魔王軍侵攻5日目の夜。
無事にヒュンケルを連れてロモス城下の宿にやって来た俺は、カードゲームに興じながらダイ達が現れるのを待っている。
ザボエラの今日の行動から考えると、今晩ダイ達が現れる可能性は極めて高いと言えるだろう。
アバンもこう考えているのか、この部屋には来ていない、ってか何処に行ったのか聞かされていない。
チャイナっぽい服を着たヒュンケルは、俺の対面に着席して真剣にカードを眺めている。
イケメンにしか着こなせないクールファッションをバッチリ決めるとか、本当に人間世界と隔絶した魔王軍に在籍していたのか怪しいレベルだ。
てか、一体、いつの間に用意したんだ?
俺が眠っていた間に準備する時間が有ったとしても、無駄にオシャレが過ぎるぞ。
日中、ザボエラとの悪巧みを終えてアバンの元へと戻った俺は、傷の手当てをするとの言葉に騙され″ラリホーマ″を受けて日没まで昏倒していたのだ。
それ故に、アバンがヒュンケルに何を話して聞かせたか知らず、ヒュンケルからはロクに話を聞けず、世界樹防衛戦に参加する事も出来なかった。
世界樹を護る!
そう宣言しておきながら、ここに居るマリンやずるぼん達に任せっきりで、全く世界樹を護っていないのはここだけの秘密だ……明日こそはしっかりと役割を果たしたいモノである。
その為にもヒュンケルとダイ達との顔合わせを穏便に済ませたいが……まぁ、ずるぼん達との打ち解け具合を見る限り、余計な心配は無用だろう。
これは原作補正とかヒュンケルのコミュ能力が高いとかじゃなく、俺が連れてきた手前、アバンの使徒の長兄である、と皆にヒュンケルを紹介したら、すんなりと受け入れられた……単に挨拶をしただけで、だ。
「よろしく頼む」に対して、「かっこいい」で会話が成立するとか初めて知ったぜ……つくづくイケメンってのは理不尽なもんだ。
ポップが無駄に反発するのも分からなくもない。
「どうしたの? 貴方の番よ?」
ボンヤリ考えていると左隣に座るマリンが急かしてきた。
「ん? 俺か……パス」
「またパスなの!? カードあるんだから出しなさいよ! パスっ!」
右隣に座るずるぼんがぶつくさ言いながらパスを唱えた。
「出すか出さないかなんて俺の勝手だ」
「ふ……小細工を」
対面に座るヒュンケルは素早く視線を動かして、俺達の表情を確認しながらゆっくりとカードを出した。
「あぁん? これは勝ちを掴むための立派な戦略だっつーの」
ルールを覚えたばかりのヒュンケル相手に、こんな手を使わないと勝てないのは情けなかったりするが、これも勝つためだ。
このチート野郎はカードゲームまで強いらしく、今のところ三勝四敗一引き分け……ホントに魔王軍にいたのか疑わしいレベルだ。
「お主がヤルと卑怯にしか見えんがの」
「イカサマを使えるまぞっほに言われたくねぇ。ちゃんと配ってるんだろな?」
俺達にとっての引き分け、つまりは他の参加者の勝利は、まぞっほによるイカサマが原因だ。
一回戦でずるぼんに配られたカードは、ハートの3からクイーン迄の十枚と各マークの7が三枚のふざけたモノであった。
バレバレ過ぎるイカサマにジト目を向けたが、
『最初はオナゴに華を持たせてやらんとの』
と、まぞっほは悪びれることなく言い放ち、ヒュンケルは「面白い」と呟いたもんだ。
「やっとりゃせんわい。真剣にやらせた方が面白そうじゃからのぅ……ほっほ」
俺達が真剣に何をしているのかというと、誰もが楽しめるカードゲームの7並べ。十回勝負で一位抜けの最も多かった者が最終的な勝者となるルールだ。
ゲーム参加者は四名。
最下位の者は見学者と入れ替わる″一回休み″ルールも採用している。
現在の見学者はへろへろで、まぞっほはディーラー役を務めている。
ルールを知らなかったヒュンケルは、一回戦こそ最下位に甘んじて二回戦は見学する事になったが、四回戦で初勝利を掴むと六、七、八回戦と三連勝中だ。
実質的に六戦四勝の手強い相手だが、負ければ俺の勝ちの目が無くなるこの九回戦、なんとしてでも勝たなければならず、現在の所は優勢だ。
剣で負け、顔で負け、そしてカードでも負けるとなれば、俺の年長者としての面目は丸つぶれである。
まぁ、別に俺がヒュンケルに完敗してもいいんだけどなっ。
「そういや優勝特典を決めてなかったな? 優勝者は何でも命令出来るってのでどうだ?」
勝利の道が見えた俺は、ゲームを続けながら有りがちな提案を披露する。
こういったゲームは何かを賭けている方が白熱するのだ。
「あんたねぇ、今頃何を言い出すのよ! ヒュンケルの勝ちに決まってるじゃない、変な命令されたらどうするのよ!? って、もうっパスよ! パス」
四度目となるパスを唱えたずるぼんが手持ちのカードを並べていく。
なるほど……カードを出す順番を間違えなければ俺の勝利は確実だな。
「良かろう……ずるぼん、心配せずとも俺が命令するのはその男にダケだ」
「上等っ! 俺も命令すんのはお前ダケだっ」
勝った。
ダイヤのナインを止めている限り、この九回戦での俺の勝利は揺るがない。
最後の十回戦は、まぞっほを買収すりゃぁ絶対に負けねぇ!
