レイブンクローの談話室は、西塔の上層にある。そこからはホグワーツの敷地が一望できるらしい。だがそこに入るためには、扉のところで出される問題に答えなければならない。さて彼女は、どんな問題に答えたのか。
談話室は広い円形の部屋で、壁のところどころにある弓の形をした窓が開かれていた。青いカーテンが、窓からの風で揺れている。天井はドーム形をしており、そこには星空が描かれている。そんな談話室でレイブンクローの生徒たちがくつろぐなか、彼女は、お目当ての人影を見つけると、まっすぐに歩いて行った。
「ねえ、パドマ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いまいいかな?」
「え? あ! アルテシア。どうしたの? ここ、レイブンクローの談話室だよ」
「そんなこと知ってるけど、どうしてもパドマと話がしたくて。明日の放課後まで待てなかったのよ」
「それはいいんだけど」
困ったように、周囲を見回すパドマ。当然のように、みんなの視線を集めている。なにしろアルテシアは、レイブンクローでは有名だ。なにより知性を重視するレイブンクロー生にとって、アルテシアのもつ豊富な知識は興味の対象たりうるもの。それは、知識そのものにとどまらない。いったいどうやって学んでいるのか、といったことにも及ぶ。
これが、たとえばハーマイオニーであれば納得しやすいのだ。魔法の実力もあるし、図書館などで勉強している姿も、レイブンクロー生たちははよく目にしている。だがアルテシアの場合は、そうではない。魔法を使えない時期すらあったし、いまだってたいしたレベルではないと思われている。そのうえ図書館で勉強しているところなどめったに見かけないのに、あれほどの知識を持っているのはなぜだ、ということになっているのだ。
そんなわけで、周りの目を集めてしまうのは仕方のないことであった。当然、パドマとゆっくり話などしていられる状況とはならない。
「や、やあ、アルテシア。こんなとこに来て大丈夫なのかい?」
話しかけてきたのは、同じ学年のアンソニー・ゴールドスタイン。アルテシアにとって、これまでにも何度か話をしたことのある、顔見知りの相手だ。ほかにも何人か近づいてきていたが、話しかけてくるまではいっていない。様子見といったところか。
「ごめんなさい、パドマと話がしたくて」
「そうかい。実はさ、キミと話をしたいってやつは、レイブンクロ一にはけっこういるんだぜ」
そうかもしれないが、いまはそんなときではない。アルテシアをみて、パドマはそう思ったのだろう。すっとアルテシアの前に立った。
「ごめん、アンソニー。ほかのみんなも、ごめん。ちょっとだけ2人にしてくれないかな」
そう言われてしまうと、談話室の隅の方へと歩いて行く2人の後について行くことは難しい。せめて視線だけでもと、その後ろ姿を目で追っていくのがせいぜいだ。そのまま談話室の外へと出て行くのかと思いきや、アルテシアが、白い大理石の像の前で止まった。
軽く微笑んだ感じの女性の像だ。凝った造りがされているであろう、髪飾りをつけている。
「これ、この人って」
「興味ある? これはロウェナ・レイブンクロー。ホグワーツの創設者の1人だよ。この石像は、寮のシンボルってとこかな」
「ロウェナ、っていうんだ。ロウェナ…… なんだか、知ってる気がする」
「そりゃそうでしょ。アルテシアのところは、ゴドリック・グリフィンドールだね。創設者は4人いて、それぞれの名前がついた寮ができたってことになってるよね」
それが、歴史である。ホグワーツは、ゴドリック・グリフィンドール、ヘルガ・ハッフルパフ、ロウェナ・レイブンクロー、サラザール・スリザリンという4人の偉大な魔女と魔法使いによって創設されたのだ。彼らは自分たちの名をつけた寮を設け、生徒を迎え入れ、教育を始めた。それがおおよそ1000年前のことになる。その当時のことを詳しく知るものなど、当然いるはずはないが、さまざま言い伝えられていることはある。
有名なのは、サラザール・スリザリンが生粋の魔法族の家系の者だけを入学させ、教育していくべきだと提唱したこと。それが特にゴドリック・グリフィンドールと意見対立することになり、ホグワーツを去ったというエピソードだ。今で言うところの純血主義の元になったとされており、グリフィンドールとスリザリンの寮生たちの対立傾向にも関係していると言われている。
