ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第69話 「スネイプの質問」

 グリフィンドールの談話室は、ちょっとしたパーティーとなっていた。もちろん、ハリー・ポッターが対抗試合の最初の課題を無事にクリアしたお祝い、という名目である。単に騒ぎたいだけなのかもしれないが、とにかく賑やかだった。食べ物などは、フレッドとジョージのウイーズリー兄弟が厨房からもらってきていた。厨房で働くハウスエルフたちに頼めば、いくらでもくれるのだという。

 

「厨房になんて、どうやって行くの?」

 

 ハーマイオニーが、そんなことをフレッドに聞いている。聞かれて素直に答えるフレッドではなかったが、雰囲気に浮かれていたのか、だいたいのところはしゃべってしまう。だがすぐに気づいたように、ハーマイオニーをとがめる。

 

「なんでそんなこと聞くんだ?」

「もちろん、ハウスエルフたちに会うためよ」

「だから、なんのために? 連中はそっとしておいてやれよ。服や給料をもらうべきだなんて、言わないほうがいいぞ」

「ハウスエルフたちの気持ちを確かめたいのよ。どんなことを望んでいるのか、本当にお給料なんて望んでいないのか、聞いてみたいだけだわ」

 

 ハーマイオニーは常々、ハウスエルフの立場の向上を願っているのだという。周囲からは、ハウスエルフのことをわかっていないなどと言われているが、奴隷的な扱いがされているのではないか、と気にしているのだ。もちろん給料はなく、休みをもらえているのかも怪しい。着るものも粗末すぎる、というわけだ。

 そんな話をしているハーマイオニーたちとは少し離れたところに、アルテシアがパーバティと並んで座っていた。さきほどまでラベンダーもいたのだが、今日は疲れたから、と部屋に戻ってしまっている。パーバティが、アルテシアのうでを指でつつく。

 

「アル、ティアラって人に渡したにじ色のことだけど」

「あれは、違うよ。あのとき作ったものだから、校長室にあるのとは違うから」

「そんなのわかってるけど、なかになに入れたの? あれで、あんたが負けるようなことはないの?」

「中身は、からだよ。なんにも入ってない。問題は、ティアラが気づいてくれるかどうかなんだけど」

 

 たしか、メッセージを入れたと言っていたはずだ。なのに、中身がからだとはどういうことなのか。もちろんパーバティは、そのことを疑問に思っただろう。アルテシアが、そのことを説明する。

 

「だってあのとき、なにか紙に書くなんて時間なかったでしょ。でも、わたしの思いは込めてある。それに気づいてくれればいいんだけど」

「あー、魔法書みたいなものか。ソフィアの杖のときも、そんなことしたよね」

「うん。それに気づかずに開けようとしても、たぶんムリだと思う。そのときは、わたしの勝ちだね」

 

 そして、気づかれたならアルテシアの負けになる。そういうことであったはずなのに、どうやらアルテシアは、ティアラに気づいてほしいようだ。

 

 

  ※

 

 

「ミス・クリミアーナ。いますぐ吾輩についてくるか、さもなくば放課後、研究室に来るかだ。好きな方を選べ」

「え?」

 

 朝食の時間であった。まさにその真っ最中というときに、なぜかスネイプが、グリフィンドールのテーブルへとやってきたのだ。ハリーやロンなど、スネイプ嫌いの生徒は多い。だがスネイプが、そんな生徒たちの視線など気にするはずがない。むしろ、アルテシアのほうが気後れしてしまっていた。

 

「吾輩としては、いますぐのほうを選んでほしいが」

「わ、わかりました。行きます」

「では、ついてこい」

 

 まだ食事中ではあったが、アルテシアは席を立った。パーバティが不安そうに見上げているが、一緒に行くわけにもいくまい。アルテシアがうなずいてみせるあいだに、大股で歩くスネイプはずいぶん先へと行っている。小走りにならないと追いつかないほどだ。

 

「な、なんだっていうんだ。アルテシアは、ぼくたちのだぞ」

 

 ロンの声だ。その言い方ではアルテシアが持ち物のようだぞ、などと誰も指摘しないのは、みんな、何が起こったのか理解するのに少しの時間が必要だったからだ。

 それほどあざやかにアルテシアを連れ出したスネイプは、まっすぐに自分の研究室へと向かっていく。そのあとをアルテシアが懸命に追いかける。スネイプは待つようなことはせず、速度をゆるめることもしなかったので、またたくまに研究室へと到着する。

