メドローアの習得実験を始めてからどれくらい経ったのだろうか?
習得はおろか、一度の成功も出来ないでいた。
薄暗い地下室に篭り、魔法力が尽きる迄炎と氷をぶつけ合わせ、飯を食っては寝るの繰り返し。
魔法の聖水はとっくの昔に底を尽き、何日過ぎたのかも分からなくなってきている。
簡単に習得出来ると思っていなかったが、マトリフ以外とは誰とも話さず、同じ事の繰り返しは想像以上に辛い。
だが、それもこれも生き残る為、やれるだけの事はヤってやるさ。
その為にも腹ごしらえだな。
マトリフが運んで来た食事に手を伸ばす。
「……コツは掴めたか?」
無言で見守る事の多いマトリフが珍しく問いかけてきた。
「いや、まだ無理だ……大体、炎と氷をぶつけたら蒸発するっつーの。意味ワカンネーよ」
お粥の様なモノを掻き込みながら軽くぼやく。
マトリフお手製のお粥は、魔法力回復に役立ちそうな薬草がふんだんに使われて緑色をしており、味は良くない。
だが、これにケチを付ける程恩知らずでも無く、身体の為にもひたすら喰らうのみ。
「オメエはっ……炎と氷じゃねぇ。プラスの魔法力とマイナスの魔法力だっ」
「そりゃ分かってるってか知ってたけど、どうにも前世の常識が邪魔をするっつーか……上手くいかねぇんだよなぁ」
非科学的な魔法は″こういうモノ″と割り切る事で使える俺だが、半端な知識が科学的な理論で作られるメドローア習得の妨げになっている様だ。
これまでの実験の結果、メドローアを産み出すのに必要なのは、ある一定以上かつ同じ量の相反するエネルギー、スパークさせるタイミング、そしてそれを維持する技術だと目星はついている。
これ等が一分の狂いもなく合わさる事で光の矢が出来ると考えられるのだが、多分こうして考えるのが駄目なんだろう。
「オメエのセンスの無さがここまでとはな……どうする? 止めにするか?」
「続けるさ。どうせ他にヤることも無いしな」
今やれる事は便利アイテムの買いだめくらいで、これはカンダタ一味に手紙で依頼を出しているし、ダイを鍛えるにしても時間が足りない。
俺は短期で勇者になれる修行法など知りはしない。
下手に教えてダイに変な癖を付けるより、メドローア習得の可能性に賭けて、ここで実りの無い実験をしている方がいくらかマシだろう。
「オメエって奴はよぉ……平和な内にやっておきたい事はねぇのか?」
「ん? ……無いなっ」
大魔王さえ倒せば後でいくらでもやれる。
今は、ただひたすらに頑張る時だ。
「会いたい女も居ねぇのか?」
「女、ねぇ……」
ふとマリンの顔が浮かんだ。
そういやアイツ等元気なのか?
レオナ姫が洗礼を済ませた後、無事パプニカに帰ったのはカンダタ一味に確認してもらったが、後遺症の有る無しまでは判らずじまいだ。
ついでに判明した事だが、何故か俺の悪行は伏せられ指名手配にもなっていないかったりする。
あの姫さん、一体どういうつもりなんだ?
一度会って確認しておくべきかも知れないが、大魔王が現れれば俺どころじゃなくなる筈だし、どうでもいい…のか?
