ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第91話 「マーニャの娘」

 太った夫人の肖像画に合い言葉を告げて、談話室へ。これは、グリフィンドール生であれば誰もがごく自然にやっていること。もちろんアルテシアも、ごく自然にやっている。だがいつもと同じであったのは、このあたりまで。談話室には、普段とは違う、どこかしら重苦しい空気がただよっていたのだ。

 今日は、宿敵スリザリンとのクィディッチの試合の日。さては負けたのかなと、そんなことを思いつつ、暗い雰囲気に包まれた談話室を見回していく。先に戻っているはずのパーバティを探しているのだが、そのパーバティがみつからない。そのまえに、ハーマイオニーの姿が目に入った。

 ハーマイオニーは、暖炉の近くでハリーやロンたちとともにひとかたまりの集団となっていた。クィディッチ・チームのメンバーが揃っているところをみると、原因はやはりクィディッチの試合にありそうだ。

 話を聞いてみようとはしたのだろう。だが近づけたのは、ほんの数歩だけ。さすがにアルテシアも、そのなかに割って入ることには抵抗を感じたらしい。そこには、たしかに見えない壁のようなものがあり、なにかしらの合い言葉のようなものがなければ、通り抜けることはできないのではないか。

 そんなことを思いつつ、アルテシアが、ハーマイオニーたちを見る。その視線を感じたのか、ハーマイオニーが顔を動かした。確かに目が合ったのだが、話しかける寸前、腕をつかまれたアルテシアが談話室の隅へと引っ張られていく。

 

「待って、パーバティ。なにかあったんじゃないの。雰囲気、変だと思うんだけど」

 

 アルテシアの腕をつかんだのはパーバティだった。そのまま寮への入り口のほうへと引っ張られていく。

 

「アルテシア、なにかわかった?」

「あ、うん。これから話すけど、みんなはどうしたんだろう、なにか知ってる?」

 

 予想としては、クィディッチの試合に原因あり。だが試合を見ていないアルテシアには、本当のところはわからない。そのときは、8階の例の場所にいたのだ。試合中であれば、選手であるハリーとロンが8階を訪れることはないし、ハーマイオニーも含めたほとんどの生徒たちは試合会場にいるからだ。

 おちついてゆっくりと、その場所を調べてみようと思っていた。だが、その場所を訪れるのは生徒だけではなかった。パーバティと2人で8階へとやってきたアルテシアの前に、ゴーストである灰色のレディが現れたのである。

 アルテシアと、少し話したいということだった。パーバティは灰色のレディから同席を拒絶されてしまい、仕方なく別行動となってクィディッチの試合を見に行ったのである。

 

「試合はね、グリフィンドールが勝ったのよ。ポッターがスニッチを取ったわ」

「勝ったのに、どうしてみんな、ああなの?」

 

 だがパーバティは、ちらりとアルテシアをみただけだった。そのまま手をひっぱり、寮への階段を登る。部屋に行って話をしようということだろう。その後ろ姿を暖炉のそばから見ていたハーマイオニーが、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

  ※

 

 

「じゃあ、ハリーは出場停止になったんだね」

「そうだけど、もう二度とクィディッチはできないようにするって言ってるらしいよ」

「もう二度と?」

「終身禁止、ってことらしい。ウィーズリー家の双子も同じ処分でさ。談話室のあれは、そんなことが理由。ほんと、ひどいことしてくれるよ」

 

 なお詳しい説明は必要だろう。だがおおよその事情はわかった。これでは、あの雰囲気も仕方がないとアルテシアは思う。そのことを話してくれたパーバティを見つめるうち、アルテシアのなかに別の感情がこみ上げてきた。

 

「わたし、アンブリッジ先生に抗議すべきだと思うな」

「抗議って言ってもさ、アル。さすがにそれはムリじゃないかな。あいつが聞き入れるはずないと思うよ」

「でしょうね。でも、言うことは言っておかないと、またなにかされるわ。友だちには手を出さないはずだったのに」

 

