ついにこの日がやって来た。
原作を思い出してからこの日を迎えるまで苦難の連続だった…主に世間の評判的な意味で…。
勿論自分が迂闊だったと反省すべき点は多々あるけれど、評価の仕方が良いか悪いかの二択ってどうよ?
少しでも悪いことをすれば一瞬で評価が裏返る…お陰でおちおち酒盛りも出来ないという…。
だが、それもこれも今日の日のためだ。
正直、今日が原作通りのタイミングか判らない。
判らないが、ロモス城下にデルムリン島の情報を流す様にカンダタ一味に依頼を出して、それをずるぼんが仕入れてから行動を開始する…といった小細工、出発のタイミングは俺の意志ではない。
ダイを拉致してから12年と少し…多分それほど大きな差異は無いだろう。
ずるぼんの情報を元に中型の船を購入した俺達は、2週間分の物資を積み込んで南海の孤島、デルムリン島を目指してロモスから船を出した。
操船を行うはカンダタ一味。一味には何から何まで世話になっている。
その都度しっかり報酬を払っているが、無事に大魔王を倒した暁には何か恩返しをしないといけないな。
快晴の日を選んでロモスを出立してから六時間。
ずるぼん達と甲板に並び立つ俺の背中では金の甲羅が日光を反射させキラキラと輝いている。
原作通りなら、間も無くダイが現れる。
立派に育ってくれていれば良いのだが…。
自然な感じでダイと知り合えれば、わざわざ痛め付ける必要もなく、ロモス王への紹介は俺にだって出来る。
俺のロモスにおける評判は正直微妙なモノで、ギルドメインでの失敗が尾を引き、何をやっても″裏がある″と勘繰られてしまう。
そんな俺が行う1ゴールドの得にも成らない″勇者の紹介″だからこそ信じて貰える…そう願っている。
まぁ、ロモス王の人を見抜く目は″でろりん″や″ザムザ″を例にちょっとアレな感じだが、ダイを見れば原作通り破邪の冠を授けてくれるだろう。
穏やかな天候の下、前方を見据えた俺は、腕を組んでそんな事を考えていた。
「ほっほっ。見えてきたぞい。アレがモンスターの生き残りが暮らすと言われるデルムリン島じゃ」
島の中央に聳える噴煙揚げる火山が特徴的な島、デルムリンが見えてきた。
「ひと暴れしてやるとするか。腕がなるぜっ」
へろへろは身体の正面で腕を交差させ気合いを入れている。
頼もしい限りだが、今日は暴れるんじゃない。
「ダメよへろへろ。今回の目的はゴールデンメタルスライムの確保なんだから」
俺が告げる迄もなく、ずるぼんがへろへろをたしなめる。
今回の作戦の表の発案者でもあるずるぼんは、何時になく真剣だ。
「だな…思ったよりデカイ島の様だ…下手に暴れて隠れられたら厄介だ」
遠目にも大きかったが、近付く度にその全景が見えなくなっている。
アバンはマジでこのデカい島にマホカトールを張れるのだろうか?
「ゴールデンメタルスライム…世界に一匹しかいないと言われる珍獣のぅ…お主は居ると疑っておらぬ様じゃな?」
最近のまぞっほは、俺の行動を完全に疑っている。
と言っても暴いてやろうとか、問い詰めようとかじゃなく、俺の不可解ともいえる行動を楽しんでいる節がある。
「さぁな…探してみる価値はある…それだけの事だ」
「100万の富にも匹敵するんだってな。たかが一匹のモンスターに物好きなヤツもいるもんだぜっ」
「良いじゃない? たかが盾に2000万も注ぎ込むよりよっぽどマシよ…ねぇ? でろりん」
ずるぼんはニッコリ微笑んでいる!
しかし、目は笑っていない。
「うるせー。この″盾″は特別製なんだよっ」
やり玉に上がっているこの甲羅を模した盾こそが俺の本命だ。
幸い″鎧化″が必要な強敵と遭遇する事が無かった為、ずるぼん達もこの盾の真の姿は知らない。
「特別製ねぇ…? どう見たって趣味の悪い金ピカな亀の甲羅にしか見えないわよ?」
「言うてやるな。コヤツが稼いだ金で作ったんじゃ…まぁ、良かろうて」
「並んで歩く俺達は恥ずかしいけどなっ」
え?
キンピカ好きのへろへろまでそんな風に思ってたのか?
