ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第54話 「ホグズミードの出来事」

 アルテシアは、なぜ自分が医務室にいるのか、わからなかった。いま自分が寝ているベッドが医務室のものであることにも、すぐには気づかなかったくらいだ。

 

「今回は、いったいどういうわけなのですか」

 

 ふいに、声がした。もちろん、アルテシアにも聞き覚えのある声。その声のほうへと目を向けると、そこには声の主だけではなく、数人の姿があった。

 

「あの、わたしはなぜ、ここで寝ているのでしょうか」

「それを聞いたのは、わたしのほうなのですけどね」

 

 マクゴナガルだった。ほかには、マダム・ポンフリーとルーピン、それにスネイプの姿がある。生徒は、誰もいなかった。

 

「まあ、よろしい。あなたにしても、なにがなんだか、わかってはいないのでしょうから」

 

 ここでアルテシアが身体を起こそうとしたが、それをマダム・ポンフリーが制止する。まだ寝ていなさいということだ。マダム・ポンフリーが、アルテシアの顔の上に自分の顔をニュッと突き出す。

 

「とりあえず、朝まではそのまま寝ていてもらいます。そのあとどうするかは、そのとき決めましょう。あなたは、競技場で気を失って医務室へ来たのよ。少しは覚えてるのかしら?」

「競技場で? ええと、そうか、試合のとき…… わたし、ロンと話をしていて……」

「そのへんのことは、すべて聞いています。状況からみて、ニセの吸魂鬼に驚いたとしか思えません」

「ニセの吸魂鬼? あれは、ニセモノだったんですか」

 

 あのときアルテシアは、たしかに吸魂鬼を見た。その覚えはある。だがその後、どうしたのか。なにか白いものを見た気もするが、アルテシアの記憶はそのときから医務室のベッドで目覚めたときへと直結していて、その間のことはなにも覚えていなかった。

 

「ミス・クリミアーナ。ニセの吸魂鬼のことは、詫びねばならん。あれは、数人のスリザリン生による仮装だ。とにかく、おまえが無事でよかった」

 

 スネイプだ。いつもの無表情ではあるものの、心配して来てくれたのだろう。そのことに起き上がろうとしたアルテシアだったが、今度はマクゴナガルによって止められる。

 

「寝ているように言われたでしょう。ここにいる方々は、どなたもあなたのことはよくご存じです。なにも気にしなくてよろしい」

「で、ですけど」

「寝ていろ。身体を起こしたところで体調が悪化するとは思わんが、ここは医務室だ。マダム・ポンフリーの判断に従わねばならん」

 

 実際のところ、起き上がるには手を貸してもらう必要があった。そうでなければ、とっくに自分で身体を起こしていただろう。こうなっては、おとなしく寝ているしかない。身体を起こすのはあきらめたアルテシアだったが、なんとなくおかしな雰囲気を感じていた。

 

「あの、なにかあったのでしょうか、わたしが寝ているうちに」

「そうではない。たしかに騒動はあったが、おまえには関係ないだろう。われわれがここにいるのは、たまたまだ。3日も寝込んだおまえのようすを見にきて、偶然にも一緒になっただけなのだ」

「そうですか。わたし、3日も寝ていたんですね」

 

 それでは、ずいぶんと心配をかけたのに違いない。もちろん、先生たちだけでなく、友人たちにも。そんな思いが顔に出ていたのかどうか。マダム・ポンフリーが、アルテシアのひたいへと手を伸ばしてくる。

 

「熱はないわね。脈も正常だし、気分はどう?」

「ええと、頭がぼんやりしてる感じはしますけど、きっと寝過ぎたせいです。心配ないです」

「そうですか、頭がね。わかりました。では皆さん、夜も遅くなりますし、おっしゃりたいことがあればひと言ずつどうぞ。アルテシアさんは、もう少し寝かせた方がいいと思いますのでね」

 

 だが、誰も何も言わない。じっとアルテシアを見つめているだけ。そのことに不安を覚えたのか、アルテシアはなんとも悲しげな顔をしてみせた。

 

「あの、マクゴナガル先生、スネイプ先生、ルーピン先生……」

「アルテシア。あなたのそんな顔を見たのは初めてですが、不安に思うことはありませんよ。このわたしが、必ずなんとかします」

「先生」

 

