ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第113話 「ホグワーツ着任」

「クリミアーナの魔法は自然界の協力なくしてはありえない、わたしはそう思っています」

 

 ホグズミード村の観光名所にもなっている、叫びの屋敷。その屋敷の中でのアルテシア、トンクス、ルーピンの話は、まだ続いていた。話は、クリミアーナ家の魔法の特徴についての内容となっていた。

 

「なかでも基本となるのは、光です。クリミアーナの魔法の多くは、光の操作が基になっています。応用次第でいろんなことができますよ。たとえばこんなのを考えてみました」

 

 そう言って取り出したのは、なぜか眼鏡。トンクスの仲介でルーピンと会うことが決まった後、アルテシアが作ったものだ。といっても、眼鏡自体は近くにあるお店で売られていたもので、アルテシアがやったのは、そこに魔法での工夫を追加しただけ。

 

「メガネ、だよね。これでキミの魔法の何がわかるっていうんだい?」

「ルーピン先生。失礼なことだとは承知してますけど、答えてください。先生が学校をお辞めになったのは、先生が人狼だったから、ですよね?」

 

 さすがにルーピンは、苦笑い。トンクスも、そんなことを言い出すとは思ってなかったらしく、十分に驚いているようだ。だがアルテシアの質問の目的は、その先にある。

 

「人狼については本で読んだくらいの知識しかありませんけど、満月によって狼になってしまう、ということですよね」

「そうだね。たしかにそうだよ。だからぼくはホグワーツを去った。もう少しキミを教えていたかったんだけど」

「先生は月が満月になったから変身するのですか。それとも、満月となった月を見たから変身するのでしょうか」

 

 両者は、その意味が大きく違う。アルテシアはそう言うのだ。仮に満月を見てしまった場合にだけ変身するのであれば、対処は可能となる。この眼鏡は、そのためのもの。

 

「眼鏡をかければ大丈夫だっていうのかい? 残念ながら、満月となった月の光を浴びれば変身してしまうよ。目を閉じていればいいということではないんだ」

「大丈夫です。そういうことなら大丈夫なんです。この眼鏡、先生にプレゼントします」

「嬉しいけど、眼鏡くらいでなんとかなるとは思わないな。申し訳ないけどね」

 

 とは言いつつも、ルーピンはその眼鏡を手に取り、かけてみる。

 

「べつに度が入ってはいないんだね。普通によく見えるよ」

「先生、これ、これが読めますか」

 

 アルテシアは、いつも持っている巾着袋に手を突っ込み、中から本を一冊取り出した。ホグワーツで教科書として使われているミランダ・ゴズホーク著「基本呪文集(五学年用)」である。それをルーピンに渡す。

 

「これを読めって? 魔法史か。学校時代は、あまり勉強した覚えがないな」

「それ、確かに魔法史の教科書ですか?」

「もちろんだよ、中身もまさに魔法史だ。ゴブリンの反乱についてのことが書いてある」

 

 だがトンクスには、それが違うものに見えていた。

 

「ちょっとリーマス、大丈夫? それ、基本呪文集でしょ」

「えっ!」

 

 パラパラとページをめくっていたルーピンが、改めて表紙を見る。ルーピンには、どうしても魔法史の教科書にしか見えない。なおもしげしげと裏表紙なども見ていたが、ふと思いついたように眼鏡を外した。

 

「ミランダ・ゴズホークの基本呪文集、か。これが魔法史の教科書に見えたのは眼鏡のせい、いや、キミが何かしたということになるんだろうね」

「はい。こんなふうにして、先生にだけ違ったものを見てもらうことができます。誰もが満月を見ていても、先生は別の光を見ることになります。ちゃんと満月の形には見えるんですけど、そのとき先生に届くのは青色の月の光になります」

「青い月か。いや、よくわかったよ。これはキミの魔法による効果。なるほど、そうすれば変身は防げるのかもしれないな」

「あとは、ホグワーツの理事の方や魔法省の人たちと一緒に満月を見る機会を作ってもらえれば。そうすれば人狼ではないと納得してもらえるし、ホグワーツの教授にも戻れると思うんです」

