ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第87話 「新たな教育令」

「ロン、アルテシアは? アルテシアはどこにいるの?」

 

 一足先に大広間に来ていたロンは、口いっぱいの食べ物のせいか、ただ首を横に振っただけ。そのロンの両脇にハーマイオニーとハリーが座る。ハリーは、さっそく取り皿を手に取り、料理でいっぱいにしていく。ハーマイオニーのほうは、各寮のテーブルに視線を走らせる。

 

「あいつ、まだ来てないんだ。ボク、気をつけてたから間違いないよ。食べながらだけど」

 

 食べながら、だとアテにはならない。そう思ったハーマイオニーだが、アルテシアが大広間にいないのは確かだ。それに、パチルの双子の姿もみえない。まだ来ていないのは間違いないのだと判断。とりあえずは、仕方がない。

 

「とにかく、夕食ね。お腹がすいたという事実は変えられないわ」

「ずいぶんと遅かったけど、キミたち、何してたんだい。料理がなくなる、なんて考えなかったのか」

「そんなこと、考えもしなかった。だってこれまで、そんなこと一度もなかっただろ」

「甘いな、油断するとみんな持ってかれちゃうってことはありえるんだ。みろよ、あの食いっぷりを」

 

 ロンが言うのは、スリザリンのテーブルでのクラップとゴイルのことだ。それをみれば、誰もが納得といったところか。

 

「心配ないわよ、ロン。グリフィンドールのテーブルには、あんなのはいないから」

 

 いないといえば、スリザリンのテーブルにソフィアの姿がないようだ。パチル姉妹もいないし、アルテシアもいない。なぜ? どうして?

 

「もしかしたら、そうなのかな」

「え? なんだって」

「もしかしたら、アルテシアたちになにかあったのかもしれないって、そう言ったのよ」

「まさか、そんな。夕食にいないだけだぜ。遅れてるだけさ、キミたちのようにね」

 

 もちろん、そうなのだろう。そのはずだとハーマイオニーは、自分に言い聞かせる。だがなぜか、その思いは消えなかった。

 

「2人とも、聞いて。もしかしたら、これから先なにかおかしなことがあるかもしれない。きっとそこには、たぶんだけどアルテシアが関係してるはずよ。そんな気がするの」

 

 結局、ハーマイオニーたちが大広間にいるあいだ、アルテシアたちの誰1人も、夕食にはやってこなかった。

 

 

  ※

 

 

 各寮の談話室には、掲示板がある。たとえばホグズミード行きの日程発表など学校からの連絡物がここに掲示されるし、生徒たちの間でも、クィディッチ・チームの練習予定表や蛙チョコレートのカード交換会のお知らせなど、さまざま利用されている。

 その日の朝、その掲示板にあらたに2枚の掲示がされていた。その1つが、掲示板の大半のスペースを占有している、ホグワーツ高等尋問官令である。魔法省の教育令第24号に基づいてアンブリッジが新たに定めたもので、最後に“高等尋問官 ドローレス・ジェーン・アンブリッジ”の署名と公式文書であることを示す印鑑が押されている。内容は、ホグワーツ内のチーム、グループ、クラブなど3人以上の生徒による定例の集まりを、強制力を持って解散するというもの。継続したいのであれば、高等尋問官に願い出て再結成の許可を得なければならず、違反すれば退学処分になると警告されていた。

 迫力ある大きな文字で注目を集め、同時に、その衝撃の内容で生徒たちの関心を奪う。そのためか、掲示板の隅にある小さな1枚のほうは、ほとんど注目されることはなかった。

 

「これ、どういうことなのかな」

「チームやグループ、クラブってことだけど、3人以上ってことになると、なんでも含まれるってことになるよ」

 

 そんな声が、あちこちで聞かれた。すでに掲示板の前には何人もの生徒が集まっており、遅れてやってきた者は、前にいる生徒の頭越しに内容を読むしかなかった。だがそれでも十分に読めるほどに、その高等尋問官令の文字は大きかった。

 

