「黙らんかぁっ! ブラッディスクライドぉ!!」
「ヒュンケルっ、いけません! 空裂斬!」
ヒュンケルが必殺の一撃″ブラッディスクライド″の構えを取ったその瞬間、白い布を脱ぎ捨てたアバンが空裂斬を放ち、俺を宙に吊り上げ自由を奪う暗黒の糸を切断する。
「なにっ!?」
ヒュンケルの注意が逸れるも、時既に遅し。
身体に染み付いているであろう一連の動作は止まらない。
ヒュンケルの必殺剣が目前に迫るも、移動のままならない落下の真っ最中では、盾を使って耐えてみせるしかない。
咄嗟に使える程の万能性はトベルーラにはない……結局、最後に頼れるのは鍛え上げた己の肉体だ。
「お見通しだ!」
強気なセリフと共に甲羅の盾を突きだした俺は、ヒュンケルの必殺剣をいなそうと試みる。
受け止める、ではなく、受け流す。
これこそがこの丸みを帯びた盾の正しい扱い方であり、午前の時間を使って短いながらもロン・ベルクから指導を受けている。
″キィン″
金属のぶつかり合う甲高い音が響き、必殺剣の軌道を逸らす事に成功する。
しかし……。
「痛ってぇ……この馬鹿野郎がっ……お前も俺を勧誘してたんじゃなかったのか? 殺してどうするっ」
正中線への即死攻撃こそ免れたモノの、魔剣は俺の右肩の辺りを貫いた。
血が伝わり流れ落ちる魔剣を左手で掴み、動揺をみせるヒュンケルに文句の一つも言ってやったが聞こえていない様だ。
魔剣を手放したヒュンケルは、アバンの方に顔を向けたまま″よろよろ″と一歩、二歩と後退る。
「でろりん君!? 無事ですか!?」
「とりあえず生きてる……だが、血が止まらなければ普通に死ねるぞ、これ」
「大丈夫ですよ。こんなこともあろうかと薬草を用意しています。さ、早く剣を抜いて治療しましょう」
「いや……治療は自分でやるからアバンはその馬鹿野郎を頼むっ」
肩を押さえて座り込んだ俺は、駆け寄って片膝付いたアバンが取り出した薬草を受け取ると、顎先で狼狽えるヒュンケルを指し示した。
取り乱したヒュンケルに暴れられたりしたら俺の苦労は水の泡。
それどころか命だって危うくなる。
「あ、アバンなのか? ……いや、違う! アバンは死んだハズだ!」
「・・・いいえ、私ですよ……立派に成りましたね、ヒュンケル」
両手を拡げて立ち上がったアバンは、ヒュンケルに向かってゆっくりと歩を進める。
「う、嘘だ! 死人が蘇る事などないっ!! 貴様等っ、アバンの姿を騙り俺を惑わすつもりか」
首を振り叫ぶヒュンケルは後退りを続けている。
「確かに完全な死を迎えた者が蘇る事はありません。ですが、話はもっと単純なんですよ。私は死んではいなかった……死の間際、でろりん君に救っていただいたのです」
「ば、馬鹿な……それでは俺は・・・」
「おーぃ、アバン……ちょっと良いか?」
ヒュンケルが背を向けた処で、アバンに手招きを送った。
剣を引き抜き傷口に薬草を塗りながら二人のやり取りを黙って見ていたが、湧き出た疑問を確かめずにはいられない。
「なんでしょうか?」
「アレ見てみろよ……俺が闘う必要なんてなかったんじゃないのか? まさかと思うが判っててヤらせたんじゃないだろなぁ?」
痛みから額に脂汗を滲ませた俺は、マトリフ譲りの″睨み″を惚けた顔したアバンに向ける。
「滅相も有りません。ヒュンケルが私に対してアレほどの動揺を見せるとは夢にも思っていませんでした……彼の心情は察するに余りありますが、私への誤解を解消しながらも魔王軍に属する事を選んだ辺りにヒントが有るように思います」