 

「そこに座れ。心配するな、とくに用があるわけではない。授業の前に話を済ませておきたかっただけだ」

「そ、そうですか」

「なにか吾輩に言いにきていたはずだったな。その話を聞こうか」

 

 たしかにそうなのだが、もうずいぶんと前のことになる。あれから、ホグズミード行きや対抗試合の最初の課題も行われている。魔法薬学の授業もあったくらいだ。なのに、なぜいまなのか。

 そうは思ったが、アルテシアが炎のゴブレットに対してダンブルドアが仕掛けた年齢線のことについて、スネイプの意見を聞きたかったのは確かだ。どうすれば、17歳に満たない者が近づけぬようにとされた境界線を越えることができのか、そのためには闇の魔法が必要となるのかどうか。そのことを聞いてみたかった。

 

「スネイプ先生のご意見が聞きたかったんです。ハリーが対抗試合の代表選手になりましたけど、そのためにはゴブレットに名前をいれなければなりませんでした」

「ふむ、そうだな」

「でも校長先生によって、そんなことができないような対処がされていました。なのに、なぜでしょうか。どうやれば、そんなことができたと思われますか?」

「ホグワーツの生徒というレベルで見れば、およそ不可能だろう。おまえのような生徒もいるので断言はできんがな」

 

 それは、どういう意味か。瞬間、アルテシアは考える。たしかにゴブレットに名前を入れようと思えばできた。だが年齢線を踏み越え、直接ゴブレットに名前を入れることができたかとなれば、自信はない。

 

「わたしにはできたと、スネイプ先生はそう思われるのですね」

「いや、そうは思わん。おまえにはムリだろう」

「え? そ、そうですか」

「そうする理由など、なかったからな。さらに言うなら、これは禁止されていることであり、誰も許可などするはずがない」

「あ、あの、それは」

「おまえは、意味のない規則破りなどはしない。約束したことも守るだろう。基本的には、だがな」

 

 できない、というのはそういう意味なのか。驚きの目で、アルテシアはスネイプを見る。つまり、やればできると思われているのだ。

 

「おまえの話は、それだけか」

「あの制限を破る方法ってあるんでしょうか。スネイプ先生ならできますか。それは、闇の魔法ということになるのでしょうか」

 

 そこでなぜか、スネイプはニヤリと笑ってみせた。まるで気の利いた冗談でも思いついたかのようにみえた。だがまさか、スネイプがそんなことをするなどと、ホグワーツでは誰ひとりとして考えたりはしない。

 

「吾輩であれば、簡単なことだ。あの境界線を何度も行き来することすらできる」

「うわあ、そうなんですか。さすがです。やっぱり、できるんですね。でも先生、だとしたらハリーは危険なんじゃないでしょうか」

「なんだと」

「だって、そんなことした誰かがいるってことになります。ハリーにはできないんだから」

「ほう。そんなことを誰がやるというのだ。目的がみえんな」

 

 そういうことになると、アルテシアにはまったく見当がつかない。言われなくとも、そんなことをする意味など思いつかない。

 

「そうですけど、なんとなく気になってしまって」

「話は変わるが、もちろんおまえは、闇の帝王のことは聞いているな」

「あ、はい。一度お会いできればと思っています」

「なに! おまえ、それを本気で言ってるのか」

 

 むろん、冗談などではない。アルテシアは、本気で会いたいと思っているのだ。というのも、ルミアーナ家のことがあるからで、キチンと決着をつけるとアディナとも約束している。すでに死亡しているのなら仕方がないが、そうでない限り、会わなければならないのだ。

 どうすることが決着を意味するのか、会ってどうしようというのか。そんな具体的なことは、まだわからない。だがとにかく、どこかにいるというのなら、そうするだけだ。

 

「まあ、いい。いずれ会うことになるやもしれん」

「先生、それはどういうことですか」

「闇の帝王は、死んでなどおらん。近いうちに姿をあらわすだろう。そうなればおまえも、無縁ではいられない」

「学校に来たりもするのでしょうか」

 

