気がつけば、これまでのストーリーをすっかり忘れてしまえるほどの時間が過ぎてしまってましたが、改めまして、完結目指し、ゆっくりとになるとは思いますが話を進めていきたいと思っています。
もしよければ、おつきあいくださいませ。
ミネルバ・マクゴナガルは、急いでいた。行き先は、ホグズミード村の『三本の箒』。その店で待ち合わせをしている相手がいるのだが、約束の時間に間に合うかどうか微妙、といったところなのである。だがマクゴナガルとしては、遅刻という事態は絶対に避けたいところ。
もちろんそれを回避する手段があることは、マクゴナガルにも分かっている。そんないくつかの手段のなかからマクゴナガルが選んだのは、歩く速度を上げるという方法。走るなどは論外。ただ歩調を、いつもに比べて速くしただけである。普段のマクゴナガルには似つかわしくないのだが、約束を守る、すなわち待ち合わせ時間に間に合うことを優先させたのだ。
そしてなんとか、約束の時間ギリギリに『三本の箒』に足を踏み入れたマクゴナガルを、こんな言葉が出迎えた。
「ホグワーツとは無関係なのに、それでも会っていただけたことに感謝します」
いつから、この店にいたのか。マクゴナガルの前へと立ち、そう言ったのはティアラだった。ティアラとマクゴナガルは、三大魔法学校対抗試合のときにボーバトン校長のマダム・マクシームから互いを紹介されたことはあるが、ほとんど初対面といってよい。なのにこの会談が実現したのは、アルテシアとの関係を、お互いに承知しているからだ。
観葉植物の陰となり、入り口からは見えにくくなっている場所のテーブル席に、マクゴナガルとティアラは向き合って座った。
「かまいませんよ。あなたのことはアルテシアからも聞いていますし、必要な要件なのでしょうから」
「もちろんです。大切なことであるのは間違いないです。いったい先生が、このことをどう判断されるのか。気になるのはそこなんですけれど」
「ともあれ、話を聞きましょうか」
ここでティアラとマクゴナガルとが会っていることを、アルテシアは知らない。ティアラはアルテシアには話していないし、マクゴナガルも同じである。
「お話ししたいのは、2つあります。ヴォルデモート卿のことと、あとは魔法省ですね」
「例のあの人はともかく、魔法省ですか。ちょっと予想外ですね」
「あら、そうですか。どちらかと言うと、気をつけるべきなのはこっちじゃないのかなって。そう思ってるんですけど」
「なるほど」
その店でマクゴナガルが注文したのは、紅茶である。それがテーブルに用意されたところで、ゆっくりとそれに手をつける。
「マクゴナガル先生は、クリミアーナでのわたしの立場というか、役割をご存じですか」
「今は情報集めをしていると聞いていますよ」
ニコッと笑みを見せるティアラ。それが返事、ということのようだ。
「いわゆる例のあの人ですけど、その居場所はわかってるんです」
「それをアルテシアに伝えてもよいか、そういう相談ですか」
「いえ、そうではなくて。気になるのはセブルス・スネイプという人物の存在なんです。もちろん、ご存じなのですよね」
「ええ、知っていますよ」
スネイプの、何を知っているというのか。その点が具体的にはされないままで話は進んでいく。しかもどちらも、それで不都合はないらしい。
「いいんでしょうか。あの人の居場所を探していて、何度か姿を見てるんですけど」
ヴォルデモート卿のもとを訪れるスネイプを何度か見た、とティアラは言うのである。そのことをどう思うかと尋ねられ、マクゴナガルは、苦笑い。
「見ないふりをしておきなさい。彼は、何かしらダンブルドアの指示によって動いていることは間違いありませんからね。詳しいことは両者とも何も言いませんからわからないのですけれど」
「つまり、なにかしら諜報活動してるってことですよね。でもそれって、どちらの側なんでしょう」
いわゆる二重スパイ、そんな話はよくあるものだとティアラ。マクゴナガルが、もう一度苦笑いを浮かべることになった。
