ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第40話 「4人席のコンパートメント」

 夕方となり、ハリーたち3人が『漏れ鍋』へ戻ってくると、ウィーズリー氏が『日刊予言者新聞』を読みながら、バーに座っていた。ウィーズリー氏も、もちろんロンと同様に赤毛である。

 

「やあ、ハリー。元気そうだね」

「はい、おかげさまで」

「いろいろ、買い物したようだね。ハーマイオニー、その猫は、まさかキミが買ったのかね」

 

 名前は、クルックシャンクスというらしい。ハーマイオニーは、嬉しそうにうなずいた。だがロンは、しぶい顔をしている。

 

「ひどい話だろ。ネズミのスキャパーズがいるのに、虎だか猫だかわからないようなのを買うなんて」

「まあ、そう言うなロン。ハーマイオニーは気に入ってるようじゃないか」

 

 そう言いながら、ウィーズリー氏がテーブルに置いた新聞には、高笑いをしている男の顔写真が印刷されていた。魔法界の写真は動くようになっているが、何度も高笑いを繰り返すその姿は、さすがに目立つ。

 

「おじさん、この男は?」

「ああ、これはシリウス・ブラックという男だよ。アズカバンを脱走したんだが、まだ見つかっていない」

「ブラックなら、何度かうわさをききました。お店のお客さんなんかが話してた。こいつがそうなのか」

「気をつけるんだよ。なにしろ、凶悪犯ということになっているんだからね」

 

 そこで、ウィーズリー夫人がバーに入ってきた。ハリーたちと同じく買い物を抱えているが、かなりの量だ。その後ろには、今度5年生となる双子のフレッドとジョージ、それに全校首席に選ばれたパーシーと末っ子のジニーがいた。

 これだけいると、あいさつするだけでも大変だ。もしかすると騒いでいるだけだったのかもしれないが、わいわいがやがや、賑わいがしばらくのあいだ続いた。

 その日の夕食は『漏れ鍋』の食堂にあるテーブルを3つもつなげ、ウィーズリー家の7人とハリー、ハーマイオニーとでフルコースの食事となった。

 

「ねぇ、明日はどうやってキングズ・クロス駅に行くの?」

「魔法省が、車を2台用意してくれるので、それで行くことになる」

「うわぁ、そりゃスゴイや」

 

 みなが一斉に歓声をあげたが、ウィーズリー氏は別の話を持ち出してきた。

 

「なあ、ロン。おまえは忘れているかも知れないが、明日アルテシア嬢を駅でみかけたら、わたしに紹介するんだよ。なにしろ、顔を知ってるのはおまえたちだけだ」

「ああ、うん。分かってるよ」

 

 言いながら、ハリーを見る。そのハリーはハーマイオニーと顔を見合わせていた。そしてハーマイオニーが立ち上がる。ちょうどいい機会だと思ったらしい。

 

「ウィーズリーさん、聞いてもいいですか?」

「もちろん、いいとも。だが、わざわざ立つ必要はないよ。座りなさい」

 

 まだ食事中でもあり、座っていたほうがいいのは確かだ。ハーマイオニーは、すぐに腰をおろした。

 

「クリミアーナのことをご存じですか?」

「ご存じもなにも、あのお嬢さんの家がそうなんじゃないのかね。校長先生たちがそんな話をしていたはずだが」

「そうですけど、アルテシアのことを知る前にご存じだったかどうか、ということなんですけど」

「ふむ。そういうことなら知らなかったということになるが、モリー、キミは聞いたことがあったかね?」

 

 モリーとは、ウィーズリー氏の奥さんの名前。つまりロンの母親のことだ。

 

「あたしも、知りませんでしたね」

「じゃあ、パチルという名はどうですか?」

 

 これには、ハリーとロンも、驚いたようだ。まさか、クラスメートの名が出てくるとは。ウィーズリー氏は『聞いたことがある』と答えたのだが、ハーマイオニーはすぐさま別の名前を持ちだしてくる。

