ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第88話 「医務室にて」

 アルテシアが目を開けたとき、そこには誰もいなかった。そのことに、アルテシアは違和感を覚える。ベッドなどなかったはずだし、そこに自分が寝ている理由にも、心当たりがない。そもそも自分は、どこにいてなにをしていたのだろう。なんだか、頭が痛い。

 ぎゅっと、強めに目を閉じる。そして、ゆっくりと目を開け、まわりをみまわしていく。

 

「ここって、もしかして、医務室?」

 

 そうだ、医務室だ。見覚えがある。でも、なぜ医務室に? もう一度目を閉じて、思いをめぐらせていく。自分は、どこにいたのか。あれ? そういえば、なにをしてたっけ? 誰かと一緒にいた気がするけれど、なにをしてたんだっけ?

 なんだか、記憶があいまいになっていた。ついさっきのことであるはずなのに、もう、わからない。ここが医務室であることや、そこのベッドに寝ていることなどに気づくたび、さっきのことに上書きされ、そして消えていくような、そんなおかしな感覚。

 そうか、夢だ。これは、夢なんだ。なんだ、夢か。

 そう思ったら、気持ちが楽にでもなったのだろう。アルテシアの顔に笑みが戻り、寝息へと変わっていく。

 

 

  ※

 

 

 テーブルの上にかざされた両手のひらの下に、いくつものキラキラとした小さな輝きが、くるくると渦を巻くようにして集まってくる。その数を次第に増やしつつ、手のひらの下へと集まってくるのだ。そして。

 

「これ? これが、そうなの?」

「そうだよ」

「見てもいい?」

 

 手のひらの下に集まったたくさんの光の粒が、形を変えて本になった。そう思うしかなかった。手に取ってみる。

 表紙の色は黒であり、何も文字は書かれていない。なので、外見だけでは何の本であるのかはわからない。背表紙に小さな、文字とも絵ともつかぬものが1つ、小さく刻まれている。ページ数は、かなりある。

 

「わたしが得た魔法の力や知識を、こうやって本として子孫に残そうって、そんなことを考えたんだけど」

「この本に、あなたの魔法や知識のことが書かれてるってことなのね。でもこれで大丈夫なの? わたしには読めないんだけど」

「でしょうね。でもそれは、学べばいいだけ。読めるようになればいいのよ。魔法が使えないのなら読めないだろうけど、魔女なら読めるはずだもの」

 

 そのとき、カタンとなにか、音がした。誰か来たのかと入り口の方を見たが、とくに変わったところはなかった。気のせいだろうということになる。

 

「でもこれじゃ、教育という面から見ると、ふさわしくはないと思うわ。遠慮なく言わせてもらえば、だけどね」

「そうかな。わたしは、わたしに娘ができたなら、これで学ばせるつもりなんだけど」

「気を悪くしたのなら謝るわ。けど、本を読ませるだけっていうのはどうかしらね。誰だって、あなたから直接学びたいって思うはずよ。あなたには、ここで指導者になってほしいの。だからこそ、ここに呼んだのよ」

「ここで? まさか、わたしには似合わないわ」

 

 そう言って、笑う。笑いながら、本を手に取る。

 

「わたしには、この方法が似合ってると思う。これで、わたしのすべてを伝えることができれば、それでいいと思ってる」

「あなたは、教えるのも上手なのに。わたしの娘がいい例だと思うけどな」

「さあ、それはどうなのかしら」

「でもね。真面目な話、ただ知識だけ伝えればそれでいいってことにはならないと思うよ」

 

 どういうことか。言葉には出さず、説明をうながすように相手の顔を見る。

 

「それもここに書いてあるのかもしれないけど、これは、大事なことだと思うよ」

「なによ、それはなんなの?」

「あなたの娘さんだったら、大丈夫でしょう。自分の目であなたを見て育つんだからね。でも、そのあとの世代、お孫さんや何代もあとの人はどうなるのかしら」

「だから、なんなの?」

「あなたを素晴らしい魔女だと思うのは、なにも魔法の力だとか豊富な知識だとか、それだけじゃない。魔法に対する考え方、魔女としての心構えとか、そんなものをひっくるめてのことなんだけどね」

 

 魔法だけ、関連する知識だけ、そういうことでは不十分。魔女として、もっと大切なものがある。実はそれを教えることは難しく、それを学ぶこともまた、難しいものなのだ。

 

「なるほど。そういうことも必要だね。もっと工夫しなきゃダメってことか」

「ちゃんと教えないと、その子はなんにも知らずに育つのよ。ましてやあなたには、あの魔法もあるんだし」

 

 指摘された意見が十分すぎるほど心に響き、頭の中へと染み渡っていく。そんな感覚に包まれていたとき、入り口の方で、またもやカタンと音がした。思わず、顔を向ける。

 誰? そこにいるのは誰なの?

