IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第103話 オペレーション・ソードブレイカ―

 IS学園が攻撃を受けた報告は、すぐに千春の許にも届いた。

 千春が報告を受けたのはアメリカの国防総省と交渉を終えてすぐのことだった。

 待機させていた車に乗り込むと、秘書が「IS学園が攻撃されたこと」を小さい声で彼女に伝えた。

 

「わかったわ。話は移動しながら聞きます。――出して」

 

 走り出した車内で秘書は説明を始めた。

 

「10分ほど前、IS学園が何者かに攻撃を受けたそうです。正確な攻撃手段は不明。IS学園のはるか上空から光がさしてきたという報告があります」

「おそらく例の攻撃衛星によるものね」

 

 開示された中空モニターの映像には校舎の方角に巨大な光の柱が降り注ぐ光景が映し出されていた。

 千春は「まるで神罰の光だわ」と思った。愚かな人間に憤怒した神が下した滅びの光。そう思えるほど強烈で鮮明な光が学園に降り注ぎ、周囲が陽炎のように霞んでいた。次いで、激しい衝撃波が定点カメラを遅い、ザザッと映像が途切れる。

 

「被害は?」

 

 まだIS学園には作業員や一部の生徒が残っていたはずだった。

 

「いまのところ調査中です。ですが、息女さまと息子さまはご無事です」

「そう。よかったわ。それにしても、いつも後手ね。いやになるわ」

「心情お察しします。ですが――」

「ええ、分かっているわ。気に病むのはやめましょう。憂うためにこんな組織を作ったわけじゃないのだから」

 

 全てを収束する者としてご都合主義の神様(デウス・エクス・マキナ)を名乗ろうとも、自分たちは本物の神ではない。すべての事に備えるなど不可能だと判り切っている。

 

「いまは私たちができることをします。各部に伝達。<作戦部>と<IS学園>は<亡国機業>と協力して<アフタヌーン・ブルー>の建造を。現場の指揮は千冬に執らせます。ロリーナにはREXの準備をさせて。<情報部>には引き続き、EUの監視を」

 

 最後に千春は「やられたからにはやりかえすわ」と強い言葉で、命令を括った。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 謎の攻撃を受けたIS学園。ロリーナたちがいた第七格納庫は、幸い損害が少なかった。ロリーナとシャルロット、ラウラにも傷は見当たらなく、体も不自由なく動いた。それがわかるとラウラは意識を警戒モードにして、行動を開始した。

 

「ロリーナ・リデルはここにいてくれ。私はしゃうロットと外の様子を見てくる」

「いえ、私も行くわ。現状を確かめないと」

 

 ラウラは「わかった」と告げ、ロリーナたちと地上をめざし始めた。その渦中、ラウラはすべきことを頭で整理していく。まずは仲間の安否確認と状況の把握。可能なら救助の要請――。

 

(なのだが――)

 

 襲撃だったら、敵がそこにいるかもしれない。

 

「シャルロット、ISの準備をしておけ」

「うん」

 

 ラウラはシャルロットに背中を預けながら、外の様子を伺う。

 整備区画の外では浸るところで火の手が上がっていた。しかし、予想していたほど凄惨な光景でもなかった。建物も崩壊を逃れ、形を残している。

 だからといって安心はしていられない。

 ラウラは周囲に気を配った。そのラウラの耳にキーンと甲高い音が聞こえてくる。

 音の正体は<赤騎士>の推進装置だった。

 

「エリーッ!」

 

 やってきたアリスへ、シャルは飛び込んだ。

 

「よかった。無事だったんだね!」

「ええ、簪とロキも無事です。シャルも怪我がないようで安心しました」

 

 友人の安否を確認できて、アリスもまた心から安堵したようだった。

 

「ラウラとロリーナさんも一緒だよ」

 

 ふたりに目を向ける。怪我ひとつないようすで、アリスはひとまず胸を撫で下ろす。

 だが、安心はできない。この惨状をもたらした敵がまだいるはずだった。

 

「しかし敵の気配が感じられないな」

 

 もしここを制圧する気なら、敵は攻撃直後の混乱に乗じているはず。

 そもそも、これだけの熱量を放つには大掛かりな装置が必要となるはず。それさえ見当たらないとは……。

 

