「早起きは苦手だって言ってなかった? まさか、待っててくれるとは思わなかったわ」
アルテシアが地下へとやってきたとき、そこにはすでにソフィアがいた。前日にスリザリン寮の談話室への入り口近くで会ったときよりは、いくぶん地上へと近い場所である。どうみても手持ち無沙汰にしていたので、待っていたのは間違いないのだろう。それも、しばらく前から。
だが、ソフィアにもなんらかの意地があるようで、それを認めたりはしなかった。
「待っていたわけではありませんし、早起きが苦手というのも本当です。ですがたまたま、一晩中起きていることになってしまったので、そのついでということです。ご存じですか。夜中に、ハリー・ポッターが禁じられた森へと入っていったのを」
「え! ハリーがそんなことを」
「なにか、目当てがあってのことなのでしょうけど、いま、森番の人はいませんよね。しかも夜中ということで、気になってようすをみていたんです。まあ、無事に戻ってはきたんですけど」
そんなソフィアを、アルテシアは大きく目を見開いて、まじまじと見る。だが、少ししてふーっと、一息。目を伏せた。
「なんです?」
「いいえ。とにかく行きましょ。歩くのがイヤだったら、飛ぶけど」
「ああ、それには及びません。歩きましょう」
飛ぶ、とはつまり、魔法による転送。自分を含めた周囲の空間を、目的地にある相応の空間と入れ替えてしまうというものだ。その結果として、瞬時に場所を移動するということになる。
だがいまは、そうするまでもないということ。歩きながらソフィアは、ハリーたちのようすを話して聞かせた。森の中でなにがあったのか、その詳しい所は不明だが、怖い思いをしたらしい。さすがにソフィアは、森には入らなかったのだ。
そんな話をしながら、2人はパーバティが待っている空き教室へとやってくる。
「ええと、改めて紹介したほうがいいのかな?」
「いらないと思いますよ。パチルさんだって、わたしがルミアーナの者だとご存じのはずですから」
「ええ、知ってるわよ。でもその言い方は、ちょっとカチンとくるわね」
「あら、それは失礼。でも直そうなどとは思ってませんから」
雰囲気が一気に悪化したが、アルテシアは明るい声と笑顔とで、それを修復にかかった。とにかく、話を進めてしまったほうがいいという考えもあったのだろう。
「朝食までには済ませたいんだから、2人とも協力して。さあ、ローブを出して。持ってきてくれたよね?」
もちろんパーバティはすぐに出したが、ソフィアは、手に持ったままで、簡単には渡さなかった。
「まず、何をするつもりなのかを説明してください。話はそれからです」
「もちろんよ、ちゃんと説明するわ」
言いながら、アルテシアは制服であるローブを脱いだ。そして、クリミアーナの白いローブに着替える。
「それは?」
「これは、クリミアーナ家のローブ。あなたなら、わかるんじゃないかと思うけど、このローブには、魔法がかけてあるわ」
だがソフィアは、首を横に振った。横には振ったが、その目は白のローブに釘付けとなったままだ。
「わたしには、そんなことはわかりませんよ。でも、とても不思議な感じがします。ただのローブだとは思えません」
「へぇー、そんなことわかるんだ。あたしには、まったく普通のローブにしか見えないんだけど」
「それはそれで、正しいんだと思いますけど。でも、このローブがなんだっていうんですか」
言いながらも、視線はアルテシアの白いローブを見つめたままのソフィアである。
「もう一度言うけど、このローブには魔法がかけてある。わたしの母が、いくつか保護魔法をかけたの」
「保護魔法? ああ、なるほど。それで暖かさが伝わってくるんですね」
「同じことを、制服のローブにもやってみようって思ってるの。それがうまくいくようなら、みんなにも広めていきたい」
「もしかして、わたしのローブにも保護魔法をかけようってことですか。そのためにローブを持ってこさせたと?」
「そうよ」
ソフィアからローブを受け取り、あわせて3枚のホグワーツの制服を机の上に並べる。いくつか机を寄せ集めなければならなかったが、とにかく3枚がきれいに並んだ。
「それじゃあ、とにかくやってみるから」
「まってください。そこにあるのはわたしのローブですよ。一緒になってますけど、ほんとにそれでいいんですか。本気なんですか」