 

「では、ルミアーナという名前はどうですか」

「ルミアーナかね、ルミアーナ… うーん聞いたことがあるような気もするが、はっきりしないな」

「そうですか」

「いったい、それで何がわかるというんだね?」

 

 当然の疑問だろう。はたしてハーマイオニーがそれに答えるのかどうか。ハリーもロンも息を詰めて見守るが、ハーマイオニーは平気な顔をしている。すでに言い訳の言葉は考えてあるのだろう。ちなみにパチルなどの名前を出したのは、もちろんカモフラージュということになる。

 

「魔法史の勉強なんです。たとえばクリミアーナ家は何百年も続く古い家で、優秀な魔女が何人もいたらしいんですけど、その人たちのこととか、いろいろ知りたくて」

「なるほど。勉強熱心なのはさすがだが、それならアルテシア嬢に聞いたほうがいいんじゃないかね。旧家であればあるほど、家の歴史などはきちんと残されているものだよ」

「それはそうなんですけど」

「しかし、それほどの旧家であれば、名前くらい聞いたことがあるはずなんだが。クリミアーナ、クリミ、アーナ…、と」

 

 これで、ウィーズリー氏は知らないということがはっきりした。ハリーもロンもハーマイオニーも、そう思った。だがそれで、どういうことになるのか。ハリーとロンには、それがわからない。わかるのは、ハーマイオニーだけ。いったい、何を考えているのだろう。

 

「そうだわ、お父さん」

「ん? なんだね」

 

 そろそろ夕食も終わろうという頃になって、モリーが声をあげた。

 

「思い出しましたよ。あー、でも名前がなんだったかしら、たしか、ガラガラとかなんとか、そんな名前でしたかね」

「ガラガラ? それは違うんじゃないかね。人の名前とは思えんのだが」

「ええ、違うでしょう。でもそんな感じの名前でしたよ。ブラック家の嫁いびりってのがあったでしょう。単なるウワサですけど、あたしたちが結婚するしばらく前のことですよ」

「あーあー、そんなのがあったな。え? まさかそのとき追い出されたという奥さんの名前が、そうだって言うのかね」

「そうです、そうなんですよ。それにその人、たしかクリミアーナの人ですよ」

 

 それは、十分に驚くに値する話だった。もちろん、ハリー、ロン、そしてハーマイオニーにとっての話だが。

 

 

  ※

 

 

 実は、ハリーを驚かせた話はそれだけではなかった。夕食が終わり、みんな満腹となってそれぞれ部屋へと戻ってからのこと。ブラック家での出来事のことがどうしても気になったハリーは、ウィーズリー氏にもう少し話を聞こうと、1階のバーへと降りていった。もちろん営業などはしていないが、そこにウィーズリー氏が残っていたからだ。

 その途中でハーマイオニーと出会う。そのハーマイオニーが、静かにするようにという仕草をみせる。そして指さした方向は、バーの奥側の席。そこにウィーズリー夫妻がいた。他には誰もいない。

 声をかけるべきなのだろうが、ハーマイオニーの指示は、黙ったままでテーブルの陰に隠れるようにということなのだ。ウィーズリー夫妻の声が聞こえてきたこともあり、ハリーはあわてて隠れる。見つからずに済んだようで、その声が途切れることはなかった。

 

「じゃあ、どうすればいいんです? 知らない顔はできないと思いますよ」

「もちろんだよ、モリー。だが、簡単なことではないよ。なにしろ、わたしらはアルテシアという子のことを知らない」

「そうですけど、悪い子じゃないはずです。だってあの子はジニーを」

「ああ、そうだね。けどそれは、ロンが言ってるだけのことだからね。本人に聞いてみる必要はあると思うよ」

 

 ハリーとハーマイオニーは互いに顔を見合わせていた。だがいまは、一言もしゃべることができない。そうすれば、見つかってしまうからだ。

 