「どういうことだ」

 

 ラウラは燃えた学園を一望し、畏怖の念が籠った声音でそうつぶやいた。

 

「おそらく<エクスカリバー>の攻撃によるものだからだ」

 

 ラウラは<打鉄弐式>と共にやってきたロキに視線を向けた。

 

「エクスカリバー?」

「EUが極秘開発していた攻撃衛星のコードネームだ」

「EU? なぜEUの攻撃衛星がIS学園を攻撃する」

「もうEUの手に無いからだ」

 

 では誰の手にあるのか。誰も問わなかった。わかり切ったことだった。

 

「まるで、こうなることを知っていたような口ぶりだな、ロキ」

「アリーシャからリークを受けていたからな」

「ならなぜ止められなかったの。その存在を知っていながら」

「存在を知っていても、いつどこを通るか、その軌道周期まではわからなかった。位置が判らなければ撃ち落とすことはできない。俺達にできたのは、攻撃に備えることと、反撃の準備をしておくことだけだった」

「備える……?」

「<テンペスタ・バアル>で攻撃を受け止めることさ」

 

 声と共に黒いISが降りてくる。重厚でありながら、流動体的なシルエット。<テンペスタⅡ>、あらため<テンペスタ・バアル>だ。操縦者アリーシャ・ジョゼスターフは大粒の汗を浮かべ、どこか疲弊した様子だった。

 

「でも、予想以上の威力だったのサ。《暴食の腕》と《単一仕様能力》を使ってこの有様なのサね」

 

 アリーシャが右手を見せる。二の腕から先はなく、コードだけが垂れていた。

 <テンペスタ・バアル>が装備していた武装腕は、エネルギーを吸収する機能を持つ。<エクスカリバー>の攻撃を受けながらも、被害がこの程度に留まったのは、<テンペスタ・バアル>がエネルギーを吸収したからか。

 

「<レヴィアタン>の罪滅ぼしはしたサね」

 

 アリーシャは、ISを解除してフラフラっとロキに身を預けた。そして、そのまま力尽きたように目を閉じる。都市を焼き払うほどの熱量を、一人で受け止めたのだ。機体も操縦者も反動で限界だったのだろう。

 

「よくやってくれた、あとは任せろ、アリーシャ」

「ふふ、そこはアーリィって呼んでなのさ」

 

 それっきり、彼女はしゃべらなくなった。

 

「アリーシャのおかげで<エクスカリバー>の場所を特定できる。いくぞ」

 

 ロキはアリーシャをお姫様だっこして、移動にかかった。

 だが、アリスたちといえば、一連のやり取りについてコソコソ話し始めた。

 

「ロキってば、アリーシャさんが『アーリィって呼んで』って言ったのに、呼ばなかったね」

「ローズマリーのことも、ローズマリーですよね」

「ふむ、照れているのか? 意外とシャイな奴だな」

「あらあら、かわいいところあるのね」

 

 ロキは振り返って「おまえら、うるさいぞ」と不満そうにそう告げた。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 私たちがやってきた場所は第二アリーナの前だった。

 負傷した人たちも何人かいるようで手当を受けている。その中には、セシリアと鈴の姿もあった。二人とも無事なようすだった。だが、セシリアは私を見つけるなり、視線をそらした。先の出来事がまだ尾を曳いている感じだった。

 

「どうしたの、あんたたち」

 

 鈴が私とセシリアを交互に見やる。

 私が「なんでもありません」と告げると、千冬さんが「おまえたち、こい」と言った。

 

「行きましょう」

 

 鈴たちと併設された簡易のテントに入る。

 私は一番前の席に座った。隣に鈴、シャル、ラウラが並ぶ。セシリアは一番うしろの席に座っていた。露骨に距離を置かれているが、私は深く考えないようにする。

 

「そろったようだな。では、傾注しろ――」

 

 千冬さんが有機ELのペーパースクリーンの前で説明を開始した。

 

「時間がないため手短にすます。さきほど我々はEUが極秘開発していた攻撃衛星より攻撃を受けた。だが、これがEU軍による攻撃ではないことは、君たちも既に理解できているだろう。例に及ばず、連中のしわざだ。我々はこれより連中が奪ったこの衛星兵器の破壊を行う。それにあたってまず、ロキに<エクスカリバー>について説明をしてもらう」

