でろりんの大冒険   作:ばんぼん

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ルイーダの勇者とマホカトール

 成人の儀式から一年と少しの時が経ち、俺は17歳になっていた。

 大魔王降臨まで約5年、ダイとニセ勇者が出会うまで約4年…時ばかりが流れ準備らしい準備は出来ていない。

 

 マトリフの弟子は見つからず、俺の修行も捗らずレベルも27と伸び悩み、このままのペースだと一応の目標であった40に届かない可能性が高い。

 ゴールド集めも目標金額には程遠く、今のまま親衛騎団を相手にするのは自殺行為に等しい。

 俺が集めるゴールドは″お代″ではなく″素材″であり後払いが出来ない性質上、最悪、何処かの城に盗みに入ることも考え無いといけなくなっている。

 まぁ、盗みに入るのはロン・ベルグに相談してからでも遅くはない。しかし、肝心のロンの居どころが掴めなかったりする。

 原作ではポップの親父が「最近知り合った」的な発言をしていたし、今は未だランカークス村周辺に居ないのかも知れない。

 尋ね人としてロン・ベルグの捜索依頼もカンダタ一味に出しているが、大魔王のマークが考えられるロン捜索は、ラーハルトと違いあまり派手に行えない。

 そのラーハルト捜索も、全滅した集落の発見をもって打ち切りとなった。

 あまり考えたくないが救いの手が伸びなかった事で、ラーハルトが凶行に走ったのだろう。

 アルキードを救った結果、ラーハルトとその集落が滅ぶ…俺だけが悪い訳でもないが、少し考えさせられる出来事だった。

 

 思うようにいかない焦りと不安を抱えたまま、それでも世界樹の迷宮に潜りゴールドを集め、探索を終えて迷宮を出たある日の事。

 

 

「やぁ、お疲れさん! 今日の稼ぎはどうだったんだい?」

 

「ボチボチですね…どうしました? 何かあったのですか?」

 

 寒空の下、カンダタ子分が手を擦り合わせて待っていた。

 現在この迷宮に籠るカンダタマスクは俺だけで、人違いって事はない。

 むしろ俺だけなのが災いして噂になっている位だ。

 いくらカンダタ一味の金稼ぎが不自然でないと強弁しても、目立つのが好ましくないのに違いなく、そろそろ他の迷宮への鞍替えを考えないといけない。

 

「なんだろうね? ルイーダさんから″酒場に来な″って伝言だよ」

 

 えらくシンプルだな?

 すっかり暗くなっているこんな時間から何の用だ?

 

「いつまでに?」

 

「今日中だね」

 

「マジかよ…結構疲れてんだけど?」

 

「だろうね。だからコレも持ってきたよ…確かに伝えたよ」

 

 カンダタ子分は″魔法の聖水″を押し付けると、そそくさと去っていった。

 

「用意の良いことで…翔んでこいってか?」

 

 一人ぼやいた俺は、魔法の聖水を使って魔法力を回復させると、ルイーダの酒場目指して飛び上がったのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ルイーダ! 何かあったのか?」

 

 小一時間の空の旅を終えた俺は、ルイーダの酒場へ続く扉を勢いよく開けて室内へ足を一歩踏み入れた。

 

「来たかい。まぁ座りな」

 

 肩出し胸出し、黒の衣装を纏いキセルを吹かしたルイーダは、いつも通りカウンター内の椅子に腰掛けて俺を迎えている。

 ちったぁ歳を考えろと言いたいが、キセルの一撃が恐いので言えない。

 とりあえず、火急の用ではなさそうだし一安心か。

 

 酒場内は稼ぎ時と言える時間帯にも関わらず静まり返り、席に付いているのはカウンター席に一人、巻き髪の男が座っている。

 

 ん?

 

 なんかヤバそうな?

