でろりんの大冒険   作:ばんぼん

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 ヒュンケルと2人でババ抜きを行い続けて二時間は経過しただろうか?

 未だダイ一行は現れていない。

 

 今日じゃないのか?

 何時まで待てば良い?

 

 焦りにも似た感情を覚えつつ、ヒュンケルが手にするカードを引いた。当然の如く数字が揃い二枚のカードを場に捨てる。

 2人でやるババ抜きほど馬鹿らしいカードゲームも無いだろうが、これもマリンの命令だ。ゲームに興じる者の仁義として、約束を違える訳にはいかない。

 それはヒュンケルも同じで黙々とババ抜きを続けている……今のところ29勝27敗。僅であるが俺が勝ち越している。

 

 ダイよ! 早く来い!

 

「アンタ達さぁ……いつまでそんな事を続けるのよ? 明日も早いんだし、そろそろ寝た方が良いんじゃないの?」

 

 寝間着に着替えたずるぼんが腰に手を当て、呆れながら至極尤もな意見を述べている。

 俺だってこんな事をやりたくてやってるんじゃないんだ……俺達を仲良くさせようと企んだマリンからの命令、

 

『カードゲームでもしたらどうかしら? ババ抜きとか良いわね!』

 

 これさえ無ければ眠りこそしないが、ババ抜きなんかとっくに止めて瞑想でもしているところだ。

 

 それはさておき、俺達的には見慣れたずるぼんの透けたネグリジェ姿、黒を基調にした上下の下着に素足は丸出し……コレをポップに見せるのは少しマズイ気がする。

 ずるぼんは黙ってさえいればそれなりに美人の部類で、ボップは年相応にエロかったりするし悪影響を与えかねない。

 

 原作では……確か……ダメだな、ずるぼんの服装までは覚えていない。

 そもそも、この場にマリンとヒュンケルが居る時点で、原作を当てにするのは危険な行為か。

 

「そうだな……ずるぼん達は先に寝れば良いさ。俺達はもう少し遊んでいる」

 

 カードを配りながら寝かし付けようと試みる。

 ポップがどう反応するか定かでないなら、臭いものに蓋をするが如く追い払っておくのが良いだろう。

 

「なんとっ!? お主はそれで遊んでおったのか? ワシの目には、意地を張りおうておる様にしか見えなんだがの?」

 

 今夜から明日にかけてのキーマンであるまぞっほは、ステテコ姿でワイン片手に上機嫌だ。

 

「男には引けねぇ闘いがあるんだよっ!」

 

「馬鹿じゃないの? 意地を張るのものいい加減にしておかないと、変な命令を出したマリンちゃんが可哀想よ? 見てみなさいよ、今もオロオロしてるわ」

 

「わ、私はこんなつもりじゃ……」

 

「良いじゃねぇかっ。こんなもんは待ってる間の暇潰しだよなっ、リーダー! そんで? 一体、誰を待ってんだ?」

 

 追加で注文した骨付き肉にかぶり付くランニングシャツ姿のへろへろが、狼狽えるマリンを尻目に俺の目論見を言い当てた。

 

 これだから、へろへろは油断ならない。

 

「え?」

「なぬ?」

「どういうこと?」

「何だとっ!? キサマッ俺には何も言わぬくせにっ」

 

 へろへろの指摘に一同が驚いている。

 チート野郎の抗議っぽい声は無視しても構わないだろう。

 

 情報を共有し、連係を密にするのは大事だと理解はしている。

 だが、相手が何も話さないのでは連携の取りようもないのだ……俺がヒュンケルから情報を得ていないのは、時間がなかったのダケが原因ではない。

 ハドラーの事、ラーハルトの事、そして大魔王バーンの事……ヒュンケルが口にするのは、強いだとか肩書きだとか、元より俺が知っていた情報ばかり。

 肝心の、何を話しただとか、どんな関係であっただとか、原作との相違点はヒュンケルの内面に関わる事柄でもあり『貴様には関係ない』の一言で取り付く島なく終了する。

 

 尤も、アバンには話している様だし、ダイ達の見守り役は条件付きで了承しているから、どうでも良いと言えばどうでも良い。

 こっちも、神託の細かな内容まで話す気は無いのでお互い様と言えばお互い様である。

 

「ふぅ・・・未来の勇者であるダイ達が現れるのを待っている」

 

