ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第47話 「ホグズミードへ」

 ルーピンは、ひとり廊下を歩いていた。その日の授業は終わり、教室から自分の部屋へと戻る途中である。ひどくゆっくりと歩いているのは、考え事をしているからだ。

 さまざまなことが、彼の頭の中をよぎる。その中心にいるのはアルテシアなのだが、はたして彼女は、ホグズミード行きを許可されたのだろうか。いったいホグズミードで誰に会うつもりなのか。

 

(まさか、な)

 

 早朝というにも少し早すぎるような時間。マクゴナガルの執務室の前で待っていた、アルテシア。マクゴナガルによれば、彼女は当初、ホグズミードにさほど関心を持っていなかったらしい。だが昨晩を境として、わざわざマクゴナガルに訴え出るほどに興味を示し始めたのだ。それはなぜか。昨晩、なにが彼女に心変わりをさせたのか。

 

(シリウスが、なにかメッセージを残していたのだろうか)

 

 アルテシアにだけわかるようななにかを残し、それを彼女が見つけた。急にホグズミードに行きたいと言い始めたのは、そのためではないか。あの場に自分がいたのはまったくの偶然だが、アルテシアはひと目につかないようにと、早朝という時間を選んだのではなかったか。

 そんなことを考えつつ、廊下を歩くルーピン。すれちがう生徒は何人もいたが、ほとんど目に入っていない。

 

(とにかく、彼女と話をしなければ)

 

 それにアルテシアには、スネイプが煎じた魔法薬を見られているのだ。薬のことをアルテシアがどう思ったか。不用意に話せばやぶ蛇となる可能性もあるが、さて、どうするのがよいのか。

 この日、グリフィンドールの3年生との授業はなかったので、アルテシアの姿を見てはいない。だが、執務室に呼び出すようなことをしてもいいものだろうか。呼べば、彼女は来てくれるのだろうか。

 なおも、ルーピンは考える。このことは、ダンブルドアに報告しておくべきだろうか。それとも、わざわざ報告せずともダンブルドアであれば、これくらいのことは気づいているとみるべきか。自分が気づくぐらいなのだから、そうであっても不思議はないが、はたしてそれは、真実なのか。

 自分の部屋へと着いたが、そう簡単にはルーピンの頭は晴れそうにはなかった。そして、同じように頭を抱えているのが、マクゴナガルだった。マクゴナガルは、校長室にいた。

 

「ミネルバ、なにも禁止じゃとは言うておらん。権利を取り上げたりはせんよ。シリウス・ブラックの狙いがはっきりするまで待ってくれと、そう言うておるのじゃ」

 

 いくらマクゴナガルがその許可をお願いしても、ダンブルドアは了承しないのである。ならば無視すればいいようなものだが、ホグワーツの副校長という立場があるからなのか、そのことは彼女の選択肢には入っていなかった。

 

「いったいどうしたというのじゃ。これまでは、まがりなりにも納得してくれていたはずであろ」

「アルテシアが、あの子が、ホグズミードに行きたいと言い出したのです。これまでは興味もなさそうでしたが、行きたいというからには行かせてやりたいと思ったのです」

「待ちなさい、急に行きたいと言い出したと。それは、いつのことじゃね?」

「今朝のことです。朝になってから、申し出を受けました」

「ほう、昨日までは興味を示さなかったのに、今朝になって、急に行きたいと言い出した……」

 

 自慢のひげに手をやり、なでながら考える。だがそれも、わずかの間であった。

 

「アルテシア嬢は、その心変わりの理由を話したかね?」

「もちろん、理由は聞きました。会いたい人がホグズミードにいるということでしたが」

「それが誰かは、もちろん聞いたじゃろうな」

「それが誰なのかを知るため、そのために会うのだと。あの子はそう言いました」

「ほほう。ではあなたは、アルテシア嬢が見知らぬ誰かに会うのを許可しろと言うのかね。それがシリウス・ブラックでないとは言えまい」

 

 そのことを、マクゴナガルは考えたのかどうか。わずかに首を傾げてみせたが、それでも彼女の主張は変わらない。

 

「ブラックではないでしょう。その相手には双子のパチル姉妹が、昨日のホグズミード行きで会っているのですが、50歳はすぎたくらいの女性だったそうです。パチル姉妹は、その人の住む家も確かめたとか」

