ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第43話 「ボガートと吸魂鬼」

 アルテシアがあわてて駆け込んだ教室では、すでにルーピン先生が今日の授業についての説明をしているところだった。今学期、このクラスでの最初の「闇の魔術に対する防衛術」の授業は、実地練習であるらしい。若干の遅刻となってしまったアルテシアに、クラス中の注目が集まる。

 

「たしかに今日の授業に、教科書は使わないよ。杖だけあればいいんだが、キミはその杖すらも持っていないようだね」

 

 だがアルテシアは、少しもあわてなかった。まず遅れたことを詫びてから、腰の横に下げた巾着袋の中に手を突っ込み、杖を取り出す。

 

「いつも、そこに杖を? そんな小さなポシェットに、まさか教科書までは入っていないだろうね」

「教科書も、ここにいれてありますけど」

「ああ、そうなのか。いや、いいんだ。それじゃ、全員わたしについておいで」

 

 そしてルーピン先生に従い、生徒たちが教室を出る。アルテシアも、その後ろからついていく。はたしてルーピンは、アルテシアの巾着袋のことをどのように見たのだろう。アルテシアの横に、パーバティがやってくる。

 

「どしたの?」

「ちょっとね、ソフィアと話してて遅れちゃった」

 

 歩きながらでは、細かいところまでは話しづらい。ましてや今は、授業中。ドラコのケガは、やはりそのふりをしているだけらしいことを伝えたところで、ルーピン先生の目的の場所であるらしい職員室のドアの前に到着した。

 

「さあ、みんな。お入り」

 

 ルーピン先生がドアを開ける。誰もが職員室に入るなど初めての経験だったろうが、奥行きのある広い部屋で、いろんな形の古い椅子がたくさん置かれていた。職員室には、スネイプ先生がいるだけだった。

 

「ああ、もうそんな時間なのだな。では、吾輩は退散するとしようか」

「ありがとう、スネイプ先生。今日の授業は、ここじゃないとできないのでね」

 

 スネイプはゆっくりと立ち上がり、大股でみんなのわきを通り過ぎていく。だが、ドアのところでくるりと振り返った。

 

「そうそう、ルーピン。キミが知っているかどうかわからないから言うのだが、このクラスのアルテシア・クリミアーナ嬢には、魔法の課題は与えぬほうがよいぞ。それから、もしネビル・ロングボトムくんに課題を与えるつもりなら難しいことは避け、キミ自身が十分に注意にしてやることだな」

 

 いったい、スネイプは何を言っているのだろう。ルーピンは、そんなことを考えていたのかもしれない。そのあいだにスネイプは、職員室を出て行く。ドアを閉める音が、ルーピンを授業に引き戻した。

 

「とにかく授業を始めよう。あの洋箪笥のまえに集まってくれるかい」

 

 そこには古い洋箪笥が置いてあった。そこに近づいていくと急に箪笥が揺れだしたので、誰もが驚いたようすをみせる。

 

「心配しなくていいよ。なかにボガートがいるんだ。ここのは昨日の午後に入り込んだやつで、3年生の実習に使うからと、そのままにしておいてもらったんだ」

 

 そう言いながら、ルーピンは生徒たちのようすを見ていく。箪笥の取っ手がガタガタし始めたのを不安げにみている生徒たちのなかで、明らかに怖がっているのはネビルだけのようだ。

 

「では、質問だ。ボガートとはなにか。知っている人はいるかな」

 

 とたんに手があがる。もちろん、ハーマイオニーだ。そのほかに手はあがっていないので、ルーピンはハーマイオニーを指名する。ハーマイオニーは、答えを言う前に、チラリとアルテシアの方を見た。

 

「形態模写をする妖怪です。わたしたちが一番怖いと思うのはこれだ、と判断すると、それに姿を変えることができます」

「そう、そのとおり。わたしでもそんなにうまくは説明できなかっただろう。ボガートは、まね妖怪とも呼ばれている」

 

 ルーピンがハーマイオニーの答えに続き、ボガート(まね妖怪)の説明を始める。もちろんそれを聞きながらだが、パーバティがアルテシアに小声で話しかける。

 