「とりあえず、居ないな」
逸れた思考を戻して、返答を待つマトリフに短く告げる。
「オメエって奴は……む?」
呆れ顔で額に手を当てたマトリフが真剣な表情に変わる。
その瞬間、俺も確かに感じた。
「マトリフっ、コレッて!?」
背筋が″ゾワっ″と寒くなる様な、何とも言えない嫌悪感。
その嫌悪感は一瞬で身体を通り過ぎ空気に馴染んでしまったが、世界が異質なモノへと変貌したのは俺にでも理解できた。
そう、大魔王が地上に降臨したんだ。
「感じたか……無駄話はこれ迄だ。お前さん、どうする?」
「アルキーナに行く」
ただでさえ最初期の侵攻状況はよく解らない上に、アルキードの防衛に関して言えば原作を元にした対策も立てられない。
まずはずるぼん達との合流を兼ねてアルキーナの安全確認。それからルイーダの酒場で情報収集だ。
マトリフは独断で各国の王に警戒を促す書状を送っているが、その内容は″世界に不穏な空気が満ちている″的なアヤフヤな警告であり、どれほどの対策が立てられているのかは定かではない。
事実を告げて各国が万全の対策を取れば大魔王が警戒して逆に危なく、どうしても救えない人が存在する事実。
コレばかりは俺や、マトリフでさえもどうすることも出来ない現実。
誰一人として死なずに済む方法……そんな都合の良いモノは存在せず、俺は俺のヤれる事を精一杯やる……それだけだ。
後手に回らされるのは癪だが、出方を見極めなければ動きようが無い。
「そうか……死ぬなよ?」
「当たり前だ。俺は死なない為に今日までアンタのシゴキに耐えてきたんだぜ?」
「口の減らねぇ野郎だぜ……行ってこい。メドローアが無くともお前は強い!」
「ふんっ、まだ諦めてねーよ。実戦の中で身に付けてやるさっ」
マトリフと短い会話を交わした俺は、残り少ないキメラの翼を使いアルキーナに飛ぶのだった。
◇◇
「ずるぼん! 無事かっ!?」
村の外れに降り立った俺は、朝焼けに染まる静かな村を駆け抜け、勢いそのままにアジトの扉をあげて声を張り上げた。
「でろりんじゃない? あんた何処行ってたのよ?」
下着姿のずるぼんが部屋の奥からフライパン片手に現れた。
平穏そのもの、色んな意味で警戒感が0らしい。
「え? いや、修行してた。それより何か変わった事は!?」
「そうねぇ……あんたが帰って来たわね。朝御飯食べるでしょ?」
考えるフリをしたずるぼんがチクリと嫌味を言ってくる。
平穏そのものだな。
「ん? あぁ、腹は減ってないから軽めで頼む……じゃなくって! そうだっ、まぞっほはどうした!?」
どんな原理か知らないがまぞっほは水晶玉を用いて遠視が出来る。
これを利用すれば魔王軍の侵攻状況が判るかもしれない。
「寝てるに決まってるでしょ? そんな事より、あんたちょっと臭いわよ。またお風呂にも入らないで修行してたんでしょ?」
「そ、そうか?」
両肩を″クンクン″嗅いでみたが自分じゃよく判らない。
でも距離があるずるぼんから指摘を受ける位だから相当なんだろう。
「朝御飯作ってあげるからお風呂にでも入ってらっしゃいな。その間にまぞっほとへろへろも起きてくるわ」
「そ、そうだな」
こうして俺は、どれくらい振りかも解らぬ風呂に浸かり、疲れを癒して身支度を整えるのだった。
◇◇
「それでさぁ、へろへろったら騎士に誘われたのに断っちゃったのよ」
「へぇ〜。なんで断ったんだ? カールの騎士ならエリートじゃねぇか?」
風呂から上がり身綺麗になった俺は、ラフな服装でずるぼん達と食卓を囲み、和気あいあいとパーティの近況報告を聞いていた。
まぞっほの水晶玉で付近を探ってもらった結果、異常は見当たらず、今は飯を食って鋭気を養う時間に宛てている。
「堅苦しいのは苦手だ。俺はリーダーとパーティー組んでるのが合ってるっ」
「へろへろったら、良いトコ有るわよねぇ。それに比べてあんたってば勝手に姿眩ますし何してるのよ」
「いや、まぁ色々あるんだよ……ほら、勇者たるもの強くなければならないだろ?」
「あんた十分強いじゃない? でろりんに必要なのは敵よ敵! どっかに魔王でも現れないかしら?」
いや、もう現れてるし。
てか、居心地が良いからって何時までものんびりしてられないな。
「実はな……俺が得た情報によると魔王が現れたらしい。俺はコイツと闘おうと思ってる……お前らはどうする?」
真剣な表情を造った俺は、一人一人の顔をしっかり見ていきながら世界の危機を告げる。
出来れば協力して貰いたいが、己の身の振り方はずるぼん達が自分自身で決める事だろう。
「なんとっ!? しかし、昨夜まではなんとも無かったぞい? お主、その情報を何処から仕入れたんじゃ? よもや知っておったのではあるまいな?」
驚いてみせたまぞっほだが、直ぐに髭を弄りニヤリと鋭い突っ込みを入れてくる。
話すタイミングが早すぎたか?
