ともあれ、続きをどうぞ。
「どういうことなの、倒れたって聞いたけど。なにをやってるの? 自分の体のこととか、ちゃんと気をつけてるんでしょうね?」
「ああ、ティアラさん。お見舞いに来てくれたんだね。ありがとう、心配かけてごめんね」
「それで、どこが悪いんです? まさか、あなたまでおかしな病気にかかってるんじゃないでしょうね」
それは母のマーニャのことを言っているのだろうと、アルテシアは思った。アルテシアはクローデル家のことなど知らずに育ってきたが、クローデル家のほうでは、そんなことはないようだ。おそらくクリミアーナ家のことは、なにもかも知っているのだろうとアルテシアは思う。だがそれは、関心があるからだ。だからこそ、こうしてお見舞いにも来てくれるのだ。
ティアラが、その場にいたパチル姉妹とソフィアをにらみつけるように見ている。その少し後ろには、マダム・ポンフリーの姿もあった。ここは医務室なのだ。
「それで、あなたたちは、なにをしてたの? まさかこの人に、なにか無茶なことをやらせてるんじゃないでしょうね。それで倒れちゃったとか、もしそんなことだったら承知しないわよ」
アルテシアが医務室のベッドに寝かされてから、すでに5日が過ぎている。つい先ほどマダム・ポンフリーの診察を受け、すっかり元気になったようだと言ってもらったところでもある。そんなときになってからティアラが、文字どおり医務室に駆け込んできたのは、それまでこの情報を知らなかったから。アルテシアは代表選手でもなんでもないのだから、たとえ医務室の世話になったとしても、それがボーバトンの馬車にまで連絡されるようなことはないのだ。
「心配ないわよ、ボーバトンのお嬢さん。この人は、もう大丈夫。明日には寮に戻っていいと、ついさっき言ったところだから」
「そうですか。それであなたは?」
「ホグワーツの校医として、この人がまったくの健康体であることは保証しますよ」
「わかりました。わたしは、ティアラ。教えてくださってありがとうございます。そのついでと言っては失礼ですけど、あとでお時間もらえます? いろいろお聞きしたいことがあるんですけど」
「え? ええ、それはかまわないけど」
そうは言ったものの、とまどいもあったのだろう。マダム・ポンフリーが、そこにいる全員を見回していく。その視線に応えたのは、アルテシアだった。
「わたしが何度も、医務室のお世話になっていることは言わないでくださいね」
それをティアラの前で言ってしまってよいのか。誰もがそう思ったかもしれないが、それを口に出したのはパーバティだった。
「アル、それをこの人の前で言っちゃったら、意味ないんじゃないの」
「そうかな。そんなことないよね、ティアラさん」
「おあいにくだけど、そっちの人の言うとおり。それより、何度も医務室ってどういうことなの? 自分の立場がわかってるのか疑いたくなるわ。もしあなたになにかあったら、どうなると思ってるの?」
クリミアーナ家はいま、アルテシアが1人いるだけだ。そのアルテシアにもしものことがあったなら、クリミアーナ家直系の魔女はいなくなる。ティアラが言いたいのは、おそらくはそのことだろう。魔法については、ソフィアのルミアーナ家にも伝わっているし、おそらくはティアラのクローデル家も同じであるはずだ。もちろん程度の差はあるかもしれないが、クリミアーナ家だけのものではないはずなのだ。それともなにか、他に意味でもあるのだろうか。
「いちおう聞くけど、クローデル。もしなにかあったら、どうなるの?」
「へぇ、あなたがそんなこと言うなんて意外だわ。知らないふりは似合わないわよ、ルミアーナ」
「待って、あなたたち。さすがに、目の前でそんな話をされるのはイヤだわ。わたしになにかあるって? 心配かけて申し訳ないとは思うけど、なにもないわよ。クリミアーナの歴史は終わらないし、終わらせたりしない」
そんなアルテシアにティアラは微笑んでみせたが、ソフィアのほうは、うつむいてしまう。言わなければよかった、あるいは言い過ぎた、とでも思ったのかもしれない。
「まあまあ、皆さん。たしかにそんな話は、お若いあなたたちには不似合いですよ。もっと楽しい話をしなさい。たとえば、そうね、対抗試合の課題を予想する、なんてのが学校内ではやっているようだけど」