 だが、その友人の範囲は限定されている。アルテシアも承知していることなのだが、だからといって、見過ごすつもりはないというのである。だが、その前に。

 

「マクゴナガル先生のところには行かなかったの? 相談したらなんとかなるんじゃないのかな」

「どうなんだろう。あたしもよくは知らないけど、禁止を言い渡されたのは先生の執務室らしいよ」

 

 では、マクゴナガルも承知の上ということになるのか。また例の教育令だか魔法省令だかいうものを持ち出し、ムリを通そうというのだろう。アルテシアの頭の中を、さまざまなことがよぎっていく。いったい、どういうつもりなのか。魔法省とは、そんなところなのか。

 

「とにかく、アル。アンブリッジのまえにマクゴナガル先生のところに行ったほうがいいよ。詳しい話もきけると思うし」

「うん、そうだよね。もちろんそうするよ」

 

 それは、パーバティの言うとおり。なにしろ相手は、アンブリッジだ。よく知らずに抗議などしても、おかしな理屈で返されるに決まっている。相手を論破できるだけの準備はしたほうがいい。

 

「それはそうと、灰色のレディとはどんな話をしたの?」

「あ、それはね」

 

 その話もあったのだ。

 とにかく気持ちを切り替え、アルテシアはその話をすることにした。なにしろ灰色のレディがもたらしたものは、アルテシアにとっては、かなり衝撃的な内容。パーバティにも聞いてもらいたかったのだ。

 

「あれからパーバティは、クィディッチの試合を見に行ったんでしょ? ヘレナがちょっと気にしてた」

「べつにいいわよ。おかげで試合が見られたし。で、なんだって?」

「ヘレナとまえに話をしたとき、思い出したら話をしに来るって言ってたんだけど」

「それで、なにか思い出したって、そういうこと?」

 

 そのとおりだった。だが、アルテシアが思っていたこととは違っていた。このことでは、アルテシアと灰色のレディとの間で認識に違いがあったのだ。アルテシアは、灰色のレディが当時のことでなにか思い出したなら、と理解していた。だが灰色のレディのほうでは、たとえばなにかしらのヒントを得るなどして、アルテシアがそのことに気づくか、そうなりそうなときと考えていたらしい。今回でいえば、8階のあの廊下の壁に興味を持ったこと、それが該当したようだ。

 

「つまりあの廊下には、あんたの先祖とレイブンクローとのことでなにかあるってことだよね?」

 

 この場合のレイブンクローとは、寮の名称ではない。ホグワーツの創設者のひとりである、ロウェナ・レイブンクローのことだ。アルテシアがうなずいてみせた。

 

「ヘレナが言うには、あそこには、特別な部屋があるそうなの。誰かが場所を求めているとき、それに応じた部屋が用意される。そんな仕組みになってるらしいわ」

「それを、あんたの先祖が作ったってこと?」

「そうみたい。もちろん、ロウェナと一緒にってことらしいんだけど」

 

 灰色のレディとのあいだでは、その特別な部屋についてのより詳しい話もしたのだが、パーバティはそのことには触れなかった。ちなみにこの部屋のアイデアを出したのは、ロウェナ・レイブンクローであるらしい。

 

「じゃあ、ポッターたちはその部屋で防衛術を練習してるってことか。でもあたしたち、その部屋みつけられなかったよね。それは?」

 

 それは部屋の仕組み、いわば仕様の問題ではないかと思われた。つまり必要とされたのはどのような部屋か、という点が関係してくることになる。たとえば『参加者以外には見つからずに防衛術を学べる部屋』とでも条件をつけられていたなら、参加者ではないアルテシアたちには、容易なことでは発見できないというわけだ。

 

「となると、参加者の誰かがその部屋に入ろうとしてる、まさにそのときじゃないと見つけられないのかもね」

「そうだけど、まったく同じことを願ってみたら、その部屋を開けられるんじゃないかって思うの」

「ああ、なるほど。理屈からいけば、そういうことになるのか。でも、同じことっていってもさ」

「いろいろ試してみる、しかないのかもね」

 

