ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第97話 「OWL試験」

 アンブリッジは、心の底から怒っていた。いったい、魔法大臣上級次官であり、ホグワーツの校長でもある自分に対し、なぜ素直に従おうとしないのか。なにゆえ、誰も彼もがさまざまに反抗してくるのか。

 それに加えて、疲れ果ててもいた。たった今も、赤毛の双子の兄弟が廊下を沼地に変えるなど、さんざんに騒いだあげくに自由への逃亡だとかで箒を呼び寄せ、それに乗って飛んでいってしまったのだ。当然、退学ということになる。

 

「それにしても、腹が立つ。どうしてくれようかしら」

 

 自分の部屋での、ひとり言。思わず大きな声となってしまったのは、やり場のない怒りのゆえだろう。赤毛の双子、つまりフレッドとジョージの2人が作った沼地は、東棟の六階廊下に大きく広がっている。さしあたってアンブリッジは、あの沼地をなんとかしなければならなかった。

 

「まったくもう。このわたくしをバカにして」

 

 ホグワーツの教師たちは、まったくあてにならない。言わなければ、やろうとしない。指示しても、なかなか動かない。当然、沼地の処理などしてくれるはずがないのだ。

 とりあえずアンブリッジは、沼地の四隅にポールを立ててロープを張り、立ち入り禁止とした。これで生徒たちが沼地にはまり込みおぼれたりすることがないかというと、その効果は疑問。だがアンブリッジにとっては、そんなことは問題ではないのかもしれない。ただ、沼地を見るたびにウィーズリー家の赤毛の双子を思い出し腹を立てるだけ。

 腹を立てるといえば。

 

「あの娘が、何かしたのに違いないわ。このわたくしをあざむくだなんて、とんでもない娘ね」

 

 アンブリッジの手には、あの手紙が握られている。アンブリッジにとってその文面は、アルテシアがマクゴナガルのどちらか、あるいは2人とも追い出すに足りる内容であった。なんど見直しても、そうなのだ。なのにファッジは、まったく違う手紙を見ているような反応をみせた。それは、なぜか。

 

「このままにはしておきませんよ。必ず、思い知らせてやりますからね」

 

 アンブリッジには、アルテシアが何かをしたであろうことはわかっても、何をしたのかまではわからない。ただ、あの結果から言えることは、せっかくふくろう便から奪ったあの手紙が役に立たなくなったということ。もう一度ファッジにみせたとて、効果は望めない。

 あの双子は学校を去った。ポッターの件では、ダンブルドアを追い出すことに成功した。だがアルテシアは、いまだに学校にいる。そのことが、アンブリッジには許せなかった。

 

 

  ※

 

 

「これで、いよいよアルテシアとは仲直りできなくなっちゃったよなぁ」

 

 休み時間に外へ出て、陽射しのなかをぶらぶらと歩きながらロンがつぶやいた。となりには、ハリーがいる。

 

「仕方ないだろう。あいつは、それだけのことをしたんだ」

「そうかなぁ。あのときはボクもそう思ったんだけど、アルテシアは違うって言ってたよな」

「けど、アンブリッジがそう言ったんだ。アルテシアが密告したってね。だから秘密の部屋も見つかったし、DAも摘発されたんじゃないか」

「うん、そうだよな。たしかにそうだ。そのとおりなんだけど」

 

 煮え切らないようすのロンに、その少し後ろを歩いていたハーマイオニーが、いらいらした調子で話しかける。

 

「なによ、ロン。はっきり言ったらどうなの」

「はっきりしたことなんて、何もわかりゃしないじゃないか。これといった証拠なんかないんだぜ」

「だから、それがなんだっていうの?」

「気づいてるか? ぼくたち、なんとビックリ。あのアンブリッジを信用しちゃってるんだぜ」

「いや、それは」

「どっちも言葉で言ってるだけで、証拠はない。つまりこれって、どっちの言葉を信用するかって話だろ。だったらボクたちは、アンブリッジじゃなくてアルテシアの言葉を信用するべきだ。なぁハリー、ハーマイオニー、そう思わないか」

