『フォルチュナ・マジョール。たなぼた!』
グリフィンドール寮の談話室へと続く廊下のつきあたりには、絹のドレスを着た、太った婦人の肖像画がかけてある。実はそれが談話室への入り口となっているのだ。この肖像画は、太った婦人に合い言葉を伝えることで入り口へと変わるのである。
談話室へ入ると、ハリーはすぐに男子寮へと上っていく。すぐにもベッドに横になり、寝てしまうつもりなのだ。今日は、いろんなことがありすぎた。身体は、くたくただ。
(けど、あのとき、いったいなにが)
気になるのは、ホグワーツ特急で吸魂鬼と遭遇したときのことだ。あのとき、叫び声が聞こえたような気がする。なにかに怯えたような叫び声だった。その人を助けなくてもいいのだろうか。ハリーは、そんなことを考えていた。
もっとも、声を聞いたような気がするだけなのかもしれない。しかも、その人が誰でどこにいたのかすらもわからないのだ。それはつまり、どうしようもないということになる。だが現実に、あの叫び声はいまも耳に残っているのだ。なぜだろう。気を失ってしまったことと、なにか関係あるのだろうか。
気を失うといえば、もうひとりそんな生徒がいたらしい。ルーピン先生がそんなことを言っていたけれど、それは誰なんだろう。もしかするとあの声は、その生徒の声なんだろうか? もしそうだとすると、その人はどうしただろう。
当然、医務室には行っただろうと思うのだが、そういえば自分は、なぜ医務室ではなく、マクゴナガルの事務室だったのだろう。学校に着いたとたん、ハーマイオニーとともに事務室に連れて行かれたのだ。ハーマイオニーには、時間割についての話があるということだった。そのついでにということかもしれないが、いまから思えば、不自然だったような気もする。
なぜ、医務室じゃなかったんだろう。なぜマダム・ポンフリーは、マクゴナガルの事務室で診察をしたのだろう。もしかすると、医務室でなにかあったんだろうか。気になると言えば気になるのだが、睡魔の訪れとともに、ハリーは眠りに落ちた。
ところで、その医務室では。
「これで、何度目ですかね、ふたりしてこんな話をするのは」
そのふたりとは、マクゴナガルとマダム・ポンフリー。マクゴナガルには新入生の組み分けなどの重要な学校行事があったので、こうして話ができるようになったのは、つい先ほどのことだ。
「でも、ハリー・ポッターに問題がなくてよかったですよ。なにかあれば、ここに連れてこないわけにはいきませんものね」
「それについては、お詫びしますよ。ほんとうに申し訳ないです。あの子が迷惑をかけてばかりで」
「ふふふ、ミネルバ、まるであの子のお母さんのようなセリフになってますよ」
「そのつもりですよ、わたしは。この気持ちは、だんだんと強くなっています。以前は、なぜだろうと気になったこともありましたが、あることに気づいてからは、楽しみでもあるのです。この先、どうなっていくのか」
「ああ、まさにお母さんですね。それは、あの子の成長が楽しみだということでしょ。それで、気づいたこととは?」
マクゴナガルの好みに合わせてか、2人の前のテーブルには紅茶が用意されている。うなずきつつ、マクゴナガルが紅茶に手を伸ばした。
「魔法書だと思いますね、そもそもの始まりは」
「ああ、聞いたことがありますよ。なんでもそれを読めば魔法が身につくのだとか」
「そうなのですが、最近ではその認識は変わってきました。魔法書を読むことで得られるのは、おそらく魔法の知識だけではないのです。それを作ったクリミアーナ家の魔女のすべて。知識だけでなく思いや考え方といったものも含むのだと思います。もちろん、魔法も引き継ぐのですけどね」
「そうなのですか。だとすると、マクゴナガル先生はさしずめ母親の魔法書でも読んだといったところですかね」
