破邪の洞窟から帰還して3日が過ぎた。
アバンの勧めもあって、実に七年振りとなる纏まった休みをとった俺は、酒場でずるぼん達を待ちながらゆっくりしている。
アバンと過した期間は僅か10日であったが、俺に与えた影響は少なくない。
アバンから得た情報をきっかけに短期の方針が決まったし、戦闘指南も役に立った。
アバンによると俺の力を十全に発揮する武器は剣でなく、爪や無手で格闘を主体に魔法を組み合わせるのが適しているそうだ。
言われてみれば当たり前の事で、両手を駆使して呪文を唱える度、武器を手放していては隙が大きい。
そんな指摘を受けながら破邪の洞窟を探索した結果、レベルは二つも上がり、マホカトールも使えるようになった。…ただし、アバンが破邪の力を込めた聖石の補助が有れば、の話だ。
アバンがミナカトールをヒントに聖石での補助を思い付いたのは、端からマホカトール修得を諦めていた俺に、何が何でも修得させようとした家庭教師としての意地だと言える。
それと同時に、「これ、何て破邪の秘法?」 と思わなくもない。
破邪の力を五芒星と聖石で補うか、五芒星と輝石で高めるか、の違いしかなく、根本的な発想は破邪の秘法と似通っている。
そう遠くない未来に破邪の秘法を手にするアバンは、その時、何を思うのだろうか?
それはさておき、アバンにオンブに抱っこ状態と言えど、マホカトールの修得に成功した俺は、ルイーダの酒場に戻りアバンから譲り受けた聖石を用いて酒場に結界を張ってみせた。
情けないとは思わない。
これは、例え偽物であっても、道具の力を上手く使えば本物に劣らぬ事が出来る良い例になる。
前世の人間は、知恵を絞って道具を使う事で、地上の覇者となったのだ。
神ならざる人の身で、道具に頼る事はなんら恥る事はないハズだ。
マホカトール使用後もルイーダの酒場に留まった俺は、弱さを補う道具を作れる男の情報と、世界の情報を詳しく聞く事にしたのだった。
俺は迷宮に籠る際、『変わった事が有れば知らせてくれ』とカンダタ一味に依頼していた。
これは『原作と違う事が有れば知らせてくれ』と言ったつもりだったが、全く通じていなかった。
気付いてみれば当たり前、何が原作と違うかなんて俺にしか判らない事で、自らの言葉足らずを反省するしかない。
反省しつつ、酒場での骨休みを利用して世界の情勢をルイーダに詳しく聞いてみた結果、出てきた原作外の出来事の、余りの多さが頭痛の種となっている。
アバンとバランの試合等は可愛いモノで、ベンガーナはバランに対抗意識を燃やして、バランを一対一で倒せる強者を発掘しようと、国をあげて武道を奨励し何度となく武道大会を開いている。
リンガイアは国随一の猛将バウスンの息子を筆頭に戦士団を結成し、アルキード騎士団へと留学させ、指導に当たるバランから強さを盗もうと画策している様だ。…てか、バウスンって誰だよ?
そのバランも産まれた姫の影響か、殺気がナリを潜め人当たりが善くなったと専らの評判らしい。
まぁ、これらはまだマシな部類でバラン健在の余波と言えなくもない。
問題なのはパプニカで、三賢者に就任したアポロがテムジン一派の悪事を暴き、テムジン諸ともバロンも投獄されている。
これによりダイとレオナ姫の出会いフラグが消滅したことになる。
別にアポロが悪いんじゃないが、この件に関しては放置する訳にもいかず、四年後には何らかの対策を講じる必要がある。
全く…頭の痛い話だ。
でも、悪い話ばかりでも無く、捜していたロン・ベルクの情報も出てきた。
ランカークス村の武器屋に少し感じの違う武器が並んでいたそうだ。
てか、それを報告してくれっつーの。
グラス片手にそんな事を考えていると、待ち人達ががやって来た。
「来てあげたわよ! 急に呼び出すなんてどういう風の吹き回しよ?」
酒場の入口が勢い良く開かれ現れたのは、僧侶服を纏ったずるぼん、ピンクの鎧を纏ったへろへろ、緑のローブのまぞっほだ。
ここに″ロト″スタイルの俺が加われば、見た目は立派な勇者パーティーの完成になる。
「パーティーの武具を新調しようと思ってな…金は俺が出す、ついてくるか?」
アバンから得た情報で武器を作るのに必要なミリオンゴールドは100枚も要らない事が判明している。
錬成も得意とするアバンによると、ミリオンゴールドは精製の過程で体積を増し、一枚のコインで相当量の金属になるそうだ。
しかし、詳しい精製の方法や増加率まではアバンも知らず、やはりロン・ベルクを訪ねる必要がある。
アバンは「ミリオンゴールドの精製はとても難しいモノです。果たしてこの世界に扱える者がいるのでしょうか?」と探りを入れてきたが華麗にスルーしておいた。
ロン・ベルクを知っていたらおかしいからな。
「タダなの!? 行くに決まってるじゃない!! 今度こそベンガーナに行きましょっ。 冬物のコートが欲しかったのよね〜」
ずるぼんは一人で盛り上がっている。ガキの頃の約束を覚えていたようだ。
てか、コートは武具に入るのだろうか?
