これはマズイ。
″パプニカの天才″バロンに付き従う3人の子供達は、バロンと同じ様なヒラヒラした服に身を包み、額にはサークレットを付けている。
こんな子供にまで魔法の法衣を支給可能なのは、魔法の布を特産品として扱うパプニカならではだろう。装備品の質は完全に負けている。
男が1人に女が2人。
年の頃なら10〜12歳位か?
女の方は2人揃って髪を長く伸ばしているが、多分あの3人だよなぁ。
はぁ…。
俺はダイだけじゃなくコイツ等も痛め付けなきゃならないのか? こんなところで出会す己の運命を呪いたい気分だ。
いや、呪うよりも先に勝てるのか?
見た感じ負ける気はしないが、見た目と実力が比例しないのがこの世界だし油断は禁物。
おまけに相手は4人もいるし、天才君は自信満々だし、実は結構なピンチかもしれない。
彼等の10年後の実力から考えて、現時点の実力はそう高く無いと推測できるが、こっちもそんなに強くないんだよな。
切実にチートアイが欲しいぞ。
とりあえず、情報収集がてら口撃するとしよう。
「何しに来たんだ?」
ゆっくり歩みよるバロン達に声を放つ。
その距離目測で20メートル。魔法が届き、又、交わすことも出来るギリギリの距離感だ。
「貴様! よくも寛大なるテムジン様を虚仮にしてくれたな!」
″ピタリ″と歩みを止めたバロンがコメカミに青筋浮かべて叫んだ。
おー、おー。
怒ってる怒ってる。
怒るバロンの背に隠れた女の子も「そうよ、そうよ!」とか言ってるし、こりゃ完全に悪役だな。
「虚仮にしてないし、よく此処が判ったな?」
「森の中で煙を上げていれば己の居場所を教えている様なモノだ! 貴様が森に向かうのは解っていたからなっ! この間抜けめっ」
ほうほう。俺の嘘を信じて森を捜したのか。どっちがマヌケなのやら。
そんなんじゃ一生マトリフは見つからないぞ。
それにしても、こっちにはまぞっほも居るのに子供を連れてくるとか、この天才様は馬鹿じゃないのか?
「それで? 何しに来たんだ? 俺の嘘を見抜けない曇り眼の大司教様になんか言われたのか?」
「平然と嘘を付いて恥じる事ない君の様な者が、テムジン様を愚弄するなど許さないぞ! 大人しくお縄につけ!」
ヒラヒラした服を着こなすツンツン頭の少年が、バロンに並んで口上を述べている。
俺の見立てならコイツこそアポロのハズだ。
なんで未来の三賢者様がテムジンのシンパしてるんだよ?
「はぁ? 俺別に悪いことしてねーし」
「嘘おっしゃい! じゃぁどうして逃げるのよ!」
今度はマリンか?
ロングヘアーだからイマイチ自信がもてない。
「俺達が無実って証明したのはテムジンだろ?」
「あなたが優しいテムジン様をたぶらかしたんでしょ!!」
子供にたぶらかされる大司教ってどうよ?
妄信的な少女はエイミか?
「お前等、誰だよ?」
昨日の事もあるし一応、名を確認しておこう。
てか、子供がこんな所にノコノコ来るなよ。
コイツら逃走犯を追跡するってのがどういう事か分かっているのか?
「僕はアポロ! 未来の賢者を目指してテムジン様の庇護の元修行に励む者だ」
「同じく、マリン!」
「私はエイミよ!」
何だそりゃ?
テムジンの庇護?
あの閣下、実は良いこともしてるのか?
「貴様! 俺を無視するんじゃない!」
「お前は″パプニカの前菜″バロンって知ってるし」
「パプニカの天才だ!!」
沸点の低い奴だ。
天才なんて叫んで恥ずかしくないのか?
「なんじゃい? 騒々しいのぅ」
バロンの怒声に、寝惚け眼を擦りながらまぞっほが身を起こした。
「追っ手が来たみたいですよ?」
「ナヌ!?
・・・なんじゃ驚かせよって。子供ではないか」
″よっこらしょ″と立ち上がったまぞっほは、服についた埃を払って悠然としている。
「ふんっ。三流魔法使いが虚勢を張りよって! 貴様は黙って怯えておれば良いのだ!」
「ほっほっほ。青いのぅ。ワシが怖れていたのはお主では無いぞ? テムジンが居らぬなら、お主なぞ恐るるに足りんわい」
流石まぞっほ!