「その懸念は、たとえば不死鳥の騎士団に関わる者の多くが持っていますよ。ですがダンブルドアは、一貫してその心配はないと主張し続けているのです。もちろん、根拠のあることだろうと思いますよ」
「先生ご自身は、どう思っておられるのですか」
「おそらくはあなたと同じ、とでも言っておきましょうか」
そこで、互いに笑みを見せ合う。気持ちの探り合いといったところか。だがティアラは、そんな面倒なことは必要ないと考えていた。というのも、相手がマクゴナガルだからだ。マクゴナガルは魔法書を学んでいるし、アルテシアも信頼を寄せている相手。
「確かめなくていいんでしょうか。そうしたほうがいいと思っているんですけど」
「必要ないでしょう。セブルス・スネイプは、アルテシアにとってホグワーツの中で親しい部類に入る教師。何度も話をしていますし、デス・イーターであったという過去も承知していますからね」
「けど、先生。どこかに不安はないですか。仮にあの人の側にいるのだとしたら」
「あなたの言うことはわかりますよ。わかりますが、こう考えてはどうですか。そういうことも含めたなにもかも。それがあの子の最後の判断に必要な材料になるのだと」
そんなことは、今さら言うまでもないはず。マクゴナガルは、そんな目でティアラを見る。今度は、ティアラが苦笑いを浮かべる番だった。
「そうでした。ついつい、忘れちゃうんですよね。わかりました。セブルス・スネイプのことは気づかなかったことにしておきます」
「それがいいと思いますよ」
これで、1つめの話は一段落したことになる。互いにテーブルのカップへと手を伸ばしていく。そして。
「ところで先生、ルミアーナですけど、学校ではどんな様子ですか。あの子は、やるべきことをちゃんとやってるんでしょうか」
「ソフィア、ですか。さあ、どうなんでしょうか」
そこでマクゴナガルは、ちょっとだけ首を傾げてみせた。
「あなたの言う、やるべきこと。それが何かは、はっきりとはわかりませんが」
「あれ? もちろん、ご存じかと思いましたけど」
「学校ですからね。クラスも違うし、寮も別。教師側と生徒という立場の違いもあります。それでもソフィアは、そばにいようとしていますよ」
「そうですか。なんだか、毒入りワインの事件とかネックレスがどうのとか、ホグワーツもなにかと物騒な感じがして」
「心配はいらないと思いますよ。それらの事件は、いわば解決済みのようなもの。アルテシアに危険が及ぶようなことはありません」
ティアラの顔が、わずかにほころんだ。そして、軽くうなずいてみせる。
「では先生、それはそれとして」
「なんです?」
「魔法省ですけど、いちおう正式な職員なんだと思うんですよ」
アルテシアのことだろう。それが異例であり特例であったにせよ、魔法省に籍を置く魔女となり、ホグワーツで生徒に対し教えることのできる資格すらも得ているのだ。
「異例ですよね。でもなぜ、そうなったんでしょうか。なにか企みがあると思われませんか。誰がなにをどこまで計算してのことなのか、何かご存じですか?」
「さあ。アルテシアを学校に戻すためにと聞いたことはありますが、さまざま思惑はあるのでしょうね」
「調べてもいいですか。必要な判断材料ですよね。知っておくべき、ですよね」
だがマクゴナガルは、否定的だった。人から教えられるのではなく、自分自身で知ること。それが重要だと言うのである。加えて言うならば、今さら状況は変わらない。
「いずれにしろあの子は、その真相にたどりつくだろうと思いますよ」
「わかりました。ですけど、これを利用しない手はないですよね」
「……どういうことです?」
「魔法省に入り込む。魔法省を動かす。その切っ掛けにできるんじゃないかって、そんなことを考えています。というか、お気づきだとは思いますけど、ある程度なら実現できている。見習いとはいえ、闇祓いになる人たちのなかに魔法の教え子がいたりもするんですよ」
「それなりに実績はあるのだと。まあたしかに、そういうことにはなるのでしょうけれど」