「アルは、知らなかったの?」

「ううん、そんなことないけど。教科書に載ってたのはみたよ」

「じゃあ、手をあげればよかったのに」

 

 だが、アルテシアはわずかに微笑んだだけで、首を横に振った。

 

「きっとこのほうが、いいんだよ。わたしが答えるよりもね」

「なに言ってんだか。そこまで気にする必要、ある?」

 

 つまりは、ハーマイオニーに遠慮してのことなのだろう。そんな必要はないとするパーバティの言うことの方が正しいような気もするが、アルテシアはあらためて微笑んだだけだった。

 

「それでは、実際にやってみよう。もちろん、みんなにやってもらうからね」

 

 使用する呪文は、リディクラス(Riddikulus:ばかばかしい)。そのとき、自分にとって何が一番怖いのか。そしてそれを、どうすればおかしな姿に変えられるのか。そのことを頭に入れておくことが大切なのだと、ルーピンは言った。

 いよいよ、実際にやってみる段階へと移る。まずはネビルだ。ルーピンのアドバイスもあって、彼にとって最も怖いスネイプ先生を女装させることに成功。パーバティは、ミイラ男に巻かれた包帯をほどき、足に絡めさせて動けなくさせた。シェーマス・フィネガンは、嘆きの妖精バンシーから声を奪って泣けなくしたし、ロンはクモから足を取り去って転がすなど、次々に成功していく。最後は、もう一度ネビル。

 

「リディクラス(Riddikulus:ばかばかしい)」

 

 ほんの一瞬、レース飾りのドレスを着たスネイプの姿となったが、ネビルが大声で「ハハハ!」と笑うと、ボガートは破裂し、細い煙の筋になって消えた。

 

「よくやった。成功だ。まね妖怪と対決したグリフィンドール生1人につき5点をやろう」

 

 ルーピン先生の声に、全員が拍手。ネビルも、自分がしたことに驚きを隠せないでいた。

 

「ネビル、よくできた。みんなも、よくやった。スネイプ先生はあんなことを言ってたが、ネビルはみごとにやってのけたじゃないか」

 

 だが、スネイプが言ったのはネビルのことだけではない。アルテシアのこともあるのだ。アルテシアは、ボガートとは対決させてもらっていない。ハリーとハーマイオニーも対決してはいないが、この2人は最初に質問に答えている。なにもさせてもらっていないのはアルテシアだけ。この結果だけをみるなら、ルーピンはアルテシアについてはスネイプのアドバイスに従ったということになる。

 

「では、みんな。今日はこれまでだ。教科書のボガートに関する章を読み、まとめを提出してれ。月曜までだよ。では、解散」

 

 誰もが、興奮ぎみに話をしながら、職員室を出る。そんななか、ルーピンがアルテシアを呼び止めた。

 

 

  ※

 

 

「今日の授業はこれで終わりのはずだね。少し話がしたいんだけど」

「はい、かまいません」

 

 すでに職員室には誰もいない。ルーピンとアルテシア、それにパーバティがいるだけだ。

 

「できれば、キミには席を外していてほしいんだが、いいかな?」

 

 そう言われてしまうと、さすがに職員室を出るしかない。パーバティは、軽く頭をさげた。そして、職員室の外へ。

 

「キミにも、もちろんボガートと対決してもらうつもりだったんだけどね」

「スネイプ先生がおっしゃったことに従った、そういうことではないのですか」

「いいや、違うよ。キミがボガートと対したとき、ボガートが何に変わるか予想できなかったからだよ。もしもを考え、やめておいたほうがいいと判断した」

 

 ルーピンが、椅子を勧める。2人は、向かい合わせで座った。

 

「キミの名前は、アルテシア・クリミアーナだったね」

「はい、そうです。正しくはアルテシア・ミル・クリミアーナですけど」

「それは失礼。これからはアルテシアと呼ばせてもらうけど、それでいいかい?」

 

 もちろん、拒否などしない。アルテシアとしては、むしろそう呼んでもらうほうがいいのだ。

 