 このとき、アルテシアはどんな顔をしていたのか。マクゴナガルにそう言われ、わずかに笑みが戻ったものの、いつもの表情ではないのは誰の目にもあきらか。

 

「アルテシア。キミが、魔法を使うことで影響を受けてしまうことは聞いたよ。でも今回、キミは魔法を使っていない。吸魂鬼の影響だと考えるのが妥当だろうね。元気になったら、キミも守護霊の呪文を覚えるといい。ハリーは、見事に成功させたじゃないか。ニセモノの吸魂鬼を追い払ったよ」

「はい。わたしが自由に魔法を使えるようになったら、ぜひ」

 

 続いて、スネイプが何を言うのか。みんなの目が集まったが、スネイプはほとんど表情を変えない。いつもどおりの顔と、いつもどおりの口調。

 

「ミス・クリミアーナ。この際だ、寮には戻らずゆっくりと養生するがいい」

 

 教師たちが医務室を出て行くと、アルテシアとマダム・ポンフリーだけとなる。たまたまだが、他に入院している生徒はいなかった。

 

「さてと、アルテシアさん。眠いですか?」

「え?」

「申し訳ないんだけど、あとちょっとだけ起きててちょうだいね」

 

 アルテシアを寝させるということでマクゴナガルたちを退室させたはずなのに、どういうことなのか。マダム・ポンフリーは、ベッドの脇にあるいすに腰を下ろす。

 

「実は、あなたに謝らなければならないことがあるの。ごめんなさいね、申し訳なかったと思ってるわ」

「どういうことですか」

「朝が来れば4日めになるんだけど、こんなに長くなったのは、わたしがムリヤリに寝かせたからなのよ」

「えっ、ムリヤリに、ですか」

「実は、そうなの。ほんとうにごめんなさい。あなたに相談してからにするべきだったのだけど、気を失ったと聞いて、無断でやらせてもらいました」

 

 聞き間違いでなければ、アルテシアは3日間、薬で眠らされたらしい。無断でのそんな行為は、とても許せるようなものではない。だがアルテシアは、体調の影響があるのかもしれないが、さほど怒りの色を見せなかった。

 

「どういうことですか? なぜ、そんなことを」

「あなたを、もっとよく調べるためよ。寝かせておけば、面会者を遠ざけることができます。それにいまなら、他の先生がたにも気づかれないと思ったのよ。そうしておいてじっくりと診察させてもらいました。でも、どこにも異常はみつからなかった。身体のどこにも異常はありません。あなたがこうして寝込んだりするのは、別に原因があるようですね」

「それを調べるために、薬を?」

「ええ、そうよ。聞けば、あなたのお母さんは病気で亡くなられたそうね。あなたも同じことになりはしないかと、気になったのですよ」

 

 アルテシアの母マーニャが亡くなったのは、アルテシアが5歳のときだ。病気によるもので、もちろん治療法を探し続けたが、その甲斐なく終わっている。

 

「たしかに母は、なおらない病気で亡くなりました。でもそれと同じことがわたしにも起こると」

「かもしれない、と考えました。だって、こんなに何度も意識を失うなんておかしいでしょ。だから、よく調べたかった。わたしの目の前ではそんなこと、絶対に許さない。そう思ったの。ごめんなさいね」

「いえ、もうそのことはいいです。心配していただいて、ありがとうございます」

 

 まだ言いたいことはありそうだが、マダム・ポンフリーは、じっとアルテシアを見つめる。その手をアルテシアの頭に置き、ゆっくりとなでる。

 

「安心しなさい、あなたは健康よ。14歳になればってミネルバは言うけど、そんなのおかしいわ。気を失う理由が、なにかあるはずよ。わたしが必ずみつけます」

「ありがとうございます」

 

 まだ頭をなでながら、マダム・ポンフリーは、なおもアルテシアを見つめる。さすがにアルテシアも気恥ずかしさを感じたのだろう。すっと目を伏せた。

 

