でろりんの大冒険   作:ばんぼん

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 百獣魔団。

 

 読んで字の如く、百種の魔獣の軍団だ。

 実際に百種を越えているかどうかは別にして、猿やアリクイ、羊に蛙。果ては芋虫や樹木に至るまで、獣と呼んでいいのか微妙なモノも含めて、実に様々なモンスターが所属しており、種族の多さに比例してその総数は膨大なモノとなっている。

 攻め寄せた百獣魔団の中には″ドラキー″や″キャタピラー″といった雑魚としか言えないヤツも大勢いるが、正直、あまり闘いたくない軍団だ。

 倒す度に手に残る嫌な感触、耳に残る断末魔の叫び、そして目を覆いたくなる血飛沫……百獣魔団のモンスター達は、世界樹に攻め寄せるソレとは違い、全てが生きているのだ。

 

 ・・・

 

 と、葛藤してみても俺のやるべき事は変わらないんだけどなっ。

 

「よぉーっし! 良くやったぁ! 伏せなっ、イオラオラぁ!!」

 

 敵は……殺す!

 

 民家の上に陣取った俺は、兵士達が路地裏を駆け巡って大通りに集めてきたモンスターの群へと目掛けてイオラを放った。

 当初はポップ達を探してロモスの街中を駆け抜けていたが、狭い路地裏にまでモンスターが入り込む百獣魔団の大攻勢を目の当たりにし、方針変更を余儀なくされたのだ。

 

″ドォーン、ドォーン……どぉん″

 

 二つと一つの爆発音が響き″チャリチャリチャリーン″と大量のゴールドが地面に落ちた。

 

 ん……!?

 

 イオラが発生源でない爆発音の聞こえた方へ顔を振ると、高台にある城が視界に入る。

 ″キッ″と視線を強め遠方に視点を合わせると、城の壁に穴が空き土煙の上がっているのが確認出来た。

 タイミング的に″獣王会心撃″が炸裂した頃合いになるが……ダイは無事だろうか? 一度様子を観に行くべきなのかもしれない。

 

 ……いや、何かある度に手を差し伸べていては、ダイの成長の妨げと成り兼ねないばかりか、魔王軍の連中に″ダイに何かがある″と勘付かれる恐れもある。

 側にはヒュンケルも控えているし、二人を信じて俺は俺のやるべき事をやるとしよう。

 

「おぉ……凄い……」

 

 何に対する呟きか定かで無いが、俺が遠くの城を眺めて佇んでいる間に、兵士達は焼け焦げたモンスターの周りに集まりゴールドを拾っている。

 

「何時までも拾ってんじゃねぇ! ゴールドなんか俺について来りゃいくらでも稼がせてやる!! 次だ、次行くぞ!」

 

「は、はい! 勇者様っ!!」

 

 直立の姿勢を取った兵士A〜Hの前に降り立った俺は、兵士を率いて南にある大門目指して駆け出した。

 雑魚なんか気にせず先にポップ達と合流すべきかもしれないが、街中の惨状を見てしまえばそうもいかない。

 

 指揮官なき魔獣の軍団は手当たり次第に家屋を破壊し、戦闘員と非戦闘員の区別もつけず、人とみれば老若男女関係なしに襲いかかっている。

 これを放置して惨事を招けば、ダイの勝利に傷を付けるばかりか、ダイが己の行いに疑問を抱いてもおかしくないのだ。

 逃げ遅れている一般人がそれ程多くないのがせめてもの救いと言えるが、万が一にも、

 

『獣王を倒しました、でもロモスは滅びました』

 

 となれば意味がない。

 

 ダイの勝利に花を添える為にも街の被害を極力抑えたいのである。

 

 しかし、家という障害物に遮られる街中での戦闘が災いして、俺一人では思う様にモンスターを倒せないでいた。

 そこで登場するのが名も無き兵士の皆さんって寸法だ……雑魚に苦戦していた兵士を助け口先で手懐けた後は、四方に散らばりモンスターを誘き寄せる役割を担わせている。

 

 くくくっ……危険な囮役を小銭に目が眩んだ兵士に任せる、これぞ、でろりん流戦闘術″高みに陣取り呪文を唱えるだけの簡単なお仕事です″だ。

 

「ゆ、勇者様! アチラに火の手が!!」

 

「あんっ? またかよっ……ちっと待ってろ」

 

 背後の兵士から上がった声に従い、軽く浮き上がって火元を目指す。

 

「ふぅ……なんで意味なく燃やすかな? ヒャダイン!!」

 

 上空で火元となった民家を眺めぼやいた俺は、燃え盛る民家に向けて氷結呪文を唱えた!