「もちろんよ。初めてやることだから失敗するかもだけど、もし成功したら、きっと役に立つと思うんだ」
ソフィアは、ほとんど表情を変えることはしなかった。だが、うきうきとした様子で手近の椅子をたぐりよせ、腰を降ろした。
「では、お願いします。これは、きっといい材料になります。たとえ失敗したとしても」
「材料って、どういうこと?」
「パチルさん。わたしはなにも、魔法を勉強するためにホグワーツに入学したわけではありませんよ。魔法のことなら、実家にいても十分に勉強できるんですから」
「あらま、そうなんだ。じゃあ、なんのために?」
「いったい、アルテシア・ミル・クリミアーナという人は、どういう人なのか。それをこの目で見るためです。この1年でそれを見極めたいと思ってるんです」
「なんかよくわかんないけど、あんたもいろいろと、そのうしろに抱えてることがあるみたいだね。知ってるのかな? あたしの親戚に」
そのとき、その空き教室の中が光で満たされた。話の途中であったが、パーバティとソフィアは、あわててその原因を探して視線を動かす。あの光はアルテシアのしでかしたことであり、魔法の行使によるものだった。
「なにいまの? もう、やっちゃったの?」
「うわ、パチルさんのせいで見逃したじゃないですか。じっくりと見るつもりだったのに」
「まあまあ、そんなのいいじゃない。それよりどうかな? うまくいかなかったかもしれない。手応え感じなかった」
椅子にすわっていたソフィアが、真っ先に3枚のローブのところへ。だが手を触れることはしなかった。ただ、じっと見る。
「このローブは、どちらの?」
「それ、アルテシアのだよ。あたしのはこれだし」
だが、その返事を待ってなどはいなかったようだ。ソフィアは、そのローブに手を伸ばし、手触りなど調べているようだ。パーバティも、自分のローブを手に取った。
「これ、クローデリアのですよね。どうして、こんなの持ってるんですか?」
「え? なんのこと」
「ああ、いえ。つまりですね、とてもめずらしいっていうか、これはめったに目にすることのない特殊な布地なんです。そのこと、ご存じでしたか?」
「名前くらいはね。エウレカ織りっていうんだけど、詳しいことは知らない。ソフィアは知ってるの?」
アルテシアのローブは、もちろんマダム・マルキンの洋装店で作ってもらったもの。マダム・マルキンは、エウレカ織りの布地をアルテシアの母であるマーニャからもらったと言っていた。布地そのものは、マーニャのもとへアルテシアの誕生祝いとして届けられたものであるらしい。
「実物をみたのは、これが2回目です。もしかすると違うのかもしれませんけど、この織り方や手触りは、間違いなくエウレカ織りだと思います。これが、まだ織られていたなんて」
「もらい物だって聞いてるわ。誰からもらったのかまではわからない」
「調べることは可能ですか?」
なにか知っていそうなソフィアだが、素知らぬ顔でそう聞いた。そのことを考えているのか、アルテシアは軽く唇をかんでいる。そんな2人に、パーバティが声をかける。
「それよりさ、保護魔法はローブに定着したの? 成功? それとも失敗なの?」
なにより、それが肝心なのであった。
※
その数日後、スプラウト先生から、マンドレイクが収穫間近であることが報告された。これでマンドレイク薬を作ることができ、石にされた生徒が復活する。そうなれば、誰が犯人であったのか、なぜ石にされたのかが判明することになる。もしかすると、自分たちが何もしなくても、すべての謎が解けて事件は解決するのではないか。
その報告を聞いてハリーはそう思った。そしてアルテシアも、同じようなことを考えた。だが犯人が判明するとしても、怪物はどうするのだろう。そのままにしておくのだろうか。ともあれ、きちんと決着をつけておく必要はあるはずだ。部屋はどうなっているのか。怪物は、どういう状況にあるのだろう。
「マダム・ポンフリーは、了解してくれるかな」
「大丈夫だと思うよ。マクゴナガル先生も、とりあえず賛成してくれてるんだから」
パーバティとアルテシアは、医務室へと向かっていた。マダム・ポンフリーには、あらかじめ話をしてあったが、最終的な了解をもらっているわけではない。なので拒否される可能性もあるにはあった。
