「ねえ、ヤヤ。生まれ変わるとしたら、何になりたい?」
ホテルの自室に戻り、風呂に入ってから私は、ソファーで横になっているヤヤに問いかけた。
「……どうしたの、急に」
「参考程度に訊いておこうと思っただけね。それ以上の理由は特にないわ」
肩に掛けた白いタオルで髪を拭きながら、ヤヤの視線を誤魔化す。
「ふーん、そっか。私は生きているって思えるなら、何でもいいかな」
「そう、強いのね」
「強いって言うより、そんなアリもしない可能性? の事を考えるのが苦手だから、分かり易く楽な想像をしただけだよ」
「ふふ、そう」
結局、マチの洗脳は、直前の問答により断念した。
覚悟が足りなかったというか、なんというか。
どうやら私は、人としての何かを、どこかに落としてしまったらしい。
そもそも、持っていなかった可能性も否定できないけど。
「改めて訊くけど、何かあったの?」
「うーん、何もなかったわね。しいて言うなら、無駄な取引をさせられた位ね」
興が冷めたと言えば、それだけなのでしょう。
自分の虜にしてから手を出す。
本来の手段はソレだった気もするし、無理矢理も可能であればしてきた。
ただ、いつの間にか手段が目的になっていた……それとも。
「ふーん、リナでも失敗する事あるんだね。どんまい」
毒されたか。
転生を願って、その目的とは既に外れている。いや、外されているが正しいかしら。
記憶の改ざんも、普通の家庭に生まれていればされなかった。
ヤヤとの出会いも、記憶が正しければ起きなかった。
見えない意思。
私が私単体で関わる者に関して、色々な一線を越えれない様になっている気がする。
そうしないと、今日みたいに見境がなかったのか。
既に、死んでいたか。
「ほんと、困ったわ。ヤヤに助けて貰おうかしら」
「私で力になれるなら、どんどん頼って」
「……えぇ、ありがとう」
護る物が多すぎると、どこかできっと、何かを失ってしまう。
きっと、そうならない為の救済処置だったとして……。
感謝する先は、あの神様なのかしら。
男で人生を進めなくて済んだって事も。
◆ ◆ ◆
「で、怖気づいた上で、能力の使用を辞めてしまったと」
「そうなるわね。ごめん、シャーロット。お願い損になってしまったわ」
「いえ、問題ありません。ただ、どうして辞めてしまったのですか?」
「簡単に言えば、気が向いた。かしら」
「やらない方向に、ですね。なるほど」
言葉を多くすれば、そこにマチとしての価値がないから。
自分の物ではあるが、自分の物でない感覚。
どこか、気持ちの悪い感情が働いていた。
言葉を交わさなければ、そのまま続行していたけど……結果、良かったのかも知れない。
自分の見つめ直す反省。いや、反省というより価値観の修正か。
行動原理が、気の向くままとなっていたから。
その異常。私からすれば、許容範囲ではあったはずなんだけれど。
「とりあえず、全員に埋め合わせは考えているから、シャーロットも考えておきなさい」
「ふふっ、気にしなくてもよろしいのですが。分かりました、とびきりの我儘をご用意しておきます」
それから少しの時間、他愛ない話をしてから電話を切った。
さて、これからの目標は……。
ゾーンポテチをしていたヤヤを一度見る。
うん、ヤヤの育成かしら。
もっとも、私が教えるに基礎的な限界が来ているので、ここは彼女にお願いしましょう。
まあ、面識がないので、少し前途多難かも知れないけど。
◆ ◆ ◆
「で、何もかも予定通りになった訳ね」
「ああ、感謝する、リナさん」
今後の計画を考えていた時、クラピカからの連絡が入った。
蜘蛛の団長を確保し、ゴンとキルアが攫われた。これから、その交渉を行うので、集まって欲しいと。
私が三人と恋バナをしていた頃、三人を覗いて他の団員が動いていた訳だけど、結果的には変わってないみたいね。
ヒソカの目的を叶えてあげる為に、私はクラピカ陣営の居場所を、あらかじめ伝えていた。
ベーチタクルホテルにいる、と。
もちろんクラピカと示し合わしており、参加した団員は誰か分からないけど、ゴンとキルアが掴まってしまう未来は一緒のようだ。