「アルテシアさん、もう数日、ここにいてもらいますよ」

「えっ、でも健康だって」

「そうですけど、頭が痛いのでしょ。それがおさまるまではここにいなさい。学校はいま、シリウス・ブラックのことで落ち着かない状況になってますから、そのほうがいいでしょう」

「なにかあったんですね。そういえばスネイプ先生が」

 

 うっかり聞き流してしまっていたが、スネイプが、なにか騒動があったと言っていた。マダム・ポンフリーによれば、それはまたもやシリウス・ブラックが学校に侵入したこと、であるらしい。またもグリフィンドールの寮に入り込み、ロンのベッドのカーテンを切り裂いたというのだ。つまり、ナイフを持っていたということになる。しかもブラックは、カドガン卿の肖像画に合い言葉を答えるなどして、堂々と入り込んだらしい。

 

「そんなわけで、少し危険でもありますからね。もっとも、まだ校内にいるはずはありませんけど」

 

 

  ※

 

 

 シリウス・ブラックを通した一件もあり、グリフィンドール塔の門番には、太った婦人が復帰することになった。ブラックに切り裂かれた部分は、見事な技術で修復されていた。そのことはいいのだが、シリウス・ブラックの再度の校内侵入が、ハリーにあらたな悩みをもたらすことになる。つまりは、ウィーズリー家の双子にもらった「忍びの地図」のことだ。

 ハリーは、「忍びの地図」によってホグズミードにある菓子店ハニーディークスの地下室へと続く抜け道の存在を知り、こっそりとホグズミードに出かけていったことがあるのだ。はたして、この抜け道の存在を学校側に伝えるべきなのかどうか。

 ロンは、そんな必要はないと主張。ハニーディークスにブラックが侵入しホグワーツへと来ているのなら、ホグズミードでも騒ぎになっているはずだというのがその根拠だ。いまのところハリーもこの意見に賛同し、学校側に抜け道のことは報告しないことにしている。だが、許可なくホグズミードに行ってもいいかとなると、話は別だった。

 

「なあ、ハリー。さすがにもうホグズミードには行かないほうがいいんじゃないかな」

「そうだけど、叫びの屋敷とか、まだ見てないところがあるんだ。見ておきたいんだけどな」

 

 そんなことを話しながら、2人は久しぶりにハグリッドの小屋を訪れた。だが、そこでしばらくハグリッドと過ごし、ブラックのことがあるので玄関ホールまで送ってもらったあとでは、話題はすっかり変わっていた。

 

「ボク、さすがにショックだったよ。ハーマイオニーは、あんなに毎日忙しそうにしてるのに、ちゃんとバックピークのことも調べてたなんて」

「ぼくもだ。『危険生物処理委員会』の裁判のことなんて、すっかり忘れてた」

「アルテシアもそうだけど、ハーマイオニーとも仲直りするべきだよな。そう思うよな」

「へえ、ロン。スキャバーズのこと、許す気になったのかい」

 

 そうではないとばかりに、ロンは首を横に振る。だがもう。この件を持ち出すようなことはしないつもりだという。

 

「それでいいのか」

「ああ。百万分の一の確率でなら、あの怪物猫が食べたんじゃないかもしれないだろ。だったら、責めるのはやめたほうがいいって、アルテシアに言われた。あいつの言うとおりだ」

「アルテシア、か。あいつ、まだ医務室だよな。大丈夫なのかな」

「そういや、長すぎるよな。お見舞いに行って仲直りしてもいいと思うかい?」

 

 もちろん反対する理由はない。だがハリーは、先にロンをハーマイオニーのところへ行かせるべきだと考えた。そのほうがいい。

 

「そして、バックピークの裁判のことを話し合おう。ぼくたちにも、なにか手伝えることがあるかもしれない」

「わかった。友だちなくすのはイヤだからな」

「なんだい、それ」

「アルテシアが行ってた。本当に怖いのは、友だちをなくすことなんだって」

 

 それは、ハリーも聞いたことがあった。それについさっき、ハグリッドも言っていたのだ。オレなら箒やネズミより友だちの方を大切にする、と。

 ハーマイオニーを探して談話室へと戻ってくると、タイミングがいいのか悪いのか、次の週末にホグズミードへ行けることが掲示されていた。その掲示板を前にして、ロンとハリーは顔を見合わせる。

