S.P.TからA.P.W.P.Dへ
闇の帝王 そして ハリー・ポッター
「なんだろう、これ。どうして、ぼくの名前があるんだ?」
ガラスの玉が置かれた台座には、文字が刻まれていた。その意味など、分かりはしない。だがそれが、ハリーが夢のなかで求めていたものだ。それで、間違いはない。ハリーが、ゆっくりとそれに手を伸ばしていく。
※
神秘部と言うだけあって、奇妙な部屋ばかりだった。ハーマイオニーが扉に1番と付けた部屋は、中央に置かれた巨大な水槽のなかに、半透明の白いものがいくつも漂っていた。ハーマイオニーの見立てでは、それは脳みそであるらしい。
次に開けた部屋は、中央が低く凹んだ部屋だった。外周から中央へ向け、ぐるりと囲むようにした階段になっており、その高低差は6~7メートルといったところ。中央には石の台座の上にアーチが立っていて、そのアーチにはカーテンかベールのような黒い物が掛けられていた。そのベールの向こうが気になったハリーだが、ここに来た目的はシリウス・ブラックの救出。この部屋にシリウスはいない。
その次は、がっちりと鍵がかかっていて入れず。そしてその次に入った部屋こそが、ハリーが夢で見た部屋だった。そこから、夢のとおりに進んでいく。そして、目指す場所に着いた。
そこにはいくつもの棚が並んでおり、夢の通り、棚には小さなガラスの球がならべて置いてあった。その、97番の棚。その、奥の方。
「なんだろう、これ。どうして、ぼくの名前があるんだ?」
シリウスを探しているはずだった。ここでシリウスが、ヴォルデモートと争っているはずだった。だが、そんなようすはどこにもない。おかしいと思い始めたころ、ガラス球の置かれた台座にハリーの名前があるのを見つけたのだ。
「触らないほうがいいと思うわ」
ハリーが手を伸ばすのを、ハーマイオニーが止める。そこへ、もう少し奥の方を指さしながら、ジニーが声を掛けた。
「ねえ、あっちにすごくキレイな色をしたのがあるんだけど。あれ、持って帰ってもいいと思う?」
「ダメよ、ここにあるものは触っちゃダメ。なにが起こるか、わかったもんじゃないわ」
「その意見にはあたしも賛成だけど、ムリだね。もう遅いよ、ほら、ハリーがさわっちゃってるもん」
すでにハリーはそのガラスの玉を手に取り、ホコリを払っているところだった。それに、ジニーも。ハーマイオニーとしては思わずため息をつきたいところだろうが、そんなことをしている場合ではなくなった。
突然、背後から声がしたのだ。
「よくやったぞ、ポッター。さあ、こっちを向きたまえ。それをこちらに渡すのだ」
※
「ダンブルドアには、連絡が取れるのか」
「やってみよう。しかしハリーも、ムチャをするものだ。神秘部に出かけていくとはな。向こうのワナだとわかりそうなものなのに」
「それが勇気だとでも思っているのだろう。勇者さまは、いさんで神秘部での戦いにお出かけというわけだ」
「戦いになると、本気でそう思ってるのか」
ここは、不死鳥の騎士団の本部であるグリモールド・プレイス12番地。報告と依頼に訪れたスネイプは、本部にいたルーピンにそう問われ、つかのま考えるそぶりをみせた。
「あるいは、な。とにかく、連絡を頼んだぞ。ダンブルドアでなければ、解決は難しいだろうからな」
「大丈夫だよ、どこにいるのか見当はついているから」
「そうか。おそらく、そう時間はないはずだ」
部屋を出て行こうとする、スネイプ。だがそこにいたもう1人が、スネイプを呼び止めた。
「そもそも、おまえが引き留めていれば、何も問題はなかった。そうじゃないのか、スネイプ」
「黙れ。いまは、魔法省ともめ事を起こすわけにはいかんのだ。状況も知らずに適当なことを言うな」
「シリウス、ここでもめてる場合じゃない。ダンブルドアの指示が必要なんだ」
「そんなことは、わかっている。だがこの男は、ろくに閉心術を教えなかったのだ。そうに決まってる。だから、むざむざと向こうの罠にひっかかったりするんだ」
あるいは、そうかもしれない。スネイプの返事が遅れたのは、そんな思いが頭をよぎったから。だがその意味は、シリウスの思っていることとは違っていた。
「そうかもしれん。だが学ぼうとしない者に、教えることなどできると思うか。あやつが、課外授業を何度サボったと思うのだ」