「そうしなよ、リーマス。きっと、ちゃんとした就職もできるようになるよ」

 

 そうなれば。まだ何か言いたいことがありそうなトンクスだが、口にしたのはそこまで。続いてルーピンが話し始める。

 

「ありがとうアルテシア。次の満月の夜にでも確かめてみる。うまくいくようなら、使わせてもらうよ」

「はい。お役に立てれば嬉しいです」

「だけど、学校に戻れるのはキミのほうだ。聞いてるよ、魔法大臣付きの特別講師となったアルテシア・クリミアーナは、闇祓い局の見習いたちだけじゃなくホグワーツの授業も受け持つそうじゃないか」

「えっ! なんの話ですか?」

 

 その驚きようからして、アルテシアには初めて聞く話だったことがわかる。トンクスも同じで、そのことにルーピンも意外そうな顔を見せている。

 

「ダンブルドアが魔法省に要請して実現したそうだよ。知らなかったのかい」

「知りませんでした。初めて聞きました」

「おやおや、ご本人に内緒の話だったとは。でもいいじゃないか。ホグワーツに出入りできるようになるんだ。それに授業を受け持つといっても助手としてだろう。教授の補佐をするだけだ」

 

 そうだとしても、アルテシアとしては素直にうなずける話ではなかった。イヤな思いつきが頭をよぎっていく。まさか、最初からそのつもりだったのか。都合良く利用されようとしているのか。トンクスは、このことを知っていたのか。

 アルテシアの視線がトンクスを捉える。その視線の意味を察したトンクスは、すぐさま首を横に振った。

 

「知らない、わかんないよ、アルテシア。ホントだよ。あたしも初めて聞いたんだから」

 

 その返事に、アルテシアはふっと気持ちが楽になるのを感じた。少なくともトンクスは、この件とは無関係。ルーピンもそうだと思われる。ではダンブルドアは? スクリムジョールは? マクゴナガルは?

 なぜこうなったのか、どこかでなにかを間違えたのか。とにかくよく考えてみよう、考えることが必要だとアルテシアは思った。

 

 

  ※

 

 

 課外授業の進み具合はどうなのか。カリキュラムの全てを把握しているのはダンブルドアなので、ハリーにはそれはわからない。しかも、たった今出された宿題を片付けない限り先に進めないとダンブルドアに言い渡されていた。

 

「先生、そんなに重要なことなのですか」

「いかにも重要じゃよ。いま見てもらったように、彼の記憶は間違いなく改竄されておる。その部分を明らかにせぬ限り、先に進むことの意味は見いだせぬ」

「でも、どうすれば手に入りますか。ぼくにはさっぱり」

 

 ダンブルドアが要求しているのは、ヴォルデモート卿がトム・リドルの名でホグワーツに在学していた、その当時のスラグホーン教授の記憶である。現在手元にあるスラグホーンの記憶は、分霊箱についての情報を求めるトム・リドルに対し明確に拒絶している場面のみ。だがそこには、稚拙なやり方で加工がされている部分があったのだ。すなわちそのとき、トム・リドルとスラグホーンが分霊箱について話をしたと考えるのは不自然ではない。

 そのとき、いったい何を話したのか。それを知らぬうちは先には進めないと、ダンブルドアは言うのである。分霊箱についての具体的な話をしたはずであり、その記憶を入手できるのはハリーしかいない。ゆえにこれを宿題とするのだと。

 

「幸い、スラグホーン先生はキミを気に入っておるようじゃ。うまく話を持ってゆけば秘密を明かしてくれるじゃろうと思う。わかっておくれ、ハリー。これは、わしにはできぬ」

「でも、でも、先生」

「提案じゃが、アルテシア嬢と力を合わせてみてはどうじゃな。あのお嬢さんも、間違いなくスラグホーン先生のお気に入りとなるはずじゃ。それにここで手を取り合っておけば、この先なにかと有利になると思うがの」

 

