IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina 作:ネコッテ
メタルギア
重い足音が近づいてくるたび、肌が粟立ち、気持ちが焦る。敵はもうそこまで迫ってきている。セシリアはこの不測の事態にひとつの決断を迫られつつあった。
逃げ出すか、やり遂げるか。その決断を。
「わたくしは女王陛下より一角獣の紋章を賜ったオルコット家の次期当主。ここで尻尾を巻き逃げ帰っては一族の恥ですわ」
セシリアはやり遂げる決意を固めた。
現在チャージ率は92%。遅々として進まないチャージ率に、セシリアはひたすら「早く!」と念じる。殺戮の機械はもうそこまできているのだ。なのにまだ94%。チャージは間に合いそうにない。
「もうこうなったら、いっそ……」
この状態で発射するか。セシリアの脳裏にそんな考えがよぎる。いまのチャージ率でも<エクスカリバー>を攻撃することはできる。完全破壊は達成できなくても、損傷を与えることで次の攻撃まで延ばせるかもしれない。
「セシリア・オルコット。このまま狙撃を敢行いたしますわ」
セシリアは供給システムを強制停止。トリガーの安全装置を解除した。そして、標的を蒼い瞳に写し出し、引き金に力をこめる。――が、突然、スコープの映像がブラックアウトした。
「シ、システムが!?」
セシリアがスコープから視線を離すと、システムコンソールに<コア稼働率0%>の文字が表示されていた。それに伴い<ブルー・ティアーズ>のコア・システムもダウンする。それこそ水を打ったような静けさに変わった愛機に、セシリアは半狂乱になった。
「<ブルー・ティアーズ>! 起きて! 起きてちょうだい!」
再起動を試みるも、機体に反応はない。ブラックアウトしたコンソール画面の左上でアンダバーが点滅しているだけだ。
「一体どうしてしまったというの……」
システムと装置の点検は入念に行われたはず。
先まで完全に動いていたシステムが、急に、それも全て停止するなんてありえない。
「もしかして、アリスが言っていた<ヴェルフェゴール>というISの……」
かつてアリスが対峙した<ヴェルフェゴール>は、ISのコアを停止させる能力を有していた。教師部隊が駆けつけてこないこと。<ブルー・ティアーズ>のコア・システムが停止したこと。その事実が、セシリアの仮説を証明することになった。
――こちらに近づいてくる機械の怪物はISを無力化する能力を持っている。
セシリアが恐る恐るシステムコンソールから顔を上げると、
「ま、まるでモンスターですわ……」
圧倒的な存在感。暴力的な姿形。不快かつ不気味な鳴き声。そう、眼前にいる物体は暴虐な力で全てを蹂躙し、人々を恐怖に陥れるモンスターに違いなかった。
そのモンスターが口先を開いて、咥内をのぞかせている。喉の奥には雷のようなスパーク。それを見て、セシリアは息をのんだ。きっと喉奥で輝く
『オルコット! もういい! 脱出しろ!』
インカムを叩いた千冬の命令にセシリアは『でも!!』と叫んだ。いま、この<アフタヌーン・ブルー>を破壊されたら、<エクスカリバー>を止める手段がなくなる。
『かまわん、放棄しろ! ただちにそこから退避するんだ!』
千冬が切羽詰まった声で叫ぶ。同時に
(もうダメですわ!)
