3話までの文字数の合計が、スゴイことになってましたね。偶然に違いないんですけど、あの数字を変更したくなくて、第4話の登録を延期しようかと、けっこう本気で考えてしまいました。
窓の外は、だんだんと暗くなっていた。深い紫色の空の下に山や森が見える。それにつれ、アルテシアたち3人のおしゃべりも、そろそろ疲れてきたのか終わりが近いらしい。誰もしゃべっていないあいまができはじめた頃になって、ハーマイオニーが戻ってきた。
「あら、どこに行ってたの?」
どうせハリー・ポッターのところなんでしょ、とまでは言わない。そんなパーバティの問いかけに対するハーマイオニーの返事は、アルテシアたち3人にとってはちょっと意外なものだった。
「あのとき、コンパートメントの外に、ヒキガエルが見えたのよ。誰かのペットだろうと思って、捕まえようとしたんだけど」
「ヒキガエル、ですって」
「そうよ。結局、ネビルって子のヒキガエルだったんだけど、見失っちゃって、けっこう大変だったんだから」
「それはそれは」
ハーマイオニーは、椅子に座ると自分のトランクに手を伸ばす。
「そういえば、ハリー・ポッターに会ったわ」
ああやっぱり、と誰もが思ったが、誰もが口には出さない。そんな3人を不思議そうに見回しながら、ハーマイオニーは自分の荷物をまとめ始める。
「ハリーのところにも、さっきのマルフォイとかいう男の子が来て、言い争いになってたみたい。大声になってたし、ケンカしてたんじゃないかって思うんだけどね。それより皆さん、急いだ方がいいわ。ローブを着て。運転手さんに聞いてきたんだけど、もうまもなく着くって。アルテシアもよ。そのローブじゃだめ。制服じゃないとね」
いよいよ、か。もうこれ以上は、このローブを着ていられないようだとアルテシアは思った。不安はあるが、仕方がない。慣れるしかないのだ。せめて布地が同じエウレカ織りであることを喜ぼう。
「あと五分で駅に到着します。荷物は別に学校に届けますので、車内に置いていってください」
そんな車内放送が聞こえてくる。汽車も速度を落とし始めたようだ。おおげさに考えることはないのだと、アルテシアは覚悟を決める。なにも危険はないのだ、と。
「わたし、トイレで着替えてくる」
それだけ言い残して、コンパートメントを出る。とはいうものの、できるだけ長く、このローブを着ていたかった。トイレに行くのはそのためだ。せめて学校に着くまでは、とも思ったが、通路にあふれてくる人たちは誰もが制服姿。これ以上はムリだ。
トイレで着替えている間に、汽車はますます速度を落とし、完全に停車。到着したのだ。
「イッチ年生! イッチ年生はこっちだ!」
外から、そんな声が聞こえてくる。コンパートメントに戻ると、ハーマイオニーたちはいなかった。先に降りたのだろう。その瞬間、なぜかものすごい不安感に襲われる。その理由に想像はつくが、もはやどうしようもない。とにかく汽車を降りる。
ものすごく背の高い人が、叫んでいた。
「さあ、ついてこいよ――あとイッチ年生はいないかな? 足元に気をつけろ。いいか! イッチ年生、ついてこい!」
もう、ずいぶんと暗かったので、どんなところを歩いているのかよくわからなかった。滑ったり、つまずいたりしている人もいるようだ。
「みんな、ホグワーツがまもなく見えるぞ。この角を曲がったらな」
そんな声のあとで、狭い道が急に開け、大きな黒い湖のほとりに出た。次の瞬間には、一斉に声が湧き起こった。
むこう岸に高い山がそびえ、そのてっぺんに壮大な城が見えた。大小さまざまな塔が立ち並び、キラキラと輝く窓が星空に浮かび上がっていた。あれが、ホグワーツなのだろう。
「4人ずつボートに乗って!」
4人と言われ、ハーマイオニーやパチル姉妹の顔が頭をよぎる。ちょうど4人になるのだが、あの人たちはどこにいるのだろう。周囲を見回していると、岸辺につながれた小船の横に、同じ顔をした2人が立っていた。見つけたとばかりに、駆けよる。なぜか、涙が出た。とまらなかった。
「あらあら、どうしちゃったの」
「わたしたちとはぐれてさみしかったのね」
パーバティとパドマだった。ハーマイオニーはいなかった。
「ごめん、なんだか急に不安になっちゃって。恥ずかしいんだけど、どうしようもなくって」
「とにかく、乗ろうよ。ハーマイオニーは、例のヒキガエルの男の子たちとボートに乗ったわ。ハリー・ポッターも一緒だったよ」
突然襲ってきた、涙ぐむほどの不安感。その理由のひとつに、いつものローブを着ていないことがあげられるだろう。生まれてからずっと、いつもあのローブを着ていたのだから、最初は苦労するだろうが、こればかりは慣れるしかない。あのローブはいわばクリミアーナ家の制服であって、ホグワーツの制服ではないのだから。