もちろんアルテシアが望んでしたことではない。だが今の魔法省内には、確かにティアラの言うような場所がある。わずかとはいえ、アルテシアの地盤が築かれつつあるのだ。
「ですが、そういったことはあの子の好みではありませんね。おそらくイヤがるんじゃないかと思いますよ」
「わかっています。ですからお口添えをお願いしたいのです」
ようやく本題に到達した、といったところだろう。ティアラがマクゴナガルと会ったのは、この話をするためといってもよい。
「例のあの人、ヴォルデモート卿とかいう人が何を考えているのか。先生はもちろん、察しておられますよね?」
「まあ、それなりには」
「それを、わたしたちが先にやったらどうなるか。そんなことを考えています。あの人が魔法省を狙ってくるのは間違いありませんけれど、実は先手はこちらの側にあるんだって思われませんか。あの人に譲って後手を引くことはないって思うんですよ」
手早く魔法界を手に入れる手段は、こちら側にもあるとティアラは言うのだ。ヴォルデモート卿もそのための準備を進めているのだろうが、実は先にそうしてしまえるのはアルテシア。アドバンテージはこちらの側にあるのだと。
「どうせ取られるものならその前に、と言うのですか」
「どんなことにも、絶好の機会というのはあると思うんです。この巡り合わせを逃すと、いつまたそんなチャンスがあるのかわかりませんから」
「ミス・クローデル。つまりあなたは」
「そうです、先生。それだけの能力と人望とがあり、そうすべき理由もある。だったらそうしてもいいって、そう思われませんか?」
その目をキラキラと輝かせながら、ティアラはマクゴナガルの返事を待った。そのマクゴナガルが、ゆっくりと席を立つ。
「いいでしょう、ミス・クローデル。その件についてアルテシアと話をしましょう」
※
この日のガーゴイル像への合い言葉は、タフィーエクレア。ダンブルドアとの個人教授のため、ハリーは螺旋階段を駆け上がる。ドアを叩いたのは、ちょうど午後8時。
「お入り」
ダンブルドアの声がした。そこでドアを開け、中へと入る。そしてダンブルドアの前へと行こうとしたのだが、いつもより難しい顔をしたダンブルドアを見てその足が止まった。
「どうにかしたかね、ハリー。ここへ座りなさい」
そこには『憂いの篩』が置かれており、誰かの記憶が詰まっているらしきクリスタルの小瓶も2つある。その前の椅子に、ハリーが座った。
「まずは、ハリー。前回の授業の終わりに出した課題についてじゃが」
「あっ」
その短い言葉に、全てが表れているようだった。ダンブルドアは、いつもの半月メガネにそっと人差し指を持っていき、クイッとその位置を直した。
「察するに、宿題を終えてはいないのじゃな」
「いえ、あの。ぼく、魔法薬の授業のあとでちゃんとそのことを聞きました。でも、教えてくれなかったんです」
しばしの沈黙。そして、ダンブルドアのため息。
「それで宿題はあきらめてしもうたと、そういうことかの。これが相応なる努力の結果による判断じゃと、キミがそう言うのであれば受け入れるしかない。授業を続けていくことの意味は薄れてしまうが、仕方がないじゃろうの」
「いいえ、先生、ぼくは……」
何か言わねばと、そう思っただけだった。だから、そう言っただけ。でも何を言えばいいのか、ハリーにはわからない。だから言葉が続かない。
「この宿題がどれほど重要なものか、はっきりと伝えておいたはずじゃな。なるほど、キミの周りでは絶えず何かが起こっておった。親友を襲った事件もそうじゃ。キミが忙しかったであろうことは承知しておる。じゃがの、ハリー」
ロンが無事であり、その命に別状はないとわかった時点で宿題に取りかかることはできたのではないか。ダンブルドアは、そう言うのだ。ハリーには、反論のしようがなかった。
「先生、申しわけありませんでした。もっと努力すべきだったと反省しています。もちろん、これが本当に大切なことなんだって理解してます」
「ではハリー、今後はこの課題を最優先にしてくれると信じよう。ひとまずこの件の話は終わりとするが、ちなみにアルテシア嬢と相談はしたのかね?」