セシリアの全身に死の予感が走った、まさにそのとき、突然、
♠ ♢ ♣ ♡
「ぎりぎりでしたね」
私は
「でも、本番はここからですよ」
<エクスカリバー>の再攻撃まで1時間。それまでに
私はそうそうに
私は二本の操縦桿を握り直し、メインモニターで
『アリス、ウォーターカッターよ』
ロリーナからのナビゲート通信。
ウォーターカッターは、ダイヤモンドのカット等に使われる水圧の刃だ。
『大丈夫よ。
「でも、そんなふうには見えませんけど」
私は直感で、左手の操縦桿――姿勢制御の操縦桿――を手間に引いた。
姿勢を崩し膝をつく
「これのどこがウォーターカッターなんですか!」
私は、ロリーナに叫んだ。
『あら、改良が施されているようね。気をつけて。
私は体勢を立て直し、右手の操縦桿――火器管制のレバーを握る。武装選択。セレクターをGAU-8(30ミリガトリング砲)に設定し、安全装置のカバーを外す。発砲。武器の名の通り、高初速・高サイクルで相手に
だが、砲弾はあたる直前すべて歪曲して
「ダメージ云々のまえに、弾が当たらないんですけど!」
『電磁バリア! まるでレギオンだわ!』
「感心してない何か対策を――」
接近警報。馬のような脚力で跳躍してきた
「このっ……」
私は姿勢制御レバーを操作し、
「まずいですね。手がなくなってきた」
こちらの攻撃はことごとく防がれ、向こうには一撃で破壊できる火力がある。
まるで
「一体どう戦えば……」
『これはもうウルティメイトプラズマしかないわ』
私は通信をオフにした。こんな役に立たないロリーナは初めてだ。
『怪獣ジョークじゃない。どんな時でもユーモアは大事よ』
「どんなジョークでも、今は笑っていられない状況なんですよ。打つ手はないんですか」
『あるわ。アリス、戦いの基本を思い出して。戦いの基本は格闘よ。接近して格闘戦に持ち込めばダメージを与えられるはず』
「格闘ですって!?」
『できるわ。開発者が密かに白兵戦に陥った時を想定して
「……わかりました。で、どうすれば?」
『まず接近して。捕捉したらコンソールから、モーションマネイジメントを変更するの』
よし、まずは接近だ。私は左の姿勢制御レバーを<走行モード>に入れ、フットペダルを踏み込む。しかし、
「……まるでアメリカのいろは歌ですね」
『“
「これじゃ近づくことさえ難しいか」
なおも私が相手の捕捉に手を拱いていると、
横腹に受けた
「まずい、重心制御が……」
このままだと、機体を立ち上がらせられない……。
それいいことに、
私がどうようもなくなっていると、操縦室に通信が入ってきた。
『アリスッ!』『待っていろ』『いま助けてあげるわ』
サブモニターに映し出されたものは、三機のEOSだった。
オペレーターはシャルとラウラ。そして鈴のよう。
「来ちゃダメです!」
私は叫んだ。
メタルギアのパワーはEOSの性能をはるかに上回る。攻撃力も比較にならない。放たれた機銃の20ミリ弾を喰らおうものなら、一撃で致命傷だ。
『大丈夫!』『任せろ!』『行くわよ!』
けど、三人は脚部のホイールローダーを駆使し、ジグザクに走行して銃撃をかいくぐった。そして、一発当たれば終わりという際どいところを抜けた三人は
「ナイスですっ」
姿勢制御のレバーを引いて体勢を立て直し、すぐさま反撃の突進をかます。だが、
「く、すばしっこいヤツ! どうにかして足を止められませんか!」
『足……。そうだわ、脚よ。二足歩行型の弱点は膝部よ。そこで
『了解した。アリス、私が動きをとめる。そのすきを狙え』
ラウラがEOSのホイールローダーの回転数を高め、再び
「これでも喰らえ」
コクピットを開き、剥き身になったラウラがロケット弾を発射する。しかし、八○○度の火を噴いて飛翔したロケット弾は、相手に命中しなかった。電磁場兵器か。
「なに! なぜ命中しない!」
「まだよ!」
そこへ鈴のEOSが加速する。
鈴はラウラの機体を足台にして跳躍。
まさにリアクティブアーマーの拳版。
それを喰らった
「動きが止まった!」
だが、鈴もまた近距離で成型炸薬を使った煽りをうけ、EOSもろとも宙に放り出されていた。それをシャルのEOSがすんでの所で飛び、抱える。
「エリー、今だよ!」
シャルの合図で、私は姿勢制御スロットを<走行モード>に入れ、フットペダルを踏み込む。
そして
「ロリーナ、解除コマンドは!」
『“↑↑↓↓←→←→×○”よ』
コンソールにそう入力する。
途端、システムのレイアウトが変化し、モーションパターンに<オタ・コンバットモード>なる項目が追加される。それを選択すると、
「ショータイムだっ」
私は姿勢制御スロットを追加された<格闘モード>に入れ、モーションパターンを実行する。
直後、
まるで機械仕掛けであることを忘れてしまったかのようなしなやかで、
地響きのような音を立てて地にひれ伏す
その頭部を踏みしだき、私は反動制御用のパイルアンカーを下ろした。
「
ガシュンとなって鳴って超合金の杭が降りる。頭部を砕かれた
すぐさま私はコクピットハッチを開いて叫んだ。
「セシリア! 撃て!」
♡ ♣ ♤ ♦
「はいな!!」
セシリアは再度システムチェックを行った。動力、駆動系、伝達系、火器管制、センサー機器。停止していた<ブルー・ティアーズ>の機能は回復しつつあった。セシリアは<アフタヌーン・ブルー>のコントロールトリガーを握り直し、<エクスカリバー>に照準を合わせた。そして感覚を世界と同期させ、意識を拡張させていく。
そのとき、広げた意識にノイズが走り、セシリアの集中力が途切れた。
(またですわ……)
作戦前に感じた妖精たちのざわめき。訴えるように走ったノイズの感覚に、まるで弾詰まりのように引き金が固まる。いや逆だった。引き金が固まったのではない。自分の指が硬直しているのだ。
(こんなときに、何をためらっておりますの、わたくしは。やるの、やるのですわ!)