「どう思う、ハリー。これって」

「ああ、偶然なんかじゃないかもしれない」

 

 ハリーとロンも、ようやく掲示板の前に来たところ。その内容の意味するところが気になる。とにかく、ハーマイオニーの意見が必要だと思った2人は、そろって女子寮のドアへと顔を向けた。

 2人が心配しているのは、防衛術を自習するグループを作るという計画がアンブリッジにばれたのではないか、ということだ。これから朝食でもあり、ほどなくしてハーマイオニーが女子寮から降りてくると、ハリーたちがすぐさま駆けつける。

 

「どうしたの、2人とも?」

「掲示板だよ、ハーマイオニー。アンブリッジの教育令なんだ。チームやグループ、クラブは解散だって書いてあるんだ」

「解散?」

「3人以上の集まりは、解散になる。改めて許可をもらわないと、退学処分になるらしい」

「キミならわかるよな。これって、あれだろ。秘密がもれたってことかも」

 

 すぐさま、ハーマイオニーは掲示板の前へ。まだ人だかりがしていたが、それでも十分に読める。ハリーとロンも、すぐその横へ。

 

「あいつ、知ってるってことかな」

「それはないと思うけど」

「けど、あのパブには何人か知らないヤツがいたし、集まった生徒の誰かが告げ口したかもしれない」

「とにかく朝食に行きましょ。ほかのみんながどう思ってるか、ようすをみたほうがいいわ」

 

 言いながら、チラと視線を向けたその先には、女子寮のドアから出てきたばかりのアルテシアとパーバティがいた。2人は、人だかりのしている掲示板ではなく、そのまま出口である肖像画の穴のほうへと歩いていく。ほかにも、朝食のため大広間に行く生徒たちの姿がある。

 

「なあ、キミ。そういえば、アルテシアとは話をしたのか」

「アルテシアは早くに寝ちゃうし、あたしは宿題なんかで忙しいの。パーバティは、アンブリッジの授業でのこといまだに怒ってるし」

「じゃあ、何にも話してないのか。キミ、アルテシアと離れちゃいけないとか、そんなこと言ってたじゃないか」

「あたしはね、ロン。話してない、なんて言ってないわ。でも、アルテシアが」

 

 昨日の夕食のとき、アルテシアはどこにいて、なにをしていたのか。ハーマイオニーは、いちおう、本人には聞いてみたらしい。だがアルテシアは、こう言ったのだという。

 

『知りたいというなら話すけど、1日だけ待って。その前にパーバティと話しておきたいの』

 

 そのことは、まずはパーバティと話をしてからにしてほしい。つまりは、そういうことになる。先にハーマイオニーに言うわけにはいかない、ということだ。

 

「なるほど。それはそうだろうな」

 

 それでロンは納得するが、ハリーは、肖像画の穴から出て行く2人をずっとみていた。ハリーが見ている限り、2人は、何も話をするようすはなかった。

 

「なあ、あの2人、いつもとようすが違う気がしないか」

 

 ハリーがそう言うのと、彼の名前が呼ばれるのとは、ほとんど同時だった。ハリーの名前を呼んだのは、アンジェリーナ。ひどくあわてているようだ。

 

「ロンもいるのなら、ちょうどいい」

「アンジェリーナ、大丈夫だよ。アンブリッジにバレたんじゃないし、たとえバレたとしても」

「それもあるけど、あれには、クィディッチも含まれてるんだってことに気づいてる?」

 

 アンジェリーナが、ハリーの言葉をさえぎる。アンブリッジの高等尋問官令によれば、3人以上のチーム、グループ、クラブなどは解散となっている。ゆえにクィディッチチームも例外ではない、というのだ。

 

「つまりグリフィンドールのクィディッチチームは、いま現在、存在してないってことになるんだ。再結成の許可を貰わない限り、クィディッチができない」

「えーっ」

「そりゃないぜ」

「とにかく、このことで話がしたい。これから朝食だよね? そこでクィディッチチーム集合だ。チームで話し合って、昼休みには許可を申請しに行きたいと思ってる。いいよね?」

