ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第39話 「パーラーのテラスにて」

 アルテシアは、ダイアゴン横丁に来ていた。マクゴナガルから、3年次に必要な学用品のリストを渡されており、それを揃えるためである。最初の年こそマクゴナガルに案内されねば何も分からなかったが、2年目は1人で買い物を済ませることができた。3年目となる今回は、ここで友人と待ち合わせることになっている。一緒に買い物をすることはもちろんだが、その友人と、新学期となるまでにきちんと話をしておきたかったのだ。

 待ち合わせ場所は、グリンゴッツ銀行の前。そこが一番わかりやすいだろうということになり、この場所に決めた。時間は11時。どこか食事のできるお店に入り、昼食も食べることにしている。

 新学期も間近とあって、ちらほらとホグワーツの生徒を見かける。教科書など、買いに来ているのだろう。そんななかに、ようやく友人の姿をみつけた。ようやくといっても、アルテシアが早く来すぎていただけで、約束の時間どおりではある。だが、なぜ1人なのだろう。

 そのことをいぶかしく思いつつも、友人の方へと歩いて行く。その友人もこちらへと歩いてくるので、ほどなくして向かい合うことになる。

 

「どうしたの、パドマ。なぜ1人なの?」

「え?」

「パーバティも来るんだと思ってた。久しぶりに会いたかったのに」

 

 そのパドマは、さすがに驚いたような顔をしつつも、首を横に振ってみせた。

 

「違うよ、アル。あたしはパーバティ。パドマはちょっと遅れて来るけど」

「なに言ってるの? あなたはパドマじゃないの。ね、パーバティは、ほんとに来てないの?」

 

 互いに、怪訝そうな顔で見つめ合う。だが、それも長くは続かなかった。パドマが、笑い出したからである。

 

「あはは、さすがはアルテシア。まいった、まいりました」

 

 そして、なおも大笑い。タネあかしはそのあとで、ということになるだろう。

 

「ごめんね、アルテシア。あなたが言うとおり、あたしはパドマ。パーバティは、ほら、そこだよ」

 

 指さされた方を見れば、なるほど、パーバティがそこにいた。少し離れた場所ではあるが、声はなんとか聞こえていたかもしれない。

 

「ほんとにごめん。実はこれ、パーバティのアイデアっていうか、賭けなんだよ。ほんとに、あたしたちを見分けてるのかどうかを確かめたいって言うからさ」

「別にいいけど、どうしてそんなことを?」

「それは、あたしが説明するわ」

 

 パーバティは、すぐとなりまで来ていた。立ち話ではなく歩きながら話すことにした3人は、グリンゴッツ前の白い階段を並んで降りていく。

 

「パーバティ、わたしも話があるの。聞いてくれるわよね?」

「いいけど、ウチの叔母さんから、いろいろ聞かされてるよ。だいたいのことは分かってるんだけど」

「それでも、わたしから話したい。パーバティとパドマは、わたしの大切な友だちだから」

「友だち、か。ね、その友だちに、あなたの新しいお友だちは、いつ紹介してくれるの?」

 

 多少、皮肉めいた口調。だが、そのことに気づいたのだろう。軽くため息をついた。

 

「ごめん、アル。あんたに、あたるつもりはないんだけど、ちょっとイライラしちゃってるかな」

「そんなこと、べつにいいよ。けどパーバティとパドマには、ゆっくりと話す時間をとってほしいんだ。いいよね?」

 

 パーバティがうなずく。パドマは、そんな2人の少し後からついてくる。行き先は、フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーという名の、カフェ・テラス。そこの席に、向かい合わせで座る。明るい陽の光は、席ごとに立てられている鮮やかな色のパラソルがさえぎり、日陰を作ってくれていた。

 まわりの席にも、客の姿がある。互いの買い物を見せ合ったり、さまざま話をしていたり。そんななか、となりのテーブルにいる人たちの話が、アルテシアの耳に入ってくる。

 

「脱走したシリウス・ブラックは、まだ捕まってないらしいな」

「ブラックは、例のあの人のいちの子分だ。アズカバンだろうと、脱走くらいできるってことだろ」

 

