IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina 作:ネコッテ
IS学園に帰還後。私は「<アフタヌーンブルー>を見に行く」と言ったセシリアと別れ、ロリーナが待つ格納庫に向かった。ナタルから与った物資を届けるためだ。
格納庫ではREXの最終調整中とあって、30ミリ弾と対戦車ミサイルの装填が行われていた。さらに、右部に巨大な二枚の板が取り付けられている。イギリスへ向かうまえには無かった装備だ。
「これは?」
私を見つけたロリーナが整備員に「ちょっと外すわね」と告げ、こちらにやってくる。
「おかえりなさい。――ごめんなさいね。何も告げないで」
「いえ、敵を騙すにはまず味方からといいますし。で、これはなんです?」
私はREXの右部分に加えられた二枚の板を挟んだような装備を見た。
「レールガンよ」
「レールガン? REXは弾道ミサイルを迎撃するためのTMDでは?」
「REXにはその側面もあるわ。けど、本質は大質量の物体を宇宙まで撃ち出すための
「じゃあ、既存の弾道ミサイルでいいのでは」
「あら、日本は弾道ミサイルを持てないでしょ?」
私は得心した。専守防衛を主旨とする日本は、攻撃空母や弾道ミサイルの所有を封じられている。だから、日本は守勢戦略上、射程を活かしたスタンドオフ攻撃に弱い。その弱さを補っていたのが日米安保なのだけど、日本はいま米軍に依存しない防衛路線に乗り換えている。
「自国の脆弱性をカバーするために開発されたのが、このREXとレールガンなわけですか」
私はREXのレールガンを見上げた。
レールガンは火薬を使わず、電磁場の力で砲弾を撃ちだす火器。その初速は音速の7倍から10倍。弾道ミサイルにも引きを取らない。いや、利便性からいえばそれ以上だ。電磁力で飛ばすから、燃料もいらないし、赤外線探知にも掛からない。何よりTMDとしての側面もあるから世論にも誤魔化がきく。
「で、REXにレールガンが備わっている理由はわかりましたけど、何かを打ち上げるために?」
REXが大質量の物体を宇宙空間へ打ち上げるプラットフォームなら、何か打ち上げるためにここへ運ばれてきたはずだ。
「これよ」
ロリーナはナタルから受け取ったコンテナを叩いた。
「見てみる?」
「ええ」と私。ロリーナは側面から突起した入力装置にパスを打ち込んだ。カシャっと内部のシリンダーが動いて、カバーが開く。中に格納されていたパーツは、金属製の綺麗な翼だった。
「これは福音の……」
格納されていたものは<銀の福音>に装備されていたウィングパーツだった。それになぜ受け渡し人がナタルだったのか理解するけど、そもそも<福音>のウィングパーツなんか何に使うのか。
「<銀の福音>がどういうISだったか覚えていない?」
私は<福音>がミサイル防衛用に開発されたISだったことを思い出す。
<福音>は、宇宙空間まで飛翔し、そこで敵ミサイルを迎撃するよう設計されている。
「でも、それには物凄い速さで
「じゃあ、<福音>のウィングも同じ空気抵抗を軽減する機能が?」
「そう。<福音>のウィングスラスターは、翼のようなそれで本体を包み込み、弾丸のような形態を取ることで抵抗を軽減する。本来はそこへブースターを取り付けて
ロリーナはREXのレールガンを見た。
「なるほど、REXのレールガンをそのブースター代わりに使うんですね」
私の中でピースがすべてはまった。REX、レールガン、<福音>のウィング。この3つが揃うことで、ISを弾丸のように宇宙へ撃ち上げることができる。それを理解し、私はロリーナの顔を見た。
「私に
「作戦が失敗した場合は、それも考えないといけない」
来たるべき宇宙時代に備えて、宇宙環境下での戦闘訓練は米軍時代から受けている。
そりゃ宇宙へ行く準備はしてきたけど、
「私たちの作戦が失敗した時は、EU軍が動くんでしょ。わざわざ、私たちが宇宙まで行って<エクスカリバー>を叩ずともEUに任せてしまえばいいのでは」
「けど、現実問題として銃口を向けられているのは私たちよ。自分に降りかかる火の粉は自分たちで払わないといけないわ」
政府には国民の生活や生命を守る義務がある。けど、時には自分の頭で考え、自分の力で行動しなければいけない時もある。待ちぼうけを喰らって手遅れになってしまわぬように。
「わかりました。作戦のためにタイプⅡのISスーツを用意しておきます」
「あなたには負担ばかり強いるわね」
「いいえ。むしろ、感謝しています。宇宙にいける機会、滅多にない」
私は嫌味じゃなく、好奇心からそう言った。そして「では、これを」とロリーナに<赤騎士>を渡す。代わりに、ロリーナはA4用紙と同じぐらいの箱とメモを私に手渡してきた。
「ロキから預かっていたわ。帰ったら渡してくれって」
そういえば、ロキに増幅装置の改良を依頼していましたっけ。
この忙しいときにも、ちゃんと仕事をしてくれたらしい。私は感謝しつつ、中身を確認する。そして、その出来栄えに「わお」とこぼした。
「あらあら、すてきね」
「ええ、これならセシリアも喜んでくれるでしょう」
私は増幅装置に箱に戻す。じゃあ、さっそく渡しにいこうか。――と思ったら、おなかがギュルルとなった。かれこれ20時間、何も口にしていないことを、思い出す。
「じゃあ、作戦までちょっと何か食べてきます」
腹が減ってはなんとやらというし、私はまず食堂で腹ごしらえすることにした。
♡ ♣ ♤ ♦
「あら、セシリア」
IS学園食堂。
