アルキード城での夕食会と言う名の尋問会を何とか切り抜けた俺は、パーティーメンバーをロモスの宿に残してデルムリン島へと舞い戻った。
意識を飛ばしてから凡そ12時間、規則正しい寝息を立てたアバンは昨日と変わらない姿で横たわっていた。
そんなアバンを横目に見ながら、魔法の聖水片手にメドローアの実験を繰り返して待つこと数時間。
「んっ・・・ここは?」
東の空が明るくなり始めた頃、アバンが目を覚ました。
「漸くお目覚めか……気分はどうだ?」
「でろりん、君……? 一体どうしてアナタが?」
上半身を起こしたアバンが頭を押さえながら呟いている。
流石のアバンでも死の淵から復帰後直ぐには頭が働かないらしい。
「無理すんな……″カールの守り″が無ければ死んでたんだ。とりあえず、魔法の聖水でも飲むか? あ、それから一応籠手も返してくれ」
並べておいた聖水をアバンに差し出し、籠手の返却を求める。
勝手に外しても良かったのだが、身ぐるみ剥いでる様で気が引けた。
それと、効率的な自己修復を促す為に、デルムリン島に置いておきたかったのも外さなかった理由の一つだ。
自己修復……こう聞けばまるで金属が増殖して破損箇所を埋めるかの様にイメージしがちだが、実際はそうじゃない。
武器の命とも言える″宝玉″に籠められた、リリルーラ的な魔法力によって砕けた欠片が集まり、接合するのだ。
俺の頭だと詳しい事は理解出来ないが、破片が散らばるデルムリン島内に宝玉が有れば、修復がスムーズに行われる気がしてならないのである。
「えぇ……頂きます。この籠手とでろりん君には命を助けて頂きましたが……申し訳ありません、砕けてしまいました」
魔法の聖水と交換するように、砕けた破片がくっ付いたハリボテの様な籠手を受け取った。
同じ様に砕けた左の籠手に比べて、幾分か修復速度が速いように見える。
「別に良いさ……道具でアバンの命が助かったなら安いもんだ。命は金で買えねぇからな?」
受け取った籠手を装着すると、手の内側にある宝玉を確認する。
大丈夫だ。
外側の損傷は激しいものの内側には目立った傷もなく、要となる宝玉は静かに輝いている。
これなら放っておいてもその内に修復するだろう。
「しかし、御借りした物を万全な状態で御返し出来なかったからには、弁済するのが筋になります」
「その必要は無い。放っておけばその内に治る」
と言うか弁済するなら最低100万Gは必要なんだけど、アバンって実は金持ちなのか?
「おや? 自己修復機能まで備わってましたか……その強度、使い勝手、魔法耐性、どれをとっても伝説の武具にも劣らない逸品でしょう。ハドラーの超魔爆炎覇に耐えられたのは″炎と剣撃による同時攻撃″という特性を産み出す炎をこの籠手で弾けたからに他なりません」
成る程……流石にアバンだ。
ただヤられていたダケじゃなく、キッチリとハドラーの技を見極めていたらしい。
ん? 待てよ?
ハドラーの超魔爆炎爆は、魔炎気と呼ばれる炎を操って武器に纏わせる事で破壊力を増している……その炎が籠手で弾けるなら魔炎気は魔法力で生成されている事になる。
そうだとすれば、俺に出来なくもないのか?
……要研究だな。
「そりゃそうだろ。コレを創ったのは歴史に名を遺すであろう″魔界の名工″だぜ。この籠手も時が経てば伝説の武具になるさ」
「魔界の名工ですか? その様な方と如何にして知己を得たのでしょうか?」
「そういう腹の探り合いはもう無しだ……順番に説明するから聖水でも飲みながら聞いてくれ。 先ずここは、デルムリン島北部に位置する島の住民も滅多に寄り付かない岩礁地帯だ。予定通りメガンテで吹き飛んだアンタを、俺が保護して匿ったんだ」
ヒムやアルビナスの発言や原作を元に考えれば、アバンが死んだと誤認されているのは間違いない。
アバンに隠す理由は最早なく、このタイミング、この場所ならば魔王軍にバレる心配もないし話すべきだろう。
「予定通り、ですか?」
「あぁ、御察しの通り俺は未来を知っていた……と言っても未来を知る俺が色々やり過ぎたせいで様々な変化が現れてるけどな? とりあえず、アンタを倒したハドラーはもっと弱かったし、アルキードは消滅していた」
「なるほど……タイムパラドックスですか」
「そうだ・・ナンダッテ!?」
アバンの口から飛び出た思いがけない単語に、すっとんきょうな声を上げてしまう。
タイムパラドックス……過去を変えた結果未来が変わる、的な概念のハズだ。
中世程度のこの世界には存在しない概念のハズだが……?
