「その鎧は……俺達の鎧と同じ!?」
「ふんっ……なんだかんだと聞かれてなくとも答えてやるのが世の情け! 世界の破壊を防ぐ為、大魔王の野望を打ち砕くデロリーンスリー!! このチート鎧の輝きを恐れぬならっ、掛かってこいってんだ!」
「貴様っ……どこまでもふざけおって!」
″鎧化″に成功したでろりん君は、手元に残った仮面を装着すると、その場で足を踏み鳴らし右に左に腕を伸ばしてポーズを決めました。
それを呆然と眺めたヒュンケルが、地面に突き刺した剣を手に取って憤慨しています。
イケませんね。
ヒュンケルが勝利を目指すのであれば、でろりん君を″鎧化″させない事が重要でした。
幼いあの子には、自らの腕に対する自信を超えた過信が有ったのを覚えていますが、大きく成長した今も直っていない様ですね。
一見ふざけている様にしか見えない、でろりん君の行動に隠された意味に気付いていない……いえ、探ろうともしていない。
これでは足元を掬われてしまいます。
マトリフが編み出した重力を操る呪文″ベタン″……その力と″光魔の杖″に用いられた技術を応用して創られた全身鎧には、魔法力を消耗し続ける事で重力から受ける影響を軽減させる効果があるのです。
あの様な動きを見せるのは、鎧に魔法力を行き渡らせる為であり、軽くなったバランスに慣れる為でもあり、それに気付かせない為なのです。
でろりん君がチートなる表現を使い、
『ハッハッハ! 最早、鎧ってかパワードスーツ!』
と、よく判らない単語も用いて評する黄金に輝く全身鎧こそ、ロン・ベルク殿の技術の結晶と言えますが、誰にでも装備が可能な代物では有りません。
重力を操り続けるには大量の魔法力が必要であり、軽減された重力下で動くにはそれ相応の体術を必要とします。
戦士や武闘家では重力軽減の効果が得られず、魔法使いや僧侶ではロクに動けない……つまり、黄金の鎧は勇者としての力量を備える者にしか装備出来ないのです。
素材の都合上、少々派手な色合いになっていますが、デザインにも拘るロン・ベルク殿の匠の業により見た目的にも″勇者の鎧″と言って差し支えありません。
ヒュンケルとは正反対に自らの力を過少に評するでろりん君ですが、ロン・ベルク殿宅にて拝見した、鎧を纏った時の動きは人間の到達出来る領域を越えていました。
しかし、鎧の感触を確めたでろりん君の発した言葉は、
『良しっ! コレでなんとかヒュンケルと殺り合えるぜ』
といったモノであり、勇者の鎧を纏った自身よりも、魔剣戦士となったヒュンケルは上であると認めているかの様でしたが……にわかに信じる事が出来ないでいます。
鎧の性能を発揮するには魔法力を消耗し続けなければならず、長期戦に向かない欠点等もありますが、鎧を纏ったでろりん君と打ち合える人間がいるとは思えないのです。
「ふざけてんのは、ヒュンケルっ、お前だ!! 大魔王にビビりやがって! その負け犬根性を叩き直してやるぜ!」
鎧を輝かせたでろりん君が、剣を握り今にも飛び掛からんとしています。
そうです。
ヒュンケルは大魔王の力を間近で感じ取り軍門に下る事を選んだのでしょう。
そしてそれは、大魔王の力を誰よりも知りながら立ち向かう、でろりん君にとって赦すことの出来ない行動に見えるハズです。
「愚かな……大魔王は誰にも倒せん! 生き延びるには頭を垂れるしか無いのだ!」
冑の隙間から哀しげな瞳を覗かしたヒュンケルが言い返していますが、言葉足らずも変わらない様ですね……でろりん君が誤解してイライラするのも無理はありません。
ヒュンケルの本当の狙いは人類を生かす事にあり、その為に大魔王の軍門に下っているのでしょう。
素直と言えない性格の持ち主である彼が声高に叫ぶ事は本音と異なる、と見るべきなのです。
大魔王の力を知るヒュンケルは、自らが悪となり負け犬と蔑まれようとも、魔王軍の中で確たる地位に就き発言権を確保する事で人類の身の安全を獲得し、自身の想い描く理想の世界へと繋げるつもりでしょう。
その最大の障害となるであろう人類の抵抗は、不死騎団を使って被害を抑えつつ挫く……これは不死騎団の進軍方法からも明らかですね。