 

 ハリーとハーマイオニーからは、すぐに返事が返ってこなかった。そのまま3人は、ゆっくりと陽射しのなかを歩いていく。しばらくして、ロンがハーマイオニーを見た。

 

「わかってるさ。アルテシアとはケンカなんかしてないよな。でもさ、だったらボクたちは」

「もうすぐ、OWLテストなの。この件は、それが終わってから改めて考えることにしましょう。それよりハリー、閉心術のほうはどうなの? おかしな夢は続いてるんでしょ」

「ああ、うん。そうなんだけどさ」

「そういえばボク、キミの寝言を聞いたぜ。『もう少し先まで』とか言ってた」

 

 そこでハリーは、ため息。そして、昨夜またしても夢のなかで神秘部のなかを歩き回ったことを認めた。

 

「ドアを開けたら、たくさんの棚があるんだ。棚にはガラスのボールみたいなのがいっぱい並んでいて、なぜだか97列目の棚にあるって、そう思ったんだ」

「97列目? なんだい、それ」

「知るもんか。でも97列目を目指して進んでいくんだ。もう少し先までってね」

「そのときに寝言を言ったのね」

「たぶんね。でも、ホコリっぽいガラス球ばかりだったのに、その列の棚には、色のついた玉もあったんだよな。ぼくが探してたやつじゃなかったけど」

 

 そこで目を覚まそうともがいている自分を感じ、ベッドに横たわっている自分に気づいたのだという。

 

「目を覚まそうとしたのは、いくらかでも閉心術を学んだからだと思うわ。これからも続けるべきよ、ハリー」

「ああ、そうだね」

「でも、夢には違いないけど見たことは本当だと思う。何があるのか、気になるのは確かね」

 

 ハーマイオニーに言われるまでもなく、ハリーもそう思っていた。もちろん閉心術のほうではなく、あの部屋のたくさんの球に何かが隠されている、ということのほうなのだが。

 

 

  ※

 

 

 アルテシアとパチル姉妹が、マクゴナガルの執務室に呼ばれていた。マクゴナガルが、目前に迫ったOWL試験についての質問などに答えてくれるというのである。

 

「でも、いいんでしょうか。あたし、レイブンクローなんですけど」

「かまいません。フリットウィック先生も同じようなことをされるでしょうし、わたしも、他のグリフィンドール生の相談にも乗るつもりですからね」

 

 それでパドマが納得すると、マクゴナガルの話が始まった。いまやどの授業でも、試験に出題されそうな予想問題の練習に時間を費やすことが普通になっていた。

 

「アルテシアの機転のおかげで、アンブリッジ先生にわずらわされることがぐっと減りましたからね。一時は学校を休ませることも考えましたが、もう心配はないでしょう」

「でも先生、これでおとなしくなるんでしょうか、あの先生」

「しばらくは大丈夫だとみています。魔法大臣の信用をずいぶんと落としたはずですし、少なくとも試験が終わるまでは静かにしているでしょう」

「アルテシアのお手柄ってことだね、ね、アルテシア」

 

 みんなの視線が集まる中、アルテシアは照れくさそうな笑みを見せていた。

 

「ほんとはね、あれを利用してアンブリッジ先生を追い出せるんじゃないかって思ってた。生徒を陥れて罰しようとしてるってことでね」

「うわ。でもそれって、アルらしくないっていうか、アルらしいっていうか」

「なによ、それ。相変わらず、お姉ちゃんの言うことは意味わからんし」

 

 パチッと音がした。パーバティの手のひらが、パドマのひたいと触れあった音。

 

