ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第77話 「復活のとき」

 なにが、どうなったのだろう。

 三大魔法学校対抗試合は、ハリーとセドリックが優勝杯を手にし、喜びを爆発させた姿を見せることで終わりとなるはずだった。そこに、その2人がいるはずだったのだ。なのにいま、誰もいない。優勝杯も消えている。いったい、どういうことなのか。

 アルテシアとティアラは、さっきまで優勝杯が置かれていた台座を見ていた。

 

「どういうことでしょうか」

「わからないわ。優勝杯がポート・キーになってて、それで移動したってことで間違いないと思うけど。でも、なぜ?」

「サプライズってやつじゃないですか。あのままパーティー会場あたりに移動させられて、いきなりみんなから優勝のお祝いを受けるんですよ」

「だったらいいんだけど、そんなことするって話、わたしは聞いてないんだ。イヤな予感がする」

 

 もちろん、このままにはしておけない。目の前で見てしまったからには、知らぬ顔などできない。それは、ティアラも同じであったようだ。

 

「探すよ。どこにいるのか、どうしているのか、確認しないと」

「でもどうやって。どこにいったかなんて、まったくわからないんですよ」

「そうだけど、出発点はわかってる。ここ、だから」

 

 台座の上をポンと叩いてみせる。たしかにそうだが、問題は到着点のほうだとティアラは思う。

 

「ねぇ、ティアラ。ポート・キーって、簡単に作れるのかな。解除とかもできるんだろうか?」

「そこまでは、知らないですね。これまでにそんなの、一度も使ったことないですから」

「だよね。たしかポータス(Portus)って呪文があって、それで移動のためのキーを作って、それに触れるだけ。行き先はあらかじめ決まってて、そこに瞬間移動ができる、ってことだよね」

「そうですけど、時間も要素のひとつになりますよ。決められた時間に発動するんです。その時間をすぎてしまえばそれまで。たしか、そのまま効果がなくなるかキーだけ移動してしまうか、そのどっちかだったような」

「そうだよね。わたしも、そんなふうに覚えてる。時間、だよね。選手の誰かがいつ優勝杯を手にするか、そんなのわかるはずないのに」

 

 ポート・キーの詳細な仕組みとなると、アルテシアにはわからないことだらけだ。せいぜい図書館で読んだ本に書かれていた程度の知識しかないし、思い違いもあるかもしれない。だがそれでも、考える。目の前で起こったことに、どんな説明ができるのか。

 

「ティアラ、一緒に来る?」

「え?」

「ハリーたちが移動した場所に、わたしも行ってみる。いろいろ、確かめたいことがある」

「行くもなにも、その場所がわからないって、そういう話をしてたはずですけど」

 

 それには答えず、アルテシアは右手の中指と人差し指の2本をそろえ、ティアラを指さした。正確には、その周囲なのかもしれない。何をしているのか、ティアラにはわかっただろうか。ややあって、台座の上に優勝杯が置かれていることにティアラは気づいた。

 

「これって、まさか。これ、どこかに移動する前の優勝杯ですか。なぜ、ここに」

 

 思わず、優勝杯に手を伸ばす。だがすぐに、アルテシアに止められる。

 

「触っちゃだめだよ、ティアラ。それがポート・キーなら、どこかに飛ばされちゃうかもしれない。そうなったら、話がややこしくなるから」

「まさかとは思いますけど、時間を戻した?」

「そうだよ。それは、20分ほど前の優勝杯。つまりわたしたちが、20分ほど過去に戻ってきたってこと」

 

 さすがに驚いたような顔を見せたティアラだが、もちろんクリミアーナに時間を操作する魔法があることは知っている。その魔法がいま、実行されたのだ。

 

「うわ、本当にできるんだ。でも、一応、聞かせてもらいますよ。なんのためにそんなことを?」

「もちろん、どこかに移動した優勝杯を追いかけるためだよ。いまのうちに優勝杯に印をつけておけば、どこに行ってもその場所がわかると思うんだ」

「なるほど、そのための時間旅行、ですか。また、面倒なことを。じゃあ、もう少ししたら選手の2人がここに来るんですよね?」

「そうだね。でも来るのは、2人だけじゃないかもしれない」

「どういうことですか。ほかに誰が来るっていうんですか?」

 

 その質問には笑顔で答え、アルテシアは杖を取り出した。それをティアラにむける。

 

「なんです?」

「杖でやってみようかと思って。ふふっ、これはティアラのマネだね」

「はぁ? なんのことですか」

「とにかくこっちへ来て。姿は見えなくしたけど、離れておいた方がいいと思う」

 