 どうせ遅かれ早かれ判る事……小さく息を吐いた俺は簡潔に告げた。

 

「ダイって……あのデルムリン島に居た少年のことかしら?」

 

 マリンにとっては印象が薄かったのか、頬に手を当て思い出す様な仕草をしている。

 そんなマリンは海をイメージさせる水色の長袖、長ズボンのパジャマ姿だ。

 

「ちょっと待ちなさいよ! アンタ、あんな子供を闘わせる気なの!? 見損なったわ!」

 

 根は真面目なずるぼんが前屈みになって俺に顔を寄せると、青筋立てて怒っている。

 

 闘わせるどころか″この為に拉致った″と明かせば姉弟の縁を切られそうな勢いだな。

 我ながら酷い話だと思うが、俺は間違って無いハズだ……現に色々と企んでみても″成長したダイ″以上の勝利の方程式は未だに見つかっていないのだ。

 

「なんとでも言ってくれ……俺だってな、出来ることならガキに頼るような真似はしたくねぇんだよ。だけど、勝てねぇんだ……ヒュンケル、お前になら判るだろ? 大魔王の人智を超越した″力″ってヤツがよ」

 

「……そうだな」

 

 未だ見ぬダイの力に懐疑的なヒュンケルは瞳を閉ざすと腕を組んで頷いた。

 

 ヒュンケルがダイを見守る条件とは、ダイの力がそれ相応のレベルに達しているか、成長の可能性を確信した場合に限る、といった至極当然のモノだ。

 前世に比べると成人年齢の早い世界であるが、それでもダイは幼すぎるのだ。

 子供を戦場には送りたくない……誰だってそう思うし、俺だってそうだ。

 ヒュンケルとバランで片が付くなら、原作ブレイク大歓迎で、一瞬そんな考えが頭を過ったのは確かだ。

 しかし、当の本人であるヒュンケルが

 

『ハドラーと協力したら大魔王を倒せるか?』

 

 に対して、すかさず″無理だ″と答えたのだ。

 シミュレートしやすい様にバランをハドラーに例えて聞いたが、二人の間に大きな力の差は無いだろう。

 やはり、万全を期すならダイの成長は欠かせないのだ。

 

「情けねぇ話だぜ……大の大人が雁首揃えても大魔王に勝てやしねぇ……挙げ句、子供に頼ろうってんだ。寒い時代と思わねーか?」

 

「思わないわよ。ってゆーか、意味わかんないし。寒い時代ってどんな時代よ?」

 

 ・・・

 

 ずるぼんの鋭い突っ込みに一同が困惑の表情を浮かべながらも頷いている。

 

 俺の名言パクリは盛大に滑った様だ。

 

 室内に微妙な空気が漂ったその時、ドアを″ドンドンドン″と叩く音が鳴り響いた。

 

『勇者さまぁ〜!! 勇者さまってばぁー!!』

 

 来たかっ!!

 

 さすが主人公。

 ピンチの時に現れてくれる。これでババ抜きは俺の勝ち越しだし万々歳だ。

 

「誰だか知らねーが、回りの迷惑も考えろ! 空いてるから勝手に入ってこい!」

 

 非常識な行動をたしなめつつ軽く嘯いた俺は、ダイ達を招き入れるのだった。

 

 

◇◇

 

 

 

「お邪魔しや〜す」

 

 扉の向こうでごちゃごちゃ話す声が聞こえたかと思うと、後頭部を掻きながらドアノブを押したポップが姿を現した。

 その直ぐ後ろにはダイと、ピンク色の髪をした少女が申し訳なさそうに俯いて控えている。

 

「あ〜ら、ダイ君じゃない! 久しぶり、元気してた? げふっ!?」

 

 ずるぼんがダイに抱き付こうとしたので、襟首ツマンで止めておく。

 場の空気を和まそうとしての行動だと思いたいが、自分の服装を考えろってんだ。

 

「あ、やっぱり、でろりんだぁ!」

 

 言うが早いかダイが飛び付いて来る。

 

 避けても良かったのだがとりあえず受け止めた。

 

「っ痛……」

 

 受け止めた衝撃でガッチリ固定された右肩の傷に痛みが走る。

 

 くそっ……暗黒闘気チート過ぎんだろ? 大体、ダイが俺との再開を喜ぶ理由が解らないぞ。

 