 その提案に、ハリーは耳を疑った。スラグホーンの記憶を手に入れろと言われたこと以上に、その驚きは大きかった。なにしろ、アルテシアは学校にいない。いやそんなことよりも、アルテシアをうまく利用するようにと、そう言われた気がしたのだ。

 

「先生、まさか」

「心配はいらんよ。アルテシア嬢は学校に戻ってくる。生徒ではなく講師としてじゃが、今となっては幸いであったのかもしれん」

「ど、どういうことですか」

「スクリムジョールが、あのお嬢さんを大臣付きの特別講師にしたのじゃよ。わしが復帰を持ちかけたときは断られたが、スクリムジョールの要請には応じたのでな。となれば、ホグワーツに派遣してもらうのは当然の成り行き。助手としてスラグホーンとともに魔法薬学を担当してもらおうと思うておる。ハリーよ、キミにはこの状況をうまく生かして欲しい。宿題の助けとなるじゃろう」

 

 この日の、ダンブルドアとの個人教授の内容は、トム・リドルの在学中の様子について。

 リドルはスリザリンに組み分けされ、本来の倣慢さや攻撃性はかけらも見せずに、礼儀正しく物静かで向学心に燃える生徒として毎日を過ごした。結果、誰もがリドルには好印象を持ち、教職員の評判も高かった。

 やがてリドルは、スリザリン生を中心にグループを形成し始める。いわゆるデス・イーターを生み出す前身となっていくグループである。当時のホグワーツではさまざまな事件が起こっているのだが、リドルたちのグループとの関わりがはっきりと立証されたことはなかった。リドルによって、巧妙に管理されていたからである。なかでも『秘密の部屋』が開かれた事件では女子学生を1人死なせている。だがそれさえも別の誰かに罪を着せることで幕引きとさせ、自身が疑われることはなかった。リドルは、卒業するまで優等生のままだった。

 また16歳の夏、自身が育った孤児院に残る両親の情報を元にゴーント家の親戚を探しに出かけている。その頃はまだ母親メローピーの兄モーフィンが存命で、彼よりマグルであった父親のことなどを聞き出している。

 その後のリドルの行動は、モーフィンの記憶が抜け落ちていることもあって不明瞭。ただ、直後にリトル・ハングルトンの屋敷でリドルの父親と祖父母とが殺され、モーフィンが所持していたマールヴォロの指輪がなくなったという事実が残るのみ。

 この殺害事件は、魔法省によりモーフィンが犯人であると判断されて終息する。モーフィンはアズカバンで人生を終えることとなるのだが、ハリーはリドルの犯行だと直感した。直接的な証拠はなくとも、状況がそれを示している。しかもその後のリドルが学校内でその指輪を指にはめていたのだから、無関係であるはずがないのだ。

 そして、宿題のきっかけとなるスラグホーンの記憶。モーフィンの事件後のものであり、リドルはスラグホーンに分霊箱についての質問をしている。ハリーが宿題として要求されているのは、このときの詳細な記憶なのだ。

 

「前にも言うたことがあると思うが、アルテシア嬢の叔母の遺品にあったスリザリンのロケット。そして、このときのマールヴォロの指輪。さらには分霊箱。これらのことが示していることがわかるかね?」

「まさか、指輪とロケットが分霊箱? そういうことですか」

「そのとおりじゃよ、ハリー。すなわち分霊箱は1つではない、ということになる。キミが2年生のときに壊してしもうた日記帳を含め、少なくとも3つの分霊箱が作られた」

 

 そういえば指輪は、ダンブルドアが持っていたのでは? ハリーはそのことに気づいた。

 

「先生、あの指輪は。あれが分霊箱だとしたら、先生の腕は……」

「ハリー、その話は後にさせておくれ。キミが宿題をやり遂げぬ限り、この話は先には進まぬ。進められぬのじゃ。さあ、今夜はもう遅い。寮へと戻りなさい」

 

 

  ※

 

 

