「問答無用じゃ! くらえっぃ! メダパニ〜!」
俺は咄嗟に籠手を眼前で合わせてブラスの放ったメダパニをガードする。
「どうじゃ!」
腕を開き視界が開けたその先で、ブラスがドヤ顔をしているが俺には効いていないぞ。
「いきなり何すんだっ! って!? おわっ!」
背後から″ガツン″と衝撃を受けた俺は、前のめりに転がるも即座に体勢整え振り返る。
俺の元居た位置の直ぐ近くで、ハンマーを振り切ったへろへろが立っていた。
甲羅に当たってなければ只じゃ済んでいない。
「はぁ!? なんでへろへろが!?」
「ワシのメダパニはグループ攻撃じゃ! 貴様には効かなんだが見てみるがよい!」
事の重大性に気付いていないブラスのドヤ顔に従い、まぞっほとずるぼんの様子を伺うも、2人揃って虚ろな表情をしている。
「あほかぁーっ!!」
ブラスの元へ高速で駆け寄った俺は、罵声と共にゲンコツを落とした。
グループにメダパニを掛ける力量は確かに凄く、ドヤ顔をしたくなるのも頷けるがヤバすぎる。
「にゃ、にゃにをするっ!?」
ブラスは短い手を伸ばして頭を押さえている。
「アンタ馬鹿だろ!? あいつらが混乱して暴れだしたら俺にも止められねーからなっ!」
「なんじゃと!?」
「見てみろって!」
驚くブラスの横に並んだ俺はずるぼん達を指差していく。
「鬱陶しいねぇ…バギマっ!」
ずるぼんは髪をかき上げた右手に風を纏わせ、虚空に向かって暴風を巻き起こしている。
「大魔法使いの力を見よっ! ベギラマ〜!」
まぞっほが林に向かってベギラマを放つと、林に炎が燃え広がる。
「ふんがぁ〜!!」
へろへろはハンマーを振り上げては所構わす打ち下ろし、大地に穴を空けていく。
「なにぃ!? あれほど高度な呪文、それにあの力…!?」
「言っただろっ! 俺達は勇者パーティーだって! 伊達や酔狂で名乗ってるんじゃねーよ」
原作に比べて強くなってるのは俺だけじゃない。
幻覚相手に闘っている内はまだマシだが、アイツラの攻撃がモンスターに当たれば一発アウトだ。
「じゃ、じゃが勇者様は甲羅など…」
「アンタの知る勇者と俺は別人! なんでも良いから早くモンスターを避難させろ!」
「わ、わかったわい! 皆の者逃げるのじゃ!」
ブラスの叫びで大型のモンスターも逃げ出した!
「よしっ! 後はアイツラを正気に戻せば…」
「ガメゴンめぃ! そこに居ったか! 大魔法使いの秘呪文を見よっ」
まぞっほは虚ろな表情のままでブラックロッドを俺達に向け、その杖先に魔法の光球を創り出していく。
「ちょっ!? 亀じゃねーし! ってイオラかよっ!?」
なんだこれ?
本来ならこの島でイオラを放つのは俺のハズ。
俺がやらない代わりにイオラを放つ暴挙は、まぞっほが受け持っているのか?
「伏せるのじゃ!」
ブラスは地面に突っ伏した。
「伏せても意味ねーよっ! 盾よ! ″魔法を喰らえ″!!」
背負う甲羅の右のバンド抜いた俺は、左腕に沿って甲羅を構え、盾の表面にマホステの力を纏わせる。
これぞ甲羅の盾の秘めたる力の一つ。
魔界の魔法であるマホステを、甲羅の僅かな凹凸を利用して盾の表面に纏わせるロン・ベルクならではの対魔法防御だ。
俺のセリフと相まって、傍目には盾が魔法を喰らったように見えるだろう。
まぞっほが放ったイオラは盾に着弾すると、爆発さえ起こさず音も立てずに霧散した。
「な、なんじゃ? その甲羅は!? 何故イオラが爆発せぬ?」
「アンタに構ってる暇はねぇよ。余計な事はせずじっとしててくれ。先にまぞっほを何とかしねぇとな…」
俺は腰の裏からブラックロッドを抜き出すと、魔法力を籠め始める。
遠距離から脳天をぶん殴れば正気に戻るハズだ。
その時…!