 伸ばした両の手から吹雪が巻き起こり、炎の形をした氷の彫像が出来上がる。

 氷が溶けても人が住める保証はどこにもないが、木造家屋の建ち並ぶロモス城下において、火災は致命的な被害と成りかねない。

 魔法力を消耗するのは痛いが、初期消火は迅速に行うべきだろう。

 

「おぉっ……流石は勇者さまっ!」

 

「ふんっ……世辞はいい。さぁ! いくぞ!!」

 

 ってか、ヒャダイン位使ってくれよな……マジでロクな人材が居やしねぇ。

 

 待たせた兵士A〜Rと合流した俺は、内心で悪態をつきながら南大門を目指して突き進むのだった。

 

 

◇◇

 

 

 大通りを進み雑魚を見付けては兵士を使って纏めて殲滅、火元を見付けては初期消火……そんな行動を繰り返しつつ南大門へと歩を進める。

 高台に建てられた石造りの荘厳な城を中心に扇状の広がりをみせるロモス城下は、原作を読んで得た印象よりも明らかに広く、未だ南大門に到達出来ないでいる。

 いや、ロモスだけでなくこの世界全体が原作の印象よりも広い。

 

『似て非なる世界?』

 

 との疑念も沸くが、これは恐らく少年向けに描かれた原作が、色々とデフォルメされていたからだろう。

 例えばテランの人口は三千を越えているし、アルキードに至っては推定で三十万を越えている。

 これを正確に描けばバランは″三十万人の虐殺者″となってしまい、敢えてデフォルメしてボカす事で、死と罪の印象を与えない様にしていたのでは無いかと思われる。

 

 この様に、原作で描かれた事がこの世界の全てで無い以上、百獣魔団の侵攻で死者が出た描写が原作に無かったとしても″現実的″に死者が出ない保証は無いのである。

 

 ……まぁ、小難しい事は一先ず置いておくとして、今は兎に角、南の大門を目指す事に専念しよう。

 街中に入り込んだ雑魚を駆逐するのも大事だが、これ以上の侵入を許さないのも重要だ。

 

 って、アレが南の大門か?

 

「ゆ、勇者様! アレを!!」

 

 俺が大門を視界に収めたその時、背後に付き従う兵士が脅えの混じった声を上げた。

 

 額に手を当て兵士が指差す斜め前方を確認する。

 

「ん? ライオンヘッドに……ポップとマァムか? 棒立ちで何やってんだ?」

 

 目算で三百メートル程先の道端で、ライオンヘッドを目の前にして杖を構えて立ち止まるポップ。

 そのポップの後ろで背を丸めて何かを抱えるマァムの姿が見てとれる。

 

「ゆ、勇者様! 御願い致します!!」

 

 兵士Aの声に振り替えってみれば、三列に並んだ兵士達が敬礼している。

 

「あん?」

 

「さぁ、どうぞっ勇者様!」

 

 目をキラキラさせた兵士達が一斉に下手を突き出した。

 

 ・・・

 

 なんだか良いように使われている気がしないでもない……兵士を使っているつもりで、実は使われていたのは俺ってオチか?