ヒュンケルが不死騎団長として闘う事で、死者を産み出している事は否定出来ない事実です。
しかし、ヒュンケルが団長に成らずとも、他の誰かが不死騎団長に選任され、人類に牙を向くのも間違い有りません。
ヒュンケルが不死騎団長として軍団を指揮する事で、人類の被害が軽減されている、と言えなくもないのです。
勿論、大魔王を倒せるならば被害はもっと少なくなります……ですが、容易く倒せる相手ならば、でろりん君は苦労しません。
大魔王の実力を知ったヒュンケルはでろりん君とは正反対に、実現不可能にみえる理想論に賭けるよりも、実現可能な方法論を選んだのでしょう。
彼が何の策も用いず不死の軍団を進軍させれば、パプニカ軍は労せず勝利を収める事が出来ます。
勝っても勝っても終らない戦い……最初の頃は何の問題もありません。
しかし、月日を重ねれば重ねる程、人々は大魔王の強大さを思い知る事になるのです。
パプニカ最強であるアポロ殿がヒュンケルに敗れてしまっている以上、指揮官を倒して軍団の瓦解を狙う手も打てません。
小さな勝利を積み重ねる事が出来ても、最終的な勝利が見えないままに戦い続けられる程、人は強くないのです。
頃合いを見計らってパプニカ王家に降伏勧告を行う……これがでろりん君も気付かない、ヒュンケルの狙いのハズです。
「あん? 命惜しさに番犬に成ったってのか? 見損なったぜっ!」
主語の抜けたヒュンケルの言葉に、案の定でろりん君が誤解している様です。
やれやれ……ヒュンケルの説得が終われば、でろりん君の誤解もなんとかしないといけませんね。
「ふっ……御託はいい……どうした? こないのか?」
「言われ無くとも行ってやる! 覚悟しやがれ!!」
挑発に乗ったでろりん君が気勢を発して、ヒュンケル目掛けて突進しました。
金色に発光するでろりん君のその速度たるや、正に光の矢の如し。
距離を置いているからこそ、なんとか目で追うことが出来る……其ほどの速度です。
「何っ!?」
驚きの声を上げるヒュンケルでしたが、バランスを崩しながらも避けてみせました。
なるほど。
初見であの攻撃に対応出来るヒュンケルは、私が考える以上に腕を上げているのかもしれません。
「ちっ、直線的な攻撃はさすがに避けやがるか……だがっ」
大地を蹴って素早く切り返したでろりん君が、剣を振り上げてヒュンケルに襲い掛かります。
「口ダケでは無い様だな!」
ヒュンケルも剣を振るって応戦します。
単純な素早さならば、でろりん君が上……連続で繰り出される攻撃の前にヒュンケルは防戦一方です。
ですが、驚愕すべきは今のでろりん君を相手に、押されながらも打ち合えるヒュンケルのレベルです……彼の鎧は魔法に対する耐性が高いだけで、他の性能は備わっていないのです。
でろりん君の報告通り、ヒュンケルは私の想像を遥かに越えた戦士へと成長している様です。
『天才達の頂上決戦』
でろりん君は、神託の告げるこれからの闘いをこう表現していましたが、その通りなのかもしれません。
バラン殿にハドラー……そして、目覚ましい成長を遂げたヒュンケル。
戦闘能力だけで考えるならば、残念な事に私のレベルでは太刀打ち出来そうに有りません。
それ故に神託の世界の″私″は、自らの力の無さを嘆き他のベクトルに活路を求め破邪の洞窟に潜ったのでしょう……実に″私″らしい行動だと言えます。
ですが、でろりん君と彼によってもたらされた神託を知るこの世界の″私″は、もう少しだけジタバタしたいと思います。
差し当り、でろりん君の為に大量の輝石を用意するのが良いかも知れません。
『装備がチートなダケで俺は大して強くねーよ』
こう嘯くでろりん君ですが、現に装備は彼の手元に有って、今、私の目の前で恐るべき力を見せているのです。
『何もしなけりゃ30分。だが、実際の戦闘なら肉体強化に魔法力を使うし魔法も放つ……ま、チートタイムは良いとこ10分だな』
との事ですが、シルバーフェザーさえ有れば″チートタイム″なる時間を、幾らでも引き延ばす事が可能なハズです。
ヒュンケルを圧倒する勇者の鎧を纏うでろりん君ならば、きっと″天才達の頂上決戦″でも闘えます。
……おや?