 

 ハリーとロンに、それを拒絶する理由などなかった。少しは落ち着いたらしいアンジェリーナの後から、ハリーたちも肖像画の穴へとむかう。

 このとき、ようやく掲示板の前の人だかりはなくなっていた。しかも掲示されていたはずのもう1枚が、なぜかなくなっていたのに誰も気づかなかった。

 

 

  ※

 

 

「言われたとおり回収してきましたけど、でも」

「わかってる。見た人は何人もいるだろうし、事実まで変えられる訳じゃない。けど、あっちのほうがインパクトあるからね。うまくすれば、誰も話題にはしないでしょ。とにかく時間はかせげる」

 

 話しているのは、ソフィアとパドマ。場所は、放課後によく利用している空き教室だ。

 

「でも、グリフィンドール寮に入ったとき、たぶんアルテシアさまに気づかれました。見逃してはもらえましたけど」

「それは、問題ないよ。あとであんたが怒られれば済む話でしょ」

「うわ、パチル姉さんみたいなこと言うんですね」

「ウソだよ、アルテシアに怒られるとしたらあたしのほうだから」

 

 いったい、何があったのか。ソフィアが、回収してきたというモノを机の上に置く。各寮の掲示板からはがしてきた掲示物。2種類あったうちの小さい方、である。

 まずソフィアがスリザリン寮で見つけ、各寮にあるに違いないと、レイブンクロー寮の談話室に忍び込み、偶然に顔を合わせたパドマと相談。その後に、グリフィンドールとハッフルパフから回収してきたというわけだ。そのとき転移魔法が使われたのは、言うまでもない。

 

「なにがあったんでしょうか。どうして、こんなことに」

「それは、たぶんあたしのせいだと思うんだよね」

「え? どういうことですか」

「前の晩にさ、あ! そういえば、ウチの姉、これ、見てないよね。見てたら、手遅れになるかも」

「それは大丈夫です。アルテシアさまが掲示板を素通りしてくれたんで、パチル姉さんもそのまま談話室出ていきましたから。あれ? だったら、雰囲気悪くなったりしないはずなのに」

 

 2人が並んで歩いていたのは、いつもどおり。だが、その表情は、いつもどおりではなかったのだ。

 

「とにかく、ソフィア。詳しいことはあと。あんた、午前中の授業さぼれる? できるだけ早くなんとかしときたいんだけど、ムリならお昼休みかな。放課後までは、伸ばしたくないんだ」

「ええと、魔法薬学ですけど、大丈夫です。そんなことは言ってられません」

「いや、さすがにスネイプ先生はまずいでしょ。あたしは変身術だからなんとかなるとは思うけど」

 

 だがソフィアは、大丈夫だと言い切った。そんなこと気にしてる場合ではないということで、パドマも同意。とにかくこの掲示に対して、4人で話し合っておきたかったのだ。ちなみにグリフィンドールの授業は魔法史。誰もがさぼっても問題はない、と口を揃えることだろう。だが実は、アルテシアが楽しみにしている授業でもあるのだ。

 2人はそのまま大広間へとむかうが、その朝食の場は、さすがにいつもとは雰囲気が違っていた。各テーブルを行き来している者も多く、あちらこちらでなにかしらの話がされていた。ずいぶんと騒がしいといった印象だ。

 

「ソフィア、あんたはアルテシア。あたしは姉に話をするから」

「はい」

「場所は、さっきの空き教室ということで。いいね?」

「はい」

 

 

  ※

 

 

「ええと、まずはあたしから話をさせてもらうけど」

 

 すでに授業は始まっているかもしれない。そんな時間ではあったが、これはとても重要な問題だと判断したパドマにより、アルテシアたち4人がいつもの空き教室に集まっていた。授業を欠席することになるし、そのことを後から指摘されるに決まっているが、それでも必要だとの判断だ。

 