 

 

  ※

 

 

「あら、起こしちゃったかな。でも、そろそろ目覚めてもいい頃なのよ。それでようすを見に来たんだけど」

「ごめんなさい、カタンって音がしたから…… って、あれ?」

「どうしたんです?」

 

 そこにいるのは、マダム・ポンフリーだった。場所は、医務室で間違いない。アルテシアは、自分がベッドに寝ていることに驚き、とにかく上半身を起こす。

 マダム・ポンフリーが、そのベッドのすぐ横までやってくる。

 

「なにか、夢でもみたんじゃないかしら。だってあなたには、そんな時間がたっぷりとあったんですからね」

「夢、ですか。あれは夢? あれ?」

「どうしました?」

「なんだったか思い出せなくて。でも、なんだかとっても大切なことだったような」

「目覚めたとたんに忘れてしまう、なんてよくあることですよ。ところで、なぜ医務室で寝ているのか、それは覚えているのかしら?」

 

 すぐには、アルテシアからの返事はなかった。そのことに、マダム・ポンフリーは苦笑い。

 

「まあ、いいわ。お友だちがあわてて抱えてきたんだけど、どこもおかしくはなかったのよ。でもあなたは、丸二日も寝ていた」

「そんなに、ですか」

「もう、こんなことにはならない。そういうことだったと思うんだけど、違ったの?」

「ええと」

 

 そこで、首をひねる。アルテシアにもよく分かってはいないらしいが、結局のところ、午前中の授業を受けずに空き教室でパチル姉妹たちと話をしていたときに、それは起こったらしい。ちょっとしたもめ事のあと、アルテシアは疲れたからと教室の隅で椅子に座ってうたた寝。お昼となっても起きなかったことから、マダム・ポンフリーのところに駆け込むことになったのだ。

 

「以前と同じよ、悪いところはみあたらなかった。でもね、医務室で寝ているあなたをみて、なんだか懐かしかったわ。校医として、こんなこと言っちゃダメなのは分かってるけど、こうしてあなたと話をするのは楽しいのよ」

「ええと、その、わたしは」

「これは、提案です。マクゴナガル先生と相談したんですけど、しばらくは医務室にいるというのはどう? もしくは」

「待ってください」

 

 しばらくは医務室に、ということは、どこか悪いところがあるからではないのか。アルテシアはそう思ったのだ。だがマダム・ポンフリーは、それを笑顔で否定した。マダム・ポンフリーの見たところでは、どこにも異常は見つからないらしい。

 では、なぜ医務室にいろというのか。その当然の疑問には、こんな返事がされた。

 

「ここにいれば、アンブリッジ先生と会わずに済むからですよ。症状を偽ることになるのは本意ではありませんけど、あなたのためには、そのほうがいいと判断したの」

「なるほど、そういうことですか」

「一応ね、あなたが寝ている間に学校としての話し合いがされたわ。でもアンブリッジ先生は、どうあってもあなたを、ええと、なんて言ってたかしら」

「とりあえずは助手として、いろいろとわたしに仕事を手伝わせたいみたいです」

「そうそう。たしか、後継者に指名するとかだったと思うけど。でもそれはねぇ。ほかの先生方も反対なされて、ちょっとした騒動になったみたい」

 

 アルテシアは、魔法の勉強のためにホグワーツに来ているのだ。しかもO・W・L試験を学年末に控えているというのに、そんな役目を負わせるのはいいことではない、というのが主な反対意見である。

 対してアンブリッジは、魔法省の教育令に基づくものだとして、あくまでもその主張を取り下げようとはしなかったらしい。

 

「でね、結局はあなたの意見を聞こうということになったのよ」

「わたし、ですか」

「ええ。アンブリッジ先生がおっしゃったそうよ。あなたが引き受けるというのであれば、問題はないはずだってね」

「わたしはどうすれば」

「アンブリッジ先生ご本人が、あなたの意見を聞きに来られるでしょう。もちろん、医務室にいるあいだはそんなことはさせませんけど」

 