 

「どうしました? 私の事は気になさらず、どうぞこちらへ」

 

 斜めに身体をずらしてこっちを見た男は、この世界では珍しい眼鏡をかけていた。

 

「うげっ!? 勇者アバン!?」

 

「おんやぁ? マスクでお顔は分かりませんが、どこかでお会いしましたか?」

 

 世界で一番会いたくない人ランキング、堂々3位にランクインする勇者アバンが、グラス片手に寛いでいる。

 因みに第2位は老若真の大魔王。

 

 なんで居るかな…。

 ルイーダの差し金に違いないが、当のルイーダはなにくわぬ顔でキセルを吹かせている。

 

「え、いや? アンタそこの絵に描かれてるだろ?」

 

「そうでしたね。私とした事がすっかり忘れていました」

 

 ″カンラカンラ″とアバンは笑っている。

 てか、目の前に飾ってるのに忘れるもクソもねーだろ…でも嘘を付いている手前突っ込めない。

 俺の誤魔化しに100%の嘘をもって応えるアバンは、嘘つきとしても高レベルの様だ。

 

「良いからササッと閉めて、サッサとお座り!」

 

 入口を開け広げたままの俺に、ルイーダの叱責の声がとぶ。

 

「ルイーダ…もしかして、アバンを紹介するつもりで呼んだのか?」

 

 扉を閉めカウンター席に進んだ俺は、アバンの三つ隣の席に腰を下ろした。 

 

「そうさね。珍しくアバンが来たからねぇ…うちの稼ぎ額を紹介してやろうと思ったのさ」

 

 キセルを置いて立ち上がったルイーダは、グラスに並々とワインを注いで俺の前のカウンターに置いた。

 折角だが俺にマスクを脱ぐつもりは無く、飲むことが出来ない。

 

 

「そういう事です。私はアバン=デ=ジニュアール3世……家庭教師です」

 

 ″ニカッ″と笑ったアバンは立ち上がって握手を求めてくる。

 

「いや、アンタ勇者だろ」

 

「昔の事ですよ…。私が勇者ならキミも勇者では有りませんか? でろりん君」

 

「…っ!? なんで俺の名をっ!?」

 

 ″ガタッ″と立ち上がった俺は思わずマスクの下でルイーダを睨むも、彼女はゆっくりと首を横に振っている。

 

「彼女では有りません。あなたの事はパプニカのアポロ殿から聞かされていました。なんでも剣が使えて魔法はアポロ殿を上回っていると言うじゃ有りませんか? 素晴らしい限りです」

 

「あんのバカ野郎…。…はいはい、俺はでろりんだ。コンゴトモヨロシク」

 

 マスクを脱いだ俺は、渋々アバンの手をとり握手を交わした。

 

 それにつけたって、あの正義バカめ…個人情報保護を知らないのか? 相手が正義そのものの勇者アバンでもダメだっつーの。

 もっと言っておくべきだったか…。

 大体、3年前はギリで俺が上だったかも知れないが、成長率を考えたら余裕で追い越されてる。

 何時までもガキの頃のイメージを引き摺られても困るぞ。

 苦労してマスクを被り続けたのはバーンの目から逃れるのと同時に、アバンの目から逃げる意味合いもあったのに台無しだな…。

 

 ん…?

 

 考えてみりゃ別につんけんする必要は無いか…。適当に話してお帰り願えば良いだけだな。

 

「考え事ですか? マリン殿が言っていた通り、不思議な目をしていますね」

 

 マリンもかっ!?

 何を勝手なこと言ってくれてんだ!?

 

「なんて言ってました?」

 

 どうせ強欲だとか、嘘つきだとか、ロクでも無い事を言われている自信があるし、知らない方が良さそうだと解っちゃいるが、やはり気になる。

 

「おんやぁ? 口調が変わりましたね? 堅苦しいのは無しでいきましょう」

 

 両の腕を広げた勇者。

 懐の広さが垣間見える様だが、それ以上に探られてる感が半端ない。

 何の目的で酒場に来たのか早めに知る必要がありそうだ。

 

「え?…いや、でも…んー…まぁ良いか…それで? マリンは何て言ってたんだ?」

 

 偽勇者が大勇者にタメ口利くのはどうかと思うが、ここで断るのも変な話になってくる。

 てか、なんかヤりにくいぞ…全てを見透かされている様な…大魔王をして″切れ者″と評されることはある。

 一瞬の油断で言い訳不能に成りかねない。

 

「それは言えません。女性のプライバシーに関わる事ですから」

 

「…アンタ、良い性格してんな」

 

 自分で振っといて食い付いたら引っ込めるってどうよ?