 そしてティアラを、壁際へと引っ張っていく。ポート・キーには、時間的な面での制約があるはずだ。もしそうなら、誰かがどこかでタイミングを見計らっていたはずであり、その誰かがここに来るのではないか。アルテシアは、そう言うのだ。

 

「なるほど。その誰かを取り押さえてしまえば解決。そういうわけですね」

「そう簡単でもないわ。優勝杯にはポート・キーになってもらって、ハリーたちをどこかに連れて行ってもらわないといけないから」

「なぜです」

「わたしたちが、その瞬間を見ているからよ」

 

 本当はどうするべきなのか、それをアルテシアは知らない。ただ、時間の操作をするときの約束事を、自分なりに決めているだけである。すなわち、過去と未来において矛盾を残すべきではないのだ。つじつまは、あわせておく必要がある。

 だからいま、この時点で未来に起こるとわかっているのに、その芽を摘むことはできない。してはいけないのだ。

 

「だったら、こうして見張る必要なんてないんじゃないですか」

「そうだけど、それが誰かは知っておきたいんだ。たぶん、ムーディ先生のはずなんだけど」

「確かめるってことですか。まあ、いいです。何時間も待つわけじゃないし。それで、優勝杯には印をつけたんでしょうね?」

「うん」

 

 となれば、過去に戻っているこの時点でできることはほかにない。あとは、実際にポート・キーが発動したあと、それを追いかけるだけだ。

 

「ティアラはどうする? 危険かもしれないから、ボーバトンの馬車に戻っててもいいよ。もともと、この最終課題は怪しかったんだ。ハリー・ポッターが狙われてるんじゃないかってウワサもあったしね」

「そのことは、ソフィアに聞いてます。そのうえで言わせてもらいますけど、このあとどうするか、選択肢は2つですよ。3つめなんて、絶対に認めない。それでいいのならもう少し付き合いますけど」

「ありがと。それで、1つめの選択肢って何?」

「このまま先生たちに報告に行くことですね。あとのことは学校側に任せる。なんの苦労もないってことで、これが上策ですかね」

「2つめは?」

 

 アルテシアの顔には、笑みがある。ティアラの提案には興味があるようだ。

 

「その場所に行っても、ようすを見るだけ。ただ見るだけで、なんにもせずに戻ってくることです。実際に向こうに行くので安全とは言い切れないってことで、中策になりますけどね」

「じゃあ、もう1つは下策ね。いちおう、聞かせて」

「あの2人と代わってあげることですよ。どんな災難が待っているのか知りませんが、他人の苦労をわざわざ背負い込むってことで下策です。これは、おすすめできません」

「わかった。それで、どうすればいいと思う? わたしは、どれを選ぶべき?」

 

 ティアラは、あきれたような顔をみせた。それを、自分に尋ねるのは間違いだ。口には出さないものの、ティアラはそんなことを考える。選ぶのはアルテシアなのだ。仮に自分が選んでもよいのなら、選ぶのは決まっている。

 

「わたしが決めてもいいんですね。だったら」

「待って。その話は、とにかく場所を探してからにしましょう。もうすぐ来るよ」

 

 そういえば、近くで騒々しい物音がしている。闘いの音だ。

 

「あぁ、クモとの闘いが始まったんですね。第2試合か」

「周りには誰もいないよね、ティアラ」

「ええ。こうして見ている限りは、誰も。とっくに優勝杯はポート・キーになってるのかもしれませんね」

 

 それを確かめるには、優勝杯に触ってみるしかない。だが、そんなことはできるはずがないのだ。

 

 

  ※

 

 

 優勝杯が置かれていた台座の前に、大きなスクリーンのようなものが浮かんでいた。そのスクリーンに、アルテシアが杖をむける。すると、映し出されていた景色が変わっていく。

 

「これは、いいですね。いきなり行くより、こうしてようすを見るのは賛成です」

「でもさ、ここ、墓地かな。ところどころに立ってるあれって」

「ああ、たしかにあれは墓標かも。誰かいますね」

 

 映像が、その場所に近づいていく。ハリー・ポッターが、墓石に縛り付けられていた。そうしたのは、すっぽりとマントをかぶった小柄な人物に違いない。

 その人物は、縛りつけた縄の状態を確かめているようだ。身動きできないほどに、しっかりと縛りつけたといったところだろう。

 

