「話せば協力してくれますか?」
「さぁな? 内容次第だ…ついてきな」
踵を返して洞窟に向かうマトリフの後を黙って追い掛けた。
◇◇
「話せ」
家財道具が散らかる洞窟内の椅子に″ドシリ″と腰掛けたマトリフが短く告げる。
どうやらまぞっほは居ない様だし都合が良い。
買い出しにでも行かされているのだろう。
「その前に一つ聞いても良いですか?」
「…なんだ?」
「俺が神託を授かったなんて戯言をどうして信じているんですか?」
神託を受けたと知っていても、詳しく調べればずるぼんが出所のデマであると判りそうなモノだ。
マトリフ程の人物が妄信的に信じるのは解せない。
「…眼だ」
左右の袖の下に手を入れ腕を組んだマトリフがポツリと呟く。
「目? 目付きが悪いから?」
それとも悲壮な目をしていたからか?
「そうじゃねぇ。ルイーダの眼、だ。あの女の眼に映らねぇ奴なんざ居やしねぇのよ…俺やアバンですらあの眼の前じゃ基本能力は暴かれちまう。映らねぇのは人間の枠に収まらない奴か…別の場所から来たトルネコみてぇな奴だな」
目を閉じてうつ向き加減に語るマトリフが一呼吸おいた。
「でろりん。お前さんは何処から来た?」
目を見開き″ギロリ″と俺を見据えてくる。
だから、怖いって。
てか、なんで俺のステータスが映らなかった事を知っているんだ?
ルイーダとの間で情報交換でも行われているのか?
「何処からってアルキーナで生まれ育ってますよ」
「ふんっ。惚けようってのか? トルネコと同じ特性、ルイーダの眼に映らない能力、通貨単位を間違える有り得なさ、それにその話し方、ここまで揃って普通のガキだって言い張ろうってのか? あん?」
何このマトリフ?
鋭いとかってレベルじゃないぞ。
「はいはい。確かにアルキード以外で暮らした記憶が俺にはあるけど、子供の頃に死んでるし役立つ知識は殆ど持ってませんよ?」
両手を上げて降参のポーズを示す。
こりゃダメだな。
なんか色々バレバレじゃねーか。
「そうか…そいつは悪いことを聞いちまったな」
「別に構いません。昔の事よりコレからどう生き抜くかの方が俺には重要ですから」
「可愛げのねぇガキだぜ」
「中身はガキじゃないですから。それで? 俺が特殊な産まれだから神託も信じたって事で良いんですか?」
「そうなるな。だが神託の中身迄は解らねぇ…話しちまいな。 話せばオメェもちったぁ楽になるだろうよ」
マトリフが不気味に笑った事で気付いてしまう。
あぁ、そうか…。
俺は辛かったんだ…。
そんな事まで見抜かれてるなんて、この人には敵わないな…。
ん? 待てよ?
って事は俺が辛いのを知っていながらボコッてたのか?
…やっぱドSだな。
危うく感動しそうになったわ。
危ない危ない。
「どうした? 早く言わねぇか」
マトリフが急かしてくるが、俺はもうお言葉に甘えて吐露する気マンマンだ。
俺が独りで悩むよりマトリフの知恵を借りた方がより良い手段が見つかりそうだし、何より逃げたい。
指摘されて気付いてしまった以上、さっさと話して楽になりたい。
だだの偽勇者が滅びの宿命を独りで背負うとか無理だったんだし、俺は何を独りで抱え込もうとしてたのやら。
てか俺ってバカじゃね?
お? なんか話す前から気分が楽になったな。
まぁ、話を聞くマトリフには御愁傷様だが、聞き出そうとしたのはマトリフだし良しとしよう。
「そう、ですね…滅びの未来を二つ視ました。
その一つはアルキード王国の消滅。もう一つは大魔王の絶命です」
話せることが多すぎて何から話せば良いのか判らないので、とりあえず簡潔に二言で纏めてみた。
「なにっ? 大魔王ってのは誰だ?」
ひじ掛けに両手を突いて身を乗り出したマトリフが食い付いてくる。
アルキードに関してはスルーの様だ。
「バーンと名乗る魔界の神です」
「そうか…噂のバーンが動くのか…それでオメェが足掻く理由は何処にある? アルキードが滅ぶなら逃げちまえば良いだろ」
「アルキードは滅ぶんじゃありません。大地そのものが消滅するので逃げ場なんか有りません」
「なんだと? いや、アソコなら沈んじまうのは容易いか……ラーの鏡とその消滅がどう関係すんだ?」
「アルキードを消滅させるのは竜の騎士バラン。彼は魔族の嫌疑をかけられて無実の中で処刑台に上がります。それを防ごうとした人間の女性、バランの妻であり王女でもある人物が死ぬことでバランは人間に失望し、アルキードを消滅させます。
だから処刑の前にラーの鏡でバランが魔族でないことを証明します」
「謎の騎士バランか…ルイーダの眼に映らなかったのはそういう事か」
「え? なにそれ?」
「知らねぇのか?」
「細かい部分まで知りません。俺が知っているのは大まかな流れダケです」
「ふんっ。役に立つのか解らねぇ神託だな?」
「そうでも無いですよ? 例えば大魔道士マトリフは極大消滅呪文″メドローア″を使えるとか、大魔王はそれすら弾くとか有意義な情報じゃないですか?」
「テメエっ!? …いや、そうか…噂のバーンはメドローアを弾くのか」
