「漸く二人きりになったわね…さぁ変人さん、あなたは何を企んでいるのかしら?」
「…何故そう思う?」
偶然を装いダイの紋章を発現させるダケの予定であったが、幻滅を望む今の俺に隠す気は毛頭なく、今後の参考の為にもバレた理由を聞いておくとしよう。
「あら? 言い訳しないのね?」
ゆっくりと近付いて来た姫さんが俺の正面で立ち止まる。その距離、僅かに数メートル。
「どのみちバレる話だ……で? 何故判った?」
「本気で言ってるの?
名声を得ようとしながら獣王を見逃がし、強欲にお金を稼いだかと思えば惜しげもなく寄付を行い、勇者になろうとしているのかと思えば子供を勇者と推薦する…パッと思い付くだけでもこれだけ矛盾を抱えているのがあなたじゃない」
「それで? 矛盾が有るから企んでるってのは些か強引じゃねーか?」
矛盾があるのはずるぼんやまぞっほにも見抜かれているし、俺が聞きたいのはそんな事じゃなく、もっと具体的な話だ。
「そうねぇ。証拠もなかったし、ホントは見逃すつもりだったわ…害が無さそうに見えたのも見逃そうと考えた一因ね。でも、こうもあからさまだとそうもいかないのよね」
姫さんは″やれやれ″といった感じで″ヤるならもっと上手にやりなさい″と言いたげだ。
うーん…?
隠してるつもりだったがバレバレなのか?
「だからっ…何がっ!?」
小バカにされた風に感じた俺は、思わず声を荒げてしまう。
「自分では気付かないのかしら? キャタピラーが現れた時に何をしたのか覚えてるわよね? ″無駄に殺める必要無い″……こう言ってキャタピラーを…いえ、ダイ君の友達を護ったあなたがドラゴンに驚かず、何もしないのは何故かしら? 放っておけば死人が出るし、ダイ君だって危険な目に合うわ」
姫さんは強い光を宿した瞳で俺をじっと見詰め、静かに力強く考えを述べている。
なるほど……器が違うとでも言うのだろうか? この姫さんは既に王者として物事の真贋を見抜く眼を備えているようだ。
「……続けな」
壁にもたれ腕を組んだ俺は、内心で白旗を上げると瞼を閉ざして小さく先を促した。
「あなたはドラゴンが居るのを知っていて、尚且つ死人が出ても無駄じゃないと考えているのよ。そして、それはダイ君の為ね? 仕草を見ていれば分かりました…あなたはとても彼の事を大切に思っているわ。そんな彼がドラゴンに近付くのを止めようともしなかった。つまり、ダイ君に試練を与える為にあなたがドラゴンを用意した……違いますか?」
大したもんだ。
僅かな情報からこうも正確に答えを導き出せるモノなのか?
これが本物の洞察力なんだろう。俺の原作知識によるカンニング的洞察力とは根本的に違う様だ。
本来なら俺が太刀打ち出来る相手じゃない……だが、俺には絶対的なアドバンテージ、原作知識がある。
これを駆使してやってみるさ。
「ご名答……流石″正義の使徒″は違うな」
「正義の…使徒?」
姫さんは俺が発した聞き覚えがないであろう言葉に疑問符を浮かべて繰り返し呟いた。
「気にすんな…こっちの話だ。それであんたはダイの事をどう見る?」
「…? 解らない人ねぇ? 否定もせずに質問するの? あなたの謀略は王女様を危険に晒しているのよ? これがどういう事を意味するか判ってるの?」
「言ったろ? どのみちバレるってな」
原作において親の仇ですらも赦した姫さんだ。
一時期的に罪人と成っても、魔王軍の侵攻で活躍すれば恩赦が与えられる確信めいたモノが俺にはある。
「王女様にバレたら不味いと思わないのかって聞いてるのっ! 全っく…これだから変人さんは……マリンが苦労するのも頷けるわ」
「マリンは関係ないだろ? とにかく早く答えてくれ。あまり時間をかけたくないんだ」
「はぁ……答えてあげるけど私の質問にも答えて欲しいものね? ちょっと背は低いけどそれなりに才能有りそうだし、将来の有望株ね……これで満足かしら?」
「十分だ……デルパっ!」