「まったく、困ったことになった。シリウス・ブラックの脱走が、またか娘の恩人に影響してくるとはね」

「ハリーのことはともかく、あのお嬢さんまで。きっと、気づいたのはわたしたちだけですよ」

「だろうね。ハリーには話すなとファッジは言うが、そういうわけにはいかない。お嬢さんのことも、ほおってはおけない」

「ハリーには、話すべきではありませんよ。怖がらせてしまうだけです」

「いや、知るべきだと思うがね。そうしないと、自分で自分を守ることができない。そうじゃないかい?」

「そうですけど、なにもわざわざ教えなくても」

 

 いったい何のことを話しているのか。ハリーは、そのことを大声で聞いてみたいのに違いない。そんなハリーを、ハーマイオニーが心配そうに見ている。

 

「シリウス・ブラックがどこにいるのか、まつたくわからないんだ。なにしろ、絶対に不可能だと言われていたアズカバンからの脱獄すらもやってのける男だからね。正直、魔法省が捕まえる見込みは薄いと思うんだよ。ならば、あいつが狙っているハリーは、なんとしても守らねばならん。いいかい、モリー。そのためにはハリーに教え、彼にも警戒してもらう必要があるんだよ」

「わかりますけど、ハリーは子どもですよ。周りの大人が守ってやればすむことだと思いますね、あたしは」

「まあ、それも正しいことではあるがね」

 

 ハリーには、衝撃の内容だった。それはもちろん、ハーマイオニーにとっても同じだろう。だが、話はそれで終わらない。

 

「ブラックは寝言で『あいつはホグワーツにいる』と言っていたらしい。それがハリーのことだと、みんな思ってるんだよ。そのうえ、アルテシアという女の子のことも、考えなければいけなくなった。彼女は、ブラックのことを知ってるだろうかね」

「どうでしょう。いまでも親戚ってことになるんですかね。だとすると、知っていてもおかしくないですけど、ガラガラさんが嫁入りしてたときには生まれてませんからね」

「もちろんだよ。わたしらでさえ、結婚していなかった。だが旧家であるらしいから、ちゃんと記録は残っているだろう。どちらの家にもね」

「そのガラガラさんですけど、ブラック家を出されてからどうしたでしょうね」

 

 ウィーズリー夫妻の間では、その人物の名前は、すっかりガラガラさんということになってしまったらしい。ちゃんとした名前を思い出そうともしていないようだ。ちなみにその人物の正しい名前は、クリミアーナ家の家系図によればガラティア・クリミアーナである。アルテシアの祖母の妹であった人物だ。

 

「もちろん、実家に戻ったんだろうと思うがね。とにかくそのお嬢さんとは会っておきたい。駅であえなかったら、このことをダンブルドアに報告がてら、学校で会わせてもらおうと思っているんだよ」

「そうね、アーサー。でもきっと、おかしなことにはならないはずよ。ダンブルドアが校長をなさっているかぎり、ホグワーツは安心に決まってますからね」

「そうだといいが、イヤな予感がするよ。ハリーのことだけでなく、お嬢さんのこともあるとなれば、頭が痛い。ともあれ母さん、そろそろ休もうか……」

 

 ウィーズリー氏の口調からは、さも疲れたようすがうかがえた。ハリーとハーマイオニーは、夫妻がバーを出ると、すぐにハリーの部屋に向かった。とにかく、話がしたかったのだ。このままバーで話をしてもよさそうなものだが、いままで自分たちがしていたように、誰かに聞かれる恐れがある。それを避けるためには、こうするのが一番いいと、どちらともなく、そう思ってのことだ。ハリーの部屋は個室なので他人に聞かれる心配はない。夜中に2人だけでいるにはふさわしくない場所かもしれないが、そんなことは気にしていないのだろう。

 