多分、流れも一緒なのでしょう。
これが抑止力による物かは分からないけど、まあ、私が出来る手助けは終わり。
蜘蛛にとっても、クラピカにとっても。
「で、0時にリンゴーン空港に来てくれると思っているの?」
「……ああ、念の鎖は、リナさんの言う通りパクノダには刺さなかった。ただ、それで旅団がどう動くか決まっていないが、リナさんの存在があれば、無下にはしないだろう」
ふむ、これで誰も死なずに済むわね。
事前に女性に何かしら手は出すなと忠告しておいたけど、ここまで上手く行くなんて。
後は、パクノダとヒソカがゴンとキルアを連れてこれば安泰かしら。
「ま、妥当ね。じゃあ、それまで私は……」
クロロの元に歩み──
「ぼっこぼこね」
「大体、お前のせいだと思うが」
「ええ、違いないわね」
鎖で身体を縛られ、顔面は腫れあがっている。
なんとも無様な姿。
これも、記憶通りだ。
「それより、結局三人は解放したのか」
「まあ、考えの違いでね。マチは一度確保したけど、返したわ」
「意外だな。どうしてそうなった?」
「んー」
理由は、凄く単純だけど、説明は難しい。
何せ、これからの歴史をかき乱したくないのと、私の欲望が天秤に乗せて負けた結果だから。
そりゃ、欲望に任せて動き回っても良かったけど、その徒労が目に見えずとも簡単だった。
洗脳してしまったマチは、マチであってマチでない。
身体だけ欲しかった……のも多少あるけど、もうそれはマチ個人ではないから。
◆ ◆ ◆
「で、とりあえず洗脳を始めるけど、何か言いたい事はあるかしら?」
「そうだね……アンタは、何がしたい」
「マチと色々?」
「じゃあ、それはあたしじゃなくても良い話じゃないか。なぜ、あたしに拘る」
「確かに……そうね」
アクア、ルー、シトリンを見て思い直す。
そういえば、何故こうも焦って手を出そうとしているのか。
確かに、護る為にはマチを洗脳する必要がある。
だけど、その結果、得られるのはマチという身体だけ。
想いの無い身体なんて、特に価値はない。
そうでないと、想いを持って生み出された三人の意味は皆無だ。
◆ ◆ ◆
念とは、魔法の力。
ただ、魔法よりも圧倒的に利便性がある。
アクア、ルー、シトリンの三人は、シャーロットの念能力によって生み出された。
パクノダに説明した通り、念の概念は異常だ。
その事を知っている私は、高い具現化系の資質を持ち、なおかつ美少女である人間を探した。
それが、シャーロット。発端は大体、五年前の話である。
元の生まれから世界について。そして、念の全てを伝え、協力を得た私はシャーロットの資質を育て三人を創造させた。
"
一番プラチナ。二番アクア。三番エメ。四番ルー。五番シトリン、の五人を、こうである。という詳細設定をそれはもう隅々まで設定し、イメージさせて造り上げる能力。
容姿、言動、身長、体重。そして、それぞれの"超"能力を。
なんでも斬れる剣。は、概念的に難しい。それはイメージが出来ないから。
ただし、イメージが出来てしまうなら、それを念能力として収める事が出来るのではないか。
そう考えた私が、研究を兼ねて検証した。
結果は大成功だ。
共通項目は、超能力。いわゆるサイコキネシスや発火。瞬間移動と多岐にわたるが、五人それぞれに得意分野がある。
それに加えて、念を必要としない事。
一度発動してしまえば、シャーロットが意図的に解除しないと消えない。つまり、念で創造はしたが、それぞれが単独行動が出来る生命と言っても過言ではない。
理論は簡単で、術者から独立して生きれる様にイメージしたから。
そのイメージ設計には、元世界のアニメという知識や、この世界での意識。それを根本からシャーロットに叩き込み、足りないイメージが無いまで知識を教え切った。
シャーロット自身のイメージ習得には、四年の歳月が掛っている。
先に念という存在を教え、その概念の考え方を教え、四年。
そりゃもう、簡単ではなかった。少しでもイメージがぶれると発動できないから。
むしろ、下手に発動してしまうと、ゴミみたいな能力になっていたはず。
まあ、本当に色々と頑張った結果、念性質のブレイクスルーが出来たのだけど。