「いいえ、先生。アルテシアにこの話はしていません」
「そうかね。たしか、仲直りをしたいとか言うておったはずじゃろ。さすれば、この宿題の手助けもしてもらえると思うがの」
そう言われたことは、ハリーも覚えている。だがハリーは、学校に戻ってきたアルテシアとは、ほとんど話をしていない。ハリーに言わせれば、そんな機会に恵まれていないということになるのだが。
「ともあれ、アルテシア嬢とは良好な関係を築いておくべきじゃよ。おそらく彼女は、ヴォルデモート卿との戦いにおいての有利不利に影響する」
「先生、それはどういう」
「もちろん、その話もしておかねばなるまい。じゃがもう少し待っておくれ。まずは今夜の授業を始めたい」
どういうことなのか、ハリーにはわからない。だがダンブルドアは理解しているのだ。ならばそれでいい、とハリーは思った。
「さて、前回よりの続きとなるが」
それが、授業を開始するとの合図。前回は、ヴォルデモートが父親らを殺害し伯父のモーフィンがその罪を負ったこと、そしてホグワーツでスラグホーンへ分霊箱に関する質問をしたところまで。このときのスラグホーンの記憶が不明瞭であったため、それをはっきりさせることがハリーへの宿題とされたのだ。
「ホグワーツを卒業したあとのトム・リドルが何をしていたのか。実は、ほとんどわかっておらん。ヴォルデモート卿としておおっぴらに活動を始めるまでに何をしていたかを詳しく知る者は、おそらくは本人のみじゃろう」
それでも苦労して集めた、2つの記憶。ハリーに見せられる記憶は、この2つで最後であるらしい。ヴォルデモートは卒業後のある時期に、ボージン・アンド・バークスという店で店員として働いていたことが知られている。ダイアゴン横丁から少し外れた場所にあり、その一角は夜の闇横丁あるいはノクターン横丁と呼ばれている。強力な魔法がかけられた品物や怪しげな商品を主に扱っている店である。
「当時の教授たちは、誰もがそのことに驚いておったが、もちろんトム・リドルは、目的を持って働いておったのじゃ。そのことを示すのが、この一つめの記憶」
それはヘプジバ・スミスという年老いた大金持ちの魔女の屋敷に棲むホキーという名のハウスエルスの記憶で、その屋敷をリドルが訪れたときのもの。
そのときヘプシバは、自らが『わが家の最高の秘宝』と称した2つの物をリドルに見せている。ホキーに運ばせた革製の箱に収められていた、金のカップと金のロケットである。それぞれに刻まれた印が、ヘルガ・ハッフルパフのカップとスリザリンのロケットであることを示していた。
「この2日後、ヘプジバ・スミスは命を落としておる。ホキーが誤って女主人の夜食のココアに毒を入れたことが原因だとの判断がなされた」
「違う。絶対に違う!」
ハリーが叫ぶように言い、ダンブルドアも笑顔でうなずいた。
「同意見じゃよ、ハリー。なれどこのとき、この事件ではホキーが責めを負うことになってしもうた」
「宝物はどうなったんですか?」
「ホキーの有罪が決まったあと、ようやくへプジバの親族たちが2つの秘蔵の品がなくなっていることに気づくのじゃが、時すでに遅しじゃよ。トム・リドルはボージン・アンド・バークスを辞めており、行方をくらましておった」
「じゃあ、やっぱりそうなんだ」
この事件の真犯人は、トム・リドルで間違いない。つまりはヴォルデモート卿なのだ。それが、ハリーたちの結論である。
「今回ヴォルデモート卿は、ハッフルパフのカップとスリザリンのロケットを奪って逃げた。たとえ人の命を奪おうとも、欲しい物は欲しい。どんなことをしても手に入れる、ということになる」
「どっちも、ホグワーツの創設者にゆかりのものですよね」
「まさにそうじゃよ。ヴォルデモートはこの学校に強く惹かれており、ホグワーツの歴史とも言える品物を欲しがった。この重要なる点を、しっかりと理解しておいてほしい。それにの、ハリー。あやつが欲したのは、他にもあるのじゃ」
「何ですか、それは」