「テメッ、嘘つき野郎! なんでこんな所に居やがるんだよ!」

 

「おぅ、ポップか。お前、よく逃げずに此処までこれたな? そっちの女の子は誰だ? 紹介してくれよ」

 

 ダイを床に降ろしてポップにピンク色の髪をした少女″マァム″を紹介するように促す。

 ピンク色の髪の上に乗るゴーグル。背負ったリュックにハンマースピア。そして、魔弾銃と思われる金属を腰にぶら下げている。

 聞くまでもなくマァムだろうが、うっかり名前を口走らない内に聞いておくに越したことはない。

 

「へんっ、誰がお前なんかにっ」

「ネイル村で知り合ったマァムって言うんだ。マァムも先生の弟子なんだよ」

 

「ば、バッキャロー! 簡単に教えてんじゃねぇっ。大体、マァムの名前を聞く前にそっちを紹介しろってんだ。このっ、スケベ野郎!」

 

 ダイと漫才のような掛け合いをしたポップは″チラリ″とずるぼんを見ては罵ってくるが、これまたツンケンされる理由が解らないぞ。

 

 俺に加えてヒュンケルまで居るし、今日のポップは大変そうだな。

 

「よしなさい、ポップ! 訪ねてきたのは私達の方よ……それに、その人、怪我してるわ」

 

「なにっ!?」

 

 俺に詰め寄るポップを制止したマァムは、一瞬で俺の負傷を見抜いたとでも云うのか?

 

「嘘っ!?」

「どうして、黙ってるのよ!? って、なんでアンタも驚いてるの?」

 

「いや、大した怪我じゃないし……お前らだって気付かなかっただろ?」

 

 俺の傷の手当ては衣服の修繕も含めて、アバンの手によって行われている。ずるぼんですら欺くこの治療ぶりは、パッと見ただけで判る様なモンじゃない。

 

 それを一目で見抜くとは……これが慈愛の心の為せる業だとでも云うのか?

 

 とりあえず、隠したい俺にはいい迷惑だ。

 

「信用出来ないわね……服、脱ぎなさい」

 

 案の定、ドスの効いた声でずるぼんが詰め寄ってくる。

 過保護なのは相変わらずで、俺に重症を負わせたのがヒュンケルと知ればどうなる事やら。

 

「はぁ!?」

 

「そうね……怪我をしていないなら服を脱いで証明してくれないかしら?」

 

 表情の消えた顔でマリンまでもが詰め寄ってきた。

 

 言ってる意味もキレてる意味も解らねぇぞ!?

 

「なんでそうなる!?」

 

「マァムちゃんだっけ? この子、何処を怪我してるか判る?」

 

「え、えぇ……右肩を庇っているんじゃないかなぁ……って」

 

 お姉ちゃんパワーを発揮するずるぼんの威圧感に押され、マァムはしどろもどろになっている。

 マァムには乱暴そうなイメージもあったが、意外と″押し″に弱いのかもしれない。

 

「……だって? まだ、見せないつもりならコッチにも考えが有るわ」

 

「だから、怪我はしてるけどかすり傷だって!」

 

「ふーん? マリン! この子の服を脱がすわよ!」

 

「わかったわ!」

 

「ちょ!? アホかぁ!!」

 

 こうして俺は、回りの迷惑も考えず狭い室内を走り回る事になったのだった。

 

 ・・・

 

 なんだこれ?

 

 

◇◇

 

 

 

 逃げ回る事でなんとか元気の証明を果たした俺は、ダイと互いのパーティーメンバーを紹介し合った。

 最後に回したヒュンケルの紹介時にひと悶着起こるかと警戒していたが、拍子抜けするくらいにスンナリと″アバンの使徒の長兄″として受け入れられた。

 素直なダイやマァムは兎も角、ポップまで仲良さげに″アバンのしるし″を見せ合うとかナンだよ?

 出会い方が違えばこうも違うと云うことか?

