明けて翌日・・・は熱にうなされ何も考えることが出来なかった。
更にその翌日、記憶を思い出してから二日目の事。
俺はベッドに寝そべり見慣れた天井を見上げ、思い出した記憶を整理しながらコレからの事を考える。
思い出した記憶、″ダイの大冒険″は上手く纏まった物語の様に思う。
もし俺が″でろりん″で無かったなら何一つ原作に関わろうとしないだろう。
別に死地に飛び込むのが恐いんじゃない。
ダイ一行は大魔王を倒せるといえど、彼等の闘いは紙一重の連続だ。余計な手出しをすると紙一重の結果が変わり兼ねないのが恐いんだ。結果が変わればソレは即地上の消滅に繋がる。
安全確実に出来る手助けは、ラストの″キルバーン″処理の肩替わり位のもんだろう。
何もしなければ原作通りに少なくない数の人が死ぬかもしれないが、それでも大局的に観て原作介入はしないのがベターであると言い切れる。
いくら未来の記憶があったとて、神ならざる人の身で神よりも強い大魔王に立ち向かうのは悪影響しかない。
しかし、俺は″でろりん″だ。
原作介入以前に原作登場人物の一人。それも非常に重要なポジションだ。
読者として読んだ時は気付かなかったが、今日1日深くでろりんについて考えた結果、「でろりん無くして勇者なし」との驚愕の事実に気づいてしまった。
仮に、でろりんが何もしなければ″ゴメちゃん誘拐事件″は発生しない。
コレだけ見れば良いことかもしれないが、誘拐事件が起こらなければ、ソレを解決する事で得られるプラスの派生効果も消滅してしまう。
具体例をあげると、ダイは偽勇者一味を成敗する事によりロモス王にその存在を認識される。
そのロモス王がパプニカ王に話す事で、レオナ姫は洗礼の為にデルムリン島に向かい、ソコでダイは竜の力に目覚める。
更にはこの事件がきっかけとなり、ダイはパプニカにおいて未来の勇者と認識され、パプニカ王が勇者アバンをダイの元へと送り物語が続いてゆく。
もし、でろりんが何もしなければダイは誰に知られる事なく物語が進み、大魔王によって地上は消え去るだろう。
つまり、俺が望む望まぬに関わらず、原作に介入するしかない。
そうしなければ俺の現世における細やかなる大目標、″長生き″なんて夢の又夢になってしまう。
「はぁ〜」
此処まで考えた俺は大きくため息をつく。
コレはまだ良いんだ。
先の事だし、必要と有らば子供を虐待する外道だって演じてみせる。
そんなことより、今俺を悩ませる一番の問題はバランだ。
このまま何もせず無為に過ごせばアルキードが消滅する可能性が高い。
アルキード消滅から逃げるだけならそうは難しくない。家族を捨て今すぐ家を飛び出せば良いだけだ。
だけど・・・俺は家族を助けたい。
いや、家族ダケでなくこの村で暮らす人々も助けたいんだ。
原作への影響を最小限に抑えつつ、なんとかバランの凶行を止めることは出来ないものか?
矛盾しているのは解っている。バランの凶行を止めた時点で原作に与える影響は甚大だろう。
下手をすればダイはデルムリン島で育たないし、下手をしなくてもバランは魔王軍の傘下に入らない。
よって、ダイとバランの闘いが発生せずダイの成長フラグがポッキリ折れる。
それでも俺は、なんとかしたいんだ・・・。
ずるぼんによるとバランはまだ王宮内に居る。
作中の描写等からアルキードが消滅するのは原作開始の12年程前。原作開始は魔王ハドラーが倒れた15年程後の事。
そして今は魔王ハドラーが倒れて約2年。
つまり一年程度の猶予はある筈だし、この猶予期間を活かして何か考えないといけない。
力押しでいくなら、バランの処刑に立ち会って、庇う王女を更に庇えば事足りる。
王女が死ななきゃバランだってキレないだろう。
しかし、これは希望的観測に過ぎないし、この方法では王家に逆らう逆賊の烙印を押されかねないし、もっと安全性の高い方策を見付けておくに越したことはない。
バランの凶行を防いだ事で起こる原作改変は歴史の修正力にでも期待するしかない。
「とりあえず、どうするかな・・・」
「何が?」
「え? ネェちゃん!? 何時からそこに?」
いつの間にか床に座ったずるぼんがベッドにもたれ掛かっていた。
「お昼食べて直ぐかな」
「ネェちゃんって・・・暇なんだね」
この部屋に時計が無いため現在の正確な時間は分からないけど、窓から差し込む光は赤く染まっている。
長時間ずるぼんに気付かなかった俺も大概だが、黙って座っていたずるぼんも相当な暇人だ。
「何よ! 人が折角心配してあげてるのに!」
「ごめんなさい。でも、熱も下がったしもう大丈夫」
お姉さん振るずるぼんには素直に謝るに限る。
「嘘ばっかりね。
熱は下がったかもしれないけどアンタが悩んでるのはお見通しよ! 正直に言いなさいよっ」
あれ? なんで誤魔化せないんだ?