そのときハリーが思い浮かべたのは、レイブンクローやグリフィンドールの名前だ。ヘプシバの所有していたカップとロケットは、共にホグワーツ創設者の遺物である。ならば残る2人の残した何かも欲しがったのではないかと、そう考えたのだ。
だがダンブルドアが示したのは、そのどちらでもなかった。
「このことは秘密とし、これまで誰にも話しておらん。キミに初めて話すのじゃ。あやつが行方をくらましていた10年ほどの間に何をしていたかは想像するしかないが、1つだけはっきりとしていることがある」
その1つが、今夜のために用意された2つめの記憶で明らかとなる。それはホグワーツ校長となったダンブルドアをヴォルデモート卿が訪ねて来たときのもので、ダンブルドア自らの記憶だ。トム・リドルという名ではなくヴォルデモートという名前を使い始めて間もない頃であり、ヴォルデモートに関するウワサがチラホラとダンブルドアの耳に届くようになってきた頃でもあった。
ヴォルデモートの用件は、ホグワーツの教授になりたいというもの。だが即座にダンブルドアに拒絶されても、さして残念そうには見えなかった。むしろ、笑みさえ浮かべてみせたのだ。
『魔法よりも愛の方が大切だとお考えのあなたには受け入れてもらえないようですね。ですが、タンブルドア。魔法というものは実に奥が深い。わたくしが見てきた世の中には、想像もつかないような魔法とその学習法がありましたよ。このことをホグワーツの後輩たちの指導に活かせるのではないかと、そう考えたのですが残念です』
ダンブルドアの記憶の中で、ヴォルデモートが言った言葉。それが魔法書を指しているのは明らかだが、当時のダンブルドアは魔法書のことなど知らなかった。なのでヴォルデモートにそのことを重ねて問いかけた。ダンブルドアの知らぬことを知っている、ということがヴォルデモートの機嫌を良くしたのだろう。ひとしきりその件について話した後で、ヴォルデモートはホグワーツを去った。教職を得るという件については、最初に持ち出して以来、口にはしなかった。
「よいかな、ハリー。あやつは、本気で教職を望んでいたわけではない。これは間違いない」
過去の記憶を見終わって、ハリーも同じ考えを持った。教職を得るというのは単なる口実であり、何か別の目的があったのに違いないと思ったのだ。
「その目的が何であったかは、いまだ分からぬ。じゃがのハリー。ヴォルデモート卿がクリミアーナ家にも興味を持っていたことは明らかであろう」
「魔法書だ。魔法書を分霊箱にしようとしたかもしれない」
「いや、あれを分霊箱にはできぬと思うが、魔法を学ぼうとはしたであろう。ともあれ、あやつから魔法書に関しての情報を得ることができたのは幸いじゃった。ヴォルデモートから聞いた話を頼りに、わしはそのことを調べ始めた。むろん、簡単なことではなかったがの」
魔法書の実物を確認することはできなかったものの、このときダンブルドアは、ヴォルデモートがその名を挙げたルミアーナ家が実在することを確かめ、その情報を得た。
「クリミアーナの家が魔法界から距離を置いたままであれば、あるいは気づかなかったのかもしれん。知ることができたのは、クリミアーナ家のほうから魔法界に接触してきたからじゃよ」
それはおそらく、アルテシアの母マーニャが自身の病の治療法を求めて魔法界に足を踏み入れたから。クリミアーナ家の存在を知ったダンブルドアだが、だからといって、すぐに詳細を把握できたわけではない。それなりの年月と努力とが必要だった。
「なぜかクリミアーナ家は、アルテシア嬢が生まれたばかりの頃にマクゴナガル先生と会わせておる。その意図は分からぬが、あのお嬢さんをホグワーツに誘うのにはマクゴナガル先生が適任じゃと思うた。キミの場合はハグリッドに任せたがの」
「それでアルテシアは、ホグワーツに入学したんですね」
「そうじゃな。ほおっておいてもちゃんと魔法を学び立派な魔女となったであろうが、こちらとしては、あえてホグワーツに来てもらわねばならなかった」
「なぜですか。なぜホグワーツに入れたんですか?」
