ついにこの日がやって来た。
原作を思い出してからこの日を迎えるまで苦難の連続だった…主にマトリフの特訓的な意味で…。
勿論強くなれた事に感謝はしているけれど、特訓内容の大半が生きるか死ぬかの二択ってどうよ?
だが、それもこれも今日の日のためだ。
細工は流々、後は仕上げを行うダケだ。
「そろそろですね?」
宙に浮きマトリフのレムオルで姿を隠す俺達の足元の広場では、幾人もの兵士が慌ただしく動き、その周りを野次馬達が幾重にも取り囲んでいる。
こうやって眺めているとハッキリおかしいのが見えてくる。
処刑はアルキード城に程近い街の広場で行われる…にも関わらず、城に幽閉されているであろうソアラが現れるのだ。
これこそが城を抜け出す手引きをした者がいる事実を如実に物語っている。
今回の作戦において、この手引きを行う魔族だと思われる潜入者を捕らえるのは、処刑を阻止しラーの鏡でバランを照らすのと同じくらい大事なミッションになっている。
こちらはカンダタ一味に任せているが彼等なら上手くやってくれるだろう。
なんと言ってもこの作戦には一味の面子がかかっているのだ。
現在の状況は、騙されたルイーダが知らぬ間に謀略の片棒を担がされた様なモノで、このまま黙って見過ごせばカンダタ一味の名が廃るってもんだ。
配置に着くカンダタ一味の面々は俺以上に気合いが入っていたりする。
まぁ、黙って見過ごせば名が廃る処か、命が無くなるんだけどなっ。
「あぁ…出てきやがったぜ…抜かるんじゃねーぞ?」
姿を消しているマトリフが何時になく真剣な表情で呟いている。
マトリフにとって今回の事件は神託がデタラメでない事の証明にもなるし、俺とは違った意味で真剣だ。
それにしても、レムオルで消えているハズがパーティーを組んでいれば見えるのは何故なんだ?
っと…余計な事だな。
下を見ると両手を縛られたバランが連行され、それに合わせて意地悪そうな王も姿を現した。
あれがあのソアラの父親ってのがダイの大冒険の七不思議の一つだ。
ゴールドを献上する名目でルイーダ達と王宮に上がり、王と魔族の顔は確認済みだしアレが王で間違いない。
献上したゴールドは百万ゴールドと決してお安くなかったんだが、人違いは許されないし必要経費ってもんだ。
「分かってますよ」
俺はカンダタマスクをしっかりと被り、左右の手にまほうの盾を握り締め準備を整えていく。
ラーの鏡は地上のルイーダに預けている。
メラミの熱でヒビでも入れば台無しになるからな。
大魔王が監視しているであろう今回の作戦は、情報を仕入れたカンダタ一味が面子の為に行う体裁を取ることにしている。
カンダタ一味なら誰が相手でも恐れず報復を行うのだろうが、大魔王の怒りを買うことになるかもしれない以上、頭であるルイーダには真実を伝えている。
今回の事件の裏に潜む陰謀や、俺の神託を伝えた時の反応は実にアッサリしたモノであった。
曰く、「誰が相手でも舐めた真似してくれたら、ただじゃおかない」そうだ。
こうして、カンダタ一味全面協力の元で作戦が行われる運びとなっていたのだが…マトリフの様子がおかしい。
「あれ? マトリフは被らないんですか?」
マトリフはカンダタマスクを指先で摘んでじっと見詰めている。
「ふんっ…デザインがダサイ……ボツ」
あろうことかマトリフはカンダタマスクを″ポイっ″と背後に投げ捨てた。
「えっ!? 何やってんですかっ、被らないとマトリフだってバレます!」
ただでさえマトリフは大魔王のスカウトリストに上がっているんだ。
原作でも語られなかったがマトリフのパプニカ出奔理由の一つは″魔界の神″を名乗る者からの勧誘を受けた事にある。
人間嫌いでも、進んで人間を滅ぼす気も無かったマトリフは当然それを断り、隠遁生活を選ぶ事にしたそうだ。
そんなマトリフがこんな所にノコノコ顔を出せば暗殺対象に早変わりしてしまう。
「俺は参加しねぇ…あんな程度ならオメエさん一人でも大丈夫だろうよ」
マトリフが指し示す足元の広場では数人の魔法兵がバランの前に配置され着々と準備が進んでいる。
「ちょっ!? 無理だしっ! ここまで来て何勝手な事言ってんですかっ」
「あぁん? 俺はアルキードが滅んじまっても別に構わねぇのよ…それをガキの誘拐なんかやらせやがってよぉ」
「ガキ…? ダイの事ですか? それはマトリフだって納得したじゃないですか!」
原作ではダイが乗せられた船は処刑前にアルキードを離れるも、嵐に巻き込まれて遭難しデルムリン島まで流れ着いたらしいが、黙って観ているには少々リスキーだ。
そんなリスクを回避する為にも、マトリフにはモシャスでガーゴイルに化けてダイを拉致してもらい、ネームプレートを削りデルムリン島の浜辺に安置して、ブラスが拾い上げるまでの一連の出来事を見届けてもらっている。
これによりダイの身の安全は確保され、護衛の兵士達も嵐に巻き込まれる事なく引き返し、更には魔族の関与を決定付ける良い手だとマトリフだって同意したはずだ。
「ふんっ…あんなガキに期待せんでもあのバランって野郎にやらせれば良いんじゃねぇか? ここから見ただけで解るぜ…あの野郎がアバンよりも強いって事はよ」
なんだ?