 

「はぁ……。まぁ、下手に多勢で挑んでも余計な死人が出るだけか・・・ヨシっ、ライオンヘッドの相手は俺がやるから、お前等は″コレ″を門が中心になるような五芒の形に配置してこい!」

 

 懐から五つの聖石を取り出して、年配の兵士Aに押し付ける。

 

 門はもう直ぐそこだ。

 A〜Zで表せない程に膨れ上がった兵士達を、何もさせずに待たせるのは些か勿体無いのである。

 

「これは……?」

 

 ピンポン玉の様な聖石を指先で摘んだ兵士Aは、色んな角度から不思議そうに眺めている。

 聖石の何が不思議かと言えば、ほぼ真球を描くその形状だろう。

 聖石といい、魔弾銃といいアバンも大概チートである。

 

「ちょっとしたマジナイの道具だ。いいか? 門が五芒の中心って事は、門の外にもソレを置くって事だからな? しっかり人数を使って細心の注意を払って置いてこい!」

 

「はっ!! 皆の者、行くぞぉ!」

 

「「「おぉぉぉ!!」」」

 

 気勢を上げた兵士達が門に向かって殺到していく。

 

 ・・・

 

 説明の手間が省けて助かるが、素直すぎるだろ?

 この世界で″運気の上がる石″なる物を売り出したら、左うちわでウハウハのモテモテに成れそうな気がしてならない……やらないけど。

 

 そんな馬鹿な事を考えながら兵士達を見送った俺は、ライオンヘッドと対峙するポップの方に目を移す。

 

 互いに攻めあぐねているのか、睨み合いが続いている様だ。

 しかし、つい先日、逃げ出したばかりの強敵相手に逃げないダケでも、ポップは大した成長を遂げたと言える。

 それに、この場所……ポップ達が居るのは決して偶然では無いだろう。

 魔の森へと通ずるこの南の門こそ百獣魔団の侵入経路であり、それを押さえる為にこの地に向かって来たのではないだろうか?

 アバンの教えの賜物か、全体を見通せる目も備わっている様だ。

 

 だが、マァムは……どうなんだろう? よく見てみれば子供を抱える母を庇っているのだ。

 慈愛も大いに結構だが……いや、言うまい。

 俺に理解が出来ないだけで、自己犠牲の精神は非難される行いではないらしいからな。

 

「さて、どうすっかな……」

 

 思案しながらもゆっくりと歩を進める。

 

 

 生物であるライオンヘッドを始末するのは簡単だ。

 だが、それではポップの成長に繋がらない……暫く様子を見るべきか?

 

 いや、大事なのは心構えであり既に勇気の片鱗を見せているなら、危ない橋を渡らずともマトリフの修行で力を引き上げる事は可能とみるべきか?

 

 悩ましいところだな。

 

 決めかねていたその時、

 

『グォォーっ!』

 

 大きな唸り声を上げたライオンヘッドの額の辺りに魔法力の高まりを感じる。

 

 コイツ……何気に高等とされるベギラマを使えるんだよな。

 まぁ、ベギラマの一発位なら大丈夫か。

 

「くっそぉぉ! この犬野郎! そっちがその気ならヤってやる! メラゾーマ!!」

 

 残念、ライオンは猫だ。

 

 破れかぶれ感を漂わせたポップがメラゾーマを唱えた!

 しかし、ポップは完全な選択ミスを犯している!

 

 それと同時にライオンヘッドの額の辺りから、閃熱呪文が放たれる!

 

 ライオンヘッドのベギラマが、放射状に広がったメラゾーマを突き抜けてポップに襲い掛かる。

 

 どうやら、これまでの様だ……背中の甲羅を左手に持ち変えた俺は、魔法力を纏って地を蹴った。

 

「う、うわぁ〜!? ・・・あれ? 熱くない?」

 

 腕で顔を庇い″ギュッ″と目を閉じたポップがすっとんきょうな声を上げたが、熱くないのは当然だ。

 ベギラマの射線上に割り込んだ俺の甲羅の盾が魔法を見事に掻き消したのだ。

 

 ロン・ベルク様々である。

 

「何やってんだ? 戦闘中に眼を閉じてどうする? それにな? ベギラマにはメラゾーマよりヒャダルコだろ? 猫野郎はベギラマ使いって習わなかったのか?」

 

 ライオンヘッドに盾を向け、視線で牽制しつつ背後のポップに語りかける。

 

「う、五月蝿ぇ! いきなり出てきて人の挙げ足とってんじゃねぇ! 大体なぁ、なんだよこのタイミングは!? 隠れて見てたんじゃねぇだろうなっ」

 