 

「どうする?」

 

 ホグズミードに行くかどうか。その意味だったが、背後からハーマイオニーの声がした。2人は、あわてて振り返る。

 

「ハリー、シリウス・ブラックがあんなことをしたばかりなのよ。なのにもしあなたがホグズミードに行ったりしたら、わたし、今度こそマクゴナガル先生に秘密の通路のことをお話しするわ。もちろん、地図のこともよ。だって、ブラックはあの抜け道からホグワーツに入ってきてるかも知れない。先生方にお知らせするべきだわ」

 

 そこにクルックシャンクスもいたからか、ハーマイオニーはそれだけ言うと、急ぎ足で女子寮へと去っていく。まさか、女子寮にまで追いかけて行くわけにもいかず、ハリーたちはそれを見送るしかない。

 

「言ってくれるよな。けど、その可能性はあるかもしれないな。どうするんだい?」

「ぼく『透明マント』を着ていくことにするよ。そうすれば、見つからない。ハーマイオニーにもね」

 

 ダメだとは思いつつも、ホグズミード行きの魅力には勝てなかった。それにこの状況では、ハーマイオニーと和解するなんてことはムリなのだ。様子を見るしかない。

 問題のホグズミード行きの当日、ハリーはみんなが玄関ホールから出て行くところを見送る。いちおう、学校内へと戻っていくところをハーマイオニーに見せるようにもしておいた。そうしておいて抜け道のある4階の隻眼の魔女の像のところへ行き、忍びの地図を開く。この地図は学校内の見取り図のようなものだが、いま誰がどこにいるのか、その名前をリアルタイムに表示することで教えてくれるのだ。

 ホグズミードは、楽しかった。まさに、透明マントが大活躍。ポケットの中は、買ったものですぐにいっぱいになった。やがて2人は三本の箒の前を通り、坂道を登って呪われた館「叫びの屋敷」を見にいく。村はずれの小高いところにあるそれは、窓に板が打ちつけられ、庭は草ボウボウで湿っぽく、なんとなく気味が悪かった。ここには誰もいなかったので、ハリーが透明マントを脱ごうとしたとき、声が聞こえてきた。

 

「マルフォイの声だ。隠れたほうがいい」

 

 あわてて垣根の脇に身を隠す。だが隠れる必要があるのはロンだけだ。ハリーは透明マントを着ているので、隠れなくても問題はない。マルフォイの声が近づいてくる。ロンは、そっと顔をのぞかせて様子をうかがう。

 

「『危険生物処理委員会』の審査がどれくらいかかるのかは知らないが、父上からのふくろう便は、夕方になるだろうよ」

 

 ハリーとロンがいつも一緒なのと同じで、ドラコの後ろには、クラップとゴイルがいる。その2人に話しかけているようだ。

 

「父上に頼んではみたけど、どうなるか。アルテシアは、まだ医務室にいるんだ。体調が悪いときに悪い知らせがこないといいんだけど」

「おい、アルテシアがなんだっていうんだ」

 

 アルテシアの名前が出たからか、隠れていればいいものを、わざわざロンはドラコのまえに飛び出していた。

 

「おい、なんとか言えよ。アルテシアに悪い知らせってどういうことだ」

「ウィーズリー、どうせ盗み聞きするなら、ちゃんと聞いたらどうだ。ぼくは、そんなこと言ってないぞ。それよりおまえ、あのハグリッドが今ごろどこでなにしてるか、知っているのか」

「な、なんだってんだ」

「はたして、危険生物処理委員会でうすのろハグリッドにどんな証言ができたやら。その結果が、もうすぐわかるんだ。あいつが泣くことに うわっ!」

 

 どこから飛んできたのか、そのとき泥のかたまりがマルフォイの頭に命中。泥だらけとなったマルフォイが、さらに大声をあげた。

 

「そうか、そういうことか。足が見えたぞポッター。どうせおまえだろう。隠れてもムダだ」

 

 おそらく、泥を投げるときにマントがずれたのだろう。マントに隠れたままで泥を投げるのは、さすがにムリがあったようだ。クラップとゴイルが周囲を見まわしているが、素早く透明マントを着直したハリーを見つけるのはムリだろう。泥を落とそうとしながら、ドラコが叫ぶ。