 次の日、ハリーは早めに起き出して談話室でハーマイオニーが女子寮から出てくるのを待っていた。もちろんダンブルドアの宿題のことを話すためだが、具体的にどうすれば実現できるかについての相談がメインだ。

 実は、昨夜のうちにハーマイオニーと話しておくつもりだった。だがなぜか、ハーマイオニーは夕食後すぐに寮の部屋へと戻ってしまい、ロンによれば、ハリーの個人教授がある日だと知っていたはずなのに談話室へと顔を見せることはなかったらしい。

 なので個人教授の内容については、まだロンにしか話せていない。だが相手がロンでは、相談という部分で大きな違いがある。

 

『そんなの、なんにも問題ないだろ。キミが頼めばどんなことだってOKさ。今度の魔法薬学の授業のあと、ちょっと残って聞いてみろよ』

 

 案の定、ロンからのアドバイスはそんな程度だった。ダンブルドアですら聞き出せなかった秘密を、ちょっと聞いてみたくらいでスラグホーンが明かすだろうか。ハリーには、とてもそうは思えなかった。

 疲れていたこともあり、ハリーは、アルテシアの件まではロンに話していない。まずはハーマイオニーと相談してからにしようと考えたのだ。

 それほど待つこともなく、ハーマイオニーが談話室へと姿をみせた。ハリーの姿を見つけたハーマイオニーが、一直線にやってくる。

 

「ハリー、ちょっといい? 大事な話があるの」

「ぼくもだよ、ハーマイオニー。場所を変えて話そうか」

 

 どうやら、話したいことがあるのはハリーだけではないようだ。それを察したハリーは、多くの人の目がある談話室からの移動を提案。ハーマイオニーとともに、談話室を出る。かといってふさわしい場所があるわけでもなく、2人は、マートルのいる女子トイレに向かった。マートルの存在さえ無視できれば、誰も居ない場所だ。

 まずはマートルと話をし、その機嫌を取る。なぜかハリーはマートルに気に入られているようで、お願いしておけばマートルもいたずらなどをしかけてはこない。

 

「そういえば、昨夜はダンブルドアの個人教授だったわよね。どうだったの?」

「今回はあの人のホグワーツ時代の話だったんだけど、宿題を出されたよ」

「宿題?」

 

 宿題とは、最優先で仕上げ提出すべきもの。ハーマイオニーによる定義では、そういうことになる。だが、その内容が問題だった。一度ロンに話しているので、ハリーの説明はスムーズだった。

 

「きっと、とんでもなく高度な闇の魔術に違いないと思うわ。だけどハリー、そう簡単には聞き出せないと思う。なにか方法を考えて慎重に持ちかけないとダメよ」

「だろうね。ロンは、授業のあとにでもちょっと聞いてみればOKだって言うけど」

「いいえ、そんな簡単な話じゃないわ。だってダンブルドアが聞き出せなかったのよ。あくまでも真相を隠すつもりに違いないわ」

 

 それには、ハリーも同感。だがさすがのハーマイオニーも、その入手に関していい考えは浮かばないらしい。ハリーはため息をついた。

 

「困ったな。そんなに時間はかけられないと思うんだ」

「ええ、そうね。でも都合の良い近道なんてないと思うわ。いろいろと考えてはみるけど」

「頼むよ。それはそうと、キミも何か話があるんだよね」

「ええ。あたし、昨日の夜、アルテシアに会ったのよ」

「えっ!」

 

 それは、ハリーを十分に驚かせた。たしかにハーマイオニーは、昨日の夕食後からずっと、寮に戻ってしまい談話室に姿を見せなかった。アルテシアに会ったというなら、そのときだ。だけど、とハリーは考えた。どうやって?