「そんなのどうだって良いじゃない! 魔王が出たならチャンスよっ。あたし達で倒しましょう!」
まぞっほの鋭い突っ込みを聞き流したずるぼんが、両手を食卓に突いて立ち上がると拳を振り上げて力説している。
「だなっ。魔王を倒したらリーダーは勇者だぜ」
へろへろはかぶり付いた骨付き肉を豪快に噛み切ると力強く同調している。
やる気が有るのは有難いんだが、倒せる相手じゃないんだよな。
「そうだな……だが、死んでしまえば意味がない。無理は禁物だ。とりあえずルイーダの酒場に行って詳しい情報を集める。飯が終わったら準備してくれ」
「意義なーし!!」
俺の提案に3人が声を揃えて賛同してくれた。
食事を終えた俺達は勇者パーティーの正装に身を包み、まぞっほのルーラでルイーダの酒場に向かうのだった。
◇◇◇
「邪魔するぞ」
酒場に入ると薄暗い店内に珍しく先客達がいた。
鉄兜を被った男が立ったままでカウンター越しにルイーダと話し込み、その背後、店内の中央で3人の男が整列している。
城の兵士とその隊長格、といったところか。
「丁度良いところに来たじゃないか……アンタに客だよ」
俺に気付いたルイーダが面倒くさそうに手招きしてくる。
「客?」
「貴様が…? 勇者を名乗るでろりん、これに相違無いか?」
こちらを向いた髭面の男は、訝しげな視線を俺の背後に送り品定めしてくる。
「あぁ、でろりんは俺だ。アンタは誰だよ?」
ルイーダは″俺の客″として紹介したが、髭面の男に見覚えが無かった。
「俺は城の兵士長としてこの国を護る者だ! 貴様の様な胡散臭い輩に頼らねばならぬとはな……だが、コレもお役目、王からの勅命を言い渡す! アルキードの勇者でろりんとそのパーティは、バラン殿と協力して魔物の討伐に当たられよ! 以上だ」
兵士長は三つ折りの手紙を取り出すと、俺に見せ付ける様に上下に持って広げてみせ、書かれた内容を要約して居丈高に声を張り上げた。
俺は眉をひそめて手紙の内容に目を通していく。
バランと協力?
どういう事だ?
既にバランが戦場に居るなら協力する必要などないはずだが…?
それに、戦場が世界樹? この城下町じゃないのか?
「やったじゃない! アルキードの勇者だって! 魔王サマサマね」
事の重大さを判っていないずるぼんは、俺の手を握りしめ跳び跳ねて喜んでいる。
勇者といったって、あのアルキード王の事だ。
それなりの実力者に勇者の称号を与えて手駒にしようとでも考えているんだろう。
機を見るに敏、使えるモノは何でも使う、手のひら返しはあの王の得意とする所だ。
だがその意味を考えれば″何でも使わなければならない″そんな差し迫った事態に陥っているという事にもなる。
アジトで多少のんびりしたと言っても、異変を感じてから三時間程しか経っておらず、それだけ魔王軍の侵攻が迅速で、アルキード王の決断も早い、ということか…?
「了解した。勇者でろりんは準備が済み次第パーティを率いて世界樹に向かう」
ここでまごまご考えるよりも現場に行った方が早いだろう。
「うむっ。何としても世界樹を護るのだ! 頼んだぞっ」
二つ返事で了承した俺に気を良くしたのか、兵士長は満足そうに大きく頷き俺の肩を″ポン″と叩くと兵士達を連れて早足で去っていった。
「世界樹だって!? ルイーダっ魔王軍の狙いは世界樹なのか?」
「そうさ…執拗に焼こうとしてくるってさ。アンタならこの意味が解るんじゃないか?」
珍しく冴えない表情のルイーダが教えてくれた。
にわかに信じがたいが世界樹の根がこの国を支えている。
つまり世界樹が無くなればアルキードは沈没し、世界樹の防衛は国土の防衛そのものと言える。
ココを突いてくるか……流石は大魔王といったところだな。
バランを世界樹に釘付けにする……そんな狙いがみてとれる。
「厄介だな……頼んでいた品はどうなっている?」
甲羅を外した俺は、ルイーダから魔法の聖水と幾つかの回復アイテムを受け取って甲羅の内側に収納していった。
まぞっほ達にも魔法の聖水を何本か預け、可能な限りの回復アイテムをリュックに詰め込んで準備を整えると、まぞっほのルーラで世界樹へ向かうのだった。
◇◇◇
「ちょっと!? こんなのどうしろって言うのよっ」
「コイツは不味いぜっ」
「ふむぅ……勝てる気がせんわい」
強気に魔王退治を考えていた3人だったが、世界樹に到着するなり揃って弱気な発言を繰り出している。
その理由は一目瞭然。
″戦いは数だよ″
そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
辺り一面、見渡す限りモンスターの群れ。
世界樹の麓の村は既に炎に包まれ修羅場と化している。
跳び跳ねる炎″フレイム″と呼ばれるモンスターの仕業に違いない。
だとすれば敵は氷炎魔団とフレイザードか?
いや、それだけじゃない″さまようよろい″も大量に徘徊しているし魔影軍団も送り込まれているとみるべきか。
「くそっ、なんて数だっ……雑魚でもこれだけ揃えりゃバラン一人じゃどうにもならねぇってか? だが、やるぞ! 世界樹は死守する!!」
敵の狙いが世界樹ならば逃げる訳にはいかない。
早くも正念場を向かえた俺は、呆然とするずるぼん達に発破をかけて、戦闘へと身を投じていくのだった。