「ええと、あたしは待機役ということになったんだよね」
「そうだけど、お仕事はちゃんとあるからね。これ、渡しておくわ」
パーバティとしては、つらいところだった。アルテシアと一緒に行きたいという思いはもちろんあるのだが、さりとて、怪物は怖いのだ。石にされるだけならまだいい。数日のうちにはマンドレイクの回復薬が作られるので、すぐに元に戻ることができる。だが、死んでしまうかもしれないのだ。そうなったら、たとえばマートルのように、ホグワーツのどこかにゴーストとして住むことになるのだろうか。アルテシアの在学中はまだましかもしれないが、卒業したらどうなるのか。
だがいま、そんな心配をすることはない。むしろ、無事に済むことを祈るべきだ。
「もしおかしな雰囲気感じたら、すぐに呼び戻してよ。どこでも投げつければ、これが割れて魔法が発動するから」
「わかってる。でも、ほんとにアルは大丈夫なんだよね。死んだりしないよね」
「こらこら、不吉なことを言うんじゃないの。だいじょうぶだよ、そんなことは絶対にない。わたし自身は医務室にいるんだから、最悪でも、寝込むだけで済むはずだよ」
「去年と同じってこと?」
「うん」
アルテシアは、笑ってみせた。そうなのだ。前年にクィレル先生から賢者の石を守ったときにも、アルテシアは同じ魔法を使用してその場に臨んでいる。そのときは、しばらく医務室のお世話になってしまったが、今回はその経験もあるし、魔法使用に身体も慣れてきているはず。それにあのときは、ヴォルデモートという闇の魔法使いがいた。今回は、怪物への対処だけなのでそうならずに済むはずなのだ。
「でも、その怪物、まだはっきりしたわけじゃないんだよ。もし違ってたらどうするの?」
学校中を悩ませている怪物の正体は、おそらくバジリスクだとアルテシアは思っている。実際にその姿をみてはいないのでまだ可能性の段階ではあるが、その確率はきわめて高い。パーバティも、この考えに同意してはいるのだが、やはりまだ不安なのだろう。資料によれば数百年も生きることがあるらしいし『毒蛇の王』とも呼ばれる毒のある牙に加え、その眼光に捕われた者は即死するとも言われている。バジリスクへの対処法は考えてあるが、強敵であることは、間違いない。
気になるのは、そのことをハリー・ポッターが知っているのかどうか。ハーマイオニーから、その情報を得たのかどうかだ。ハーマイオニーは怪物の正体をつかんでいる、とアルテシアは思っている。そのことは、ハーマイオニーが石にされたとき、現場で小さな手鏡が見つかったことからもわかるのだ。
ハーマイオニーは、手鏡を使って角を曲がった先に怪物がいないかどうかを確かめながら廊下を歩いていたに違いないのだ。その結果として、バジリスクの眼光を鏡を通して見ることになったため、即死せずに済んだのだ。さすがはハーマイオニーだと、アルテシアは思っている。
医務室に着き、マダム・ポンフリーの前に立つ。
「やはり来たのですね。マクゴナガル先生から聞いてはいますが、私は、考え直すべきだと思いますね」
「いいえ。このままほおっておくことはできませんから」
「そうかもしれませんが、マンドレイク薬で石にされた生徒が元に戻れば、原因ははっきりするでしょう。それで解決するのだと思いますよ」
そういいながらも、マダム・ポンフリーはアルテシアとパーバティを病室へと案内する。空きベッドが1つある。
「そういえば、さきほどハリー・ポッターが来ていましたよ。ハーマイオニー・グレンジャーのお見舞いだとかでね。石になっている人にもお見舞いが必要なのかどうか、わたしにはわかりませんけど」
「ハリーは、どんなようすでしたか?」
「そうですね。なにか勢い込んで戻っていきましたけど。その点だけを見れば、お見舞いの効果はあったんでしょうね。少なくともお見舞いに来た人は元気になったようですし」
どういうことだろう。アルテシアは、考えた。ハーマイオニーと対面し、なにかヒントを得たとするのが妥当なところか。もちろんハリーに聞けば済むことなのだが、ハリーたちとは、このところ疎遠になっている。闇の魔法との関連について、言い争うようなことになってしまってからというもの、あまり話をしていない。ときおり話しかけてみたりもしてみるのだが、どうにも避けられてしまうのだ。
