魔王軍侵攻開始から4日目の午後、俺はエイミのルーラで地底魔城へとやって来ていた。
キメラの翼で代用可能と言えどルーラはやはり便利であり、アイテムでの代用が効かないリレミトも使えるエイミは今回の探索には欠かせない。
原作で描かれていた様な不死騎団の雑魚が相手なら負ける気はしないが、地下へ潜るからには何があるか分からない。
前世とは比べものにならない力を身に付けた自信があっても、道が閉ざされでもしたら窮地に陥るのは変わりないのだ……完璧な退路であるリレミトを用意するのは俺にとって当然であった。
しかし、ここで話をややこしくするのが国の壁。
俺個人の意思なんてモノはアルキード王の辣腕の前では意味がないらしい。
俺がアルキードで生まれ育った事実が有る限り、アルキード王はそれを巧みに操り自国の利益へと誘導するそうだ。
俺にとっては実に愚かでくだらない事だが、最強の騎士バランを抱えるアルキード王にとっては、魔王軍に敗れる等とは考えられず、魔王の侵攻を″世界を従わせるチャンス″と捉えていてもおかしくない。
まぁ、アルキード王の目論見がなんであれ、目論見の中に″大魔王の討伐″が入っているなら放っておいて問題ない。
国益の為なら実の娘さえ切り捨てるジジイの事だ、遠からず″大魔王手強し″と気付き最善手に切り替えるだろう。
気付かないなら、城でも占拠して個人の力を見せ付けた上で「魔王軍は俺より強い」とでも言ってやれば良い。
色々と煩わしいが、今回の偵察は俺の強欲の評判と、装備が破損した事を理由に″俺が伝説の武具を求めて地底魔城へ潜り、エイミは協力者兼監視者″との体裁を取る事で丸く収まるらしい。
そんなこんなで地底魔城にやって来るまでは面倒であったが、探索を開始してからは概ね順調だ。
特に強敵と言える様なモンスターも現れず、道もほぼ正確に覚えており、とりあえずの目的地である″王の間″を目指して進んだところ、不死騎団の誘導にハマっている。
その道すがら、エイミからヒュンケルっぽい人物との遭遇話も聞けた。
エイミの話を簡単に纏めると、アポロの窮地に駆け付け身を呈して庇ったエイミを、黒いヒュンケルが見逃した、らしい。 その際の黒いヒュンケルの発言を纏めると、
『敵であっても女は殺さない……貴様等もこれで判っただろう! 大魔王に刃向かう事の愚かしさを!! 俺達の様な悲劇を産み出さない為にも、大魔王の手で統治されるのが一番なのだ!!』
と微妙に意味の解らない事をほざいて去っていた様だ。
女を殺さない……コレは原作通り、大魔王に様付けしないのも、まぁ原作通りと言えば原作通りだ。
問題は、″俺達″と″統治″のくだりだ。
悲劇は言うまでもなく少年ヒュンケルの結末……しかし″俺達″となればもう一人居る事になる。
原作で明かされた悲劇と呼べる生い立ちの持ち主は限られており、かつヒュンケルが仲間意識を持ち居所が掴めない相手とくれば……考えたくないがアイツだろう。
それに、統治……復讐心に囚われた者なら言いそうにない台詞だ……この世界のヒュンケルは容姿だけでなく、精神面でも変化があるのかもしれない。
ハッキリ言って嫌な予感しかしない。
だが……ヒュンケルに会うしかない俺は、通路を遮るミイラ男を斬り倒し進む事しか出来ない。
『ヴぉォォ』
低い唸り声を上げ進路を塞ぐ様に三体のミイラ男が現れた!
「邪魔だっ!」
躊躇う事無く突っ込んだ俺は、一瞬の内に纏めて斬り殺す。
いや、ゾンビ系だから″殺す″だと語弊があるのか?