バランの強さを目の当たりにした事で心変りでも起きたのか?
魔王軍の警戒網に掛からないよう大事をとってバラン周辺にマトリフを向かわせなかったのが裏目に出たのか?
「いや、そりゃバランはアバンより強いけど大魔王はもっと強いしダイはもっと…じゃなくてっ! 何で今になってそんな事言い出すんですか! バランが強いなんて散々言ったじゃないですかっ」
「これは元々テメエが始めた事だろうが? 無理でもやりやがれ!」
「そんなっ横暴なっ」
くそっ。
こんな事で今更言い争ってる場合じゃないんだ。
眼下では今にも処刑が行われようとしている。
「これはお前さんが望む事だろうが? 他人に頼ってバカリでこの先どうする気なんだ? え?」
「くっ…分かりました! やれば良いんでしょ!? だけど、ダイがデルムリン島で育つ事は絶対に必要ですからね!」
コレは絶対に譲れない。
あの心優しき鬼面道士の元、自然豊かなデルムリン島でモンスターに囲まれて育つからこそ、あの純粋無垢なダイへ成長するんだ。
俺達が育てても、バラン達が育ててもダメなんだ。
バラン達には悪いが本来ならもっと悪い…って言うのも変な話か…何を取り繕ってもこの世界では俺が誘拐を計画し、マトリフに実行させたに相違ない。
バランにバレたら殺されそうだな…。
でも、必要なんだ。
「好きにしな…その代わりバランの野郎はアルキード城に留め置くんだぜ?」
バランを城に留め置く理由は二つ。
大魔王の監視の目を向けさせ囮になってもらうと同時に、何らかの動きがあった時の解りやすさ。
もう一つはバランがアルキード城に留まる事で城に集う兵士が鍛えられ、未だ見ぬ勇者が現れるのを期待している。
「分かってますよ!」
もう時間が無い。
『構えい!!』
魔法兵が炎の燃え盛る手をバランに向け、微動だにしないバランの元へ女性が一直線に駆けていく。
俺はトベルーラを解除して自由落下に任せて大地に向かって加速する。
「放てっ!!!」
合図に合わせて一斉に火球が放たれた。
「止めてぇ!!」
甲高い叫び声を上げた女性がバランを護る様に抱き締める。
あ、今更だけど、別にソアラを確保しておいても良かったな…。
まぁいいか。
なんとか間に合った。
バラン達の目の前に着地した俺は、二枚のまほうの盾を構えて三つの火球を受け止める。
″ジュゥゥ″とまほうの盾を熱した火球が暫く後に掻き消える。
「あっちっち」
くそっ。
準備もしたし覚悟も有ったが普通に熱いじゃねーかっ。
みずのはごろもじゃなかたら結構なダメージを喰らったんじゃないか?
見た目を気にせず装備しておいて良かった。
「ソアラっ! なんて無茶を…私はお前達の為に死のうと…」
俺が胸を撫で下ろしている一瞬でソッコー縄を引き千切ったバランがソアラを抱き抱えている。
いや、無茶をしたのは俺なんですけど…。
「あなた…無事で良かった…」
バランの手を取ったソアラ。見詰め合う2人が甘い空間を作り出していく。
とりあえずソアラも無事で何よりだが、なんで息も絶え絶えなんだ?
メラミの余波でも喰らったのか?
「この恥晒しが! 魔物なんぞを庇いおって!!」
顔を真っ赤にした国王が怒りを顕にしている。
気持ちは分かるがさっきから俺、無視されまくってね?