「おや? 流石のでろりん君もご存知ありませんか?」
「え……? あぁ、そ、そうだな」
「おっほん・・・これは我が家に伝わる考え方で確証はありませんが、世界とは様々な可能性を秘めたモノであり、些細な事で枝分かれているのです! あなたが見たという世界が在るように、私が魔王ハドラーに敗れた世界、なんていうのも存在しているかも知れません。我が家ではこれを似て非なる世界、平行世界、パラレルワールドと呼んでいましたが、証明することは出来ないでいました。しかし、でろりん君のお話が真実であるなら何よりの証明になります」
俺が見せた困惑の表情を″知らない″と受け取ったアバンが、ドヤ顔で解説している。
「お、おぅ…?」
驚きを隠せない俺は、間抜けな返事をするしか出来ないでいる。
平行世界の概念は知っているが、考え出したのは俺じゃないし、理屈は全然解からない。
多くの人が暮らす前世ですら詳しく確立させていない理論を、何故アバンの一族は知っている?
「まっ、平たく言えばあなたの知識が役に立たないこともある、と理解は出来たと言うことです」
満足したのかニンマリ笑ったアバンは噛み砕いた言葉で締め括る。
大魔王が警戒するのがよく解った気がする……多岐に渡る才能をみせるアバンの本質は大勇者と云うより大学者。
前世で例えるならダ・ヴィンチみたいな人なんじゃないだろうか?
アバンは特別……作中のポップがアバンを指してこう評していたし、俺もそう思うようにしよう。
「そ、そうか……話が早くて助かる。察しの通り意味の無くなった事もあるが、言い訳を兼ねて詳しく話そうと思っている」
気を取り直した俺は、話を進める事にする。
「言い訳、ですか?」
「主にダイについてだ……俺が見た世界で大魔王を倒すのはダイだ。バランでもアバンでもなく、俺やマトリフでもなく″成長したダイ″が倒すんだ……何の証拠もない戯言にしか聞こえないだろうが、これが俺の知る事実だ」
「それでアナタはダイ君をこのデルムリン島に連れ去った……という訳ですか?」
感情の籠らない声でアバンが事実確認をしてくる。
裸眼のアバンの視線は細く鋭いが、気後れする訳にはいかない。
ここでアバンを説得出来なければ俺の未来に暗雲が立ち込める。
「あぁ…そうだっ。どんなに言い繕ってもダイに申し開きが立たないことは判っている。だがっ! それでも俺はっ」
「とりあえず、あなたの苦悩は置いておきましょう……先ずは詳しく聞かせてく下さい。あなたの知る世界とやらを」
「あぁ、そうだな……」
ダイ達が旅立つであろう浜辺に移動した俺は、覚えている限りのストーリーと情報、それから俺がしでかしてきた事とその影響を、アバンに話して聞かせるのだった。
◇◇◇
「そういう事でしたか……でろりん君、あなたは、」
話を聞き終えたアバンは暫く黙って俺をじっと見詰めたかと思うと、徐に口を開いた。
「俺の事はどうだって良いんだよっ。 大切なのはこの知識を活かしてどう大魔王に立ち向かうかだ! 差し迫った問題はアンタとヒュンケルっ。其からダイとポップをどうするか、だろ?」
アバンの言葉を遮った俺は、今まさに旅立たんと筏に帆を張るダイを指し示した。
「そう、ですか……では、アナタがどう考えているのかお聞かせ願えますか?」
「ダイ達はこのまま旅立たせる。アバンは身を隠して″破邪の秘法″を会得しに洞窟行き……いや、違うな。その前に、ヒュンケルとフローラに会う、こうだな」
「おや? ヒュンケルはともかくフローラ様の名が出るのは何故でしょうか?」
「あん? フローラが待ってるからに決まってんだろ? アンタは尊敬出来る人物だが、この一点ダケはダメダメだぜっ″勇者たるもの女性には優しく″……こう俺に教えたのは誰だ?」
「し、しかしですねっ…私とフローラ様は謂わば主従の関係でして……それに、この世界のフローラ様が待っているとも限らないではありませんか?」
「カールに関しちゃ俺は何もしていない。フローラは十中八九待ってるぞ?」
十中八九どころか、120%待っている。
アバンの嫌がる理由は解らないが、このネタを使えば話の主導権は握れそうだ。
「こ、この話は後にしましょう! 今は、何より先にヒュンケルですねっ。いやぁ〜、まさかあの子が魔王軍に拐われていたなど露程にも思いませんでした」
アバンは頭を掻いて乾いた笑い声を上げて誤魔化している。
「はいはい……んじゃ、とりあえず俺がパプニカに行って様子を探ってくるとして、アバンはどうする?」
原作においてパプニカ壊滅の状況は詳しく描かれておらず、この世界での状況も知らない。
先ずは情報を集める。
細かい事はそれから決めれば良いだろう。
「私も行きたいのは山々ですが、思うように身体が動きそうもありませんね……偵察はアナタにお任せします」
「ま、そりゃそうだろ。なんたって自爆してんだからな……1日2日はゆっくり癒すのが良いさ。オススメはカールの王宮だぜ」
「いやぁ〜でろりん君も手厳しいですねぇ……行きたいのは山々なんですが、私は″凍れる時間の秘法″について調べてみたいと思います」
「ん? 調べるまでも無いだろ? 日食を利用して時間を停止する呪法じゃないのか?」
「その通りです。凍れる時間の秘法は呪法、言い換えるなら呪いです。そして呪いを解く呪文と言えば何でしょうか?」
「シャナクだろ? そんな事はガキだって知ってるぞ? それが、どう……あぁ、成る程」
ワンテンポ遅れてアバンの言わんとすることを理解する。
俺やマトリフでは思い付けなかったアプローチを、即座に考え付くのは学者ならではと言える。
「そうです。只のシャナクなら無理でも、破邪の力を最大限に高めたシャナクなら呪いを解く事が出来るかも知れません。凍った時が動き出したなら、大魔王の肉体と言えど″生物″に変わりありません。すなわち!」
「閃華裂光拳が効くって訳か……そうなってくると」
「えぇ、アナタとマァムの力が重要になってきます。尤も、これは可能性に可能性を重ねた話です。しかし、僅かでも可能性があるならそれに掛けてジタバタするべきだと思いますよ……そんな訳ですから、私はカールの王宮で過ごす事が出来ないのですっ」
「結局、それかよっ!?」
オチを付けてくる辺りがユーモアを大事にするアバンらしいと言えばらしいが、カール王宮行きをそこまで嫌がる理由はなんだ?