「ああ、それは楽しみですね。いったいどんな課題になるのやら、早く知りたいものです」
その同じ課題で、アルテシアとティアラは競い合うことになっている。いち早く知ることができれば、準備もできるし、有利にはなるだろう。ティアラが、じっとアルテシアの顔を見ている。つかのま、誰も何も言わない時間が訪れる。そして。
「見たところ、お元気そうね。いいことだわ。最初の課題は勇気を試すものらしいから、元気いっぱいでいてもらわないと」
「それって、対抗戦のこと? そんなことわかってるの? 予想じゃなくて?」
「ええ。『未知なるものに遭遇したときの勇気は、魔法使いにとって非常に重要な資質』なのだそうです。それを試すってことですね。クリミアーナ家を出てホグワーツに入学するくらいの勇気があるんだから、楽勝でしょ?」
「さあ、どうだろう。でも、とにかくあなたには勝たないと。あなたに負けてはいけないって、なぜだかそう思うんだよね」
「おやおや、そうですか。ふーん。ま、そうなるといいですね。でもわたしだって、負けるつもりなんてないから」
その理由が、ティアラは気にならないのだろうか。軽く笑ってその言葉を聞き流すと、ソフィアに眼をむけた。ソフィアも、その眼を見つめ返す。
「クローデル、わたしはもちろん、アルテシアさまを応援するわよ。それで、なんの問題もないわよね?」
だがティアラは、すぐには返事をせず、少しだけ首をかしげて考えるようなそぶりをみせた。そのためもあるのか、パーバティがその返事を待たずにたたみかける。
「あたしは、パーバティ・パチル。この前は名前を言わなかったと思うけど、アルテシアとは友だちだから、あたしもアルを応援するよ。かまわないわよね」
「アル? へぇ、それってこの人のことだよね。そんな呼び方する人がいるんだ。ねぇルミアーナ、あなたも、そう呼んでるの?」
だがソフィアは、それには答えない。じっとティアラを見ているだけ。その眼は、返事を待っているのは自分だと、そう主張しているかのようだ。
「まあ、いいわ。そんな呼び方、あなたにできるはずがないものね。ま、あたしもそうだけどさ」
「返事を、まだ聞いてないよクローデル。問題、ないよね?」
「おあいにく。問題あるに決まってるでしょう。いまは、あなたが知らないってことで納得しておくけど、手出しは無用。こっちの魔法族と一緒に応援するだけ、にしておきなさい。あらあら、納得いかないって顔してるけど、それなら昔のことでもよーく思い出してみるのね」
「待って、ティアラさん。それってまさか、500年前のことを言ってるの? そのときのこと、なにか知ってるの?」
その顔を、どう表現したものか。驚きととまどい、どこか不安げにも見える。そのティアラが、いったんソフィアを見てから、改めてアルテシアを見る。
「まさか、覚えてるんですか。クリミアーナでは、当時のご当主があえてそのことを封印なさったって聞いてます。そのときの記憶は失われたはずなのに」
「わたしが知ってるのは、その当時に生きてた人から教えてもらったことだけよ。その人が見聞きしたことを聞いただけなんだけど」
「そのときに生きてた人?」
それは、ホグワーツに棲むゴーストのことだ。つまりが、ほとんど首なしニックのこと。アルテシアは、そのニックからなにかしら、当時のことを聞いているのだ。その当時、クリミアーナでは大きな騒動が起こり、その結果として、クリミアーナは分裂したような形となっている。
「ゴーストのことだよ。それよりあなた、ティアラさんだっけ。その頃のことでなにか知ってるのなら、話してくれない?」
「え?」
「なぜ争いごとなんかが起こったのか、そのときなにがあったのか、もっと詳しいことが知りたいのよ」
「詳しく、といってもね。それを魔法族に話しても理解できないだろうし、あなたたちが知っても、意味ないんじゃないかな」
「とにかくさ、どんなことでも教えてほしい」
「悪いけど、断るわ。でもそれじゃ、愛想なさすぎか。そうね、万が一にでもこの人が、あたしに勝つようなことがあったら、そのときは知ってることを話すってことでどう? ま、ムリに決まってるけど、どちらにしろすべてはこれからよ。とにかく、競い合いはわたしが勝つ。負けるはずがない」