 

 些か腑に落ちないが、いがみ合うよりよっぽどマシなので由とした。

 

 それから、ダイ達の鋭気を養うべくルームサービスを取っての食事会。

 ダイ達は運び込まれる料理の豪華さに面食らっていたようだが、こちとら金にダケは困らない強欲者だ。

 お代は大魔王討伐をもって払ってもらうし、ダイ達への投資は何の損も無いって寸法だ。

 そんな俺の腹黒い計算にも気付かず、ガッツリ飯を喰らうポップがどんなに憎まれ口を叩こうが可愛いモンだ。

 

 ポップを軽くあしらいつつダイから聞き出した冒険譚は、概ね原作と変わらないモノであった。

 

 昨日のうちにロモスの西海岸に辿り着いたダイ達は魔の森で迷い、ネイル村の少女やその子を探して森に入ったマァムと出会ったそうだ。

 ポップは仕切りに隠そうとしていたが、原作通りポップが逃げ出したのも間違いなさそうだ。

 クロコダインとの遭遇戦を助っ人の力を借りて無事に乗り切ると、ネイル村で一晩を過ごして今に至っているワケだ。

 

 ・・・

 

 助っ人って何だよ?

 

 誰だか判らないが、白い布を被った人物の登場に気を取られたクロコダインは、ダイの大地斬を太い腕にめり込ませてしまい一時撤退したそうだ。

 

 やはりと言うか当然と言うか、原作との違いは起きている。しかし、クロコダインはそれなりに怒って地中へと消えた様だし、明日の朝にはロモス目掛けて総攻撃を仕掛けてくる……と思いたい。

 

「ほぅ……あの獣王を退けるとはな……大した小僧の様だ」

 

 

「へへーん。いぇぃっ」

 

 黙って聞いていたヒュンケルが感嘆の声を上げると、鼻の下を擦ったダイがピースサインを繰り出した。

 その姿は無邪気なモノで、闘いの裏にある悲惨さに気付いていないと伺い知れる。

 

 まぁ、それは追々気付くとして、気になるのはヒュンケルの方だ。

 どうも獣王を高く評価している気がする……俺も手合わせした事のあるクロコダインは手強い相手であったが、このチート野郎が気にする程のレベルでもなかったハズだ。

 

 この数年で何か変化でもあったのだろうか? 皆が寝静まった後でじっくり問い詰めてやるとしよう。

 

「ヒュンケルはどうしてクロコダインの事を知っているのかしら?」

 

 疑っている、ってワケでもなさそうだが、マァムが際どい疑問を口にする。

 

「それは…」

「んなもん俺達だって知ってるぞ? 魔の森のピンクワニ、その名はクロコダイン! ってな」

 

 何か言おうとするヒュンケルを遮って、お茶らけた発言で注目を集める。

 こう言えば、ずるぼん辺りが乗ってきて話題が代わるに違いない。

 

 馬鹿正直に″不死鬼団長ヒュンケルだっ″とでも言おうとしたんだろうが、言わせねぇよ。

 ヒュンケルは不満そうにコチラを一瞥したが、兄弟子が元魔王軍……これがどれだけダイ達を苦しめるか知れってんだ。

 

 言わぬが花に、知らぬが仏……真実を話すだけが正義とは限らないのだ。

 

「そうよ。あのワニちゃんはロモス国内だと有名だったし、マァムちゃんも知ってたでしょ? でも、やっぱり魔王軍に入っちゃったのね」

 

「その様じゃな……あの時、倒しておけば良かったのではないのか?」

 

「あん時は別に悪さしてなかっただろ? んなことより、マァム……そのマダンガンだっけ? 見せてくれよ? ってか寧ろ売ってくれ」

 

 マァムが売るわけ無いのは知っているが、こう言えば、ヒュンケルの事なんか誰も気にする場合じゃなくなるハズだ。

 

 くくくっ……罪の告白をして楽になろうなんて、そうは問屋が卸さねぇ。

 

「え? 見せるのは良いけど、売るのはちょっと……」

 

「買ってもらいなさいよ? この子、良い武器には馬鹿としか言えない値段を付けるし、お金に困らなくなるわよ?」

 

「だなっ、金を気にしない生活は気楽なモンだぜっ」

 

「えっ…でも」

 

「金の問題じゃねぇ! その銃はなぁ……先生の形見なんだよっ」

 

 叫び様に木のテーブルを″ドン″と叩いて立ち上がったポップは、その手を強く握り締めて震えている。

 

 別の意味で気まずい空気が室内を支配する。

 

「そ、そうかアバンの形見か」

「そ、それは売るわけにはいかんのぅ」

「あ、アバンって先生よね?」

「ずるぼん違うわよっ、それを言うなら、先生ってアバン様よね、でしょ」

 