「それでも教え込むのが教師の仕事だろう。こうなったのは、おまえがその役目を放棄したからじゃないのか」
「話にならんな。吾輩は、学校に戻るぞ」
「落ち着くんだ、2人とも。いまはヒートアップしてる場合じゃない。力を合わせるんだ。協力が必要なときだぞ」
そのルーピンの言葉に、2人は何を思っただろう。今度こそスネイプは部屋を出て行き、シリウスも、無言でそれを見送った。
※
「さあさあ、力を合わせて戦うんだろ。あきらめずにもっと頑張ったらどうなんだい。協力すれば勝てるんじゃなかったのかい?」
もはや、逃げ出せるチャンスはない。ここまで追い詰められ、何本もの杖を向けられては、そう思わずにはいられなかった。それに、抵抗しようとする気力も尽きかけている。なにしろ相手は、容赦なきデス・イーターたちだ。一体、何人いるのだろう。ハリーたちが名前を知っている者もいたし、知らない顔もあった。
ハリーが棚からガラスの玉を取ると、それを待っていたかのように現れた者たち。もちろん逃げるだけでなく、抵抗もした。神秘部のなかを駆け回り、物陰に隠れ、デス・イーターを倒そうと努力した。実際に、何人かを失神させることもできた。だがとうとう、こうして追い詰められてしまったのだ。
「渡すのだ、ポッター。もう、そうするしかあるまい。仲間を助けたいのであれば、渡すのだ」
「黙れ、おまえたちの言うとおりになんか、してたまるか」
要求されているのは、ハリーが棚から手に取ったガラスの玉だ。デス・イーターたちは、それを予言と呼んでいた。何のことかハリーにはわからなかったが、このピンチを乗り越えることができるとするなら、これを利用するしかない。
「予言だと言ったな? これを渡せば、ぼくたちをこのまま帰してくれるって?」
「そうだ、ポッター。予言を渡すだけでいいのだ。実に簡単なことだろう。それだけでお仲間は無事にホグワーツに帰れるのだ」
「シリウスはどうなるんだ。もちろんシリウスも無事なんだろうな」
もちろん杖は構えたままだが、デス・イーターたちは唖然とした顔を見合わせた。1人の魔女が、笑い出した。ベラトリックス・レストレンジという魔女だ。
「まさか、おまえ。本当に信じているのかい。ここにシリウス・ブラックがいると」
「いい加減、気づきそうなものだぞポッター。ワナだったということにな」
今度は、ルシウス・マルフォイだ。そこでデス・イーターたちが、一斉に笑う。ここに至ってハリーは、納得せざるを得なかった。シリウスは、ここにはいない。意図的に夢を見させられ、誘い出されたのだ。
「だとしても、おまえたちの思いどおりにはならないぞ。予言とやらいうやつは、あのガラス玉のことだろ。あいにくだったな」
「どういう意味だ」
「ガラスというのは、割れるんだ。ついさっき、おまえたちも盛大に割ったじゃないか」
「あのなかにあったというのか。ウソをつくな。予言の玉は、おまえが持っていたはずだ」
デス・イーターたちから逃げ回った際、あの97番の棚を含めた多くの棚が倒れ、並べてあったほとんどのガラスの玉が割れてしまっている。ハリーの名前があった玉も、今はハリーの手元にはない。
「さっきおまえに攻撃されたとき、落としたんだ。どうなったかわかるだろ」
「信じると思うか。おまえとて、闇の帝王が何故おまえを殺そうとしたのか、理由を知りたかったはずだ。壊すはずがない」
「どういうことだ」
「ほう、知らなかったのか。それならそれでよい。ならば我らは、おまえを闇の帝王のもとに連れて行くだけだ。ステューピファイ(Stupefy:麻痺せよ)」
だが、それは脅かしであったらしい。ハリーたちの誰にも当たらなかったし、デス・イーターたちは、続けざまに攻撃してはこなかった。というのも、あの予言の玉を気にしているからだ。ハリーを攻撃してそれを壊してしまった場合、ヴォルデモートの不興を買うことになるのは明白。誰しも、自分の攻撃で壊した、という事態は避けたいのだ。
だが、ハリーたちの絶体絶命の状況は変わらない。どうやって逃げ出すか。何を思ったのか、ハーマイオニーがハリーに耳打ち。
(ねえ、ハリー。もしアルテシアがいたら、なんとかなると思う?)