「余計なこと、言わないの」

「痛いなあ、もう。でも先生、アルテシアに教師になれって言ったのは本当なんですか」

「ええ、言いましたよ。アルテシアには向いていると思うんです。あなたたちに、さまざま教えていることくらい気づいていますよ」

「なるほど。たしかにアルは、先生になるのがいいのかも。きっと、立派な先生になりますよ」

「そ、それで先生、OWL試験のことなんですけど」

 

 そこでアルテシアが話題を変えようとしたが、それが照れ隠しであることは明らか。みんなの笑いを誘っただけに終わる。

 

「試験については、とにかく全力を出し切ること。そのためには、体調管理も重要ですよ。夜中まで詰め込み勉強をするくらいなら、いっそのこと、早く寝てしまうくらいでいいのです」

「でも、どうしても不安になります。1日の半分以上は勉強しているとか、有名な誰かの知り合いで教えてもらっているとか、脳を活性化させる薬があるとか、そんな話ばっかりで」

「そんなものは、一切合切、無視してよろしい。ホグワーツの先生方はなにより優秀ですし、その教えを、あなたがたは十分に身につけています。あとは、実力を出し切ること。それだけなのです。ほかに何か、質問はありますか?」

 

 そして、次の『変身術』の授業のときのこと。授業を中断し、他の3人の寮監のようにマクゴナガルも、OWL試験の時間割とやり方についての詳細を発表した。

 

「黒板に書いたように、OWLの試験は2週間にわたって行われます。午前中は理論に関する筆記試験、午後は実技。『天文学』の実技試験だけは夜、星の出ている時間となります」

 

 誰もが試験の日程を書き写していくなかで、マクゴナガルの説明が続く。

 

「くれぐれも、カンニングなどはしないように。そんなことをしても、アンブリッジ校長を喜ばせるだけですよ。もっとも、カンニング防止呪文がかけられていますし、『自動解答羽根ペン』や『自動修正インク』などは持ち込み禁止になっています」

 

「先生、質問があります」

 

 ハーマイオニーが手を挙げた。

 

「試験の結果はいつわかるのでしょうか?」

「結果については、7月中にふくろう便にて送られることになっています」

 

 ざわめきが、生徒たちのなかにひろがっていく。なにより、ハーマイオニーに驚いたのだろう。試験の前から、その結果のことなど考えられないといったところだ。

 

 

  ※

 

 

 その日の夕食のとき。ホグワーツに、数人の魔法使いたちがやってきた。試験官たちである。そのことに気づいた生徒たちの一部が、玄関ホールへと続く大広間の扉から、そのようすを見ていた。

 出迎えたのは、アンブリッジ。いよいよ明日から、試験が始まることになる。特に5年生と7年生たちのあいだに、緊張感が広まっていく。

 そして、翌日。9時30分より、試験会場に模様替えされた大広間で、ついに試験が始まった。

 全員が着席し、静かになったところで『始めてよろしい』の声がかかる。同時に、巨大な砂時計が引っくり返された。この砂時計が、試験時間の残りを示すのだ。それから2時間。大広間では、ずっと、カリカリという羽根ペンの音がし続けていた。

 午後からは、実技試験となる。名簿順に名前が呼ばれ、試験官と個別に実技試験を進めていくことになる。初日の実技は『呪文学』だった。それが終わると、アルテシアたちは、いつもの空き教室に顔を見せた。

 

「実技で浮遊呪文をやらされたでしょう? あたし、あれだけは誰にも負けない自信があるんだ」

「練習したもんね」

 

 パーバティにとっては、思い入れの深い呪文なのだろう。1年生のときのハロウィーンのときのこと。トロールに打ち倒されたアルテシアを助けるための浮遊呪文。そのときはロンに手柄を取られてしまったが、それが悔しくて懸命に練習した覚えがあるのだ。

 

「でも本当はあのとき、トロールはアルがやっつけてたんだよね」

「うーん。わたしじゃなくて母がってことになるかな。あのときあのローブを着てなかったら、死んでたかもしれない」

「なんか、想像したくないな、そんな場面。でも保護魔法って、すごいんだね」

「ウチの母のは、特にそうだと思う。でも1つだけ、わたしにもわからない魔法がかけてあるんだよね」

「え! そうなの?」

 