 ホグワーツでは、たとえば『姿現し』を使えなくするなど、さまざま防御措置がされているという。そのあたりの詳しいことは知らないアルテシアだが、たとえばクリミアーナ家のそれと同じようなものだろうと考えている。だとすれば、堂々と訪ねてくるしかなくなる。友好的にか、あるいは強行手段をとるかはともかく、こっそり侵入してくるなどありえない。

 

「帝王の予定などは知らん。だが、そのときどうするのか、決めておくべきなのは確かだ」

 

 ヴォルデモートが復活したとき、どうするのか。スネイプを前にしてアルテシアが思ったのは、それを相談しようとして自分を連れ出したのではないか、ということだ。だが、そんなことがあるのだろうか。アルテシアの持つイメージからすれば、それは考えづらい。なんでも自分で決めてしまうという、そういった意志を持った人だと思っている。

 

「あの、先生。それはどういう」

「尋ねたいことが2つある。隠さず漏らさず、すべてを正直に答えるのだ。わかったな」

「え? でも、先生」

「言うとおりにするのだ。質問は許さん。聞かれたことに答えればよいのだ」

 

 何を聞かれるかにもよるだろうが、そのすべてを話すのは、簡単そうでいて実は難しいのではないか。このときアルテシアは、そう思った。思いはしたが、スネイプからなにしら隠し通すというのもまた、難しいことなのだ。自分では表情に出しているつもりなどないのだが、ときに読み取られてしまうことがある。

 

「なにを、答えればいいのでしょうか」

「そう、こわばった顔をするな。なにも、難しいことではない。おまえは、吾輩の最初の授業のとき、母親から魔法薬の手ほどきを受けたと言ったな」

「はい。勉強は3歳から始めたのですが、ときおり母が魔法薬のことを話してくれました」

「その母親に、魔法薬の作り方を教えた人物がいたとも言ったはずだ。あのとき、それを聞かなかったが、いま、改めて質問しよう。それが誰だか知っているのか。おまえの母は、何か言っていたか」

「いえ、母からはなにも。でも、親友と呼べる人がいたことがわかりました。おそらく、その」

「誰だ、それは」

 

 アルテシアが言い終わるのも待たずに、スネイプが問う。しかも、かなり大きな声だ。さすがにアルテシアも、戸惑いをみせた。

 

「ああ、すまん。それで、その親友のことだが、誰だかわかっているのだろうな」

「ええと、最近わかったんですけど、言わなきゃダメですか?」

「言うのだ、ミス・クリミアーナ。まさにそれが、吾輩にとっての必要な情報となるだろう」

 

 それでも、アルテシアは考える。その親友とは、つまりハリーの母親のことであり、そのことを教えてくれたのはシリウス・ブラックだ。シリウスが逃亡した夜のことまで話すことになりはしないか。そうなったとして、どんな影響があるだろうか。

 

「どうしたのだ、さっさと言え」

「あ! リリーという人です」

 

 スネイプの勢いに押されたのか、考えごとをしつつあったからか、思わず名前を言ってしまっていた。スネイプの身体から、ふっと余分な力が抜けたような気がした。肩の位置が、いつもより低くなったのだ。

 

「やはりな。そんな気はしていた」

「あの、もしかして先生も、リリーという人をご存じなんですか。わたしの母が、何度か家を訪ねていたそうです。そのときに魔法薬を習い、自分の病気をなおそうとしていたんだと思うんです。リリーって、どんな人ですか」

 

 スネイプも、リリーを知っている。考えてみれば、ありうる話だった。なぜってスネイプは、ルーピンやシリウスと同級生であったらしいのだから。

 

「いまは、そんな話をしている時ではない。おまえの母がリリー・エバンズから魔法薬を学び、それをおまえが受け継いだ。その事実が確認できればそれでいいのだ」

「でも先生」

「もう一つ、聞く。おまえはこの先も、ずっとホグワーツに通うのだな」

「はい、そのつもりですけど」

「そうか。授業が始まるな。いずれまた、話をしよう」

 

 つまりスネイプは、何を言いたかったのか。必要なことは聞き終えたとばかり、スネイプはアルテシアを残したまま、自分の研究室を出て行った。

 

 

  ※

 

 

「何を言われたの?」

 