「ほんとうに、去年のようにはならないんでしょうね? まあ、あなた自身は医務室にいるんだから、その点は安心だといえるのでしょうけれど」
「大丈夫です。こう見えても、わたしも魔法が上達しているはずですから」
本来なら、ここで笑い声が起こっていてもおかしくはないところ。だがそれは、病室に飛び込んできたソフィアのおかげで実現はしなかった。
「ご存じないでしょうから言いますけど、『スリザリンの継承者』が、また壁に伝言を残しました。最初に文字が残された壁の、そのすぐ下に、です」
「うそ! あなたはそれを見たの?」
「ええ。すでに騒ぎになっています。なにしろ、女生徒が1人、秘密の部屋に連れていかれたらしいのです」
「なんですって」
異口同音。それぞれから、同じような驚きの言葉が発せられる。ソフィアのほうはといえば、めずらしく慌てているような印象を受けた。その目は、まっすぐにアルテシアにむけられている。
※
話は少し戻るが、ソフィアが慌てて医務室へと来ることになったきっかけは、ハリー・ポッターの行動にあった。そのときハリーは、職員室にいた。職員室の左隅にある洋服掛けの陰に隠れていたのだ。洋服掛けに先生たちのマントがぎっしりと詰まっていたおかげで、十分に隠れることができたのである。ソフィアは、そんなハリーたちをいぶかしく思い、離れたところからようすを見ることにしたのだった。もちろん、その姿が見つからないようにと、工夫することは忘れていない。ややあって、続々と先生たちが職員室に入ってくる。
「生徒が1人、怪物に連れ去られました。『秘密の部屋』そのものの中へです」
そして職員室に響いたマクゴナガルの声は、驚きに値するものだった。各先生から、さまざま声が続く。話をあわせてみると、連れ去られたのはグリフィンドールの1年生ジニー・ウィーズリーであるらしい。しかも犯人からの伝言として、壁に『彼女の白骨は永遠に秘密の部屋に横たわるであろう』と書かれてあるらしい。
「こうなっては、全校生徒を、帰宅させることも考えねばなりません」
マクゴナガルがそう言ったところへ、ロックハートがにこにこしながらやってくる。遅れてきたことを悪びれるようすもない。すかさず、スネイプがその前に立つ。
「なんと、適任者がいた。まさに適任だ。女子学生が怪物に拉致されたのだ。『秘密の部屋』そのものに連れ去られた。吾輩は、あなたの出番が来たと考えるが」
「な、なんです。どういうことです」
スネイプの言葉を理解しかねているらしい。だが他の先生からも、次々と同じような言葉が飛ぶ。
「たしか昨夜、『秘密の部屋』への入口がどこにあるか知っているとおっしゃっていましたね。まさに適任だ」
「そのとおりだ。『秘密の部屋』の怪物の正体も知っていると、自信たっぷりにわたしに話してくれましたよね?」
ロックハートの顔から、血の気が引いていく。
「い、言いましたか、そんなこと。覚えていませんが」
「いや、吾輩は覚えているぞ。何もかもが不手際ばかりだ、最初から自分の好きなようにやらせてくれればよかったのだ、とも聞いたな」
「私は……何もそんな……あなたの誤解では……」
「それでは、ギルデロイ・ロックハート先生にお任せしましょう」
マクゴナガルが、そう宣言した。
「今夜こそが絶好のチャンス。誰にもあなたの邪魔をさせたりはしませんよ。お望み通り、怪物に対しお好きなようになさってください。そして、生徒を救い出してください」
もはや、ロックハートに逃げ道はない。隠れて話を聞いていたハリーは、そう思った。いったいロックハートは、どうするだろう。
「よ、よろしい。部屋に戻って、支度をさせてもらいます」
場の空気に耐えられなくなったのであろう。ついにそう言うと、ロックハートは職員室を出て行った。それを見送り、マクゴナガルは決断した。
「これで厄介払いができました。いいですか、寮監の先生方は寮に戻り、生徒に何が起こったかを知らせ、今夜は寮からでないようにと指示してください。また、今後のことは明日の朝一番で説明すると言ってください。指示あるまで生徒が寮の外に出ないように見回りもお願いします。よろしいですね」
先生たちがうなずき、職員室を出て行く。だがスネイプは、マクゴナガルのそばへ。