 

「はい。良く言われます。

 それでどうでしょうか? でろりん君は強さを求めていると聞き及んでます。ならば家庭教師である私を雇ってみては如何でしょう? キミなら1週間で勇者になれます!」

 

 力説したアバンは″グッ″と握り拳を作りポーズを決めている。

 名言だと思っていたが実際に聞くと、ものすごく胡散臭い。

 

「…悪徳セールスみたいだな。1週間で勇者に成れたら苦労しないっつーの」

 

 ジト目で間接的に断ってみる。アバンの目的が売り込みなら断固拒否だ。

 アバンの使徒にだけは絶対にならん!

 

「おや? 勇者を目指して苦労されていたのでしょうか?」

 

 食い付くとこソコ!?

 

「…単なる言葉のあやだ。俺は強さを目指してるだけで勇者は強者の代名詞だろ?」

 

「そうでしょうか? 今なら強者と言えば英雄バラン殿では有りませんか? あの方はとてもお強い。私では打ち合うのがやっとでしたよ。それも、隠しきれない秘めた力を抑えたままに…です! 一体、あの方は何処から来たのでしょうね?」

 

 てか、いつの間にバランとやり合ったんだ?

 迷宮に引きこもっている俺の耳には入ってきていない。

 それに、こんな事は原作じゃ有り得なかったし、やっぱりバラン健在の影響は大きい様だ。

 

「そんなの俺が知るかよ」

 

 内心の焦りを隠してぶっきらぼうに振る舞う。

 

「おや? アテが外れましたか。バラン殿の窮地を救ったでろりん君ならば、バラン殿の素性を存じているのではないかと思ってました」

 

 くそっ。

 アイツら何処まで喋ってんだよ!?

 

「仮に知っていても教えないし、素性がどうとか関係無い。絶対強者のバランがアルキードに留まる事で、人の世は平和に流れていくからな」

 

「ベリーナイスなお考えです。バラン殿という抑止力が有る限り、人の争いは起こりません。また、バラン殿はしっかりとした正義の心をお持ちでした。剣を交えた私には判ります! 故に、アルキードが増長する心配もないのです」

 

「だったら素性もどうでも良いだろ…」

 

「仰る通りです。個人的な好奇心から聞いてしまいましたが、気を悪くされた様ですね」

 

「別に…バランなんかどうでも良いし、とりあえず、アンタの教えを受ける気はない」

 

 何かを探りに来てるのはほぼ確実だ。

 はっきり断らないとこのままアバンのペースに巻き込まれる。

 

「お待ちっ。アンタにはアバンの指導で破邪呪文ってのかい? ″マホカトール″を覚えて貰うよ」

 

 黙ってアバンとのやり取りを聞いていたルイーダが横槍を入れてくる。

 アバンには関わらない方針だって知ってる癖に何を言い出すんだ?

 

「何でだよ? 受ける理由がない。大体、金稼ぎで忙しいし、俺に破邪呪文とか無理だっつーの」

 

「あたしからアンタへの依頼さ…報酬は10日で20万、これなら文句はないだろ? あたしも年かねぇ?あのピエロがいつ来るか心配でおちおち寝てられないのさ」

 

「嘘つけっ!」

 

 大魔王にビビらない女がピエロにビビるかっての。

 でも10日で20万は魅力的な報酬だ。

 

「ノンノンノン。バッドですねでろりん君。勇者たるもの女性には優しくせねばいけません。ルイーダさんそれはお困りでしょう。宜しければ私めが…」

 

 手袋を着け直したアバンは今にも室外に飛び出しそうだ。

 

「アンタの手を借りる訳にはいかないねぇ…コレは一味の問題さ」

 

「だったら一味が指導を受けるのも無しだろっ!?」

 