(なんだって、アルテシア?)
(ええ、そうよ。いまここに来てくれたなら、なんとかなると思う?)
(わからないよ。わからないけど、いまさら間に合うはずないだろ)
(そうだけど。でも他に、いい方法がないわ)
ハーマイオニーがポケットに手を突っ込んだところで、ベラトリックスが杖を突き出して叫んだ。
「こそこそと、何をやってるんだい。どうやらおまえたちには、拷問でもしてわからせてやる必要がありそうだ。まずは、その娘からいってみようじゃないか。そうすりゃきっと、ポッターも予言の玉を渡すだろうさ」
「磔の呪文は、禁止されているわ。そんなことしちゃ、いけないわ」
一瞬の沈黙がひろがったあと、デス・イーターたちが、またも一斉に笑い出した。すぐそばにいたハリーには、ハーマイオニーが震えているのがわかった。恐くないはずがない。もちろん、ハリーも恐いのだ。
カシャン、と音がした。何の音かと、振り返っている余裕はなかった。笑うのをやめたベラトリックスが、改めて杖をハーマイオニーに向けたからだ。
「あたしがアズカバンに何年いたのか知ってるかい? その禁止されてることをやったからさ。そのあたしが、いまさらそんなことを気にするとでも思うのかい?」
「や、やめなさい。そんなこと、しちゃ、いけないわ」
「あっははは、震えているよ、この娘。知ってるかい? この呪文を使うときは、相手を苦しめようと本気で思うことが大切なのさ」
ハーマイオニーの反応を楽しむかのように、ピクピクと、杖先を上げ下げしながら、ベラトリックスはそんなことをいいはじめた。
「楽しむんだよ。相手に苦痛を与えることを楽しまなきゃいけない。さあて、あんたはあたしを、どれだけ楽しませてくれるかね。クルーシオ(Crucio:苦しめ)」
瞬間、ハーマイオニーは目を閉じた。力いっぱいまぶたを閉じ、両のこぶしを握りしめて、そのときを待った。だが、予想したときは訪れない。ゆっくりと目を開けた。そこには、困惑しているようすのベラトリックスがいた。
「なんだ、なにかするんじゃなかったのか」
「黙れ、ポッター。これは、なにかの間違いだ」
言いながら、自身の杖を見つめるベラトリックス。いったい、魔法は発動したのかしなかったのか。
「許されざる呪文は、許されない。使わない方がいいですよ」
その声は、ハリーたちを追いつめたデス・イーターたちの、その背後から。誰もがそちらを見た瞬間、その声の主が右手の人差し指を軽く左右に振ってみせた。するとそこから、赤や黄色や青といった、色鮮やかな光が飛び出す。デス・イーターたちがあわてて避けようとするが、その光はとくに危害を加えたりすることなくデス・イーターたちをすり抜け、ハリーたち5人をそれぞれに包み込んだ。
「何者だ」
そんな誰何の声をあげたのは、一人だけではない。何人ものデス・イーターから問われ、そこにいた少女が、軽く頭を下げた。
「初めまして。わたしは、アルテシア・ミル・クリミアーナ。アルテシアでもクリミアーナでも、お好きに呼んでいただいて結構ですけど、アル、とだけは呼ばれませんように」
「なんだい、あんた。まさか、あたしの杖になにかしたのかい?」
「ルシウスさん、あなたがここにいらっしゃるとは思いませんでした。ドラコは、このこと知ってるんですか」
デス・イーターたちのなかにルシウス・マルフォイを見つけ、アルテシアは驚いたような声をあげた。ルシウスは無言のままだ。
「わたし、ここでなにがあったのか、どういうことになってるのか、わかってないんです。ちょっとだけ、お時間くださいね」
スタスタと歩き、ルシウスの横を通ってハリーたちのそばへ。誰もが、そのようすを見ているだけだった。そして。
「ハーマイオニー、説明してくれる?」
「あ! ええと」
「わたしを呼んだよね? あの玉、使ってくれたんでしょ。お守りの『にじ色』の玉」
「そ、そうだけど、ほんとに来てくれるとは」