「ねえ、パドマ。もしよかったら、わたしに話をさせてくれない?」

「ううん、アルテシア。最初に言っておきなきゃいけないことがあるの。今度のことのきっかけを作ったのはあたしだと思うから」

「どういうこと?」

「それを今から話すつもりだよ。いいよね?」

 

 そう言って、改めてアルテシアを見る。そのアルテシアがパドマからパーバティへと目を向け、パーバティがパドマへ。

 

「パドマ、それ、必要なことなんだよね」

「うん。絶対にそのほうがいいと思う」

「だったらさ、アル。アルの話は、後から聞く。そうして」

「わかった」

 

 アルテシアが、小さくうなずく。ということでパドマが話を始めるのだが、パドマはまず、パーバティに微笑みかけた。

 

「怒っちゃだめだよ、お姉ちゃん。原因はあたしなんだし、全部の話が終わってから。ね」

「うるさい、パドマ。言いたいことがあるんなら、さっさと言いなさい」

「ごめんなさい、わたしが昨日、パーバティに何にも言わずに寝ちゃったからなの。すぐパーバティに言わなきゃいけなかったのに、言わずに」

「アル、あたし、言ったよね。アルの話は、後から聞くって言ったよね。そう言ったよね」

「あ! うん。ごめんなさい」

 

 この4人のいるこの教室が、こんな思い空気になったことがあっただろうか。このとき4人は、そんな空気を確かに感じていた。

 

「と、とにかくさ。ええと、昨日の夜に何があったかだけど」

 

 その日、そのとき。パチル姉妹とソフィアは、マクゴナガルの執務室にいた。成績のことで呼ばれているからとパーバティが言い訳をし、パドマがアルテシアに図書館での調べ物を頼み、アルテシアは図書館へ。

 ソフィアは、クラスで研究レポートの打ち合わせがあるということになっていたので、アルテシアは1人で図書館に行くことになった。その途中でアンソニーと出会うことになり、アンブリッジとも顔を合わせ、図書館での騒動となるのだが、その図書館でのことはすでにアンソニーからパドマへと伝えられている。そのことをパドマが説明していく。

 

「それでアンソニー・ゴールドスタインは処罰を受けたの?」

 

 その質問に対する答えは、なぜか、2つだった。パドマが『そうなのよ』といい、アルテシアは『いいえ』と言ったのだ。

 

「どういうこと、なんで答えが2つあるの?」

「あたしは、アンソニーから聞いたんだけど。今夜からアンブリッジのところに行かなきゃいけないって言ったもの」

「それ、間違いないのパドマ。わたしは、処罰はなくなったって思ってた。だって、そのはずなのに」

「まさか、アル。あんた、アンブリッジとなにか約束とかしてないだろうね。おかしな取引とかしたんじゃないでしょうね」

 

 パーバティの目が、一気に鋭さを増す。そして不安そうな目で、アルテシアを見るパドマ。そんななかで、ソフィアが声を上げた。

 

「あ! だからこんな掲示がされたんですね」

 

 そこでソフィアが出してきたのは、各寮の談話室からはがしてきた掲示物。4寮分で4枚あるので、各自がそれぞれ1枚ずつを手に取る。パドマとソフィアはすでに内容を知っていたが、アルテシアとパーバティはそうではない。パーバティは驚き、アルテシアはとまどってみせた。

 

「まさか、そんな。じゃあわたし、なんのためにアンブリッジ先生の部屋に行ったの。なぜ、言うとおりにしなきゃいけなかったの。質問にも、ちゃんと答えたのに」

「待って、待って待って。ええと、確認だけど、アンブリッジ先生とは約束したんだよね。言うとおりにすれば、アンソニーの処罰は取り消すってことで約束したんだよね」

「いいえ。わたしは、そんな約束はしてないわ」

「じゃあ、なんで。あんた、アンブリッジのところに行ったんでしょ。昨日、あんたが寮に戻ってきたのは何時だと思ってるの」

「それは」

 