「いやな感じがしますね。アルテシアさまはここにいてください。向こうに行くのはわたしだけってことで」

「そんなわけにはいかないよ。いちおうハリーは、友だちだったし、同じ寮だし、同じホグワーツの生徒だし」

「なるほど。でも1人では行かせませんよ。さっきの話ですけど、上・中・下の中策にしてくれるんなら、付き合います。それ以上は譲れない。イヤだっていうんなら、力尽くでも止める」

 

 その大きな目を見開いて、ティアラを見るアルテシア。だがにこっと微笑むと、杖を振る。大きなスクリーンが、消えた。アルテシアが、杖を構える。

 

「一緒ですよ。一緒ですからね。わたしも一緒に」

 

 それは、ティアラの声。そしてその姿が、消えた。

 

 

  ※

 

 

 墓石に縛りつけられたハリーの前には、大人1人が十分に入れそうなほどの大きな石の鍋が置かれていた。なにやら液体が満たされており、鍋の下では、火が燃えている。ちょうど、魔法薬の調合でしているかのようだ。

 マントの人物が、杖を振る。それにあわせ、ハリーの足下から飛び出した何かが、鍋の中に降り注ぐ。いったい何が起こっているのか。鍋の液体の色は、青。その上にマントの人物が自身の右手を突き出し、左手に握った銀色に光る短剣で、それを、切り落とした。

 すさまじい絶叫が、おそらくは墓地であろうその場所に、響き渡った。自分で自分の腕を切り落とし、鍋の中に入れたのだ。その痛みによる叫びだろう。とても正気でできることではない。

 鍋の液体の色が、赤に変わった。

 

「次はおまえの血が必要だ」

 

 マントの人物が、ハリーの右腕に短剣を突き立てる。きつく縛りつけられているハリーには、どうすることもできない。流れ出した血が、ガラス瓶へと集められていく。

 十分な量が得られたのであろう。今度はそのガラス瓶から、鍋の中へとハリーの血を注ぎ込む。とたんに鍋の液体が、目も眩むような白に変わった。明らかに、光を発している。ぐつぐつと煮え立っているのか、もうもうたる湯気も立ち昇っている。

 

「うわ! なにあれ。あれは、なにをしているんでしょうか」

「わからないけど、気持ちのいいものじゃなさそうね」

 

 アルテシアとティアラがやってきたのは、そんなときだった。墓地らしき場所は、異様な雰囲気に包まれている。墓石に縛りつけられたハリーの右腕から流れる血が、ローブを赤く染めている。白く輝きながら、もうもうたる湯気を立ち昇らせる大鍋。その横で息絶えたかのように横たわる、マントの人物。

 そんな場所から少しだけ離れた場所で、アルテシアが杖を振り上げた。

 

「ちょっと。何をするんですか」

「ハリーは出血している。血を止めないと」

 

 たしかに、ハリーの右腕は赤く染まっている。そのあたりがまぶしく光ったが、大鍋の方の輝きのほうが強く、その光は誰の目にも入らなかったかもしれない。

 

「あ!」

 

 思わずあげたその声は、誰のものだったのか。湯気に煙る大鍋の中に、人影が現れたのだ。ゆっくりと立ち上がっていくそれは、ガリガリにやせ細ってはいるが、背の高い男のもの。

 

「ローブをよこせ」

 

 甲高い、冷たい声がした。その瞬間、鍋の脇に死んだようにうずくまっていた人物が、はじかれたように起き上がる。そして、そばに置いてあった黒いローブを拾いあげ、鍋から出てきた男に差し出した。さきほど自分が使っていた杖も手渡す。

 

「どうぞ、ご主人さま」

 

 白く細長い顔に、不気味な赤い目、蛇のように平らで、まるで切れ込みを入れただけのような鼻の穴。いままさに、ヴォルデモート卿が復活したのだ。

 

 

  ※

 

 

「死んでいますね」

「たぶん、ここに移動してきてすぐに殺されたんだね。かわいそうに」

「ここに来るのはハリー・ポッターだけでよかったってことでしょうね。必要なかったから、殺した」

 

 アルテシアとティアラは、セドリックの遺体のすぐ横にいた。その遺体を見おろしながら、アルテシアは考える。もちろん、これからどうするか、ということだ。ティアラと、顔をみあわせる。

 

「中策ですよ、中策。そう約束しましたよね。それに、ソフィアに聞いてるんですからね」

「え?」

「複雑な魔法を使いすぎると、倒れてしまうんでしょ。医務室の先生にも確かめてあるんですからね」

「ああ、そのことか」

「そのことか、じゃないでしょう。こんな状況で倒れたりしたら、どうなるか。これ以上は、下策です。いまなら、何事もなく戻れます。あのハリー・ポッターも連れて帰れるでしょうに」