 マクゴナガルの変身術の授業中である。課題も終わり、授業時間の終わりを告げるベルがなるまであとわずか、といったところ。パーバティは、気になっていたことをアルテシアに尋ねる。アルテシアは授業開始のギリギリになって教室にやってきたので、これまで話をする機会がなかったのだ。

 

「わたしの母のこと、かな。母が誰から魔法薬を習ったのか、それが聞きたかったみたい」

「ふうん。でもなんのために。たしか、まえにも同じこと聞かれてたよね」

「初めての授業のときにね。理由はよくわかんない。その人のこと、スネイプ先生も知ってるんじゃないかと思う」

 

 そのとき教室中に、マクゴナガルのいらつきを感じさせる言葉が響いた。課題が終わっていたからか、教室のあちこちで遊んでいる生徒が見られたからだ。アルテシアたちも、勝手なおしゃべりをしていたということになる。

 

「静かに。さあ、全員こちらに注目なさい! 皆さんにお話があります」

 

 誰もが叱られるのではないか、と思ったことだろう。その予想に反して告げられたことは、クリスマスでのイベントのことだった。

 

「三大魔法学校対抗試合の伝統として、クリスマスにはダンスパーティーが行われてきました。今回も実施されることになりましたので、お知らせします。クリスマスのダンスパーティには、4年生以上が参加を許されます。つまり皆さんは、参加できるということです」

 

 たちまち、生徒たちがざわつき始める。それはとくに、女子生徒たちの間で目についた。

 

「大広間でのダンスパーティは、クリスマスの夜8時から始まり、夜中の12時まで。パーティ用のドレスローブ着用が必要です。当日は、いくらか羽目を外すいい機会でもありますよ」

 

 そこで、ベルが鳴った。授業は終わりとなり、それぞれが教室を出て行くなか、ハリーはマクゴナガルに呼び止められた。ロンとハーマイオニーも残ろうとしたが、マクゴナガルの視線を受け、退出する。ほかの生徒たちも全員が、教室を出て行った。

 

「ポッター、代表選手は、パーティーで最初にダンスを踊らねばなりませんよ。その相手はもう決まっていますか?」

「え! なんの相手、ですって?」

「ダンスのパートナーです。一緒に踊るお相手のことです、ポッター」

 

 冗談を言っているのに違いない。ハリーの目は、まさにそう言っていた。だがもちろん、冗談などではない。マクゴナガルは、いつものきまじめそうな顔のままでハリーを見ている。

 

「言っておきますが、これは伝統です。伝統に従い、代表選手とそのパートナーが、ダンスパーティの最初に踊ります。もしまだパートナーがいないのなら、クリスマスまでに決めておきなさい。たとえばハーマイオニー・グレンジャーはどうなのです?」

「あ、でも。でもぼく、踊りません」

「いいえ、そういうわけにはいきません。ホグワーツの代表選手として、するべきことはしなければなならい。これは義務です。いいですね」

 

 つまりハリーは、対ドラゴンに続き、パートナー獲得という新たな課題を与えられたことになる。そういえば最初の課題で手に入れた金の卵の謎は、まだ解けてはいなかった。そのことに取り組んでさえもない。ロンに言わせれば、次の課題はまだずーっと先であり、いまやる必要なんてあるもんか、ということになる。

 さあ、大変だ。変身術の教室を出たハリーは、教室の外で待っていたロンに、このことを話して聞かせた。

 

「たぶん、心配ないと思うな。心配なのはボクのほうさ。だってキミは、代表選手だろ。女の子だってパートナーを探さなきゃならないんだから、きっと誘われたりすると思うな」

「まさか。そんなことあるもんか」

「だれか、これはって相手がいるかい?」

 

 ハリーは答えなかった。頭の中に浮かんだ顔はあったが、その名前を言うことはしなかった。そのことに、ロンが気づいたかどうかはわからない。

 

「キミは苦労しないだろうけど、ボクはだめだろうな。アルテシアがOKしてくれればいいけど」

「アルテシアだって!」

「ああ、あいつを誘えたらいいなって思ってる。キミは、ハーマイオニーなんだろ」

「あ、いや。まだわからないよ」

「もしかして、レイブンクローのシーカーの女か。たしかにカワイかったけど、ヨソの寮だぞ」

 

 寮が別だとか、そういうことは問題ではない。女の子を誘う、ということが難しいのだ。ハリーは、そう思っていた。

 