 アルテシアが寮に戻ったのは、夜間外出禁止時間となるギリギリのところ。談話室は賑わっていたし、寝てる者など誰もいなかった。だがほとほと疲れていたアルテシアは、パーバティに話さなきゃと思いつつも、そのまま寝てしまっていたのである。

 

「あたしたちがあんたを心配して、学校のあちこち探しているとき、あんたはずっとアンブリッジのところにいたんだね」

「パーバティ、聞いて。わたしは、そんな約束してないよ」

「あたしたちは、アルじゃないからさ。探査の呪文なんか使えないんだよ。だから、走り回って探すしかなかった。あんたは、アンブリッジのところにいたんだね」

 

 いったいパーバティは、怒っているのか、悲しんでいるのか、悔やんでいるのか、それとも別の思いがあるのか。見ている限りでは、それはわからなかった。ちなみに探査の呪文とは、ホグズミードに行く前にアルテシアが試してみた、学校内の把握を目的とした魔法のことである。

 

「ほんとにわたし、そんな約束してないわ。あの先生が、勝手にそう言ってるだけよ。だから無視しようと思った。でもわたし、我慢したのよ。だって、わたしのせいでアンソニーが処罰を受けることになるの。そんなの、許せると思う? そんなの、認められない。だから、アンブリッジ先生のところに行ったのよ」

 

 どういうことなのか、もっと詳しく。ということで、そのときの状況をアルテシアが説明していく。約束の内容が違うと抗議したこと、アンブリッジがそれを認めずマダム・ピンスを偽りの証人に仕立てようとしたこと、マダム・ピンスはどうみても頼りなくアンブリッジのいいなりとなりそうだったこと、などだ。

 

「でも、だからってアルテシア。それじゃアンソニーはどうなるの。かえってつらいと思うよ。だって自分のせいでアルテシアはこんなことになっちゃったわけでしょ」

 

 と、掲示板からはがしてきたものを見せる。アルテシアも、自分の手元にあったソレを見る。じっと、それを見る。ただ、それを。

 

「そうだね、たしかにそうだ。間違えたんだ、わたし。失敗したんだよね」

 

 空き教室に、アルテシアのささやくような声だけが聞こえる。もとより、今は授業中だ。廊下側から聞こえてくる声などあるはずもなく、ただ、アルテシアの声だけが聞こえる。

 

「でも、こんな約束は、してない。こんなの、知らない。それは、間違いない。でも、じゃあなぜ? なぜ、こんなこと? 昨日、わたしは、なにを……」

 

 ひとり言、なのかどうか。ぽつりぽつりと、アルテシアが言葉をつなげていく。パドマとソフィアが、それを見つめる。

 

「わたしは、なにを…… アンブリッジ、魔法省、わたしは……」

 

 そこでソフィアが、反動で床に倒れ込んでしまうほどの勢いでアルテシアに飛びついた。そして、顔をあげたアルテシアのほっぺたを、思い切り平手打ち。乾いた音がし、すぐにパドマが止めに入った。そのためか、パーバティが空き教室を出て行ったことには気づかなかった。

 

 

  ※

 

 

「これは、いったいどういうことでしょうか」

「なんのお話ですの、いきなり」

 

 ドンと音を立てつつ、テーブルの上にソレをたたきつけるようにして置いたのは、マクゴナガル。テーブルを挟んだ反対側にいるのがアンブリッジだ。

 場所は、アンブリッジの執務室。肘掛け付きの椅子に座りのんびりと午後の紅茶を楽しんでいたところに、突然マクゴナガルが現われたのだ。だがアンブリッジはあわてたようすもなく、ニタニタと笑みを浮かべつつマクゴナガルを見上げている。コクリと、紅茶を飲んだりもしてみせるのだ。マクゴナガルが来るという予告はなかったが、予測はしていたのだろう。

 

「これは、わたくしが各寮に掲示したものですね」

「そのとおりですが、こんなことをした理由はなんですか」

「理由? そんなものが必要ですか」

 