その理由が、ハリーにはわからない。なにしろクリミアーナ家の魔女は、これまで誰も魔法学校に入学していないのだ。アルテシアにしても、どうしてホグワーツ入学を決めたのか。
ハリーの問いかけに、ダンブルドアはにっこりと笑ってみせた。そして。
「キミのためじゃよ、ハリー。それにもちろん、魔法界のためでもある。ヴォルデモート卿を倒すために必要なことじゃと、そう思うたからじゃ」
『一方が生きる限り他方は生きられぬ』。そんな予言の一節をハリーが思い出したところで、この夜の個人教授は終わりとなった。
※
「なんと。あの娘、家に帰ってしまったというのですか」
そんなスネイプの声に、マクゴナガルがうなずいてみせた。
「ええ、そうです。あの子がどうしても一人で考えたいというので、週末を利用しクリミアーナに戻ることを許可しました。頭の中がまとまれば学校に来るでしょう」
「なるほど。となりますと、少々延期せざるをえませんかな」
何のことか。それがわからないマクゴナガルが、ちょっとだけ首を傾げる。めずらしくスネイプも、にやりとしてみせた。
「あの娘を闇の帝王のもとへ連れて行こうと思っているのです。よもや、反対なさいませんでしょうな」
反対などするはずがないとばかりに堂々と告げたスネイプだったが、マクゴナガルは少し困ったような表情を見せた。
「なんと、賛成してはいただけぬということですかな」
「そうではありません。あの子があの人に会うことは、私も必要だと認めています。ただ今ではないほうがよいと思っただけです」
「ここまで来てそう思う理由はなんです? あの娘がいやがっているのですかな」
ゆっくりと首を振るマクゴナガル。ちなみにアルテシアは、そのことをいやがってはいない。むしろ会いたいと思っていることくらい、どちらも理解しているのだ。
「あの子はいま、答えを出そうとしているのです。そんな時にあの人と会わせ、その選択に揺らぎを与えるようなことになってはいけない。そんなことを思ってしまったのです」
「なるほど。お気持ちはわかります。なれどそれは、気にしても仕方がないことだと思いますな。誰であろうと、あの娘の目を閉じ、耳をふさぐなどできはしませんぞ」
マクゴナガルは、返事をしなかった。改めて、スネイプの顔を見ただけ。スネイプが、またもやにやりとしてみせる。
「学校に戻ったら、あの娘にこの話をしますが、よろしいですな」
この問いかけに対しても、マクゴナガルは返事をしなかった。
※
アルテシアが、ゆっくりと森のなかを歩いていた。ホグワーツにある禁じられた森ではなく、クリミアーナ家の裏手に広がる森のなかである。学校が休みになるのを待っていられずに、むしろ学年末試験を控えた忙しい時期であるにもかかわらず、こうして週末に自宅へと戻り森を散歩しているのには、もちろん理由があってのこと。すなわち、じっくりと考え事をしたいからである。
(結局はあの人…… ヴォルデモート卿なんだよね)
禁じられた森への出入りは、それが散歩目的である限りにおいてハグリッドから許しをもらっている。つまり、あえて家に戻らずとも散歩はできた。それで間違いないのだが、ここ数日のあいだに持ち込まれたいくつかの話によって、とうとう我慢できなくなったのだ。幸いにしてとでも言おうか、いまのアルテシアは生徒という立場にはない。さすがに生徒であれば、学期中に家に戻るようなことなどできはしない。禁じられた森での我慢を強いられたあげく、はっきりとした結論を得るまでには至らず、決断ができないままにただ日常生活に戻るという結果を迎えていたのかもしれない。だがそれでは、5年生までの頃となんら変わりはしない。ただ、同じような毎日が続くだけ。
(そんなことじゃダメなんだよね)