 

「ゴイル、探さなくていい。すぐに学校に帰るんだ。ポッターがなぜかホグズミードにいたと、スネイプ先生に報告すればいい。それでヤツはおしまいだ。さあ、いくぞ」

 

 まだ泥はキレイになってはいなかったが、くるりと背をむけると、丘を駆け下りていく。クラップとゴイルもそのあとに続く。

 

「ハリー、どこだ。キミもすぐに学校へ戻れ。こうなったら、マルフォイより早く戻って、ずっと学校にいたといいはるしかないぞ」

「わかった」

 

 声がしただけ。誰にも見つかるわけにはいかないハリーは、透明マントを脱ぐことができないのだ。ロンも、走り出す。さて、学校へつくのは、誰が一番早いのか。ともあれハリーは、ハニーデュークスの店に行き、地下室への階段を下り、そこから秘密の抜け道へと入っていくしかない。普通にホグズミードへと行ったことがないのでどちらが近いのかわからなかったが、自分の方が回り道をしているのは確かだろう。ハリーにとっては、圧倒的に不利な競争なのであった。

 

 

  ※

 

 

 リーマス・ルーピンは、セブルス・スネイプの呼び出しを受け、指定された空き教室へと急いでいるところだった。ハリー・ポッターに関し、相談したいことがあるので来るようにと言われているのだ。

 その空き教室に着いてみると、ハリーとスネイプとが向かい合わせで座っており、その間にある机の上には、いくつかの紙袋と羊皮紙が並べられている。おそらくはハリーの持ち物なのだろう。

 

「なにがあったんだい、セブルス。ハリーがどうかしたのかな」

「なんとも、奇妙な話なのだよ、リーマス。ポッターはホグズミード行きが許されていない。だがなんと、本日、『叫びの屋敷』の近くでポッターを見たという証言があるのだ。ゆえにその真偽を確かめねばならん。こうしてご本人に話を聞いていたところだ」

「なるほど。それでハリー、キミはホグズミードに行ったのかい?」

 

 ルーピンも、手近にあるいすを引き寄せ、腰を下ろす。その目は、ハリーに向けられている。

 

「あの、ぼく、ずっと学校にいました。グリフィンドール塔にいました」

「だが困ったことに、証人はいないそうなのだよ、リーマス」

「なるほど。それで、これはなんだい?」

 

 ルーピンで手にとってみると、その古い羊皮紙には、ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングズという名前とおぼしき言葉が、淡い光を放つ文字で書かれていた。

 

「なんだと思うかね、リーマス。吾輩が調べようとしたところ、人を侮るようなセリフとともに、その文字が現れた。まさに、闇の魔術が詰めこまれた羊皮紙だと思うが」

「いやいや、これはただのいたずらだろう。ぼくはそう思うんだけどね」

「いや、そうではあるまい。なにか、秘密が隠されていることは間違いない。ポッターがどうやってホグズミード村へと行ったのか、そのことの関連性も含め、解明せねばならんと考える」

 

 ホグズミードへ行くときは、学校の出口で管理人のフィルチからチェックを受ける。当然ハリーは、そんなチェックはされていない。なので、ホグズミード村へどうやって行ったのか、その経路が問題となるのは当然だ。

 

「そうだね、セブルス。けど、どうするつもりなんだい。とにかくこの羊皮紙は、いたずらだということでいいと思うよ」

「そうかね、リーマス。まあいい、キミがいま目の前でこれを見てもなおそう言うのであれば、意見を聞く者をもう1人増やそう。最終的な結論はそれからだ」

「誰に、だい」

「アルテシア・クリミアーナ嬢だ。いまは医務室にいるだろう」

 

 え! それにはハリーも驚くしかなかった。口を挟むことなどできはしないが、なぜアルテシア? それがハリーの、偽らざる気持ちだった。

 