「じゃが、その女性がシリウス・ブラックの知人であればどうなる。いや、まて。なるほど、そういうことも考えられる」

「なんです、校長先生」

「ブラック家を出されたという、クリミアーナからの嫁のことじゃよ。その嫁が、離婚したあとどうしたか知っておるかね?」

「あぁ、いえ。そこまでは」

 

 考えたこともなかった。それが正直なところなのだろう。それはダンブルドアも同じであったようだが、気づいた以上、このことに注目せざるをえない。

 

「その年齢や時期など詳しいことは知らんよ。じゃがその嫁がいま50歳すぎというのはありえることじゃろう。ホグズミードにいるその女性が何者であるのか、先に確かめておくべきではないかの」

「たしかに」

「仮にそうだとすれば、その嫁がシリウス・ブラックと連絡をとりあっていてもおかしくはない。アズカバン脱走に力を貸したかもしれんし、アルテシア嬢に会わせようとしている可能性もある」

「たしかにそうですが、まさかそんなことが」

「ともあれ、アルテシア嬢のホグズミード行きは保留ということでいいかね。この件を確かめてから結論を出すとしよう。あるいは、その人をホグワーツに招待するという方法もあるしの」

 

 賛成も、反対もない。マクゴナガルは、なにも返事をしなかった。ただ、しずかに頭を下げ、校長室を出ようとする。そのマクゴナガルに、ダンブルドアが声をかけた。

 

「アルテシア嬢には、わしが話をしよう。双子の姉妹にも話を聞いたうえでそうするが、それでいいかね?」

 

 返事の代わりだろう。マクゴナガルは、ゆっくりとうなずいてみせた。

 

 

  ※

 

 

 シリウス・ブラックは見つからなかったが、学校内のあちこちでのうわさ話がやむことはなかった。誰もが、ブラックがどうやって校内に入り込んだのか、という点に注目。その方法についてあれこれと話がされているのだが、これがそうだという答えにたどり着いた者は、まだいないようだった。

 ハリー・ポッターは、マクゴナガルからシリウス・ブラックの狙いが自分なのかもしれないと聞かされたものの、それでも夕方になるとクィディッチの練習をするためにグランドに出て行くことをやめなかった。そのことはすでに知っていたし、マクゴナガルが、フーチ先生に付き添いをお願いしてくれたからでもある。とにかく、近づいてきたクィディッチの試合には万全の準備で望み、ぜひとも勝利したかったのだ。そのため、夕刻にはグランドに出て行く。

 ハーマイオニーのほうは、あのホグズミード村で話しかけてきたおばさんのことを気にしていた。あのおばさんが誰でいまどこに住んでいるのか、そのあたりのことを聞いていなかったからだ。いまにして思えば、あのおばさんが『漏れ鍋』で聞いたウィーズリー夫妻の話に出てきた、ブラック家に嫁入りした女性なのではないかと、そんな気になっているのだ。

 たしか名前は、ガラガラさんだった。それが正確な名前ではないらしいが、あのときこの話を持ち出せていたら、もっといろいろ聞けていたのではないかという、後悔に似た思いもある。

 ロンのほうは、そんなハーマイオニーの前で宿題をすることに苦痛を感じていた。自分の考え事に気を取られているからか、いつにも増して、教えようとはしてくれないのだ。ロンには、ハーマイオニーが何か別のことを考えながら宿題をしているであろうことはわかっていた。そんなことができるなんて、驚き以外のなにものでもないが、何を考えているのかはわからない。そのことを聞いてみようと話しかけても、静かにしろとどなられるだけ。まるで自分に居場所がないかのような気分を感じていた。そんなとき目をむけるのは、いつも、アルテシアであった。

 

(あいつと、話ができたらな)

 

 はっきりと声に出したわけではない。ぼそぼそとつぶやいただけ。なにしろすぐ前には、ハーマイオニーがいる。聞かれでもしたら、怒鳴られるくらいではすまないかもしれない。ロンは、ひそかに肩をすくめてみせた。