「なに不思議そうな顔してるのよ? あたしはコレでもアンタのオネェちゃんなのよ?
いくらアンタが賢くたって、強くたって、悩んでる事くらい判るのよ!」
「ネェちゃん・・・」
「アンタ自分で解ってないみたいだし、この際教えてあげるわ。
アンタが凄いのは色んな魔法が使えるとか、力が強いとかそんな事じゃないのよ。
何か分からないけど目的を遂げようとする、その意思が凄いのよ。普通の子供は、特に男の子なんかは何でも直ぐに飽きるものなのよ? それなのにアンタってば誰にも言われないのに修行、修行ってバッカじゃないの?」
「え? 誉めてるんじゃないんだ!?」
「あ、ごめん。アンタの馬鹿さ加減を思い出したら、つい、ね。
そんなことより、アンタの強い意思は目に現れてたのよ!
だけど今のアンタはどうかしら? 何かに悩んで、怯えて今にも泣き出しそうな何処にでもいる男の子の目をしてるわよ」
知らぬは本人ばかり也ってか。
俺が思う以上にずるぼんは、俺の事を視てくれていたようだ。
「だからっ!
旅に出なさい!!」
「・・・はい?」
俺の感動は一瞬にして掻き消えた。
「男の子は旅に出て強くなるって相場は決まってるのよ! そうだ! アンタ熱を出した日に旅に出るように神託を受けた事にしなさいよ?
丁度あたしも村を出たかったし可愛い弟の為なら一緒に行ったげるわ。
うーん? もう一人位居た方がいいし、へろへろでも連れていこっか? そうね!そうしましょ!」
マシンガンの様に自分の言いたい事を言い終え立ち上がったずるぼんは「お母さぁーん! でろりん神託受けたんだってー」 と大声を上げながら部屋を出ていった。
「・・・なんだそりゃ」
夕日の差し込む部屋に取り残された俺はこう呟くしかなかった。
てか、この世界って神託あるのか?
「・・・とりあえず、寝るか」
結局、俺はずるぼんが村を出るためのダシに使われてる様だし、ずるぼんの戯言なんか両親が聞くわけないし、疲れたし、寝よう。
◇◇◇
明けて翌朝。
「いつまで寝てるの? 早く起きて旅支度なさい!」
母親の鍋の底をガンガン叩く音で目が覚める。
「えっ?」
「でろりんったら…しっかりなさい! 今日は旅立ちの日なんでしょ? 村の人達も見送りに集まってるから早く支度なさい」
マジで?
ってか、うちの両親はあんな戯言を信じたのか?
コレは原作キャラにも言えることだけど、この世界の住人は素直ってゆーかチョロすぎないか?