「何言ってんだい? 指導を受けるのはでろりんじゃないか? 一味とは関係無い話さ、あたしとアンタの問題さね」

 

「詭弁だ! 詭弁!」

 

「何とでも言っとくれ。コレは決定さ、聞けないってんなら今後ウチとの取り引きは無しだよ」

 

「汚なっ……くそっ、やれば良いんだろ、やればっ! …もし10日で覚えられなかったらどうすんだよ?」

 

 カンダタ一味と手を切るのは非常に不味い。

 彼等の情報網があるからこそ、世界が平穏であると知ることが出来、事有れば逸早く察知出来る安心感に繋がっている。

 

「その時はその時さ。報酬はしっかり払ってやるから安心おし…そんな訳さ、アバン、アンタも良いかい?」

 

「勿論ですよ。では、契約書をお持ちしますので、少し失礼を」

 

 席をたったアバンは、階段を踏みしめ二階へと消えていった。

 

◇◇

 

「どういうつもりだよっ。アバンはヤバいって判ってんだろ?」

 

 アバンが居なくなったのを確認した俺は、声を落としてルイーダに抗議する。

 

 アバンに真実を告げるかどうかはマトリフと一緒に散々悩んだ。

 悩んだ結果が大魔王の警戒回避の優先だ。

 アバンならば俺達が思いつかない方策を編みだし、見事に大魔王を倒してみせるとの期待がある一方で、絶対的な力量差に勝てない不安も拭いきれない。

 それにアバンがどう動くのか、マトリフにさえ想像つかないのも話せない一因だ。

 

 俺とマトリフにも方法論で差異は見られるが、目的は大魔王の抹殺で一致している。

 言い換えれば、人類の救済に主眼を置かない非道な話で、全滅さえしないなら多少の被害には目を瞑る。

 アルキードの救済は俺にとっての我が儘であり、マトリフにとってはバランの確保に過ぎない。

 

「あたしの眼にはアンタがヤバそうに映ってるのさ…伸び悩んでんじゃないかい? そんなんで大魔王とやらは倒せんのかね?」

 定期的にレベル確認をしているルイーダの眼は誤魔化しようもないか。

 

「倒すのは偽勇者の俺じゃねーし。ちゃんと本物の勇者がやってくれるさ」

 

「どうだか…あたしゃこの眼に映るモノしか信じないタチでね」

 

「はぁ? 神託信じてなかったのかよ!? だったら何で手を貸すんだよっ」

 

「あたしが信じてるのは、この眼と……でろりん、あんたさ…」

 

「はぁ? 偽物を信じてどうすんだよ!?」

 

「アンタが自分をどう思っているか知ったこっちゃないよ…でもね? アンタのお陰でこの国の人間は助かったんだよ、言わばアンタは命の恩人さ…誰にも解らない与太話さ。だけどこの眼は教えてくれる…あの日を境にこの国の連中の″うんのよさ″は戻っちまった。これは、運命なんてものが変わったと言えるんじゃないかい?」

 

「…たまたまかも知れねーだろ? 国が大地ごと消し飛ぶなんて与太話、俺だって半信半疑だぞ」

 

「そんな与太話もこのアルキードじゃ有り得るのさ。…世界樹の根の上の浮島、それがこのアルキード王国だよ。世界樹に何かあったら簡単に沈んじまうのさ」

 

「マジで…?」

 

 馬鹿デカイ樹だとは思っていたが、そんなの有りか!?

 

「大真面目さ。それにしてもアンタの可愛げの無さは筋金入りだねぇ…。このあたしが珍しく、感謝して誉めてやったんだから少しは喜んだらどうなんだい? アンタが起こした行動は、この国百万の命を救ったんだ…誇って良いんじゃないか?」

 

 百万は言い過ぎだ。

 国勢調査なんて行われていないこの世界では、どんぶり勘定の上に対外的には誇張して喧伝する。

 アルキードは30万人もあれば良い方だな。

 

 それに…。

 

「……まだ終わってないんだ。百万を救って、千万が滅び自分の命も落としたら何の意味もない、只の独り善がりの自己満足だ!」

 