くくくっ……こんな所で敗北する己の愚かさを呪うが良いっ。
「もしかして……貴方達、仲、悪いの?」
丸いテーブルを挟んでヒュンケルと火花を散らしていると、マリンが恐る恐る聞いてきた。
「その様じゃのう……男の嫉妬はみっともなくも面白い見世物じゃわい」
なっ!?
「ホントよねぇ……自分で連れてきておいて拗ねるなんて……あんた、馬鹿じゃないの? 大体ねぇ、良い男はそこに居るだけで正義なのよ!」
馬鹿なっ!?
良い男(イケメン)が正義だとっ!?
い、いや、違うっ。
如何なる手段を講じても勝った者こそが正義だ!
「今日のリーダーはカッコ悪いぜっ」
ぐはっ!
余計な事を言わないへろへろの発言はグサリとくるぜ。
「か、顔が悪くたって、あ、貴方には、私がいるから良いじゃない」
「うるへーっ! 別に悪くはねぇだろ!?」
こちとら二十年もでろりんをやって来たんだ。
例え悪人顔でも愛着はある。
「やれやれじゃわい」
「ホントね、馬鹿馬鹿しい」
「ふ……どうした? 次は貴様の番だぞ」
「お、おぅ……?」
おかしい。
なんだ?
さっきまでと何かが違う……なんで、ダイヤのキングが場に出ているんだ!?
コイツ、まさかっ!?
ある可能性に気付いた俺は、テーブルに並べられたカードからヒュンケルに視線を移す。
″ニヤリ″
こんな擬音が聞こえそうな感じで、ヒュンケルは僅かに口角を持ち上げた。
「テメェ……やってくれるじゃねぇか」
「何の事だ?」
いけしゃあしゃあとよくも言ってくれる……銀髪に戻っていたから改心でもしたかと油断してりゃぁ、コレかよ。
「ほっほっほ……漸く気付きおったか。油断は禁物じゃのぅ」
流石にカードゲームの達人まぞっほ……ヒュンケルのイカサマに気付いていたのか。
いや、イカサマと呼ぶには余りに単純で馬鹿馬鹿しい……ヒュンケルの野郎は、誰かがドボンとなりカードを並べる隙を突いて自らのカードを場に並べていたのだ!
恐らくは、何戦かに一回の割合で、最も効果的なカードを一枚限り場に棄てていたのだろう。
ヒュンケルの洞察力とチート染みたスピードの為せる業だ。
だが、証拠がない。
証拠が無い限りイカサマはイカサマと認められないのは世の摂理だ。
どうする?
俺の手持ちは5枚……対するヒュンケルは三枚とパスを1回残している。
残り枚数だけならパスを使っていないマリンが二枚と有利だが、恐らく出せるカードは残っていまい。
このままでは負ける……何か、何か手は無いのか!?
諦めかけたその時、圧倒的な閃きが舞い降りた。
「ふんっ……パスだ。これで俺はドボンだな」
ドボンを宣言した俺は手持ちのカードを素早く並べていく。
「ほぅ……そうきよったか」
「えっ、コレって?」
そう。
こうすれば残り枚数の少ないマリンが圧倒的に有利になるのだ。
「マリンが勝ってくれ。そうすりゃ最終戦に望みが繋がる!」
「わ、分かったわ!」
俺とマリンはガッチリ握手を交わし、期待通りに勝利を収めた彼女の活躍によって、仁義無き闘いは最終戦に縺れ込むのだった。
◇◇
「パスだ」
「パスだな」
「えっ? 私の勝ち?」
・・・
誰がこんな結末を予想した。
最終戦が始まる前に、ずるぼんが何気なく放った言葉、
『最後は五勝分で良いんじゃないの? 延長とか面倒だし』
最後は高得点、お約束的な提案を無下にするわけにはいかず、受け入れた。
まぞっほとのアイコンタクトはバッチリだったのに……裏切りやがって。
まぞっほは、一部の狂いもなくヒュンケルには1から3、俺には11から13を配ったのだ。
配られたカードを見た瞬間、敗北を悟った俺達の打てる手は、パスを唱えるだけだった。
優勝の栄冠を手に入れたマリンに視線が集まる中、彼女が言った命令は、
『でろりんとヒュンケルは仲良くしなさい』
と不可能に近いモノであったが、俺達は二人同時に「善処する」と言うしかなかったのだった。
こうして馬鹿騒ぎをしながら夜は拭け、ダイ達が姿を見せるのを今か今かと待ちわびるのだった。
まぞっほはマリンに勝たせた方が面白そうなので裏切りました。
でろりんとヒュンケルが勝っていた場合の命令は、一字一句違うこと無い同じ内容の命令だったりします。