こうして強気なことを言い、パーバティの口を封じようとした、あるいは他の言葉を引き出し、話題を変えようとしたのかもしれない。パチル姉妹は、何も言わずにティアラを見ているだけだった。アルテシアがなにか言おうとしたが、マダム・ポンフリーが間に入ってくる。
「競い合いといえば、ハリー・ポッターが選手として出場するそうね。ボーバトンのお嬢さんはともかくとして、あなたたちは応援しなきゃね。同じグリフィンドールだし、同じ学年だし、同じ…」
まずはティアラ、そしてパーバティにパドマ、次にソフィアを見ての言葉だ。だがマダム・ポンフリーは、ソフィアについては適当なことが思いつかなかったのだろう。ソフィアは1年下だし、寮はスリザリン。もちろん性別も違うし、友だちであるとも思えない。パドマが、すぐに言葉を続けた。
「そうなんですよね。でもハリー・ポッターは、自分ではゴブレットに名前を入れてないって言ってるみたい。どういうことなんだろう」
「そんなの、簡単でしょ。でもま、いいわ。わたしはこれで失礼するけど、最初の課題がわかったらまた来るわ」
ティアラはアルテシアを、アルテシアはティアラを、互いにじっと相手を見ていた。競い合いのときは、もうすぐだ。
※
ようやく医務室から解放され、談話室へと戻ってきたアルテシアだが、なにかと賑やかなその談話室にパーバティの姿を見つけることはできなかった。パーバティはどこに行ったのか。てっきり医務室に迎えに来てくれるものと思っていたアルテシアだったが、そのあてが外れたうえに、談話室に戻っても出迎えてはくれなかったのである。
これは、少なからずアルテシアの動揺を誘った。そんなことぐらいで、と思えるようなことには違いないのだが、アルテシアにとっては大きな問題なのである。会えるはずだった、少なくとも会えると思っていたのに、いるはずの場所にいないのだ。それが、アルテシアに不安を与える。
もちろん、いなくなったわけではない。学校内のどこかにはいるのであり、そのうち談話室に戻ってくるだろう。顔も見られるし、話もできる。アルテシアも、それくらいわかってはいるのだ。
アルテシアは、あらためて談話室のなかを見回していく。お目当ての人の姿はないが、暖炉のある場所近くに、ハーマイオニーがいた。ハリーとなにか話をしている。そこに行こうか、と足を動かしかけたが、すぐにその足が止まる。それも仕方がないかな、とアルテシアは思う。ハーマイオニーとは、シリウス・ブラック救助のとき以来話をしていないのだ。ハリーとも似たようなものだし、あのときのことを思えば、足が止まるのも納得できる気がするのだ。
後ろに、人の気配。談話室の出入り口から誰がが入ってきたのだ。すぐに、振り向く。
「あら、アルテシア。ここにいるってことは、元気になったんだね」
「あ、うん。いま戻ってきたところ。なんだかすごく、にぎやかだね」
ラベンダー・ブラウンだった。寮では同室だし、もちろん何度も話したことのある相手だ。どちらかといえば、ラベンダーはパーバティと仲がいい。アルテシアとは、パーバティを通して、といった感じだろうか。それでもアルテシアは、知ってる相手に話しかけられ、ずいぶんと気持ちが落ち着いたようだ。その顔を見ていれば、スネイプでなくともそのことが読みとれるだろう。
「あんたは、ずっと医務室だったから知らないかもね。いまのあの人たちの話題は、いかにしてポッターが、ダンブルドアの年齢線を越えて代表にエントリーしたか、よ。ハリーはそんなことしてないって言い張ってるんだけど、どう思う?」
「え? そうなの。でも、ちゃんと正式に代表に選ばれたって聞いたよ」
「そうだよ。だからみんな、うかれて大騒ぎしてるの。このところ毎日、あんな調子だよ」
それはそれで、みんな楽しそうだ。アルテシアはそう思ったのだが、もし本当に自分がなんにもしていなくて、知らないところでエントリーされて選手になったんだとしたら。いったいハリーは、どういう気持ちだろう。
あの年齢線は、校長先生が参加者制限のために引いたもの。つまり、簡単に突破できるようなものじゃないはずだ。アルテシアは、なおも考える。もちろん自分ならば、簡単だ。でもあの魔法は、誰にでもできるものではないはず。だとすれば、別の方法で突破したことになる。はたしてそれを、ハリー・ポッターができたのかどうか。
ハリーは、自分じゃないと言っているらしい。ならば、別の誰かがやったことになるが、それは誰? 理由は?