「実は、キミのことはダンブルドア校長から聞いているんだ。ホグワーツ特急でのことが、あまりに衝撃的だったからね。その報告とぼくの新任あいさつとを兼ねて校長室に行ったとき、キミのこと話してくれたよ」

「そうですか。悪いウワサじゃなければいいんですけど」

「あはは、そうだね。良いのか悪いのか、人によって判断は違うのかもしれないけど」

「ルーピン先生のご判断では、どちらになるのでしょうか」

 

 アルテシアは微笑んでみせたが、ルーピンは、いくらか緊張気味に見える。これでは教師と生徒という本来の立場からすれば、逆ということになってしまいそうだ。

 

「あのとき、吸魂鬼をどうしたのかな。なにがあったのか、キミがなにをしたのか、それが聞きたい。教えてくれるね?」

「それについては、誰にも話すなとマクゴナガル先生から言われています。あのとき捕らえた吸魂鬼は、たぶん校長先生がお持ちだと思いますよ。あるいは魔法省とかに渡ったかもしれませんけど」

「捕らえた? キミは吸魂鬼を捕まえたのかい」

「わたしは、吸魂鬼というものを初めて見ました。あれは人ですか? 妖怪やあやかし、精霊やゴーストなどと言われるものなのでしょうか。とにかく、怖かったんです。でもあれがわたしの友だちに手を出そうとしたので見逃せませんでした。マクゴナガル先生は無謀だとおっしゃいました。吸魂鬼を追い払うにはもっと適した魔法があるそうですが、わたしは、わたしのしたことを後悔してはいません」

 

 これでは、すべてを話したようなものではないのか。ルーピンはそう思ったが、たぶん禁止されているのは、そのとき何をしたかについての具体的な説明なのだろうと判断。であるのなら、吸魂鬼を捕らえた方法についてでなければ、話してくれるはずだ。

 

「それで、校長先生はなにか言ってたかい?」

「いえ、校長先生とはまだお会いしていないので。でも、処罰などはしないと言ってくださったとか」

「処罰? どうしてだい、処罰を受けるようなことではないと思うけど」

「吸魂鬼は、魔法省の意向によりホグワーツに来ているのだそうです。その吸魂鬼をあんなふうにしたのですから、校長先生の立場としては処罰もお考えになるのではないですか」

 

 いったいこの少女は、吸魂鬼をどうしたのだろう。ルーピンは、そう思わずにはいられなかった。あのとき、自分が見た限りでは、吸魂鬼が突然消えてしまったように見えた。わかっているのはそれだけで、ほかに情報はなにもないが、なにか起こったのは間違いない。だがそれを目の前の少女に尋ねても、答えてはもらえない。マクゴナガルが禁じているからだ。吸魂鬼を捕らえたというだけでも驚きだが、それをあたかも手渡しできるかのように、この少女は言うのだ。およそ信じられる話ではないが、これ以上となるとマクゴナガルに聞くしかないだろう。あるいはダンブルドアに聞くべきか。

 

「キミは、吸魂鬼が怖かったと言ったね。それならば、ボガートは吸魂鬼になったと思うかい?」

「わかりませんけど、たぶん違うんじゃないかと思います」

「違う?」

「ほんとうに怖いのは、友だちを失うことだと思っていますから」

 

 たしかにそうだ。ルーピンは、アルテシアの言葉に同意せざるをえなかった。友だちを得ること、失うこと。それがいかに大きなことか、ルーピンはよく知っていた。

 

「そういうことならキミとボガートを対決させてみればよかった。さぞかしボガートも困っただろう。いったい何に変身したのやら」

「いいえ、先生。先生の判断は正解だったと思います。だってわたし、魔法の使用を禁止されていますから」

「なんだって」

「使ってよい魔法が決められているっていうほうが正しいんですけど、なにしろ『リディクラス』は初めてのことなので、せっかくの授業をだいなしにしていたかもしれません」

「待ちなさい、いったいだれがそんなことを」

 