 自分だけでなく、大切な友人たちも守るため。アルテシアは、そんな人たちのローブにも、クリミアーナ家のローブのように保護魔法をかけてある。実験的な意味合いもあったが、そのうち1つだけ、自分ではどうにも再現できないものがあるのだ。

 

「でも、役立ってるのは間違いないよね。なんかこう、すごく安心感あるもん」

「ほんとほんと。感謝してるよ、クリミアーナ家の魔法にはね」

「あはは。OWL試験には関係ないんだろうけどね」

 

 それが残念だと、3人で笑い合っているところで、空き教室のドアが開き、ソフィアが顔を見せた。

 

「皆さん、OWL試験、どんな感じですか」

 

 3人が一斉に、ソフィアをみる。そして。

 

「絶好調に決まってるじゃん」

 

 それはまるで、3つ子の姉妹かと思わせるような息の合った返事だった。

 

 

  ※

 

 

 ハリーが試験官の求めで守護霊を創り出すというハプニングなどもあったが、それぞれの成績はともかく試験は日程通り、順調に消化されていった。

 そして、『天文学』の実技試験をむかえる。時間は夜の11時。天体観測にはふさわしく、雲のない静かな夜だった。課題は実際に夜空を観察し星座図を完成させるというもので、誰もが一心にその作業に取り組んでいるとき、突如として吠えるような大声が聞こえてきた。夜中であったがためか、それとも、よほどに大きな声だったからか。それは、天文塔のてっぺんにまで聞こえてきた。

 

「みなさん、気持ちをそらさないように。試験中じゃよ」

 

 すかさず、試験官が注意を促す。だが、あの声がおさまる様子はない。

 

「どうやら、あのあたりから聞こえてくるようだが。なにがあったのか、至急に調べさせよう。いいかね、みなさん。試験時間はあと15分。さあ、集中して」

 

 それは、ハグリッドの小屋があるあたり。ハリーをはじめとした数人がそちらに目を向けたとき、バーンとひときわ大きな音がした。誰かが魔法を使ったらしい。ハグリッドの小屋の戸が開け放たれ、中から光があふれ出る。人の姿もある。機転の利くものは、そこに望遠鏡をむけた。

 

「ハグリッドだ。あとアンブリッジと、誰かが」

「ハグリッドのやつ、5人に囲まれてる。なにがあったんだろう」

 

 その囲んでいる5人が、一斉に細い赤い光線を発射した。どうやら、ハグリッドを失神させようとしているらしい。

 

「うむ。試験中だというのに、あの校長は、何を考えているのか。とにかく、諸君。いまは試験中ですぞ」

 

 だが、塔のてっぺんは大騒ぎとなっていた。もはや、試験どころではない。塔の下から、次々と言い争う声が聞こえてくるのだ。

 

『おとなしくするんだ、ハグリッド!』

『いいや、オレはこんなことで捕まらんぞ!』

 

 相変わらず、失神光線も飛び交っている。そこへ、近づいてくる人影。

 

「アル、あれ見て! マクゴナガル先生だよ」

 

 手摺りから身を乗り出すようにしていたパーバティが、塔の真下を指差し声をあげた。果たしてアルテシアは、その場所を見たのかどうか。そのときアルテシアは、書き上げた星座図を手に試験官の前に立っていた。

 

「課題ができましたので、受け取ってください」

「いや、しかし。時間はまだまだ残っていますぞ。提出するより、答案をもう一度見直すべきではないかね」

「いいえ、わたしの試験時間は終わったのです。受け取ってください」

「そういうわけにはいかんよ。ほれ、みなさい。時間はあと… ん?」

 

 これまで何度も見ていた時計を、試験官は改めて見た。もちろんアルテシアも、そちらに目を向けた。

 