 そう、全ては繋がっているんだ。

 大魔王が滅びるその時まで、油断なんか出来ない。

 

「やれやれだねぇ…全く困った坊やだよ」

 

「坊やじゃねーしっ」

 

 

 この後、アバンと10日間の契約を交わした俺は、酒場で一晩過ごし破邪の洞窟へと向かうのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 二日後の朝。

 徒歩とトベルーラを駆使して破邪の洞窟に辿り着いた俺は、洞窟内で待つアバンと合流した。

 

 巨大な荷物を背負ったアバンと比べて小さな荷物を背負った俺は、軽く挨拶を交わし、御約束とばかりに出現したスライムをイバラの鞭で一蹴すると、契約に従いマホカトールを目指して地下へと歩を進めた。

 

 契約内容は要約すると以下の四点になる。

 

 一つ、アバンは10日の間、でろりんのマホカトール修得を全力でサポートする。

 一つ、でろりんはアバンの弟子に含まれないが、マホカトール修得に際し力量不足ならばアバンは稽古を付け、コレを底上げする。

 一つ、洞窟に籠る準備はアバンが行い、でろりんは追って合流する。又、ソレに掛かる費用はルイーダの負担とする。

 一つ、この件に関する一切を他言無用とする。

 

 と、突っ込み処が満載な内容となっている。

 にもかかわらずアバンは「良く出来ています」と二つ返事で契約した。

 

 正直、アバンの思惑は計りかねるが″他言無用″と契約を交わしたからには、不必要に広まる心配はしていない。

 魔王軍の監視の目は″悪魔の目玉″を介したモノであったし、際限なく何でも見通せるハズはなく、その上で万全を期して別々に洞窟に入ったんだ。

 それに、破邪の洞窟内部に監視が行き届いていないのは、原作において大魔王達がアバンの復活に驚いていたことからも明らかだ。

 ひょんな事からアバンと行動を共にする事になったが、破邪の洞窟内部は悪くない。

 

 だからこそ俺は…この地でアバンを相手に試しておきたい事がある。

 ルイーダに危惧されるまでもなく、自分が伸び悩んでいるのは自分で一番解ってる。もしかしたら、既に限界を迎えているんじゃないか? と思う位に、だ。

 

 だけど、俺には切り札がある…マトリフとの地獄の特訓の中で、必要に駆られて編み出した欠陥闘法。

 一回こっきりの大技だ。

 一度使えば同じ相手に二度と通用しない。

 しかし、初見のアバンに通用するなら多少の希望は持てる。

 

 俺は、闘いに適した空間を探しながら、出現するモンスターを倒しては黙々とゴールドを拾い集めた。

 アバンはそんな俺に付かず離れず、黙って付いてきている。

 眼鏡の下の瞳は鋭く光っていた。

 

 

◇◇

 

 

「ここで良いな」

 

 階段を三つ程降りた辺りで戦闘に適した空間を見つけた俺は、室内のモンスターを一掃するとアバンと向き合った。

 

「おや? どうしました? こんな所で休息が必要とは思えませんが?」

 

「あぁ、休憩は要らねぇ…コイツをたっぷり持ち込んでるからな」

 

 背負った小さなリュックを床に降ろし、アバンに向けて中を開いて見せる。

 

「それは魔法の聖水ですね〜。しかし、コレは随分と量が多いではありませんか? 備え有れば憂いなしと言いますが、コレはいけません。破邪の洞窟の様な長丁場になる迷宮では荷物の取捨選択と適切な休息がポイントになってくるのです」

 

「解ってる。こんな重いもん背負ったまんまで迷宮に籠る程、馬鹿じゃない」

 

「これは失礼しました。そうですね、でろりん君は″地底魔城の主″の異名を持つ、言わば迷宮探索のプロフェッショナルでした」

 

 あいつ等…こりゃもう三賢者が知る俺の情報は、アバンに筒抜けと見て間違いない。

 次に会ったらどうしてくれようか?