「約束したでしょ。なにかあったら、どこにいても駆けつけるって。で、なにがあったの? わたしは、何をすればいい?」
つまり、こういうことである。アルテシアは、ダンブルドア軍団への参加を断る代わりにと、ハーマイオニーにお守りとしての『にじ色』の玉を渡している。その玉を割れば魔法が発動し、アルテシアをその場所に呼ぶのである。
「あのね、アルテシア」
「そんな話をしてるヒマはない。それより、これはなんだよ。ぼくたちを包んでいるこれは」
「ええと、そうね。プロテゴ(Protego:護れ)みたいなもの、かな。さっき、あの人がイヤな魔法使おうとしてたから」
「それから守るためのものなのね。あたしたちに危険はないのね、アルテシア」
「うん。そのままでも、自由に動けるよ」
結局、今の状況についての説明はなかった。そんな時間はなかった、ということにはなるだろう。デス・イーターたちが、いつまでも黙って見ているはずはないからだ。誰かが放った赤い閃光がアルテシアを襲う。それが当たったと思われた瞬間、アルテシアの姿が、ゆらりと揺らめいてみえた。
でも、それだけだった。アルテシアは、かわらずそこに立っていて、魔法を放った魔法使いに目をむけた。
「な、なんだ。当たっただろ。どういうことだ」
「さあ? でもそういうことがお望みなら」
本来、その必要はないはず。だがアルテシアは、腰に下げた巾着袋に手を入れると、杖を取り出した。その杖を、いや腕をゆっくりとその魔法使いへと向けていく。なぜだろう、ピンと張り詰めた空気がその場を支配し、誰も何も言わなければ、動きもしない。
右手だけがゆっくりと動いていき、杖が魔法使いに向けられる。そこでピタリと動きを止め、にっこりと微笑む。それは、いつものアルテシアの笑顔。そしてまた、動きだす。ついには真上に向けられた、その瞬間。そこに太陽でもあるかのような、まばゆいばかりの光が杖からあふれ出した。周囲を昼間のように照らしたその光は、その姿をにじ色へと変えアルテシアのもとに戻っていく。キラキラと輝く7種の色の玉となったそれが、アルテシアの周りをくるくると回り始めたそのとき。
バーン、と大きな音がとどろいた。誰かの叫ぶような声が聞こえた。どかどかと何人かが駆け込んでくる足音が響いた。
飛び込んできたのは、シリウス、ルーピン、ムーディ、トンクス、キングズリーの5人。全員、不死鳥の騎士団のメンバーである。そのことが、デス・イーターたちの動きもよみがえらせることになった。デス・イーター側と騎士団側の双方から魔法が発せられ、たちまちのうちに撃ち合いとなる。それが同時に、囲まれていたハリーたちに逃げ出す機会を与えることにもなった。飛び交う閃光をかわしながらハリーが駆けだし、そのあとをロンが続いた。
そのときには、アルテシアを包み込もうとしていた光の玉は、収束することなく霧のように散り、消え去っていた。それは、騎士団メンバーの声のため。トンクスが、アルテシアの名前を叫んだからである。
ハーマイオニーが、アルテシアの手を取った。
「ありがとう、アルテシア。あの人たちは騎士団のメンバーなのよ。どうやら、あたしたちを助けに来てくれたみたい」
「ええと、じゃあハーマイオニーは、あの人たちみんな知ってるのね?」
「ええ。もちろん味方だから。さあ行こう、とにかく、逃げ出さなきゃ」
ハーマイオニーにそう言われ、ジニーには腕を引っ張られて、アルテシアもその後に続くことになった。そのアルテシアのところへ、トンクスがやってくる。
「アルテシア、あんた、なんでここにいるの? いま、なにするつもりだった?」
※
アルテシアは、トンクスと一緒にいた。デス・イーターたちとの戦いの最中であるが、離れず着いてくるようにとトンクスに言われ、そうしているのだ。戦いのほうは、いまや騎士団側のほうが優勢となっている。アルテシアが、幾度となくデス・イーターたちの攻撃を妨害し、トンクスの手助けをしているからだ。
