ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

34 / 122
第34話 「ただいま、準備中」

「これは、大変なことだと思うな。なにせ、ダンブルドアがいなくなったんだ。これからは、どんどん襲われるようになるぞ」

 

 ロンがかすれ声で言った。たったいま、アルテシアが来て停職処分とされたときのようすを話してくれたところだ。まったく、こんなことがおこるなんて信じられなかった。話のついでに、というわけではないが、ハグリッドがどこかへ連行されてしまったことはアルテシアには話して聞かせた。どこに連れていかれたのかはわからないが、アズカバンと呼ばれる魔法使いの監獄であろうことは十分に予想できる。というか、それ以外の場所なんて考えられない。

 

「アルテシアのやつ、そのとき、校長室にいたんだな」

「だろうな。そしてぼくらは、ハグリッドのことを目撃した。けど、どういうことなんだろう」

 

 アルテシアが、校長室でルシウス・マルフォイとコーネリウス・ファッジの来訪に立ち会った、その少し前。ハリーとロンは、ハリーの持つ透明マントで姿を隠して、夜にハグリッドの小屋を訪れており、そこで偶然にも、ハグリッドが連行されるところを見てしまったのだ。

 

「なあ、ハリー。どういうことって、どういうことだい?」

「ハグリッドが最後に言った言葉だよ。何かを見つけたかったら、クモの跡を追いかけていけ」

「そうすりゃわかるって言ってたよな。でもそれ、アルテシアにも教えるべきなんじゃないか。さっき、言えばよかったんだよ。あいつは、ダンブルドアが言ったことを伝えに来てくれたじゃないか。ぼくたちへの伝言なのかもしれないからって言ってたけど、ハーマイオニーはいないんだぜ。あいつと協力するべきじゃないかな」

「わかってるよ。けどいまは、まだ早いと思ったんだ。とにかくハグリッドが言ったことがどういうことなのか、それがわかってからでも遅くはない。それからでいいんじゃないかと思うけどな」

「そうかなぁ」

 

 ロンは、いまひとつ納得してはいないようだった。だがハリーは、それでいいと考えていた。ああみえてアルテシアは、けっこう無謀なところがある。そんなアルテシアに言えば、きっとまた無茶をするだろう。それは、いいことじゃないとハリーは思っていた。なにも、クモのことをアルテシアに言う必要はないのだ。自分とロンとで解き明かせばそれで済むことなのだから。

 

『ほんとうにこの学校を離れるのは、わしに忠実な者が、ここに誰もいなくなったとき。ホグワーツでは、助けを求める者には必ずそれが与えられる』

 

「それよりロン、ダンブルドアの言ったことをどう思う?」

「ああ、それはたぶん、信頼しろってことだろ。そうすりゃ、ダンブルドアは戻ってくる。トラブルも解決するってことじゃないか」

「ぼくは、こう思ったんだ。襲撃事件解決のためにできることはしてもいい。もしなにかあったとしても、必ず助けるからって。そういうことじゃないかな」

「ああ、なるほど。だったら、まずはアルテシアと仲直りするべきだな。解決のためにはあいつが必要だろ。きっとダンブルドアも、あいつも助けるさ」

「わかってる。でもそれは、もう少しあとでいい。ドビーの言ったことが気になるんだ」

 

 ドビーは、クリミアーナには近づいてはいけない、離れていなければいけないと言っていた。望んでしたことではないが、いまの状況は、それに近いのだ。ならば、もう少しだけでもこの状態を続けたほうがいいんじゃないかとハリーは考えたのだ。

 季節は、もう夏。空も湖も、抜けるような明るい青。季節は、いつもどおりに移り変わっていくのだが、ホグワーツのなかは、なにかとおかしくなっていた。これも、ダンブルドアがいない影響なのだろう。誰もが、その心の中に心配や不安といったものを抱えていた。

 そんななかで、いいこともあった。ジャスティンが襲われた事件をめぐり、対立したままとなっていたハッフルパフのアーニー・マクミランが、その誤解を詫びに来てくれたのだ。それは、ハッフルパフとグリフィンドールとの合同授業となる薬草学の授業でのこと。

 

「ハリー、キミを疑ってすまなかった。キミがハーマイオニー・グレンジャーを襲ったりするはずがない。すまなかった。お詫びします」

 