 しばらく医務室にいろとは、そういう意味だったのか。アルテシアは、そう理解した。だがもちろん、いつまでも続けられるようなことではない。

 

「イヤならイヤだと、そう言うべきよ。あなたのことだから、よく分かってるとは思うけど」

「はい、ありがとうございます」

「さて、もうじきお昼休みですからね。最初に面会に来るのは誰かしら」

 

 それが楽しみだと、マダム・ポンフリーは笑ってみせた。つられてアルテシアも、笑顔になった。

 

 

  ※

 

 

「アルテシア、目が覚めたと聞きましたが、具合はどうです?」

 

 飛び込んできたのは、マクゴナガル。その後ろで、マダム・ポンフリーが笑っていた。おそらくは、彼女の予想どおりであったのだろう。

 

「すみません、先生。いつも心配ばかりかけて」

「そんなことは、気にしなくてよろしい。頭が痛いですか? それともなにか、ほかのところが」

「いいえ、先生。どこも具合は悪くありません。自分でもなぜこうなったのか、よくわからないんです」

「わからない? いいえ、おそらくはいろいろと考えすぎたせいだと思いますね」

 

 ただでさえ、魔法書の更新に関わっていろいろとあったのだ。そこにアンブリッジのことが加わり、心理的な負担が増した。マクゴナガルが言うのは、そういうことだ。

 

「ともあれ、これからのことを相談せねばなりません。とにかく今夜までは、医務室にいなさい。いいですね」

「わかりました。でも先生」

「“でも”は、なしですアルテシア。どうもあなたは、このごろ、その言葉を使うことが増えたような気がしますね」

「そうでしょうか」

「とにかく今夜のうちに、いろいろと決めてしまいましょう。場合によっては、クリミアーナに戻ることも考えねば」

 

 後半の言葉は、どこまで本気なのか。昼休みも忙しいらしく、それだけ言うとマクゴナガルが医務室を出て行く。ただ様子を見に寄っただけ、であったようだ。

 

「クリミアーナに戻るとなると、ホグワーツを辞めるってことになるのかしら」

「まさか、そんな」

「いったん戻って、あの先生のことが落ち着いてからこっちに来ればいいんじゃないかしら。おや? 今度は誰かしら」

 

 医務室にまた、誰か来たらしい。せかせかと出迎えに行き、今度はダンブルドアを伴って戻ってきた。

 

「校長先生がいらっしゃいましたよ。ええと、椅子を」

「大丈夫じゃよ。わしにはお気に入りがあるのでな」

 

 杖を振り、お気に入りだというふかふかのクッションの付いた肘掛け付きの椅子を、ベッドの脇に出現させる。アルテシアのほうは、ベッドの上に上半身を起こしただけ。

 

「さてと。すまんが、お嬢さんと2人にしてくれるかの」

 

 椅子に腰かけながら、マダム・ポンフリーに声をかける。マダム・ポンフリーも、心得たようすで部屋を出る。自分の席へと戻ったのであろう。

 

「すまんの。わしも、そう時間があるわけではないのじゃが、お嬢さんと話ができる機会は、そうそうないのでな」

「そうですか」

「いま起こっておること、その状況は、もちろん承知しておるじゃろうと思う。その前提で話をしてもいいかね?」

「それで結構です。でも、なにもかも知ってるわけじゃないですよ。むしろ、聞きたいことだらけっていうか」

「ふむ。まぁ、おいおいとわかってくるじゃろう。お互いにの」

 

 そう言って、ダンブルドアが笑う。

 

「じゃが、なにをおいてもこれを聞いておかねばの。話を始めるのはやはりここから、ということになるじゃろうて」

「なんでしょうか?」

「マダム・ポンフリーが、わしの面会を止めようとはせなんだ。それはつまり、お嬢さんは元気じゃということ。となれば、近いうちに結論を出すことになる。お嬢さんは、どう返事をするつもりかな?」

「ああ、そのこと、ですか」

 

 体調に問題がないのだから、医務室にはいられない。そうなれば、アンブリッジに対する結論を求められることになる。アンブリッジの要求を受けるのか、それとも拒否するのか。

 そのことを、ダンブルドアは尋ねているのだ。その返事を、どうするか。つかの間アルテシアは考える。答えが出せないということではない。さきほどマクゴナガルが、今夜にでも相談しようと言ったからだ。できれば、その相談の後にして欲しかった。

 