 その部屋の使用目的はわかっているのだから、なんとかなるかもしれない。消極的な方法のようだが、意外に近道とは、こんなところにあるのかもしれない。

 

「効率的なやり方とかはパドマが考えてくれるだろうし、ソフィアもやりたがるだろうな。でもアル、このこと、報告するの?」

 

 もちろん、アンブリッジにということだ。あの約束がある限り、アルテシアがその約束を守るつもりでいる限り、このことは報告されることになる。

 

「しなきゃ、ね。でも、まだだよ。その部屋だって、見つけたわけじゃないから」

「でもさ、アル。そのままアンブリッジに教えるのは、なんかさ」

「わかってるよ、パーバティ。そのまえにやることあるし、部屋もみつけなきゃいけないし、いろいろ考えてみる」

 

 そのまえにやること、その具体的なことをアルテシアは言っていないし、パーバティも聞き返すようなことはしない。それがなにかは、分かっているからだ。2人並んで腰かけたベッドから、アルテシアが立ち上がる。

 

「あたしも行こうか?」

「いいけど、アンブリッジ先生のところには行かないよ。とりあえずマクゴナガル先生と話してくる。それでも来てくれる?」

 

 パーバティが、微笑みながら立ち上がる。アンブリッジのところに行かないのなら、パーバティとしては付き添う意味はあまりない。だが、来なくていいと言われなかったので、一緒に行くことにしたようだ。

 2人はそのまま寮の部屋を出て行くのだが、その寸前に、ドアの前から離れて階段を降りていった人影には気づかなかった。

 

 

  ※

 

 

 女子寮からあわただしく降りてきたハーマイオニーが、一直線に暖炉の前へと走っていき、そこで座り込んでいるハリーに耳打ち。そしてロンも含め、3人で談話室の隅っこへと移動。肖像画のある出入り口とは反対側なので、人の出入りを気にする必要はないし、さりげなく出入りを見張ることもできる。

 

「ほらみて、アルテシアとパーバティが出て行くでしょ」

「それがどうしたんだい? まだ外出はできる時間だぜ」

「あの2人、マクゴナガルのところに行くつもりなのよ」

 

 ハリーもロンも、ハーマイオニーがなにを言いたいのか、まだわかっていない。アルテシアなどは、しょっちゅうマクゴナガルのところに行っているからだ。なにも、めずらしいことではない。

 

「あたしね、フレッドに“のび耳”を借りてあの2人の話を聞いたの。借りるのに手間取って、途中からしか話は聞けなかったんだけど」

「キミ、それって、盗み聞きしたってことだろ。おっどろきー、そうか、マーリンの髭って、こんなときに使うんだよな」

「あたしはね、ロン。大切なことだと思うから聞いたのよ。これは、必要なことだったの」

「まあまあ、落ち着いて。それでハーマイオニー、あの2人はなにを」

 

 肝心なのは、そのことだ。ハーマイオニーも、ロンをにらむことはやめて、本題を話し始める。

 

「いい、よく聞いて。あの2人、必要の部屋のことに気づいたわ。そこがDAの活動場所だってこともね」

「待ちなよ、ハーマイオニー。このあいだ、8階の廊下でアルテシアと会ったときも、その話をしたじゃないか。ほら、キミがアルテシアから魔法の玉をもらったときだよ。まさか、忘れた?」

「そんなわけないでしょ。あの玉は、大切に保管してる。1年生のときにもらったものと一緒にね」

 

 実はハーマイオニーにとって、その玉を手にするのは2度目ということになる。もちろんその中身は違っていて、最初のときは賢者の石を守るために三頭犬が守る入り口の突破を目的としたものだった。そのときは使っていないのだが、ハーマイオニーは、それをずっと持っていたようだ。

 

