「遅かったな? ドラゴンはどうした?」
変わり果てた目の前の光景に″これは?″と戸惑うアポロ達に声をかける。
地の穴の入口からぞろぞろ出てきたアポロ達は、所々焦げて肩を借りて歩く者もいるが、総勢12名とゴメが太陽の下に無事に姿を現した。
「姫様はどうしたの!?」
最大の異常に最も早く気付いたマリンが、大地にぽっかり開いた穴の向こうで険しい顔して問うてくる。
「穴に落ちた……」
「…っ!? あなたねぇ!!」
「止せっ、マリン!
……何が有ったのか説明を求める」
アポロが腕を上げてマリンを制止する。
俺はほぼ正面に″地の穴″の入口が見えるポジションに腰を下ろしており、背後には崖、手前に直径5メートル程のダイが落ちた穴があり、その向こう目算で50メートル程の所に入口があり、遮る物は穴の他には何もない。
逆に言えば地の穴から出たマリンと俺の間には障害物となる″穴″が有り、コレがなければアポロが止める間も無く詰め寄られていただろう。
「魔のサソリが現れてイオラをぶっ放したら穴が開いた。ま、不可抗力ってヤツだな」
誤魔化してもダイと姫さんが戻れば簡単にバレる話である。しかし、落雷が落ちない現状では時間を稼ぐ必要があり、こちらから真実を語る事は無い。
座ったままでお手上げのポーズをとった俺は、マリンの怒りを掻き立てる様″しれっ″と言ってやる。
「不可抗力ですって!? 悪びれもせずよくもそんな風に言えるわね!」
「止せっ! ……ダイ君は何処に?」
目論見通り怒るマリンとは対照的に、アポロは冷静にダイの安否を確認してくる。
「姫さんと一緒に地の底だ。今頃姫さん背負って出口を探してんだろ。ダイは意識があったからな」
「どうしてそんな真似をさせたのよ! あなたが降りれば良いじゃない!」
「あん? なんで俺のせいになってんだよ? 魔法力の尽きた俺に穴ん中飛び込めってのか?」
「そうよっ……あなたを…信じたのに」
力無く告げたマリンは俯き顔を背けた。
「はぁ? 人のせいにしてんじゃねーよ。これは偽勇者なんかを試そうとした姫さんの思い上がりが招いた結果だ」
「なんですって!?」
「貴様! 姫様を愚弄する気か!!」
「アポロ様! 王家を侮辱するこの様な輩は捨て置けません!」
マリンの叫びに合わせて何名かの神官も槍を握り締め、殺気立っている。
やはり、王家を侮辱するのが効果的だな。
「静まれっ! でろりん……姫様が穴に落ちられたのは間違いないのだな?」
「あぁ。ついでに毒を喰らってるのも間違いねーよ」
「そうか……キミの処遇については後回しにしよう。出来ればそのまま妙な真似をせず、そこでじっとしていてくれないか?」
「はいはい。俺はここから動かねーよ。何だったら腰の剣も手放してやるぞ?」
おどける口調で言った俺の提案を聞き流したアポロは、憤るマリンと神官達を宥め次々と指示を出していく。
慌ただしく動き始めた神官達は、木箱からロープを取り出し片側を穴の中に垂らすと、もう片側を木の幹にしっかりと結んだ。
漏れ聞こえる会話から、6人の神官が地の底へ降りて三組に別れ姫さんを探そうとしているようだ。
どうする?
ダイが落ちてから、かれこれ30分近くになるが未だに落雷は起こらない。
ダイは人ひとり背負って迷いながら進んでいる。
そんなダイに追い付くのは、そう時間の掛かる事ではない……神官達を邪魔すべきか?
