ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第110話 「スネイプの来訪」

 クリミアーナ家の門には、扉はない。なので敷地内へと入っていくのに妨げはないはずなのだが、なぜかその人は、門の外側に立ち中を見つめたままでたたずんでいる。実はソフィアなのだが、いったい何を遠慮しているのか、ただ時間だけが無駄に過ぎていくのみ。

 すでにパチル姉妹はクリミアーナ家に到着しており、今ごろは朝食を食べている頃だろう。ソフィアだけはクリミアーナ家へと来るのが遅れていたのだ。しかもソフィアは昨晩は自宅に戻っている。その折には母親のアディナとも話をしているので、いざクリミアーナ家を前にして訪問をためらう理由はないはずだが、いざ門まで来て気後れしているのかもしれない。

 

「おまえ、そこで何をしている」

 

 それは、スネイプの声。偶然ということで間違いないが、なかなか敷地の中に入れないでいたソフィアとクリミアーナ家を訪ねてきたスネイプとが門の前で出くわしたということになる。

 

「さっさと中へと入ればよかろう。玄関はあそこだぞ」

「はい。わかっています」

 

 だがソフィアの足は動かない。そのことで、スネイプは状況を理解した。もちろん、彼なりにではあるが。

 

「なるほど。2つ3つ理由は思いつくが、そのどれであったにせよ、ここにぼんやりと立っているのはお勧めできんな」

「わかってます」

「ならばついてこい。さあ、来るのだ」

 

 余計なお節介。まさにそのとおりなのだが、その裏でソフィアは感謝もしていたかもしれない。腕をつかまれムリヤリに、といった感じであったが、ともあれソフィアはクリミアーナ家の門を通り、玄関へと来ることができたのだ。

 すぐさま、パルマが応対に出てくる。

 

「あれま、いつぞやの先生さまでしたね。ええと、お名前はたしかスネイプ先生」

「さよう。1人客を連れていると、この家の主人にお伝え願おうか」

「へぇ、もちろん。それでそちらのお嬢さんは……」

 

 パルマとソフィアとは、初対面。面識はないのだが、アルテシアを介して、その存在は互いに知っている。

 

「初めまして、ルミアーナ家当主アディナの娘、ソフィアです」

「ああ、やっぱり。見た瞬間にそう思ったですけどね。あたしはパルマ。ここでアルテシアさまのお世話をさせてもらってるんですよ」

 

 そして2人を応接へと通す。食堂にはパチル姉妹とアルテシアとがいたからだ。ちょうど食事中なので配慮した、ということになる。スネイプとソフィアとが椅子に腰を落ち着けたところで、パルマが尋ねた。

 

「さてと、お二人さんは朝食どうされます? 焼きたてパンにサラダくらいなら用意できますよ。ちょっとお待ちいただくことにはなりますけどね」

「いや、吾輩は結構だ。済ませてきている」

「わたしもです、パルマさん。それでアルテシアさまは?」

「お嬢さまはいま、お友だちと朝食の最中でしてね。もう終わる頃だし、お2人が来られたのも知ってるはずなんで、もうじき」

 

 だがパルマが言い終わるのを待つこともなく、アルテシアが顔を見せた。続いて、パチル姉妹も。この人数となるとこの部屋よりも食堂がいいだろうということになり、そのまま食堂へと移動することにした。

 

 

  ※

 

 

「学校のクラスでもあるまいに、まさか生徒が4人も揃うとはな」

「しかも先生つきですからね。スネイプ先生、わたし、先生の防衛術の授業を受けたことがないんですけど」

「だからなんだ。吾輩にここで授業をしろとでもいうつもりか」

 

 もちろんそれは、あいさつ的な意味を込めた話だ。おそらく本気ではないのだし、さらっと流れてしまえばそれまでなのだが、アルテシアたちの前に飲み物を並べていたパルマは、そこに興味を持ったらしい。するするとアルテシアへ近づいていき、小声で話しかけた。

 

「その授業ってやつに、あたしも参加していいですかねぇ。どんなものなのか聞いてみたいんですけど」

「あ、そうだね。もちろんだけど、スネイプ先生がやってくださるかどうか」

 

 小声であろうと、パルマの言ったことはこの部屋にいる全員に聞こえている。結果、視線がスネイプへと集まることになったが、それくらいでスネイプが普段の無表情を崩すことはない。

 

「言っておくが、吾輩はここに遊びに来ているのではない。用件が済み次第、別のところへ行かねばならん。そのために早い時間を選んだのだ」

「先生、その別のところってどこですか?」

「なぜそんなことを聞く。吾輩が教えると思うか」

 

 行くところがあるというのが本当なのかどうかは別にして、アルテシアやパチル姉妹、それにソフィアもすぐにその行き先に見当をつけた。具体的な場所などわからないが、誰もが例のあの人、すなわちヴォルデモート卿のところだと考えたのである。