 ブラック、という名に思わず振り返るアルテシア。だが、そこのテーブルにいた人たちは、ちょうど帰るところのようだ。席を立ちながらの会話だったので、聞こえたらしい。

 

「どうしたの、アル?」

「あ、ううん。なんでもないよ」

 

 そうは言ったものの、ブラックという名前は気になった。いつだったか、クリミアーナの家系図を調べたことがある。そのとき、覚えのない3つの名前を見つけた。ブラック、ルミアーナ、クローデルの3つだ。そのうちのルミアーナ家とは、実際のつながりができた。クローデル家のことは、ルミアーナ家より情報を得ることができたし、ブラック家についても魔法族の旧家だと判明している。

 そのブラック家にはクリミアーナより嫁いだ女性がいるのだが、詳しいことはなにもわかっていないし、ブラック家の人とも会ったことがなかった。

 

「アル、先にあたしから言わせてもらうけど、叔母さんのところに、ルミアーナ家から連絡があったみたいよ。なんか、いい方向に進むんじゃないかな。あんたにも会いたいってさ」

「ちょっとちょっと、姉。話は、そこからなの? ほかに言うことあるんじゃないの?」

「なによ、妹。ちゃんとこれから話すわよ」

「あなたたち、少し会わないあいだに、おかしな呼び方するようになったのね」

 

 たしかにそうだ。だがそれはちょっとした冗談であり、なにも実際にそう呼び合うようになったのではないらしい。パドマがそう説明する。

 

「冗談はともかく、叔母さんもウチの母も、もうクリミアーナと関わるな、なんて言わないってさ。だからわたしたちは、これからもあんたと友だちでいられるんだけど」

 

 なぜか、声が不安げである。そう言いながら、そーっとのぞき込むようにしてアルテシアを見る。そのアルテシアはいつものように微笑んではいるものの、そこには、わずかに緊張したようすがうかがえた。

 

「わたしもよ。今度のことがあったけど、パチルの姉と妹とは、これからもずっと一緒にいたい。だから、ちゃと話を聞いてほしい」

 

 アルテシアの表情に、緊張感が増していく。微笑みが、緊張へと変わっていく。

 

「あなたたちに話しておきたいことがあるの。それを聞いたあとで、もう一度今と同じこと言ってくれたら、ホントに嬉しいんだけど」

 

 アルテシアは話を始めた。

 

 

  ※

 

 

「では、そうすることとしましょう。それでよろしいですね」

 

 そこは、大広間とでも呼ぶにふさわしいところ。かなり広い部屋なのだが、そこに集まる人の数も多く、窮屈ですらある。察するところ、部屋に入れるだけ詰め込んだ、といったところか。

 

「最後に、なにか言いたいことがあれば聞きます。誰でも、挙手してください」

 

 だが、居並ぶ人のなかから、手は上がらなかった。いや、たった1人だけ、席を立った者がいた。

 

「わたしは、挙手しろ、と言ったのですが」

「わかっています。でも、他にはおられないようなので」

 

 どうやら、発言は許可されたらしい。というより、拒否されなかったとしたほうがいいのか。

 

「クリミアーナのお嬢さまをお守りする立場にある者として、今回のこの結果は、とてもつらいものです。もはや、反省も詫びも必要ないと、アティシアさまはおっしゃいました。なので、それに従いこれ以上のことは申しません。ですが、私の願いはおわかりのはず。この先なにかの機会が訪れ、再びお会いできましたなら、そのときは」

「許しませんよ。これは決定です」

「アティシアさま」

 

 ほとんど表情も変えずに語られたそれは、明確な拒絶だと言えた。なにがあり、なにが決められたのか。ともあれ、アティシアと呼ばれた女性が『解散』あるいは『散会』とでも宣言すれば、それですべては終わりなのだ。大広間に集う人たちは、それぞれに去って行くことになる。だが、話はそこで終わらなかった。

 

「もう、決めたのです。ですが、クリミアーナはこれで終わりではない。これで終わらない。終わりにはしない。意志を継ぐ者がいる限りクリミアーナの歴史は終わらないのです。次の世代のもと、クリミアーナは続いていくでしょう。いまわたしが言えるのは、それだけです」