『勇者様〜!! 連れてきたよぉー!!』
何も知らないダイの元気な声が聞こえてきた。
「ダイぃっ!! 来るでない!」
悲痛な叫びを上げるブラス。
悪気は無いにしても、やってくれる。
んな声出したら来るに決まってるじゃねーか! むしろ来なけりゃガッカリするっつーの。
とりあえず、ダイが来るまでに片付けねぇと…。
「伸びろ! ブラックロッド!」
遮二無二魔法力を籠めてロッドを伸ばした俺は、″ガン、ガン、ガン″とずるぼん達の脳天を叩き、気絶させていく。
手加減出来なかったが、こんな程度で死ぬ程柔じゃない。
なんとかなったか…と安心したのも束の間、ゴールデンメタルスライムを大事そうに両手で抱え、息を切らせて戻って来たダイと目が合った。
「どうして…!? 勇者様が…?」
放心して呟くダイは、ゴールデンメタルスライムを手放した。
「落ち着けっ。コレは誤解が招いた事故だ!」
数百のモンスターは一匹残らず居なくなり、林は火に包まれ、大地に穴が空き、勇者パーティーはタンコブ作って地に伏している。
おまけにダイは殴る瞬間を目撃している訳で、俺が誤解と叫んでも虚しい言い訳にしか聴こえまい。
…だとしても言うしかない。
「みんなを…俺の友達を何処にやったんだ!!」
ダイは両の拳を握り締め″ワナワナ″と震えている。
「止すんじゃダイっ! お前ではこの男に勝てん! この場を離れるんじゃ!」
止めてくれるのは有難いが、その言い方じゃ更なる誤解を招くっつーの。
もしや、わざとやってんじゃないだろな?
「うるさい爺さんだ…アンタ、もう黙れよ…」
俺は額に手を当て天を仰いだ。
「じいちゃんから離れろー!」
前傾姿勢のダイが突っ込んで来た。
やっぱ、こうなるか…。
「…よっと」
俺はトベルーラで舞い上がり、ダイの突進をひらりと避けた。
「と、翔んだぁ〜?」
勢い余って地面に激突したダイであったが、俺の動きを見ていたのか、直ぐ様″ガバッ″と起き上がり、あんぐり口を開いて俺を見上げている。
「″トベルーラ″じゃと? 先程の盾といい、お主何者なんじゃ? まさか、本当に勇者なのか?」
「何言ってるんだよっじぃちゃん! アイツは仲間を後ろから殴ってたんだぜ。仲間を襲うなんて…そんなの勇者のする事じゃない!」
仲間を襲うのは、勇者以前に人として間違ってる。
とりあえず、ダイが冷静に成るまで空中に避難するとして、まぞっほが放火した林をササッと消火しておこう。
「ガキの癖に良いこと言うじゃないか? そうだ、俺は勇者じゃない…消防士だ! ヒャダイン!!」
両手を前に突きだし燃える林に向かって氷結呪文を唱える。
「なんとっ!? ヒャダインまで!?」
「すっげぇ…でも、どうしてアイツが火を消すんだよ?」
ダイは腕を組んで小首を傾げて考え始めた。
「そ、それには訳が有ってのぅ…」
ブラスは深いシワを更に深めた困り顔で″ポツポツ″と事情を語り始める。
そんな2人のやり取りを宙で胡座をかいて見ていると″ぴぃぴぃ″鳴きながらゴールデンメタルスライムがやって来た。
徐に手を伸ばすと、意外な事に手のひらの上に乗ってきた。
世界に一匹しかいないと言われる幻の珍獣、ゴールデンメタルスライム…ダイの友達にしてその正体は、意思を持ったチートアイテム″神の涙″である。
純心な者の純粋な願いを叶え、その度に体積を減らしていくとか…。
原作において様々な奇跡を起こしていたが、どんな原理かサッパリ解らない。
そもそも、何を以て純心として、何を以て純粋とするのか基準が解らない。まぁ、それを判断する為に意思が持たされているのだろうが、恐らく俺には使えない。
だが、こうして手にした以上、どうしても試してみないといけない事がある。
俺はゴールデンメタルスライムを乗せた手をゆっくり引き寄せ、ダイ達に聞こえない様に小さく呟いた。
「大魔王を、この世から、消し去って下さい」
・・
・・・
しかし、何も起こらない!