 

「思っています。これまでも先生は、わたしに色々なことを教えてくださいましたから」

「たしかに、生徒に教えるのは吾輩の仕事だ。だが学校を辞めたあとまでは面倒みきれんぞ」

「いいえ、教えてくださると思います。だって先生は、わたしが相談すればちゃんと答えてくださいましたから」

「いや、それは逆だろう。聞かれたことに答えるのはおまえのほうだと思ったが」

 

 スネイプが言うように、ほとんどの場合アルテシアは聞かれたことには素直に答えている。原則的に隠すことはしないのだが、スネイプのほうも、これまでアルテシアの相談を無視したりはしていない。そんな状況は、アルテシアが学校を辞めてからも同じであるのかどうか。

 互いににらみ合うような格好となっており、スネイプの目の動きをアルテシアが追いかける。そしてスネイプが、ふっと目をそらし、表情を緩めてみせた。

 

「いったいどこのどなたさまが、おまえにレジリメンス(Legilimens:開心)などを教えたのやら。だがその程度では吾輩の心を読むことはできんぞ」

「すみません、先生。でも、失敗するとは思いませんでした。スネイプ先生をお手本として真似してみたんです。うまくいくはずだったんですけど」

 

 隠し事というほどではないが、アルテシアはこれまで、知られたらイヤだなと思ったことのほとんどをスネイプに見透かされてきている。感情が表に出やすいのかもしれないが、それでも多すぎると思っていた。きっと何かほかに理由があるのだろうと考えたとき、スネイプをまねてみることを思いついたのだ。実際にやってみるのはこれが2回目で、前回のときもうまくいってはいない。

 

「ほほう、真似をして覚えたというのか。とても合格点などやれるものではないが、つまり、そうまでして吾輩から聞き出したいことがあるということだな」

「はい。それを先生から教えていただくことは可能でしょうか」

「よかろう。ただし吾輩が知りたいことをおまえも話す、というのが条件だ。それでいいか」

 

 アルテシアが小さくうなずいたことで、この話はまとまったということになる。それぞれ、何を知りたいのか何を聞き出そうというのかはともかく、取引は成立した。それまではアルテシアだけを見ていたスネイプだが、ここでパチル姉妹へと目を向ける。ソフィアもそちら側にいた。

 

「聞け。吾輩は、この娘から今後のために必要な情報を得るつもりにしていた。だがこしゃくにも、この娘は心を読ませぬ術を学んだようだ。ダンブルドアであれば、予想外のことがおきたからと話を変えたりもするのだろう。だが吾輩はそんなことはしない」

「どういうことですか、先生」

 

 言ったのはパドマだが、おそらく全員がそう思っただろう。そこでスネイプは、用意されていた飲み物に手を伸ばし一口だけ飲んだ。

 

「吾輩がいくら言い聞かせようとも、素直にこの部屋を出て行くはずがないと思うからだ。どうだ、この判断は間違っているか?」

「あ、いえ、その」

 

 パドマたちが顔を見合わせるなか、なおもスネイプは話を続けていく。これからの話にはヴォルデモート卿が関係してくる。聞いてしまえば、どうしても今後のことに巻き込まれることになる。それがイヤなら席を外せとまで言ったのだ。

 

「どうするのだ? それでも話を続けてよいか」

 

 そのときスネイプは、パチル姉妹たちを見てはいなかった。ただじっと、アルテシアを見ている。改めてアルテシアの意思を確認したいのだろう。ここでアルテシアが席を立つのかどうか。スネイプが注目しているのはそこである。そのどちらを望んでいるのかは本人のみが知るところだが、その結果はおそらく、今後のスネイプの行動を大きく左右することになるのだ。

 アルテシアがゆっくりと目を伏せ、そして軽く深呼吸。呼吸を整えたあとで、にっこりと微笑んだ。

 

「どうぞ、スネイプ先生。お話、続けてください」

「よいのだな」

「はい。それからこの人たちのことは大丈夫ですよ。私が責任を持ちます。何があっても、どんな危険が待っていたとしても、このわたしが必ず守ってみせます」

 

 それができてこそクリミアーナの娘なのだと、アルテシアはそう言って胸を張る。3人からは特に異論は出なかったし、席を立つ者もいない。これで話が前に進むと思われたが、別のところからストップがかかった。

 

「ちょっといいですかね、先生さま」

「パルマさん、どうしたの?」

「いや、かまわんぞ。どうぞ、ご意見あるならうかがいましょう」

「では、ちょっとだけ」

 

 食堂ではなく書斎であったならともかく、この場にはパルマもいたのである。

 