 4人は白々しく言っているが、完全に目が泳ぎ、へろへろに至っては食いきれない量の飯を口へと運ぶ有り様だ。

 

 まったく……何やってんだか。

 

「ナンだよ? おちょくってんのか?」

 

 これにはポップも肩透かしを食らった様で、幾分か冷静になったらしく静かに着席し直した。

 

「俺達はしんみりした空気に慣れてねぇんだ……マァム、悪かったな? 盗ったりしないから見せてくれ」

 

「えぇ、それなら」

 

 テーブル越しにマァムから魔弾銃を手渡される。ピストルサイズの見た目に反してズッスリ重い……一体、材質は何なんだ?

 

「弾は入っているのか?」

 

 俺の言葉にマァムは首を左右に振っている。

 それを確認した俺は装填口を″パカッ″と開いたり、大きめの銃口を覗き込んだりと、少ない知識を総動員して構造を調べた。

 恐らく、トリガーを引くことで弾丸に刺激を与え、ソコに籠められた魔法を放つんだろうが…………意味わかんねーよ。

 アバンと何度も話す機会が有りながら、魔弾銃の構造原理を教わらなかったのが悔やまれる。

 前世において、火縄銃の登場で戦の形が様変わりしたように、この魔弾銃こそ一般兵士最強の装備になりうる一品なのだ。

 隊列を組んだ兵士が一斉に引き金を引く……たったこれだけで魔王軍に甚大な被害を与えられるだろう。

 人を見極めて授けるアバンは、誰彼構わず配布する様な真似を望んでいまいが、過ぎた力を手にした事で起こりうる暴走は、規律と法で抑え込めるのは前世の記憶からも明らかだ。

 

「なぁ? マァム……コレを量産する気はないか? 俺にはサッパリ構造が判らなかったけど、複製出来そうな鍛冶屋に心当たりがある」

 

 マァムに魔弾銃を返却しながら一般兵士強化案を提案する。

 

「それは……出来ないわ。魔弾銃は恐ろしい武器よ……こんな力を手にしてしまったら魔が刺してしまうかもしれないわ」

 

「んなこと言い出したら、ナイフ一本持たせられないだろ? まぁ、無理にとは言わないけどよ、一般兵士に良い武器を与えるのは、これからの闘いに欠かせない事だと俺は思うぞ」

 

「あ……でも……ごめんなさい。私は、貴方ほど人を信じられないわ」

 

 魔弾銃を抱き抱えたマァムが伏し目がちに謝っているが、意味が判らない。

 

 今のやり取りで、何故、俺が人を信じている事になるんだ?

 

「そ、そんな事をしなくても大魔王はオレが何とかするから大丈夫だよ!」

 

 俺が怪訝な顔を小首を傾げていると、ダイが明るい声で実に頼もしい事を言っている。

 それにしても、こうやって人を気遣うダイのコミュ力の高さには舌を巻くばかりだ。

 

 だが少し、青いな。

 

「大魔王をなんとかするのは当たり前だ。でもな? 大魔王を倒しました、人間社会も滅びました、じゃ意味がないと思わないか? お前がどれだけ強くなっても一人で世界の隅々まで護るのは無理ってもんだ……魔王軍の犠牲者を少しでも減らすには、名も無き一般兵士の協力が必要不可欠なんだよ。大魔王の野望を打ち砕くのは、あくまでも人間社会を護るための手段に過ぎないことを忘れるな」

 

「う、うん」

「なんだよ、偉そうに」

「そうね、考えてみる」

「アンタってば、いつの間にそんな事を考えるようになったのよ? しっかり勇者しちゃってお姉ちゃんは嬉しいわ」

 

「茶化すなよ。これはダイに向けての言葉で、俺は自分の事しか考えてねーよ」

 

「そうだとしても貴方は立派な勇者よ」

 

 そう呟いたマリンは酒のせいか、頬を赤らめているが、俺がダイに何をしたのか知れば、怒りで顔を赤らめることになるだろう。

 

「ふんっ……どうだかな」

 

 それから、魔弾丸に幾つかの魔法を籠めて食事会は御開きとなったのだった。

 

◇◇

 

 

 