「おお、ではアティシアさま、子や孫の時代となり、そのような機会が訪れましたときには」

「もう一度いいますが、私が決定を覆すことはありません」

 

 改めての拒絶。すでに人が去りはじめ、隙間もみえはじめた大広間。アティシアの口から別れの言葉が告げられ、そのペースがより一層早まっても、アティシアはその場を動かない。そして同じように、その場に立ちつくしている者が、数人。

 すでに日が落ちたのか、広間から明るさが失われていく。それでも、アティシアはそこにいた。夜を迎え真っ暗となってもなお、そこにいた。ようやく他には誰もいなくなっていたが、それでもその場から動こうとはしない。だが結局、その大広間に、朝が来ることはなかった。

 

 いったい、何があったのか。どのようなことが決められたのか。それを知る人は、アルテシアの世代では、誰もいない。なにしろ500年前の出来事であり、当然、生きている人などいない。しかもアティシアは、このときの記憶を封印している。クリミアーナ家の魔女として自身の魔法書を残してはいるが、封が解かれぬ限りは、何もないのと同じ。

 だが、いまはホグワーツのグリフィンドール塔に住むゴーストのニコラス・ド・ミムジー・ポーピントンの場合は別だ。ゴーストになるまえのまだ生身の身体を持っていた頃のことではあるが、自身が経験したこと。時の流れとともに忘れてしまったことも多いだろうが、なにかきっかけさえさえあれば、思い出すかもしれない。彼としてはもめ事に巻き込まれたようなものだが、その全部ではないにせよ、騒動について見聞きしているのだし、彼自身、この大広間に足を踏み入れたことさえあるのだから。

 このころニコラスは、たびたびクリミアーナ家を訪れていた。当主であるアティシアと話をするのが楽しく、そして嬉しくもあったので、暇ができるとクリミアーナ家に顔を出していたのである。結果的にではあるが、彼が命を落としたのはそのためということになる。魔女の家に出入りしていたことから魔法使いとして囚われ、処刑されたのである。

 

 

  ※

 

 

「そんな話、初めて聞いたわ」

 

 そう言ったのは、パチル姉妹のどちらだったろう。それがパーバティだったのか、パドマであったのか、アルテシアには分からなかった。どちらか分からないなど、初めての経験だった。

 

「すべてを奪い、追い出そうとした人たち。クリミアーナを守り、争いを回避しようとした人たち。どちらも、ずっと昔からクリミアーナ家のそばで支えてくれてた人たちだけど、その騒動を収めるための選択は、すべてをなしにすること」

「なしって、どういうこと?」

「みんなバラバラになって、それぞれ独自に生きていくにした。たった1人になって、そこから再出発したんだと思う」

 

 それが最適な方法であったのかどうか。その議論はさておき、なにもかもを手放すことでそれまでをなかったこととし、事態の解決を図ろうとした。それが500年前のできごと。アルテシアは、そう説明した。

 

「なるほど、叔母さんの家がクリミアーナを追い出されたっていうのは、そういうことなんだね」

「クリミアーナに近づくな、付き合うなっていわれてきたのも、そのためってことなのかな」

 

 姉妹の、それぞれの感想。その前者はほぼ事実と言えるが、後者は少し違う。そのことをアルテシアは、ルミアーナ家のアディナから聞いていた。アディナの話では、クリミアーナ家との関係が修復するまではそっとしておくように、という意味でつながりのある人たちにそう指示していたものであるらしい。つまりそれは、ようすをみるということ。

 世代を重ね500年の時を経て、直系の子孫であるアルテシアが、クリミアーナを出てホグワーツへ入学するという事態が起きた。これは、まさに衝撃であったらしい。このことを、どう考えればよいのか。アディナは、悩んだ。悩み、考え、そして得た結論。

 

「ソフィアって子がホグワーツに来たのは、そのため?」

「ええ。500年前のことがあるので、それに反しない形で近づき、わたしのことを調べようとしたんだと思う。500年前に戻れるのかどうかを知るために」

 