「今夜中に決着をつけさせるつもりだと、そういうことですかな。きっと、どこかの女子生徒が、なにかをするのでしょうな。あなたは、それを待って結論をだす。そういうことですかな」
「ええ、そうです。もう、そうするより方法がありません。さもなくば、学校を閉鎖することになるでしょう」
そう言い残しマクゴナガルが職員室を出ると、スネイプもそのあとに続いた。誰もいなくなったところで、ハリーもロンを連れて職員室を出る。
「な、なあ、ハリー。可能性があると思うかい? その、ジニーが大丈夫だっていう」
「もちろんだ。とにかくぼくたち、ロックハートのところに行くべきだと思う」
「え? あんなやつに会ってもどうしようもないだろ。それより、アルテシアのほうが……」
「いいか、ロン。ロックハートは『秘密の部屋』に入ろうとしているはずだ。僕たちの知っていることを教えてやるんだ。それがどこにあって、部屋にどんな怪物がいるのか教えるんだ」
あまりいい考えとは思えなかった。なにしろ、相手はロックハートだ。いくら先生たちの前であんな約束をしたとしても、本当に助けに行くのかどうか、疑わしい。
だが、さしあたってそれしか方法がないと判断したのか、ハリーたちはロックハートの部屋へと向かう。そんな2人のあとを、女子生徒が1人、こっそりと付けていく。ソフィアだ。もちろんソフィアも、職員室での話は聞いている。
ほどなくして着いたロックハートの部屋では、ロックハートがあわただしく荷物をまとめているところだった。
「先生、お出かけですか。僕たち、お知らせしたいことがあるんですが」
そんなハリーに、とりあえず返事はしたものの、ロックハートはいかにも迷惑そうな顔をしていた。
「いやなに、緊急に呼び出されてね。しかたないのですよ、すぐ行かなければ」
「僕の妹はどうなるんですか?」
ロンの叫びは、まさに当然のこと。それでもロックハートは、荷物の整理をやめようとはしない。ハリーが、もう1歩前に出る。
「本に書いてあるいろいろなことをなさった先生が、逃げ出すというのですか。こんな大変なときに」
「まあまあ、ハリー。よく考えなさい。私の本があんなに売れるのは、なぜか。つまり、誰も知らぬ魔法戦士や、見栄えのしない魔女などではなく、私がやったことだとすればいいのですよ。そのほうがいいのです。誰もがそう思うからこそ、本が売れるのですよ」
「わかったぞ。こいつは、他人のやったことを、自分の手柄にしたんだ。本を売るために自分がやったことにしただけなんだ。ほんとは、なんにもできやしないんだ」
そのロンの指摘が正しかったことは、ようやく荷造りを終えたロックハートが、ゆっくりと杖を取り出したことで証明された形となった。杖は、ハリーとロンへと向けられている。
「お気の毒ですが、いまキミたちには『忘却術』が必要だ。私の秘密をベラベラとしゃべったりされたら、もう本が売れなくなりますからね」
すぐさま、ハリーも自分の杖に手をかける。そして、ロックハートの杖が振り上げられるよりも、ほんのわずか早くハリーが大声で叫んだ。
「エクスペリアームス(Expelliarmus:武器よ去れ)」
それは、決闘クラブでロックハートとスネイプがお手本として対決したとき、スネイプがやってみせた魔法だった。その魔法でロックハートを吹っ飛ばし、杖を取り上げたハリーは、ロックハートを追い立てるようにして部屋を出る。そのようすの一部始終を見ていたはずのソフィアも、少し離れてあとに続く。
行き先は、マートルのいる女子トイレだった。そこに3人が入っていったのを見届けたソフィアは、すぐさま自分自身を医務室へと飛ばした。そこにアルテシアがいるであろうことは、十分に予想できたからだ。アルテシアが、秘密の部屋に関しどうやって決着をつけようとしているのか。その段取りについては、パーバティとともに聞かされていたし、アルテシアがそのとおりに実行しているのであれば、間違いなく医務室にいるはずだったのだ。
医務室に着いたソフィアは、自分が見てきたことを、アルテシアに話して聞かせる。そこにはパーバティがいたし、マダム・ポンフリーの姿もあった。だが、そんなことはどうでもよかった。とにかくこのことは、アルテシアに告げるべきだと思ったのだ。それも、すこしでも早いほうがいい。遅れれば、それだけ立場が不利になるのは明らかなのだから。