マダム・ポンフリーがどこか冗談めかした調子でこんな言葉を返したのは、まさかマクゴナガルがこんなことまでさらりと口にするとは思っていなかったからだ。これまでマクゴナガルはこのことを秘密にしようとしてきたはずであり、マダム・ポンフリーもそう承知していたからこそ、さりげなく聞き流そうとしたのだろう。しかもその言葉のなかに、彼女自身聞いたことのないような内容が含まれていたとなれば、なおさらだったろう。
魔法書に関することを、マダム・ポンフリーは全く知らないわけではない。初めて聞いたのは賢者の石をめぐる騒動のときだが、あのときアルテシアを、半月ほどのあいだ医務室で世話した。そのほとんどを眠って過ごしたアルテシアだったが、なにも話をしなかったわけではない。
「母親の魔法書…… そうかもしれません。ああ、きっとそうなのでしょう。話したことがあると思いますが、母親のマーニャさんとは会ったことがあるのです。ああ、なるほど。そういうことなのですね」
「なんなの、ミネルバ。どういうこと?」
「いまにして思えば、マーニャさんはそのために、わたしと会ったのに違いありません。ああ、そうです。いまなら、それがよくわかる」
マクゴナガルにはわかるのだとしても、マダム・ポンフリーには、なにがなにやらさっぱりだろう。説明が必要だとばかりに、マダム・ポンフリーはマクゴナガルに改めて視線を向ける。そのことに気づいたかどうかはともかく、マクゴナガルは、続きを話し始める。
「こうなることを予測しておられたのでしょうね。いずれあの子と出会い、あの子を教え、あの子を導く。わたしと会ったのは、そうなるようにと仕向けるためだったのでしょう」
「つまり、どういうことなの?」
「ああ、ごめんなさい。あまりにも、思い当たることがあるものだから、つい。そうね、なにから話せば、わかりやすいかしら」
「待って、ミネルバ。聞いておいてこういうのもおかしなものだけど、わたしなんかに話しても大丈夫なの? なにか大切なことだと思うけど。あなたはそれを、ダンブルドアに話してはいないのでしょう?」
もちろん、マクゴナガルはうなずいた。だがいまや、魔法書のことは絶対に秘密とされているわけではない。もちろん、ダンブルドアは知っている。スネイプだってそうだし、生徒のなかですら、知っている者がいるのだ。そんななかで、いま新たに気づいたことがひとつ増えたからといって、それを教えてまわる必要があるだろうか。あの本の、本当の意味に気づいたものだけが知っていればいいのではないか。そしてそれに気づいたのは、クリミアーナ以外では、おそらく自分だけだろう。
マクゴナガルは、改めてうなずいてみせた。
「ええ、そうね。でも、かまわないわ。他の人はともかく、あなたには知っておいてほしいの。もうあなたは、関係者みたいなものじゃないですか」
「あらま、そういうものですかね」
「それにこれは、わたしが実感として思っただけのことです。本当は違うのかも知れませんしね」
そう言って笑ったが、マクゴナガルが実際にクリミアーナの魔法書を読み始めてからは、すでに2年が経過している。そのうえでの実感だというのなら、あながち的外れなものではないだろう。当たらずとも遠からず、すくなくともマクゴナガルはそう思っていた。
「あの本は、実在の魔女による記録なのです。魔女そのものでもあるのでしょう。あの子は、それを学び身につけようとしてきた。それはつまり、自分の中にそれを取り入れていくということになります。そういうことだと思います。だから、魔法が使えるようになるのですよ」
「待って、よく分からないわ。でもそうすると、どういうことになるの」
「アルテシアが、先祖の誰の本を読んでいるのかはわかりません。でもきっと、その先祖の影響を強く受けることになるでしょうね。なにしろ、知識や考え方などのすべてがアルテシアの中に入り込んでくるわけですから」
「まさかあの子が、その先祖そのものになってしまう、ということはないのでしょうね」