ともあれ、パドマたちとボートに乗る。定員は4名なのだが、あと1人が乗らぬうちに、引率者の大きな男の声がした。
「みんな乗ったか? よーし、では、進めえ!」
ボートの船団が一斉に動き出す。これも魔法なのだろう、誰も何もしていないのに、その掛け声とともに、鏡のような湖面を滑るように進んでいく。そびえ立つような巨大な城が、みるみるうちに近づいてくる。
ボートの船団は、蔦のカーテンをくぐり抜け、その陰に隠れていた崖の入口へと進んだ。そこをくぐり、船着き場に到着。全員が無事に岩と小石の上に降り立った。そして石段を登り、巨大な樫の木の扉の前へと集まる。
「みんな、いるか? いるな? なにも、問題はないな。ようし、ではいくぞ」
とても背の高い大きな人が握りこぶしを振り上げ、城の扉を三回叩いた。
※
そこからの引率者は、ミネルバ・マクゴナガルだった。松明の炎に照らされた玄関ホールは広く、天井はどこまでも高く、壮大な大理石の階段が正面から上へと続いている。
案内されたのは、ホールの脇にある小さな空き部屋。そこまで来たところで、マクゴナガルがあいさつを始める。
「ホグワーツ入学おめでとう。新入生の歓迎会がまもなく始まりますが、そのまえに、皆さんが入る寮を決めなくてはなりません。寮の組分けはとても大事な儀式です。ホグワーツにいる間は、寮生が学校でのみなさんの家族のようなものです。教室でも寮生と一緒に勉強し、寝るのも寮、自由時間は寮の談話室で過ごすことになります」
寮は4つあるのだという。それぞれ、グリフィンドール、スリザリン、レイブンクロー、そしてハッフルパフという名がついている。そのどれになるのか。またも不安がアルテシアを襲う。そんなアルテシアの肩をポンとたたいたのはパドマ。
「一緒の寮になれるといいね」
「あ、うん。でも、どうやって寮を決めるのかしら」
マクゴナガルのあいさつは続いているが、そんな会話が、あちこちでささやかれていた。やがてマクゴナガルの視線がアルテシアをとらえる。アルテシアには、マクゴナガルがわずかに微笑んでくれたように思えた。
「まもなく全校生徒の前で組分けの儀式が始まります。準備ができているか確認してきますので、静かに待っていてください」
マクゴナガルが部屋を出ていく。その後ろ姿を見ながら、アルテシアは思った。ここには、マクゴナガル先生がいるのだ。たった二日ばかりだけど共に過ごした、見知った先生がいるのだ。なんとなく、ほっとした気分になる。気持ちがずいぶんと落ち着いた。そう言えば、ハーマイオニーはどこにいるのだろう。
そのハーマイオニーを探しているところで、マクゴナガル先生が戻ってくる。
「組分け儀式がまもなく始まります。一列になって、ついてきてください」
部屋を出て再び玄関ホールへと戻る。そこから二重扉を通って大広間へ。そこには、不思議な光景が広がっていた。何千というろうそくが空中に浮かび、周囲を照らしている。天井はビロードのような黒い空で、星が点々と光っていた。
「本当の空に見えるように魔法がかけられているのよ。『ホグワーツの歴史』に書いてあったわ」
そんな声が聞こえた。あれは、ハーマイオニーの声だ。どこかはわからないが、近くにいることはたしかだ。そんなことも、安心感につながったのだろう。アルテシアの表情は、ずいぶんとおだやかなものになっていた。そのことに、そばにいたパーバティとパドマが、顔を見合わせて微笑んでいる。
大広間には長テーブルが4つあって、そこに上級生たちが着席していた。他に教職員用のテーブルもあり、アルテシアたち1年生は、その教職員用のテーブルのところに、上級生の方に顔を向け、先生方に背を向けるかっこうで一列に並んだ。
マクゴナガルが、1年生の前に黙って4本足のスツール椅子を置く。その上には、とんがり帽子が置かれていた。
「名前を呼ばれた者から順に、この椅子に座り、帽子をかぶってもらいます。よろしいですね」
それが、組み分け儀式なのだろう。マクゴナガル先生が長い羊皮紙の巻紙を手にして前に進み出る。
「アボット・ハンナ!」
ピンクの頬をした、金髪のおさげの少女である。一瞬の沈黙…… そして「ハッフルパフ!」と帽子が叫んだ。
右側のテーブルから歓声と拍手が上がり、ハンナはハッフルパフのテーブルに着いた。組み分け儀式は、こんな感じで進んでいった。
呼ばれるのはアルファベット順だ。なので、アルテシアの順番が来るのは早かった。
「クリミアーナ・アルテシア!」