 そう言ってアーニーが差し出した手を、ハリーは握った。この握手で、仲直りしたということだ。

 

「それで、ハリー。アルテシアにもお詫びしたほうがいいんだろうか。キミはどう思う? あいつも無関係だと思うかい?」

「それは……」

 

 なぜか、ハリーは言いよどむ。そんなハリーをもどかしく感じたのは、ロンだった。

 

「おい、ハリー。キミ、まさかアルテシアを疑ってるんじゃないだろな」

「そうなのかい、ハリー。じゃあやっぱり、あいつがスリザリンの継承者なのかな。ぼく、ドラコ・マルフォイじゃないかって、このごろ思うようになってたんだけど」

「いや、ドラコじゃないと思う。それにぼく、ほんとにわからないんだよ」

「おい、ハリー。そりゃ、ないぜ。いろいろ疑問はあるけど、あいつをよく見ろよ。あいつがそんなやつだと思うのか」

 

 そのロンの非難めいた言い方には、ハリーだけでなくアーニーも驚いたようだ。アーニーの友人のハンナも一緒にいたのだが、ハンナは、ロンへと顔を向けた。

 

「ウィーズリー、実はあたしもそう思ってるの。ハリー・ポッターがどんな疑問を持ってるのか知らないけど、あたしは、仲直りしてくる」

 

 そう言うと、チラリとアーニーを見たあとでアルテシアのほうへと歩いていく。そんなハンナを見送るようにして、視線を動かしたハリーは、目を見張った。そのとき、大変なものを見つけてしまったのだ。

 

「ロン、見ろ、あれを」

 

 ハリーは1メートルほど先の地面を指差していた。そこには、大きなクモが数匹。その全てが、同じ方向に向かって進んでいく。

 

「クモがどうにか、したのかい?」

 

 アーニーがそんなことを聞いてきたが、もちろんハリーは無視した。

 

「あの方向は…… 行き先は、どうやら『禁じられた森』のようだな」

「ああ、ウン。そうみたいだ」

 

 ロンは、どこかうかない表情でそう返事をした。なにしろロンは、クモが大の苦手なのだ。できれば関わりたくないというのが、本当のところなのだろう。

 

「でも、今追いかけるわけにはいかないよな」

 

 ハリーは逃げて行くクモをじっと見つめ、ロンはますます情けなさそうな顔になっていった。

 

 

  ※

 

 

 その日の授業が終わったあとで、アルテシアは医務室を訪れる。マダム・ポンフリーにお願いすることがあったのだ。それが無茶なお願いであることはアルテシアも承知していたが、ほかに方法がなかったのだ。

 

「マクゴナガル先生がご承知なさるとは、とても思えません。いちおう、確認してから返事をしますが、それでいいですね?」

「それは、もちろんです。わたしのほうも、今日すぐに、というわけにはいきません。準備ができ次第、もう一度、お願いに来るつもりですので」

「わかりました。それまでに先生に確認しておきましょう。しかし、なぜそんな無茶をするのですか。秘密の部屋のことは、魔法大臣が対応なさったと聞いていますが」

 

 あえて、ハグリッドが犯人として逮捕された、などとは言わない。たとえばロックハートなどは平気でそんなことを公言しているのだが、はたして、それが正しいのかどうか。おそらくマダム・ポンフリーは、そこにいくらかでも疑問を持っているのだろう。

 

「その話は、わたしも聞きました。でもそれは、間違いです。わたしは、そう思っています」

「間違い? ではハグリッドは、無実だと」

「そのはずです。とにかくわたしは、はっきりさせたいのです。秘密の部屋は、閉じてしまおうと思っています」

「そうしないと、また事件は起こるというのですか」

「起こる前になんとかしたいと思っています。それにわたしは、けっして無茶なことをしようとしているのではありません。これはご理解ください」

 

 無茶では、ない? あれが無茶ではないというのか。マダム・ポンフリーには、とうてい信じられないことだった。この医務室で何日も寝ていたことがあるというのに、そのことを忘れてしまっているのではないか。

 

「いいですか、アルテシアさん。あなたはこれまで、この医務室に何日間入院していたのか、それを忘れたわけではないでしょうね。あれが無茶ではないとは、わたしにはとても思えないのですけどね」

「医務室でお世話になったことは、もちろん覚えています。感謝しています。でも今回は、ああいうことにはなりません。わたしも、ずいぶんと魔法になれてきましたし」

「ともあれ、マクゴナガル先生とよく相談しましょう。あなたも、そうしなさい。いいですね」

「わかりました」

 

