ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

48 / 122
第48話 「守護霊の呪文」

 ハリー・ポッターは、医務室にいた。クィディッチの試合で気を失い、気づいたときにはここにいたのだ。しかもマダム・ポンフリーから週明けの月曜日までおとなしく寝ているようにと言われ、せっかくの週末をベッドの上で過ごすことになってしまったのだ。

 見舞いに来てくれた友人たちから聞かされたところでは、ハリーは試合中、20メートル以上もの高さから落下したらしい。なのでマダム・ポンフリーの言うのももっともなのだが、普段のハリーであれば、そんなことを黙って受け入れたりはしないだろう。なにしろハリーは、どこにもケガなどしていなかったのだ。

 ハリーが気絶している間にマダム・ポンフリーが直してしまった、ということではない。医務室に来るまえから、ハリーは無傷だった。20メートル以上もの高さから落下したというのに、なぜケガをしていないのか。不思議ではあったが、事実、ケガをしていないだから文句をつけても始まらない。これは、喜ぶべきことなのだ。

 スニッチを見つけて追いかけ始めた、あのとき。稲光に照らされて、見えたもの。それをハリーは、覚えていた。ほうきから落ちたのは、そのとき気を失ったからだろう。おかげで試合は負けてしまったらしい。

 ハリーがマダム・ポンフリーの言うことを受け入れ、寝ていることにしたのは、そのことも含めゆっくりと考えてみたくなったからだ。だが、昨日はそんなことをするヒマはなかった。ハリーが目覚めたことが知れると、見舞い客が、次々とやってきたのだ。誰もがハリーを励まそうとしてくれた。だがそれは、かえってハリーの気持ちを沈ませていくことになった。そのことに気づいたのは、親友のロンとハーマイオニーぐらいではなかったか。

 その見舞客も、翌日の日曜日になるとぐっと少なくなった。おかげでハリーには、物思いにふける時間ができた。

 そのときハリーは、吸魂鬼を見た。見舞いにきた友だちの誰もが、吸魂鬼は恐ろしいと口を揃えて言う。だがそれが、ハリーの気持ちを少なからず傷つけることになろうとは思っていないだろう。友人たちの誰もが、吸魂鬼のために意識をなくしたりはしていない。なぜ、自分だけが。しかもハリーの場合、声まで聞こえるのだ。あの声、あの叫び声。その内容。そうだ、あれは。

 ひとり静かにそのときのことを考えていたハリーは、ついに気づいた。あれは、女の人の声。母親の声だ。ヴォルデモート卿に襲われたとき、なんとかハリーを護ろうとした母の声だ。それに、あの笑い声は……。

 

「誰だ」

 

 ふいに、人の気配。それに気づいたハリーが顔をむけると、そこには女生徒が1人。

 

「キミは、たしか」

「ソフィア・ルミアーナです。ご気分はいかがですか、ハリー・ポッター」

 

 それは、ソフィアだった。ソフィアが見舞いに来るなど、ハリーには意外であったろう。

 

「思ったより元気そうですね。なんだか、ほっとしました」

「まさか、キミが来てくれるとはね。アルテシアはどうしてるんだい」

「一緒に来たほうがよかったですか?」

 

 他には、見舞客は誰もいない。そこにはソフィアとハリーの2人だけだ。

 

「いや、それはいいんだけど、ずっとキミに聞きたいことがあったんだ。いま聞いてもいいかい?」

「それがなにかは知りませんけど、答えませんよ。それでもよければどうぞ」

「答えないのは、ボクがハリー・ポッターだからかい。キミは、ぼくと最初にあったころにそんなことを言ってた」

「覚えてませんね、そんなこと。それより、お伝えしたいことがあります。そのために来たんです」

 

 つまり、純粋にお見舞いということではなかったということか。なんとなくだが、ハリーはがっかりしたような気持ちになった。

 

「試合の結果やその後のことは、お友だちからお聞きだと思います。ですが、あのとき競技場に入ってきた吸魂鬼のことはどうですか。あのあと、吸魂鬼がどうなったか、ご存じですか」

「ああ、知ってるよ。ダンブルドアがすごく怒ったらしいね。すぐに競技場から追い出したって聞いてるけど」

「そうですが、重要なのは、どうやって追い出したか、という点です。わたしは、どうせお仲間から話を聞くはずですよって、そう言ったんですけどね」

「どういうことだい?」

 