「けど、気になるよな。あいつは、誰と踊るんだろう」

 

 それが誰のことを言っているのか。ロンに聞かずとも、ハリーにはわかるような気がした。

 

 

  ※

 

 

「で……、ダンスパーティの相手は見つけたかい?」

「まだだよ」

 

 日を追うごとに、そんな話題があちこちでささやかれる。だがパーバティがアルテシアに尋ねてきたのは、そんなことではなかった。

 

「あれから、何か言ってきた?」

「ううん、なにも。期限までだいぶあるからね」

「そうだけど、できるものならすぐにできるんじゃないかな。いまだにできないとなれば、ムリなんだと思うよ。あんたの勝ちだね」

「あはは、そうだね」

 

 アルテシアとパーバティが話しているのは、クリスマスのダンスパーティーのことではなく、ボーバトンのティアラとの勝負の話だ。アルテシアの渡したにじ色の玉を、はたしてティアラが読み解けるのかどうか。それができなければアルテシアの勝ちとなる取り決めなのだが、どうもアルテシアは、それを喜んでいるようにはみえない。

 

「けどさ、クリスマス、どうなるかなぁ」

 

 そんなことを言い出したのは、アルテシアが話に乗ってこないからだろう。ならば、もう一つの気になる話題にするだけだとパーバティは、そう思ったのだ。

 

「大丈夫、ちゃんとやるよ。にじ色は、必ず取り戻す。なにがあってもね」

「それはもちろんだけどさ、ダンスパーティーと重なっちゃうとはね。マクゴナガルは知ってたのかな?」

「さあ、どうなんだろね。でもさ、パーバティはパーティーに行きたいよね」

「ううん、あたしはアルと一緒にいられるほうがいい。あんたがダンスパーティーに行くんなら行くし、にじ色ならそっちだよ」

 

 それが同じ日となったのは、もちろん偶然だ。その日をにじ色奪還の日と決めていたのは学校が休みになるからで、まさかダンスパーティーがあるなんて知らなかったのだ。

 

「パーティー、終わってからにしようか?」

「途中で抜け出すってのもアリ、だと思うけどね」

 

 その日、にじ色奪還を実行することは決まっている。時間までは決めていないが、最適なのはパーティーの真っ最中かもしれない。だれもがパーティーに注目しているのだし、なによりダンブルドアも出席する。

 

「なあ、ちょっといいかい?」

「え?」

 

 その声の主、つまりロンがアルテシアたちの前へとやってきたのだ。

 

「ダンスパーティーに行きたいんだけど」

「どうぞ。行けばいいじゃないの」

「ああ、うん。そうなんだけど、その、相手がいるだろ」

 

 なるほど、そういうことか。パーバティは、そう理解した。アルテシアにもわかっただろう。つまりロンは、誘いに来たわけだ。

 

「まだキミたちが、その、決まってないのなら、ちょうどいいじゃないかと思ってさ。ボクとハリーとキミたちで」

「でも、ハーマイオニーは? 彼女もパーティーには行くんでしょ」

「そうだけど、もう誰かと約束したっていうんだ。誰かは教えてくれないんだけど」

「へぇ、そうなんだ。パートナーはハリーじゃないかって思ってたんだけど」

 

 言いながら、アルテシアを見るパーバティ。パーティーに行くのなら、もちろんパートナーが必要だ。その相手がアルテシアにはいるんだろうか。パーバティの知る限り、そんな約束は誰ともしていないはずなのだ。なにしろ、そのときにじ色を取り戻すことになっているのだから。

 

「ハリーは、チョウ・チャンを誘って断られたんだ。チョウは、セドリックと行く約束になってるらしい」

「あら、それは残念だったわね」

「キミたちは? もう、誰かを誘ったのか。約束した人とかいるのかい」

 

 そのロンの質問に、アルテシアとパーバティが、顔を見合わせる。

 

「わたしたち、その日はほかに用事があるの。ごめんね、パーティーには行けないかもしれない」

 

 

  ※

 

 

 そして、クリスマスの日を迎える。その日の午後、アルテシアはマクゴナガルの執務室にいた。この日この時間、ここで午後の紅茶を楽しむのは、しばらく前から約束されていたことだった。その場に、パチル姉妹やソフィアだけでなくマダム・ポンフリーも招いたのは、もちろんマクゴナガルだ。