もちろん目の届く範囲でということにはなるが、そうしていることを、トンクスには気づかれないようにしようとアルテシアは考えていた。トンクスが必死で自分を守ろうとしてくれていることが、嬉しかったからだ。そのことは、アルテシアの表情を見れば誰にでも容易に推測できるだろう。とはいえ、今が戦いの場であることを忘れているわけではないし、ただ守られているのも本意ではないので、こっそりとデス・イーター側からの攻撃を防いだりしているというわけである。
「アルテシア、平気? 大丈夫だよね」
「うん、トンクス。問題ないよ」
ときおり、そんな会話が交わされる。アルテシアも防御に専念しているわけではなく、ときおり失神呪文や武装解除といった魔法で応戦している。それらを百発百中で相手に命中させることは可能なのだが、それが許される状況ではなかったこともあり、命中率は高くはない。
「でも、驚いたよ。まさかここにいるなんて思わなかったから」
「ハーマイオニーが呼んでくれたの。じゃなかったら、気づかなかったと思う」
「退学になるかもしれないって聞いたよ。目立たない方がいいだろうに」
「うん。そうかもしれないけど」
実際、どういうことになるのか。それはアルテシアにはわからないし、ここで考えることではないと思っている。なにより今は、この戦いが無事に終わること。それが肝心なのだ。
いまや戦いの場は広範囲に拡大しており、誰がどこに居るのか、どういう状況にあるのか、そのすべてを把握することはできていない。その気になれば調べることは可能だが、トンクスと一緒という状況ではさすがに難しい。それでもデス・イーターたちを倒し拘束するごとに相手側の攻撃が減り、余裕が生まれてくることになる。すでにトンクスは、2人のデス・イーターを失神させ、魔法で拘束することに成功しているのだ。
「行くよ、アルテシア。みんなと合流しないと」
「わかってる」
続いて3人目のデス・イーターを拘束。これで、トンクスと相対しているデス・イーターはいなくなった。一息つきたいところだが、まだ戦っている仲間が居る。そちらに向かおうというのだ。
ここでアルテシアは、自身がマジック・フィールドと名付けた魔法を発動。トンクスが駆けだした今なら気づかれないと思ったのだ。トンクスと距離を取りつつ、マジック・フィールドの範囲を広げていく。これはホグワーツで試した探査魔法の応用であり、より進化させたものということができる。この範囲内はアルテシアの魔法による支配を受けることになるため、探査魔法のように範囲内のすべてを見ることができるし、何かが動けば即座に探知が可能。たとえ物陰に隠れていようとも意味はないし、攻撃してきたとしても、その瞬間、ほぼ自動的に反対呪文などが発動され防ぐこともできる。
「何してんの、早く来なよ」
「あ、うん。わかった」
マジック・フィールドで把握した感じでは、どうやら騎士団員たちは、ハリーたちを連れて脱出しようというよりは、デス・イーターたちを捕らえてしまおうと動いているようだった。デス・イーターが全部で何人いたのかをアルテシアは知らないが、その多くは魔法により拘束されており、いまも戦っているのはせいぜいが2~3人。その数人のデス・イーターがいる場所へ、トンクスも含めた騎士団員が集まろうとしていた。
トンクスに呼ばれてマジック・フィールドを解除したアルテシアだが、その効果が途切れる寸前、戦いの場にダンブルドアが来たことを知った。20世紀で最も偉大な魔法使いと称されるダンブルドアが、ようやく姿をみせたのだ
※
そこに、背の高い痩せた男が立っていた。黒いフードを被っているため、その顔がはっきりと見えるわけではない。だが誰もが、恐ろしい蛇のような青白い顔と真っ赤な両眼とを目にした。この人物が、決して名前を言ってはいけないあの人なのだと、理解した。
すなわち、ヴォルデモート卿である。ヴォルデモート卿が、エントランスホールの真ん中に姿をみせたのだ。ダンブルドアが、前に進み出る。