「ふーん? まぁ、あの野郎の心情なんかどうでもいい話だな……問題は、ヤツが大魔王に立ち向かうのかどうか、この一点のみだ」
「大丈夫ですよ。ヒュンケルはきっと私達の声に耳を傾けてくれます……それはともかく、貴方はもう少し人の気持ちを察する努力をしては如何でしょうか?」
責めるでもなく押し付けるでもなく、自然体のままアバンが発した言葉に思わず″ハッ″となる。
これからの戦いにおいて力は当然、心も大事になってくるのである。
原作における大魔王討伐の大奇跡は、人の心の強さと絆が起こした奇跡といえなくもないのだ。
軽視して良い要素でないのだが、生憎と俺にはイマイチ解らない。
「善処しよう……でも、さっきはあぁ言ったが、今日のミッションが無事に終わるってのは、俺にでも解ってるからな?」
俺達に背を向け佇む後ろ姿を見れば、ヒュンケルが感極まって泣いている事くらい俺にだって解る。
原作と異なる道を歩み口で何を言おうとも、結局ヒュンケルはヒュンケルであり、時期に多少のズレが生じてアバンと再会すれば涙を流さずにはいられない……ヒュンケルにとってアバンはそれほど迄に大きい存在なんだろう。
解らないのは感極まる理由であり、俺がヒュンケルと闘った理由である。
この結果をアバンが予測出来ていたなら、死闘を演じずとも話し合いで解決出来たことになる。
骨折り損のくたびれ儲け感が半端ないどころか、実際に重傷を負ってしまったが、ヒュンケルが味方化するなら善しとしよう。
最悪、俺が闘えなくなっても構わない。
ヒュンケルならばアバンの使徒の長兄としてダイ達を護り、導いてくれるのは原作的にも明らかなのだ。
「そうですね・・・と、言いたいところですが、そうはいかない様です。負傷の身である貴方に伝えるのは躊躇いますが″ゲスト″がやって来ています」
「マジでかっ!? 一体いつの間に? って、痛っ……」
密かに待っていた″ゲスト″の来訪を告げられた俺は、傷口を押さえて立ち上がる。
はぐらかされている気がしないでもないが、決戦の地にデルムリン島を選んだのは″ゲスト″と接触を持つためでもあり、後回しに出来る話でもない。
原作通りの出来事がおこると仮定すれば、″ゲスト″がデルムリン島に滞在する時間はそう長くはないのである。
「ヒュンケルが″ブラッディ・クルス″なる技を使用したその瞬間です。お陰で受け身を取り損ねてしまいました……尤も、アレほどの爆発的な闘気量ですから、万全の体制であってもダメージは免れなかったでしょうね」
「そりゃそうだ。なんたってあの野郎はチートだからな? 正面から戦って勝てる様な相手じゃねぇ。だからこそ、味方となった時のメリットはデカイ……手強いヤツ程寝返らせる価値が有るんだ」
そう……手強い奴程味方になれば頼もしい。
そして、ヒュンケルやクロコダインを筆頭に、魔王軍の連中は大抵寝返らせる事が可能だったりする。
今日の闘いで俺の力はトップレベルの実力者に通用しない事は改めて判った……アバンはコレを俺に伝えたかったのかもしれないが、こんな事は最初から解っていた事だし、俺のやるべき事は何も変わらない。
ダイ達が万全の状態で大魔王に挑める様にする……その為なら、正義の使者が絶対にしない事でもやってやるさ。