マトリフは血相変えて″ガタッ″と立ち上がったが、直ぐに座り直して足を組んだ。
流石にクールが信条の大魔道士。冷静に情報として処理した様だ。
「メドローアを片手で弾くし、黒のコアをバンバン使おうとするし、メラゾーマは火の鳥だし、手刀でオリハルコンを砕くし、そうそう! 神よりも強いそうですよ?」
「…なんだ? そのバケモンはよ?」
俺から見たらマトリフも十分バケモンなんだけど、流石大魔王は格が違った。大魔道士に冷や汗を流させている。
「だから大魔王ですって。
いやぁ、一人でどうしようかと思ってたけど、マトリフが聞いてくれて良かった良かった。協力お願いしまっす!」
今まではバランや大魔王を思う度、暗い気分にさせられていたが、こうして清々しい気持ちで話せる日が来ようとは。
マトリフ様々である。
「テメぇ…まさかこの俺をハメやがったのか?」
「いえいえ、とんでもない! 俺は言いたく無かったけど無理矢理マトリフが聞き出したんじゃないですか? あ、ここまで言ったからには全部聞いて下さいよ? どうせ、もう知ってしまってるんだからより詳しく聞いても変わりませんから」
両手を前に突き出してパタパタと振ってみせる。
結果的にマトリフに重荷を背負わしてしまうが、最初からそんな事を企んでいた訳じゃないからなっ。
「オメェ…ロクな死に方しねぇぜ?」
「そうかも知れませんね。だけど、誰よりも長生きしてみせますよ」
「ちっ…気に入らねぇ野郎だぜ…仕方ねぇ、最初から詳しく話しな」
「そうですね…少し長くなりますが良いですか?」
「早くしな」
観念したのか椅子に深く腰掛けたマトリフは瞳を閉ざした。
「俺が知っているのは勇者アバンがカール王国に仕えていた頃からです・・・」
こうして俺は、主観を交えず出来事のみをマトリフに伝えていくのだった。
◇◇
「厄介だな…全部繋がってやがるのか」
俺は覚えている全ての流れを話した後、巻物に時系列順に書き記した。
それを地面に広げマトリフは苦々しく睨んでいる。
「そうなんですよねぇ…どうしましょ?」
「此処だ、此処で終わらせる」
マトリフが杖の先で″トントン″と指し示すのは″一度目の大魔王戦″だ。
「其所で倒せたら言うこと無いけど、どうやって? その段階じゃ勇者はまだまだ成長途上ですよ? それにアルキードはどうするんですか?」
「そんな国は放っておけば良い。 オメエの話を聞く限り自業自得だ…って言ってやりたい処だが…」
マトリフが言葉を濁す。
「何か気になる事でも?」
「あぁ…つい先日だ。ルイーダの奴がバランの正体を確かめに王家に呼ばれた。 その結果は黒だ。そりゃそうだろうよ、相手は伝説の竜の騎士だ。視えるわきゃねぇ」
「うげっ!? ルイーダが魔族のお墨付きを与えたんだ!?」
何の証拠も無しに追放なんておかしいとは思ってたんだ。
でもルイーダが原因かよ…。
「そうなるな。それで奴さんはめでたく追放、オメェが言った通りに進んでやがる」
「いや、メデタクないし」
「黙って聞け…ルイーダはバラン以外にも視えない奴が居ると言っていた。王家のくだらねぇ争いなんざ気にも止めてなかったがよ…オメェの話を聞けば″裏″ってヤツが見えてくるじゃねぇか?」
「裏、ですか?」
「そうだ。このアルキード消滅で誰が一番得をする?」
マトリフは杖で″アルキード消滅″の項目をトントン叩いている。
「そりゃ…大魔王って、あぁそういう事ですか」
「そうだ。ちったぁ頭が回るじゃねぇか? 本来敵になる竜の騎士を手駒にする為の謀略だろうよ。汚ねぇが巧い手だぜ」
「謀略だとしてどうするんですか?」
「潰すに決まってる。 俺に隠れてコソコソしやがって…気に入らねぇ」
「いや、謀略は影でコソコソでしょ?」
「あん? オメェだって潰そうとしてんだろが?」
「そうですけど、問題は此処と此処。この辺りの成長をどう補うかなんですよ」
俺は剣先で″竜魔人バランとの闘い″″紋章の継承″の項目をトントンと指し示す。
「ふんっ全く厄介な野郎だなっバランって奴はよ」
「一応継承に関しては案が有るんですが、問題は実戦経験の不足なんです」
「アバンの野郎を早めに向かわせれば済む話だ」
「でも、勇者アバンの行動は監視されてる可能性が高いですよ? 見てください、此処と此処。魔王軍の行動が早いのは監視されてるからじゃないですか?」
剣先で″ヒュンケルとミストバーン出会う″″アバンとハドラーの闘い″の項目を指し示す。
ハドラーの襲来は兎も角、ヒュンケルをミストバーンが助け上げるのはタイミング的に監視が必須だ。
「ならテメエが未来の勇者とやらをしごいてやんな」
「いや、無理だし。俺はそんなに強くなれないし」
「あん? ナニを寝惚けた事言ってやがる? テメエはコレから俺が地獄の猛特訓を課してやる。 俺を巻き込んだ事を死んで後悔しやがれ」
大魔道士は″ニタリ″と微笑んだ。
「はぁ!? いやっちょっと!? だから言いたくなかったんだよぉー!!」
狭い洞窟内に俺の魂の叫びがこだました。
こうして俺は、強力な協力者を得て真の地獄の日々を過ごす事になるのだった。