「大声は出さないでよ。しずかに話しましょう」

「わかってるよ。けどぼく、どうすればいいんだろう。想像もつかないや」

「これで、マグルに魔法を使ったのに許された訳がわかったわね。魔法省は、あなたを守ろうとしたのよ。ここに宿を取らせたのもそのため。シリウス・ブラックが、あなたを狙ってるからよ。でも大丈夫、ホグワーツにはダンブルドアがいるわ。他の先生たちもね」

「ああ、そうだね」

 

 だがそれは、確実ではなくなったのだ。ウィーズリー夫妻はあまり口にはしなかったが、夫妻が気にしていたのは、シリウス・ブラックとアルテシアとのつながりだ。シリウス・ブラックがハリーを狙っていて、そしてアルテシアともつながりがあるのなら、ホグワーツが安全だとは、必ずしもいえないのではないか。少なくともその可能性があることを、ハリーは感じていた。

 

「わかってる。つまりぼくは、ホグズミードには行けないってことだよね。いや、行かない方がいいんだ。どっちにしろ、許可証にサインをもらってないから行きたくても行けないんだけど」

「ホグズミード? そうね、学校から出ない方がいいに決まってるけど、でも気づいてる? ホグワーツが安全だという保証がゆらいでるのよ」

「そんなの、わかってる。おじさんたちが気にしていたのも、たぶん、そのことだ」

 

 シリウス・ブラックがヴォルデモートの右腕だというのなら、ハリーが狙われてもおかしくない。ではアルテシアがブラック家と関係あるというのなら、なにが起こるだろう。いくつか思いつくことはあるが、どれも、ありそうでありえない。ハリーはそんなことを思った。ウィーズリー夫妻が、このことを口にしなかったのも、きっと、そのためだ。

 ならば、この友人はどう思っているのだろう。ハリーは、ハーマイオニーをじっと見つめた。ハーマイオニーも、そのことを考えているはずなのだ。

 

「ハーマイオニー、キミは」

「あたしは、アルテシアを疑ってないわ。それより気になるのは、シリウス・ブラックがアズカバンを脱走した方法よ。どんなところかは知らないけど、脱獄不可能とされていたのよね。なのになぜ? なぜ今なのかしら? 脱獄できるのならもっと早くてもよかったはずでしょう」

「そうだけど、なにか理由があったんだろ」

「そうね、理由があったはず。今である理由がね。あたしたちは、それがなにかを知るべきであって、アルテシアがシリウス・ブラックと協力してるかどうかじゃないわ。脱走に手を貸したりとか、そんなことあるはずない」

「けどキミ、クリミアーナ家とブラック家が親戚だってこと、忘れてるよ。それにアルテシアには、疑わしいところがある。キミだって、そう思ってるはずだ。だからウィーズリーおじさんにクリミアーナ家のこと、尋ねたりしたんだろう」

 

 そう。そもそもは、そこから始まっているのだ。古くから続く旧家であるはずのクリミアーナ家が、なぜか魔法界ではほとんど知られていない。ハーマイオニーはそこに疑問を持ち、調べる必要性を感じている。その意味からすれば、アルテシアを疑っていることになるのではないか。

 ハリーはそう思っているが、ハーマイオニーは、たぶん認めないのだろう。

 

「疑問は、疑問よ。わからないことがあれば、調べればいい。答えは、そこにあるわ。本人に聞くというのもいい方法だと思わない?」

「どうかな。たぶん、教えてくれないような気がするよ。キミが、どっちがパーバティが見分けられるんなら別だけど」

 

 互いに軽く笑ったところで、話はこれまでとなった。

 

 

  ※

 

 

 まだあまり人の姿のない、キングズ・クロス駅の9と4分の3番線ホーム。アルテシアは、そのホームを、ゆっくりと歩いていた。1年目のときと同じく、時間に余裕のありすぎる到着だ。すでに紅色のホグワーツ特急は停車していたので、列車に乗り込み、4人席のコンパートメントに席を取る。パチル姉妹とソフィアとで4人となるので、ちょうどいい。