腰を浮かし立ち上がろうとしたその時、晴れ渡った空に雷雲が広がり、大地に向かって閃光が走る。
″ドぉーん!!″
一瞬遅れてけたたましい音が届き、小刻みな振動も襲い来る。
「何事だ!?」
「今の光はなんだ!?」
「この島どうなっている!?」
腰を落として座り直した俺は、神官達があわてふためくのを黙って眺める。
ダイは″目隠しをしてもデルムリン島を一周出来る″と豪語する男だ。
そんなダイならば此処まで一直線にやって来るのは想像に難くなく、ごちゃごちゃ言ってないで神官達には早く地の底に行ってほしいもんだ。
例え神官がどれだけ居ようと遅れを取るつもりはないが、安全確実に暴れるならば少ないに越したことはないのである。
俺の勝手な想いが通じたのか、ざわざわしていた神官達がある程度の落ち着きを取り戻すと、ロープを伝って地の底へと降りていった。
これで残りはアポロとマリンに4人の神官。
あとはダイの登場を待って、喧嘩を売るタイミングを見計らっていれば良い。
両膝に両肘を乗せた前傾姿勢で手を握り合わせた俺は、静かにその時が来るのを待った。
◇◇
「おーーいっ!」
「みんなっ無事!?」
森の中から元気なダイと姫さんの声が聞こえる。
神官達は″姫様!?″と喜色を浮かべてどよめき、マリンはジト目で俺を睨み、アポロは腕を組んで瞳を閉ざし何事か考えている様だ。
間もなく″ガサガサ″と枝葉を掻き分けて、ダイとレオナ姫が現れた。
姫さんは自分の足でしっかりと立っており、ダイは浮かない表情をしている。
「あら? 逃げなかったのね?」
広場に着くなりキョロキョロして俺を見付けた姫さんは、穏やかな口調で話し掛けてくるも、その表情は真剣そのものである。
「逃げる必要がない」
「そう……大人しく捕まってくれるのかしら?」
捕まえる……つまり俺は犯罪者。
当然の認識だろう。
しかし、気落ちする事はなく、むしろ好都合だ。
このままふてぶしく挑発を続け戦闘に持ち込む事が出来れば、ダイの紋章を発現させられそうだ。
ダイの表情からも姫さんから事情を聞いたと見るべきで、俺が姫さん殺害の意思を見せれば、必死に止めようとするだろう。
ん?
これだと俺がバロンの代わりか?
自らの行いが元凶とはいえ因果なもんだな…。
「何が可笑しいのかしら?」
無意識に自嘲した笑みが浮かんだようだ。
「いや…王族ってのはつくづく自分本位だと思ってな。 自分が殺される理由に心当たりが無い…ってか?」
「無いわね。良かったら教えてくれないかしら? 変人さん」
「アンタが死ねば跡継ぎの無いパプニカはお家断絶。パプニカに暮らす人々は、ムカつく王家の支配から解放されてメデタシメデタシって寸法だ。簡単な話だろ?」
「そんなのおかしいっ! どうしてそんな事でレオナ姫を殺そうとするんだよ!」
「ダイ……知ってるか? 王家ってのは勝手なんだ。……権力と言う名の絶対的な力でこの世を支配している。俺は……王家の支配を打破する為に腕を磨いてきた」
「そんな事ないわっ。パプニカ王家は民の声に耳を傾け、民の為に日々を捧げているのよ!」
「はんっ。だったら姫様が誰よりも豪華な暮らしをする理由はなんだ? たかが小娘1人の洗礼に神官ぞろぞろ引き連れやがって……何様のつもりだ?」
「姫様は王女様だ。国の要である姫様の安全を護るのは国として当然だ」
「ふんっ。お前とは根本的な考え方が違うんだよ。俺は要としての王族が必要無いと言っている。王家なんざ無くたって国は纏まるっつーの」
「興味深い事を言うじゃない? 王家を廃してどうするのか是非とも聞きたいわね? 変人さんが王家にとって変わるのかしら?」
「知るかよっ。残った人間が知恵を出し合って国を運営していくんじゃね? どうだ、アポロ? お前ならパプニカを導いて行けるんじゃねーか?」
「話にならないな。そんな短絡的な考えで行動を起こしたのなら、失望を禁じ得ないな……キミにはもっと崇高な考えがあると思っていたよ」
「言ってくれる……マリンはどうだ? 姫さんより強いお前が国の頂点に立つのが当然だと思わねーか? 所詮この世は力が全てだ!」
「でろりん……がっかりさせないでよ。今なら、姫様も許して下さるわ。私も一緒に謝ってあげるから馬鹿な考えは止めなさい」
「あん? 何が馬鹿だ。どいつこいつも王家の犬かよ……くだらねぇ」
「くだらないのはあなたよ、でろりん。もう少し考えがあるかと思い黙って聞いていましたが、力が全て等という考えを認める訳にはいかないわ」
「力を握って離さない一族が何を言ってんだか……力が全て! コレを否定したいならこの場で俺を止めてみろ!」
俺が軽くジャンプして穴を飛び越えると、アポロ達は素早く姫さんを護る陣形を取った。
4人の神官が最前列で槍を構え、アポロが二列目に控え、手を繋いだダイと姫さんは、三列目で何時でも″地の穴″へと逃げれるように構えている。
地の穴に身を入れたマリンは最後尾で背後にも備えている様だ。
いつぞやと違いしっかり戦闘開始と認識されているようだ。
「この狼藉者がっ」
「アポロ様! ここは我らが!」
最前列で横一列に並んだ神官の内の二人が槍を振り上げて迫り来る。
突いてこその槍だと思うが、武器を生業としない神官ならばこんなもんか?