「4人の創設者それぞれに、なにかしらゆかりのものが残されているっていう話もあるよ。ほら、2年生のときの秘密の部屋とかさ。この石像も、なにか意味があるのかもしれないね」
「パドマ、ヘレナはどこ?」
「え、誰?」
「ヘレナよ。ここにいたでしょ。わたし、会ったことあるわ。ここにいるでしょ。彼女の部屋はどこ?」
と言われても、パドマは戸惑うばかり。だが助け船は、すぐにやってきた。アンソニーが、すぐそこに立っていた。
「パドマ、灰色のレディのことじゃないのかな。レイブンクローの娘だったって話があるだろ」
「あ、そうか。ゴーストだよ、アルテシア。レイブンクローのゴースト。でも、どこにいるかって言われても」
「食事のときにでも、大広間に来るんじゃないかな。ときどき顔をみせるだろ」
ホグワーツには何人ものゴーストがいる。灰色のレディもその1人だ。レイブンクロー寮のゴーストではあるが、もちろんいつも談話室でくつろいでいる、などということはない。
「話に割り込んで申し訳ないんだけどさ。アルテシア、ぼくと付き合わないか。一緒に図書館で勉強したり、話をしたりするのは楽しいと思うんだ。ときどき、湖のあたりを散歩したりするのもいいと思わないかい?」
「アンソニー、あんた、何を言ってるの?」
驚いた、なんていうものではなかった。まさかこんなところで、告白? 自分の目の前ということもあるし、なにより寮生たちの目もあるのに、思い切ったことをするものだ。アルテシアが、微笑んだ。
「ごめんね、いまはまだムリだけど、あなたのことは覚えておくわ」
「アル! あんた、まさか」
思わず、姉と同じ呼び方をしてしまっていた。そのとき、頭をよぎったこと。それをいま、声に出すことはしなかった。もちろんアンソニーに聞こえてしまうからだ。アンソニーとアルテシアが、もうひと言ふた言、話をするのをただ聞いているだけ。そのアンソニーが行ってしまうと、アルテシアをより隅っこへと引っ張っていく。そして。
「アルテシア、あんたまさか、なにかあるとか思ってるの? そのときのこととか、考えてる? だからあんな返事したの?」
そうだとしか、パドマは思えなかった。なにかあるのだと、そう思っているとしか考えられなかった。
※
翌日の放課後、アルテシアはいつもの空き教室に顔を出さなかった。代わりに向かったのは、ボーバトンの馬車。ティアラのもとを訪ねたのである。もちろんパーバティには、そのことを話してある。最終課題のことで、もう少し詳しく話を聞いてくるというのがその理由だ。
パーバティのほうは、アルテシアと別れて空き教室へと向かっている。そこでパドマやソフィアと会うことになるのだろうが、ともあれ、アルテシアである。いまアルテシアとティアラは、湖のほとりにあるベンチに並んで腰掛けていた。
「しばらく会ってなかったせいか、なんだか違って見えるわね」
「そうかな。どこが違う?」
「さあ。でもあたしには、いまのほうがいいかな。なんだか懐かしい感じがしますね」
「ふうん。でもそんなこと言った人、初めてだよ」
スネイプやダンブルドアといったところが、どこか違っていると評している。ティアラも同じようなことを思ったのだろうが、その表現は独特のものであった。
「仕方ないでしょ、そう思ったんだから。それより、最終課題のことでしょ。わざわざ来てくれたのは」
「そうだけど、ただゴール地点にたどり着けばいいっていうのなら、簡単すぎない? ほかになにか条件とかあるんでしょ?」
「簡単、ねぇ。選手たちに聞かれたら、間違いなく怒られるでしょうね」
「でも、ティアラだってそう思ってるんじゃないの。使える魔法とか制限するつもりだってこと?」
言い返したりせずに微笑んでみせたということは、つまり、なんらかの条件をつけるつもりであったということになる。すくなくともティアラの表情を見る限り、そういうことで間違いないのだろう。
「やっぱりね。なにかあると思ったから聞きに来たんだけど。それで、どうするつもりなの?」
「もちろん、最初に優勝杯を手にしたほうが勝ち。それは変わらないわよ。でも、あたしたちが優勝杯を手にするわけにはいかないから、実際に優勝杯を手にするのは選手の誰かってことですよ。それがいいんじゃないかって」
「どういうこと? 選手の誰かにって、それを助けるってこと?」
「こっそりサポートってことになるわね。気づかれたら、それまで。それが魔法の制限にもなるでしょ。いい考えだと思うんですけど」