仲間たちが作った千載一遇の好機を無駄にするわけにはいかない。
セシリアは内なる自分が発する警告を無視して指先に力を込めた。すると、彼女のまえにもう一人の自分が現れた。極彩色のドレスを身にまとった<妖精女王>としてのセシリアは、自分の前に立ちはだかり、身を呈して発射を制した。
「邪魔をしないでくださいな」
<ダメよ、撃ってはいけないわ、セシリア>
「なぜですの」
<あなただって本当はもう気づいているでしょ! この先に何があるのか>
先ほど導かれるように宇宙を見上げたことを思い出す。
それが撃ってはいけないという理由だとしたら。
「まさか<エクスカリバー>に……」
啓示のように降りてきたひらめきが、セシリアからトリガーを離させる。
もし<エクスカリバー>にチェルシーの言う<エクシア>があるのだとしたら……
「さすがです、お嬢様」
スコープを覗き込んだまま硬直していたセシリアが顔を上げる。その先では<ブルー・ティアーズ>によく似たISをまとったメイドが悠然とこちらを見下ろしていた。
♡ ♣ ♤ ♦
現れたチェルシー・ブランケットは、腰部から近接用のブレードを抜き、<アフタヌーン・ブルー>の砲身に向けて一閃した。さらに非固定浮遊部位からソードビットを射出し、観測装置へ突き立てる。
綺麗な切断面を見せて崩れていく<アフタヌーン・ブルー>。離脱したセシリアは、非情になれなかった自身の優しさを恨んだ。そのやさしさを見事に利用してみせたチェルシーは、いつもどおり済ました顔を見せた。
「さすがお嬢様です。よくお気づきになられました。驚くべき鋭さです。おかげで私はこうして作戦を阻止することができ、妹も命拾いすることができました」
皮肉ではない、淡々と語るような口調だった。
対してセシリアは淡泊にいられなかった。
「妹ですって?」
「知らないのも無理ありません。戸籍上、私に妹はおりませんから。なぜ母が出世届を出さなかったのか、わかりません。訊こうにも、母は妹の莫大な医療費を稼ぐため、体を壊し、亡くなりましたから」
セシリアは黙ってチェルシーの言葉を聞き続けた。
聞いた後は、疎外感でいっぱいだった。自分の知り及ばないところでそんなことがあったこと。それを誰も自分に話してくれなかったことが、ひどく寂しかった。
「さて予定通り、妹のエクシアはここを攻撃します。――さあ、どうなさいます、お嬢様」
セシリアは奥歯を鳴らした。自らを人質にして、相手の戦意を削ぐチェルシーのやり方は、見事にその効果を発揮していた。事実を告げられたいま、はたして自分が<エクシア>を撃てるかどうか甚だ疑問だった。
仮に持てたとしても、すでにチェルシーの攻撃で<アフタヌーン・ブルー>は、天を見上げるガラクタと化している。<エクスカリバー>を破壊する手段は潰えたのだ。
「いや、まだだ。まだ終わっていない!」
そう叫んだのはアリスだった。
アリスは
「ここには
そう言ったアリスの許に一機のISが舞い降りてくる。
赫々と燃えるような赤色の装甲。左右の武装支持架に接続された大剣。騎士を思わせる意匠。――さらに二対四羽の翼を羽ばたかせ降臨した赤騎士はまるで天使のように、アリスのそばへ寄り添った。
「何をなさる気です」
「
「まさか、自ら<エクスカリバー>の許へ」
意図を察したチェルシーがスラスターに火を入れる。阻止する気だ。
すかさずセシリアが動く。
セシリアは、剣を抜いたチェルシーの腰にしがみつき、なんとかそれを制した。
「アリス、ここはわたくしがなんとかします。あなたは<エクスカリバー>を!」
「了解です」
アリスは
「そして、必ずわたくしの許に戻ってきて」
おそらく今まで一番過酷なミッションになるであろうことは、安易に予測できる。もしかしたら帰ってこられないかもしれない。唯一無二の親友を失うなんて、そんなのはいやだから、セシリアは心からそう願った。
「わかりました。エクシアを連れて、必ず戻ってきます」
その通信を最後に、電磁場のローレンツ力がアリスをすさまじい力で引っ張り、打ち上げた。
――そう、宇宙へと。