「校長先生、そのことは明日のお返事ということでいいですか?」

「おお、それはつまり、まだ決めかねておるということかね」

「そういうわけではないです。ただ今夜、そのことで相談することになっているので」

「なるほどの。そのとき、お嬢さんの意見は変わってしまうということじゃな」

 

 誰と相談するのかを、ここで言う必要はない。ダンブルドアだってわかっているだろうし、それくらいのことはアルテシアも承知している。アルテシアが、ニコッと笑ってみせた。

 

「違います。過去と未来と今とにおいて、この答えが変わることはないでしょう」

 

 そのアルテシアの言い方が気になったのかどうか、ダンブルドアは、いくぶん首をひねりつつも、自分のひげをなでながらアルテシアを見つめている。だがそれも、長くは続かなかった。

 

「つまり、お嬢さんの気が変わることはないと、そういうことでいいかね」

「はい」

「そういうことなら、いま話してくれてもいいのではないかね。どうせわしは、アンブリッジ女史がお嬢さんに答えを聞きに来るとき、付き添うことになる。答えが変わらぬのであれば、いま聞いても同じではないかね。むろんわしは、それまで誰にも言わぬがの」

「それは」

 

 そうかもしれない、とアルテシアは思った。思いはしたが、だからといって、そうするわけにはいかないのだ。そのことは、ほんの数日前にいやというほど思い知らされている。正しい順番というものは、厳然としてあるのだ。それを間違えたために、大切な友人とのあいだに、気まずい雰囲気を作ってしまった。その解決もおぼつかないうちから、またもや同じような失敗を繰り返すわけにはいかない。

 アルテシアは、そんなことを考えた。

 

「すみせん、校長先生。やっぱり明日まで待ってください」

「そうかね。まあ、ムリを言うつもりはないのじゃが、それでは話がしにくいゆえ、こうしてはどうかと思うのじゃが」

「え?」

「とりあえず、その答えを仮定しておくのじゃよ。いいかね、お嬢さん。そうじゃの、アンブリッジ女史の提案を拒否する。その前提のもとでのたとえ話、ということでどうかね? むろん、承諾するという前提でもかまわんよ」

 

 なるほど、と思わずにはいられなかった。そんなことで心にかかる負担を取り除くことができるだなんて、思いもしなかった。いわゆる大人の知恵というものに、感心せざるを得ない。そんな自分の心の動きに、アルテシアは少なからず苦笑い。

 

「わかりました、校長先生。それでいいです」

「では、そうさせてもらおうかの。しかし、なぜじゃろうな。こんなことになったのは」

「わたしにもよくわかりません。でもどこかで、なにかを間違えたんだと思います」

「ほう」

「それがなんなのか、わたし、そのことを考えてたはずなんです。でもあのとき」

 

 たしかあのとき、誰かが飛びついてきたのを覚えている。驚いてそれが誰かを確かめようとしたとき、ほおに痛みが走った。それから急に眠くなり、近くの椅子に腰かけて目を閉じたのではなかったか。そして、夢を見た、のかもしれない。

 

「ん? どうにかしたかね」

「すみません、ちょっと考えごとを」

「ともあれお嬢さんが断ったとなれば、必ずその理由を尋ねられるじゃろう。そのときはどうするつもりかな。なにか、考えてあるのかね」

「それは」

 

 あの先生を拒絶する理由。そんなものは、1つしかあり得ないとアルテシアは思っている。なぜそうなってしまったのかはともかくとして、この先もその理由が変わることはない。アルテシアが、その理由を告げる。

 

「なんと! まさに簡潔明瞭、実にわかりやすい答えじゃが、しかしのう。それもまた、理由を聞かれるじゃろう。なぜか、あるいはどこが、とな」

 

 わずかに首をひねってみせたものの、アルテシアは答えに迷うようなことはなかった。

 

「理由などありません。ただ、キライなだけです」

 

 

  ※

 

 

 アルテシアとダンブルドアの話が、まだ続いていた。その長話が気になったらしく、マダム・ポンフリーもようすを見に来たくらいである。アルテシアの体調を考えるなら、そろそろ終わりにしてほしい。そう思ってのことなのだが、見た限りでは問題なさそうなのである。

 もしなにか、異常を感じたならば。そのときは、たとえ校長先生が相手だとしても即座に止めに入らねばとマダム・ポンフリーは思っている。なぜなら、それが自分の仕事だからだ。いまのところその必要はなさそうだが、なおも話が長引くのなら、その可能性は高まっていく。となれば、目を離すわけにはいかない。