アルテシアには、果たさねばならない約束がある。例えばホグワーツの2年目が始まる日、ホグワーツ特急に乗る直前に交わしたナディアとの約束。そしてソフィアのルミアーナ家との約束。その最終的な始末をつけるべき時期に来ているのかもしれないとアルテシアは思う。居場所はティアラが突き止めたというし、仮にどこかへと移動してしまったにせよ、行き先はスネイプが承知しているだろう。どうしたってあの人が絡んでくるのだから避けて通ることなどできはしないし、そうするべきではない。ホグワーツに入学して以降なにかにつけアルテシアにつきまとってきたその名前の持ち主とは、キチンと向き合って話をし、決着をつけなければならない。ならば、今。さまざま解決し何らかの結果を得るためにも、いまこそ動き出すべきではないのか。
なおも、アルテシアは考える。迷っていると言ってもいいのだろう。その第1歩を踏み出すべきときだと理解しているし、そうするつもりでいるのだが、その先にある2歩目をどうすればよいのか。すると、どうなるのか。
だが一方で、そんなことを今考える必要があるのかとの思いもある。ヴォルデモート卿に会うことは必ず実行せねばならないのだから、まずはそうしてみればいいのだ。その後のことはそれからでいい。あの人と会えば必ず事態は動くし、そのとき自分も、何かしらの対応はするだろう。その後のことは臨機応変でいいのではないか。
(それは、そう、なんだけど)
それでもわざわざクリミアーナへと戻って来たのは、その2歩目が重要になると思ったからだ。大げさでなくそれは、クリミアーナ家のこれからを、そのあり方を大きく変えるような判断になる。それは、2歩目の先にある3歩目、そして4歩目をも決めてしまうことになる。
これから自分がどのように行動していくべきか、そのことを真剣に考えるべき時が来ているのは間違いない。そんな重い選択をする場所は、やはりこの森でなければならない。
『この提案は、まじめに考えてみる必要がありますよ。たとえ時間をかけてでも』
真剣な顔をして、マクゴナガルはそう言ったのだ。つまりマクゴナガルは、ティアラから相談されたという内容を評価しているということになる。しかしティアラは、なんということを考えるのだろう。
(どうするのが一番いいんだろう……)
例のあの人は、魔法界を自分の支配下に置こうと画策しているらしい。魔法省を手に入れることを手始めとし、その実現をめざすのであれば、ティアラの提案はその野望を打ち砕く有効な手段となり得る。
だけど。
(わたしが? そんなこと、わたしがやっていいの?)
たとえばダンブルドアも、ヴォルデモート卿の野望を止めるべくさまざま画策していると聞く。だがそれも、ハリーへの個人教授や不死鳥の騎士団の配備などにとどめている。何か理由があってのことだろうとは思うが、現ホグワーツ校長は、その先に進んではいない。そこにはどんな理由があるのだろう。
なるほど、ティアラの言うことはわかる。だが、自分がする必要があるのか。アルテシアは、何度も自分に問いかける。その結果どういうことになるのかを考える。魔法界のこと、そしてクリミアーナ家のことを。
いつしかアルテシアは、森のなかにあるクリミアーナ家の墓地に来ていた。母マーニャのものも含めた先祖たちの墓標が、およそ20ほどもある。そのうちの1つの前に立ち、アルテシアはその墓標に刻まれた文字を見つめる。そしてただ、時間だけが過ぎていく。
いつしか日は落ち、森から光がなくなってもなお、アルテシアはその場所に立っていた。きっと答えを得るまで、自分の気持ちが決まるまでは、その場から離れるつもりなどはないのだろう。
そのアルテシアの姿がようやく墓地から見えなくなったのはその森に、その墓地が、あふれるほどの光に包まれたときだった。
スネイプは、すぐにあの人のところへ連れて行きたかったようです。ですがアルテシアには、自分の考えを整理する時間が必要でした。
その裏では、ティアラがいろいろと動いていました。あれこれ調査もしてるようで、そこで得た情報は、彼女の取捨選択を経てアルテシアに届けられることになります。
スリザリンのロケットのその後に関し、ダンブルドアが改めて触れなかった情報があるのですが、ハリーは忘れているのかも。
次回こそ、あの人のところへ行くことに。でもその前に、アルテシアはハリーと会います。