「えぇ、その考え方に異論は有りません。説得をもって闘わずして勝つ……手段を選ばない貴方らしい一手であると言えますが……悪い顔をしていますねぇ」
「ほっとけっ! 顔付きが悪いのは生まれつきだ。兎に角っ俺は″ゲスト″に会いに行く! その馬鹿野郎の事は任せるぞ」
「分かりました。ですが、これ以上の無理はしないと約束して下さい。どうも貴方はご自身の身を案じないと言いますか、無茶をすると言いますか……」
「ふんっ……そいつは見当違いもイイトコだ。俺の作戦は常時″いのちだいじに″だぜ」
心配そうなアバンの間違いを正した俺は、ヒュンケル説得の仕上げを任せ、今後のキーとなるかもしれない人物に出逢うべくブラス宅へと飛ぶのだった。
◇◇
ブラス宅に到着した俺が上空から目にしたのは、背の低い年老いた妖怪…ザボエラと目される男が″魔法の筒″を握り締めて下品な笑い声をあげる姿だった。
魔王軍六大団長の一人、妖魔司教″ザボエラ″……高い魔法力を持ち周囲から一目置かれる存在でありながら、自分以外の他者を道具と見なし、卑怯とも呼べない戦術を繰り返した結果″ダニ″と蔑まれる事になった哀れな男だ。
裏切り者の多い魔王軍において、最後まで大魔王を裏切らなかった数少ない人物……のハズが裏切り者的なイメージが強い。
ハドラーを超魔生物に改造した生物学者もコイツであり、その頭脳は称賛に値する……ハズが魔王軍内における扱いは悪い。
寿命の長い魔族にとってザボエラの真の価値は判らなかったのだろう。
もしもの話をしても仕方ないが、遺伝子レベルで細胞を組み合わせられるザボエラが前世にいれば、俺の病を癒せたのでは? と考えずにはいられない。
このように、原作におけるザボエラの評価が不当に低いと感じるのは、俺の思考がザボエラと似ているからだろう。
自身の望みを叶える為に他者の力を利用する……″望み″に違いが有れど、俺とザボエラの本性はなんら変わらない……そんな気がする。
人の気持ちが解らない俺でも、自分と似ているコイツの説得ならば自信がもてる。
ザボエラが大魔王を裏切らなかったのは損得勘定の結果に過ぎず、利益を順序だてて提示してやればコイツはきっと耳を傾ける。あの頑固なチート野郎の説得に比べれば楽な相手だ。
人知れず″ニヤリ″と口角を上げた俺は、周辺の様子を探りにかかる。
家の周りにブラスの姿は見当たらない。
おそらく、ザボエラが手にする″魔法の筒″に囚われたのだろう。
ザボエラがこの地でこの行動を起こすのは、ダイ達が魔の森で獣王との遭遇戦を行い、優勢のまま終えたと考えて良いのだろうか?
様々な変化があっても重要な出来事は起こる……これも歴史の修正力とやらの為せる業なのだろうか?
気にならないと言えば嘘になるが、考えたところで解らない。
頭を軽く振って思考を切り替えた俺は、浮遊に使う魔法力を解除してザボエラの背後に音を立てて降り立った。
「だ、誰じゃ!?」
着地音に気付いたザボエラが、どこかコミカルに見える動きで振り返った。
「そうビビんなって……怪しい者じゃねぇよ」
「お主はっ!? ……強欲の勇者がワシに何の用じゃ?」
鼻水垂らして驚愕に目を見開いたのも一瞬、直ぐに冷静さを取り戻したザボエラは魔法の筒を懐に隠して悪どい顔をしている。
「へぇ〜? 俺の事を知ってんのか? ザボエラさんよぉ……」
「なぬっ!? 何故儂の名を?」
「アンタは有名人だからな? 魔王軍六大団長の一人にして、稀代の天才生物学者……アンタに良い話を持ってきたんだ。そう身構えないでくれ」