 そう口走ったすぐあとで、ルーピンの頭の中に浮かんだ名前。その人物以外にはありえないことに、ルーピンは気づいたのだ。なぜ、そんなことをするのか。そしてなぜ、この少女はそれを甘んじて受け、守ろうとするのだろう。

 ルーピンにとっては、そう簡単には納得できないことであった。

 

 

  ※

 

 

 「闇の魔術に対する防衛術」がまたたくまに学校全体で一番人気の授業となっていく一方で、魔法薬学の授業は、グリフィンドール生にとってますますおもしろみのない授業となっていく。というのも、スネイプの機嫌が悪いのだ。どうやら、ボガートがスネイプの姿となっただけでなく女装までしたということを伝え聞き、機嫌をそこねてしまったらしい。

 だがそんな理由など、多くの生徒にとってはどうでもいいことだ。スネイプが不機嫌であろうとなかろうと、魔法薬学の授業がつまらないことにかわりはない。たしかに不機嫌さゆえに嫌みが増幅され、教室の居心地をさらに悪化させてはいるが、そんなのはいまさらだ。機嫌をとったところで、授業がおもしろくなったりはしないのである。

 だが全体としてはそうでも、そんなスネイプの機嫌を気にしている生徒がいないというわけではない。アルテシアも、そんな数少ない生徒の一人だった。もちろんこびを売るつもりなどはないのだが、アルテシアは、スネイプと話をする機会がほしかった。いくつか課題を抱えているアルテシアにとって、スネイプのアドバイスはときにとても役に立つのである。

 まずはソフィアの杖の問題をなんとかしようと考えているアルテシアにとって、これは欠かせない過程と言えるもの。その結果としてスネイプの気分が少しは変わり、授業時間が楽しく過ごせるようになったならまさに一石二鳥だ。

 だが、そのまえにするべきこと、しておくべきことがある。できることをしないままでは、スネイプも相談に乗ってはくれないだろうし、しても意味は薄くなる。そのためにも、まずはソフィアとよく相談しておいたほうがいい。

 幸いにもと言えるのかソフィアとは、授業が全部おわってから夕食までのあいだに、空き教室のひとつで会うことになっている。新学期となってからのパチル姉妹も含めての習慣だが、それぞれ所属する寮が違うこともあり、こうでもしないと何日も顔を合わせないままになってしまいかねないのだ。都合により来られないときもあったりするが、いまでは大切なひとときとなっていた。

 

「それで、どうしようっていうの?」

 

 そう言ったのは、パーバティ。いつもの空き教室に4人が揃ったところで、アルテシアが自分の考えを説明し終えたところだ。

 

「とにかく、ソフィアの杖をなんとかしなきゃと思ってる」

「杖かぁ。けどソフィアって、魔法は使えるんだよね?」

 

 言いながらソフィアをみるが、ソフィアは一瞬だけパドマと目を合わせたものの、すぐにアルテシアに顔をむけた。

 

「スネイプ先生に気づかれていたとは思いませんでした。ですけど、ほんものの杖がなくても不自由したことはないですよ」

「そうだろうとは思うけど、ホグワーツにいるんだから、なにかと困ることは出てくるはずよ。ちゃんとしておくべきだと思うな」

「仮にそうだとしても、どうするんです? お店に行くんですか。行ってもたぶん、買えないと思うんですよね」

「オリバンダーさんのお店に行ったことないの?」

 

 ソフィアによれば、入学前に買ったのは制服と教科書だけ。魔法の杖については、店を訪れることすらしなかったという。

 

「母が言うには、ムダなことはやってもムダだと」

「そのムダだという根拠は、なんなの?」

「つまり、こういうことです。パドマねえさん、杖を貸してください」

「なるほど、実際にやってみようってことね。いいわ、はい」

 

 そのパドマの杖を使い、試しに魔法をつかってみる。だがそれは、当然のように失敗。というか、なにかも起こらない。

 

「あんた、本気でやってるの?」

「もちろんです。パチル姉さんとは違いますから」

「ま! それがどういう意味なのか、じっくりと話す必要があるわね」

「いいですよ。でもこの事実は変わりません。アルテシアさまでも同じ結果になりますよ」

 