 しばらくは、誰も何も言わないときが続いた。この3人ではなく、別の誰かがこの話をしたのであれば、沈黙のときなど訪れはしなかっただろう。この静けさは、この3人であればこそだ。

 すでにお昼を過ぎていたこともあり、テラスでは昼食がわりのサンドイッチなどを口にしている人たちもいる。そんななか、ハリー・ポッターがこの店にやって来たのは、なんの偶然だろう。そのハリーはアルテシアたちには気づいたものの、3人ともに押し黙ったままだったので、声をかけることはしなかった。アルテシアと背中合わせの席に座ったのは、気づかれないようにするためだろう。

 実はハリーは、1週間ほど前から、この店に出入りをしていた。このテラスは、おもに宿題をする場所となっており、宿泊先は「漏れ鍋」だ。

 

(あいつら、どうしたんだろう)

 

 そんなに心配なら声をかければいいようなものだが、ハリーは、もうずいぶんながくアルテシアと話をしていない。気後れというわけではないが、声をかけづらかったのだ。それでもすぐ近くに座ったのは、できれば仲直りしたいと思っていたからだろう。

 

「ごめんね、長い話になっちゃった」

「ううん、そんなことべつにいい」

「でも、そういうわけだから。わたしは、ルミアーナ家が願うのならそうしようと思ってるんだ」

「あたしも、それでいいと思う。じゃあアルテシア、ここで姉からひと言あるから」

 

 パドマの表情からは、さきほどの重苦しさは消え、いつものほがらかさが戻っていた。それは、パーバティも同じだったが、彼女の方には、少しだけ緊張感が見て取れる。

 

「さっきの、賭けの話なんだけど」

「賭け?」

「グリンゴッツの前で会ったとき。あのときあんたが、あたしたち姉妹をちゃんと見分けてるのかどうか、それを確かめたこと」

「ああ、あれってそういうことだったんだ。けど賭けってことは」

「うん。これからのことを、アルが見分けてくれるかどうかに賭けたんだ」

 

 その結果がどうだったのか。となりのパドマを見れば答えは明らかだとも言えたが、アルテシアはパーバティの言葉を待っていたし、その後ろでハリーが、いっそう耳をすませていた。

 

「でも、あんな賭けなんかどうでもよかった。アルが、ちゃんと話してくれたからだよ。おかげですっきりした。それにソフィアとは、もう友だちだと思ってる。秘密の部屋を閉じるために一緒に頑張ったでしょ」

「パーバティ」

「それに、例のあの人とのことで怒ってた叔母さんたちだって、ルミアーナ家と仲直りできそうなんだから、賭けたりする必要なかったんだ」

「そのことだけど、ヴォルデモート卿のことは、わたしが引き受けたの。責任持って解決するってことで納得してもらった」

「そうなんだ。だから叔母さんたち…… じゃあ、やっぱり例のあの人は魔法書で勉強したのかな」

 

 そのとき、アルテシアのすぐ後ろで、ガタッといすの動く音がした。それどころか、そのいすは、アルテシアのいすに勢いよくぶつかった。

 

「ヴォルデモートだって!」

 

 そこに、ハリー・ポッターがいた。なぜ、そこにハリー・ポッターがいるのか。アルテシアたち3人にはわからなかった。

 

 

  ※

 

 

 夏休みの最後の日も、ハリーは、フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーのテラスに席を取っていた。宿題は、すべて終わっている。とくにすることもなく、明日になるのを待つばかり。明日になれば、ホグワーツ特急に乗れるのだ。

 だがいまのハリーは、他のことで頭がいっぱいだった。数日前、この場所で聞いた、アルテシアたちの会話。盗み聞きをしていたようで気が引けたが、それでも、その意味を尋ねずにはいられなかった。

 ヴォルデモートが魔法書で勉強したとは、どういうことだ、と。

 その問いかけに一瞬顔を見合わせたものの、パドマが返した答えは、ハリーの聞き間違い、ということだった。ハリーが何を言っても、聞き間違いだと言い張り続けたのである。

 では、何の話をしていたのか。なにを聞き間違えたというのか。ハリーがそう問い返してみても、ムダだった。結局、言い争いは平行線となった。押し問答を繰り返すうちに、パドマなのかパーバティなのか、そんなのはハリーにはわからなかったが、パチル姉妹のどちらかが名前を当ててみろと言いだした。