 

「今は″世界樹の主″だけどな…まぁ、そんな事はどうだって良い…勇者、いや、家庭教師アバン! ぶしつけだがアンタの実力を試したい!」

 

「構いませんよ。方法はどうしますか?」

 

 俺の失礼な挑戦は、これ以上ない軽さでアバンに了承された。

 

「…理由を聞かないのか?」

 

「必要有りません。私は貴方をサポートする為ここに居るのです。貴方が何を考えているのか解りませんが、私の実力を知りたいならお見せしましょう。そうする事が貴方のサポートに繋がるのではありませんか?」

 

「…感謝する。方法は至って簡単だ。俺と戦ってもらいたい…俺はアンタの強さを信じて全力を出す…アンタは適当にあしらってくれれば良い」

 

「おんやぁ? その言い方では貴方は私の実力を認めている事になりますよ?」

 

「勇者に勝てると思う程自惚れちゃいない…ただし! こっちは本気だ、アンタも実戦だと思ってやってくれ」

 

「解りました…ですが、殺し合いをする気は有りませんので、武器はこちらを使って頂きますよ」

 

 言いながら背中のリュックを後ろ手にごそごそしたアバンは、″じゃーん″とばかりに二本の竹刀を取り出した。

 

「…なんでそんなモンが有るんだよ」

 

「ご存知でしたか? コレは私が文献と伝聞を参考にして作った″竹刀″と呼ばれる剣です。これならば死ぬ事は有りません」

 

 アバンは″エッヘン″と胸を張ったあと、こちらに竹刀を放り投げた。

 よく解らんが、なんだが凄いわ。

 

「いや、まぁ、良いけど…盾と魔法力、それに徒手空拳は使うぞ?」

 

 ″パシッ″と竹刀を受け取った俺は、リュックと使えない武具を部屋の片隅に置いて準備を終える。

 

「当然です。でろりん君は勇者ですから」

 

 巨大なリュックを部屋の片隅に置いたアバンは、部屋の中央で竹刀を片手に俺と向かい合う。

 

「勇者じゃねぇっつーの!!」

 

 俺の叫びを皮切りに、大勇者対偽勇者の模擬戦が開始されたのだった。

 

 

◇◇

 

 

「おりゃぁー!!」

 

 俺は気合いを入れて竹刀を振り回していく。

 今までの経験と素振り、その全てを込めて斬りかかるが、アバンはその全てを軽々と捌いていく。

 我流と剣術の違いか、当たる気がしない。

 

 時折繰り出されるアバンの攻撃を盾で受けては距離を取り、メラミを放っては海波斬で迎撃される。

 悔しくないと言えば嘘になるが、予想通りだ。

 

 アバンの力量は俺よりも上、そして短い時間だがアバンに俺の力量は見せ付けた。

 小細工無しの本気の攻撃を繰り出したんだ、充分把握されただろう。

 

 勝負はここからだ。

 

「ベリーナイスです。荒削りですが実戦で培った勘の良さが実に素晴らしい」

 

「そりゃどうもっ」

 

 何度目かのアバンの攻撃を盾で受け、距離を取った所で声がかかる。

 アバンは息一つ乱していない。

 まるでダイの修行1日目の風景だな。

 

「俺の本気はこっからだ! 油断したら死ぬぜ? いくぞ、アバン! イオラオラぁ!!」

 

 竹刀を投げ捨てた俺は両手にイオラを産み出し投げ付ける。

 

「噂のイオラ同時攻撃ですね。ベリーグッドです」

 

 アバンはメラミと海波斬で迎撃し、俺のイオラは爆音あげて空中で消えた。

 

 室内を爆煙が覆い、視界が遮られる。

 

 チャンスはここだ。

 1分で片を付ける!