 

 ケガはしているが、ハリーは生きている。セドリックは殺されたが、その2人を連れていますぐホグワーツに戻るべきだ。このままここにいることに、何の意味もない。ティアラは、そう主張する。

 

「うん。そうだよね。わかってる」

「じゃあ、戻りますよ」

「待って。もう少しだけ」

「なぜです? ご自分の体調のこととか、わかってるんですか」

「わかってるよ。でも今は、もう少しだけこの人のそばにいさせて。そうしたら、学校に戻るから」

 

 セドリックのそばには、優勝杯も転がっている。これがポート・キーでなかったなら、この人は死なずに済んだだろう。これがポート・キーであることにもっと早くに気づいていたら、この人は死なずに済んだのかもしれない。

 アルテシアがセドリックの横に膝をつき、手を合わせる。閉じた目から、涙が、こぼれ落ちる。

 

「なぜ泣くんです? あなたのせいじゃないのに」

「この人を死なせないようにすることって、できなかったのかな。きっとなにか、わたしにもできることがあったはずなのに」

「そんなに悲しいのなら、時間を戻して助けてやればどうです?」

 

 それはできないのだと、涙声でティアラに説明するアルテシア。そんな2人のところへ、ボンッ、ボンッ、という音が聞こえてくる。よみがえったばかりの、ヴォルデモートの声も。

 

「見るがいい、ポッター。オレさまの真の家族が戻ってきたのだ」

 

 魔法使いが『姿現わし』をするときの、特有の音。その音とともに、暗がりの中から1人また1人と、姿をみせる者たちは、誰もが申し合わせたかのようにフードを被り、仮面をつけていた。そのデス・イーターたちは、ヴォルデモートにあいさつを済ませると、ぐるりと周囲を取り囲むようにして輪となっていく。

 どうやら、並ぶ場所は決まっているらしい。魔法使いたちの輪には、ところどころに切れ目があった。ここに来ていない者たちの場所だろう。

 

「よく来た。わが『デス・イーター』たちよ。13年ぶりだ。おまえたちは、13年ぶりに呼びかけに応えた。我々は『闇の印』の下に結ばれている」

 

 だが、取り囲む人たちからは、何の声もない。返事などせず、ただ黙って立っているだけだ。アルテシアが、涙に濡れた目をヴォルデモートに向ける。

 

「だが、なぜだ。13年ものあいだ、誰1人、オレさまを探しに来なかったのはなぜだ。このオレが敗れたと信じたか。それは間違いだ。いなくなったと思ったか。いいや、違うぞ。すでにオレは、死から身を守る手段を講じていた。そのことは、おまえたちも知っていたはずだろう」

 

 アルテシアの目から、なおも涙がこぼれていく。その涙を、ティアラがじっと見つめている。

 

「ヴォルデモート卿にも勝る偉大な力が存在すると信じたのか。そんな者がいると思ったか。このヴォルデモート卿を上回る者がいると思うのか。クルーシオ(Crucio:苦しめ)」

 

 狙ってのことか、それとも誰でもよかったのか。許されざる呪文を受けたデス・イーターが1人、地面をのたうち悲鳴をあげる。誰も、その魔法使いを助けようなどとはしない。術をかけたヴォルデモートでさえ、その魔法使いを見向きもしない。その悲鳴が、アルテシアの耳を打つ。

 

「ダンブルドアか。ダンブルドアに期待をしたのか。なるほど、あの男は、オレさまのまえに立ちはだかるであろう。だが、勝つのはこのオレだ。どうだ、おまえたち。そう思うだろう」

 

 ヴォルデモートの演説が続く。だがアルテシアは、それを聞いてはいなかった。涙で目を濡らしたまま、杖をかまえる。なにかしら、魔法をかけようというのだろう。

 

「もう一度言うぞ。ダンブルドアなど、問題ではない。だが、気になることはある。クリミアーナの娘だ」

 

 その瞬間、まさに杖を振ろうとしていた手が、ピタリと止まった。ヴォルデモートの言葉に反応してのことだろう。それはティアラも、同じであった。

 

「あの家の娘が、ホグワーツにいる。なぜだ。数百年も続く魔女の家でありながら、これまで一切、魔法界とは関わってこなかった家の娘が、なぜホグワーツにいるのだ」

「わが君、話をしてもよろしいでしょうか」

「おぉ、ルシウスか。おまえも、このオレを探そうとはしなかったな。すべてを知っているが、まあいい。これから忠実に仕えてくれるというのなら」

「も、もちろんですとも」

 