 そう言って、杖をアルテシアは渡す。いや、渡そうとしたのだが、アルテシアは受け取らなかった。

 

「どうしたの、アル? さま、なんて呼ばれて怒ったの?」

「えっ! そんなぁ。いいって言ったじゃないですか」

「違うよ、ソフィア。わたしが杖を買ったときのこと、思い出してたんだ」

「そのとき、なにかあったの?」

 

 みんなの視線が集まるなかで、アルテシアは軽くため息をついた。

 

「わたしが杖を買ったとき、杖を取り替えては試してみることの繰り返しで、すぐには決まらなかったのよ」

「ああ、わたしもそうだったよ。杖とは相性があるらしくてさ。いいもの選ぶために何度か試すみたい」

「ええ、そうらしいわね。それでわたしも、何度目かで杖が買えたんだけど」

 

 ソフィアを見る。自分のことが話されているという自覚があるからか、どこか不安げなようすにみえる。そんなソフィアに、アルテシアはにっこりと笑ってみせた。

 

「大丈夫だよ、ソフィア。わたしにまかせて。あなたのことは、わたしがちゃんと守るから」

「それ、逆なんですけど。まあ、いいです。それで、わたしはどうすればいいんですか?」

「私が杖を買うとき、オリバンダーさんが言ってたのよ。もしかするとこの杖は、わたしのために作らされたのかもしれないって」

「え? どういうことなの、それ。アルのためにって」

「オーダーメイドってことですか。でも、お店に置いてあった杖なんですよね、買ったのは」

 

 もちろん、そうだ。店頭に並べられてはいなかったが、店の奥からオリバンダーが持ってきたのを、アルテシアはよく覚えている。しかも作ったのは、アルテシアが来店する10年ほど前であったらしい。その時より10年まえといえば、アルテシアが生まれてまもないころとなるだろう。

 

「オリバンダーさんは、杖の素材についても話してくれた。杖には、強力な魔法力を持ったものが使われるらしいんだけど」

「一角獣のたてがみ、不死鳥の尾羽根、ドラゴンの心臓の琴線、なんかだよね。あたしの杖は不死鳥の尾羽根だよ」

「そんなの、どうでもいいことです。それより、続きを話してください。わたしはどうすればいいんですか」

 

 最初は、口を挟んできた形のパドマに。後半はアルテシアに対して言ったのだろう。パドマもアルテシアも、そろって苦笑いを浮かべた。

 

「わたしの杖の素材がなんなのか、オリバンダーさんはわからないって言ってたわ」

「わからない? なんで。なにかわかんなくても作れるものなの、杖って」

「そうね。でも素材としては申し分ないもので、杖としてのできばえもよかったらしいわ。わたしは、この杖で魔法が使える。だからソフィア、わたしの杖を試してみなさい」

「あ、はい」

 

 どこか緊張気味のソフィア。それが伝染したのか、パチルの姉妹も、じっとソフィアの手元をみる。だが、誰もが期待していたであろう結果にはならなかった。

 

「うーん。そう簡単にはいかないみたいね」

「すみません、アルテシアさま。とにかく、杖はお返しします」

 

 杖はアルテシアの手に戻ったが、それを見ていたパドマが、アルテシアのほうへと手を伸ばした。自分にも試させてほしいというのだろう。そしてその杖を手に、魔法を発動。だかやはり、うまくはいかない。

 

「アルテシア、やってみてよ」

「ああ、うん。いいけど、わたしはいつも、この杖を使ってるんだよ」

 

 言いながら、杖を振る。そばに置かれていた机が、ふわりと宙に浮いた。

 

「おーっ、浮遊呪文ですか。ロナルド・ウィーズリーがトロールを倒したという、伝説の呪文だね」

「それ、違うよパドマ。あれはね」

「わかってるよ。わかってるけど、学校内ではそれが定説なの。ローブがトロールを撃退したなんて、誰も思ってないよ」

「そうかもしれないけど、なんとなく悔しいんだ。あたしがそうならなきゃいけなかったんだって思うとね」

 