 席を外しておくことになってはいるが、マダム・ポンフリーは少し離れたところから見守ることを選択した。そのことにダンブルドアは気づいたかもしれないが、2人の話はそのまま続いていく。

 

「じゃがあの先生の授業は、不評ではないのかね。わしには、あんなやり方をしておる理由に察しがついてはおるが」

「わたしには、不満はないです。魔法について書かれた本が読めるのは楽しいです」

「なるほどの。ところでお嬢さんは、ハリー・ポッターくんやハーマイオニー・グレンジャー嬢などとは、それほど親しくはしておらんようじゃの」

「やっぱりそう見えますよね。たしかにわたしは、受け入れてはもらえないみたいです。ハーマイオニーとは友だちでいたいって、そう思ってはいるんですけど」

「ハリーのほうはどうなのかね?」

「ハリーは、わたしには何も話してくれません。わたしには、いくつか聞きたいことはあるんですけど」

 

 そういう言い方をすれば、何を聞きたいのかと尋ねられることになる。その可能性は高いというのに、どうやらアルテシアはそんなことまでは想像していなかったらしい。案の定ダンブルドアにそのことを質問され、とまどいを覚えつつも返事をすることになる。だいたいにおいてアルテシアは、聞かれたことには答えるのだ。

 

「できれば、わたしの母のこととか聞きたいと思っています」

「お母上のこと? はて、ハリーがそんなことを知っておるかのう」

「わたしの母とハリーのお母さんは友だちだったんです。そのことを話せたらって、そう思ってます」

 

 詳しくなくてもいい、直接的なものでなくてもいいのだ。それにつながることであれば、どんな些細なことであろうともかまわない。アルテシアはそう思っている。どんなことだろうと、貴重な情報なのだ。

 

「ハリーの母親は、リリーというのじゃよ。わしもよく知っておるが、彼女の友人とはのう」

「わたしも、母に友人がいたことは知らなかったんです。でもそのリリーさんに会いに、ポッター家を訪れていたようです」

「それは、いつ頃のことなのかね」

「いつ頃?」

 

 そう言えば、その時期まではわからない。もちろんヴォルデモート卿に襲われる前、ということにはなるのだろうけど。

 

「リリーがお母上の友人であったことは、どうやって知ったのかね?」

「ポッター家で何度か母と会ったことがある、という人に会いました。その人からです」

 

 その名前を、アルテシアは言いたくなかった。だからそう表現したのだが、もちろんダンブルドアは、そんなことを察してはくれない。それどころか、その人物を特定してみせたのである。

 

「ポッター家に出入りしていた人ならば、わしも知っておるよ。お嬢さんのお母上のことは知らなんだが、お母上と会った人がいるとするならば」

「あの、校長先生」

「むろん、全員を知っておるわけではないが、ひょっとするとシリウス・ブラックではないかね。おお、そうじゃ。1年と数か月まえ、まさにそのときじゃろう」

 

 ガタッと、椅子の動く音がした。原因は、アルテシアでもダンブルドアでもなく、マダム・ポンフリーである。シリウス・ブラックの話が出たことに、驚いたらしい。ダンブルドアの視線が、マダム・ポンフリーのほうへ。

 

「すみません」

「なになに、かまわんよ。こっちへ来てはどうかね?」

「いえ、そんな」

「どうぞ、遠慮なさらず。アルテシア嬢との面会をストップする、ということでなければ、いっこうにかまわんのじゃよ」

 

 それでも寄ってきたのは、ほんの数メートル。すぐそば、ではない。ただ、質問だけは忘れなかった。

 

「そのブラックですが、まさか、アルテシアさんを狙っているなんてことは。以前にそんな話がありましたが」

「ああ、いや。それはありえんよ。そもそもシリウス・ブラックは、犯罪者ではないのじゃ」

「え?」

 

 その驚きの声は、もちろんマダム・ポンフリーのもの。アルテシアもまた、声こそあげなかったものの同じような表情だ。そのことに、ダンブルドアが苦笑い。

 

「シリウス・ブラックは、犯罪者ではない。みな、誤解しておったのじゃよ。無実なのじゃ」

「では、アズカバンに収監されたのは間違いだったって言うんですか」

「そういうことじゃな。問題は、それをどうやって証明するかということになるが」

「あの、校長先生。シリウスさんは学校に侵入して捕まり、そして逃亡したと聞いていますけど、それは」

「そうそう、そういうこともあった。あのときは、無実の者を吸魂鬼の手に委ねるわけにはいかなかった。ああするしかなかったと、そうは思わんかね?」

 