一番苦労したのは、イメージの為にアニメを自主制作した事かしら。
念の概念を教え込むより、果てしない苦行だった。
何せ全120話にも及んだ。
途中、イメージの為という事を忘れる程に、血肉を注いでいた気がする。
その仮定で、スター・ディスティニーという会社が出来た位に。
本当、長かった。
◆ ◆ ◆
「うん、洗脳は止めましょう。解放するわ、マチ」
「は?」
私は、既に恵まれている。
これ以上、何かを欲望だけで求めるのは、恐らく破滅への道。
手に収まらない物が増えてしまうと、結局、どこかで破綻してしまうはず。
そうなった時、私にはきっと選べない。
「いつでもいいかなと思って」
「そんなにあたしは甘くないよ。もう二度とアンタの前には現れない」
「でしょうね。まあ、機会があればでいいわ」
心が手に入らないなら、ある意味で、もう良い。
もちろん、遊びたくはあるけど……次の機会でも良いでしょう。
まずは、私のヤヤを優先しないと。
確実に、ヤヤは私のモノなんだから。
「変な奴」
「違いないわ」
◆ ◆ ◆
そして、私はマチとお別れした訳だけど、やっぱり意外に見えてしまうわよね。
「ま、気が向いたって事にしておいて」
「そうか」
クロロは笑みを浮かべ、壁に背を合わせて目を閉じた。
多分、興味がなくなったのでしょう。
「来たか」
クラピカの呟きで、私は窓の外を見る。
しっかりと、パクノダと人質二人がいた。
円で探ると、直ぐ近くにヒソカもいる。
逆に、ヒソカ以外はいないので、問題なしね。
じゃあ、私は帰宅しましょう。これからの為に。
「後は頑張りなさい」
「……分かった。ありがとう、リナさん」
頭を下げたクラピカを見て、私は手を振ってからホテルへと帰宅した。
◆ ◆ ◆
9月10日。これからの予定を決めた私は、ヤヤと共に選考会場に来ていた。
バッ……テリー? か、なんかの、グリードアイランド選考会。
落ちるはずもないので、私は気楽に待機しているのだけれど……。
「大丈夫かなぁ……ねえ、大丈夫かなぁ、リナ」
ヤヤは物凄く緊張している。
「何度も言うけど、ヤヤなら緊張するだけ無駄よ」
何度言っても緊張しているヤヤにこそ、無駄かも知れないけど。
「だって、プロのハンターが試験官なんでしょ」
「その試験官よりも強いヤヤが、落ちるはずないわ……って、いい加減にしないと、脱がせるわよ」
面倒になって来たので、殺気も込めてヤヤだけを威圧する。
「う、分かった」
しゅんと肩を落とすヤヤ。それがまた、可愛い。
「分かった、分かったから!!」
……どうやら、また出していた様ね。
ヤヤから視線を外すと同時に、壇上に黒スーツのおっさんが出てきた。
『皆さん、お待たせいたしました。それではこれより、グリード・アイランドプレイヤー選考会を始めたいと思います』
◆ ◆ ◆
「あのー、お二人はまだですか?」
「え?」
気が付けば、私とヤヤ以外がいなくなっていた。
興味が無さすぎるのも、考え物ね。
「今から行くわ。ほら、ヤヤも行くわよ」
「う、うん」
して、まだ緊張してるのね、この子。
「二人同時でも構わないわよね」
「わわっ」
ヤヤをお姫様抱っこし、"隠"で不可視にした剣を取り出す。
「いえ、決まりなので──えっ?」
返答は特に聞かず、司会役の声を背で訊いておく。
「見せなくてもいいわね?」
壇上に向かって跳びつつ、空中で剣を操作し、シャッターを細かく切り落とす。
そして、あごひげに声を掛ける。
約二秒。
司会者はもちろん、あごひげも理解していないでしょう。
「……は?」
まあ、シャッターが切り落されていて、急に女子二人が現れたら、そりゃそうなるでしょうけど。
「じゃ、そういう事で」
「ズルして、ごめんなさい」
謝らなくてもいいのに、ヤヤは律儀ね。
扉を抜けて、ゴンとキルアの元へ向かう。
「お疲れ様、リナさん、ヤヤさん」
「さっきの金属音、どう考えてもシャッターが発生源だよな。切り落としただろ?」
「凄い音だったよね。細切れ?」
「ええ」
「私は何もしてないけどね……」
こうして、無事にグリードアイランドの参加権を手に入れた。