「優先すべきは大魔王です……違いますか?」
後ろ手を組んだアバンが″エッヘン″と真面目な顔して胸を張っている。
どうやらアバンは屁理屈も一流らしい。
「へいへい……まぁ、チートを解除して裂光拳を喰らわせるのは悪くない。そうなってくると、マァムをどれだけ早く武闘家に転職させるかだが……」
「えぇ……アナタの知る世界でマァムが劇的な成長を遂げたのは、一重に″仲間の為に強くなりたい″その決意のお陰でしょう。私やでろりん君がいくら薦めても、マァム自身が本気で取り組まない限り、劇的な成長は難しいでしょうね」
それに転職を勧めるにしても人選に困る。
アバンの生存は明かせないし、俺とマァムには面識がない。
自慢じゃないが、初対面でマァムと良好な関係を築けない自信がある。
俺と初対面から仲良くしてくれたのは、まぞっほとへろへろだけだからなっ。
「そうだな……まぁ、まだ時間はある。マァムやポップ、ダイも含めて成長を見守りながらやってくしかないか?」
「そうなりますね。しかし、肝心のダイ君ですが二つ目の紋章はどうするつもりで? まさかとは思いますがバラン殿が犠牲になるのを黙って見ているつもりでしょうか?」
「それこそ、″まさか″だぜ。紋章はマザードラゴンに継承させれば良いし、マザードラゴンは″神の涙″で呼べば良い。与える紋章はバランよりもディアナだな……昨日会ってみたがアレは間違い無しにダイの妹で、バランの娘だ。紋章を隠し持っている公算は大きい……″闘いの遺伝子″が引き継がれないのは難点になるが、バランの力を維持できるメリットは大きいだろ? 大魔王さえ倒せばダイにも未来が待っているんだ……バランを死なせてどうするってんだ」
ディアナに紋章が無いならその時はバランからダイでも、ダイからバランでも良いだろう。
こっちには究極のチートアイテム″神の涙″が有るんだ。
叶わない願いでは無いハズだ。
「アナタはそこまでダイ君の事を……」
「あぁ、買っているさ。全ては大魔王を倒す為だ」
「そうですか……解りました。しかし、全てが終わった暁にはアナタの事は話させていただきます」
「ふんっ、好きにしな……地上が残るなら何処に逃げたって生きていけるぜっ」
「困った子ですね……アナタは自分のした事をどう考えているのですか?」
「説教は要らない……言ったろ? 俺の事はどうでも良いんだ……生きてるだけで丸儲け、その道を閉ざす大魔王を倒した後の事は後で考える!」
「そうですか……ではブリバリ頑張って大魔王を倒すとしましょう。違う世界の私達に出来たのなら、この世界の私達も、きっと倒せるはずですから」
″カンラカンラ″と笑ったアバンがピースサインを向けてくる。
不思議なモノで、アバンにこう言われれば、原作と大きく方法が異なるけれど勝てそうな気がする。
ポップに頼ったメドローアによる不意討ち。
それがダメならマァムに頼った閃華裂光拳。
それでもダメなら、ダイに頼った正攻法の三段構えの作戦だ。
「だな……お? ダイ達も出発するみたいだ・・・ホントに付いて行かなくて大丈夫なのか?」
準備された筏にダイとポップが乗り込んだ。
「アナタも過保護な人ですねぇ。大魔王を倒すのが成長したダイ君ならば、時には心を鬼にして見守る事も必要ですよ。酷いようですが、闘いの中でしか身に付かない事も又、多いのです。二人の成長を信じましょう……あの二人ならきっとやってくれますよ」
「そう、だな……」
こうして俺は、ダイとポップの旅立ちを見送ると、アバンと合流の方法を念入りに打ち合わせると、ロモスを経由して、パプニカへ向かうのだった。