 なかなかハリーが引き下がらないので、賭けをしようと提案してきたのだ。正解なら最初から全てを話すが、間違えればそれで終わりにしようということであり、結果としてハリーは、それで引き下がることとなってしまった。

 ハリーには、わからなかったのだ。ウィーズリー家のジョージとフレッドもそうだが、ただ静かに並んで座っていられては見分けなどつくはずがない。

 

『バカね、はぐらかされたに決まってるわ。だってあなたには、答え合わせなんてできないでしょう?』

 

 ハーマイオニーの、そんな指摘が聞こえてくるようだと、ハリーは思う。まさにそのとおりで、ハリーにはどっちがどっちだか分からないのだから、たとえばパーバティが、わたしがバドマだと言ったとしても、それがウソだと指摘することができない。あとでそのことに気づいたハリーだったが、すでに遅し、というやつだ。

 

「ハリー! ハリー!」

 

 突然、そんな声が聞こえた。声のした方をみれば、ロンもいた。2人とも、ハリーに向かって手を振っている。ロンはそばかすだらけに見えたし、ハーマイオニーはいつもより日焼けしているようだ。

 

「やっと会えたね。きっと来ると思ってたんだ。ぼく、ずっと『漏れ鍋』に泊まってて」

「知ってるぜ。パパにみんな聞いた。キミがマグルに魔法をかけたことや、家を逃げ出したこと。魔法大臣が『漏れ鍋』に泊まれるようにしてくれたことはね」

 

 そういえば、ロンの父親は魔法省に勤めている。その関係で、ハリーに起きたことを知っているのだろう。

 

「でもハリー、退学処分じゃなくてよかったじゃないの」

「ぼくもそう思ってるよ。けど大臣は、なぜ見逃してくれたんだろう。なにか知ってる?」

「そんなの知るもんか。それに、知らなくても問題ないだろ。キミが不利になるわけじゃない」

「そうだけど、気になるんだ」

「それより、驚きのニュースがあるぜ。僕たちも『漏れ鍋』に泊るんだ。明日は、みんな一緒にキングズ・クロス駅に行くことになる」

 

 それは朗報に違いなかった。きっと今夜は、楽しい夜になる。そう思っただけで、心が軽くなる。気分がよくなったところで、先日のアルテシアたちのことを話して聞かせた。

 

「それは、あれだな、うん。キミが聞き間違えたんだと思うな」

「そんなこと、あるもんか。あいつらは、間違いなくヴォルデモートに」

「おい! その名前を言うなって」

「ああ、ごめん。でもホントにあいつらは言ったんだ。聞き間違えなんかじゃない。魔法書のことも言ってたんだ」

「待ちなさいよ、少し落ち着いたら」

 

 ハリーが、だんだんと興奮してきたところで、ハーマイオニーが止めに入る。ハーマイオニーは、ロンとハリーを、交互に改めて見たあとで、ふーっとため息。

 

「ねえ、ロン。あたし思うんだけど、あなたはアルテシアをひいき目でみてるんじゃない? それにハリー」

 

 ロンに反論させないため、なのだろう。ハーマイオニーは、すぐさま話をハリーへと向けた。

 

「聞き間違いじゃないとしても、その意味を勘違いしてるってこと、あるんじゃない?」

「え?」

「話を聞いたのは、途中からなんでしょ。単にあの人のウワサをしてただけかもしれないわよ」

「そんなこと、ないと思うけど」

「重要なのは、それまでに何を話していたのかってこと、その話が例のあの人とどうつながるのかだと思う。あの3人には、なにか秘密があるみたいね」

「なあ、それってどういうことになるんだい? キミはまだ、アルテシアを疑ってんのか。それにハリー、キミだって仲直りするって言ってたじゃないか」

「うるさいわね、静かにしなさいロン。とにかくあたしの考えを言うから、2人ともしずかに聞きなさい。いい? 騒いじゃダメよ、大声はなし」

 