 

「詳しいことは省くけど、あたし、アルテシアに魔法を習うことにしたの。それから驚くことがあるわよ。アルテシアが学校に戻ってくる」

 

 アルテシアが学校に戻ってくることは、ハリーも知っていた。

 

 

  ※

 

 

 まさに昼休みの緊急会議、とでも言えばいいのか。この日の昼休み、様々な人たちにより学校のあちこちで話し合いの場が持たれることになる。なかでも校長室では、重要な発表がされた。そこには各寮の寮監とスラグホーンの姿があった。ダンブルドアが呼び集めたのである。

 

「魔法省より臨時に講師が派遣されてくることになったのじゃ。こんなふうに慌ただしく発表することになろうとは思っておらなんだのじゃが、ともあれ早急にお伝えせねばと思うての」

「校長、まさか去年のアンブリッジ女史のようなことにはなりませんでしょうな?」

「大丈夫じゃとも、フリットウィック先生。なにしろあなたもよくご存じの、非常に優秀な人物じゃからの」

 

 そこでダンブルドアはマクゴナガルに目を向けたのだが、マクゴナガルは無言無表情。あたかもスネイプのようだ。

 

「校長、講師とおっしゃいましたな。その人物は、ホグワーツで何をするのです?」

「もっともな質問じゃな。じゃがその前に、講師となる者の名前をお伝えしておこうかの。アルテシア・クリミアーナ嬢じゃよ」

「なんですと」

 

 その瞬間、校長室は驚きの声に包まれた。告げられたのが、あまりにも意外な名前であったからだ。だがマクゴナガルだけは、無言無表情のまま。すでにこの件はアルテシアより知らされていたからである。

 

「アルテシア嬢には教授の手伝いを、すなわち助手を務めていただこうと思うておる。彼女の成績から察するに魔法薬学が」

「校長、よろしいですかな」

「なんじゃね、セブルス。まだ話の途中なのじゃが」

「それは失礼。ですが校長、助手ということなら、わたしにお任せいただきたいものですな。なにしろ授業では、ちょうど魔法による対決をテーマにしておりましてな。たとえばその相手にふさわしい。あの娘であれば、模擬戦の相手も務まるでしょう」

「そうかね。わしはスラグホーン先生にお願いしようと思うておったのじゃよ。スクリムジョールもそれでいいと言うたしの」

 

 ダンブルドアとしては、決定事項を伝えるだけで終わるつもりだったのだろう。だがスネイプにより、そのもくろみは外された。

 

「魔法省との話はできている、そういうことですか。だが、あの娘が学校に戻ってくるというのなら、黙ってみているつもりなどありませんぞ」

 

 ここで、マクゴナガルへと目を向ける。

 

「そうでしょう、マクゴナガル先生。あなたもそうしたいはずだ。せめて自分の授業を手伝わせたいと」

「いいや、セブルス。それでは彼女が忙しくなりすぎるじゃろうて。ちと、ムリではあるまいかの」

「では校長。ホグワーツでの助手の話はなかったことにされてはどうです。ホグワーツ校長として拒否なされば済む話だと思いますけれど」

「ふむ。マクゴナガル先生はお気に召さぬようじゃな」

 

 ダンブルドアはそう判断したが、実際のところマクゴナガルは、アルテシアが学校に戻ってくることに反対してはいない。ただそこに、都合良く利用しようという考えがみてとれることが気がかりなだけ。

 そもそもスクリムジョールとの話では、闇祓い局で訓練中の見習いたちへの魔法指導ということだったのだ。未来の闇祓いたちにも、トンクスにしたように教えてやって欲しいのだと。

 それだけの話であり、すでに2度実施もしている今になって、なぜ、ホグワーツ派遣ということになってしまうのか。

 

「今回のことは、校長が魔法省に要請なさったのですか。それとも」

「スクリムジョールと相談した上でのことじゃよ。あのお嬢さんを学校に戻したい。それだけのことなのじゃ」

「しかし、校長」

「いいかね、ミネルバ。これはもう決まったことなのじゃ。是非とも、納得して欲しい」

「そうですか。わかりました」

 

 まだまだ言いたいことはありそうだったが、マクゴナガルはここで折れた格好となる。ダンブルドアの言うとおりであり、ここで頑張ってもムダなのは分かっているからだ。

 