「それは、そうかもしれないけど」
「第2案も考えましたよ。ただし、光の系統はなしにしてくれるならってことで。得意なのはわかってるけど、あれがあったら話にならないから、魔法族の使う魔法だけで勝負することになりますけどね」
少しの間、アルテシアは考えた。ティアラの言うとおり、あの魔法を使ってよいのなら、勝敗はすぐに決するだろう。単なる早い者勝ちの時間競争ということになる。それでは、競い合っても意味のないことになる。だから、選ぶなら魔法を使わないとする第2案のほうになるだろう。選手のサポートというのも面白そうではあるが、こっそりと助けられることになる選手の側からすれば、話が違うということになってしまうだろう。アルテシアは、そんなことを考える。
「ねえ、ティアラ。もちろん魔法なしでいいんだけど、選手たちはそっとしておくべきじゃないかしら。あの人たちだって、自分の力でゴールしたいと思うよ」
「じゃあ、2案のほうですね。優勝杯のところへ先着したほうが勝ちってことでいいですよ」
「わかった」
「でもいちおう、ホグワーツの2人のうち、どちらか選んでくれます? あたしはフラー・デラクール。イマイチ頼りないんだけど、しかたないし」
そんな必要は、ないのでは。そうは思ったが、ティアラにもティアラなりの思いがあるのだろう。そう思ったアルテシアは、選ぶことにした。といっても、選択肢は限られている。なにしろセドリックのことなど、まったくといっていいほど知らない。つまりクラスメートを選ぶしかないというわけだ。
「じゃあ、わたしはハリー・ポッター。でも、わかってるよね」
「ええ、もちろん」
いちおう、念を押しておかねばならない。競技はルールに基づいて行われるものだ。自分と相手とでそのルールに違いがあってはならない。
「話は変わりますけど、先日、ソフィア・ルミアーナと話をする機会があったんですよ。しかも、めずらしいことに意見の一致をみた。そのこと、聞いてる?」
「まだだけど、聞いてなくてもぜんぜん問題ないわ」
「おや、そうですか。そりゃまた、なぜ?」
「どうせ、いまからティアラが話してくれるんでしょ。だったらそれで問題ないじゃないの」
あっけに取られたような顔。だがそれは、すぐに笑いに変わった。
「たしかに、そうですね。なるほど、問題はないわけだ」
「それで、なんの話?」
「最近、なにかとぶっそうだって話を少し。おかしな人がいたり、誰かが誰かを狙ってたり、なにかと危険だってことをね」
「怖い?」
なにをばかなことを。あるいはそう言いたかったのかもしれないが、ティアラは何も言わずに、ベンチから立ちあがった。
「今日のところはこれで。また、会ってくれますよね」
※
「アルテシア、怒ってたなぁ。言葉は穏やかだったんだけど、あれは絶対に怒ったと思うんだよね」
いつもの空き教室に顔を出したパーバティを迎えたのは、ほんの少しだけ先に来ていたパドマの、こんな言葉だった。だがいったい、何を怒っていたというのか。ついさきほどまでアルテシアと一緒にいたが、そんなようすはみえなかった。
「パドマ、それって、なんの話?」
「昨日アルテシアが、ウチの寮に来たときの話。あたしが言うのは間違いかもしれないけど、アルテシアは秘密だなんて言ってなかった。だから言わせてもらうことにしたの」
「だから、なんの話なの? アルテシアが怒ってたって?」
「あたしね、気がついたっていうか、アルテシアはやっぱり変わってるような気がするんだ」
どこが、と言われてもはっきりとは言えない。だがアルテシアは、これまではっきりとした怒りをみせるようなことなどなかったはずだとパドマは言うのである。
「校長先生のこと、なんだけどね。レイブンクローの談話室にいたからかもしれないけど、静かに怒ってたかな。アルテシアはね、あたしのところに、お姉ちゃんがおかしいって聞きに来たんだよ。何か心当たりがないかってね」
「あたしのことを?」
「そう。だから、校長先生とのこと話したよ。校長先生から魔法書のこととか、いろいろ聞かれてるみたいだって。例のあの人対策のため、魔法界のために必要なことだと言われているってね」
怒るかな、とパドマは思っていた。そう思いながら、姉のパーバティを見ていが、パーバティは長めのため息をついただけだった。そして、近くの椅子に腰かける。
「そっか。しゃべっちゃったのか」
「怒らないの?」
「あ、怒るべきだよね、あたし。妹のくせにナマイキなことするな、とかさ」