 それはともかく、アルテシアも元気がないようだ。あの、こっちまで楽しくなってくるような明るい笑顔を、このところ見ていないと、ロンは思っていた。そういえば何日か前、アルテシアは、校長室に来るようにというダンブルドアからの伝言を受け取っていた。

 

(そのとき、なにか言われたんだろうな)

 

 それも、自分だけのつぶやきのつもりだった。だが、ハーマイオニーの鋭い目が、自分をみていることに気づいた。

 

「な、なんだい」

「そんなにじっと見つめるほどアルテシアがいいのなら、そばに行けばどうなの。あたし、宿題の丸写しなんて、させませんからね」

「キミ、勘違いしてるぜ。ボクは、そんなつもりでアルテシアをみてたんじゃない。あいつのようすが、このごろヘンだからだ」

「へぇー、それはそれは。さすがですわね、そんなことにお気づきになるなんて」

 

 その口調にはいくらかのトゲがあったが、ハーマイオニーも、視線をアルテシアへとむける。アルテシアはパーバティと横に並んで座っており、なにごとか話し込んでいる。

 

「あの話を聞けたらいいんだけど」

 

 もちろんひとり言のようなものなのだろうが、ロンのつぶやきとは違い、こちらはロンにもはっきりと聞こえた。なのでロンも、返事をせねばと思ったのだろう。

 

「ボク、聞いてみようとしたことあるぜ」

「えっ」

「でも、ダメさ。ギリギリまで近づいてみても、なんにも聞こえない。あそこまで近づけば少しは聞こえてもいいはずないんだけど」

 

 おそらくは、アルテシアが周囲の人に話を聞かれないようにする魔法をかけていたのだろう。そんな魔法のことは思いもよらないロンだが、さてハーマイオニーはどう思ったか。

 

「きっと、アルテシアがなにかしてたんでしょ。たぶんガラガラさんのことを話してるんだと思うけど」

「キミ、あのときの人のこと、ガラガラさんだと思ってるのかい。ぼくはちがうと思うな」

「どうして。だってアルテシアのこといろいろと尋ねられたでしょ。それは同じクリミアーナ家だからでしょ」

「ああ、きっとそうなんだろうな。だけど、ボクだって考えたんだ。たしかにガラガラさんだって思った方が自然だけど、アルテシアは、自分の母親以外は誰も知らないんだ。もちろんガラガラさんのこともね」

「え? どういうことなの、それ」

 

 ガラガラさんという名前は、仮のものだ。それが正しい名前でないことをロンもハーマイオニーも承知していたが、本当の名前を知らない以上、そう呼ぶしかなかった。

 

「アルテシアが生まれたとき、お父さんはもう亡くなってたんだ。クリミアーナ家は、お母さんとアルテシアの2人だけ。そのお母さんも、アルテシアが5歳のときに亡くなってる。つまりアルテシアは、母親以外、クリミアーナ家の人を誰も知らないんだ」

「それはそうね、アルテシアはガラガラさんのことを知らないのかもしれない。でもね、ロン。だからってガラガラさんがアルテシアのことを知らないってことにはならないのよ」

「そんなこと、わかってるさ。ぼくが言いたいのは、クリミアーナ家には、ほかに誰もいないってことなんだ。あいつ1人だけだぜ。もしその人がガラガラさんだっていうんなら、あいつをひとりにしておくはずがないって思わないか。母親が死んだ5歳のときからずっとだぜ。ボクなら耐えられないよ」

 

 なるほど。さすがのハーマイオニーも、これには納得させられた。身内であるからには、幼い子どもを放っておくようなことはしないはずだというロンの言葉に、説得力は十分ある。でもそうすると、あの人はいったい誰なのか。けっきょく問題は、最初に戻ってしまうのだ。あのときなぜ、あの女性のことについてなにも確かめようとしなかったのか、ということに。

 

「いいわよ、ロン。こんどホグズミードに行ったら、あの人を探しましょう。きっとホグズミードに住んでるんだと思うわ。でも、ヘンよね」

「え?」

「だって、ロン。ロンは、アルテシアが元気がなさそうに見えるのは、あの人のことを気にしてるからだと思ってるんでしょ。でもアルテシアはホグズミードに行ってないんだし、あの人のことを知ってるはずもないわ。でしょ」