 その男は、ルシウス・マルフォイ。ドラコの父親である。アルテシアは、杖を構えたままぴくりとも動かず、聞こえてくるその話を聞いている。もちろん姿を消してあるので、まず見つかることはないだろう。

 

「それで、なんの話だ。いまさら、このオレを探さなかった言い訳でもあるまい」

「クリミアーナの娘は、アルテシアという名前でございます、わが君」

「ああ、そうだった。たしか、そんな名前であった。聞いたことがある」

「ご存じでしょうか。同じクリミアーナ家にガラティアという女がおりまして、その者は、こやつの起こした爆発事件で死んでおります」

 

 ルシウスの言うこやつとは、ハリーを縛りつけ、大鍋の準備をし、復活したヴォルデモートにローブを渡した、マントの男のことである。

 

「ほう。ワームテールよ、そうなのか」

「さ、さぁ、わたくしめは存じません」

「まあいい。死んだ者などどうでもよい。どちらにしろ、クリミアーナの娘は、ただ1人だ。なんとでもなるだろう」

「で、では、わが君。いったいあの日、なにがあったのか、聞いてもよろしゅうございましょうか」

 

 おそらくルシウスは、話を途切れさせないようにしたのだろう。主人であるヴォルデモートが不在であった13年間、自分が何をしていたかを聞かれぬために。

 

「そのことか。よかろう、ルシウス。話してやろう」

 

 ヴォルデモートの機嫌はよさそうだ。この話題は、彼の意に沿うものであったらしい。

 

「知ってのとおり、このオレさま自ら、ポッター家を襲った。父も母も殺した。だが、ハリーという赤ん坊を殺すのに失敗した。なぜか。なぜ、小さな子どもを殺せなかったのか」

 

 ヴォルデモートの手には、杖が握られている。さきほどローブとともに、ワームテールが手渡したものだ。その杖をハリーにむける。

 

「正直に言おう。母親は子どもを守ろうとするものだという認識が欠けていた。こやつの母親は、予想もしなかったやり方でこやつを守った。そのことに気づくべきだったのだ。見逃したのは不覚だった。おかげで13年だ」

 

 それが、具体的にどんな方法であるのか、居並ぶデス・イーターたちは知っているのだろうか。誰からも、そのことを尋ねる声はでてこない。

 

「古くからある魔法のせいで、こやつに触れることができなかった。なぜか死の呪いははね返り、我が身を襲ったのだ。だがオレさまは、戻ってきた。死を克服したのだ。証明したのだ。オレさまの工夫は正しかった。みごとに効果を示し、オレさまは死ななかった」

 

 死ねばよかったのだ、と思ったデス・イーターは、きっとこのなかに何人もいるのに違いない。ヴォルデモートの演説が続く。

 

「魂だけとなり、さまよった。動物に取り憑くなどして、さまよったのだ。そして4年前、ある魔法使いに取り憑くことができた。幸いにもそやつは、ホグワーツの教師であった。だが、賢者の石を奪うという計画は失敗した。その邪魔をしたのがハリー・ポッターであり、そのときクリミアーナの娘がホグワーツにいることを知ったのだ」

 

 得意げに話すヴォルデモートを見つめるアルテシア。ようやく涙は止まったようだが、そのアルテシアに、ティアラがなにやらけんめいに話しかけているが、アルテシアは返事などしていないらしい。ティアラがあわてているようだ。

 

「その失敗により、元の隠れ家に戻るしかなかったが、やがてワームテールがやってきた。そうだな、ワームテールよ」

「は、はい。そのとおりです」

「次なる幸運は、魔法省の魔女だ。この女からは、さまざまな情報を得た。連絡さえすれば私を助けるであろう忠実なるデス・イーターの存在も知った。今回の計画を立てることができたのは、そのおかげだと言えるだろう」

「わ、わたしくでございます。その魔女を、ご主人さまのところへ連れて行ったのは、わたしくしです。あなた様の世話をしてきたのは、わたくしです」

「おう、そうだな。だから、なんだ。ほうびをよこせとでも言いたいか」

 

 じろりとヴォルデモートににらまれ、ワームテールがあわてて顔を伏せる。ヴォルデモートがワームテールを見たのは、ほんの一瞬だった。

 