「怒っても、謝らないよ。だって、アルテシアの気持ち分かるし。あたしも、校長先生に言いたいことあるし」
パーバティは、パドマの顔を見ているだけで、とくになにも言わなかった。それは自分の言葉を待っているからだろうと、パドマは思った。だから、言葉を続ける。
「お姉ちゃんがどう思ってるかは知らないけど、校長先生は、アルテシアのために何かしてくれるんじゃないと思うよ。そりゃ、結果としては同じことになるんだろうけど」
「そんなこと、わかってるけどね」
「え?」
「あたしだってさ、いろいろ考えたんだよ。どうしても、校長先生のことすなおに信じることができなかったから」
それは、パドマにとって思いがけない言葉だった。その様子から、てっきり迷っているものと思っていたのだ。迷って悩んで考えすぎて、どうしていいのかわからなくなっているのだと、勝手にそう思っていた。それでアルテシアにも心配かけているのだから、ちょっと言ってやろうと、そう考えてのことだったのだ。
だがパーバティは、パーバティなりの答えを見つけていたようだ。ならば、これ以上は必要ないのだ。パドマはそう思ったが、パーバティの話は終わらなかった。
「たしかに校長先生は、例のあの人をなんとかしたいと思ってるんでしょうよ。必要なことだと思うし、賛成だし、ぜひともそうしてほしいよね。でもさ」
「でも、なに?」
「気がついたのよ。まずあたしが考えることは、アルテシアのためであるべきだって。魔法界のこととか未来のためとか、それが大切なのはわかるけど、そんなことはアルと相談しながら考えていけばいいと思うんだ」
「なるほど」
思わずそう言ってしまったパドマだが、問題はそんな身近なところだけに収まるものではない。それがやっかいなところなのだ。普通なら友人関係だけ考えていればいいのだろうけど、アルテシアがいる以上、もっと大きなうずに巻き込まれることは確実なのだ。
「でも、お姉ちゃん。アルテシアは狙われるよ。魔法書があるからね。そのことは考えておかないと」
「それは、そうなんだけどね」
「そう考えると、アルテシアの魔法書が完全版になったのは、タイミングが良かったってことになるのかな」
「まあね。あの人も近いうちに戻ってくるっていうし、イザってときには安心なのかも」
「そんなイザってときなんて、こないほうがいいんだけどね」
魔法書が完全版になってからというもの、アルテシアは、時間が空けばいつでも魔法書を読むようになっている。おかげで魔法書を見たことがある生徒や教師の数が飛躍的に増えてしまったが、なんとか追加された部分をひととおり読むことができていた。あとは、その知識がちゃんと身につくまで、繰り返し学ぶだけということになる。
だがそれまでには、どれくらいの時間が必要となるのだろう。通常クリミアーナでは、3歳で学び始め、13歳から14歳で魔女になるとされている。つまり、10年あまりの期間が想定されていることになる。だが今回の場合、その予測は難しい。アルテシアはすでに魔法の力に目覚めているうえに、本来の魔法書に欠けていた部分を改めて学ぶなど、過去に例のないことだからだ。
「でもさ、極端な言い方すればアルテシアを巻き込んだことになるんだよね。校長先生は、例のあの人が生きてると思ってた。いずれ戻ってくると思ってた。そのときどうするか、どうすればいいかを考えた。そして、アルテシアを入学させた」
もともとクリミアーナは、魔法界とは距離を置いていた。歴代の誰も、ホグワーツに入学などしていない。なのに突然入学させたのは、ムリヤリ巻き込んだということではないのか。ダンブルドアがそうしなければ、アルテシアは、クリミアーナで静かに暮らしていたはずだ。例のあの人を退けるという大義名分は、平和に暮らしていた少女を巻き込んでもよいという理由になるのか。
パドマの言おうとしているのは、まさに、この点にあった。そのことを、パーバティに説明する。
「パドマ、あんたの言うことはわかるよ。一番いいのは、校長先生が危険と戦ってくれることだもんね。そうすれば、あぶない目に遭わなくて済む」
「そうだけど、これまで校長先生は、そんなことしなかったよ。そう思わない? なぜかは知らないけど」
「でも、なんとかしようとは考えたんだから、立派なことだと思うよ。気づかないふりとか、見ないふりとか、逃げだそうとか、そんなことじゃなく、対処しようと考えた。さすがは魔法界で最も偉大な魔法使い、ってことになるんじゃないかな」