「ほぅ……小僧、分かっておるではないか。ヒッヒッヒ……如何にも、儂こそが天才・ザボエラ様よ。して? 良い話とはなんじゃ? 鬼面道士ならば返さぬぞ」
原作通り名誉欲が強いのか、正当な評価を受けて気を良くしたザボエラが饒舌になっている。
「あぁ、それは別に構わねぇ」
どうせ上手くいかねぇってか、ポップ覚醒フラグの一つだから寧ろ実行してほしい位だ。
「では如何なる用じゃ?」
「単刀直入に言う……アンタ、俺に手を貸す気はないか?」
「なんとっ!? 儂に魔王軍を裏切れというのか?」
「そうは言ってねぇよ。大体、魔王軍を裏切るメリットがアンタに無いだろ? 普通に考えたら勝つのはバーンだ……裏切るなんてのは阿呆の所業だ」
「左様……人間にしてはよく理解しておるではないか」
「まぁな……だから、俺に手を貸すのは″人間にも勝ち目がある″とアンタが思ってからで良い」
「ヒッヒッヒ……有り得ぬ話じゃわい」
ニタニタ笑うザボエラは条件を緩くしても乗ってこない。
どうやら″リューイハイシャック拳″を使う必要がありそうだ。
「そうかな? コッチには冥竜王を倒した竜の騎士がいるぜ?」
「竜の騎士となっ!? あの最強の生物兵器が生き残っておるのか!? 何処じゃ? 何処にある!!」
「ちょっ!? 落ち着けよっ」
「さてはバランめか? 成る程、アレほどの強さじゃ竜の騎士だとしても不思議では無いのぅ……」
小さな腕を組んで顎を擦ったザボエラは、一人で喋って勝手に納得している。
頭の回転が早いのは流石と言えるが、竜の騎士を研究対象と見なしているなら少しマズイ。
バランに限って遅れをとるとは思えないが、ディアナに目を付けられでもしたら洒落にならない。
大体、なんでザボエラが竜の騎士が生物兵器だって知ってるんだ?
「さ、さぁな? まぁ、竜の騎士を知っているなら話は早い。人間に勝ち目があるのは解るだろ?」
「さて? それはどうかのぅ? 儂の改造でハドラー様は竜魔人を超える力を得ておる……竜の騎士など恐れるに足りぬわい。そして、偉大なる大魔王様はハドラー様を凌駕する力をお持ちなのじゃ。つまり、儂が大魔王様を裏切る理由も無いのじゃよ」
すっとぼけて押し切ろうと思ったが、順序だてて裏切らない理由をドヤ顔のザボエラにツラツラと語られた。
どうやら″竜威拝借拳″は完全に不発に終わったらしい。
「ちっ……」
事実誤認部分を指摘してやりたいが、この場で証明出来なければ只の言い掛かりになる。
こうなったら、此処でコイツだけでも仕止めるか?
満身創痍の身だが俺の手には黄金に輝く盾がある。
魔法を封じるこの盾さえ有れば、殺って殺れない相手じゃない。
「しかし、じゃ……お主の話は聞いてやるわい。プランは多いほど良いからの……ヒッヒッヒっ」
「同感だ……じゃ、手を組む前提で話をするぜ? 俺からアンタへの依頼はハドラーの命を救う事。報酬は大魔王亡き後のアンタの地位になる……無茶苦茶しなけりゃ相応の地位に就けることを約束しよう。返答の期限は、アンタを含めて六大団長が三人以下になる迄だ。どうだ? 悪くない話だろ?」
「そうよのぅ……」
俺が一気にまくし立てて返答を迫ると、ザボエラは短い腕を組んで思案を始めた。
先ずはコイツを取り込んでハドラー延命計画を練り上げる。
その計画をアルビナスに伝えれば乗ってくるのは確実だ。