…まぁ、1メートルを越える甲羅の盾を背負う俺は、背後から見れば亀に見えない事もない、か?…だが、性能さえ良ければ見た目なんか関係無い。
でも、メラゾーマ10発にも耐えられる性能とか、確実にオーバースペックで説明出来ない。
まぞっほ辺りは確実に「お主、何と闘うんじゃ?」と問うてくるだろう。
「悪かったなっ」
上手く言い換えせない俺は、ガキみたいに吠えてずるぼんから顔を背けた。
「アンタが変わってるなんて今更だし、許してあげるわ。それに世の中に物好きがいるお陰で、でろりんが立派な勇者と認められるのよね。たった一匹のモンスターを持ち帰れば良いなんて、楽な仕事よ」
「チゲェねぇ。これでリーダーは名実共に勇者だぜ」
「こやつは元々勇者じゃて…ちぃっとばかり要領が悪く遠回りしてきたがの…それとも、わざとかの?」
「何言ってるのよ!? わざと遠回りしてどうするのよ。兎に角、ゴールデンメタルスライムは手に入れるわ! そしたらでろりんは勇者で、私達も勇者パーティーよ! もう誰にも後ろ指なんて指させないわ」
「異議なーし!!」
円陣組んで気合いを入れていると″ザバーン″と波しぶきを上げて、マーマンが海面に顔を出した。
マーマンの背には額に木のサークレットを着けた少年がしがみついている。
「なんじゃ? マーマンではないか…ビックリさせおって」
音に釣られて海面を覗いたまぞっほは、事も無げな態度だ。
「マーマンよりそっちの子供よ! 何よその子? どっから来たのよ?」
「俺にはマーマンの背から飛び移ってきた様に見えたぜ」
へろへろの指摘通り、マーマンを踏み台にジャンプして甲板に飛び乗ったダイをずるぼんが指差している。
「やっぱり勇者様だぁ!! すっげぇや! マーマンにちっとも驚いてないやぁっ」
ダイは俯いて″ふるふる″震えたかと思うと、諸手を上げて喜び狭い甲板内で走り回っている。
「なんだ、お前は?」
「俺はダイ! デルムリン島で暮らすたった1人の人間です」
″たった1人″か…。
ちっ…。
これが原作通りだと解っていても胸が″チクリ″と痛む。
俺の心境なんか判る筈もないダイは、無邪気にピースサインを向けてくる。
元気すぎる気もするが名前も″ダイ″だし概ね原作通りに育ってくれた様だ。
「へー? 坊やあの島の子なんだ? モンスターがいっぱいで怖かったでしょ?」
優しいお姉さんを装ったずるぼんはダイの前でしゃがみ、目線を合わせて尋問を開始していく。
「そんな事ないよ! みんなオレの友だちだよ」
よしっ。
コレも原作通り。
「ほぅ? そいつは凄いのぅ…ワシらは島の調査に来たんじゃ」
「どんなモンスターが居て、どんな暮らしをしているのか調べたいのよ。良かったらお友達を紹介してくれないかしら?」
「うん! 良いよ。オレ先に行ってみんなを集めてくるよ!」
疑うことを知らないダイは、船から飛び降りて海で待つマーマンの背に捕まると″バシャバシャ″波を上げてデルムリンへと戻っていった。
「ラッキーだったな。これで余計な手間が省けるぜ」
「そうね。ビックリしたけどあの子に任せれば上手くいきそうだわ」
「でろりんや? 何故黙っておる? 口先でたぶらかすのはお主の役目じゃろうて」
「すまんな…少し考えていた…あのガキ、あんな島で1人、暮らしていたなんてな…一体、どんな思いだったのか…」
「らしくないわよ? 元気そうな子供だったじゃない? アンタが気にする事じゃ無いわよ」
「そうじゃのぅ。何故あの様な島に子供が居るのか解らんが、お主が気にする様な事ではあるまい。大方、難破した船でも流れ着いたのじゃろうて…どうしても気になるなら連れ帰ってやれば良かろうて」
「そう、だな…」
こうして俺は、ダイと出会いデルムリン島に上陸すべく船を寄せるのだった。
◇◇◇
『ピィーー!!』
島の浜辺でダイが指笛を鳴らしている。
程無く″ドドドドっ″と地響きを鳴らし、多種多様なモンスター達が集まってきた。
「ふんっ、こんなもんか」
「数こそ多いが、それだけじゃな」
「お目当て以外どうだって良いわよ。しっかり探しなさいよ?」
「これでほとんど全部だよ」
″へへん″と鼻の下をダイが擦っている。
そんなダイにずるぼんが近寄り、片膝ついて目線を合わすと話始めた。
ゴールデンメタルスライムを連れてくる交渉はずるぼんに任すとして、問題はどのタイミングでダイを連れ帰るか、だな。
とりあえずダイの育ての親、鬼面道士のブラスが現れるまで静観するか…。
「帰っちゃやだよぉー!」
話がついたのか、俺達を振り返りながら片手を上げたダイが島の奥地へと走って行った。
「どうした? 何が有ったのじゃ?」
ダイと入れ替わる様にモンスターの輪を縫って、杖を持った鬼面道士が現れた。
「鬼面道士か…お前がこの島の纏め役か?」
この鬼面道士こそ、ダイの育ての親にして唯一人語を解せる存在。
纏め役だと知っているが一応聞いておこう。
「ゆ、勇者様…!?」
俺を見た鬼面道士は一瞬固まると、顔一面に冷や汗を流し始めた。
「違う、貴様等何者じゃ!?」
はぁ?
なんでそうなる!?
俺は努めて普通の顔をしているぞ。
「失礼なモンスターね? でろりんは勇者よ!」
ピンクロッドを片手にずるぼんが″ずいっ″と鬼面道士と俺の間に割り込んでくる。
「本物の勇者様はそのような甲羅を背負っておらんわっ! 皆の者、気を付けるんじゃ! こやつら勇者を騙る偽物じゃ」
ブラスの声に合わせて、弱いモンスター達は一目散に逃げ去り、比較的強いであろうゴールドマン達、大型のモンスターは身構えている。
「おいおい、待てよ? 誰と間違えてるのか知らないが、俺達はロモス公認の勇者パーティーだぜ」
まさか甲羅の盾が仇に成るとは…こんな所で殺り合う気はない。
俺はブラスに両手を向けて伸ばし、二、三歩後退った。
「黙れぃ!! 魔法を使おうというのじゃろうが、そうはさせぬ!」
ブラスがトンカチの様な木の杖を構える。
「話を聞けって!」
「問答無用じゃ! くらえっぃ! メダパニ〜!」
俺の制止は聞き入れられず、ブラスはメダパニを放つのだった。