「あのとき、キミは言ったはずだ。アルテシアはDAの活動場所を探してるんじゃないかって。でも、必要の部屋には気づけないということになったじゃないか」

「ええ、ロン。たしかにあなたの言うとおり。でも、さすがはアルテシアだと思わない? 彼女、自分で調べてたどり着いたのよ」

 

 正しくは、灰色のレディに教えてもらったということになる。だがハーマイオニーは、その部分は聞き漏らしてしまったようだ。

 

「問題は、なぜそんなことをしてるのかなんだけど」

「DAに参加したい、そういうことじゃないんだよね」

「このまえあの廊下であったとき、あたしもそう思ったわ。でも、違ってた。理由はわからないけど、彼女、このことを報告しに行ったのよ」

「え! まさか、アンブリッジのところじゃないだろうね」

「しっ! ハリー、声が大きいわ」

「ごめん。でもさ、アンブリッジに告げ口しに行くなんて信じられないんだけど」

 

 ロンも同じ気持ちらしく、口には出さないが、何度か小さくうなずいている。ハーマイオニーは、軽くため息。

 

「あたしだってそうよ。でも覚えてるでしょ。アンブリッジがアルテシアを助手だかなんだかにしようとしたっていう話」

「いや、あれは単なるウワサだよ。ダンブルドアに確かめたけど、そうだって言ったよ。その話も3人でしたじゃないか」

「そうだけど、何か関係があるんじゃないかしら。だから、必要の部屋を見つけ出す方法を相談してたんだと思うのよ」

「それがキミの聞き違いじゃないとすると」

「失礼ね、ロン。こんなことで間違えたりはしないわ。とにかく聞いて、あの2人はこんなふうに話していたの」

 

 ハーマイオニーが聞いたのは、話の後半部分。その部屋をどうやったら開けられるか、といったことを話しているところかららしい。もちろん終盤の、アンブリッジに報告するかどうかといった部分は耳にしているおり、そのことをハーマイオニーが説明していく。

 

「それって、すごくマズいんじゃないかな。アルテシアなら、いずれ見つけるはずだ。もう、アンブリッジにバレたようなもんじゃないか。なにか対策考えたほうがいい」

「そうだけど、ハリー、あなたまさか、アルテシアを疑ってないわよね?」

「え? だってハーマイオニー。キミがいま、言ったんだよ。アンブリッジに告げ口しそうだって」

「違うわ。告げ口なんて言ってない。報告をどうするのか相談してたって言っただけよ」

「それ、言葉は違うかもしれないけど、意味は一緒じゃないのかなぁ」

 

 さすがにロンも、ハリーの言うことを支持するしかなかった。だがハーマイオニーは、そうではないと言い張った。

 

「一緒じゃないわ。アルテシアは、そんなことはしたくなさそうだったし、いま出かけたのは、マクゴナガルのところだもの」

「だとしても、秘密が漏れることに変わりはないんだよ、ハーマイオニー」

「いいえ、ハリー。アルテシアは、マクゴナガルに相談しにいったのよ。秘密を広めたりはしないと思うわ」

「そうか、わかったぞ。さっきの話だ。ダンブルドアはウワサなんか気にするなって言ったけど、実はアルテシアはアンブリッジの助手なんだ。あいつに指示されて、必要の部屋のことを調べてるってことになるんだ」

「だとしたら、ボクらはどうしたらいいんだろう?」

 

 ロンの目は、まずハリーを、そしてハーマイオニーに向けられた。どちらからも、返事は返ってこなかった。

 

「けどさ、ボクはアルテシアを疑うべきじゃないと思うな、うん。ほら、前にもあったじゃないか。ドビーの言葉に勘違いして疑ったり、シリウスのときだって、アズカバンの脱走に力を貸したんじゃないかとかさ」

「そうよ、ロン。そうなのよ、ロン。でも結局は、あたしたちの考えすぎだったわけでしょ。あの子も、言ってくれればよかったんだけど、あのころからだんだん話もしなくなってきた。話をしないのがよくないのよね」