 この件を、まだマクゴナガルには話していない。だがアルテシアは、そのことは何も心配してはいなかった。マクゴナガルは、おそらく反対はしない。秘密の部屋を閉じるために動き出すことの了承はすでにもらってあったし、ダンブルドアにも話してあるからだ。そのとき『停職処分』のことがあったので、ダンブルドアから明確な形でOKはもらっていない。だが反対もされていないし、彼が去り際に残した言葉は、その了承の返事でもあったのだと、理解していた。

 医務室を出たアルテシアは、スリザリン寮へと向かう。ソフィアを連れ出すためだ。スリザリンの寮生だと分かっていれば、探しようはあるだろう。

 ソフィアにも手伝わせるつもりだった。ソフィアが手伝ってくれたなら、なにかと助かるだろうし、仕事が早く進むはず。もちろん、手伝ってくれたなら、ということだけど。

 寮に着くまでにソフィアに出会わなかったなら、だれかスリザリンの寮生をみつけて呼び出してもらうつもりにしていた。誰か適当な人がいればいいけど、そう都合良くダフネを見つけることはできないだろう。もっともダフネに限らず、アルテシアと普通に話をしくれるスリザリン生は何人かいるが、ソフィアに直接会えれば、それが一番いいのだ。

 そんなことを考えながら、地下への階段を降りる。スリザリンの談話室は地下にあるのだ。そのとき、向こう側がら歩いてくる人影がみえた。誰だろう。薄暗いのですぐにはわからなかったが、それはドラコだった。いつものように、クラップとゴイルの2人を連れている。そしてその後ろには、パンジー・パーキンソンもいた。

 

「やあ、アルテシアじゃないか。どうしたんだ、こんなところまで来るとはめずらしいな」

「ちょっとね。たしか、談話室はこの辺だったわよね?」

 

 そう言って、石の壁を指さす。そのどこかに談話室への石の扉があるはずなのだ。

 

「ちょっと。あんた、談話室に入ろうとしてたっていうの? 何考えてんの、グリフィンドールのくせに」

 

 パンジーが、ものすごい目でアルテシアを見る。ドラコに止められてでもいるのか、いつもにらみつけるだけで実際に手を出したりはしてこないのだが、それがわかっていても、あの目をみてしまうと、どこか気後れしてしまうのは否定できない。

 

「入れてくれたら嬉しいけど、そこまでは言わないわ。人を呼び出してほしいのよ。1年生なんだけど」

「誰だい? ぼくらはいま、談話室から出てきたところだけど、いいよ、呼んできてやるよ」

「ありがとう、ドラコ。ソフィアっていうんだけど。1年の女の子よ」

「ソフィア? そんなのいたか?」

 

 ドラコが後ろを振り返る。クラップとゴイルが、首を横に振る。この2人がなにかしたのをみたのはたぶん初めてだと、アルテシアは思った。これまではいつも、ただ黙ってドラコの横にいるだけだったのだ。

 

「あたし、知ってるわ。あの、無口で陰気なチビでしょう。あんた、あんなのと知り合いなの?」

「いま、談話室にいるかな?」

「いたけど、いつも本を読んでるだけよ。あれじゃ、そのうち病気になるわね」

「呼んできてやれよ。ぼくらは先に行ってるから」

「わかったわ」

 

 そこでドラコたちは歩いて行ってしまい、パンジーとアルテシアとが残される。なぜかパンジーは、ニヤリと笑ってみせた。

 

「じゃあ、呼んでくるからさ。いちおう、談話室の入り口がどこにあるか秘密にしておきたいから、あんたは向こうを向いてなさいよ」

「ああ、わかったわ。ごめんなさい。これでいい?」

 

 そう言って、パンジーに背中をみせた瞬間。思いっきり、というわけではなく加減はしたようだが、頭を殴られた。あまりの痛さにうずくまっているうちに、パンジーは談話室へと入ってしまう。しばらくしてふたたびパンジーが出てきたときにも、アルテシアはまだ、頭をなでながらその痛さに耐えていた。

 

「あら、アルテシア。頭をどうにかしたの? あらあら、涙まで浮かべちゃってかわいそうに。でもこれに懲りたら、ドラコにちょっかいかけるのはやめときなさいよ。ああ、そうそう。一応声はかけたんだけど、出てくるかどうかまでは責任もたないわよ」