ここで何か食べ物にありつけないかとやってきたら、セシリアとばったりでくわした。
「セシリアも腹の虫が?」
「うふふ、お恥ずかしながら。あなたも?」
「はい、ここを出てから帰ってくるまで何も口にしていませんでしたから」
「じゃあ、わたくしが何か作って差し上げますわ」
私はギョッとした。いまさらになって
今からでも適当に理由を作って退散しようか。いやでも、断って機嫌を害されるのも……。
(せっかく仲直りのきっかけを掴めたのだから、ここは我慢しよう)
大丈夫、再生医療の発展が目まぐるしい
私は腹を撫でながら「じゃあ、ごちそうになります」と言った。
セシリアは「はいな」と嬉しそうに答え、料理機器と素材をもらいに厨房へ赴いていった。
「アリス、カルボナーラでよろし」
「あ、はい」
頷き、テーブルに腰掛ける。そして、調理を始めるセシリアから目をそらした。その過程を知っていると余計に食欲が減衰するのだ。だから、私はあえて見ないようにしている。これは何度もセシリアの料理を食べさせられてきた私が身に着けた知恵だ。
(はぁ、これなら空腹の方がましだったかなぁ……)
なんて後悔しても仕方ない。いや、後悔するぐらいなら、はっきりと「まずい」と言った方がいいのかもしれない。そんな風に思っていると、セシリアがカルボナーラを手にやってきた。
「できましたわ。お味は一夏さんのものより、やや劣るかもしれませんが」
ややか。そうだといいのですが。
私は意を決してパスタを口に運ぶ。食べたとたん、口の中にまろやかな甘みが広がった。それでいて濃厚な味わい。黒こしょうの辛味が、しつこさを消していて、牛乳の生臭さもない。思った通りひどい味だ――って、あれ? おいしい……。
「あら、どうしましたの、不思議そうな顔をして。さては、またまずい物を食べさせられると思ったのかしら?」
普通においしくて、驚く私の顔を見て、セシリアがくすくす笑う。
彼女の口ぶりは、まるで自分の料理がまずかったことを知っていたようだった。
「実はわたくし、最初から料理がそれなりにできますのよ?」
思わず食の手が止まる。え、最初から?
「じゃあ、あえてまずい料理を私たちに食べさせていたんですか……?」
「ええ。――わたくし、小さい頃からチヤホヤされて育ちましたの。家柄が家柄でしたから、周りの友人から
オルコットは世界的な資産家。財力の権化ともいえる彼女の実家と友好な関係を築ければ、甘い蜜をすすれる。反感を買えば、煮え汁を飲まされかねない。だから、みんなセシリアの顔色を窺っていたのだろう。
「わたくしも周りに
「それはまたなぜ?」と私はフォークにパスタを絡めながら、耳を傾ける。
「もし『まずい』と言って下さる方がいれば、それはオルコットの足許をみた人間じゃなく、真にわたくしのことを想った、信ずるに足る人間だと思ったからですわ」
「それで、あえてまずい料理を……」
「でも、その必要もなくなりましたわ。だって、出会えたんですもの、あなたに。あなたはわたくしを心から想ってくれている。なのに、わたくしはあなたに酷いことを言ってしまいましたわ。――ごめんなさい」
視線を落とすセシリアに、私は頭を振って見せた。
「いえ、いいんです。私こそ無神経なことを言ってしまいました」
セシリアはセシリアなりに一生懸命だったのだ。
その努力を私は「バカなこと」と言ってしまった。本当のバカは私だ。
「そのお詫びにコレを用意しました」
私はロキから受け取った箱を取り出す。今度はセシリアが頭を振った。
「受け取れませんわ。わたくしがあなたにつらくあたったのは、シャルロットさんや簪さんに嫉妬していたからですの。あなたは悪くないのですから、お詫びの品は受け取れませんわ」
「そうですか」
私は手持無沙汰になった箱をしばらく眺めた。ロキに無理を言って作らせたけど、どうしましょうか。しばらく考えた後、私は食堂のカレンダーを見て、こうすることにした。
「では、すこし早いですが、クリスマスプレゼントということで」
「ふふ、それならいただこうかしら。――開けていい?」
「どうぞ」と私。セシリアが箱を開ける。
あのコードとフレームがむき出しだった増幅装置は、綺麗なティアラに化けていた。
「あら、素敵。これは?」
「<エーテリオン>を、ISのマインドインターフェースに組み込んだものです」
「まあ、これがっ!?」
セシリアはさっそくヘアバンドを外し、ティアラを乗せた。
「どうかしら」
「よく似合います。本物のプリンセスみたいです」
気品ただようセシリアの容姿と金髪碧眼にティアラはよく映えていた。
「本当に、ありがとうございますわ、アリス。簪さんにもお礼を」
「その簪から言伝を預かっていますよ」私は渡されたメモを開き「『<フレキシブル>の習得に役立てください。それと一緒に<妖精王女>の称号もお返しします。それは<
「あら、そこまでしていただかなくても」
セシリアは申し訳なさそうに頬に手を当てた。私は苦笑した。簪の言伝を意訳すると『渡すもの渡したから、もう突っかかってこないでね』になるからだ。いま姉の専用機開発に燃えている簪だ。いらぬ厄介事を抱えないための予防線だろう。
「ここまでしていただいたのなら、習得しないとオルコットの名折れですわね」
「期待しています」
私がエールを送るように笑むと、アナウンスが鳴った。
『これより作戦名<
千冬さんのアナウンスを受け、私とセシリアは顔を見合わせた。そして頷き合う。
もはや、これはただの衛星兵器の破壊作戦ではない。セシリアがセシリアたるための聖戦だ。それがいま始まる。