それには、マクゴナガルは軽く首をかしげてみせた。これもまた、推測になってしまうということなのだろう。
「どうでしょうか。たとえばわたしは、すでにミネルバ・マクゴナガルとしてこれまで生きてきましたし、魔法もそれなりに使いこなしてきました。いまさらそれが塗り替えられてしまうようなことにはならないと思いますね」
「でもあの子は、幼いころからそうしているのでしょ?」
「ええ、3歳の誕生日からずっとです。魔法書とともに成長してきたようなものだと言えるでしょうね」
「だとすると、その影響力はかなりのものでしょうね」
先祖の影響を強く受けること、それがいいことなのかどうかは、また別の話だ。そのような機会があったとき、いくらでも議論すればいい。気になるのは、そんなことよりもアルテシアのことだ。このときマダム・ポンフリーは、そんなことを考えていた。
3歳と言えば、成長の過程において自分というものを持ち始めたころ。そんなときから魔法書による影響を受けて育ってきたのだとすれば、どういうことになるのか。そのすべてが魔法書の影響だというつもりはないが、あのマクゴナガルでさえ、母親のような気持ちを持つようになっているのだ。このことを、マクゴナガルはどう思っているのだろう。
改めて、マクゴナガルを見る。
「ミネルバ、あなたはその影響力をどう考えますか。まさか、魔法書によって別の誰かになってしまうなんてことはないですよね?」
「それはそうよ。そこまでは考えすぎだと思うわ。あの子は、あの子自身。なにも変わっていない。クリミアーナで初めて会ったときと比べても、そんなに変わってるとは思いませんけどね」
「そうですよね」
仮にいくらか変わっていたとしても、それは成長によるものと考えるべきだ。なにしろ、学校ではいつもなにかしらの問題が起こっているのだ。賢者の石をめぐる騒動もそうだし、秘密の部屋のできごとも恐ろしいものだった。そんななかで、変わらずにいられるものではないだろう。さまざまな経験により、少しずつ変わっていく。それが成長というものであり、よい方向に変わっていけるように導くのが教師の役目。もしかすると、クリミアーナ家ではその役目を魔法書が果たしてきたのかもしれない。そういう意味としての魔法書なのかもしれない。
「ねぇ、ミネルバ。クリミアーナ家の人は、これまで誰もホグワーツには入学していないんだったわね」
「そうね。アルテシアが初めてらしいけど」
やはりそうなのだ、とマダム・ポンフリーは思う。クリミアーナ家がその歴史において選択してきたことに、おいそれと批判めいたことは言うべきではない。これはこれでいいことなのだ。
「あなたもいろいろ思うことはあるだろうけど、あの子はちゃんとまっすぐ、素直に育ってるじゃありませんか。それが全てですよ、それでいいのではありませんか」
「ええ、そうね。でも、医務室に来るのが多すぎだと思うわ。あのハリー・ポッターよりも多いんじゃないかしら」
「そのことなら、ちゃんと考えています。なるほど、魔法は使えるようになった。ですが体調に影響があるのは、まだその全てを身につけていないからです。それまで無理はさせられない。なにか、対策を考えないと」
いったい何をするつもりなのか。多少なりとも不安を覚えたものの、おかしなことにはならないだろうとマダム・ポンフリーは思った。なにしろマクゴナガルは、アルテシアの母親、いや母親のようなものなのだから。
※
新学期の授業が始まって一番の注目の的となったのは、新しく『闇の魔術に対する防衛術』の担当教師となったルーピン先生だった。その人気の理由は、実力ということになるだろうか。しっかりとした魔法の実力に裏打ちされた授業は、またたくまに生徒たちに受け入れられたのだ。ハグリッドも新しく『魔法生物飼育学』の担当教師として就任したのだが、その注目度は、ルーピン先生のほうが上だろう。