「わ、わかった。でも、こんな不意打ちはもうごめんだよ。ほんと、馬鹿力なんだから」

「うるさいっての。呪いをかけるのはやめてあげたんだから、感謝しなさいよね。とっととグリフィンドール寮へ帰んないと、また叩くわよ」

 

 ドラコにちょっかい、とは何のことだろうか。意味不明ではあるものの、それを聞き流すことにしたアルテシアであった。パンジー・パーキンソンは、満足したかのようにドラコたちの後を追って行ってしまう。ソフィアが現われたのは、そのすぐ後だった。ちょうど入れ替わり、といったタイミングである。

 

「やめていただけませんか、こんなところまで来るのは。しかも、あの女に用事を頼むなんて最悪に近い選択ですよ」

「ああ、そうかもね。でも、こうして来てくれたじゃない。あなたに用があるのよ。ちょっとだけいいかな」

「もうじき夕食ですからね。大広間に行きながらでよければ。頭をどうにかしたんですか?」

 

 アルテシアが、後頭部のあたりをしきりになでていたからだろう。痛みもだいぶ収まってきたので、アルテシアはなでるのをやめた。

 

「どうもしないよ。じゃあ、歩きながら話そうか」

「それ、ウソですよね。あの女になにかされたんでしょ。別にいいですけど、自覚がたりないんじゃありませんか? いろいろと気をつけてもらわないと」

「ああ、うん。そうだね」

「それで、話というのは何ですか?」

 

 いま、ソフィアは何を言ったのか。まさか、気をつけろと言われるとは思っていなかった。ソフィアのルミアーナ家とクリミアーナとが、どのような関係だったのか。それを知らないアルテシアであったが、すくなくともソフィアは、自分に近いのだろうと、アルテシアは思った。それはともかく。

 

「あなたには、聞きたいことがいっぱいあるわ。でもたぶん、答えるつもりなんてないんだよね?」

「ええ、よくおわかりで。ですから、聞かないでくださいね。知らん顔するだけでも疲れるんですから。そういえば、どうしてわたしがスリザリン寮だと? お教えした覚えはありませんけど」

「そんなの、隠してもムダだよ。とにかく、あなたの家のこととかは、あなたが教えてもいいって思ったときでいいわ」

「それまで待つってことですか。きっと、おばあちゃんになっちゃいますよ」

「いいわよ。それまではわたしの近くにいてくれるってことでしょ。それで十分だわ」

 

 ソフィアは、何も言わない。アルテシアも黙ったままで、ただ大広間だけが近づいてくる。すでに夕食は始まっているようだ。賑やかな声が聞こえてくる。

 

「話したいことはそれだけですか。もう、大広間に着きますよ」

「食事が終わってからか、あるいは明日の朝早くか。どちらか都合のいいとき、時間を空けてほしいんだ。いいよね?」

「いやですね。食事はゆっくり食べたいですし、早起きは苦手です。なにか用事があるのなら、今、済ませてください」

「手伝ってほしいんだ。秘密の部屋を調べたい。怪物が、どういう状況にいるのか知っておきたい。場合によっては、部屋を閉じようと思ってる」

「わたしに、手伝えって? そんな危険なことに巻き込もうっていうんですか」

 

 危険なことは確かだ。なにしろ、怪物の正体も分かっていない。なぜ石にされてしまうのかも、解明できていない。だが、まったくわからないわけではなかった。ハーマイオニーもきっとそうなのだろうけど、アルテシアにも気づいたことはいくつかある。とにかく、それを確かめねばならない。

 

「そうだよ。巻き込まれてほしい。とにかく、時間をちょうだい。じゃあ、明日の朝。さっきの石壁のところで待ってる。そのとき、着替えのローブをもって来てほしいんだけど」

「ローブを? 何をするつもりなんですか。それに、早起きは苦手だと言ったはずです。待っててもムダですよ」

「とにかく、待ってるわ。手伝いのことはどうでもいいけど、とにかく明日の朝、来てほしい」

「待つのは勝手ですが、きっとまた、あの粗暴な女に出会うことになりますよ」

「それでもいい。とにかく、待ってるわ。じゃあ、またね」

 