 

 

「油断したら死ぬって言ったろ?」

 

 大量の魔法力に身を包んだ俺は、アバンとの距離を詰め徒手空拳を以て襲い掛かった。

 

 

◇◇

 

 

 1分後。

 

 精根尽き果て床に伏す俺の傍らに、アバンの像があった。

 

「ベリーベリーグッドでした。あなたの敗因は私に情報を与えすぎた事です。そうでなければ立場は逆転していた事でしょう」

 

「うるへー。アストロンとか無いわー」

 

 息も絶え絶えで大の字になった俺は、最後の口撃に入る。

 

「おや? アストロンもご存知でしたか。でろりん君の博識振りには舌を巻く思いです。元来アストロンとは一部魔法を除いて絶対防御を発揮する素晴らしい防御方法なのです。その反面、高過ぎる防御力が自らの動きまで制限してしまう欠点も合わせ持ちます。しかし、こうして使い時を見極めればこれ以上ない効果が得られるのです。これは全ての事に通ずる事になりますが、要は使い方が肝心なのです」

 鋼鉄と化したアバンが長々と喋っている。

 これぞダイの大冒険七不思議の一つ! 怪奇!?喋る鉄像である。

 って下らない事考えてる場合じゃないな。

 

「なんでも良いから、魔法の聖水取ってくんない? …マジ…限界」

 

 全ての魔法力を使い果たし、肉体を酷使した俺の意識は今にも飛びそうだ。

 

「おや? 動けませんか? …私も動けませんから仲間ですね」

 

 変わらぬハズのアバンの表情が″ニカッ″と変化した幻覚を見た俺は意識を手放した。

 

 

◇◇◇

 

 

「…っ!?」

 

 意識を取り戻した俺は″ガバッ″と身を起こした。

 冷たい床ではなく不思議なクッション性のある敷物の上で寝かされ、毛布も被されていた様だ。

 荷物の取捨選択が大事と言いながら何を持ち込んでんだ。

 

「目覚めましたか。ご無事でなによりです」

 

 アバンは岩を利用して腰を下ろし、白いカップを手にしている。

 コーヒーの良い香りが漂っているし、其っぽい器材もあるし豆から惹いたのだろう…マジで何を持ち込んでんだ?

 

「…俺はどれくらい寝てた?」

 

「3時間…と言ったところでしょうか? 無理も有りません。あの様な闘い方は心身に掛かる負担も大きいのでは有りませんか? 多用はオススメ出来ませんね。その一方で素晴らしいのも又、事実です…文献で似たような呪文の存在を目にしてましたが、それを応用されたのですか?」

 

「さぁな? 企業秘密だ。

 デメリットが有るのは判ってる…使い処が難しい事も、同じ相手に通じない事も充分承知している。それでも俺は、コレに頼っていかなきゃいけないんだ…一回こっきりの騙し討ち…偽勇者にふさわしいだろ?」

 

 そう、一瞬で良いんだ。

 一瞬でも大魔王を止められれば何かの役に立つ。

 

「でろりん君…。自分をそう卑下するものでは有りません。もしもあの時、貴方の手にミリオンゴールドの武器があったなら、私はアストロンを使う事なく初撃で倒されていましたよ」

 

「っアンタ!? …アイツラ喋りすぎだろ」

 

「やはり、ミリオンゴールドを集めていましたか…。確かに、″商売の神に祝福された″でろりん君ならば集めるのは可能かもしれません。しかし、ミリオンゴールドの強度はオリハルコンを100とした場合、90程度です。同じ大金を支払うなら一般にも出回る85の金属を買うべきではありませんか?」

 

 言いたい事はわかる。ミリオンゴールドは労力の割に強くないんだ。

 勿論、アバンが言った通りオリハルコンに次ぐ強度なのは間違いない。間違いないがその下の金属と比べて差が小さい。

 良い武器だけどソコまでして手に入れる価値が無い…コレがミリオンゴールドの評価だ。

 

「アバン、あんたは何を聞きたいんだ? 俺が俺の時間を使って俺の力でゴールドを集めてるんだ。誰かにとやかく言われる筋合いは無いハズだろ?」

 

「弟子でもない貴方を尋問する権利は私にはありません。勿論、弟子だからと言って何でも詮索するつもりも有りませんが、この様な状況を想定して契約を交わしていたなら脱帽に値すると同時に、貴方が何を成そうとしているのか非常に気になるのです。良ければ聞かせて頂けませんか?」

 