だけど。
2人とも、その先は言わなかった。これは、ダンブルドアがヴォルデモート卿を倒すために何が必要かを考えた結果なのだ。その対策のなかには、クリミアーナがあった。アルテシアがいた。魔法書があった。ダンブルドアが考えてるのは例のあの人のことであって、アルテシアではない。魔法界の未来のためであって、アルテシアのためではない。
パドマが言ったように、結果としては同じことになるのかもしれない。結果が同じであれば、それでいいのかもしれない。
だけど。
「そうだ、お姉ちゃん。校長先生のほうはどうするの?」
「ああ、知らん顔はできないよね。ちゃんと話をしにいくつもりだよ。その前に、アルと相談しなきゃだけど」
「相談?」
「何を話していいのか悪いのか、聞いとかないと。あたしにはわからないこともあるだろうし」
もちろんダンブルドアは、魔法書のことを知っている。実物も、アルテシアが見せている。それでも、なんでも話していいとは思わない。アルテシアが言おうとしないものを、自分が言うわけにはいかないのだとパーバティは言う。
「だよね。でも校長先生のこと、やっぱり好きになれないな」
「同じ気持ちだけど、校長先生に感謝していることが1つあるよ」
「え、そうなの」
「だって、アルテシアに出会えたのは、アルテシアがホグワーツに来たからでしょ。そのことだけは、感謝してもいいかなって」
2人は顔を見合わせ、静かに笑った。
※
その夜、ラベンダーにムリを言って寮の部屋を空けてもらうと、パーバティはアルテシアを引っ張って、部屋への階段を登る。いつもは談話室で過ごす時間だが、さすがにみんなの目が、いや耳が気になるのだ。
ハーマイオニーも同室なのだが、彼女は図書館に入り浸り、消灯時間ギリギリまで戻ってはこない。なので、2人で話すのにはちょうどよかった。パドマ経由でのレイブンクロー生からの情報では、どうやらハーマイオニーは、クリミアーナに関することを調べているらしい。ただ最近は、3校対抗試合の最終課題のことがあって、迷路を抜けたり対人戦闘に役立ちそうな呪文、のほうに対象が移っているようだ。
「それで、なんの話? 別に談話室でもいいのに」
「だけどね、ちょっと話しにくいかなって思ってさ」
腰を落ち着ける場所は、アルテシアのベッド。そこに2人並んで腰掛ける。
「言っとくけど、あたしはあんたに隠し事とかしてないし、するつもりもないからね」
「ああ、パドマに何か言われたんだね。わたしだって」
「いいよ、アルは何も言わなくていい。とにかく、あたしが話をするから」
そしてパーバティが、校長室での話をしていく。もちろんパドマがアルテシアに話して聞かせた内容と一致する。当然、アルテシアの反応も、同じようなものとなる。だが、言うことまでは同じとはならない。
「わかってるよ、パーバティ。あのとき、わたしも行くべきだったんだよね。頭が痛くて寝ちゃったけど、それが失敗だった」
「すぐに話せば良かったんだけど、自分なりによく考えてからって思ったから」
「それで正解だと思うよ。でもわたし、やっぱり校長先生のこと、好きになれないかもしれないな」
「ああ、それパドマもおんなじこと言ってた」
そう言って、笑いあう。これでアルテシアとパーバティとは、意思の疎通は図れたといったところ。だが、本題はこれからなのである。
「それでね、アル。あたし、校長先生には話せることは話しておいた方がいいと思ったんだ。そうしようと思うんだ。だってさ」
「いいよ。パーバティがそう思うんなら、それでいい」
その理由を話そうとしたのだが、そのまえに、アルテシアからの許可が出ていた。もともとクリミアーナでは、魔法書を見たいという人には見せていたし、質問などにも答えていたのだから、気にすることはないというのである。
「でもさ、そうかもしれないけど、言わないほうがいいことってあるんじゃないの。あのにじ色の玉のことは話せないし」
「ああ、うん。あれは、そうしてもらったほうがいいかな」
「そういうことを、聞いておきたいのよ。そのことは、絶対に誰にも話さないようにするから」
もちろんパーバティは、そうするだろう。だがアルテシアは、微笑みながら首を横に振った。
「ありがとう、パーバティ。でも、気にしないで。そんなこと気にしながらじゃ、疲れちゃうしさ。こっちからわざわざ話したりはしないけど、聞かれたことには答えるつもりだよ。校長先生が知りたいって言うんなら、話しても大丈夫。わたしが話すから心配しないで。もちろんパーバティには、余計な手出しはさせないよ。絶対に守るから」