とりあえず″チャリーン″とゴールドが落ちたし回収するとしよう。
「凄いわね……」
這いつくばってゴールドを探していると、一通り話終えた後は黙って付いてきていたエイミが話しかけてくる。
「ん? 何がだ?」
「強さに決まってるわ……ねぇ? どうして私を連れてきたの? でろりんなら一人でも大丈夫でしょ?」
壁にもたれ掛かったエイミが、浮かない表情でしょーもない問いを投げ掛けてくる。
「エイミがリレミトを使えるからに決まってるだろ?」
ゴールドを回収した俺は、エイミと向かい合うように立ち上がると小首を傾げてみせた。
「アナタはっ! そうやっていつも私達をバカにしてっ!」
「はぁ? なんでそうなる? 俺はリレミトを使えないからエイミの力を借りてる立場だぞ? 足りない部分を補い合うのがパーティーだから俺はお前と組んだんだ。迷宮に潜るにおいて脱出経路の確保は何より重要だと思わないのか?」
「え……で、でも馬鹿にしてる事に変わり無いわ! 出会った頃からそうよっ! でろりんだって子供だったクセに人の事を子供扱いして、何でもお見通しって風な態度で見下して……アナタに比べれば弱いかもしれないけど、私達だって一生懸命やってきたのよ……それなのに……アナタは……」
エイミは唖然としたかと思うと、怒り出し、最後は汐らしくなった。
迷宮に居ながらにして、コロコロと変わる表情を見てとれるのは、エイミの唱えた″レミーラ″お陰になるのだが、貢献している自覚はないのだろうか?
よく解らないが、エイミが怒るならとりあえず謝っておこう。
「そりゃ悪かったな……だが、馬鹿になんかしてないぞ? お前等が戦闘面に関して俺より弱いのは単なる事実だ……そして、こんな優劣は大魔王の前じゃ等しく無価値なんだよ。お前より強かろうが、大魔王に通用しない力なら俺にはどうだっていいことだ」
「それよっそれ! ソレッて私達の事なんか眼中に無いって事でしょ!?」
薄暗い光の中で一歩前に出たエイミの顔が迫る。
「そっ、そりゃそうだろ? 共に大魔王に立ち向かう仲間と張り合ってどうする? 大事なのは大魔王を倒せるか、倒せないか……お前等が強くなるなら俺的には万々歳なダケなんだが・・・これか? コレが見下しているって事になるのか?」
「そ、そうよっ」
何故か自信無さげになったエイミが俺の言葉を肯定すると、一歩下がって壁を背にして″プイっ″とソッポを向いた。
言われてみれば確かに見下していた……いや、″三賢者とは所詮あの程度″と決めつけていたのかもしれない。
原作を知る弊害と言えるが、そんな事は言い訳にもならず、どちらにしても三賢者にとっては面白くない話だろう。
マリンに嫌われる訳だ。
「そうか……コレか・・・俺にも事情があってこんな感じだから直らないかも知れない。でも、エイミにとって面白くなかったならこの場で詫びよう……済まなかった」
一歩下がって距離を取った俺は、深々と頭を下げて謝罪する。
こんな事で三賢者の機嫌を損ね協力を得られなくなってしまうのは、俺としても本位ではない……エイミの力が大魔王に通用しないのは原作的に明らかだが、俺にない力を備えているのも又事実……って、悪いのはこの考え方か?
矢張り、簡単に直りそうもない。
「えっと……そんな素直に詫びられたら調子が狂うんだけど? それに、大魔王が現れたのはつい最近じゃない……やっぱりでろりんって」
「ここでその話はしてくれるなっ! どうしても知りたきゃマリンにでも聞くんだな」
下を向いたままの俺は、慌ててエイミの言葉を遮った。
ここは地底魔城だ……それと組織的な誘導が行われている点を考慮すれば、不死騎団の監視下にある可能性は極めて高いと言える。
とてもじゃないが大魔王について話せない。
「姉さん!? ふぅーん? 姉さんには教えていたんだ? もしかして、私が考えてるより深い仲なのかしら?」
下から覗き込んできたエイミが胸に突き刺さる事を言ってくる。
深い仲もなにも、つい先日フラれたばかりだ。
「ち、ちげぇよ! 昨日だ、昨日! 無理矢理白状させられたんだよっ。 そう言うエイミこそ、ヒュンケルの野郎が気になってんじゃねーのかっ!?」
更に一歩飛び下がった俺は、エイミを指差し図星を突いてやり返す。
「な、何よそれっ! 私とあの人は敵同士よ!! ひっ惹かれるなんて有るわけないじゃないっ!」
「じゃぁヒュンケルが寝返ったらどうするんだ?」
「そうなったら嬉しいわよ……あっ、じゃなくてっ、そのっ、でろりんはヒュンケルを救いに来たの?」
「救うってか、まぁ顔合わせだ……兄弟子と言っても俺はヒュンケルと会ったことがないからな」
「その割によく知ってる風じゃない?
「師匠から聞かされてる」
「でろりんの師匠はアバン様よね? そうなるとあの人もアバン様の弟子になるのよね……やっぱり何か理由が有って魔王軍にいるのよ、うんっ、きっとそうだわ」
聞き捨て成らないことを呟いたエイミは、一人で勝手に納得しては何度となく頷いている。
「んなっ!? 何で知ってる!?」
と言うか、この会話も不味くないか?