「ようこそ、トム。じゃが、今夜ここに現れたのは愚かだというしかないのう。せっかく魔法省がおぬしの復活を否定しておるのに、わざわざ姿を見せるとは」
「ダンブルドア、か。そうだな、この状況では失敗したと認めるしかない。何カ月ものあいだ準備をしてきたが、うまくはいかなかったようだ。だが収穫はあったぞ」
「ほう。なにやら得るものがあったというか。それが、わしの望む方向を向いているのであれば結構なことじゃが」
すでに戦いは、収束しつつあった。エントランスホールの傍らには、魔法で拘束されたデス・イーターの姿がある。このときまで戦っていたのは、姿を見せたヴォルデモートのもとに駆けつけたベラトリックスのみである。逃げ去ってしまった者もいるかもしれない。
「私を殺すのか、ダンブルドア? それとも、野蛮な行為はしてはならぬのだと説得でもしてみるかね」
「いいや、トム。もはやおまえに言い聞かせることができるとは思わんよ。きちんと決着をつけることになるじゃろう」
ダンブルドアの杖がすばやく動き、その杖先から、細長い炎が飛び出した。そのロープ状の炎がヴォルデモートを絡め取った、ように見えた。だが一瞬のちには、そのロープがヘビに姿を変え、今度は、鎌首をもたげてダンブルドアへと立ち向かう。ヘビは、身をかがめるようにしたあとで、一気に体を伸ばしてダンブルドアの頭をめがけてジャンプ。そこでまた炎のかたまりへと姿を変えた。
続いて、ヴォルデモートの杖から緑の閃光。炎を避けようとしていたダンブルドアめがけて飛んでいく。
「あぶない」
そんな叫び声。だがダンブルドアの前に急降下してきた鳥が、嘴を大きく開け、その緑の閃光を飲み込んだ。不死鳥のフォークスだ。ダンブルドアを魔法省の神秘部へと運んできたのは、フォークスだったらしい。そのフォークスが床に落ち、炎となって燃え上がる。
そこで、ダンブルドアが杖を一振り。エントランスホールにある魔法族の和の泉と呼ばれる噴水から、大量の水が湧き上がり、ヴォルデモートを襲う。その水を払いのけようとしたものの飲み込まれてしまったヴォルデモートが、姿を消した。逃げようとしたのか。あるいは。
「どこだ。ヴォルデモートは、どこに? それに、なぜこんなに人が? いったい、どうなったんだ」
ハリーの声が、エントランスホールに響いた。エントランスホールには、騒ぎを聞きつけた職員らが集まってきていた。
※
「コーネリウス。もしもまだ、このわしを捕まえる気でおるのなら、おまえの部下たちと戦ってもよろしいぞ。じゃがもう、その必要はないじゃろうと思うが」
「わかっている、ダンブルドア。私も『あの人』を見た。それにあの女は、ベラトリックス・レストレンジだ。女を引っつかんで、『姿くらまし』しおった」
「ふむ。では、わしがずっと言ってきたことが正しかったと、そう認めてもらえるのじゃな。ならば、拘束したデス・イーターたちの処分を任せてもよいかの」
魔法省の職員であろう人たちと、騎士団のメンバー、それにホグワーツの生徒たち。ダンブルドアとファッジは、それらの人たちに囲まれていた。
「よいとも。ドーリッシュ、それにウィリアムソン。デス・イーターどもを連行しろ」
「他にも、いろいろと要求がある。聞いてもらえるじゃろうの?」
「要求だと。そのまえに、今夜なにがあったのかを説明しろ。何がどうなったのか、どうしてこうなったのかを話してもらわねば、私には、どうしてよいやら」
ファッジの声からは、だんだんと元気がなくなっていく。荒れ果てた荒野のようになってしまったエントランスホールで、あれほど否定し続けた『あの人』を見てしまったからには、無理もないことか。だが、ダンブルドアは説明よりも先に要求を突きつける。
「部下の闇祓いたちに命じ、わしの『魔法生物飼育学』の教師を探させておるそうじゃが、それをやめさせ、復職させるのじゃ」
「いや、しかし、ダンブルドア。まずは説明を、してもらわねば」