「それはそのとおりだけど、キミ、勘違いしているぜ。ボクは、そんなこと言った覚えなんかない。キミが言ったんだ」

 

 たしかに、そうだ。ホグズミードで会った女性のことを言い始めたのはハーマイオニーのほうだ。だがハーマイオニーには、そんなことはどうでもよかった。

 

「じゃあ、あなたが考えた、アルテシアが元気なさそうな理由ってなに? あなたはなんだって思ってるの?」

「わからないさ。だから気になってるんだ。あいつは、このまえ、ダンブルドアに呼び出しを受けてる。そのときなにかあったんだって思わないか」

「え、そうなの」

「ああ。いまあの2人はその話をしてるんじゃないかと思うんだよな」

 

 話がそこまで及んだところで、クィディッチの練習に出ていたハリーが談話室へと戻ってくる。そのハリーは、ロンとハーマイオニーのもとへと、戻ってきたときの勢いそのままにやってくる。

 

「知ってるか、おい」

「なんだ、なにかあったのか」

「試合は明日だ。なのに、直前で対戦相手が変更になった。相手はスリザリンじゃないんだよ」

 

 クィディッチ対抗戦の、初戦の相手はスリザリン。それは、だれもが承知していることだった。だがハリーは、シーカーとしてその試合に出場する選手だ。ハリーの情報のほうが最新であり、正しいのだろう。

 

「それで、相手はどこだ。どうして、そうなったんだ」

「ハッフルパフだ。外は、ますます天気が悪くなってる。きっとマルフォイのやつに決まってる。悪天候での試合を避けるために、あの仮病のケガを理由にしたのに違いないんだ」

「ケガで手が使えないからってことか。なんてヤツだ。どんなにひどい雨だろうと、大雪が降ったとしても、クィディッチは中止にはならないんだ。それなのに、仮病なんかでそんなことを」

 

 さすがにロンも、怒りをみせた。だがハーマイオニーは、何もいわなかった。きっと、考え事でもしているのだろう。

 

 

  ※

 

 

 強風と雷鳴、そして大雨。悪天候の要素が勢揃いした感のあるこの日だが、それでもクィディッチの試合は行われた。対戦チームは、グリフィンドールとハッフルパフ。観客にしても、この雨の中でプレイのようすを見守るのはさぞかし大変だと思われた。だがそれでも、試合は中止にはならない。

 試合は、グリフィンドールの優勢で進んでいく。とはいえ、クィディッチの試合はスニッチを取るまで終わらないのだ。問題は、この天候の中でどうやってあの小さな金色のスニッチを見つけ、どうやって捕まえるのかだ。選手たちはとっくにびしょ濡れであり、これでは体力の消耗も激しいということで、グリフィンドールチームがタイムアウトをとった。

 

「だめだよ、ぼく。めがねが雨に濡れて、ほとんど何も見えないんだ」

 

 たしかにハリーの言うとおりだ。これではスニッチなど、見つけられるはずがない。めがねを外したとしても、今度は視力の点が問題となってくる。選手の誰もが途方に暮れることになったが、なにごとにも解決策は存在するものらしい。観客席にいたはずのハーマイオニーが、選手が集まっている場所まで降りてくる。

 

「ハリー、ハリー、あなたのめがねを貸して。いい方法を思いついたの!」

「どうするつもりなんだい?」

 

 この際、方法はなんでもいい。どんなことでもいい、うまくいきさえすれば。誰もがそう思いつつ、ハーマイオニーに注目。ハーマイオニーの手には杖があった。

 

「インパービアス(Impervius:防水せよ)」

 

 つまりこれで、雨によるめがねの水滴を防ぐことができる。簡単であり、大きな効果のある手段だといえた。これでハリーは、とにかく目は見えるようになったのだから。

 タイムアウト終了後、ふたたび空へと飛んだハリーは、あいかわらずの強風と雨のなか、ブラッジャーを避けつつスニッチを探して、四方八方に目をむける。ハーマイオニーの魔法の効果は絶大だった。あっという間にみつけたのだ。スニッチだ。追いかける。相手チームのシーカーも気づいたようだ。どちらが早いか、どちらが先に捕まえるのか。