 ハリーのベッドの横には、丸椅子が3つほど置いてあったが、ソフィアはそれに座ろうとはしなかった。ハリーも、そのことに気づいていないのか、椅子をすすめたりはしなかった。

 

「でも、話として聞くだけよりも、実際に見たほうが何倍もいいはずだって。それもそうですよね、なんでしたっけ、そんなことわざがありましたよね」

「ああ、うん。あるだろうね。けど、どういうことなんだい?」

「あのとき、校長先生は魔法を使って、吸魂鬼を追い払ったんです。その話は、お聞きではない?」

「吸魂鬼のことは、そんなに詳しくは聞いてないんだ。きっとみんな、ぼくに気を遣ってくれたんだと思うよ。ぼくは、吸魂鬼を見ただけで気を失ってしまうからね」

 

 自嘲気味のその言葉を、ソフィアはあっさりと聞き流した。そして、話を進める。

 

「そういうことなら、わたしが来ただけのことはあったということですね。あのとき校長は、こんな魔法を使ったんです」

 

 1歩分だけ後ろに下がったソフィアが、杖を取り出して横をむき、壁に対して構える。ハリーは、ちょうど真横からそれを見ることになる。

 

「エクスペクト・パトローナム(Expecto patronum:守護霊よ来たれ)」

 

 呪文とともに、ソフィアの杖からなにか霧状のものが飛び出した。わずかに灰色がかったようなそれは、渦を巻くようにして1つにまとまろうとしたようだが、失敗したらしい。あっという間に拡散し、なくなってしまう。

 

「あぁ、失敗した。ほんとはあれが、鳥になるはずだったんです」

「鳥に? キミ、いま何をしたんだい」

「わたしじゃなく、ダンブルドア校長が、この魔法を使ったんです。あれが鳥になったと思ってください。その鳥が吸魂鬼にむかっていき、吸魂鬼は、その鳥を見て逃げ出した。つまり、そういうことですね」

「そういうことって、じゃあその魔法が使えれば」

 

 ハリーが、何を期待したのか。だがそのことを言う前に、ソフィアがもう一度、その魔法をやってみせた。だが、2度めも失敗する。

 

「やっぱり、わたしじゃダメですね。でも、あのときなにがあったかは、わかりましたよね?」

「あ、ああ。よくわかったよ」

「では、わたしの役目は終わりということで。お休み中のところ、失礼しました」

 

 そして帰ろうとしたが、ハリーはすぐに呼び止めた。

 

「待って、いまの魔法のことだけど」

「説明が必要ですか?」

「なにか知ってることがあるんなら、教えてくれないか。キミはどうやってそれを」

「わたしのは、単にマネをしただけです。ホンモノじゃありません」

「え?」

「あれは『守護霊の呪文』というそうです。あとは自分で調べてください。図書館に行くなどすればわかるでしょう」

 

 そして、またもや帰ろうとするが、今度もハリーはソフィアを呼び止めた。

 

「待ってくれ。マネってどういうことだい。ホンモノじゃないって」

「言葉どおりの意味ですよ。あなたに見せるためにそれらしく装っただけで、本当に『守護霊の呪文』を使ったわけじゃありません。そもそも、わたしには使えません。そうするようにと言われたから、そうしただけのことです。もういいですか?」

「待って。それって、アルテシアだろ。アルテシアにそう言われたのか。アルテシアに、ここに来るように言われたんだな。アルテシアはいま、なにしてるんだ。なぜ、ここに来ない?」

 

 それまでは、まがりなりにも微笑んでいたその顔が、急に真顔となった。その目が、ハーマイオニーの機嫌が悪いときそっくりになったとハリーは思った。

 

「なぜ、ここに来ないのかって。そんなこと、よく言えますね。少し考えればおわかりになるはずです。いま、マクゴナガル先生のところです」

「ええと、キミ。ソフィアだったよね。どうしたんだい? なにを怒ってるんだ」

「聞かれたので言いますが、あなたが、いいえ、あなたたちが嫌っているからです。アルテシアさまのこと、嫌ってますよね。そんなことしないほうがいいです。嫌われてしまうまえに、やめるべきだと思います」

「あ、待てよ。それって、どういうことだ」

「お話できることは、すべて話しました。つまり、そういうことです。あなたがやるべきなのは、わたしを呼び止めることじゃありません。すぐにも仲直りすることだと思いますよ」

 