「そして今夜だ。まずは自身の身体を得ておこうと、そう考えたのだ。みよ、あれが今夜のために用意した古い闇の魔術による魔法薬だ。必要な材料は3つ。まずは、ワームテールという下僕の与える肉」

 

 ワームテールの右腕は、すでにない。さきほど、切り落としているからだ。自ら進んでやったのかどうかは疑問だが、あれは材料の提供ということであったらしい。

 

「次に、わが父の骨だ。そうだ、だからこそ、父親の骨が埋まっているこの墓地を復活の場所に選んだのだ。最後が、敵の血。ヴォルデモート卿のことを憎む魔法使いであれば誰でもよかったが、ハリー・ポッターの血こそが、まさにふさわしいと考えた。13年前、わが力を奪い去った者の血だ。その血を得るため、忠実なるデス・イーターをホグワーツに送り込み、ハリー・ポッターを優勝させた。させてやったのだぞ、ポッター。優勝杯をポート・キーにしておけば、ここまで連れてきてくれるからな」

 

 2歩、3歩と、ヴォルデモートがハリーのもとへと近寄る。

 

「さて、ポッター。おまえのことを、ヴォルデモート卿を倒した英雄だと思っている者がいるようだが、誤解は解かねばならん。このオレさまと、対等なる実力の勝負をしようではないか。ダンブルドアの助けや保護などないぞ。身を投げ出しおまえをかばう母親さえいない。その状況で闘い、本当はどちらが強いのか確かめようではないか」

 

 ヴォルデモートが、ワームテールに目をむける。

 

「こやつの縄を解き、杖を返してやるのだ」

 

 

  ※

 

 

「大丈夫ですか。気分が悪いんでしょ。頭が痛いんじゃないんですか」

 

 はらはらと流れ落ちる涙を見ていたからだろう。だから気づいたのだと、ティアラは思っている。アルテシアは、ヴォルデモートなど見てはいなかった。どこも見てはいなかったのだ。ただ遠くを見るようにして、ぼんやりと立っていただけ。自分の声すらも聞こえていない。

 なにか、あったのだ。だからティアラは、むりやりに引っ張ってきたのだ。素直についてきたのは意外だったが、もう限界だとティアラは思った。転移魔法を使うつもりなのだが、そのときふと、その手が止まった。

 どこへ? 頭をよぎったのは、そのこと。ホグワーツに戻るのが本当だろう。だが、クローデル家に連れ帰ろうかと、そんなことを考えたのだ。自分の家で、手当てをしたほうがいいのではないかと。

 

「大丈夫だよ、大丈夫だから」

 

 そこで、アルテシアの声がした。見れば、ただぼんやりとしていた顔に、表情が戻りつつある。うつろだった目にも、輝きが戻ってきたような気がする。なにより、目の色だ。すっきりと澄んだキレイな青色。

 

「すぐに戻らないと。いいですね、戻りますよ。医務室に行かないと」

「ごめん、ティアラ。もう少しだけ付き合って。ムチャはしないと約束するから」

 

 たしかにいまは、元気そうに見える。ティアラの目から見ても、異常はないようだ。では、あれは何だったのか。考えても分からないことは、聞いてみるしかない。ティアラはそう考えた。

 

「頭は? 頭は痛くないんですか?」

「大丈夫だよ。もう、痛くないから」

「痛かったんですか。なら、早く言ってくださいよ」

「ごめん。でもほんと、もう大丈夫なんだ。もう心配ないから」

 

 たしかにティアラから見ても、その目の色や表情など、どれもが元通りだ。だがあのとき、何かがあったのだ。何かが起こったのだ。それは間違いない。

 

「いくつか質問したいことがあるんですけど、いいですか?」

「いいよ」

「聞かれたことには、ちゃんと答えてくれるんでしたよね」

「あはは、そうだね。わたしにわかることなら」

 

 そう言いつつ、アルテシアが杖を振る。使った魔法は、浮遊呪文だ。ふわっと、アルテシアとティアラの身体が宙に浮かぶ。

 ヴォルデモートたちのほうでは、ハリー・ポッターとの魔法使いの決闘が始まろうとしていた。ヴォルデモートが、得意げにその開始を宣言する。

 

「まずは、お辞儀をするのだ」

 




 今回、悩んだのはポート・キーの使い方について、です。
 原作も読んだし、いろいろ調べてもみましたが、ちゃんとした定義みたいなのってないんですね。わたしが知らないだけだと思いますけど、何かご存じの方がおられたら、アドバイスいただけると助かります。
 勝手申しますが、よろしくお願いします。

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