迫る二人の攻撃に合わせて一歩踏み込んだ俺は、神官の手首を素早く掴むと背後の崖にぶん投げる。
「こんな程度か? イオ!」
左右の手に産み出したイオを崩れ落ちた神官の腹に放って意識を奪う。
まずは2人。
「何? 今の?」
「人が飛んだぁ!?」
「突進力が巧みに利用されている!? これは迂闊に近寄れないぞ」
ダイが驚きアポロは冷静に分析している。
あの野郎…。
見ただけで空間を制する牙殺法の技を理解するのか? 実は剣を握らせても強いんじゃねーか?
「ならば、ここは我らが!」
「いくぞ! メラミ!」
残り2人となっと神官が同時にメラミを唱える。
俺は左の籠手から三本爪を出現させると、迫る二つの火球を切り裂いた。
「ばっ、馬鹿な!?」
「仕込み爪だと!?」
「爪を高速で振るう事によって真空を生み出し、魔法を切り裂いている!? あれは、まるで……」
海波斬、とでも言いたげだが、何故アポロが知っているんだ?
まぁ、良い。
先に棒立ちの神官を片付けよう。
「伸びろ! ブラックロッド!」
爪を仕舞いブラックロッドを両手でしっかり握った俺は、魔法力を籠めて物干し竿を越える長さに伸ばすと、片足上げてバックスイングの体制に入る。
「いかん!? アレはオチアイ流シュイダシャ剣だ! 伏せろ!」
アポロが御丁寧に技名を上げて警戒を促すも、神官達は訳が解らず困った顔で棒立ちだ。
てか、覚えてんじゃねーよ。
内心で悪態を付いた俺は、ブラックロッドを遠慮無く振り切りって、二人纏めて左の森へとブッ飛ばした。
「さて、と……残すはお前達だけだな……ダイ、お前は関係無い。ブラスじぃちゃんとこに戻ってな」
「……イヤだ! どうして…どうして、こんな酷いことするのさ!」
ダイは首をブンブン振っては叫んでいる。
ダイを混乱させない為にも、しっかり敵であると語り聞かせる必要がありそうだ。
「そう、だな…………昔々あるところに、勇者を目指す少年がおりました」
「変人さんの事かしら?」
姫さんの突っ込みを黙殺した俺は、淡々と考えながら語っていく。
「ある日の事、少年は王女様を救おうと燃える火炎の前に飛び出しました……少年は熱さに負けずなんとか王女様を救う事に成功しました……王様は喜び褒美をとらすと言いました。少年は剣が欲しいと告げました。するとどうでしょう? 王様だけでなく配下の者まで″強欲だ″と嘲り、罵るではありませんか……」
「え…? どうして? でろりんは王女様を助けたんだろ?」
要求した剣が伝説的な名剣だったからだな。
まぁ、詳しく語ると粗が出るのでダイの突っ込みも適当に流そう。
「奴等は人を見下してんのさ……少年は思いました……王様は助けられて当然と考えている…自分の必死な想いは王様にとって当たり前であり、称賛されるモノでは無かったのだ、と…」
「それは…違うわっ」
マリンが叫ぶ。
違うも何も、元々でっち上げで議論に値するような話ではない。
黙ってろ……そんな想いでマリンに視線をおくり、話を続ける。
「違わねーよ……少年は考えました……我知らず、驕り高ぶる王族こそが悪であり、王家の支配が魔族の侵攻を招いているのではないか、と……少年は決めました……世界の破壊を防ぐ為、先ず滅ぼすべきは驕れる人間、王族である、と…」
芝居がかった口調で淡々と語り終えた俺は、聞き入っていた4人の顔をゆっくりと確認していく。
4人は予想以上に神妙な顔付きで″しんみり″とした空気が漂っている。
やり過ぎたか?
だが、王女を襲うなりの理由がないと不自然だ。
慣れない演技をしたせいか頬を流れた汗を無造作に拭った俺は、4人の反応を待つのだった。
アルキード王はバランを上げる為に、でろりんを下げている割とどうでも良い裏事情。
次回、
「でろりん無双」
と
「大魔道士と偽りの勇者」
二話同時にアップ予定。
3月8日迄にはなんとか仕上げたいです。