 

 千冬さんに代わってロキがペーパースクリーン前に立つ。

 映像は衛星兵器の攻撃シーンに切り替わった。神々しい光柱がIS学園に降り注ぐシーンは、IS学園の対岸にある定点カメラで撮影されたものだろう。初めて攻撃の様子を目の当たりにした私は「まるでデススターだ」と思った。

 

「この攻撃衛星<エクスカリバー>は衛星軌道上から指向性エネルギー兵器――真空状態のエネルギー位相を用いた相転移砲で、地上の目標を破壊する兵器だ。非常に威力の高い、おそろしい兵器であることは、この場にいるすべての人間が経験ずみだろう。だが、高高度からの攻撃ゆえ莫大なエネルギーを消費するため、連射はできないと考えられる」

「次射までどれぐらい時間がある?」

 

 とラウラ。

 

「映像解析とここが受けた被害、そして距離から攻撃に必要なエネルギーを逆算し、それを太陽光発電システムなら何時間でまかなえるか。算出した結果――」

 

 一同は静かに耳を傾ける。

 

「早くて24時間だ」

 

 24時間。

 相手がこの地球上にいないことを考えれば、そんなに長い時間とは言えなかった。

 

「それで、どうやって破壊を?」

 

 破壊目標は遥か2000キロの彼方。通常兵器では手も足も出ない。

 

「<エクスカリバー>同様に指向性エネルギー兵器を以て、地上から<エクスカリバー>を破壊する。その要となるのが<ブルー・ティアーズ>。そして、セシリア・オルコット。キミだ」

 

 みんなの視線がセシリアに集まる。

 注目されることが好きなセシリアだったが、こればかりは驚いていた。

 

「わたくし?」

「そうだ。BTレーザーと君の狙撃力をもって、地球上から<エクスカリバー>を撃ち落とす」

「わたくしに人工衛星を狙撃しろと!? 待ってくださいな。<ブルー・ティアーズ>にそこまでの能力はありませんわ!」

「承知している。そこで実行可能な<パッケージ>を手配した。長距離望遠システム。環境コンピューター、弾道制御ソフト。超高高度狙撃砲をコンボジットしたパッケージ<アフタヌーンブルー>だ」

「準備がよろしいようで……」

 

 ま、事前にそうなることを知っていたのだから、準備が進んでいて当然か。

 

「ああ、準備はできている。あとはキミがやるかやらないか、だ」

「やるか、やらないかだなんて、やる以外に選択肢なんてありまして? わたくし以外にできる人なんておられないのでしょ?」

「ああ、キミの狙撃における技能は、ここの誰よりも超越している。この作戦を成功させられる人間は君をおいて他にいない」

 

 彼女の狙撃術は、私やラウラですら遠く及ばない次元に達している。機械の補佐を得ても、だ。

 酷だが、セシリアがやらなければ、誰もこのIS学園を守れない。

 セシリアは測りしれない重圧を感じながらも、やらないとは云わなかった。

 

「わたくしは期待されることが嫌いじゃありませんわ。わかりました。やります」

 

 

       ♣         ♢         ♠        ♡

 

 

 ブリーフィング終了後。各自が分担された作業に勤しむ最中、<ブルー・ティアーズ>の調整が行われている二番ハンガーに向かった。

 セシリアとの関係がぎくしゃくしたままだったからだ。

 できるなら、作戦まえに仲直りして、気持ちよく作戦に取り掛かってもらいたい。その意気で私はセシリアの許におもむいた。

 

「セシリア、ちょっといいですか」

「何かしら」

 

 セシリアはコンソールに視線をやったまま、私と目を合わせようともしなかった。

 完全に拒絶されている。私は切なくなる気持ちをこらえながら続けた。

 

「さっきのことですが、本当にごめんなさい。軽率なことを言いました。これからはもっとあなたのことを大事します」

「別にいいですわよ。気にしておりませんわ」

 

 ちゃんと誠意をこめたつもりだった。けれど、返ってきた言葉は愛想の欠いた言葉だった。

 そして、やっぱり私の顔を見ようともしない。

 さすがにその対応はあんまりだから、私は声を荒げた。

 