剣を打ち合わせる度にヒュンケルに余裕が生まれていきます。
これはっ……!?
剣の腕に差もありますが、経験の差が大きいのでしょうか?
聞けばヒュンケルにはラーハルトと呼ばれる″チートな速さ″を持つ友がいるそうです。
ヒュンケルは彼と鍛練を重ねる事で、自身よりも速い者と闘う術を身に付けているのかもしれません。
「かなりの速さだが、上には上がいる……その程度では俺の裏を取れんぞっ!」
ついにヒュンケルは、体勢を崩すこと無く、正面からでろりん君の攻撃を受け止めました。
「ちっ……ラーハルトか」
小さく呟いたでろりん君が軽くステップを踏んで距離を取りをました。
鍔迫り合いを続けては、もう一つの欠点を見抜かれてしまいます。
「む? 貴様……力を犠牲に速さを得ているのか?」
ヒュンケルは僅かな鍔迫り合いで、でろりん君の剣の″軽さ″に気付いた様です。
重力の影響を軽減させている都合上、重さを乗せる一撃がどうしても軽くなってしまうのです。
「な、なんの事やらっ!? 大体、力なんざ無くとも攻撃は出来るっつーの!」
一方のでろりん君は露骨に動揺しています。
これでは、肯定している様なモノですね。
「ゴースト君! 準備は良いか!?」
一定の距離を保ちフワフワしていた私に、でろりん君が助力を求めてきます。
事前に打ち合わせた″あの攻撃″を仕掛けるのでしょう。
準備は勿論出来ています……私とて、ただ黙って見ていた訳ではありません。
「ふ……叶わぬとみて二人がかりで来るつもりか?」
「当たり前だ! 独りで闘う意味はねぇ!! 勇者は仲間と力を合わせて悪をボコると相場は決まってんだよっ! スーパーゴーストアタックを喰らいやがれ!」
でろりん君は、蔑む様なヒュンケルの言葉を悪びれる事無く認めました。
もう少し別の言い方が有るように思いますが、間違いでは有りません。
人間は力を合わせて闘う事で、より強大な敵と闘えるのです。
いえ、それだけでは有りません。
人は力を合わせ工夫を重ねる事でどんな困難でも乗り越えてきました……例え大魔王が相手でも力を合わせれば勝ち目は有ります。
ヒュンケルには、でろりん君と闘う事でこれに気付いて頂きたいのです。
この役割は師である私ではダメなのです。
先人に学び道具の力を使い、仲間と力を合わせる事で、実力に勝るヒュンケルに挑むでろりん君の姿にこそ、可能性があるのです。
ですが、これに気付いて頂くには今少し、でろりん君の″力″をヒュンケルに見せる必要が有るようですね。
でろりん君の合図に黙って頷いた私は、剣を逆手に持って身構えるのでした。
二の腕辺りも覆い隠すロトの鎧になりました。