 こういうときのハーマイオニーには逆らうべきではない。ハリーもロンも、そのことはよく知っていた。

 

「まず、例のあの人が過去に魔法書を学んだのかどうか」

「そうに決まってるよ。あいつらがそう言ってたんだから」

「おいハリー、黙って聞くはずだろ」

 

 おもわず口を挟んだハリーを、ロンはあわてて止めた。ハーマイオニーの目が、怖さをワンランクアップさせたからだ。

 

「1年生のとき、クィレル先生がアルテシアの魔法書を狙ってたわ。魔法書であの人の魔法力を回復させるためにね。だけどアルテシアは、本は渡さなかった。それどころか、賢者の石を守るのに力を貸してくれたでしょ。アルテシアを疑うのは間違いよ」

「ほらみろ、ハリー。そうなんだよ」

「黙りなさい、ロン。クリミアーナの誰かがそんなことをしたってことは考えられるのよ」

「え! じゃあキミは、怪しいって思ってるんだね」

 

 意外だ、と言わんばかりのようす。そんなハリーを、ハーマイオニーは大きな目でまっすぐに見る。

 

「あたしは、アルテシアを疑ったりしない」

「け、けどキミはいま…」

「アルテシアは疑ってない。でも、周りの人たちのことまで責任は持てない。あの家は、とても歴史のある家なのよ。なのに、クリミアーナのことを知ってる人はほとんどいない。ロン、あなたは知ってた?」

「ど、どういうことだい?」

 

 黙れ、と怒鳴られるよりははるかにましだろう。だが予想外の質問を受けたロンは、返事に困ったらしくそう言うのがやっと。ハーマイオニーは、きゅっと口元を引き締めた。

 

「よく、聞きなさい。ホグワーツに入学してアルテシアと会う前に、クリミアーナ家のことを知っていたかどうか。ウワサでもいいから聞いたことがあったかどうか。あたしは、そう尋ねたのよ。どうなの?」

「そ、それは、知らなかったよ。学校が初めてさ。けどボクが物知りじゃないってことくらい、キミだって」

「ええ、よく存じているわ。そうね、このことは今夜ウィーズリーさんが『漏れ鍋』に来たら聞いてみることにするわ」

「そう、それがいいよ。けど、どういうことなんだい?」

 

 気になることは、聞かずにはおれない。そんなロンからは視線をはずし、ハーマイオニーはハリーを見た。

 

「たぶん、ウィーズリーさんは知らないと思うわ。なぜだかわかる?」

「わからないけど、マクゴナガルとかなら知ってるんじゃないかな」

「そうかもね。とにかく調べてみることにするわ。ハリーが聞いたことには、きっとなにか意味があるに違いないもの」

「でもキミ、アルテシアは疑ってないって、さっき」

「ええ、言ったわ。でも、なにか秘密があるのは間違いない。例のあの人とも、なにかあるはず。あたしは、それが知りたい」

 

 またもやハーマイオニーの視線が、ロンへと戻ってくる。ロンは、さりげなく視線をはずす。

 

「たぶんクリミアーナ家は、魔法界にかかわらないようにしてきたんだと思う。だから、ホグワーツに入学した人だっていない。図書館の本に載っていないのは当然だし、知ってる人もほとんどいない」

「けど、だったらなぜ、アルテシアは入学してきたんだい? それまでどおりにしてればいいだろうに」

「そのとおりよ。でもそうしなかったのには理由があるはず。これはカンだけど、例のあの人が関係してるわね」

「結局、そういうことになるのか。疑ってないとかいいながらキミは」

 

 だがロンが言えたのは、そこまで。ハーマイオニーの目が、怖さをさらにレベルアップさせたのだ。

 

「関係といっても、いろいろなの。協力とか友好とかだけじゃない、敵対っていうこともあるの。つまりあたしたちだって、例のあの人とは関係があるって言えるのよ。わかる?」

 

 わかるといえば、わかる。わからないといえば、わからない。ロンは、そんな気持ちなのだろう。だがハリーは、別のことを考えていた。アルテシアがホグワーツに入学してきた、その理由を想像していたのである。

 


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