 と、突然の雷。ほぼ同時に、樹木のように枝分かれした稲妻が、つかのま周囲を照らす。その光に、まるで影絵のように浮かび上がったもの。ハリーは、それをみた。雨が激しく顔を打つなか、防水処置がされためがねをとおして、それをみた。

 そのとき、ハリーの耳からは一切の音が消えていた。あれほどうるさくまとわりついていた雨と風の音が、全て消える。そして。

 

『ハリーだけは、ハリーを助けて。お願い……助けて……許して……』

 

 雨や風、雷などこれまでのすべての音が、その声となってしまったかのように、ハリーのなかへと飛び込んでくる。ハリーの頭の中は、たちまちそんな声でいっぱいとなった。そのときハリーは、観客やチームメイト、相手チームの選手たちからも注目されていた。なにしろ、まさにスニッチの争奪戦が始まったところなのだ。先につかんだほうが勝利を得るという、そんな一番の見せ場ともいうなかで、ハリーはほうきから落ちた。

 ハッフルパフチームのシーカーであるセドリック・ディゴリーは、その落下には気づかず、スニッチを追いかけていく。そのとき観客たちは、どちらのシーカーに目をむけていたのか。

 落下したハリーの行き先は、スニッチではなく地面しかない。そこへ一気に、と見ていた人は、誰もが思っただろう。だがハリーは、加速しながら落ちていったりはしなかった。その逆だ。次第に減速しながら落ちていき、地面へはふわりと舞い落ちた。この風雨のなか、そのことにどれだけの人が気づいたか。

 そこへ、ホイッスルの音が響いた。それは、試合終了を告げたものか、それともハリーのトラブルによるものなのか。

 

「たぶん、マクゴナガルには怒られるよ、アル」

「うん。でも仕方ないよ。パーバティは止めようとしたって、そう言っていいよ」

「なに、いってんだか。あんたに、責任なんかないよ」

「でもさ、吸魂鬼って、あぁやって追い払えばいいんだね。捕まえたりしなくていいんだ」

 

 みれば、ハリーの倒れたグランドにダンブルドアが立っており、その杖から、銀色をした何がが飛び出していた。おそらく、それを見たからだろう。その銀色のなにかに追われるようにして、吸魂鬼が競技場を出ていくところだった。ハリーが、あの稲妻が光ったときにみたもの。それは、競技場に入ってこようとする吸魂鬼たちだったのだ。そのときハリーは、またしても意識を飛ばしてしまっていた。

 

 

  ※

 

 

「なにか、言うことはありますか、アルテシア」

「いえ、なにもありません。約束を破ったことに間違いありません、すみませんでした」

 

 その次の日、アルテシアはマクゴナガルの執務室を訪れていた。呼び出されたわけではないが、約束を破ったことは事実。そのお詫びのためだ。

 

「あのときは、わたしも試合をみていましたからね。状況はすべて承知していますが、まさかあなたが約束をやぶるとは」

 

 言いながら、じっとアルテシアを見る。マクゴナガルは自身の机に向かって座っている。その机を挟んで、しょんぼりと立っているアルテシアのほうが、目線的には上だろう。だがアルテシアは、巨大化したマクゴナガルに見下ろされているような、そんな気持ちであったに違いない。

 

「ほかに、方法がありませんでした。ああするしか」

「そんなことより、体調はどうなのです。あの魔法は、かなりの負担となったのでは」

「それは大丈夫です、たいしたことはありません。パーバティが一緒でしたし、一晩、ぐっすり寝ましたので」

「なるほど。あのあとすぐにわたしのところに来なかったのは、そういうわけでしたか」

 

 ハリー・ポッターがほうきから落ちたとき、アルテシアは魔法を使った。その魔法は、マクゴナガルから使用しないようにと言われていたもの。結果、体調をくずしてしまい、一晩身体を休めねばならなかった。そういうことになる。

 

「そうしなければ、ハリー・ポッターは大けがをしていた。それは認めますが、約束は約束です。わかっていますね?」

「はい」

「よろしい。魔法使用に関しては、これまでどおりの制限とします。ただし、例外を設けましょう。今回のように、大けがなど身の危険が予想されるときには使用してよろしい。もちろん自分の身が一番大事であるという前提を忘れてほしくはありませんが、最低限度の使用にとどめること。わかりましたか」