「ん? 普通に見てたが隠れてないぞ? 気付かなかったのか?」

 

 敵に集中していた……こう言えば聞こえは良いが、別の言い方をするなら″視野が狭まっていた″と謂うことでもあり、あまり好ましい状態とは言えない。

 

 まぁ、これは経験を積めば自然と身に付く事だな。

 

「て、テメェっ、性格悪いだろ? で、でも助かったし、い、一応礼は言ってやるよ」

 

「ハッハッハっ。その言い回しは礼を言ったことにならねぇんだぞ? まぁ、礼を言われた事にしておいてやるよ……それより、マァムは何やってんだ?」

 

 近くで見るとマァムの顔色は異常に悪い。単に母子を庇っていたダケでは無さそうだ。

 

「怪我人にホイミを掛けるのを止めないんだっ……アンタからも何とか言ってくれよ!? このままじゃ、マァムが死んじまう!」

 

 ポップは切羽詰まった声を上げている。

 俺に頼る位だ……相当マズイ状況だろう。

 

 おそらくだが、マァムは怪我人を見つけては自分の事を省みずに、ホイミを掛けまくっていたのだろう。

 ここからは更なる推測になるが、魔法力が尽きた後は生命力を魔法力に代えてホイミを唱えていたのではないだろうか?

 

 ここに来るまでの道すがら、怪我人が少ないとは思っていたがこういう事か……しかし、解せない。

 

 マァムと言えば慈愛だが、その一方で窮地の時には味方をぶん殴ってでも撤退するクールな一面も併せ持っていたはずだが……?

 

「そうか……まぁ、後でな。 とりあえずライオンヘッドを始末する……お前はマァムの面倒でも見てな」

 

 他人にかまけた結果、仲間に面倒をかける……やはり、マァムらしくないと言えばらしくないが、とりあえず後回しだな。

 

 マァムの方へとポップの背を押しやった俺は、甲羅を背負い直し左手の手袋を外してライオンヘッドに歩み寄る。

 

『グォォ!』

 

 後ろ足で立ち上がったライオンヘッドが前足を勢いよく振り下ろす。

 

「遅い! 喰らえっ! 劣化閃光ショットガン!!」

 

 前足の一撃をかわしてライオンヘッドの懐に飛び込んだ俺は、無防備となった腹にホイミを纏わせた左拳のショートアッパーを連続で叩き込む。

 

 一発、二発、三発……六発目で拳が輝く。

 ワンテンポ遅れて″ちゃりーん″とゴールドの落ちる音が聞こえた。

 それに合わせて後ろに飛び退くと、ライオンヘッドが力無く前のめりに崩れ堕ちる。

 

 敵の死を告げるゴールドドロップ、マジ便利。

 追撃の心配も無くなりゆっくりと振り返る。

 

「つ、強ぇ……一撃かよ!?」

 

「いいえ……一瞬で六発放ってるわ。だけど、最後の一撃……アレは、ホイミの光?」

 

 フラつくマァムをポップが横から抱き抱え支えている。

 

 母子がどうなったかというと、軽やかな足取りで北に向かって走り去る背中が見える。

 

 なるほど……どうみても別の意味で過剰回復だな。

 

「簡単に秘拳の秘密を教えてやる謂れはない。どうしても知りたきゃロモスの山奥にでも行ってみな」

 

 教えてやりたいのは山々だが、秘密厳守で教わったからには、マァムが相手であっても話す訳にはいかない。

 嘘や誤魔化し、騙しに化かしはアリだと思うが、約束を違えるのはナシだ。

 

「ロモスの山奥……? それって武術の神様!?」

 

 まぁ、この反応を見る限り、これ以上俺が何かを言う必要もなさそうだ。

 

「さぁなぁ? そんなことより、マァム……お前、馬鹿だろ?」

 

「えっ……?」

 

「て、テメェ、何てこと言うんだよ!?」

 

「あん? お前が何とか言ってくれって頼んだんだろうがっ」

 

「だ、だからって他に言い様ってモンがあんだろうが!」

 