「おーい、アルテシア。話、聞いてる?」
「あ、え? ええと」
目の前で、ヒラヒラと振られる手。ラベンダーの手だ。
「あはは、ほんとだね。パーバティが言ってた。アルはときどき、いなくなるってさ」
「え?」
「いまさ、どっか行ってたでしょ。べつにいいけど、そんなとこ行くより部屋に戻ってベッドに横になってたほうがいいと思うよ。考え事するんなら、それからにすれば。ほら、あたしも一緒に行ったげるから」
「う、うん。ありがとう」
それは、そうだ。マダム・ポンフリーから寮に戻ることを許されたとはいえ、体調不良の原因が解消されたわけではない。さすがに手を引かれて、ということにはならないが、ラベンダーの後をついていく。こうしてラベンダーと2人だけ、というのはもしかすると初めてかもしれない、とアルテシアは思った。いつもは、パーバティがいるからだ。
「気分はどうなの? 頭は痛くないの?」
「ありがとう、大丈夫よ」
「ま、そりゃそうだよね。大丈夫だから、マダム・ポンフリーも寮に戻してくれたんだろうしね」
「心配かけてごめん」
「いいって、気にしないで。同じ部屋のよしみってやつだよ。少し寝たら? 夕食の時間になったら呼びに来るよ」
ラベンダーが部屋を出て行き、1人になったアルテシアは、自分のベッドに腰かける。さすがに眠くはなかったが、ラベンダーに言われたように、横になる。そして、考える。
ラベンダーが心配してくれたことが、なんだか嬉しかった。そして同時に、申し訳なくも思う。心配ばかりかけているようでは、ダメなのだ。もっとしっかりしないと。
それはともかく、気になることがある。ハリーが自分でエントリーしてないというのなら、誰かがハリーの名前をゴブレットに入れたということになる。ハリーを強引に参加させる理由は、いったいなんだろう。
三大魔法学校対抗戦は、これまでに出場者に死者が出たこともあるほどの厳しい競技であるらしい。では、そこにハリーを参加させ、死なぬまでもケガでもさせようということなのか。ハリーは、まだ参加資格もない4年生だ。競技では、かなり苦労するだろう。
(でも、それだけじゃない気がする)
大けが、あるいは死亡ということまで想定されているのだとしたら。
アルテシアが思い出したのは、クィレル先生のこと。あのクィレル先生に取りついていた、ヴォルデモート卿のことだ。ハリーの両親は、そのヴォルデモート卿に殺されている。ムーディ先生が授業で見せてくれた『アバダ・ケダブラ(Avada Kedavra:死の呪い)」によって、ハリー自身も殺されるところだったらしい。
ハリー殺害に失敗したヴォルデモートは、みずからの肉体も失い、いわば魂だけのような存在となってしまっている。アルテシアは実際にそれを見ているし、魔法力のこともある。ヴォルデモートは、その魔法力を回復させるために魔法書を、生命力を回復させるために賢者の石を、それぞれ手に入れようとしていたのだ。
アルテシアは、そう理解していた。
(その人が、復活しようとしてるのかな。そのために必要なこと? なにか関係あるんだろうか)
アルテシアのひとり言が、寮の部屋にこだまする。誰もいないからか、そのひとり言は妙に室内に響いた。
かつて、魔法界を恐怖と混乱とに染め上げたヴォルデモートであれば、ダンブルドアの年齢線を越えることは可能なんだろうか。ハリーの名前を入れた人がいるのだから、方法はあるはずなのだ。そもそも、あの年齢線をごまかすのに、どんな方法があるのか。どれくらいの魔法力があれば、それが可能になるのだろうか。
そんなことを思ううち、ふと、スネイプの顔がアルテシアの頭の中に浮かんだ。
(スネイプ先生なら、できるのかな)