「そりゃ、アルが話す分にはいいんだろうけどさ」
自分が言ってもいいのかどうか、気になるのはそこなのだが、アルテシアからは、もうこれ以上のことは聞けないような気がする。どういう言い方をしても、同じような返事になるのだろう。だったらソフィアに聞いておこうかな、とパーバティは考える。
じゃあもう、ラベンダーを呼びに行こうかな。もう部屋に入ってもいいよって、言いにいかないと。アルテシアの顔を見ながら、パーバティはそんなことを考えた。それにしても、守る、なんて言葉、久しぶりに聞いたな。
※
「いよいよ、明日の夕刻、最終の課題がスタートします。代表選手ではないあなたたちにこんな話をするのは、もちろん理由があってのことです。わかってもらえているとは思いますが」
この声は、もちろんマクゴナガル。その場に集められているのは、パチル姉妹とソフィア、そしてアルテシアである。
「何事も起こらなければ、それが一番。ですがこれまでのことを考えたとき、十分な注意が必要なのはあきらかです。その可能性がある以上、当然のこと。とにかく明日は、十分に気をつけるように。とくにムーディ先生には近づかないようにしなさい。仮に何か用事を言いつけられたり、呼び出されたりしても、すべて無視してよろしい。わたしの名前を出してもかまいません。いいですね」
「わかりました」
そう返事をした者、ただうなずいた者、そのどちらもいたが、拒否した者はいなかった。
「それから、明日は代表選手の家族にも最終課題の観戦が許されます。招待客としてご家族が来校されますが、あなたたちにとっては見知らぬ人。念のために近づかないようにしなさい。ただし」
ここでマクゴナガルが、アルテシアを見る。
「ポッターの家族はマグルということもあり、来校されません。かわりにウィーズリー一家が招待されました。アルテシア」
「はい」
「アーサー・ウィーズリー氏から、あなたに会わせてほしいと言われています。会いますか?」
「え? ロンのご家族ですよね。会うのはかまいませんけど、なぜわたしと?」
「2年生の終わりのときの、秘密の部屋にまつわる一件のことだとは思いますがね。もっと早くに会いたかったが機会がなかった、と言っているようです」
もしかして、そのときのことを聞きに来るというのだろうか。そういうことなら、あまり気は進まなかった。あれは、ハリー・ポッターが大活躍し、騒動を解決している。そういうことになっているし、実際にあのとき日記帳にとどめを刺したのは、ハリーなのだ。
「ダンブルドアを通しての申し出です。断わるのは難しいでしょう」
「わかりました。でもずいぶんまえのことですよね。ロンやジニーとは、そのときの話は済んでいるんですけど」
「たしかに、今さらという感じはしますが、なにかあるのでしょう。明日はダンブルドアも一緒です。わたしも同席しますから、そのつもりで」
アルテシアとしては、あまり気が進まないのかもしれない。なにしろ、おおよそ2年も前のことなのだ。だがそう言ってみたところで、それが通用するわけでもない。会うくらいは会っておいたほうがいいのだろう。
「そのあいだは、あたしたちはどうすればいいですか? 一緒はムリなんですよね」
「それぞれ寮が違いますから、一緒に談話室というわけにもいきませんね。よろしい、わたしの部屋を空けておきますから3人一緒にそこにいなさい」
「はい」
「仮になにかあるとするなら、対抗試合のときでしょう。とはいえ、注意はしておくべきです。決して、1人にはならないこと」
何か起きるのか、それとも起きないのか。そんなことは、さすがにわからない。だが、みんなの意見は一致していた。これまでの状況を考えれば、何もないなどとは決して言えないのだと。
「これは提案ですが、対抗試合のときも観戦はせず消灯時間までわたしの部屋で過ごす、というのはどうですか? どうせ競技は、迷路の中で行われます。周りからはそのようすなどほとんどわからないはずです」
だが、その提案は生徒たちには受け入れられなかった。もちろん、アルテシアとティアラの勝負のことがあるからだ。これには、マクゴナガルも苦笑するしかなかった。いずれにしろ、校内の全生徒が観戦するのである。生徒たちと一緒にいたほうが、なにかと都合がいいのかもしれない。マクゴナガルは、そう思ったようだ。