もしや、レムオルが効いてるのか?
「見てよ! アレ! おっかしー!」
「ちょっとお嬢ちゃん! そんな事言うもんじゃないよっ」
「だって、あんな変なモノ被ってよく人前に出られるわっ」
俺を指差し笑い転げるずるぼん。その周りの大人達は苦笑いして止めている。
姉ちゃん…。
コレ、あんたの弟なんだぜ?
泣いてなんかやらない。
顔が濡れてるのはメラミで熱かったからだっ。
「者共何をしておる! 邪魔する変態諸とも処刑せいっ!」
おーおー。
生き残った娘を更に殺そうとしますか。
王としての面子とか色々あるにしても、コレがダイの祖父だと思いたくない。
「待ちなっ!!」
広場中に響き渡る声の元、野次馬達が一斉に道を開け、黒いドレスに身を包み鏡を小脇に抱えたルイーダが現れる。
今、この広場でルイーダに注目しないのはバランとソアラの二人だけだろう。
「貴様っ…ルイーダかっ」
「娘が恥晒しならアンタは何なのかねぇ?」
余裕の表情でキセルを吹かしながら俺達の元へと歩みよるルイーダ。
実に惜しい。
後十歳、いや十五歳も若ければ…。
「あいてっ」
並び立ったルイーダに黙ってキセルで殴られた。
マスクしてるのに何故バレタ!? 読心術でも備えてんのか?
「酒場の店主風情が王を愚弄する気か!」
「おいっ違うってアレはカンダタの頭領だっ」
「うげっ!? マジかよ!?」
ルイーダの発言とただならぬ雰囲気に色めき立つ兵士達。
「静まれいっ」
アルキード王が手を上げて兵士達を制止する。
″ピタリ″と兵士達が静まり返り、広場を一瞬の沈黙が包み込む。
「貴様…何をしにきおった?」
王が静かに問う。
「なぁに、当たり前の事をしに来てやっただけさ…あたしらをコケにした…落とし前ってヤツさ!!」
語尾を強め怒りを隠そうとしないルイーダ。
王とルイーダの会話が続いてゆく。
「何…?」
「連れてきなっ」
ルイーダの声に合わせてカンダタマスクを被った男が、偉そうな服着た男を広場の中央へと引き摺り出して押さえ付けた。
「ひっ…違う…俺は違うんだ」
後ろ手に縛られ、顔を地面に押し付けられながらも必死に弁明を続けている。
「大臣!? ルイーダっ貴様! 国に刃向かう気か!?」
「国ってのは何なんだろねぇ? そんな得体の知れない奴でも庇ってくれるもんなのかい?」
「得体が知れぬのはソコの男であろうっ!! 得体が知れぬと証したのは他ならぬお主ではないか!」
「あたしは″能力が見えない″って教えてやっただけさ…その男は能力が見えないだけの…」
ルイーダは大きく煙を吸い込んで、軽く呟く様に声を発した。
「最強の騎士さ」
「何をバカなっ!? 最強だとっ? アバンよりもかっ!? いや、だが大臣は……得体が知れないのは……そうか!」
面白い程に狼狽えたアルキード王だったが、僅かな時間で″答え″に辿り着いた様だ。
首根っこを押さえられて跪く大臣を″キッ″と睨み付けた。
「こやつが余を謀っておる…お主はそう言いたいのじゃな?」
「御名答。なんだい? まだまだ耄碌してないじゃないか? 如何なアルキード王でも父親だった…って事かねぇ?」
「戯れ言をっ! ならば証拠を見せよ! かの者は長きに渡り王家に仕えてきた! 得体が知れぬっと……?」
王の言葉が終わらぬ間にルイーダが大臣にラーの鏡を向ける。
″ボワン″と煙をあげて大臣はその姿を、妖術士へと変貌させた。
あれ?
バランに鏡要らなくね?
…計画通りにはいかないものだ。
まぁ…竜魔人になるリスクもあったし良しとしよう。
「貴様っ!? 入れ替わっておったのか? 危うく騙され得難い騎士を失う処であったわ! 者共! 其奴を引っ捕らえい!」
いや、完全に騙されてましたよ?
見事な手のひら返しに呆然としそうになるも、兵士達は号令の元″妖術士″を槍を突き付け取り囲んでいく。
とりあえず、上手くいったか。
後はバランの説得のみ。
そう安堵した瞬間…妖術士の影から人影が伸びてきたのだった。
今回の装備
E まほうの盾
E まほうの盾
E みずのはごろも
E カンダタマスク