「おお、すまん。たしかに終わっておりますな」

「では、これを」

「うむ。たしかに受け取った。これでキミのOWLは…… おお!」

 

 そのとき、すでにそこにアルテシアの姿はなかった。ほぼ同時に、ハーマイオニーやラベンダーといった女子生徒たちから悲鳴が上がる。こちらのほうは、アルテシアの姿が消えたからではない。彼女たちのそれは、ハグリッドを囲んでいた人影のなかから、失神呪文による光線が都合4本、マクゴナガルに向けて発せられたからだ。

 アルテシアが騒動の現場に姿を見せたのは、その瞬間ということになる。赤い光線が、ちょうどマクゴナガルを突き刺した、その瞬間だ。その場に姿を見せたアルテシアは、目前でそれを見たことになる。

 マクゴナガルの体が不気味に赤く輝き、体がはね上がると、そのまま仰向けにドサッと地面に落ちた。

 

「不意打ちじゃないか! おまえら、なんてことをするんだ」

 

 ハグリッドの大声。もちろん天文塔のてっぺんにも、すぐそこで叫んでいるかのように大きく響く。もはやこの騒動は、学校中に知れ渡ることになっていた。校舎から、教授陣が次々と姿をみせる。まだ学校に残っていた試験官を務めた魔法使いたちもだ。

 ハグリッドが近くにいた2つの人影を殴り飛ばしたのが見えた。その2人は倒れ、気絶したらしい。いったい、どういうことになるのか。誰もがそのことを心配しただろうが、そこから騒動が収まるまでは、あっという間であった。だが後始末となると、それは簡単ではない。

 

 

  ※

 

 

「やれやれ。こう何度もホグワーツを訪れることになろうとはね。この問題は、小さくはないよ。このわたしが、すべて判断せねばなるまいて。よろしいな」

 

 ファッジである。深夜の騒動の報告を受けたファッジは、朝早く、ホグワーツを訪れた。校長室が閉鎖状態にあるため、場所はアンブリッジの部屋である。

 いったいファッジは、今回のことにどう決着をつけようというのか。そこには騒動の関係者が集められていたが、全員ではない。ハグリッドはあの場から逃走しており、マクゴナガルは医務室で治療中なのだ。

 

「まずは、くわしい事情を聞こう。アンブリッジ先生、あなたはハグリッドをアズカバン送りにしようとした。そのため捕らえようとしたということで間違いないな」

「ええ、そうですわ。わたくしには、その権限がありますでしょう」

「確かにそうだが、それは、理由に納得ができるものであった場合の話だよ」

「心外なお言葉ですこと、大臣。わたくしの判断に誤りがあると、そうおっしゃるのですか」

「でもないが。まあ、前例もある。じっくりと判断させてもらいたい。だがハグリッドは、どこかへ逃げ去り、行方知れずなのだな」

 

 ファッジの言う前例とは、アルテシアの個人面接のことだ。あのときのことが、ファッジの頭の中に残っていた。あのときマクゴナガルの言った言葉が、頭のどこかに残っていた。

 

「本人がいないのでは、仕方がない。ハグリッドの件はひとまず保留とし、お嬢さんの件に移ろう」

 

 その場には、アルテシアもいた。生徒では唯一、その場に呼ばれていた。いや、あのときからずっと身柄を拘束されていたようなもの。なにしろアルテシアは、あのときハグリッドを捕らえようとしていた人影をあっという間に武装解除させ、どこからか出現させた縄でぐるぐる巻きにして動けないようにしたのだ。ハグリッドはそのすきに逃げ出しており、騒動後、アンブリッジはアルテシアが逃がしたと主張することになる。

 なおもアルテシアは、アンブリッジに対しても同様にして杖を取り上げ、さらに何か魔法を発しようとした。だがそれは、かろうじて駆けつけたスネイプによって止められた。

 もしスネイプが間に合っていなかったら、どういう事態になっていたのか。アルテシアはなにをしようとしたのか。あるいはスネイプであれば、それをアルテシアの表情などから読み取ったのかもしれないが、今となっては、誰にもわからないことだ。