聞いてみようと思った。ホグワーツの生徒レベルの魔法力で可能なのかどうか。どんな人なら、それができるのか。それがヴォルデモートだという可能性はあるのか。ヴォルデモートはいま、どこでどうしているのか。
(だってわたし、その人の会わなきゃいけないんだ)
もちろん、単に会うだけではすまない。ルミアーナ家との関わりや魔法書についてなど、クリミアーナの魔女として、きちんと決着をつける必要がある。すでに死んでしまっているのなら仕方がないが、もしそうでないのなら。
それに、ハリーのことがある。ハリーがヴォルデモートの『死の呪い』から生き残ったのは、生き残ることができたのには、なにか理由があるはず。それを、聞いてみたいのだ。ヴォルデモート以外に、それを聞くことのできる相手は、いない。
(だってハリーは、赤ちゃんだったんだもの。知ってるはずないよね)
アルテシアには、仮説がある。母マーニャの保護魔法だ。マーニャがハリーの母親と、親友と表現する人がいるほどに親しかったのであるのなら、それは十分に考えられる。あの魔法がポッター家に伝えられ、ハリーのまわりにかけられていたのだとするなら、それが可能だったのではないか。
(だとしたら、わたしは)
声として発せられたのは、それまで。続きはあっただろうが、そのあとはアルテシアの思いのなかにとどまることになった。目を閉じていたアルテシアが、眠りにおちてしまったからである。
※
いまから、およそ500年前。当時のクリミアーナでは、最初で最後とでも言うべき大きな騒動が起こっている。そのときのクリミアーナ家当主の名は、アティシア。当時としては、すでに結婚し子どもがいてもおかしくはないくらいの年齢ではあったらしい。だがまだ独身であり、それらしい相手もいなかった。そのことが騒動の発端となったのではないか、と言ったのは、現在はホグワーツのグリフィンドール塔に棲むゴースト、ニコラス・ド・ミムジー・ポーピントンである。
だがその言葉が示すように、彼もそのすべてを正確に記憶しているわけではない。当然、自身が見聞きしたことだけに限られるし、記憶違いもあるかもしれない。だが何も知らないアルテシアにとって、貴重な情報となったのは間違いない。
ホグワーツでは“首なしニック”の呼び名で知られているニコラスだが、その当時には生きており、クリミアーナ家を何度か訪れたことがある。アティシアとも、それなりに親しくしていたようだ。
『わたしが覚えていることは、もちろんお話させていただきますよ。ええ、いろいろ覚えていますとも』
いつだったか、当時のことをアルテシアに尋ねられたニコラスは、笑顔でそう答えた。そのニコラスによれば、なにかとアティシアと対立していた人たちがいたとのこと。もちろんアティシアの側に立つ人たちもいたが、両者の対立は、ニコラスがクリミアーナ家を訪れるたびにひどくなっていくといった印象であったようだ。
『なにか、起こりそうだと。ええ、そんな感じはありましたねぇ。あのとき姫さまがご決断されなければ、さて、どうなっていたでしょうか。ええ、その意味からも、姫さまのあの決断を、わたくし、支持できるんですよ』
アルテシアは、その当時のことに関しては、何も知らなかった。当時のこと、それらに関することの全てを、アティシアが封印してしまったからである。その記憶の一切を封じ込め、隔離してしまえば、誰も知ることができなくなる。そうすることで、この騒動をなかったことにしようとしたのである。果たして周囲の人たちは、どう思っていたのか。何を考え、どう行動したのか。アティシア自身は、このことをどう考えていたのか。
アルテシアは、何も知らない。それらのことを、アルテシアは知らないのだ。仮にアルテシアがホグワーツへ入学しなかったら、ニコラスに会わなかったなら、秘密の部屋をめぐる出来事を経験しなかったとしたら。