 最初にマクゴナガルが、いまからにじ色の玉を取り戻すことにしたいと、提案。マダム・ポンフリーを呼んだのは、体調急変などの事態にすぐさま対処できるように、ということだろう。

 

「体調はどうです、アルテシア。気がかりなことがあるのなら言いなさい。なんなら明日にしても」

「いいえ、大丈夫です先生。すぐに始めますか?」

「あわてる必要はありません。まずはこれをお飲みなさい」

 

 まずは、落ち着こう。そういうことだろう。一番落ち着いていなさそうなのは、マクゴナガル自身かもしれない。マダム・ポンフリーが、そう言って笑った。

 

「けどまじめな話、どうやって取り戻そうっていうんです? だって、校長室にあるんでしょう。ここからできるものなんですか」

「それは、大丈夫です。距離は、あまり問題にはなりません」

「ま、そんな魔法があるってことでしょうけど、ムリはだめですよ。休暇のあいだじゅう、医務室のベッドってことになっちゃいますからね」

 

 誰もが、アルテシアをみる。すべてはアルテシアの体調次第。それは誰もがわかっていることだ。それが終わったとき、アルテシアが元気なのか、それとも魔法使用の負担で気を失ったりするのか。そのとき、にじ色の玉は、その手にあるのか。

 

「大丈夫です。方法は考えてあります。校長先生にも気づかれずにすむはずです」

 

 そのアルテシアの前に、マクゴナガルが、にじ色の玉を置く。以前にアルテシアが作った、入れ替え用のいわばダミーである。それを、アルテシアが手に取る。

 

「これを、校長室のものと入れ替えます。校長室にあるのは魔法がかけられていますので、その魔法処理がされる寸前にまでさかのぼって、これと入れ替えてしまおうということです」

「そうすれば、校長はダミーの玉に魔法をかけることになり、それを大事に保管する、ということですね」

「なるほど。けどマクゴナガル先生、時間をさかのぼるって、つまり逆転時計を使うってことですか」

「いいえ。あれの使用には、面倒な手続きがたくさんありますし、ダンブルドアにも知られてしまうでしょう。大丈夫です。アルテシアは、同じようなことを魔法で実現できますから」

「待ってくださいよ。そりゃ、アルテシアさんがそんな魔法を使えるのは納得しますが、そのときまでさかのぼるって、それがいつだかわかってるんですか」

「いえ、わかりません。ですから、逆転時計は不向きです。少しずつさかのぼっていき、そのときを確かめていかねばなりませんから」

「ああ、なるほど。それは大変ですね。いまからだと、どれくらい時間を戻すことになるのかしら」

 

 おそらくマダム・ポンフリーは、なにかの意味を込めていったのではないはずだ。なんとなくそう思ったのだろう。だがその言葉に、するどく反応した者がいた。パーバティである。パーバティは、アルテシアの肩に手をかけ、自分のほうへと振り向かせて怒鳴った。

 

「この、バカアル! あんた、なに考えてんのよ」

「な、なによ、どうしたの」

 

 当然、周りが止めに入る。だがパーバティの勢いは止まらなかった。

 

「そりゃ、気づかなかったあたしも悪い。悪いけどさ、アル。あんたは知ってたはずだよね」

「だから、なにがよ。どうしたの、お姉ちゃん」

「うるさい、パドマ。あんたも、なんで気づかないのよ」

「だから、なにが?」

「今日まで待ってる必要なんて、なかったってことだよ。そんな必要、ないじゃない。だってこれから、時間を戻っていかなきゃいけないんだよ、アルは。もっと早くにやってれば、それだけ負担は少なくなる。1日たてばたつほど、戻す時間は増えてくってことでしょう」

 

 1日たてばたつほど、戻す時間は増えていく。つまり、負担は増していくということ。パーバティの言うとおりであった。

 




読んでいただき、ありがとうございます。

 思えば、このお話を書き始めて1年になりますね。こんなに長くなるとは思ってなかったというのが正直なところです。単純計算ですが、終わるまでにはもう1年はかかるってことになりますね。それまでおつきあいくださればありがたいです。

 更新は、今年はこれでおわりになるでしょう。続きは来年になります。1年間ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。

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