 すでに、大広間には到着していた。ここでアルテシアはグリフィンドールのテーブルへ、ソフィアはスリザリンのテーブルへと、それぞれに向かうことになる。

 

 

  ※

 

 

「え! ローブに保護魔法をかける?」

「そうよ、パーバティ。実は、わたしが家で着ていた白いローブには保護魔法がかけてあるの。母が、わたしのためにしてくれたんだけど、これをね、制服にもやっておこうと思うんだ」

「いいけど、そんなことができるの? 意味あるの? 布に魔法、だよ」

「できるよ。防衛術ではプロテゴ(Protego:護れ)ってのを習うみたいだけど、そういった魔法をローブに定着させるの。もちろん、効果をずっと続かせるための工夫もするんだけどね」

 

 母が、自分のためにとしてくれたこと。それと同じことを、学校の制服に対してやろうとしているのだ。まだ自信はないけれど、やらないよりはやったほうがましというもの。きっとなにかの役に立つ。

 

「あ、でも、母と同じようにはできないんだけどね。わたしにわからない魔法が、たぶん1つだけだと思うんだけど、そんな魔法がかけてあるんだ。それだけはどうしようもないみたい」

「ふうん。でもま、いま学校はこんなだし、なにかと安心できそうな気がするな」

「いちおう言っておくけど、秘密の部屋の怪物には効果はないと思うよ。たぶんだけど、ローブを着てても石にはなっちゃう。それは防げないと思うんだ」

「えっ、そ、そうなんだ」

 

 もし、それをも防ぐとしたら。だが今の時点で、その方法をアルテシアは思いつかなかった。なにしろ、怪物の正体もまだ確かめていないのだ。

 

「大丈夫だよ。ちゃんと考えてある。でもそのまえに、いろいろと確かめておきたいんだ」

「そのために、秘密の部屋に入るんだよね。止めた方がいいのか、それともついていくべきか。悩むなぁ」

「悩むのはいいけど、力を貸してね。それだけは、お願いね」

「もちろんだよ。ところであたしたちは、どこに向かってるの? いつもの空き教室なら、通り過ぎたけど」

 

 そこで、立ち止まる。そういえば、そうだ。アルテシアは苦笑いを浮かべた。

 

「ごめん。つい、うっかりした」

「おやおや、大丈夫? じゃあ、あの空き教室でいいのね?」

「うん。パーバティはそこで待ってて。わたしは、もう1人、呼んでくるから」

「もう1人って、パドマのこと?」

「パドマには、まだ声をかけてないわ。制服の保護魔法がうまくいって効果もあることが確かめられてから、勧めてみようかと思ってるんだ。パーバティには実験台になってもらうみたいで、申し訳ないんだけど

「べつにいいわよ。けど、あの魔法のことは、誰にも知られないようにしろってマクゴナガルに言われてるんじゃなかったっけ。まあ、あたしだって知ってちゃいけないんだけどさ」

 

 アルテシアは、マクゴナガルと魔法の使用に関して約束を交わしている。ほとんど一方的にマクゴナガルから押しつけられたともいえるようなものだが、アルテシアはそれを受け入れ、守るようにしていた。いまでは当初よりは緩やかとなっており、自身の身を守るために必要なときは使用してよいことになっている。

 それに加えて、クリミアーナ家独自の魔法については誰にも気づかれてはならないとされていた。アルテシアが杖を使わずに使用する魔法がこれに当たるのだが、パーバティにはなんども見られている。

 

「じゃあ、ソフィアを連れてくる。ルミアーナ家の人だけど、いいよね、パーバティ?」

「ああ、いいわよ。そうなんだよ、あいつ、ルミアーナの一人娘らしいよ。叔母さんとことは家同士で仲悪いみたいだけど、あの子がいやな子じゃなければ、べつにいいんじゃない。それで、どういう子なの?」

「うーん。なんだか、まだ自分を隠してるみたいな気がするんだよね。なんでかわかんないんだけど」

「まあ、いいよ。あたしも一緒に行こうか?」

 

 それは遠慮することにした。なにしろ待ち合わせ場所はスリザリンの本拠地ともいえる場所。もしパンジー・パーキンソンにでも会ったなら、面倒なことになりかねない。それに、ソフィアが談話室から出てこないことだって考えられるのだ。

 なのでアルテシアは、パーバティを空き教室に待たせ、1人でソフィアを迎えに行くことにした。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。