アルテシアは、何も知ることがなかっただろう。そしてアティシアの思惑どおり、この出来事はなかったことになっていたのか。だがたとえニコラスの見聞きしたことだけではあるにせよ、この出来事は、アルテシアのなかで、部分的ではあるにせよ、補完されていくことになったのだ。
※
「わかった、話してくれてありがと。そうかぁ、クローデル家って、そういう家なのか」
「けどアルは言ってたよ。今度の勝負が終わったら、きっとあの人とも仲良くなれるって。そんなことが起きる前は平和だったんでしょ。そうなれるってことじゃないの。クローデルの人たちだって、そう思ってるんじゃないのかな」
パーバティとパドマの、パチル姉妹の声。ソフィアの姿もある。アルテシアがようやく医務室から解放され、グリフィンドール塔へと戻ってきたとき、3人はこの空き教室へと入り込み、話し込んでいたのである。ちょうどソフィアが、自分の知るクローデル家のことを話し終えたところ。ちなみにそのことは、アルテシアも知っている。アルテシアをルミアーナ家に招待したとき、わかっていることは話してあったのだ。
「そうかもしれません。でも、クローデルですからね。正直に言わせてもらうなら、このままボーバトンに帰ってほしいんです。きっと、そのほうがいいんです」
「でもさ、なぜクローデルはそんなことを? クリミアーナ家とはずっと仲良くしてきたんでしょ。それって、あたしたちで言えばさ、今日になって突然、パドマがパンジー・パーキンソンになっちゃうようなもんでしょ」
「ちょっと、そんなたとえは納得できないわ。どうしてわたしがパンジーなの?」
「まあまあ、でもそういうことでしょう。どうしてクローデル家は、そんな反乱みたいなことしたの?」
実際には、その反乱はあっという間に終わったらしい。その実力行使を封じ込めたのは、クリミアーナ家にかけられた保護魔法であり、その当主アティシアであったようだ。つまりが、実際に攻め込んではみたものの思うようにはいかなかった、ということになる。保護魔法によって阻まれたこともあるし、いざアティシアを目の前にしたとき、さすがに手出しができなかったという状況であったらしい。
「クローデルが何を考えていたのかなんて、さすがにわかりませんよ。ティアラさんは知ってるかもしれないけど、結局はクリミアーナを自分のものにしようとしたんだって、つまり、そういうことだと思うんですけど」
「まあ、あんたは首なしニックみたいに、その頃に生きてたわけじゃないもんね」
「でも、そのわりにはよく知ってるよね。それって、やっぱり魔法書のおかげなの?」
もちろん、程度の違いや認識のズレはあるだろうが、パチル姉妹やマクゴナガルなどの一部教授陣のあいだでは、魔法書のことは知られている。知られてはいるが、その本質をしっかりと理解しているのは、やはりアルテシアをはじめとした、実際にそれを読んでいる人たちということになる。もちろんソフィアも、その1人だ。
「まあ、そうなりますかね。そこらへんは魔法書に残されることになるっていうか、それが魔法書ってことですから」
「ね、思ったんだけど、あんたやティアラって人が500年前のこと知ってるのはわかるよ。あんたら、魔法書読んでるからね。でもアルテシアだってそうなのに、なぜそのこと知らないの? アルテシアは、グリフィンドールのゴーストから聞いたことしか知らないよね?」
「それは、さっきも言いましたけど、そのころのクリミアーナ家の人がその記憶を封印しちゃったからですよ」
「そこよ、あたしが思ったのは、そこ」
「なんなの、パドマ?」