 今度こそ、ソフィアは部屋を出て行った。そしてハリー・ポッターには、新たな課題が残される。仲直りの必要性は、もちろん感じていた。だがハリーには、決してアルテシアを嫌っているつもりなどなかった。だがそう思われているのだとするなら、このままでいいはずがない。

 ちなみに『守護霊の呪文』とは、守護霊を創り出す魔法のことである。守護霊は銀色か白の半透明で、吸魂鬼を追い払うことができる。その魔法を使った人によって形状は変化するが、通常は動物の姿となるようだ。初心者には難しい魔法であり、習得にはかなりの熟練を要する。

 

 

  ※

 

 

「失礼じゃが、この家の人かね?」

「ええ、そうですけど。あなたは? なにかご用ですか」

 

 ホグズミード村のはずれ、青い屋根の家のまえにダンブルドアが立っていた。ちょうど、ドアを開けて出てきた女性に声をかけたところである。

 青い屋根の家は、ここに来るまでにも数軒みかけたが、マダム・パディフットの店の近くであるという条件からすれば、ダンブルドアのめざす家はこの家、ということになる。

 

「人を訪ねてきたのじゃよ。この家に、50歳くらいの女性がいると思うのじゃが」

「おや、そうですか。ですが、あいにく。この家はあたしと主人との2人暮らし。さすがにあたしは、50歳にはみえないでしょ。なにかの間違いだと思いますけどね」

「ふむ。それはおかしいのう。この家じゃと聞いてきたのじゃが。会いたくなったらここへ来い、と」

 

 その女性は、せいぜい30歳くらいだろう。とても50歳にはみえない。ダンブルドアが家の中をのぞき込もうとするのをいぶかしげにみていたが、ふいにポンと両手を打った。

 

「おじいさん、ひょっとしてホグワーツの人ですか」

「いかにも。アルバス・ダンブルドアというものじゃよ。で、ホグワーツの者だとなれば、なんじゃというのかね」

「いえね、まさかおじいさんが来るなんて思ってませんでしたよ。だって、若いお嬢さんだって聞いてましたからね」

「ほう。それはつまり、どういうことかね」

 

 ようやくダンブルドアは家の中をのぞき込むのをやめ、その女性をまっすぐに見る。女性の方は、少し目線をそらしていた。まっすぐに目を見ながら話すのにはなれていないのかもしれない。

 

「預かったものがあるんですよ。取りに来たら渡してくれるようにって。そのときには、10代の若い女の子だって聞いてましたからね。それがなんで、おじいさんになるんですか?」

「さあて、それはわしにはわからんのう」

 

 つまりアルテシアが来ることを想定していた、ということだろう。だがアルテシアには、ホグズミード行きの許可は出ていない。いまのところ、アルテシアにその許可を与えることができるのはダンブルドアだけだ。

 

「とにかく、その預かったものとやらを見せてはくれんかね。話はそれからじゃ」

「いいですけど、とても大事なものだって聞いてますからね。間違った人に渡すわけにはいきませんよ。おじいさんじゃないような気がする」

「いやいや、なにも問題はないと思いますぞ。なにしろわしは、ホグワーツの校長じゃ。ホグワーツから取りに来るということだったのであれば、わしが受け取ってもいいのではないかね」

「理屈じゃそうかもしれませんけど、あたしは、女の子だって聞いてるんですよ。おじいさんじゃなくってね」

 

 ダンブルドアの名を聞き、校長であることを聞いても、その女性に特に変化はない。つまりは、ダンブルドアのことを知らないということだろう。ホグズミードにも、ダンブルドアのことを知らない住民はいるらしい。

 

「しかし、渡す相手をどうやって確かめるつもりかね。結局のところ、疑ってばかりで誰にも渡せない、なんてことになるのではないかね」

「やだね、おじいさん。そんなことあるもんかね。きっと女の子は取りに来ますよ。その子にとって大切なもの、かならず必要になるものなんですから」

「わしが言うのは、たとえその女の子が来たにせよ、それが本人だとはわからんのではないか、ということじゃよ。確認する方法はあるのかね」

 

 さすがに、その女性も考え込んだようだ。何も言わずに、家に入る。ついて来いと言われたわけではないが、ダンブルドアもそれに続く。どうやらその女性は、預かったというものを取りに戻ったようだ。その途中で、ダンブルドアに気づき振り向く。

 