 それは、パーバティの心の中にいまも残る、大きな悔い。心の中にささったトゲのようなもの、とも言えるだろう。宙をただよう机を見つめながら、アルテシアがつぶやいた。

 

「やっぱり、そうするしかないかな」

「え?」

「なに」

「どうするんですか」

 

 小さなつぶやきだったはずなのに、すぐさま返事が返ってくる。これにはアルテシアも苦笑するしかなかったが、それはともかくとして、やることは決まった。

 

「ソフィア、あなたの杖を出しなさい。その杖に魔法をかける」

「え、杖に魔法を」

「そうよ。ローブに保護魔法をかけることができたんだから、杖にもできるはずよ。いや、そうじゃないな。魔法力そのものを杖の中に入れたほうが……」

 

 アルテシアの声が、ふいに途切れた。しゃべっている途中で、なにか思いついたような、そんな途切れ方だった。

 

「どうしたの?」

「ああ、ごめん。思ったんだけど、私の杖って。もしかして、この杖の芯になっているものって」

 

 アルテシアは、自分の杖の芯となっているものが何なのか。具体的なことはなにも知らない。オリバンダーも、素材として申し分ないものだが、それが何かはわからないと言っていた。でもそれは。

 

「そうよ、きっとそうだと思う。そうなんだわ。でも、いったい誰が」

「アル、どういうことなの? 自分だけ納得してないで、説明してよ」

「もちろんよ。これは想像なんだけど、わたしが杖を使って魔法が使えるのは、この杖に、魔法力が封じ込められているからなんじゃないかな。オリバンダーさんは、それを材料として杖を作った。だからわたしは、この杖で魔法が使えるんだわ」

「けど、いくつか疑問があるよ」

「でしょうね。わたしもそうよ。でもこれって、わたしがソフィアの杖に対してやろうとしてたことでもあるの。もっとずっと高度なものに違いないけど、きっとソフィアは魔法を使えるようになるわ」

 

 なおも、アルテシアは詳しく説明をしていく。それによると、まず誰かが、なにかの対象物にクリミアーナの魔法力そのものを封じ込める。クリミアーナの魔女にとって、それは不可能なことではないのだ。あとえばあの魔法書が、まさにそうなのだから。

 そしてそれが、通常の魔法族の杖でいうところの芯、たとえば不死鳥の尾羽根などに相当するものとなる。それをオリバンダーが手にし、杖として作り上げたのではないかというのだ。

 

「けど、誰がそんなことしたの?」

「それは、さすがにわからないわ」

「でも、クリミアーナの人ですよね。そうでなければ、こんなことできるはずないですよ」

 

 もちろん。アルテシアはうなずいた。誰がやったのかはともかくとして、それがクリミアーナの関係者であることには、誰も異論はないようだ。

 

「けど、ローブの保護魔法とは、ずいぶん違うよね。ローブは攻撃力を弱めたりとか決まった仕事をしてくれるけど、杖なんて、どんな魔法使うかわかんないわけだし」

「その点は、問題ないわ。ね、ソフィア」

「そうですね。魔法族も同じだろうと思いますけど、魔法1つ1つを個別にってことじゃなくて全体としての魔法力ですから。あとはそれをどう使うかの問題です」

「なるほど、たしかにそうだね。魔法の種類ごとに杖が必要ってことになったら、何十本も持ち歩かないといけなくなる」

「でも、疑問が1つ。そういうことなら、ソフィアがアルテシアの杖を使えてもよさそうなものだけど」

 

 たしかにそうだ。だがその疑問には、誰からも答えは出てこなかった。たしかに疑問は残った。残りはしたが、アルテシアはこのアイデアを進めていくことにした。なによりも、ソフィアに杖が必要だというそのことが重要だったからだ。疑問に思うことは、これから解決していけばいい。答えはきっとあるだろう。それにこのことで、スネイプに相談する必要もある。話のついで、といっては失礼になるが、そのときこのことも相談してみようと、アルテシアは考えた。

 


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