どこの寮に決まるのか。自分のことより、ハーマイオニーやパチル姉妹のことが気になった。だがもちろん、それがわかるのは彼女たちの順番がきてからになる。
帽子を手にしたマクゴナガルが、アルテシアを見て軽く微笑み、うなずいてみせた。アルテシアも笑みを返す。椅子に座る。帽子が乗せられる。帽子はアルテシアにとっては大きく、目のあたりまでをすっぽりと隠してしまう。
『ほう、これはこれは。お久しぶりというのは間違いでしょうかな』
「えっ!」
声が聞こえた。小さな低い声だった。いったい誰の声か。それに驚き思わず声をあげていたが、幸いにもそれは大声にはならなかった。
『まさか、ご本人ではありますまい。お会いしたのは、もうずいぶんと昔のこと。しかし、よく似ておいでだ』
『わたしが、ですか』
声の主は、帽子に違いない。まさか、帽子に話しかけられるとは思っていなかったアルテシアだが、今度は、おちついて小さな声でささやく。
『4人の創立者によってこのホグワーツが創立されて間もないころのこと。学校を視察に来られましたな』
『ホグワーツを訪れたことがあったんですね』
『あれからクリミアーナの方は、どなたもおいでにはならなかった。あなた以外には』
『それは、こことは違う勉強法を選んだからだと思います』
『なるほど。ともあれあのときより、ずっとお待ちしておりましたぞ』
『ホグワーツは、わたしを受け入れてくれるのでしょうか』
『もちろんですとも。まずは所属する寮を決めましょう。しがない組み分け帽子が愚考しまするに、あなたさまにはグリフィンドールがよろしかろう』
『グリフィンドール?』
『さよう。なにものにも負けない強い信念、そして勇気と優しさ。まさにグリフィンドールこそふさわしいといえましょう」
『そ、そうかな』
『むろんロウェナ殿とのことは承知しておりますぞ。だがここは、やはり』
「グリフィンドール!」と、帽子はそう叫んだ。これでアルテシアの所属寮は、グリフィンドールと決まった。帽子を脱がせながら、マクゴナガルが小さく耳打ち。
「おめでとう。グリフィンドールの寮監は、わたしですからね」
その後も組み分けは続き、アルテシアの気にしていたハーマイオニーとパーバティはグリフィンドールとなったが、パドマはレイブンクローだった。その他では、ヒキガエルに逃げられていたネビル・ロングボトムや、有名なハリー・ポッターもグリフィンドール。汽車の中でいろいろとあったドラコ・マルフォイはスリザリンと決まった。
※
新入生を迎える歓迎会は、まさに盛会であった。テーブルの上にはたくさんの大皿。そこにローストビーフ、ローストチキン、ポークチョップやソーセージなど、さまざまな料理が並び、誰もが食事に夢中だ。そして全員がお腹いっぱいになるころには、デザートが現れる。アイスクリームやアップルパイ、糖蜜パイ、エクレア、ゼリーなどなど……。
そんななか、テーブルの端のほうでは、ハーマイオニーがパーシー・ウィーズリーと話をしていた。パーシーは、グリフィンドール寮の監督生だ。
「勉強することがいっぱいあるんですもの。わたし、特に変身術に興味があるの。ほら、何かをほかのものに変えるっていう術。もちろんすごくむずかしいっていわれてるけど……」
「はじめは小さなものから試すんだよ。マッチを針に変えるとか……」
その反対側には、あのハリー・ポッターやロン・ウィーズリーなどが、グリフィンドール塔に住むゴーストと話をしていた。ちなみにロンはパーシーの弟だ。
「グリフィンドール新入生諸君、今年こそ寮対抗優勝カップを獲得できるよう頑張ってくださるでしょうな? グリフィンドールがこんなに長い間負け続けたことはない。スリザリンが6年連続で寮杯を取っているのですぞ!『血みどろ男爵』はもう鼻持ちならない状態です……スリザリンのゴーストですがね」
ゴーストは、各寮にそれぞれいるらしい。
「君のこと聞いてるよ。『ほとんど首無しニック』だ!」
「むしろ、呼んでいただくのであれば、ニコラス・ド・ミムジー……」
グリフィンドール寮憑きのゴーストの本名は、ニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン。そう名乗ろうとしたのだろう。だが途中で、言いよどむ。そのとき、思いがけないものを見たからだ。
「どうしたの?」
だがその問いかけには応えぬまま、姿が消えた。どこへ行ったのかとハリーたちが周りを見回しているなか、アルテシアとパーバティーのところへあらためて出現。ニックは、優雅に敬礼してみせた。
「ごぶさたしております、姫さま。もし、人違いでなければ、の話ではありますが」
「わたし、ですか。それともこっち?」