 そのことを、否定するつもりはない。アルテシアが気にしているのは、それをハリーとハーマイオニーが実行し、自分が手伝ったという事実について、である。あのときは時間旅行という制限があり、詳しい状況など聞かずにいた。そのほうが都合がよかったからだし、あとからちゃんと説明してくれると思っていた。だが実際は、そうなっていない。アルテシアは森の中で置いてきぼりとされ、いまとなってもその説明はしてもらえていない。

 スネイプの言葉が、アルテシアの頭の中をよぎる。自分はただ、都合よく利用されただけではないのか。その言葉が、頭の中をめぐる。

 

「校長先生。ウィーズリー家のご夫妻が学校に来られたとき、魔法省が事件の見直しを進めているとうかがいました。その過程で、犠牲者のなかにガラティア・クリミアーナがいることがわかり、遺品があったと。その話は」

「おお、そのことならまだ調査中じゃと思う。シリウスの無実も、まだ証明されてはおらんが、もはや疑いはないのう」

「あの夜、ハリーたちがシリウスさんを逃がしたのは、無実だと知っていたからなんですね」

「ほう。やはりお嬢さんは、あの夜のことを知っておるのじゃな」

「いいえ、あの夜に起きたことは、わたしはなにも知りません。あのときわたしは医務室で、このベッドで寝ていたんですから」

 

 ニコッと笑ってみせたが、これがダンブルドアにはバレバレのウソであることくらい、アルテシアもわかっている。わかってはいるが、この場合の返事は、これしかなかったのだ。そして、もうひとつ。

 

「わたし、シリウス・ブラックに会えますか。どうすれば会えますか。シリウスさんと話したいことがあるんですけど」

 

 

  ※

 

 

 アルテシアが医務室から解放されたのは、ダンブルドアと思いがけず長話をした、その翌々日である。夕食後、迎えに来てくれたパーバティとともにアルテシアは医務室を出た。

 パーバティとアルテシアには、アンブリッジとのトラブルをめぐり、どこか気まずい雰囲気があった。その解消のためにと授業をさぼって空き教室で話し合いの場を持ったのだが、アルテシアが医務室行きとなり、それも中途半端に終わっている。まだわだかまりも残っているだろうに、それでも来てくれたパーバティの気持ちが、アルテシアには嬉しかった。

 医務室を出た2人は、まっすぐに寮へと向かう。そうするように言われているからだ。なにをするにもすべては明日から、今夜は早く寝るようにと、そういう話になっている。ちなみにそんな指示をしたのは、マダム・ポンフリーでもなく、マクゴナガルでもない。いまアルテシアの隣を歩いているパーバティ、なのである。

 

「とにかくさ、あんたは寮にいな。どこにも行かせないよ。あんたを1人にはしない」

「パーバティ」

「いろいろあったけどさ。いろいろ考えたんだけどさ、アル。考えて考えて、そう決めたんだ。やっぱりあたしは、あんたが一番、だからさ」

「うん。ありがとうパーバティ」

「なんでも言ってよ。あたしもそうするからさ」

「うん」

 

 グリフィンドールの談話室につながる、太った夫人の肖像画。そこで、もう一言二言。もちろんアルテシアは、パーバティに言われたとおり、すぐに部屋に戻り、ベッドに入るつもりだった。だが談話室に入ったとたん、アルテシアの進路はふさがれた。何人もの生徒が、アルテシアを取り囲んだのである。

 先頭にいるのは、グリフィンドールクィディッチ・チームのチェイサー3人娘。つまり、アンジェリーナ・ジョンソン、アリシア・スピネット、ケイティ・ベルの3人だ。そのすぐ後ろにウィーズリー家の兄弟たち。ハリーやハーマイオニーの顔もあったし、他にも数人。

 アンジェリーナが、さらに一歩分、アルテシアに近づいてくる。そして。

 

「アルテシア、さっそくで悪いけど、お願いがあるんだ」

 

 そのお願いの内容を察したのかもしれない。アルテシアの顔から、笑みが消えていった。

 




 アンジェリーナたちのお願いがなんであるのか。
 そんなこと、考えるまでもないくらい、わかりやすいですね。もうちょっとひねってみたかったですが、なにも思いつきませんでした。
 さて、いよいよ闘いとなるのか、それとも回避するのか。あるいは、逃げるとか。さあて、どうしてくれようか、アンブリッジ先生・・・

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