懐から″魔法の筒″を取り出した俺は、姫さんの背後に向けるとキーとなるワードを唱え、筒の中で保管していたモンスターを放出する。
″ぼん″と音を上げ煙と共に尻尾をこちらに向けた″魔のサソリ″が出現する。
「何なの? このモンスター!?」
振り返り背後に出現した大きなサソリを確認した姫さんは、俺の至近距離まで詰め寄ると人差し指を立てて抗議してくる。
「ダイに試練を与える……あんたを無駄に殺す気は無い。黙ってぐったりしてくれれば有難いんだが……頼めるか?」
ダメで元々、抑揚を抑えた声で姫さんに協力を依頼してみる。
「何言ってるの!? やっぱりドラゴンもあなたの仕業ねっ! こんな事をして死人が出たらどうするつもりっ? 大体ねぇ、こんな方法で強くなれたとしてあの子が喜ぶとでも思ってるの!?」
自分の試練の為に他人を危険な目に合わせる。
ダイならこんな事を望む訳もなく、姫さんがそれを確信しているならば、二人の仲は先程のやり取りで幾分か進展したのだろう。
原作通りレオナ姫がダイの護るべき人になるならば、俺はヒールに徹するダケだな。
「別にダイを喜ばせるつもりも無駄に死人を出す予定も無い。それに、万一死人が出てもザオラルを使って生き返らせれば良い」
「あなたザオラルが使えるの!?」
「言ったろ? 俺はデロリンスリーだってな……3の勇者だからザオラルが使えるって相場は決まってんだよ」
「スリー? 相場? 一体何の事かしら? いえ、それよりも″死んでも生き返らせれば良い″だなんて危険な考え方を認める訳にはいきません! あなた、人の命を何だと思っているの!!」
おかしい。
″死んで生き返らせる″は元・神も選択した完璧な手段なハズなのに姫さんは完全にキレており、今にも殴られそうだ。
姫の協力が得られたらコトはスンナリ運ぶのに、思惑通りにいかないらしい。
魔のサソリが尻尾を振り上げ姫さんの背後からにじり寄ってきている。
もうゆっくり説得している時間はない。
後で取り繕えるように尤もらしい事を述べて、計画を実行に移すとしよう。
「命は……人の数だけ存在する最も尊いモノだな」
「えっ…!? そ、それが解っているなら何故!?」
俺の答えに姫さんは″キョトン″としている。
漸く一矢報えたらしい。
「従って、俺にとって最も尊いモノは俺の命だ。だから俺は俺の為に…」
″パシィーン!!″
持論を言い終える前に力一杯頬をブたれた俺は、正面を向き直し姫さんを″キっ″と睨み付ける。
「あなた…最低ねっ」
「ふんっ…何とでも言いな……あんたが何を言おうがどれだけ偉かろうが、力が足りなきゃ俺は止められねぇよ。死にたくなきゃ黙ってじっとしてるんだなっ!」
太ももの側面から短剣を引き抜いた俺は、姫さんの剥き出しの二の腕を切り付ける。
「きゃっ……私にこんな事してただで済むと思ってるの……ホイミ!」
二の腕を押さえて二三歩後退った姫さんは、すかさずホイミを唱えた。
短剣には軽めの毒を仕込んでいたが、姫さんがキアリーを使えるなら俺の苦労は水の泡だ。
「思ってねぇさ…裁きなら一年後に受けてやる。だから今は黙ってじっとしてくれないか? 俺にアンタを殺す気はないんだ」
「こんな事をしておいて信じられる……うっ」
案の定、俺の言葉に耳を貸さず非難の声を上げた姫さんの鳩尾にボディブローをめり込ませ意識を奪う。
ぐったりする姫さんをお姫様抱っこで抱えあげると、いよいよ襲ってきた魔のサソリの攻撃に気を配る。
巨大なハサミを振り回し迫りくる魔のサソリの攻撃を後退って避けながら″地の穴″の入り口に近付いていく。
「ダイーっ!! 戻って来いっ!!」
俺は入口から内部に向かって叫ぶと、姫さんを抱き抱えたまま魔のサソリが繰り出すハサミと尻尾の攻撃をやり過ごす。
大振りで単調な攻撃に当たる気は全くしないが、こんな事ならダイが現れる直前に″デルパ″を唱えれば良かった。
「どうしたの!?」
間も無く息を切らせたダイとゴメが戻って来た。