「ふむふむ、どうやら話はまとまったようだね。では、そのお嬢さんはわたしのもの、ということでいいのだね。ああ、もちろんお嬢さんがスネイプ先生も手伝いたいというのであれば、それはそれでかまわんよ」

 

 その場の空気をも一変させるような、そんな明るい声。スラグホーンの機嫌は良いようだ。

 

「ダンブルドア、次の授業からということになるのかな」

「そうじゃな。アルテシア嬢は明日から学校に来ることになっておる。打ち合わせや準備もあろうし、順調にいけば午後の授業からとなるじゃろう」

「なんと、なんとなんと。明日の午後には6年生の授業がある。面白いことになりそうだ」

 

 どうやらスラグホーンは、アルテシアのことは承知しているらしい。

 

 

  ※

 

 

 この数か月というもの、この空き教室を利用するのは放課後に3人という場合がほとんどだった。だが今日は、昼休みに4人の姿があった。アルテシアとパチル姉妹、そしてソフィアの4人である。

 ソフィアが大広間から持ってきた昼食用のサンドイッチなどを食べながら、さまざまなことを話していた。なにしろ4人が揃うのはしばらくぶりのこと。手紙のやりとりなどはしていても、話したいことはいくらでもあるのだ。

 

「けど、ハーマイオニーにはびっくりだね。アルテシアに魔法を教えてくれって頼むなんて。彼女、なにかと競争意識を持ってたはずなのに、その相手に教えを請うなんて思わなかった」

「それだけ真剣なんだと思います。あたしだって、アルテシアさまのためだったらなんだってできますよ」

「ソフィアのことはともかく、実際にはどういうことになるの? アルテシアはこれから授業を受け持つかもしれないんでしょ」

 

 ハーマイオニーの件は、前日の夕食後に寮の部屋で話し合いが済んでいる。寮の部屋をその場所に選んだのは、最も都合が良いからに他ならない。アルテシアはこの部屋のことをよく知っており、自分をそこに転送するのに支障はないし、同室のラベンダーを交えることにはなってしまうが、それ以外の人の目と耳を気にする必要がないのだ。

 アルテシアが魔法省の特別講師とされた一件については、まだ学校内に発表されてはいない。だがこのとき、この場にいる全員がそのことを知っていた。

 

「わたしは助手で、お手伝いするだけよ。授業を受け持ったりはしないと思うけど」

「どの教科になるとかは、決まってるの? まさか変身術じゃないよね?」

「魔法大臣からは何も説明されてないの。ダンブルドア校長の指示に従うようにってことだけ」

「でもそれ、おかしくない? なんかさ、大臣と校長が示し合わせてる気がする」

「マクゴナガル先生も、そうおっしゃってた。でも最後までそのことに気づけなかったのだから、こちらの負け。受け入れるしかないって」

 

 その真相を追い求めていけばどうなるか。この件で、なおも騒ぎ立てていけばどうなるのか。真相という名の藪をつついたとき、どういう結果が待っているのか。

 そのことをアルテシアは、考えないことにしていた。魔法省とは良好な関係を築いていくためにも、その藪のなかから何も出てこないことを願うのみ。

 

「明日からどうなるのかな。楽しみなような、不安なような。ソフィア、あんたどう思う?」

「あたしですか。これからは、あたしの出番だってことですかね。しっかりしないとって思ってます」

「なによ、それ」

 

 その場に軽く笑いが広がっていくが、ソフィアにとっては笑い話などではないようだ。ただじっとアルテシアを見つめていた。

 

 

  ※

 

 

 次の日、アルテシアは校長室を訪れていた。ダンブルドアとこれからのことについて打ち合わせをするためである。一緒にトンクスがいるのは、ホグワーツへの着任手続きに立ち会うため。いま、その確認書類にダンブルドアがサインをしているところだ。

 

「ではトンクス、これで手続き完了じゃな」

「そうなりますね。でも校長先生、できるだけはやく返してくださいね。あたしと一緒に仕事するはずだったんですから」

「なんと、そうだったのかね。それはすまんことをした」

「だったら、諦めてくれますか? これを破ればいいだけなんですけど」

 