「なんで、ついて来てるんです? おもてで待っててくださいな」

「べつにかまわんじゃろ。その預かったものを見せてくれる気になったのではないかね」

「まあ、いいですけど。じゃあ、そこに座って待っててくださいな。家の中をうろうろしないように」

 

 さすがのダンブルドアも、これには従わざるをえない。おとなしく、指示された場所に行く。いわゆる縁側というやつだ。そこから、狭いが庭が臨める。そこで杖を振り、ふかふかのクッションが座面に付いた椅子を出して座った。しばらくして、あの女性が戻ってくる。

 

「おや、おじいさん。その椅子、どうしたんです?」

「いやなに、気にすることはない。これは、わしのお気に入りの椅子でな。ちゃんと持って帰るゆえ、気になさらぬように」

「それも魔法ってやつですか。便利なことで」

 

 その女性は、そのまま縁側に腰かける。これでは椅子に座ったダンブルドアとは目線が違いすぎる。なのでダンブルドアも、椅子はやめて女性の隣へと腰かけた。

 

「いや、あれでは話がしづらいじゃろうと思っての」

「あたしのほうは、かえってそのほうがよかったんですけどね」

「それで、預かったものというのは?」

「これですよ」

 

 女性が手のひらに載せて見せたもの。ダンブルドアが見たもの。それは、直径にして5センチほどの丸い玉。その表面には、まるでしゃぼん玉のように赤や青などのいろいろな光がゆらめいていた。この玉に、ダンブルドアは見覚えがあった。

 

「これは。まさかこれが、そうなのかね?」

「そうですけど、なぜ、驚くんです? 驚くってことは、見覚えがあるとか、そういうことですか」

「いかにも、そうじゃ。じゃが奥さん、奥さんはこれをどうしたのかね?」

「だから、預かったって言ってるじゃないですか」

 

 その玉に、ダンブルドアが手を伸ばす。もっとよく見ようとしたのだろうが、それは女性のほうが拒んでみせた。

 

「おじいさん、言いましたよね。渡す相手をどうやって確かめるのかって」

「さよう、たしかに言いましたな。そんな方法が見つかったのかね」

「ええ。とっても簡単な方法があるんです。それに気がつきましたよ」

「ほう。それはなんじゃね。もちろん、聞かせてくれるのじゃろ」

 

 返事の代わり、なのかどうか。その女性は、手のひらに載せた玉を、改めてダンブルドアの前へ。今度は、ダンブルドアも手を出そうとはしなかった。

 

「もし、おじいさんがこれを受け取るべき人なのだとしたら。それなら、この玉をどうするのか知ってるはずですよね。さあ、おじいさん。この玉をどうします?」

「ふむ。なるほどの。じゃが奥さんも、この玉をどうするのかは知らんのではないかね。であれば、じゃ」

 

 そこでダンブルドアがすばやい動きを見せ、その玉を手に取った。

 

「こうして、ポケットにでも入れて持ち帰る。それが正しいのじゃと言うたなら、否定することなどできまい」

 

 両方の手をポケット入れて、にっこりと微笑む。もちろん玉は、ダンブルドアの手にある。

 

「ちょっと、おじいさん。なにをするんですか。冗談はやめてくださいよ」

「むろん、冗談じゃよ。じゃがこれで、渡すべき相手を確かめることにはならないと、おわかりになったと思うが」

 

 そう言いつつポケットから手を出し、その手のなかにある玉を、女性の手のひらに乗せる。だがその瞬間、その女性は明らかに不機嫌な表情に変わった。

 

「おじいさん、冗談はやめてくださいよ。そう言いましたよね?」

「ふむ、たしかにの」

「もう一度、言いましょうか。冗談はやめてください」

 

 どういうことなのか。ダンブルドアは、その顔に笑みをたたえたまま、ゆっくりと立ち上がった。だが女性のほうは、座ったままだ。その手のひらには、あの玉が乗せられたまま。

 

「いいでしょう。それならば、それで。きっと女の子は困るのでしょうけど、あたしには、どうしてやることもできませんからね。それはそうとおじいさん」

 

 ダンブルドアの表情に、変化はない。だが女性のほうは、不機嫌なようすは薄らいだようだ。

 

「たしか人を訪ねて来たはずでしたね。それは、もういいんですか?」

「おお、そうじゃの。ともあれ、シリウス・ブラックという名を聞いたことはあるかね」

「ありますよ。アズカバンを脱獄した人でしょ。ホグズミードでも、手配書とやらが配られてますけどね」

「三本の箒という店は、ご存じじゃろうな」

「ええ。あんまり行くことはないですけど」

 