「ほぅ? 如何なる心境の変化があったのじゃ? まぁええわい。何処にでも運んでやるぞい」
杖を構えたまぞっほは自信に満ちている。
頼もしいのは喜ばしいが、こんなのまぞっほじゃないぞ。
「俺はハンマーだなっ」
へろへろは自分の長所を良く理解している。
俺が期待するパワーを活かした必殺の一撃を振るうに適した選択だ。
「何言ってるの! でろりんが出すって言ってるんだから、金の剣とかにしなさいよ」
「ずるぼん、それは武具として強そうか? 勇者パーティーを名乗るなら強そうな見た目をするのは必要だろ?」
「リーダーっ!? ついにやんのか?」
「あぁ…ぼちぼちやっていく…目標は…」
アバンから得た情報でミリオンゴールドの目処はついたとみていい。
それより、強者が奨励される世界情勢的に、早めにニセ勇者として名乗りを揚げる必要が出てきた。
この旅を手始めに世界を巡り、各地でほどほど名を売って3年後にロモス王と知己になってれば良い。
「目標は晩餐会に決まってるでしょ!! それじゃベンガーナ目指してレッツらゴーね?」
どっちも、違ぇーよ。
「意義なーし!!」
こうして、ニセ勇者パーティーを旗揚げした俺は、ロン・ベルクを捜してランカークス村を目指すのだった。
◇◇◇
渋るずるぼんを「″良い品″を売ってる店がある」と諭した俺達は、その日の内にランカークス村付近までやって来た。
まぞっほのルーラでベンガーナに飛び、そこから東に向けて進路を取り遥か北東に位置するリンガイア迄続く街道を歩いた。
イメージが難しくベンガーナからの出発になったが、やはりルーラは便利で、持つべきモノは頼れるパーティーメンバーである。
ずるぼんはスキップで街道を進み終始ご機嫌だった。どうやらずるぼんの脳内では″良い品″から″良いコート″に変換されているらしい。
向かう先の店主がポップの親父と知ればどうなることやら…。
へろへろは寡黙なままパーティーの荷物を背負っていたが、ルーラのお陰で必要最低限であり、その足取りは到着する迄軽かった。
ランカークス村はベンガーナに属しているのか、テランに属しているのか判らない位置にあるパッとしない村である。
原作を知らなければ、世界各地に点在する名も無き村との差異に気付く事もないだろう。
しかし、俺は知っている…この村とその周辺には2人のキーマンが居ることを。
そして今日のミッションはキーマンの1人、ロン・ベルクに会い、もう1人のキーマンであるポップに会わない…といった難易度の高いモノと成っている。
てか、ポップの実家で情報収集するんだから無理ゲーだったりする。
まぁ、なんとかなるだろう…。
街道を外れランカークス村の中へと進み、その辺の住人に武器屋の所在を聞いては村中は練り歩く。
なんとか日が沈む前にポップの実家でもある武器屋を探り当てた俺は、日を改めて翌朝に訪れようと武器屋に後にしようとした。
その時、店内から木の椅子を持った女性が現れ、入り口の看板を仕舞い込もうと地に置いた椅子に足を掛けてはバランスを崩した。
「危ないっ!?」
誰かが叫ぶより早く、トベルーラで駆け付けた俺は、女性をお姫様抱っこで受け止める事に成功する。
って、痛った…!?