 だがダンブルドアは、軽く笑ってみせただけ。トンクスも、その書類を破ることなく鞄に入れた。

 

「じゃあね、アルテシア。えっと、連絡はポストでいいんだよね?」

「ええ、どうもありがとうトンクス。忙しいのに来てくれて」

「いいんだ。あんたのことは、あたしが面倒見るって決めてる。遠慮なんかしなくていい」

 

 そんなところでトンクスが帰っていく。校長室はダンブルドアとアルテシアの2人となった。マクゴナガルがいてもよさそうなものだが、この時間は授業がある。

 

「トンクスとはずいぶんと仲がいいようじゃな」

「そうですね。わたしのことを妹みたいにかわいがってくれてます。おかげで防衛術もずいぶんと上達したと思ってます」

「そうかね。そのトンクスに魔法を教えたと聞いておるのじゃが。トンクスは優秀な闇祓い。さすれば、ホグワーツの生徒たちにも適切な指導をしてもらえると、そう判断したわけじゃよ」

「この話を決めたのは校長先生だと、そういうことになりますか?」

 

 アルテシアは、この件に関しての話はしないと決めていたが、これくらいはいいだろうと思ったのだ。どうせダンブルドアが答えるはずはないし、仮に答えたとしてもそれは真相ではない。アルテシアはそう思っている。

 

「スクリムジョールと相談した結果、ということになるのう。ところでお嬢さん、ポストとは何のことじゃね?」

「手紙をやりとりするためのものです。ポストに手紙を入れればクリミアーナ家に届きます」

 

 その届いた手紙は、アルテシアが自宅にいなくとも、いつも持っている巾着袋に手を突っ込めば、そこから取り出すことができるのだ。

 

「それはふくろうは使わずに、ということかね」

「はい。ふくろう便には、どうしてもなじめなくて。それに、こちらのほうが時間的にも早いんです」

「なるほどのう。そのポストとやらを、わしも利用してみたいがどうすればいいのかね?」

「ええと、そういうことなら校長室にポストをお作りしてもいいですけど、でもわたし、これからホグワーツに通うんですけど」

「その通りじゃが、ポストというものは作っておくれ。この先、必要になることはあるじゃろうからな」

 

 アルテシアはこれまで、ダンブルドアから手紙を受け取ったことはない。せいぜいが、校長室への呼び出しを告げるメモ書き程度。必要ないのではとも思ったが、それを口には出さず、巾着袋に手を突っ込んだ。取り出したのは、大きめのお弁当箱といった感じの平たい箱。クリミアーナ家のアルテシアの部屋にあるうちの1つで、アルテシアが手紙などの整理や保管に使っているものだ。なので、現時点では単なる入れ物でしかない。

 その入れ物を、ふたを開けて手紙を入れ、元通りにふたをするだけで相手に届くといった説明をしながらダンブルドアに渡す。ダンブルドアが気づいたかどうかは不明だが、アルテシアは、その間にポストとして機能するような処置をしておいた。

 

「では、お嬢さん。今後のことじゃが」

「先生方のお手伝いだと、そう聞いています」

「そうじゃの。当面は助手ということになる。じゃがの、お嬢さん。覚えておきなさい、お嬢さんは魔法省により正式にその資格を認められたことになるのじゃよ」

「資格を、ですか」

「そうとも。たしか、言うておったそうじゃな。教師になりたいのだと」

 

 5年生のときに行われた進路指導のとき、アルテシアは、たしかにそういう話をしたことがある。図らずもそれが実現したことになるのだから、そのことを持って了解して欲しいとダンブルドアは言うのだ。

 

「その能力は十分にある、わしはそう思っておるよ。いいかね、お嬢さん。自信を持って、堂々と授業に向かうがよろしかろう」

「校長先生」

「じきにスラグホーン先生がここに来る。初対面であろうが、スラグホーン先生の助手として午後よりの授業をお願いしようと思うておる。よろしいかな」

 

 その最初の授業が6年生のものであることを、まだアルテシアは知らない。

 


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