「ボクは、仲直りしようって、ずっとそう言ってきたんだけど」

 

 ハーマイオニーの目が、キラリと光る。もちろん魔法などではないが、この場合は、ロンに対してそれに等しい力を持っている。すなわち、その口を封じてしまえるのだ。

 

「誤解のないように言っときますけど、あたしとアルテシアは、ケンカなんかしてません」

「まあ、待ちなよハーマイオニー。ケンカはともかく、気をつけないといけないのは確かなんだよ」

「でも、ハリー」

「いいかい、アルテシアはマクゴナガルのところに行ったんだよね。このことを、相談するために」

 

 ハーマイオニーは、ただ、うなずくしかない。そのとおりだからだ。クィディッチを禁止され、つい先ほどまで落ち込んでいたはずのハリーだが、そのことはすっかり忘れ、いつものペースに戻ったようだ。

 

「確実なのは、マクゴナガルがDAの存在を知るってことだよ。マクゴナガルはどうするかな。きっとダンブルドアには話すだろうね。どっちもアンブリッジに言うとは思わないけど、この状況でDAを続けても安全だと思うかい?」

「それは」

 

 すぐには返事ができないハーマイオニーの代わりに、ロンが口を開いた。ハーマイオニーの口封じの眼光からは回復したらしい。

 

「ボクは大丈夫だと思うな。DAは続けるべきだよ」

「よく考えろよ、ロン。アンブリッジにバレたら、処罰なんかじゃすまないぞ」

「そんなのわかってるさ。でもこういうことだと思う。要するにアルテシアを信用するのかどうかさ。なるほど、アンブリッジにバレたら最悪退学だろうよ。でもそれは、アルテシアにだってわかってる。なのにあいつが、そんなことすると思うか」

 

 思わない、とすぐに返事が返ってくるとロンは思っていた。なのにハリーは、いやハリーだけでなくハーマイオニーも、すぐには返事をせず、そのことに考え込んでしまっていた。

 談話室の片隅でこんな話がされているころ、アルテシアとパーバティは、マクゴナガルの執務室を訪れていた。

 

 

  ※

 

 

「吾輩が思うに、おまえはもう、これ以上なにもするべきではない。クリスマス休暇まで1週間ほどあるが、今夜のうちに実家に戻れ。それ以後のことは、ゆっくりと相談すればいい」

 

 そう言ったのは、スネイプ。だが場所は、スネイプの研究室でもなければ地下牢教室でもなかった。アルテシアとパーバティとがマクゴナガルの執務室を訪ねたとき、そこにスネイプもいたのである。結果、スネイプも含めて話をすることになったのだ。

 スネイプとマクゴナガルは、クィディッチの試合後に起きた乱闘に関して話し合いをしていたところだった。アンブリッジが処罰したのは、ハリーとウィーズリー家の双子の3人。スリザリン側は、実質おとがめなしのようなものだった。この結果に代表されるように、アンブリッジは、己の立場と教育令を乱用している。それをどうにかできないか、そんなことを話していたらしい。

 だがホグワーツの職員である以上、教育令には逆らえない。魔法使いと魔女であるからには、魔法省の方針には従わざるを得ない。それが現実なのだ。

 

「そうしますか、アルテシア。とりあえずクリミアーナに戻り、時期を見て戻ってくることは可能ですよ。あなたがそうしたいと言うのであれば手続きをしますが」

「いいえ、マクゴナガル先生。そんなことはしません。そんなことをしてしまえば」

 

 そこで、チラとパーバティをみる。パーバティが軽くうなずいてみせ、アルテシアも、ニコッと笑みをうかべた。

 

「そんなことをすれば、わたしがわたしでなくなってしまいます。きっと、友人たちにも笑われてしまうでしょう」

「ほう、おまえはおまえでなくなるのか」

「はい、そうです。スネイプ先生」

 