「ぴぃ〜?」
唯一の変化はゴールデンメタルスライムが困った顔で困った鳴き声を上げたくらいか…。
「やっぱ、よく判らねーな…」
俺が純心じゃなかったのか?
願いが純粋じゃなかったのか?
元々、大魔王には効かないのか?
それとも距離が有りすぎたのか?
考えられる原因は様々で何が悪いのかも解らない。
ただ一つハッキリしているのは、願いが叶っていないって事ダケだ。
″ぷにぷに″引っ張ってみてもゴールデンメタルスライムの体積に変化があったと思えない。
「まぁ、お前は保険みたいなモンだ…ダイが、ダイの仲間達が窮地の時は頼むぜ…お前の力で救ってやれ」
「ピィっ!」
俺の言葉を理解したのか、ゴメは羽根を使って器用に敬礼している。
一瞬光った気がしたのは気のせいか…?
「おい、今のなんだ? 叶ったのか? じゃぁついでに、俺のメラゾーマをカイザーフェニックスにしてくれよっ…魔法力十倍でも良いぞ…ってコラ! 逃げんな!」
こうして俺は、ブラスが言い訳する頭上でゴールデンメタルスライムと追いかけっこをするのだった。
◇◇
「何やってんだよ〜。それじゃ全部じいちゃんの早とちりじゃないかぁ」
「面目無い…じゃがあの様な甲羅を背負う勇者等聞いたことも無いわ!」
「誤解は解けた様だな?
今更だが俺はでろりん、あっちで寝てる僧侶はずるぼん、魔法使いがまぞっほ、戦士はへろへろだ。俺はそのパーティーのリーダーであって勇者じゃない」
俺は頃合いを見計らってダイの隣に着地して自己紹介をしておく。
ちゃっかり俺の頭に着地したゴメの野郎はいつかしっかり問い質すとしよう。
「うん。ごめんよ…疑って体当たりしちゃった…よろしくでろりんさん、オレはダイ、勇者を目指してます」
ダイはバツが悪そうに左手で頭を掻いて、右手で握手を求めてくる。
「気にすんな…あの状況じゃ誰だってそう思う。それと俺達に″さん″は要らない…まぁ、用事も済んだしアイツラが目覚めたら帰るし呼ぶこともないか」
「え〜!? 帰っちゃうの?」
「これっ! でろりん殿を困らせるでない…じゃがお主は結局の所、何の目的でこの島に来たのじゃ?」
「捜し物が有ってな…まぁ、もう良いんだ」
俺の頭に乗っていたゴメをふん掴まえてダイに返してやる。
「ちょっと待ちなさいよ! それゴールデンメタルスライムじゃないの!?」
目を覚ましたずるぼんが、ゴメを指差しながら″つかつか″こちらにやって来た。
無意識に手加減が効いていた様だ。
「コイツもダイの友達だ」
ずるぼんの剣幕にたじろぐダイにゴメを押し付ける。
「だったら何だって言うの!? それさえ持って帰ったらアンタは勇者に成れるのよ!!」
「なれねーよ…子供の友達を拐う奴は勇者なのか? ずるぼんの言う勇者はそんなもんなのか?」
「それはっ…じゃぁどうすれば良いのよ! どうやったらアンタは自分を勇者だって認めるのよっ!?」
ずるぼんは俺の両肩を掴んで揺らしてくるが、なんでここまで必死なんだ?
ロモスなら一応、勇者パーティーとして扱われているし、ずるぼんの目的は既に叶っているハズだ。
「いや、別に勇者に成りたくねーし。まぁ、手ぶらで帰るのも格好つかないか…ダイ、お前勇者に成りたいんだよな?」
「え? オレ? そうだけど、どうして?」
いきなり話を振られたダイは、自分を指差し驚いている。
「お前、ロモスの王宮に行かねーか?」
「唸れ!真空の斧!」的な格好良いセリフは思い付きませんでした。