 そう思ってのことなのだが、ハーマイオニーのことを考えると、6人席にするべきか。アルテシアは、そんなことを考えた。さすがに席が全部埋まっていたなら、ハーマイオニーも他のコンパートメントに行くだろう。でも、そのとき誰かが遅れていて席が空いていたなら。

 そんなときのためにも6人席にしようと、アルテシアは立ち上がる。もともと荷物などは持っていないので、移動は簡単だ。必要なものは、腰の横に下げた巾着袋からいつでも取り出せるのだから。

 服装は、クリミアーナ家の白いローブ姿だ。袖などに赤い縁取りがされ、裾には青のラインが入った、クリミアーナ家の公式衣装だ。いまでは自身の手で保護魔法をほどこすことができるのだが、やはり母親の手による保護魔法がかけられたローブのほうが安心するのであろう。

 その6人席のコンパートメントに、次の乗客が来たのはそれから20分ほど後。姿を見せたのは、ルミアーナ家のソフィアだった。ソフィアは、すでに制服姿である。

 

「6人席ですか。4人席のほうがいいと思いますよ。そうしませんか」

「けど、もし人数が増えたりして誰かが座れなくなったら困るでしょ」

「なるほど。でもパチルさんたちも早めに来ると言ってましたから、4人席にしましょう。いいですね?」

「いいけど、どこか開いてる? 4人席は少ないよ」

「大丈夫、もう見つけてありますから」

 

 なるほど、そういうことか。アルテシアは納得し、ソフィアとともに、そこへ移動。そして、窓側へ座る。そこからホームが見渡せたが、ホームを歩く人の姿は、まだそれほど多くはない。

 

「ところでソフィア。その言葉遣いは、なんとかならないの。なんとかするっていう約束だったよね?」

「ええ、なんとかしますよ。でも、もう少しだけ。こんな日が来ること、ずーっと夢見てきたんですから」

「それは、そうかもしれないけど」

「それに、3年生と2年生ですよ。年上と年下、つまり先輩後輩です。誰も気にしないと思いますよ」

 

 それはそうだろう。つまり気にしているのは、アルテシアだけということになる。そのことに、アルテシアは苦笑する。

 

「けど、ソフィア。その制服は、あれだよね」

「そうですよ。うちの母が、感心してました。あれから母とよく調べたんですけど、かかっている魔法の種類は6つ。なかでもカウンターアタックだって母は言ってましたが、攻撃してきた相手にそれを倍返しするっていうのが秀逸だって言ってました」

「ああ、うん。わたしは、あの魔法に命を救われたことがあるの。トロールに襲われたとき、唯一の反撃手段がその魔法だった。それで反撃できたから、気を失うくらいですんだのよ」

 

 それは、1年生のときのハロウィンの日のことだろう。そのときアルテシアは、トロールから3回にわたり棍棒で殴られている。ある程度までの衝撃であれば保護魔法によって無力化されるのだが、あまりに強すぎる衝撃の場合、その全てを防ぐことは難しい。あのときアルテシアがダメージを受けたのは、そのためだ。とうとう3回目で気を失ってしまい医務室で手当を受けることになったが、実はトロールのほうは、それ以上の被害だ。ローブにかけられた別の魔法によって、自身の攻撃力に倍する反撃を受けているのである。つまりアルテシアは、保護魔法により緩和された攻撃を3回受け、同時にトロールは、魔法により倍加された反撃を3回受けたというわけだ。

 

「もしよければ、1つ追加をさせてもらえないか、と母が言ってましたよ」

「追加?」

「ええ。着ている人が気を失うなどの異常があったとき、どこか特定の場所へと移動させる魔法です。もしよければ、ルミアーナ家の客室のベッドの上はどうか、と」

「ありがとう、ぜひお願いしたいけど、その場所は、クリミアーナ家のわたしのベッドがいいわ。けど、どうしたんだろう」

「なにがです?」

 