パーバティがそういうと、ニックはその顔に笑みを浮かべ、改めてアルテシアの側へと一歩分、近寄った。
「あなたさまが姫さまのはずはない、とは承知しておりますよ。なにしろあれは、遠い昔のこと。この私がゴーストとなる前のことですからね。ゆえにグリフィンドールの新入生であるあなたが、姫さまであるはずはないとわかってはいるのです。ですが、遠い日を懐かしみたいのです。あの日と同じようにごあいさつをさせてください」
「わたしが、誰かに似ているとでも? サー・ニコラス」
「お、おお。おお、おお、おお、そうですとも」
ニックは、おおげさともいえるほど身もだえしながら宙に浮かぶと、そのまま姿が消えた。だがそんなニックの行動は、とっくに他の生徒たちの興味の対象からはずれていたこともあって、注目されてはいなかった。彼らの興味を引くものは、他にもいっぱいあったのだ。だが、間近にいたパーバティはそうではなかった。
「なんだったの、いまの? まさか知り合いじゃ、ないよ、ね?」
パーバティの問いには、微笑んだだけ。そして、そのあとで。
「もちろん、はじめて会ったと思うんだけど。でも、姫さまかぁ」
「そんなこと言ってたけど、家族にそんな呼び方される人っているの?」
「家族はいま、わたし1人なんだ。家には、パルマさんがいてくれてるけど」
アルテシアがそう言い、パーバティがまたなにか言おうとしたところで、教職員用のテープルから大きな声がした。
「エヘン――全員よく食べ、よく飲んだことじゃろうから、また二言、三言。新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせがある」
校長のダンブルドアだった。
「校内にある森に入ってはいけません。また、管理人のフィルチさんより授業の合間に廊下で魔法を使わないようにという注意がありました。クィディッチのチームに参加したい人はマダム・フーチに連絡してください。それから、とても痛い死に方をしたくない人は、今年いっぱい四階の右側の廊下に入ってはいけません」
ざわざわとした声が、あちこちで聞かれはじめるなか、校歌の合唱が始まる。そして。
「さあ、諸君、就寝時間じゃ。かけ足!」
歓迎会はこれで終わり。いよいよ、それぞれが所属する寮へと向かうのだ。グリフィンドールの新入生たちは、監督生であるパーシーに続いて、大広間を出る。廊下を通るときには、壁にかけてある肖像画の人物が注目していたり、ポルターガイストのピーブズにいたずらをしかけられたりと、なにかしら起こるなかを歩いて行く。そして、廊下のつきあたり。ピンクの絹のドレスを着た、太った婦人の肖像画から『合言葉は?』と尋ねられる。それには、パーシーが答えた。
「カプートドラコニス」
肖像画がパッと前に開き、その後ろの壁にある丸い穴から、グリフィンドールの談話室へと入って行く。基本的に円形の部屋で、ひじかけ椅子がたくさん置いてあった。女子寮へ続くドアと男子寮へと続くドアがあり、そこから女子寮へ。
各部屋のドアには、名前が記されていた。アルテシアは、ハーマイオニーとパーバティ、そしてもう一人の女子のグリフィンドール生であるラベンダー・ブラウンと同室となった。初めて会うラベンダーとあいさつをかわしながら、部屋の中へ。
「うわぁ、なかなかいい部屋じゃない。ねぇ」
とラベンダー。それに答えてアルテシア。
「うん。思ったより広いわね。4人だからかな。これなら、パドマも一緒でよかったのにね」
「まあ、しかたないわね。でもパドマがレイブンクローって、なんとなく納得できるんだ、あたし」
「合同授業とかあるし、ちょくちょく会えると思うけど」
そう言ったハーマイオニーは、とびきりの笑顔をみせていた。明日から授業が始まるのが、よほど嬉しいのだろう。だがアルテシアは、不安だった。なにしろ、まだ魔法が使えないのだ。それが影響しないわけがない。それなのに、他の人たちのなかでやっていかねばならないのだ。いったい、授業とはどういうものなのだろう。これまでのように本を読むだけ、では済むまい。
「心配しなくていいよ、みんな、これからスタートなんだからさ」
パーバティの言葉に、アルテシアは微笑んでみせた。ハーマイオニーは、自分のベッドのうえで、教科書を広げていた。ラベンダーは、荷物の整理にいそがしそうだった。
主人公の寮は、ほとんどの方が想像されたであろうグリフィンドールに決まりました。
違う寮にしようかとも思いましたが、ここは素直にグリフィンドールとさせていだきました。いよいよ次回からは授業が始まることになりますが、さてさて、アルテシアさんはどうするのでしょうか。