内心で呆れながらもぞもぞと身支度を整えていく。
と言っても大した装備は無い。
E 木の剣
E 布の服
こんな装備で有無を言わせず旅に出されるってドラクエ3の勇者、″ロト″を彷彿させる。
そう言えばダイの大冒険のでろりんは、格好だけならロトだったな。
ロトみたいに″ギガデイン″が使えるように成れれば良いんだけど、多分無理だろなぁ。
なんて事を考えながら身支度を終えた俺は、コツコツ貯めたゴールドの入った袋をベッドの下から取り出し、部屋を出て、台所を抜け、外へと足を踏み出した。
外に出ると俺の旅立ちを見送ろうと大勢の村人が集まり、口々に激励の言葉を叫んでいた。
「でろりんー!頑張れー!」
「流石神童、期待してるぞ!」
「お前なら魔王を倒せる」
いや、無理だし。
バーン様とガチでやり合えば多分2ターンも持たないぞ。
あ、でも只の魔王、ハドラー程度ならパーティーで挑めばなんとかなるかもしれない。
俺にそう思わせる頼れるパーティーメンバー(に成長する予定)の二人、ずるぼんとへろへろも身支度を整えて待っている。
「遅いわよ! こんな日に寝坊するなんて良い度胸してるわよね」
俺に向かってビシッと指差しポーズを決めるずるぼんは、作中のずるぼんそっくりな3の僧侶衣装に身を包んでいた。
それはさておき、今日旅立つって知ったのは今日なんだけどね。
「ごめんなさい。でも、ネェちゃんその服どうしたの?」
何が″ごめんなさい″なのか自分でも分からないがお姉さん面するずるぼんには取り敢えず謝るに限る。
謝りつつ、話題を変えればノープロブレム!
「こんなこともあろうかと作っておいたのよ!」
言ってみたい台詞トップ10に入る台詞をさりげなく吐いたずるぼんは、その場で一回回ってみせた。
防御力はさておき、細部にまで拘ったその造りは匠の仕事を思わせる。
ずるぼんって裁縫職人の道を進んだ方が良くね?
「兄貴…おで、頑張るだ」
俺と同じ様な出で立ちのへろへろが拳を握り両脇を締めて決意の言葉を述べている。
「その意気よ! じゃぁ頑張ってこの荷物持って頂戴」
ずるぼんは傍らにあるパンパンに膨れ上がったリュックを指差している。
「わかっただ!」
二つ返事のへろへろが軽々とリュックを持ち上げると、その背に背負った。
へろへろよ…。お前それで良いのか?
「さぁ! 準備も終わったし行くわよ!」
「おー!!」
ずるぼんの掛け声にへろへろが気勢を上げると集まった村人達が
「がんばれー」
「負けるんじゃないよっ」
「辛かったら何時でも帰ってこい」
と拍手と共に思い思いの声を掛けてくる。
有り難いんだけど…俺の意思、反映されてなくね?
涙ぐむ母親を父親が慰めている姿もみてとれるが、止めなくて良いのか?
俺って10歳だしいくら何でも早すぎね?
いや、まぁ旅立つ予定は合ったから別に良いんだけど、強制的な旅立ち的な意味でロトっぽくっても嬉しくないぞ。
「なにボーッとしてるのよ? 早く行き先を決めなさいよ?」
あ、行き先は俺が決めるんだ? なんか厄介事担当リーダー臭がぷんぷんするぞ。
…まぁ、良いか。
「いざ、アルキード城へ」
気を取り直した俺は、ずるぼん達に並び立つと、芝居がかった口調で空に向かって叫ぶのだった。
「えぇ〜? アルキードぉ? ベンガーナかリンガイアにしない?」
嫌そうなずるぼんの声にずっこける。
ネェちゃん…。
恥を忍んでキメめたのに空気読んでくれよ。
「そんな遠いとこはダメだよ。最初は近いところに行って慣れてかないと」
「うーん? それもそうね。 だけど、絶対ベンガーナに連れてってよね?」
少し考えたずるぼんは一応納得したのか、アルキード行きを了承し、屈託の無い笑顔で未来のベンガーナ行きを迫ってくる。
まったく…人の気も知らないで呑気なもんだ。
「分かってるよ…ネェちゃんは俺が護るから」
旅路のモンスターからも、バランの凶行からも護らなければならない。
言葉にする事で、知らず知らずに顔が強張ってしまう。
「そんなの当たり前じゃない? さぁ、アルキードに向かってレッツらゴー!」
深刻な表情で決意を告げた俺の意図は伝わらなかった様で、ずるぼんは小首を傾げたものの、さも当然といった風に受け流し、出発の号令を叫び歩みだした。
それに合わせてへろへろも歩き出し、慌てた俺が追い掛ける。
こんな感じで俺の大冒険は始まったんだ。