ハグリッドの『魔法生物飼育学』は、3年生からの科目となる。他には『古代ルーン文字』『数占い』『占い学』『マグル学』があり、それぞれ選択制となっている。
時間割の関係もあり、新しい科目での最初は『占い学』だった。先生は、シビル・トレローニー。大きなメガネをかけており、そのレンズが先生の目を実物よくも大きく見せていた。
「『占い学』にようこそ。あたくしの姿を見たことがない人が多いことでしょうが、それは、あたくしの『心眼』を守るためです。学校の騒がしさの中は避けておりますもので」
いったい、何を言っているのか。わかった生徒は少ないのではあるまいか。トレローニーは、とことこと教室内を歩きながら、話を続ける。
「そこの男の子、あなたのおばあさまはお元気?」
「あ、あの、元気だと思いますけど」
話しかけられたのは、ネビル。不安そうに返事を返したが、トレローニーはその返事には応えようとせず授業の説明を続けていく。
「この1年間は、占いの基本的な方法をお勉強いたしましょう。まずはお茶の葉を読むこと。そして手相学へと進みます。ところで、あなた。赤毛の男子にお気をつけあそばせ」
指を指されたのは、パーバティ。いや、それともすぐとなりにいたアルテシアだろうか。トレローニーの人差し指は、それほどあいまいなところを指していた。互いに顔を見合わせ、ロンを見る。赤毛といえば、ロンだからだ。
「その後で、水晶玉へと進みましょう。そうそう、イースターのころには、クラスの誰かと永久にお別れすることになるでしょう」
どう反応して良いのか分からない。そんな生徒たちがほとんどだ。これは、予言なのか。それとも適当なことを言っているだけなのか。それぞれ、どのように判断したかはともかくとして、授業はお茶の葉を読むという段階に移り、その結果、ハリーが『死神犬』に取りつかれているということになって終わった。
魔法界では、死神犬を見たなら死が近いとされている。つまりトレローニーは、ハリーが近いうちに命を落とすと予言したことになる。だが次の授業でその話を聞いたマクゴナガルは、その予言を一笑に付してみせた。
「趣味が良いと言えたものではありませんが、まず死の前兆を予言してみせるのがトレローニー先生の教え方なのです。本校に着任してからというもの、毎年、その予言をしてきましたが、それが本当になったことは一度もありません。安心なさい」
これで全員が安心したのかと思いきや、ロンだけは、まだ暗い顔をしていた。マクゴナガルの授業が終わり、昼食のため大広間へと向かうときも、元気がなさそうに見えた。
「どうしたんだよ、ロン。元気出せよ」
「なあ、ハリー。ぼく、アルテシアと仲直りとかしないほうがいいのかなぁ。ぼくは赤毛だ。あいつに迷惑かけたりするのかな」
目の前に並んだ料理には手を付けず、ロンは力のない調子でそう言った。どうやら、トレローニーの言ったことを気にしているらしいことに、ハリーは気づいた。
「あんなのはでまかせだ。マクゴナガルだって、そう言ってただろ」
「そうさ、そう言っていた。けどキミだって、死神犬のことは気にしてるはずだ。それと同じさ」
「いや、そんなことはない。マクゴナガルのおかげで、ぼくはずいぶん気持ちが楽になったよ。ハーマイオニーだって、占い学はいいかげんだって言ってたじゃないか」
「そうだけど、ハーマイオニーは、アルテシアに気をつけろって言ったんだ。そのためだと思うな、ぼく。そんなことしてたら、きっとまた迷惑かけることになるんだ」
ロンが、アルテシアに迷惑をかけたことがあっただろうか。ハリーは、考える。そりゃあったのかもしれないけれど、これがそうだと、はっきり言えるものなんてなかったはずだ。ロンより、ぼくのほうが…… ハリーは、そう思った。