向こう脛の辺りに軽い痛みが走る。
「母さんに何すんだ!」
見るとバンダナをした生意気そうな少年が、俺の足を何度も蹴っていた。
「うげっ!?ポップ!?」
「ポップ!? 止しなさい…この方は私を庇ってくれたんだよ」
「早く母さんを離せ!」
ポップは母の言葉を無視して俺の向こう脛を蹴り続けているが、蹴りが来ると判っていてれば全く痛くない。
「失礼した。ご無事で何より」
ポップの母を地に下ろし抱き上げた非礼を詫びておく。
「この変態魔族野郎め! どっから来たんだ!」
ポップは俺を魔族と罵りながらも、母を背に庇い逃げようとしない。
ガキ故の怖いもの知らずか、それとも勇気の為せる業か? まぁ、どっちでも良いか…下手に話すと厄介な事になる。
「ちょっと! でろりんはあんたのママを助けてあげたんでしょ」
遅れて駆け付けたずるぼんは、腰に手を当て前屈みになってポップと口喧嘩を開始した。
「嘘言えっ。人間があんな早く動けるかよっ」
「リーダーはただの人間じゃない。勇者だぜ」
「ほっほっ。見事な飛翔呪文じゃったわい…ルーラは使えんのに面白い奴じゃて」
「勇者…? ルーラ?」
ポップは呆気にとられて俺を見上げていた。
てか、ガキ相手にムキになんなよな…ずるぼん達を連れてきたのは間違いだったか。
「騒がしいな…スティーヌ、何かあったか?」
″ガチャ″っと武器屋の扉が開き、如何にも頑固親父って感じの男が顔をのぞかせる。
多分ポップの親父だな。
この戦士と言われても不思議じゃないゴツい親父…その息子が大魔道士になるんだから世の中面白い。
スティーヌが事情を説明し、ポップが拳骨を落とされ、それを見たずるぼんが「やーい、怒られてやんのー」と茶化したところで、ポップの親父に招かれた俺達は店内へ通された。
◇◇
「何よこの店!? 武器ばっかりじゃない!」
「武器屋じゃからの…当たり前じゃて。それにしても中々の品が揃っておる様じゃのぅ?」
「あぁ悪くない。リーダーお薦めダケはある」
店仕舞い間際にも関わらず店内に招かれた俺達は、陳列された武器を思い思い物色していく。
ポップの親父であるジャンクは、元々ベンガーナでも腕利きの鍛冶師であり、ロン・ベルク以外の作品も悪くない出来栄えだ。
てか、俺にはどれが誰の作品か見分けが付かず、ちょっと困った事になっている。
「なんだ? 俺の事をどっかで聞いてきたのか?」
カウンターに肘をついて面倒くさそうに耳をホジっているジャンクは、ずるぼん達の会話を聞いていた様だ。
因みに、俺達に興味を持ったポップには「家庭教師のお陰で強くなった」と吹き込んで店内から退場願っている。
「あぁ…田舎の武器屋にしては良いものがあるって評判だ」
武器から目を逸らさずジャンクの問いに答える。
「けっ、田舎は余計だぜ」
「親父…この武器はなんだ? アンタが打ったのか?」
じっくり吟味した俺は、ジャンクの元へ一本の剣を持って行く。
多分、コレがロン・ベルク作だろう。他の武器とは雰囲気が違っている。
「そりゃ俺じゃねぇ。余所で仕入れたモンだ…2500Gだ、買うのか?」
流石に仕入れ先は明かしてくれないか…。
「…いや、購入はしない…アンタとこの武器を造った者の腕を見込んで頼みたい事がある」
徐に口を開いた俺は、取り出した三枚のミリオンゴールドをジャンクの前のカウンターに並べてみせた。
「こいつはっ…!? お前さん正気かっ!?」
俺の考えを察したのかジャンクは驚愕の表情を浮かべ、ゴールドと俺の顔を交互に何度も見ている。
てか、ミリオンゴールド精製は正気を疑われるレベルなのかよ…。
「…本気だ」
「お前さん…狂人の類いか…狂人同士、あの野郎とも気が合うかも知れねぇな」
こうして俺は、謎の鍛冶師の元への案内を取り付ける事に成功したのだった。
ポップは10歳位です。