パドマは、何に気がついたのか。いやむしろ、なぜ姉のパーバティやソフィアは気づかないのか、そのほうこそ、パドマは指摘したいところだろう。
「いい、2人とも。ダンブルドアが返してくれないものって、なに? そのこと考えたら、なにか気づきそうなもんだと思うけど」
「それって、アルテシアの魔法書の一部でしょ。それがないからアルテシアは思い切り魔法が使えなくて困ってるんだけど……って、え! それってまさか」
「そう。もちろん、そう考えられるってことだけどさ。ね、ソフィア、あんたはどう思う?」
「どうって、もしそうなら、あたし。そうですよね、そうか、あ、でも、そんなことできるの?」
「可能性、ありそう? ね、そういうことだって思う?」
つまりパドマは、ダンブルドアの持つ“にじ色の玉”を作ったのは、500年前のクリミアーナ家の当主ではないか、というのだ。
「あたしたち、ずっとガラティアさんだと思ってきたけど、そうじゃなかったってことか」
「たぶん、そうだと思う。気になるのは、あの玉になにが入ってるかってことだよね。その反乱騒ぎのことはもちろんだけど、それだけじゃないかもしれないよね」
「いつも思いますけど、パドマ姉さんって、やっぱりレイブンクローで正解ですね。あたし、そこまで考えてなかった。そうですよ、きっとそうなんです」
そう言いつつ、ソフィアがパーバティを見たのには、きっと深い意味などないのだろう。だからパーバティも、すぐに言葉を続けることができた。
「あたし思ったんだけど、ガラティアさんってさ、そのこと知ってて探してたってことかな。ホグズミード村でアルを探してたのは、ガラティアさんなんだよね」
「そうだね。たぶんブラック家を出されてからもクリミアーナに戻らなかったのは、そのためなんだよ。想像だけど、あぶないことが起こるって感じてたんじゃないかな。だからアルテシアの魔法力を元通りにしたかった。戻さなければいけなかった」
「もしそうだとすると、ホグズミード村のあの家のことなんですけど」
起こるかもしれない、あぶないこと。それが何かなど、3人は考えなかった。そんな必要はなかったのだ。アルテシアはこれまで、何度も危険な目に遭っている。満足に魔法を使えないため、なんども意識を失い医務室の世話になっているからだ。すでに十分に危険な目にあっている。これ以上は必要ないし、考えたくなかったのだ。
「あの家、調べてみる必要あると思います。結局、アルテシアさまはホグズミードに行ってないですけど、そういうことなら、なにかあるんじゃないかって。実際にアルテシアさまがその家に行けば、にじ色のことはともかく、なにか気づくことあるのかも」
「そうだね。たしかにそうだ。あの家には、500年前からあの玉があった可能性あるよね。ええと、次のホグズミード行きはいつだっけ? アルテシアはもう、行けるんだよね?」
ホグズミード行きのことは、学校内ではまったくうわさされていなかった。もちろん皆の注目が、三校対抗試合の最初の課題に集中していたからだ。3人は、それぞれ顔をみあわせる。そして。
「あ! 思い出した。うわ、迎えに行くつもりだったのに」
それは、パーバティの悲鳴のような声。医務室に行き、一緒にグリフィンドール寮に戻るつもりだったということだが、このときアルテシアは、自分のベッドで深い眠りに落ちていた。
次話までは、またお時間頂戴することになりそうです。年が明ければそんなことはなくなる、はずなんですけどね。
終わりの方でパドマが気づいたこと。それって、とっくに誰かが気づいててもよかったはずなんですけどね。とくにソフィアあたりは。
でも、こんな感じにしてみました。パドマがレイブンクロー、そのことを強調してみたいがため、です。
そんなこんなで、この先もおつきあいくださいませ。