「良いのよ……ポップ。自分でも馬鹿な事をしていると思うわ……だけどっ放っておく訳にいかないわよ!」

 

 ポップの腕から抜け出したマァムは、自分の両足でシッカリと立って俺を見据えている。

 

「マァム……」

 

「まぁ、そうだな。放っておくのは流石にマズイ。だからと言って、完全に回復させるのはどうかと思うぞ? 歩ける程度に回復してやれば、後は勝手に逃げていく」

 

「そ、そうかしら?」

 

「人間ってのはそんなモンなんだよ。それに、だ……一命さえ繋いでやれば後は他の連中がなんとかする筈だ。戦っているのは俺達だけじゃない……見てみろよ?」

 

『勇者様ーっ!! 準備完了致しましたぁ!!』

 

 門の方から手を振って駆けてくる兵士Bを左腕全体で大袈裟に指し示す。

 

「何だぁ? 勇者って自慢したいのか?」

 

「違うっての。アイツラが勝手に呼ぶんだから仕方ないだろ? じゃなくって、兵士も自分なりにヤれることをヤっているんだ。そんな兵士達に怪我人を任せる事は出来ないのか?」

 

「あ……」

 

「適材適所、役割分担。マァム……お前はお前のヤれることをヤれば良いんだよ。無理に気負う事なんかないんだ」

 

「でも、私っ、ダイや貴方みたいに強くないからっ回復を頑張るしかないのよ!!」

 

 うげっ!?

 

 マァムの変化の理由はダイかよ!?

 

 考えてみれば、原作より強いダイとクロコダインの遭遇戦を見ていれば、力の差を思い知り自信を無くしたとしてもおかしくない。

 いや、自信を無くしているのとは少し違うか……回復はマァムにとっての自分のヤれる事であり、気負い過ぎて励んだ結果がこの有り様だろう。

 ダイの変化は多分俺のせいだから、この痛々しいマァムの姿は巡り巡って俺のせい、か?

 

 って、こんなの分からないっつーの!

 

「ハァ、ハァ……あの、勇者様? 準備整いましたが」

 

 先程、遠目から俺に叫んだ兵士が息を切らせて駆け寄って来ている。

 

「あん? んな事は後だっ後!」

 

「し、しかしっ、兵達は円陣を組んでますが長くは保ちません!」

 

「死ぬ気で頑張れ。今はそれどこじゃねぇんだよ」

 

「そんな!? 酷いっ」

 

 酷いと言われようが兵士の苦境とマァムの苦悩、天秤に掛ければどちらを優先すべきかは明らかだ。

 

「あのっ、私なら大丈夫ですから……先に皆さんの方を」

 

 どうみても大丈夫じゃない顔色をしているマァムが作り笑いを浮かべて場を取り成した。

 

「……ふんっ。じゃぁ、コレでも飲みやがれ」

 

 甲羅から二本の魔法の聖水を取り出して、ポップに向けて投げ渡す。

 

「魔法の聖水じゃねぇか!? い、良いのかよ……コレって3000Gはするだろ?」

 

「それは大魔王が現れる前の相場だ。今じゃ5000は下らねぇよ……中身は変わらねぇのに馬鹿な話だぜ」

 

「ご、5000ゴールド……私っ、そんな高価なモノを頂けません!」

 

「あん? 誰がヤるって言った? 俺が俺の為に、俺の道具をお前等に使うんだ……飲まねぇなら無理矢理ぶっかけんぞ?」

 

 効果は少し落ちるが別に飲まなくても使用は可能となっている。

 前世の金額に換算するなら凡そ50万円……躊躇うのも納得の金額だが、使うべき時に使うのが金であり、道具だ。

 

 時間のない今、これ以上ウダウダ言うなら無理矢理にでも飲ませてやるぜ。

 

「な、なんだよそりゃ? 飲めってんなら貰うけどよっ、後になって金を払えったって知らねぇかんな!」

 

「誰がそんなケチ臭い事を言うかっ! 良いから飲みやがれ!」

 

 ぶつくさ抜かすポップにヘッドロックをかまして、無理やり口元に瓶を押し付ける。

 