 どこか、ぶっきらぼうな話し方となってしまったのは、どういうわけだろう。ダンブルドアも、そのことに対してか、苦笑いを浮かべている。

 

「ふだんは、ホッグズ・ヘッドのほうに行くのかね?」

「そちらも、あんまり。そんなに出歩くほうじゃないんですよ、わたしは」

「あとひとつ。これで最後にするゆえ、答えておくれ。そもそもの話じゃが、誰から預かったのかね。わしは50歳くらいの女性を訪ねてここへ来たのじゃが、その女性が、奥さんに預けたのではないのかね」

「さあ、どうなんでしょう。そんなのはっきりしませんね。その玉は、あたしが小さいころにはありましたから」

 

 結局、ダンブルドアの目当てであった女性とは、会えなかったということになるのか。最後の質問にすると言ったからか、ダンブルドアはそこで帰ることにした。家を出ていくダンブルドアへ、その女性が声をかける。

 

「わたしも、最後に一言。きっとおじいさん、嫌われますよ」

 

 

  ※

 

 

 ホグワーツで、一番楽しく有意義な授業はなにか。人それぞれには違いないが、ハリー・ポッターにとってのそれは『闇の魔術に対する防衛術』だった。もちろん担当教師がルーピン先生であること、という前提があっての話だ。その分、ルーピンを信頼しているということにもなる。となれば、相談する相手はルーピンでなければならない。

 いろいろと考えたうえでのことだが、ハリーはルーピンに相談することにした。吸魂鬼のことをなんとかしたいのだ。なんとかしないと、いつまでもドラコ・マルフォイに吸魂鬼に失神させられたことでからかわれることになる。いや、それくらいならまだいい。次のクィディッチの試合で、またしても気絶してしまったら、グリフィンドールチームに迷惑をかけてしまう。そのほうが、ドラコに笑われることより、よっぽどつらい。

 ルーピンの部屋をノックする。中から声がしたので、ドアを開ける。

 

「あ、アルテシア」

「やあ、ハリー。いま彼女と、ちょっとその、相談があってね。キミは、どうしたんだい?」

 

 そこには、アルテシアもいたのだ。もちろんハリーは、そんなこと思いもしなかったのだろう。とまどったような顔をしている。

 

「それじゃ先生、わたしは失礼します。ハリーは、きっと相談があるんだと思いますよ」

「ああ、うん。それは、そうなんだろうけど」

 

 ハリーだけではない。なぜか、ルーピンも困惑しているようだ。おそらくはハリーの来訪が突然であり、まだアルテシアとの話が終わってはいなかったのだろう。アルテシアは、いつもの笑顔で微笑んでみせた。

 

「ご心配なく。先生が言われたことは理解しました。先生の授業は、いつも楽しいです。じゃあ、これで」

「あ、待ってよアルテシア。キミも、いてくれないか」

 

 呼び止めたのは、ルーピンではない。ハリーだ。

 

「先生、いいですよね。これは、アルテシアにも聞いてほしいことなんです」

「ああ、かまわないよ。キミがいいのならね」

「ありがとうございます。アルテシア、キミもいいよね」

「いいけど、あとでハーマイオニーに怒られるんじゃないの。大丈夫?」

「だ、大丈夫さ」

 

 これは、ハーマイオニーとは関係ない。自分自身のことなんだ。自分で乗り越えなきゃいけなんだ。ハリーは、改めて自分にそう言い聞かせる。そのために必要なことなのだ、と。

 

「アルテシア、ソフィアが見せてくれたんだけど、あれはキミの指示なんだよね。ぼくは、あの魔法を覚えようと思うんだ」

「うん」

「それを、ルーピン先生に教えてもらおうと思ってる。そのお願いにきたんだ。キミは、あの魔法がボクに必要だと思ったんだろ。だから、見せてくれたんだ。そうだよね」

「そうだけど、あれは、わたしにはできないわ。あれは、ホンモノじゃなくてマネしただけ」

「だったら、キミも一緒に覚えればいい。ルーピン先生が教えてくれるよ」

「おいおい、キミたち。なんの話をしてるんだい」

 

 黙って2人の話を聞いていたルーピンだったが、話が自分へとむいてくると、黙っていられなくなったようだ。ハリーが、改めてアルテシアを見た後で、ルーピンに顔をむける。

 