 

 それはつまり、おとがめなしと同じことだ。いやむしろ、制限緩和と言ってもいい。アルテシアはそう思った。だがそれならば、もう少し穏やかな顔つきをしていてもいいはずだ。マクゴナガルは、あいかわらず厳しい顔をしている。それはなぜ。

 

「あの、先生。どうにかされましたか?」

「いいえ、べつに。ただあなたに、この決定を伝えねばならないことを、負担に感じている。それだけです」

「罰則、ですか?」

「あなたが望んでいたホグズミード行きの許可は、当面、延期となるでしょう。わたしは、このことをダンブルドアに任せることにしました。あなたがいつホグズミードに行けるのかは、校長先生がお決めになる。そういうことです」

 

 アルテシアにとって、それは重い罰だといえた。それを告げられた瞬間の表情が、そのなによりの証拠となるだろう。おなじようなものがマクゴナガルのなかにもあるようだが、どちらも、それを表にさらけ出すようなことはしなかった。

 

「アルテシア、言いたいことがあれば言いなさい。聞きますよ」

「いいえ、先生。それは、わたしのためを思ってのこと。そのために先生が、あえてそうなさるのだとわかっています。ありがとうございます」

「そこでお礼を言うのは、間違っていますよ。わからずやのばばあ、ぐらいのことは言ってもいいんだと思いますがね」

 

 そして、笑ってみせる。もちろんマクゴナガルは、数日前にアルテシアがダンブルドアに校長室へと呼び出されたことを知っている。そのときダンブルドアが何を話しアルテシアが何を言ったかも、ダンブルドアを通じてだが、そのあらましを聞かされているのだ。だからいま、ホグズミード行きの判断をダンブルドアにゆだねるなどと言えば、アルテシアがなにを思うかくらいわかっている。

 それがわかっていてもなお、マクゴナガルはそうしたのである。

 アルテシアは、おそらくそうした理由を察しただろう。だからからこそお礼を言ったのだし、マクゴナガルも、そのことに気づいた。『ばばあ』発言は、そのため。きっとそういうことなのだろう。

 

「今回のことで、校長先生からなにか言われたのですね」

「そんなことを、あなたが気にする必要はありません。これは、学校側のことですからね」

「ですけど」

 

 なおも、なにか言おうとするアルテシアを、マクゴナガルは右手を挙げて制止する。

 

「そのことは、もうよろしい。どちらにしても、すぐにホグズミードには行けないのです。次回はクリスマスの頃となるでしょう。それまでに、ダンブルドアを説得する材料をみつけたいものです」

 

 だがそれは、同時にマクゴナガルをも納得させるものでなければならない。アルテシアは、そう自分に言い聞かせる。ダンブルドアだけではダメだ。マクゴナガルをも納得させなければ、ホグズミードに行くことはできない。

 ホグズミードに、自分のことを知っている人がいる。はたして、その人は誰なのか。気にはなるが、マクゴナガルに心配をかけてまで行くようなことではないのだと、もう一度、自分に言い聞かせる。

 とにかく、シリウス・ブラックのことを解決すればいいのだ。そうすればマクゴナガルを、そしてダンブルドアを納得させられる。そのときにはもう、誰もホグズミードに行くことを禁じたり、止めたりはしないはず。きっとそれが、一番の近道となるのだ。

 そんなアルテシアの思いを知ってか知らずか。

 ダンブルドアが、ホグズミード村のなかを歩いていた。彼のよく行く『三本の箒』の前を通り過ぎ、マダム・パディフットの店がある通りへと足を踏み入れていく。その店の向かい側に、めざす青い屋根の家があるからだ。

 ダンブルドアは、パチル姉妹の妹から聞き出した情報をもとに、その家をめざしていた。アルテシアはもちろんのこと、マクゴナガルやパチル姉妹にも、誰にもなにも告げずに、例の女性のもとをめざしているのだ。

 むろんダンブルドアにも、そうすることの理由はあるのだろう。仮に問い詰めてみたならば、即座に何通りものそれらしき理由をあげてみせるだろう。だがいま、彼がそうしていることには、誰も気づいてはいない。その理由を尋ねる人は、誰もいないのだ。

 


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