 マクゴナガルは、アンブリッジよりは背が高い。おまけに相手は椅子に座っているのだから、その目線の違いはかなりある。生徒であれば誰もが震え上がるような、そんな厳しい目でアンブリッジを見おろしている。

 

「わたしくも、いろいろと忙しいのですよ。有能な生徒がいれば、ちょっとお手伝いをお願いしたくなるじゃありませんか」

「これが、これがそうだと」

「そうですわよ。わたくしの在任中はずっとお願いするつもりですし、そうですね、メンバーも、増やしてもよろしいかと思いますわねぇ」

「アンブリッジ先生。あの生徒には手出し無用だと、そうお願いしたはずです。いま余計なことをされては困るのです」

「おーや、特別な課題のことでしたら、偽りであることくらい、お見通しですわよ」

 

 マクゴナガルに椅子を勧めることもせず、コクリ、と紅茶を飲む。それがマクゴナガルの気にさわったらしい。

 

「知りもしないくせに、いい加減なことを。あの子には、何人もの人が期待を寄せているのです。そのためにあの子が、どれほどの努力しているか」

「まあ、それはそれとして。わたくしは、コレを撤回するつもりはありませんわ。どうあってもあのお嬢さんには、わたしくのそばで補佐を務めてもらいます。なあに、心配いりませんわよ。機嫌よく務めてくれるでしょう」

「本人の了解すら得てないのではありませんか。無断でこのようなことを決めていいはずはないし、そもそも生徒は、魔法を学ぶためにホグワーツにいるのです。あなたのつまらない用事をするためではありません」

「おーや、ではマクゴナガル先生がお手伝いくださるのですね」

 

 ピクリ、とマクゴナガルの眉が動く。当然、アンブリッジも気づいたのだろう。

 

「もちろん、冗談ですわよ。いずれにしても」

 

 持っていた紅茶のカップを、ゆっくりとテーブルに戻していく。

 

「そう、心配ならさなくとも大丈夫ですのよ。わたくし、わかってしまいましたの」

「なにを、です?」

「どうすれば、あの子に言うことを聞かせることできるのか。どうやれば、あの子が指示に従うのか、ですわよ。まあ、もちろん」

 

 マクゴナガルの顔から、表情というものが消えた。あたかもスネイプの無表情のような、その顔。だがもちろん、何も考えていないのではないはずだ。

 

「先生だって、ご承知なのでしょう? どうぞ、やってみられてはいかかですか」

 

 マクゴナガルは、何も言わない。ただ、さらに鋭い目をアンブリッジに向けただけ。

 

「おもしろいじゃありませんか。こちらが“やりなさい”と指示をし、そちらが“やってはいけない”と。どうなるんでしょうねぇ、あのお嬢さん。2つに分かれてしまったりするのかしら」

 

 そう言って、楽しげな笑みを浮かべる。その手がカップへと伸びていき、コクリと、のどが鳴る音がした。

 

「お話は、以上でよろしいですわね。どうぞ、お引き取りになって。ああ言っておきますが、ダンブルドア校長に告げ口なさってもムダですわよ。これは、魔法省の教育令によるもの。つまり、校長も了解済みということですのでね」

 

 だが、マクゴナガルは動かなかった。これ以上話をしても、なんら進展はないし、状況に変化が起こりそうにもない。いやむしろ、話すほどに悪化していくだろう。それが分かっていても、マクゴナガルは動かなかった。このまま引き上げることなど、できはしなかった。

 

「おや、そうでしたわ。トレローニー先生にお会いしなければ。教育令23号による授業視察の結果についてお話があるんですの」

「いいでしょう、これで帰ります。ですがもう、あの子に関わるのはおやめになることです。あの子を心をもてあそぶようなことはなさらないように。さもないと」

「おーや、そうしないとどうなるのでしょうね。わたくし、そちらのほうが楽しみですわ。では、失礼」

 

 マクゴナガルの言うことなど、もとより聞くつもりはない。そういうことなのだろう。アンブリッジが部屋を出て行き、そのあとで、マクゴナガルが大きくため息をついた。

 


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