「エクスペクト・パトローナム、守護霊の呪文です。ぼくは、それを覚えたい。アルテシアが見せてくれたんです」

「アルテシアが」

 

 ルーピンの視線がアルテシアへと動くが、アルテシアは首を横へと振っていた。

 

「わたしじゃありません。だってわたし、魔法を禁止されていますから」

「え! 禁止ってどういうことだい? 魔法を禁止って、まさか、スネイプが」

「いいえ、ハリー。スネイプ先生じゃないわ」

 

 では、誰か。アルテシアはその名前を言わなかった。言わない理由を、ルーピンはすぐに察した。そのことをごまかすかのように、話を変える。

 

「ハリー、キミは吸魂鬼のために2度も意識を失った。そのことを気にしているんだろうけど、それは、ほかの誰よりも強くその影響を受けたからだよ。君の過去に、誰も経験したことのない恐怖があるからだ」

「先生、そのとき声が聞こえたんです。ヴォルデモートが、ぼくの母さんを殺したときの声が。これも、そのためですか」

 

 ヴォルデモートの名前をだすと、ほとんどの魔法使いが顔を引きつらせる。ルーピンもまた、その顔をゆがめてみせたが、とくに怖がったりはしていないようだ。

 

「そうだよ、ハリー。いいかい、キミのような目にあえば、どんな人間だって箒から落ちても不思議はないんだ。マルフォイ家の息子がどれだけからかおうと、キミが気にするようなことではないんだ」

「だけど、吸魂鬼をなんとかしないと。やつらがまたクィディッチの試合に現われたら、ぼくはまた、チームに迷惑をかけてしまうことになるんだ」

「そんなことを、気にしていたのかい」

「シリウス・ブラックは、吸魂鬼から逃れてアズカバンを脱獄したんですよね。だったらきっと、吸魂鬼をなんとかする方法はあるんだ。だよな、アルテシア」

 

 そのハリーの言葉は、少しの間、誰も何も言わない無言の時間を作り出した。そしてそれを終わらせたのは、アルテシア。

 

「たしかに、吸魂鬼をなんとかする方法はあるわ。きっとルーピン先生が、教えてくださると思う」

「ぼくは、キミも一緒にって思ってるんだけど」

「それはムリだよ、ハリー。わたしにはできない。それに、このごろ思うんだ。わたしには、何か足りないものがあるんじゃないかって」

「え?」「どういうことだい?」

 

 ハリーとルーピン。どちらも、なにか疑問を持ったらしい。アルテシアは、寂しげに笑った。

 

「魔法を禁止されてるって言ったよね。それはわたしが、大きな魔法を使うたびに体調を悪くして寝込んじゃうからなんだ。そうなる理由も、わかってはいるんだけど」

「けど、そんなの今まで知らなかった」

「うん。でもソフィアは、そんなことないんだよね。もちろん影響はあるみたいだけど、寝込んだりするほどじゃない。わたしみたいにひどくはない。それが疑問だった。わたしが大きな魔法を使いすぎたのはたしかだけど、それでもヘンだなって思ってた。きっとなにか、ほかにも理由があるんだよ」

「待ちなさい、アルテシア。つまり魔法の禁止は、キミの体調のためってことなのか。キミは、魔法を使うたび、身体を悪くしたのかい」

「はい。何度か、マダム・ポンフリーのお世話になっています。たぶん、ハリーよりも多いと思います」

 

 そんなことがあるのだろうか。魔法の使いすぎで体調不良になるなど、ルーピンの常識では考えられない。だがもちろん、ダンブルドアやマクゴナガルはこのことを知っているのだ。だから、魔法を禁止した。これで話の筋は通るのだが、納得できるかというと、そうではない。

 

「アルテシア、どんな魔法を使うと、どうなるのか、それを聞いてもいいかい。まさか、禁じられては、いないよね」

 

 ルーピンの質問に、アルテシアは答えなかった。ただにっこりと笑い、深く静かにお辞儀をしただけ。そして。

 

「これで、失礼します。ルーピン先生、どうかハリーに守護霊の呪文を教えてあげてください。わたしも、14歳になったら教わりにきます。そのときを楽しみにしています。じゃあね、ハリー」

 

 そしてアルテシアが、部屋を出て行く。ルーピンとハリーは、そのあとで、互いに顔を見合わせた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。