 スネイプが、くちびるの右端をわずかにあげてみせた。

 

「では問うが、いまのおまえはどうなのだ。それが、おまえか。それでいいと思っているのか」

 

 スネイプは、アルテシアとアンブリッジのあいだのことを知っている。そのうえでの言葉ということになるが、アルテシアは苦笑いで応えた。だが、それも一瞬。

 

「ご心配なく。守るべきものを捨てようだなんて思ってもいませんから」

「なんだと。どういう意味だ」

 

 今度は、苦笑いではなくすっきりとした笑顔。あらためてアルテシアは、にっこりと笑ってみせた。

 

「わたしは、マーニャの娘ですよ。マーニャの娘アルテシアは、クリミアーナの魔女なのだと、そういうことです」

 

 またも、意味不明であったのではないか。だがスネイプは、重ねて問うようなことはしなかった。マクゴナガルが歩を進めてきて、アルテシアの肩に手を置いた。

 

「わかりました、アルテシア。わたしも覚悟を決めましょう。大丈夫です。きっとスネイプ先生も力を貸してくださるでしょう。他の先生方もあなたの味方になってくれるはず。なにも、心配することはありません」

 

 このあと、マクゴナガルの覚悟とは何なのかが話題にのぼるようことはなかった。アルテシアとパーバティが寮へと戻っていき、スネイプも部屋を出ようとする。だが、最後にひとこと言いたかったようだ。ドアノブに手をかけたところで、振り返る。

 

「たとえて言うならば、あの娘の背中にある翼の羽根が、1つ2つ3つと、次々に抜け落ちていくようなものですな。これではあの娘、いざというとき飛び立てなくなる。はらはらと落ちていくその羽根をみながら、何もできないでいるなどできることではない。よいご判断だと思いますな」

 

 マクゴナガルは、何も言わなかった。スネイプがドアを開け、そして閉じる音がした。

 

 

  ※

 

 

 その日の午後の授業は、魔法生物飼育学。なぜか新学期になってからずっと不在が続いていたハグリッドの、復帰後最初の授業でもある。不在の理由は学校内に発表されていないためアルテシアは知らなかったが、戻ってきたことを喜んでいた。いつもいた人がいないとなれば、寂しさを感じるものだ。

 それはさておき、この授業はスリザリンとグリフィンドールの合同授業だ。もちろん授業はまじめに受けるつもりだが、アルテシアはドラコの姿を見て、この機会を利用できるのではないかと考えていた。なにしろ、クリスマス休暇は3日後に迫っている。そのときマルフォイ家に行くのかウィーズリー家か、それとも自分の家に帰るのか、その相談をしようと思ったのだ。いくらなんでも、もう決めなければならない。

 

「さーて、今日勉強するやつは、珍しいぞ。こいつらを飼い馴らすのには、ずいぶんと苦労したんだ」

 

 その声とともに、ハグリッドが生徒たちを先導し森のほうへと歩いていく。奥のほうへと入るのではなさそうだが、少しずつ木々が密集し始め、夕暮れどきのような薄暗さになっていく。そんななか、少しだけ木々が途切れて広場のようになった場所に、持ってきた大きな牛肉の塊を置いた。

 生徒たちは、ハグリッドから少し離れた場所で、木々の陰から周りを見回している。

 

「みんな、このあたりに集まってくれや。オレが呼んだら、やってくるからな。とにかくみんな、しずかに待ってろや」

 

 そう言ってから、甲高い奇妙な叫び声をあげた。怪鳥を思わせるようなハグリッドの呼び声が、木々の間をすり抜けて広がっていく。

 

「どうなるのかな。何が来るんだと思う?」

「わからないけど、ハグリッドのことだし、見た目はともかくそんな危なくはないと思うな」

 

 パーバティに聞かれてそう答えたアルテシアだったが、そうするうちに突然、パーバティの腕にすがりついた。

 

