にいるオルコットさんを目撃している。けれど、それを知らないオルコットさんは自分の知名度によるものだと勘違いしたらしく、得意げに髪を手の甲で弾いてみせた。

 

「まあ、当然ですわね。わたくしは女王陛下より一角獣の紋章を賜った由緒正しきオルコットの跡継ぎにして、イギリスの代表候補生ですもの。なんでしたら、わたくしと出会えたこの日を記念日にしてもよろしくってよ?」

「一夏、あんたどれくらいISを動かせるの」 ←関わるとめんどうくさそうと思った。

 

 見事なスルースキルを発動する鈴に、オルコットさんがその場で地団駄を踏む。

 このままだと唐揚げ(6/1)が危ない。

 私は彼女を和まそうと、持っていたわり箸を額に押し付け一発芸を披露した。

 

「オルコットさん、見てください。――ユニコーン!」

 

 オルコットさんは「は?」と一瞥くれるだけで、クスリともしなかった。

 まだです。まだ諦めませんよ。

 

「デストロイモード!」

 

 私は額に押しつけた箸を左右に割り、V字を作る。

 でも、やっぱりオルコットさんはクスリともしなかった。

 い、一夏にはウケしたんだけどなぁ……。

 

「もしかして、あなた、オルコットの家紋をバカにしてらっしゃるの?」パク

 

 そして私の抵抗むなしく、オルコットさんの胃に収まる最後のから揚げ。

 『ああ~……』と大切なものを守れず嘆く私、それを無視して、話は進んでいく。

 

「まあ、ほどほどには使えるかな。つっても鈴ほどじゃないけどな」

「じゃあさ、あたしがISの操縦、教えてあげよっか?」

 

 鈴がそう提案した瞬間、篠ノ之さんとオルコットさんがドンとテーブルを叩いて立ち上がった。

 その衝撃で揺れるテーブル。そこから慌てて味噌汁を退避させると、篠ノ之さんが凄い剣幕で鈴に詰め寄った。

 

「勝手な事言うな。一夏に教えるのは私の役目だ! なんせ私は一夏の幼馴染だからな。気兼ねないというものだ」

「勝手を言わないでくださる? 一夏さんを指導するのは、このわたくしですわ。なんせわたくしはイギリスの代表候補生ですもの。わたくし以上に適したコーチはおりませんわ」

 

 ハモリながら、いかに自分がコーチに相応しいか主張する篠ノ之さんとオルコットさん。

 あの、お二人とも、失念していませんか、鈴の立場を。

 

「なら、あたしが一番適任ね。だって、あたし一夏の幼馴染で、代表候補生だもん」

『ぐっ!』

 

 自分の言葉を逆手に取られた二人は、これまた見事にハモる。

 そう、自分たちのアドバンテージを主張しても、鈴が有利になるだけなのだ。そう言った意味でいうと、鈴は二人の天敵かもしれない。それでもふたりは食い下がった。

 

「だ、だとしてもだ! そもそも一夏は一組の代表だ。敵の施しは受けん」

「そうですわ、一夏さんは一組の代表。二組がでしゃばらないでくださる」

「なによ、敵に塩を送っちゃいけないわけ?」

CO(シーオー)を送るですって!? もしやガス攻撃をなさる気!?」

「違うわよ、バカ。情けを掛けてやろうって言ってんの!」

「ふん、敵の情けは受けん」

「そのとおりですわ。それにわたくしがおりますもの。手助けなど必要ありませんわ」

 

 ふ~む、篠ノ之さんもオルコットさんも完全に鈴を敵視していますね。

 まあ、篠ノ之さんにしても、オルコットさんにしても、鈴は自分の優位を揺るがしかねない天敵なわけですから、一夏から遠ざけたい気持ちは解らないでもない。

 でも、大事なのは“一夏がどうしたいか”だと思うのですけど。

 というわけで、私はテーブルの下で一夏の足を軽く蹴った。どうするんですか、と。

 

「まあ、鈴、気持ちはうれしいけど、今回は遠慮しとくよ」

「え?」

 

 豆鉄砲を喰らったハトのような鈴に、一夏は理由を告げた。

 

「実は昨日、セシリアにコーチをお願いしたんだ。セシリアも協力するって強く言ってくれていて、当面は彼女に訓練をみてもらおうと思ってるんだ」

「ふふ~ん、そういうことですわ!」←完全勝利したセシリアUC

「だから、その、なんだ、すまん。代わりといってはなんだけど、今度どっか遊びに行こうぜ」

 

 断ったことへのケアなのだろう。そう提案する一夏だが、鈴はむくれたままだった。

 だけど、一夏がそう言った以上、聞き入れないわけにはいかず、鈴はしぶしぶ頷いた。

 

「あっそ。わかったわよ。――あとから後悔しても遅いんだからね」

 

 苦笑する一夏を置いて、ラーメンを勢いよくズルルとすする。

 そのまま平らげた鈴は、ガタンっと席を立ち、『ふんッ』とそそくさテーブルを去っていった。

 

「俺、悪いことしたかな?」

「まあ、仕方ないんじゃないですか?」

 

 複数コーチの場合、コーチ同士の連携が重要になってくる。けど、先の口争いを見る限り、それは見込めそうにない。最悪、足の引っ張り合いなりかねないなら一人に絞る方が建設的だろう。

 鈴の気持ちを考えると、ちょっとかわいそうだったかもしれないけど。

 

「あとで私がフォローしておきますので、一夏は訓練に集中してください」

「すまん、恩に着る」

「着なくていいですよ。――対価はすでに支払われています」

 

 言って、買ってもらったチョコプリンを味わう。プリンの甘味の中にビターな味わいがあって、ちょっと大人な味がした。おいしい。から揚げは全部取られたけど、これが食べられたからよしとしましょう。

 

「うまいか?」

 

 こくこく。おいしそうに頷く私を見て、一夏が「そうかそうか」と微笑む。

 そんな私たちをムスっと見ていたオルコットさんが、こほんと可愛く咳をした。

 

「あの一夏さん、これからの訓練についてお話ししたいのですけど」

「おう。そうだな」

「今日はクロス・グリットターンを習得して頂こうと思いますの。そこでわたくし、<白式>のカタログスペックを基に、機動の適正出力を計算してみましたの」

 

 いうなり大量の資料を取り出し、「ご覧になって」と一夏に見せる。

 なにやら事細かに記載されたそれに一夏は「んん?」と目をチカチカさせた。

 

「見て頂いた通り。<白式>のスペックでは、クロス・グリットターン時のPIC出力は23%。スラスター出力は37%、バランサー出力は67%が最も好ましく、機動がいっそう美しくみえますわ。習得時にはこの値を意識してもらってですね――」

 

 あ、一夏がこっちを見ていますね。目が「これ、どう思う?」と訊いている。

 オルコットさんは理論派なのでしょう。体で覚えるタイプの一夏とは相性が悪いかもしれませんね。

 

(まあ、これだけの資料を一晩で作ったんです。そのがんばりは汲んであげてください)

(その気持ちはすげーうれしいんだがな……)

 

 なおも理路整然――というより数式と数値に基づいた機動術のコツを熱心に解説するオルコットさんに、一夏の表情は険しくなっていく。私はチョコプリンを味わいながら、見守り続けた。

 


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