 

「もちろん、厳罰に処すべきですわ。魔法大臣上級次官であり、校長でもあるわたくしに、このわたくしに」

「まあ、待ちなさい。お嬢さんの話も聞こうじゃないか」

 

 一応、アルテシアは誰も傷つけてはいない。武装解除をし、縄で縛っただけである。もちろんアンブリッジに対しても。

 

「この人は、マクゴナガル先生を攻撃しました。わたしの目の前で、マクゴナガル先生を。こんな人に杖など持たせておくのは危険だと思ったんです」

「ふむ。ミネルバは医務室だと聞いておるが、容体はどうなのだ。彼女は、話ができる状態なのかね?」

 

 これは、アルテシアに聞いたのではない。アルテシアは、昨夜から身柄拘束の状況にある。医務室に行くことはできていない。

 

「マダム・ポンフリーによれば、半月ほどは絶対安静。誰であろうと面会は許可しないと。当然、事情を聞くなど不可能ということですな」

 

 答えたのはスネイプだった。スネイプだけでなく、フリットウィックとスプラウトの姿もある。学校側からは寮監が呼ばれているのだ。

 

「そうかね。だがこの場合、片方からの意見だけで処罰してよいものかどうか」

 

 ファッジは、またもやマクゴナガルのあの言葉を思い出していた。

 

『アンブリッジ先生は、自分に都合のよいようにしか見えなくなるのかもしれませんね』

 

 罪をでっち上げ、気に入らない者たちを追放しようとしているだけではないのか。どうしてもそんな考えが、頭をよぎるのだ。ファッジは、軽く頭を振った。今回のことは、見方を変えれば、騒動を収めたお手柄と言えなくもないのだ。

 

「もちろん罰してくださるのでしょうね、大臣。こともあろうに、校長に手を出したのですよ。魔法省の人間に対してもそうです。あのときスネイプ先生が来てくださらなかったら、どんなことになっていたのか」

「おお、そうだな。セブルス、キミの意見も聞いておかねば」

「わたしは、途中からしか知りませんからな。本来、意見を言える立場ではありませんが、誰しも、あのような状況に遭遇すれば我を忘れるということはあり得る。この娘もそうだったのだと思いますな」

 

 今度はファッジは、フリットウィックとスプラウトのほうに目を向ける。なにか、この場を収拾するうまい意見を求めるかのように。

 

「先生方は、いかがですかな」

「わたしは、その場にいませんでしたから。ですがこの生徒は、意味も無く乱暴を働くようなことはしませんぞ。それだけは、断言できます」

「わたしも、同じ意見ですね。なにしろ、素直な性格です。マクゴナガル先生を慕ってもいますし、無理のないことだったのでは」

「ああ、大臣。仮にそうだとしても、わたくしに乱暴なことをした事実は変わりませんよ。厳罰をもって対処しなければ、秩序というものが保てませんわ」

 

 苦い顔のまま、ファッジは腕を組んだ。そして目を閉じ、しばし黙考。さすがにアンブリッジも、黙ってそれを見守る。そして。

 

「そういえば、OWLの試験はどうなっておるのかな」

「あとは『魔法史』の筆記試験が残っておるだけですな」

「ふむ。ではお嬢さん、その試験を受ける気はあるかね?」

 

 もちろん、アルテシアにはその気がある。なにしろ魔法史は、アルテシアの好きな科目だ。だがこうなった以上は無理だとあきらめてもいたのである。だが、アンブリッジは明確に反対した。

 

「とんでもありませんわ。こんなことをした生徒に、試験をうけさせるだなんて」

「まあまあ。ともあれこの件は、すぐには結論を出せない。じっくりと時間をかけて判断させてもらうことにした」

「しかし、そんなことでは納得できません」

「とにかく、お嬢さんの処分は保留。ひとまず停学とし、このまま家に帰すこととする。いいかね、お嬢さん」

 