言ってる事は情けないし子供相手に大人気ないが、頼もしいぞ。
「君達が悪人であっても手荒な真似はしたくない。大人しく捕まってくれないか?」
″ずいっ″と一歩前出て優等生っぽい台詞を吐くのはアポロ。 良いこと言ってるつもりだろうが、一方的に言われる方は堪ったもんじゃない。
「はぁ? なんもしてねぇっつーの!」
そりゃ嘘を付いてたぶらかしたけど、元々不当に逮捕されていたのを正式に釈放させたダケだ。
「だったら大人しく捕まって、調べを受けなさい! 悪いようにはしないわ」
何の権限があってマリンは言ってるのだろう?
とりあえず、証拠を見せろ! と言いたいがこの世界はバランの例を見ても疑わしきは罰する世界だ。
「捕まる意味がわかん「そりゃ困るのぅ」」
え?
俺の発言にまぞっほが被せてきた。
あんた悪事を働いてたのか?
目を泳がせて口笛吹いてるまぞっほをジト目で睨んでおく。
「ほらみなさいよ!」
「何がだよ! 俺達は忙しいから捕まってる暇なんかないって言ってるんだ」
「そうじゃそうじゃ。ソコまで言うなら証拠を見せてほしいもんじゃな?」
言ってる事は合ってるけれど、良い年したまぞっほが子供の口喧嘩に口出しするのはどうかと思うぞ。
「黙れ! テムジン様だけでなく俺まで虚仮にしやがって! 貴様等を捕らえるに証拠など要らぬわっ」
「バロンさん、それは…」
バロンの暴論にアポロは疑念を抱いた様だ。
テムジン達の怪しさに気付いてくれればヤり合わなくて済むんだけどな。
「アポロよ。お前はテムジン様の仰る事が間違っていると言うのか?」
「そんなことは…でもっ」
アポロは見ていて面白い程に葛藤している。
頑張れアポロ!
「ごちゃごちゃ五月蝿いのぅ。証拠が要らぬでも捕らえる力が足りんではどの道無理じゃわい」
小指の先で耳の穴をほじったまぞっほが、その小指に息を吹いて挑発を続け、アポロの覚醒を台無しにした。
「ジジィっ…誰に向かってほざいている!?」
「さぁのぅ? 前菜じゃったかの?」
「貴様っ…! アポロ! ジジィは俺がやる! お前達はそっちのクソガキを捕らえるんだ」
「ひょっひょっひょっ。どれ、その高く伸びた鼻をへし折ってやるとしようかの」
まぞっほがここまで強気なら負ける事は絶対に無いだろう。
なんたってまぞっほだからなっ。
「殺しちゃダメですよ?」
「言われんでも判っとるわい」
そう言ったまぞっほは魔法力を身に纏って俺達から距離をとり、ソレを追うようにバロンも駆けてゆく。
「バロンさんにも困ったものだわ。熱くなると直ぐ我を忘れるんだから」
マリンは頬に手を当て小首を傾げているが、アレは我を忘れるじゃなくて、″地が出ている″と言わないか?
「それで? 君はどうするんだ? このまま大人しく捕まってくれるのかい?」
アポロは腰に巻いていた捕縛用のロープを手にしている。
結局アポロはテムジンサイドか…。
まぁ、今回の件だけで趣旨変え出来るほどの決定的な出来事とも言えないから仕方ないか。でも、結論ありきの上から目線はどうにかならないのか?
「何もしてないから捕まる理由は無い。どうしても、と言うなら抵抗するだけだ」
これ以上ぐだぐだ言っても拉致が明かない。
捕まるわけにはいかないし、まぞっほがバロンを引き受けてくれてる間に、こっちも腹をくくろう。
「呆れた…。よくそう言うことが言えるわね? あなた悪いことしたら″ごめんなさい″って習わなかったの? 一体どういう教育を受けたのかしら?」
ほうほう。
それはつまり、俺の両親を馬鹿にしてるのか? してるんだな!?
「そう言えば、名前を聞いてきたくせに名乗ってもないよね?」
「そうね。可哀想に、躾がなってないのかしら? あなた、名前は?」
「…………でろりん」
「…はぁっ。嘘を付くならもうちょっとマシな名前にしなさいよ?」
「そうよ! そんな可笑しな名前あるわけないでしょ」
ほうほう。
それはつまり、俺の両親を冒涜してるんだな?
「おいっマリン!エイミ!止さないか」
「あら?」
「え?」
アポロは怒りに震える俺に気付いた様だがもう遅い。
名前を笑われるのは良いんだ。
誰がどう聞いたって変な名前なのは間違いない。
だけどっ!
こんな奴等に全否定される謂れはない!
「お前ら全員ボコってやる!!」