トレローニーのやっかいなお言葉は、少なからずハリーたちに影響を及ぼしていたが、はたしてスリザリンのドラコ・マルフォイはどのような予言をされていたのだろう。なにしろ、その日の午後の『魔法生物飼育学』では、ハグリッドの連れてきたヒッポグリフという半鳥半馬の生き物によって、右腕に切り傷を負わされてしまうのだ。
ハグリッドの注意事項を守ろうともしなかったのだから、ドラコの自業自得とも言えるようなもの。とはいえ、ハグリッド先生最初の授業は失敗に終わったと言えるだろう。なにしろこの件は、あとあとまで尾を引くことになるのだ。
※
「ソフィア、お願いがあるんだけど」
次の授業のため、その教室へと移動している最中だ。たまたま廊下でソフィアと会ったアルテシアは、ソフィアを、廊下の端へと引っ張っていく。
「なんでしょう。どんなことでも、全力でやり遂げてみせますけど」
家と家との間にあったことがほぼ解決しているとあってか、ソフィアはすっかり明るくなっていた。1年生のときとは違い、アルテシアにも協力的になっている。もっともソフィアに言わせれば、これが本来の姿だとなってしまうのに違いないのだが。
「そんなおおげさにしなくていいけど、ドラコが寮でどんなようすか知りたいの。魔法薬学の授業のとき痛そうにしてたんだけど、そんなフリをしてるだけなんじゃないかっていう人もいるのよ」
「そんなの、調べるまでもないですよ。フリしてるだけってことで間違いないです。医務室から寮に戻ってきたその時から、自由に右手を使ってますからね」
「やっぱり、そうなんだ」
となると、ドラコは仮病で間違いない。もちろんケガをしたのは本当だが、マダム・ポンフリーのおかげですでに完治しているのだろう。でもなんのために痛いふりをしてるんだろうかと、アルテシアは考える。ソフィアが話しかけてくる。
「それより気になることがあるんです」
「え?」
「シリウス・ブラックのこと、ご存じですよね」
「え、ええ。会ったことはないけど、脱走犯だってことだけは知ってる」
シリウスがアズカバンを脱走したことは、たぶん学校中の誰もが知っていることだ。ヴォルデモートの部下だったとされていることから、ハリー・ポッターをつけ狙っているのではないかとも言われている。
「そのシリウス・ブラックですけど、どうやらハリー・ポッターの両親とはホグワーツの同級生だったらしいですね」
「友だちどうしだったってこと?」
「ポッター家の人はヴォルデモート卿の襲撃により亡くなってますが、それはブラックが手引きしたからだとか。つまりブラックは、親友を裏切ったんですよ」
「裏切ったって、まさかそんなこと。シリウス・ブラックになんとか会えないかなって思ってたんだけど、そんな人だとしたら、パーバティとパドマはなんて言うかしら」
「とうぜん、いい顔はしないでしょうね。友を裏切るなんて、最低の行為なんですから」
困ったような顔をみせるアルテシア。だがソフィアは、そんなアルテシアの顔を見つめながら、にっこりと微笑んでみせた。
「どうしたの?」
「気になる話は、もう1つあるんです。シリウス・ブラックの脱走に、アルテシアさまが手を貸した。そう言ってる人がいるそうですよ」
「わたしが? どうして? だってわたし、シリウス・ブラックのことは全然知らなかったのに」
「ですよね。アルテシアさまがそんなことなさるはずない。そんなことわかってましたけど、問題はこのことをハリー・ポッターたちが話していたらしいということです」
「ハリーたちが。じゃあ、ハーマイオニーも?」
ソフィアはうなずいてみせたが、アルテシアは、自分に対するソフィアの呼び方が気にならないのだろうか。それとも、すでにこの呼び方についての話は済んでいるということなのか。
「そっか。まだわたし、疑われたままなんだ。残念だな。秘密の部屋はちゃんと閉じたから、すべて解決したと思ってたのに」
「あんなに苦労したのに、報われませんでしたね」