 皆が寝静まり日付が変わる頃になって、俺はムクリと起き上がる。

 夜が明けると百獣魔団の侵攻が有ると考えるべきで、最早ヒュンケルが嫌いだとか、話をしてくれないだとか悠長な事をいっている場合じゃない。

 今夜の内にヒュンケルを叩き起こして、現在のクロコダインの実力を把握しておく必要がある。

 

 僅かな月明かりを頼りにベッドから降りて立ち上がると、同じ様に立ち上がる人影が見えた。

 どうやらヒュンケルも何か話があるらしく、暗闇の中頷き合った俺達は気配を殺して静かに屋上へと移動するのだった。

 

 

 

 

「で? お前は何が聞きたいんだ?」

 

 単刀直入。

 野郎と月明かりの下で中睦まじく話す趣味は無いし、用件のみを聴いてササッと終わらそう。

 

 てか、普通に眠い。

 

「貴様は神託の勇者だそうだな? その内容をオレに話せ」

 

 ヒュンケルは真剣な眼差しを俺に向けている。

 大方、俺が見ていない間に、ずるぼんかマリンかまぞっほ辺りに聞いたのだろうが、ダメダメだな。

 

 守秘義務意識が希薄すぎんだろ。

 

「却下だ。なんでお前に、俺の知識を無償で提供してやらなきゃならねぇんだ?」

 

「キサマっ……」

 

「そう睨むなって……戦略上、話す必要が有れば教えてやるさ。大体、神託の内容はゴースト君も知ってるんだぜ? それなのにお前が知らないって事は、お前に教えるメリットが無いって判断だろ?」

 

 ほとんど悪行を犯さない内に魔王軍と縁が切れたんだから、黙って俺の言うことを聞いてれば良いモノを……違う世界のお前は悪行を重ねた、と教えたトコロで何の意味もないんだからな。

 

「むっ……」

 

「はい、お前の話は終わり。次はこっちだ……百獣魔団は、クロコダインは強いのか?」

 

 ヒュンケルが口ごもった隙に軽く柏手を打った俺は本題に入る。

 

「あぁ……強い。百獣将軍ザングレイは力と体格だけならば獣王に匹敵する」

 

 でたよ……将軍様。

 

 噂に聞いたミノタウルスの事だろうか? まぁ、力任せのパワーファイターならなんとでもなる。

 

「へー? それで? 肝心の獣王はどうなんだ? 相変わらず力任せか?」

 

「いいや……獣王に如何なる心境の変化があったのか預かり知らぬが、ヤツは数年前から技に目覚め、あまつさえ六大軍団長を披露する席で自ら武具を要求し、大魔王から早さを補う腕輪を授かったのだ……暗黒闘気を封じた今のオレでは勝てん」

 

 なんだそりゃ?

 

 早さを補う腕輪と言えば″星降る腕輪″だが・・・なんでこの世界に有るんだ?

 鋼鉄の肉体と怪力無双を併せ持ち、素早さを補強したクロコダインとか……どんな罰ゲームだよ?

 

 一体誰の入れ知恵による変化なんだ?

 

 厄介そうな相手だが、ヒュンケルの口振りから暗黒闘気を使えば勝てる相手とも言えるし、ダイの最初の壁としては適任か?

 

 ならば話は簡単だ。

 

「ヤバくなったら暗黒闘気を使えよ?」

 

「キサマという男はっ……そんな簡単な話ではない!」

 

「だからそう睨むなって。別に暗黒の力と決別しようするお前さんの決意を蔑ろにする気は無いさ。だが、それに拘って死んじまったら意味がないだろ?」

 

「……オレは、光の闘気で戦い抜いてみせる」

 

「そうかい……ま、それで死んだら笑ってやるから、せいぜい頑張るんだな? でも、ダイ達は絶対に護りきれ! 良いな!?」

 

「キサマに言われるまでもない」

 

「そうかよ……じゃ、明日は頼んだぜ? 百獣将軍とやらの相手は俺がやってやるよ」

 

 話は済んだとばかりにヒュンケルに背を向けて左手をヒラヒラさせる。

 

「……傷は大丈夫なのか?」

 

「あん? 何を訳の判らんことを……無理でもやるんだよ。敵がコッチの都合を聞くわけないだろ?」

 

「そうだな……」

 

 こうして、クロコダイン強化の事実を知った俺は、何か言いたそうなヒュンケルを屋上に残し、夜明けに備えて遅めの眠りに就くのだった。

 


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