 つまりこういうことだと、ファッジはアルテシアに内容を話して聞かせる。その間もアンブリッジはあくまで退学処分を主張していくが、誰もがそれを聞き流したのは言うまでもない。

 ファッジの裁定により、アルテシアはひとまず停学処分となり、このまま家に帰らねばならなくなった。そして正式な処分の決定を待つのである。退学ということになれば6年次の案内など送られてはこないが、もし知らせが来たならば退学は免れた。そういうことになったのである。

 

「その、最後の試験問題をここに用意しなさい。いまから我々の前で試験を受けるならば、それを認めようじゃないか」

「いいえ、大臣。そんなことわたしは」

「アンブリッジ先生。もう、よろしい。あなたは部屋をでていなさい」

 

 そのことに誰からも反対意見が出ないなかで、アルテシアは魔法史の試験を受けた。そして、そのままクリミアーナへ帰されることになる。

 

 

  ※

 

 

「おまえの家を知っていれば、姿現しでもやって送っていくところだが」

「家に帰るだけですから、大丈夫ですよ。自分の家、自分の部屋ですから、イメージはできています」

 

 アルテシアはスネイプに付き添われ、ホグズミードの駅へと向かっていた。特例によって『魔法史』の試験を受け、そのまま学校を出されたのである。

 

「おまえの友人たちに、何か言っておくことはあるか」

「あー、そうですね。あとで手紙でも書くからって、そう言っておいてください」

「わかった。そのように伝えておこう」

「スネイプ先生も、お元気で」

 

 まだ、駅には着いていない。その途中にある川にかかった橋の上だ。そこで立ち止まり、アルテシアがスネイプの顔を見上げる。

 

「ここから帰るつもりか。吾輩には、おまえを送り届けるという役目があるのだが」

「わかっています、先生。でもほら。あれがわたしの家、クリミアーナ家ですから」

 

 そこでスネイプは、自身が見知らぬ街にいることに気づいた。アルテシアの示す方向をみれば、なるほど家がある。敷地を囲む白い壁と、広い門。そこから、手入れのされた庭とがっしりとした武骨な感じを受ける造りの家屋とが見えた。

 

「おまえ、いつのまに。いや、べつにかまわんが。そうか、これがクリミアーナの家か」

「はい。どうぞ、こちらへ。紅茶でもいかがですか」

 

 その誘いに、しかしスネイプは首を横に振った。

 

「魅力的な話だが、今回は遠慮しておこう」

「そう、ですか」

「それも、次があると思うからだ。おまえだって、あのときの話をしたいはずだろう。ならば、必ず来い。9月1日には、必ずホグワーツ特急に乗れ。わかったな」

 

 だが、それを決めるのはアルテシアではない。魔法省、つまりはファッジがどう判断するか、ということになる。スネイプがゆっくりとうなずき、アルテシアが頭を下げる。そしてくるりと背を向け、クリミアーナ家へと歩いていく。

 その後ろ姿を見送るスネイプ。そのスネイプには、アルテシアがクリミアーナ家へと近づくほどに、少しずつその姿がぼやけていくように見えただろう。

 そしてアルテシアが門をくぐったとき。スネイプは、川にかけられた橋の上に立っていた。クリミアーナの白い家は、どこにも見えなかった。

 




 うわあ、とうとう、こんなことになってしまいました。アルテシアが爆発しかけたといったところで、スネイプによって止められたってことになります。
 そのスネイプは、必ずホグワーツ特急に乗れと言いますが、さて、どういうことになるのでしょうか。次回をお楽しみに。
 とは言うものの、これから先12月末ごろまでは仕事先が一番の繁忙期になりますもので、更新まで間が開きそうです。最近は更新が遅れてましたので、そんなに変わらないのかもしれませんけど。
 ともあれ、この先もよろしくです。

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