「な、何よ、アルテシア。どうしたの?」

「あれよ、ほら。あの少し曲がった2本の木の間。目が光ってる」

「え? どれ、どこ?」

 

 それは、ドラゴンのような顔と首、そして、大きな翼を持っていた。翼さえなければ、黒く長い尾のある大きな馬といったところだ。その姿がはっきりし始めたところで、アルテシアはパーバティの腕から手を離した。

 

「あー、びっくりした。あれなら見たことある。馬車の馬だよね」

 

 アルテシアは、その生き物と目が合ったような気がした。だがその馬のような生き物は、肉の塊に頭を寄せて、大きく口を開け食いちぎりはじめた。とたんに、生徒たちのあちこちから悲鳴があがる。それはパーバティも同じだった。

 

「ちょ、ちょっと、アル。あれはなに? 何がいるの?」

 

 実はパーバティには、馬のような生き物の姿は見えていない。ひとりでに大きな塊から肉片がはがれ、空中に消えていっているように見えているのだ。気味の悪い眺めに違いない。

 

「心配いらねぇぞ。セストラルという生き物だ。そいつが、肉を食っとるんだ」

 

 ハグリッドが誇らしげに言った。そして、セストラルのことを知っている者はいるか、と問いかける。たちまち手を挙げたのは、ハーマイオニーだ。

 

「セストラルは、死を見たことがある者だけが見ることのできる生き物です」

「おう、そうだ。よう知っちょるな。グリフィンドールに10点」

 

 それからハグリッドが、セストラルの説明をしていく。ハグリッドによれば、賢い生き物でありとても役に立つのだという。そのセストラルは、ホグワーツで駅から学校への馬車を引いていく役目を担っているのだが、そのことを知らない生徒が多かった。つまりが見えていないからであり、それらの人は馬車は魔法で動いていると思っていたようだ。

 数頭のセストラルがハグリッドの持ってきた肉を食いつくしたころ、ちょうど、ハグリッドの説明も終わりとなった。ハグリッドがセストラルを森のなかへと帰してやり、続いて生徒たちを引き連れてもとの道を戻っていく。その帰り道、アルテシアはドラコの横に立った。

 

「ねえ、ドラコ。クリスマス休暇のことなんだけど」

「そのことなら、もう母上に言ってある。キミが来るのを楽しみにしてるぞ」

「そうなんだ。でもウィーズリーさんのこともあるし、ロンに確かめてから、明日、あらためて返事をするわ。それでいい?」

 

 ドラコにはそう伝え、納得してもらう。あとはロンだが、家を訪ねるといった話はロンの両親としただけ。しかもこのところ話をしていないので、ロンとは話しづらくもある。だが、そうとばかりも言っていられない。

 

「なんなら、このぼくが話をつけてやろうか。ウィーズリーのやつはどこだ」

 

 そのロンは、アルテシアたちのずいぶんと前を歩いている。ハリーとハーマイオニーが一緒だ。追いつけない距離ではないのだが、走り出したりはしなかった。

 

「大丈夫よ、わたしが話をして、そして決めるから」

「わかった。でもキミは、マルフォイ家に来ることになるだろう。そのほうがいい。絶対にそうするべきだ」

 

 それを、どういう意味で言っているのか。いまひとつはっきりとはしなかったが、アルテシアは、軽く微笑んでみせた。それよりも、ロンと談話室で話ができるかどうかが心配だった。ロンは、いつもハーマイオニーやハリーと一緒にいる。いつ頃からだろう、話しかけづらくなったのは。

 そんなことを思いつつ、アルテシアは歩いた。結局アルテシアは、その話をロンとすることができなかった。明日の朝こそは、きっとロンと話をしよう。そう決めてアルテシアが眠りについた、あとのこと。

 事件は、そんな深夜に起こった。

 




 前話投稿分で、マルフォイ家かウィーズリー家か、なんて話を書きましたが、今回はそこまでいきませんでしたね。見通しあまくて、すみません。次こそは。
 さあ、どうなりますでしょうか。

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