「セシリア、ちゃんとこちらを向いてちゃんと私の話を――」

「もうよろしいでしょ。気にしていないと言ったのが聞こえなかったのかしら。もう怒っておりませんから、ちょっと静かになさって。わたくしはいまデリーケートな作戦を控えておりますのよ」

 

 こう言われたら、私は固まって何も言えなくなる。

 セシリアの言うとおり、私の所為で心を掻き乱し、作戦が失敗してしまったら元も子もない。「やはり実物を見てみないことには……」「データだけで感覚を掴むのは難しいすわね」と、私の事を忘れたように機体チェックを行うセシリアに「邪魔しました」と告げ、私は場を去る。

 

「はぁぁ……」

 

 なんだか肩がずっしりと重かった。気持ちがモヤモヤした。セシリアの態度に苛立ちが募り、思わず近場のゴミ箱にあたってしまう。散らかったゴミ屑を見て自己嫌悪に陥っていると声が聞こえてきた。

 

「あらあら、荒れているわね」

「ロリーナ? どうしたんですか、こんなところで」

 

 確かロリーナはREXの調整に当たっていたはずだけど。

 

「あなたにこれを渡すの、忘れていてね」

 

 ロリーナが取り出したものは、紙の束だった。一枚目の表題には<エデンプロジェクト>と記されている。私はスコールに<楽園計画>の資料を寄こすよう伝えていたことを、思い出した。

 

「ありがとうございます。でも、いまじゃなくても」

 

 今回の作戦で、この資料が必要になるわけじゃない。忙しいのだから、受け渡しなんて作戦が終わったあとでもいいだろうに。――そう内心で愚痴ってしまうあたり、私は相当にイラついている。

 

「これはついでなの。実はあなたに特命を伝えに来たわ」

「特命?」

「いまイギリスでは<アフタヌーン・ブルー>の積み込み作業が行われているわ。並行して“あるもの”を受け取る手筈になっているのだけど、その受け取りに立ち会ってもらいたいの」

「それ、私じゃなければいけませんか?」

 

 現地の要員に任せれば済む話だと思うのだけど。

 

「実はその受渡人があなたを指名してきているの。ぜひあなたと会って、話したい人がいるんですって」

「私と話を?」

 

 名指しなんて誰だろうか。思いつかないが、向こうが私を指名しているなら、仕方ない。

 私は「わかりました」と了承した。

 

「で、現地にいってどうすれば?」

「現地の要員に『ジェーン・ドウに会いに来た』と告げればいいそうよ」

 

 ジェーン・ドウか。

 検索にかけても該当するようなものは出てこなかった。ま、会ってみればわかるでしょう。

 

「わかりました」

 

 私が特命を了承すると、セシリアがこちらにやってきた

 

「ちょっとよろしいかしら」

 

 セシリアは私を一瞥することなく「ロリーナさま、ちょっとお時間頂けまして」と続けた。

 私に用があってわけじゃないようだ。

 

「大丈夫よ。何かしら?」

「一足先にイギリスへ出向かせていただけません? やはりデータだけでは感覚をつかみきれませんの。いち早く装備をモノにするためにも、実物の装置をこの手で触ってみたいのですわ」

 

 ロリーナは人指し指を唇にあてて考えた。

 

「そうね。わかったわ。連絡は私の方からしておくわ、航空券の手配は――」

「それなら不要ですわ。IS学園からほど近いプライベート空港に自家用機を置いてありますから、それを使います」

「そう。ならついでに、この子も相乗りさせてもらえるかしら」

 

 私は顔に出さず(い゛)と心でつぶやいた。

 いま、セシリアと二人きりというのは正直きまずい。

 

「……わかりましたわ。機長にもそう伝えておきます。では準備してまいりますわ」

 

 それだけ告げてセシリアは去っていく。

 ロリーナの天然か、意図か。おそらく後者で、仲直りしておけということなのだろうけど

 

「あら、どうしたの?」

「…………いいえ、なにも」

 

 私はあきらめて、イギリスへ渡る準備に始めた。長いフライトになりそうだと思いながら。

 


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