今までマトモに話して来なかったせいか、口を開けばこんな会話にしか成らないようだ。
「なんでって……アポロに聞いたからよ。動きを見れば判るそうよ? 魔法を斬るなんて真似は中々出来る事じゃないわ」
「いや、そりゃそうだけど、何でアポロにソレが判るって話だっ」
「ほらっ、やっぱり見下してるじゃない? 私達だって強くなる為に色々とやってるのよ。アバン様がパプニカに立ち寄った際は簡単な講義を受けています!」
「はぁ? じゃぁ三賢者もアバンの弟子なのか?」
元々、原作で描かれなかったアバンの弟子が居たとしてもおかしくない……少なくとも″特別ハードコース″に耐え切れず逃げ出した人物はいるはずだ。
そうでないと原作初期のポップの発言がおかしくなってくる。
でも、三賢者がアバンの使徒化しているなら、なんか嫌だぞ。
「皆を集めて、こんな時はどうするとか、危険を避ける為にはどうするとか、実演を交えて話を聞かせて頂いているだけよ? 弟子とかって大層な話じゃないわ」
「そ、そうだよな」
困る話でもないが何故か″ホッ″として胸を撫で下ろした。
「変ね? 私達がアバン様の弟子だと困る理由でもあるのかしら?」
「べっ、別に困ってないしっ。ただ、兄弟分が増えれば面倒みてやらなきゃいけないだろ? それが面倒くさいと思ったダケだ」
「ふぅん? 言われてみれば、でろりんなら兄妹分でも大事にしそうよね? 私も義理の妹になれば面倒みてくれるのかしら?」
惚けた顔したエイミがからかってくる。
「はぁ? 偉い賢者様が甘えたこと言ってんじゃねーよ!」
「ふふっ、冗談よ。でも、こうやってキチンと話したのは初めてだけど、でろりんって思ってたより良い人なのかしら?」
微笑んだかと思うと、エイミは今まで見せたこともない穏やかな表情で俺を見てくる。
それとも、エイミが俺とキチンと話していないと言うように、俺がエイミをキチンと見ていなかっただけなのか?
「知るかよっ。俺は自分のヤりたい事の為に動いているだけだ。良いか悪いかなんてエイミが勝手に決めやがれ」
反省の余地はあるが、そう簡単に態度を変えられそうにもない。
「やっぱり、そうやって意地を張ってる方がでろりんらしいわね。だけど、この際だから言っておいてあげるわ……色々と隠したいならもっと上手にやることを覚えた方が良いんじゃないの?」
「……何の事やら? まぁ、聞くだけ聞いといてやるよ。さぁ、無駄話はこれ迄だ……エイミは気付いているのか?」
色々と為になる会話だったが、そろそろ打ち切って本来の目的に戻るとしよう。
「えぇ……この階に来てからモンスターの配置が妙よね」
俺の表情の変化を読みとったのか、エイミも真剣な表情に戻って真面目な答えを返してくる。
エイミの見立は正しくこの階層に降りてからは、下層へ繋がる通路を塞ぐ様にモンスターが配置されていた。
纏まった雑魚モンスターなんかイオラを放てば一網打尽に出来るのだが、敵陣の真っ只中で無為に魔法力を消耗させるのは危険であり、迂回しつつ進んだ結果、いつしか闘技場へと続く道を歩かされていたのである。
「あぁ、恐らくあの趣味の悪い闘技場に誘導されている……多分、その先にはヒュンケルがいる」
「恐らくとか多分とか、アテになるのかしら?」
原作に近い状況からの推察になるから、ほぼ間違いないのだが言えなかったりする。
「さぁな? どっちみち誘われてんなら俺達の事はバレているって事だろ? だったら、誘いに乗るのがヒュンケルを知る近道になるってモンだ」
「ハァ…。あの人以外が待ち構えてたらどうするつもりなのよ……アナタって慎重な割に豪胆な所も有るわよね? でも、良いわ。あの人の事は私も知りたいし、行きましょう」
「ヒュンケル以外が居れば逃げるに決まってんだろ? 良いか? 例えヒュンケルしか居なくとも、俺が逃げると決めたら絶対に逃げるからな? それが出来ないなら帰ってくれ」
「そんなの解ってるわよ。私はでろりんより弱いですからねっ」
根に持っていたのか小さく舌を出したエイミは、自虐的な台詞を述べると″スタスタ″と歩き出した。
どうやら、事実をそのまま告げるのも良くないらしい。
こんな感じで俺達は、モンスターに誘導される迄もなく、闘技場を目指して突き進むのだった。