パッと見たところ怪我もなく、他に戻って来た人も居ない様だ。
「魔のサソリが現れやがった! この島どうなってんだ!? ヒャド!」
地を這うヒャドを唱えて魔のサソリの脚の一本を大地に張り付けた俺は、ダイを責める様な口調で偽りの状況を説明する。
自分で用意しておいて、我ながらよくやる。
「俺にも判らないよ! レオナ姫はどうしたの!?」
ダイは俺の腕の中でぐったりする姫さんの異変に気付いた様だ。
「腕に毒を受けた。傷はホイミで癒したが俺はキアリーを使えねぇ…お前はどうだ?」
「ごめんっオレも使えないよ! 魔のサソリの毒は毒消し草じゃ消えないってじいちゃんが言ってた。このままじゃ姫が死んじゃうっ…」
姫の赤く腫れ上がる二の腕を確認したダイは、目尻を下げた困り顔で″ピィピィ″鳴いて飛び回るゴメに解説しているが、少しマズイ。
こんな事で″神の涙″が発動すれば全俺が泣く。
「そうか……とりあえずダイは姫さんを頼む。ゴメは神官を呼んできてくれ。俺はあのサソリを片付ける」
ダイに姫さんを押し付けゴメが地の穴に飛んで行くのを見届けた俺は、腰の剣を抜いて魔のサソリと対峙する。
「オレも手伝うよ!」
「必要ない! お前は姫さんを護ってろ」
このサソリと慕われるでろりんの役割はもう終わりだ。
しかし、考えてみれば何もかも酷い話だな…このサソリだって俺に拐われなければ″龍のねぐら″で天寿を全う出来ただろうに…。
いや、考えるな。
今の俺にはこうすることしか思い付かない。
大事なのは本来なら成人を迎えるまで現れない紋章の発現であり、俺の迷いは二の次だ
「はぁぁぁ!!」
俺は迷いを振り払う様に雄叫び上げて魔のサソリに突進する。
サソリは″ブンっ″と右のハサミを振り上げ応戦しようとするも……遅い!
サソリの眼前に飛び込んだ俺は、振り上げられたハサミを下段から切り上げ付け根から切断すると、身体を反転させて左のハサミも切り落とす。
「危ないっ!」
ダイの危険を告げる声を聞くまでもない。
振り下ろされる尻尾をバックステップで避けると、地面に突き刺さった尻尾を横凪ぎに切り払う。
「これで終わりだ…」
サソリの攻撃手段を奪った俺は、トベルーラを使い垂直に上昇しながらイオラとなる光球を左手に産み出し、サソリとダイの位置をしっかりと確認する。
この″地の穴″の入り口前に広がる空間の下には空洞がある……イオラを放てば原作通りに崩落を起こしダイはサソリ諸とも地の底だ。
しかし、無事に落下できる保証もなく一抹の不安はある。
だがヤるしかない。
「……イオラっ」
真下に向かってイオラを放つ。
ダイとサソリの間に着弾したイオラが″ドォーン″と爆音あげて炸裂すると大地にひび割れが走り瞬く間に崩れていく。
「うぁぁぁ!?」
叫びを上げたダイがサソリと共に地の底へと落ちていく。
思ったより広範囲に穴が空いたが大丈夫か?
「ダイ! 無事かっ!?」
穴の淵に着地した俺は、崩れない様に気を付け下に向かって大声で叫んだ。
「うんっ! 姫様も生きてるよ!」
直ぐにダイから最良の返事が聞こえ″ホッと″胸を撫で下ろす。
「すまん! 俺はもう魔法力が無い! なんとか自力で脱出してくれ! 早くしないと姫さんがもたねぇ!!」
下手に動き回るより、俺や神官の助けを待つ方が賢明なのは明らかだ。
ダイがコレに気付く前に不安を煽り、自力脱出へと誘導する。
「わかった、やってみるよ!」
疑う事なく歩き始めたダイの足音が、地の底で遠ざかっていったのを確認した俺は、壁際の岩に腰を下ろし天を仰いだ。
「ふぅ……コレで良い」
あとはライデインが落ちるのを待つダケだ。
ここまでくれば目覚めた姫さんが何を言っても関係無い。
アポロやダイと争う事は覚悟の上での行動だ。
こうして、ライデインが落ちるのを待つ俺は、喧嘩を吹っ掛ける尤もらしい理屈を探して頭を捻るのであった。
原作沿いを演出すれば、死にかねないのが大問題ですね。