「でも、これが貴方の為って……?」

 

 遠慮がちに半分飲んで小首を傾げたマァムの顔色は早くも良くなっている。

 

「強い味方は一人でも多い方が楽だからに決まってんだろ? 元気になったお前等が活躍すればする程、俺は楽が出来るって寸法だ。簡単な話じゃねぇか」

 

 言えない打算も色々あるが、コレは俺の本心に限りなく近い。

 一人で闘うよりも周りを巻き込んで協力を仰ぐ方がどう考えても楽なのだ。

 

 ポップを解放した俺は、両手を拡げて二心無き事をアピールする。

 

「強いったってオレ達は……」

 

「えぇ……」

 

 納得がいかないのか、互いに顔を見合わせたポップとマァムは言葉を詰まらせ下を向いた。

 

 なんでこんな簡単な理屈に気付かない?

 

 てか、なんで俺がコイツラに説教しなきゃならないんだ?

 まぞっほが言っていた″役回り″だとしても、俺はそんな柄じゃないぞ。

 

「あの……勇者様……早くして頂けないでしょうか?」

 

 空気を読まない兵士Bが三度目となる催促の言葉を告げた。

 

「やれやれだ……どうやらこれ以上お前等の相手をしてられねぇ様だ。南門は俺が何とかするから、お前等はお前等で頑張りな!」

 

 フワリと浮いた俺は、適当な激励の言葉を残し南大門上空へと飛ぶのだった。

 

 

◇◇

 

 

 

「……デカクね?」

 

 上空から兵士の配置を見た俺の口から自然とボヤキ節が飛び出した。

 

 大きさを指定しなかった俺のミスだが、五芒の直径は目算で50メートル……普段作る魔方陣のざっくり十倍だ。

 

「出来るのか……これ?」

 

 と、続けてボヤイてみたが、ほぼ正確に五芒星を形どった兵士の頑張りを無駄にするのも忍びない。

 

 ヤるしかないな。

 

 頬を両手で″パシッ″と叩き、大きく息を吸い込んだ。

 

「よぉーし! 玉を持ってるヤツはその場に落とし踏みつけろ! 良いかっ? 転がらないようにシッカリ大地に固定するんだ!」

 

 眼下で待つ兵士達に向けて大声で指示を叫ぶ。

 

 聖石に対してなんとも罰当たりな行いだが、石が転がり五芒を崩してしまえば意味がない。

 

『準備出来ました!』

 

 聖水を飲みながら暫く待っていると、見上げる兵士が準備の完了を告げる。

 

「ふぅ……大丈夫だ。十倍程度ならイケる筈だ!

 邪なる威力よ退け! マホカトール!!」

 

 巨大な五芒星の中心に向けて、右腕を大きく振り下ろす。

 その瞬間、大量の魔法力が身体の中から抜けてゆくのが判る。

 

 やべっ……格好つけずに地上へ下りてから唱えるべきだったか?

 

「ぐぅぅぅ……」

 

 ポップ達も見ているんだ……ここでしくじれば年長者としての面目が立たないばかりか、説教の説得力まで失われる。

 

「くそがぁぁぁ!!」

 

 凡そ聖なる呪文を行使しているとは言い難い叫びを上げて、最後の力を振り絞る。

 

「おぉ!」

「凄い!」

「光が……広がってゆく……?」

 

 門を中心にした淡い光の柱が姿を現した。

 

 相変わらず、原理はサッパリ判らないがなんとか成功したらしい。

 

「よぉーし! その魔方陣を利用して闘え!! 良いかぁ、お前等! これより先は一匹足りとも街に入れるんじゃないぞ!!」

 

『おぉぉぉぉ!!』

 

 俺の偉そうな檄に、兵士達は雄叫びを以て応えた。

 

 これで此処は大丈夫だろう……後は、未だに姿を見せない百獣将軍に備えるだけだ。

 

 こうしてマホカトールを張った俺は、門外でイオの嵐を撒き散らし雑魚を相手に無双する。

 

 それから暫くして、クロコダインの断末魔の叫びがロモス中に響き渡ったのだった。


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