アルビナスはハドラーの命令に逆らってでも、ハドラーの生命を救おうとした女……しかも、その手段は″ハドラーの命の危機の元凶であるバーンにすがる″といったトンでもない方法だ。
手段を選ばないとはこの女の事であり、実現可能そうな方策を示してやれば俺とでも手を組むだろう。
ハドラーとて己の体内に″黒のコア″が埋め込まれていると知れば、大魔王に愛想を尽かす。
つまり、ザボエラさえ取り込めれば、ハドラーとその親衛騎団を釣り上げる事が出来るのだ。
ザボエラでハドラーを釣る……これこそ、原作を知る俺にしか出来ない闘い方ってもんだ。
障害となるのは黒のコアの除去作業だが……ハドラーの協力が得られるなら外科的に取り出して速攻で凍らせる事も可能になる。
これら全ては大魔王の目を盗んで行わなければならず、実行に移すタイミングが難しいと言えるが、リスクを背負ってでもやる価値があるだろう。
その為の第一歩が目の前で考え込むザボエラだ。
「ふむ……些か府に落ちん点も有るが悪くない話じゃな。じゃがのぅ、それよりもお主と会うた話を大魔王様に告げるのが良いと思わぬか? ″あの小僧が良からぬ事を企んでおります″……とな。ヒッヒッヒ」
流石にザボエラ。
危ない橋を渡るよりも確実そうな手段を取るか。
しかし、そいつは悪手だぜ。
「あぁ、それを言ったらアンタ、死ぬぜ? 俺は大魔王の秘密を知っている。そして、大魔王も俺が何かを知っているのは勘づいている……つまりだ、俺と接触を持ったことを報せれば、アンタも秘密と知ったと見なされて殺されるって寸法だ。知ってんだろ? 疑わしきは罰する……大魔王は非情な男だって」
「な、な、なんじゃとぉ〜!? 小僧! さては儂を羽目る気じゃな!」
「滅相もない。アンタが報せなければ良いだけだろ? それに、もしかしたら報せてもお咎め無しかもしれないし、大魔王に忠節を尽くすなら寧ろ報告するべきだな、うん」
そう……忠誠心の有る相手ならこんな駆け引きは通用しない。
損得勘定で動く俺と似ているザボエラだからこそ通用すると確信がもてる。
「いけしゃあしゃあとよくも抜かしよるっ……大魔王様は慎重な御方じゃ、お主の言う通りになるわい! ・・・良かろう、お主の提案に乗ってやるわい。しかし、ハドラー様を助けるとは如何なる事じゃ?」
「ハドラーの不調は体内に埋められた″黒のコア″によるものだろ?」
「お主……何故それを知っておる?」
「知りたきゃ教えてやるが、オススメしない……よく言うだろ? 好奇心、猫を殺すってな」
「むむむ……良かろう。じゃが″黒のコア″を取り除いたとて最早ハドラー様は助からぬわい」
「コアが身体の一部に成ってるんだろ? だったらコアの代わりに″魔結晶″を埋め込んでやれば良い」
「魔結晶とな?」
「キラーマシーンから取り出した結晶を持っている。コレは元々ハドラーの作った結晶だし、拒否反応のリスクも少ないハズだ」
厳密に言えばこの魔結晶はマトリフの物だが、話せば解ってくれるだろう。
「ほぅ……小僧、拒否反応のなんたるかを知っておるのか?」
「ん? 詳しい理屈は知らないが、なんとなくなら解るぞ。要は体内に埋め込んだ異なる細胞が反発し合ってんだろ?」
「して、その理由はっ?」
「いや、だから詳しくは知らねぇって! 免疫細胞とかの影響じゃないのか?」
「免疫細胞……とな?」
拳を握り締めたザボエラが執拗に質問を投げ掛けてくる。
なんだ? 俺の知識量でも計っているのか?