「僅かでも強いなら、強い方が良いだろ? 時間を費やすダケの価値が有ると俺は思っている…それだけの話さ」

 

 他にも理由が有るだけでコレも決して嘘じゃない。価値観の違いを前面に出せばアバンなら更なる追求は出来ないハズだ。

 

「そうですか…。分かりました! では、休息はこの辺りでお仕舞いにして、ドンドン進むとしましょう」

 

 アバンは立ち上がり、努めて明るく振る舞うとしている。

 

 悪いな…。

 原作を知るからこそアンタが無理をしているのも、聞きたいのはこんな事じゃないのも判っている。

 

 でも、言えねーんだよ。

 

 この後、魔法の聖水を使って魔法力を回復した俺は、マホカトールを目指して歩を進めるのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 

「お見事! いやぁ私のサポートなど必要ありませんでしたねぇ」

 

 地下15階にあった魔方陣でマホカトールの契約を済ませた俺は、アバンの賛辞を軽く聞き流して床に五芒星を描いていく。

 どうやらアバンは誉めて伸ばすタイプの指導者の様だ。しかし、俺みたいなひねくれ者との相性は良くない。

 

「邪なる威力よ退け! マホカトール!!」

 

 でろりんはマホカトールを唱えた!

 しかし、何もおきない!

 

 ・・・やっぱりな。

 

「おやおやおやぁ?」

 

 アバンは眼鏡を掴んでずらしては、俺の作った小さな五芒聖を凝視している。

 

「まぁ、こんなもんさ。なんたって″破邪″魔法だ、偽物に使える訳ねーよ」

 

「そう悲観するものでは有りません。契約が出来たのは才能がある証明です。もっと自信を持って下さい。でろりん君は素晴らしい力の持ち主です。私が保証しますよ」

 

「んなこと言ったって、アバンと比べたら俺は弱いじゃねーか」

 

「え〜と、ですねぇ…それは年の功、ではないでしょうか?」

 

「そうじゃない。17才のアバンやバランと比べてどうなんだ?って話だよ。アンタやバランは特別で、比べるのが間違いだとでも言うのか?」

 

「そ、それは…でろりん君、あなたは…」

 

 これまで雄弁に語ってきたアバンは、哀しげな顔をして言い澱む。

 

「何だよ? 別に拗ねてんじゃないぞ? 俺は弱いんだよ。だから、頑張ってんだ…それだけの話さ」

 

「そう、ですか…どうやら私から貴方に教えられる事は無いようですね。ですが、少々言わせて頂きます。…貴方が何の為に頑張るのか私には見当もつきませんでした…しかし、貴方が諦めなければ道はきっと開かれます。…出来る事ならその手助けをして差上げたいですが、貴方は私の助けを必要としていない様ですね」

 

「そうだな。アンタの心遣いは有難いが、俺は俺でやる。アバンはアバンで自分のやるべき事をやれば良いのさ…」

 

「そうですね。では、さしあたりでろりん君に稽古を付けるとしましょう。まだ7日も有りますよ!」

 

 アバンは″ニカッ″と笑ってピースサインを俺に向けた。

 

「そうだな…お願いします!!」

 

 俺は無礼な振る舞いを詫びる意味も込めて、深々と頭を下げる。

 

 余計な詮索さえされないならアバンの指導は望む所だ。

 

「おや? 嫌がらないのですか?」

 

「嫌がる理由がない。それに契約通り、だろ?」

 

 そう、弟子にもならなければ他言も無用。

 残り7日の間だけの関係だ。

 

「本当にキミは不思議な人ですね…良いでしょう! 家庭教師の名に懸けて、貴方にマホカトールを修得させてみせますよ! その時こそ、晴れて勇者を名乗って頂きます」

 

「じゃぁ、使えなけれゃ勇者お墨付きの偽物だな?」

 

 俺の言葉に″ガクッ″とずっこけ眼鏡をズラしたアバンの顔はなかなかの見物であった。

 

 

 こうして、実践形式と称した俺達は、破邪の洞窟の奥深くへと潜っていくのだった。

 


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