「セブルス、アルテシアは療養が必要だということで医務室にいるんだよ。それでも行くのかい? なぜ、アルテシアなんだい?」

「吾輩はあの娘から相談を受けたことがある。闇の魔術とはどういうものか、それを知りたいというのだ」

「それは、また。どうしてそんなことを」

「ご存じないようだが、あの娘は、ご友人たちから闇の魔術に関与しているのではないかと疑われているのだよ。それで、闇の魔術とは何なのかと、質問してきたのだ」

「キミに、かい。まさか、そんなことがね」

 

 もちろんルーピンは、そんなことがあったなんて知らない。だがなぜ、スネイプに相談したのか。ハリーもそうだが、このことが気になるのは確かだ。

 

「闇の魔術がどのようなものかを知らねば、反論も難しい。あれは、そういうことだったと理解している。ダンブルドアかマクゴナガルに聞くようにと言っておいたがね」

「じゃあキミは、なにも説明しなかったのか」

「吾輩に、なにが言えるというのだ、リーマス。だがあの娘であれば、独自に闇の魔術に関して調べ、知識を集めたであろうことは疑いない。あの娘が、これを見て何を思うのか、何を言うのか聞いてみたいのだ」

「確かに、とてもかしこい子だからね。でもセブルス、だからってこれを医務室に持ち込むのはどうなのかな。なんども言うけど、療養中なんだよ」

 

 アルテシアが医務室に入ってから、もう半月ほどになる。理由は、頭痛がとれないため。頭痛がするうちは退院させられない、療養が必要だというマダム・ポンフリーの判断により、長期化しているのだ。ちなみに、面会は禁止されていない。

 

「ともあれ、あの娘に見せよう。話はそれからだ」

「いいだろう、キミがそれで納得するのなら、それでもいいよ。で、ハリーはどうするんだい、連れて行くのか」

「いや、それはやめておこう。大勢で行くような場所ではない」

 

 スネイプが、改めてハリーの顔をみる。その目がギラリと光った。

 

「ポッター、聞いての通りだ。これが何であるかが判明し、おまえがこっそりホグズミードへ行っていたことが明らかとなれば、吾輩がせずともマクゴナガル先生が処罰してくださるだろう。ゆえにもう、この件で吾輩は、おまえと話すことはしない。だが最後にひとつ言っておこう」

「は、はい」

 

 さすがにスネイプの目を見る勇気はなかったが、そう返事をせずにはいられなかった。

 

「おまえがどう思っているのかは知らんが、魔法省大臣をはじめとして、有名なるハリー・ポッターをシリウス・ブラックから守ろうと、多くの人が力を尽くしてきた。だがおまえは、そんなことなどどうでもいいと考えているようだな。なるほど、おまえの父親にもそういう傲慢なところがあった」

「おい、セブルス。何を言ってるんだ」

「言ってやらねば、こいつはわからんのだ。なんなら、リーマス。父親がどういう男だったのか、キミが説明してやるといい。吾輩が言っても、どうせこやつは信用などすまい」

 

 信用するかどうかはさておき、ルーピンは、スネイプを押しとどめ、ハリーに話しかけた。

 

「ハリー、たしかにきみのお父さんには、スネイプ先生が言うように傲慢なところはあったかもしれない。規則を破ったり、いたずらもよくやったからね。でも、友だちには信頼されていた。スネイプ先生はお山の大将とでも言うかもしれないが、頼ってくる者もいたよ。なぜだかわかるかい。信頼には、信頼で応えてくれたからだよ。誰のことも、決して裏切るようなことはしなかった」

「リーマス、そんな話をしろとはひと言も言っていない。あやつがいかに傲慢であったか、いかに威張りくさっていたか、取り巻きを引き連れ、どれだけの規則をやぶり、思い上がっていたか。それを説明してほしかったのだが」

「ああ、すまない。だけどぼくには、そんなことは話せないよ」

「そうかね。まあよい、ともあれ医務室へ行こうか」

 

 ルーピンの言葉が、どれほどハリーの心に響いたのか。もちろん本人にしかわからないことだが、ハリーは顔をあげることができないでいた。ルーピンたちが立ち上がり、教室を出ていく音がした。それを聞いて、ようやくハリーは顔を上げる。スネイプとルーピンは医務室に行ったのだ。そこには、アルテシアがいる。アルテシア……

 ハリーは、必死に考えた。

 


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