だがダンブルドアの視線の力に押されたのか、ファッジの声は、またも尻すぼみとなっていく。
「さらに、ドローレス・アンブリッジをなんとかするがよかろう。どうするかは、いくらでも相談に乗ろうぞ」
「ああ、わかっている。ここに呼んでいままで事情を聞いていたのだ。そういえば、どこへ行った? 一緒にここまで来たのだが」
改めて周囲を見回すファッジだが、アンブリッジの姿は見つけられない。いったい、どこへ行ってしまったのか。
「とにかく、ダンブルドア。説明をしてくれ」
「いいとも。30分でよければな。なに、それだけあればここで何が起こったのか、重要な点を話すのには十分じゃろう。じゃが、わしの生徒たちを学校に連れて戻るほうが先じゃよ」
そう言ってダンブルドアは、砕け散った黄金像の頭部を拾い上げた。杖を出し、魔法を掛ける。
「待て、ダンブルドア。まさか移動キーを作ったのか」
「そうじゃよ。これで生徒たちを連れ帰る。さあ、みんな。この移動キーに触れるのじゃ」
ハリーたちがその上に手を載せると、たちまちのうちに消え去った。その様子を、アルテシアは離れた場所で見ていた。横にいるのは、トンクスともう1人。人だかりの場所から離れてはいるが、その場所にいて誰にも気づかれないのは、もちろんアルテシアの魔法のため。ダンブルドアには見つかりたくなかったのだ。
「ありがとう、トンクス。わたし、このままクリミアーナに帰るわ」
「え? いいのかい、アンブリッジのことは」
「ええ。なんだか魔法省から処分されるみたいだし、もういいわ。言いたいことはたくさんあったんだけど」
なぜか、トンクスの横にはアンブリッジがいた。ヴォルデモートの姿を見て逃げ出そうとしたところを、トンクスが確保したのである。そのアンブリッジを、アルテシアが見る。
「な、なんです、あなた。このわたくしに、て、手出しをすると、ただじゃ済みませんよ」
「今度こそ退学、ですか。いいですよ。でもそのときは」
「なまいきに、このわたくしを脅そうとでもいうの」
「はい、その通りです。二度と再びあなたに会いたくはないし、わたしの大切な友人たちにあなたがなにかした、という話も聞きたくはありません」
言いながら、アルテシアは左手をアンブリッジの前へと差し出した。手のひらが上だ。その手のひらを右手の人差し指と中指で軽くトンと叩く。果たして、アンブリッジには何か見えたのか。その目が大きく開かれ、みるみるうちに、表情がこわばっていく。
「もし、そんなことになったら。おわかりですよね」
すっと、手が引かれる。腰を抜かしたように床に座り込んでしまったアンブリッジだが、それでもじたばたと手足を動かし、アルテシアの前から離れていく。
「何をしたの?」
「ちょっと脅かしただけ。これでもう、あの先生のことは忘れられると思うわ」
「ああ、それがいいと思うよ。あんたにそれができるんならね」
「ありがとう、トンクス。じゃあ、わたし。これでクリミアーナに帰る」
「元気でね。また、会えるといいんだけど」
「うん」
軽く手を振りながら、アルテシアの姿が消えた。魔法省は大混乱し、犠牲となった者も出た。まだ学校は終わってはおらず、帰りのホグワーツ特急も発車してはいない。だがクラスメートの誰よりも早く、アルテシアにとってのホグワーツ5年目は、こうして終わりを告げたのである。
感想の欄で、アンブリッジとケンタウロスとのことでのご指摘があったのです。それを読んで、作者はドキッとしたのです。このエピソードは省かない方がよかったかなと。
でもあれは、ハーマイオニーのお手柄なんですよね。本編でアルテシアは、アンブリッジとなにかとあったので、アルテシアに、なにかそれらしいことをさせたかったんです。で、あのエピソードはなしにして、魔法省での場面とさせてもらいました。アンブリッジに何を見せたのか。それは、この先のお話でわかってきます。よければ、続きも読んでやってください。
では、また。