「そんなのべつにいいんだけど、そのウワサはどこから?」
「ホグワーツ特急のなかで話していたのを、ドラコ・マルフォイが聞いたらしいですけど、はたしてどこまで本当なのか。このことで、そのうち学校側か、あるいは魔法省から何か言ってくるかもしれません。クリミアーナとブラック家との姻戚関係なんて調べればわかることですから」
「そうか、そうだよね。ハーマイオニーならどこかの本で読んでてもおかしくないし、そこからいろいろ考えるよね」
あの本好きなら、その可能性は高いはずだとアルテシアは思う。ハーマイオニーの読む本が、ホグワーツの図書館にあるものだけであるはずもない。どこかでクリミアーナに関する記述のある本を見ていても、おかしなことではあるまい。果たして、そこから何を思ったのか。気になるのは、そのこと。
「ブラック家のことはどうします? ドラコ・マルフォイはもう少しなにか知ってるようですけど、調べてみましょうか?」
「ううん、いいわ。わたしが聞いてみる。ドラコはわりと親切だから教えてくれると思う」
「そうですか。でもそれ、アルテシアさまにだけだと思いますよ。とくにグリフィンドール生には、いじわるですから」
「あはは、そうだね。彼、ホグワーツ特急で初めてあったときからあんな調子だったけど、きっとドラコのお母さんがブラック家の人だからよ。そのせいで、いろいろ聞いてるからだと思う」
おかげでアルテシアは、ハリー・ポッターのようにスリザリン生から悪口を言われたりしないし、いじわるされることもほとんどない。それはつまり、スリザリン寮でドラコがそれなりの影響力を持っているということを示している。
「グリフィンドール寮って、居心地はどうなんですか? パチル姉さんがいるからあまり心配はしてませんけど」
「ありがとう。居心地はいいほうだと思うよ。魔法が使えないときは、それなりに大変だったんだけどって、そうだ、思い出したわ」
「な、なんですか」
どうして忘れていたのか。このホグワーツにいる限り、これは重要なことなのだ。もしかすると、ホグワーツを追い出されることにもなりかねない。
「ソフィア、杖を出しなさい」
「え!」
アルテシアが思い出したのは、スネイプと話をしたときのことだ。スネイプはソフィアの属するスリザリン寮の寮監であり、ソフィアの持つ杖がただの木ぎれにすぎないと、アルテシアに告げている。
「あの、今ですか。もう、次の授業が始まりますよ。もう、行かないと」
「授業? あ、そうか」
そういえば、次の授業のために移動しているのとき、ソフィアをみかけて話を始めたのだ。だが、まだ遅刻する時間ではなかった。そんなに時間に余裕があるわけではないが、あと数分は大丈夫だ。
「そうね。でも気をつけなさいよ。スネイプ先生はあなたの杖のこと、気づいてるわ」
「え!」
「とにかく、ゆっくりと話がしたい。放課後にでも相談しましょう」
「わかりました」
もしかすると、ソフィアはこのことは話したくないのかもしれない。だがアルテシアに言われては、断ることはできないといったところだろう。
「それから呼び方のことだけど、学校内ではダメだよ。それこそ、意味のない誤解をうけることになるから」
「そんなのわかってますけど、2人だけのときはべつですよ。それでいいって言ったじゃないですか」
「ええ。でも注意はしたほうがいいわ」
アルテシアとソフィアは、それぞれに魔法書を学んでいる。もしかするとマクゴナガルがマダム・ポンフリーに話したように、どちらもその魔法書によってさまざま影響を受けているのかもしれない。そしてそれは、互いの立場にも関係してくるだろう。
であるとするならば、その魔法書を作った魔女が生きていたころ、おそらく、まだ両方の家は良好な関係にあったそのころも、きっとこのような関係であったのかもしれない。
2人が話をしたのは、そこまで。それぞれ、次の授業がおこなわれる教室へと駆けていった。