 アルテシアが、窓の外を指さす。ソフィアも目線をむけたそこには、パチル姉妹とハーマイオニーたちがいた。なにやら立ち話をしているのだが、もちろん、その声は聞こえてこない。

 

「あらあら、つかまっちゃってますね、パチルの双子。そういえばあの人たちの叔母さんとうちの母とが、なんどか話をしています。わたしも同席したことありますけど、あの叔母さんこそ、もっと話し方を工夫するべきだと思いますね」

「あはは、確かにちょっと、じれったくなるような話し方する人だけど、こっちの話はちゃんと聞いてくれるし、いい人だよ」

「それは、母も同意見でした。話はいい方向に進んでいますよ」

「あとは、ヴォルデモート卿とのこと、キチンとするだけだね」

「そうですけど、あせることはないと思います。すくなくとも今年1年、ムリは禁物。できれば来年も」

 

 それは、はやくに魔法力を解放させた魔女によくあること。通常14歳が境とされるが、それよりも早いとき、魔法使用による負担が体調に影響を与えることがある。事実アルテシアは、秘密の部屋騒動のあと、またも寝込んでいるのだ。

 

「ありがとう、ソフィア。でも、あなたこそムリしないでよ。わたしより年下なんだからね」

 

 それには、ソフィアは答えない。つまり『はい』と返事ができないということだろう。場合によってはムリもする、ということだ。アルテシアが、秘密の部屋でしてくれたように。

 おそらくソフィアは、そんなことを考えていたのだろう。そんなソフィアに、アルテシアは、やわらかく微笑んでみせた。たしかにルミアーナ家は、その昔、クリミアーナ家の守り神だった。そんな役目を担っていたのだ。だがこれからは、そんなことにとらわれる必要なんてない。アルテシアはそう思っていたし、そうするつもりだった。

 窓の外では、相変わらずパチル姉妹とハーマイオニーたちが立ち話をしている。

 

「ようすをみてきましょうか? 何の話をしているか、予想はつきますけど」

「そうだね。でも、行くとややこしくなるんじゃないかな。いろいろ疑われているだろうし」

「それ、疑いなんですかね。事実なところもあるんですよ」

 

 ハリー、ロン、そしてハーマイオニー。その3人がパチル姉妹と話しているのは、ダイアゴン横丁のパーラーのテラスでのことだろうと、アルテシアは思っている。あのときハリーが、なぜあそこにいたのか。あの席には、シリウス・ブラックのうわさ話をしていた2人組がいたはずだった。もちろん席を立つところだったけど、そのあと、ハリーが来たことにまったく気づかなかったのはなぜか。ハリーは、どこから話をきいていたのか。

 本当なら、そのことをこちらから聞いてみたかった。

 

「ねぇ、ソフィア。トム・リドルという人のことだけど」

「会ったことはないですよ、もちろん。母の言うとおり、ずいぶん昔に半年ほど、うちに滞在したことはあるらしいですけど」

 

 その半年ほどの間に、どういうことがあったのか。気になるのは、魔法書をみせたかどうかだが、その可能性は高いとアルテシアは思っている。クリミアーナ家でもそうだが、魔法書のことはとくに秘密にしてはいないのだ。興味を持ち、見たいという人には見せることにしている。アルテシアがマクゴナガルに見せたのも、ハーマイオニーがクリミアーナ家で目にしたのも、そういう理由からだ。

 だが、半年ほどではそれが読めるようになるとはとうてい思えない。なので、クリミアーナが闇の魔法に荷担したということにはならないはず。

 そのはずなのだが、アルテシアの気持ちは、晴れなかった。視線の中では、パチル姉妹がようやくにしてハーマイオニーから解放さたところだった。

 もうすぐ、パチル姉妹がここに来るだろうし、ハーマイオニーたちと何を話していたのかも聞けるだろう。そういう意味からすれば、4人席のコンパートメントにして正解だったようだ。

 アルテシアは、そんなことを思いつつ、ソフィアに軽くうなずいてみせた。

 


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