「細菌とかを攻撃する抗体の事だろ? ってアンタ、まさかっ……知らずに超魔生物を造ったのか!?」
「如何にも……細かな事など知らずとも、何と何を組み合わせれば良いかは実験を繰り返せば判るわい。材料には事欠んからのぅ……ヒャ、ヒャ、ヒャ」
自慢気なザボエラが高笑いを始めた。
地道な実験を繰り返す処まで俺と似通っているらしいが……実に不愉快だ。
人の振り見て我が振り直せとはよく言ったモノだ……コイツと同類である俺は、一歩間違えればこうなるということか。
いや、ザボエラを利用し、ブラスの危機を見逃そうとする俺は、既に外道としか言えないか……。
しかし……
「……そうかよ。ま、アンタが何をしようと別にどうだって良いさ。問題は、俺の提案を受け入れるか否か、だ」
人に言えない行いを重ねる俺が、今更引き返すことは出来やしない……大魔王が倒れるその日まで、なんだってやってやるさ。
「安心せい。魔王軍の旗色が悪うなれば手を貸してやるわい……尤も、その様な事があるとは思えんがのぅ? 時に小僧、儂の研究に協力せぬか? お主は見込みが有りそうじゃわい……決めるのは人間の旗色が悪うなってからで構わぬぞ。ヒッヒッヒ」
伸びた爪先で俺を指したザボエラが、皮肉タップリに逆スカウトしてきた。
因果なもんだ。
この世界で誰より早く俺を認めたのがコイツになるとはな……類は友を呼ぶとはこの事か。
だが、原作を頼りに小賢しく立ち回るしかない俺と違い、ザボエラは命を救う事に転じさせられる技術を持っている。
「そうだな・・・命を救う方向に研究するなら協力してやっても良いぞ?」
「つまらぬ事を申すでないわ……人間の命を救ってなんとする?」
「なるほど……どうやらアンタの価値を判ってないのは、アンタ自身のようだな? 良いか? 人は死ぬ……魔族とは比べ物に成らないほどの短い期間で、だ。だからこそ、人は命を大切に思い、命を救ってくれた者に感謝の念を抱くんだ」
「感謝とな? 下らぬ感情じゃな」
「まぁ聞けよ。感謝を集め続ければそれはいつしか尊敬に代わる……人の命を助けていれば、アンタはそのうち世界中の人々から崇め奉られる事になるだろうぜ」
「ま、まことかっ!?」
ザボエラの顔面がドアップで迫る。
うーん?
人間の感謝はいらないくせに尊敬は欲しいらしい。
どっちも要らない俺とは少し違う様だ。
よく判らないが乗ってくるならもう一押しだ。
「言動に多少の制限は付くが保証してやるよ。人にとって、命より重いものは存在せん!!」
「な、なんじゃぁ!? 小僧のくせに凄まじい説得力を発揮させよって」
「ま、全てはアンタ次第だ……俺の言葉を信じるもよし、大魔王の強さと恐ろしさを信じて従うもよし。その場合……次に会ったら殺し合いだ」
「ふむ……考えておいてやるわい。さて、儂はもう去るが握手でもせぬか? これが人間の流儀じゃろうて」
ザボエラが小さな手を差し出してくるが、その尖った爪先からは毒が滴り落ちている。
どこまでも油断ならない野郎だ……今、協定を結んだ俺を害しようとするとはな。
まぁ、己の身を護るなら此処で俺を始末するのが一番手堅い……これくらいは当然か。
「遠慮しておく。アンタの爪の毒は厄介だからな?」
「ヒッヒッヒ……喰えぬ小僧じゃわい」
「ふんっ……俺に手を貸す決心がついたらルイーダの酒場に遣いを寄越してくれ。アンタの息子″ザムザ″辺りが適任だろうよ」
「ふむ……出来損ないの事まで知っておるのか……これは一考の余地があるやもしれぬ」
「何をぶつくさ言ってんだ? 行くならササッと行きな……解ってると思うが今日の事を話したら、有ること無いことぶちまけてやるからな!」
「ヒッヒッヒ……ルーラっ」
答えの代わりに、不適な笑いを残してザボエラは飛び去った。
一抹の不安は残るがこれでいい。
自己保身に生きるアイツは強い方に靡く……しっかりと約束を交わしても意味がないのである。
手を組む意志が有るとだけ伝えておけば、戦況次第で勝手に擦り寄ってくる……そんな奴だ。
今日の一手を活かすも殺すも、これからの頑張り次第になってくる。
肩がジンジンと痛むけれど、立ち止まってはいられない。
「よしっ、戻るか」
小さく呟いた俺は、アバンの元へと飛ぶのだった。