「先生さまは、あえて危険なことに生徒さんを巻き込もうとなさってやしませんかね。もしそうなんだとしたら」

「ああ、まさに当然のご意見だとは思いますが、すでに魔法界全体が巻き込まれているようなものでしてな。だが、進んで前に出ていく必要はない。それは確かでしょうな」

「だったら先生さまが、大人が対処すべきじゃねえですか。いくらクリミアーナとはいえ、アルテシアさまはまだ子どもなんですけどね」

「もちろんですとも。だが、この娘の性格はよくご存じのはず。ほおっておいても関わりを持ってくるのは明らかだ。それに申し訳ないが、こちらにも事情というやつがありましてな」

 

 いずれにしてもアルテシアの協力が必要になる、とスネイプは言うのである。そうでなければこれから先の困難を乗り切っていくことはできないし、事態を収束させていくことが難しくなるのだと。

 

「ホグワーツの校長もいろいろと動いていますからな。そちらでなんとかなるのかもしれんが、さて。どうなるのやら」

 

 それで納得したのかどうか。それ以上は何も言わないパルマを見ながら、アルテシアは考えた。もちろん納得してくれるのが一番だが、たとえパルマに納得してもらえなくとも、このことから逃げる訳にはいかないのだと。

 スネイプの言うように、魔法界はすでにその渦中にいる。なるほど、ほおっておいても魔法省なりダンブルドアなりが動き、なんとかするのだろう。少なくとも魔法省にはそうする責任があるはずだし、学校内でのことは校長や教授陣が対処すべき。では生徒は、あるいは住民は何もしなくていいのか。

 スネイプとの話がどうなるにせよ、例のあの人、ヴォルデモート卿に関することであるのは間違いない。いまのところアルテシアは、その結果としてドラコの窮地を救うことができればいいと考えているだけだったし、魔法界を覆いつつあるというあの人の脅威を、それほど感じているわけではない。だがもし、自分が何かすることでその脅威の中から抜け出せるのだとしたら。

 学校を辞めたとはいえ、魔法界とは疎遠になりつつあるとはいえ、知らぬ顔などできないのではないか。アルテシアの思いはそこへ行き着く。

 

「パルマさん。このままなら、魔法界が壊れてしまうかもしれないの。だったらわたしは、わたしにできること、するべきことをしなきゃいけないんだと思ってる」

 

 

  ※

 

 

 話の続きをするにあたって、アルテシアたちは場所を食堂から書斎へと移すことにした。ちょっとした休憩にもなるし、気持ちも変わる。もし巻き込まれることを避けたいと思うのなら、その選択をする機会にもなるからだ。

 生々しい話となるのか、それともあっさりと終わるのか。話がどう展開するかなど誰にも分からないまま、それぞれに書斎へと向かう。ここでパルマは、ここからは遠慮すると言い出した。気になることは確かだが、魔法界やホグワーツで何かすることはできないというのがその理由。自分はどうせクリミアーナ家で一生を終えるのだから、クリミアーナ家のことだけを考えていたい。ただアルテシアのことだけを考えていられればそれでいい、アルテシアが承知してくれていればそれでいい、と言うのだ。

 ソフィアのほうは、アルテシアにさりげなく近づき、そっと耳打ち。

 

「アルテシアさま、スネイプ先生の話を聞くのは明日とかにしませんか。ちょっと間を置いた方が」

「どうして?」

「先に相談してからのほうがいいんじゃないですか。ティアラさんだって、なにか情報持ってると思います。マクゴナガル先生とも」

 

 アルテシアは、特に返事はしなかった。もう書斎の中に入っていたこともあるし、スネイプが近づいてきたからでもあるのだろう。ソフィアには、ただ笑顔を見せてうなずいただけ。

 

「スネイプ先生は、そちらへお座りください」

「わかった。だがものすごい数の本だな。これが、おまえの持つ知識の源泉というわけか。納得できる話ではあるが」

「ここの本は、だいたい読んでます。でも、わからないことはあるんです」

「ほう。たとえば何だ。言ってみろ」

 

 書斎に来ない、という者は誰もいなかった。パルマを除いてということだが、パチル姉妹などはすでに書斎の閲覧用テーブルのいすに座っていたし、アルテシアたちもそれぞれに席を取る。スネイプとアルテシアとはちょうど向かい合う位置だ。

 

「とりあえず2つあるんです。きっともっとあるんでしょうけれど」

「その2つとはなんだ」

「先生は、フェリックス・フェリシスという魔法薬をご存じですか」

 

 すぐには答えない。だがその右の眉だけがピクリと動いた、ような気がした。

 

「その煎じ方、ということか」

「はい。レシピを探したんですけど、ここの本にはありませんでした」

 

 それをスネイプは知っているのかどうか。仮にそれに知っていたとしても、教えてくれるとは限らない。また教えてもらえたとしても、作れるとは限らない。

 

「あんなものは、ただの運任せのシロモノだ。そんなものにすがろうとするなど、おまえらしくもない。すなわち、欲しがっているのはおまえではないということだな」

「それを飲めば、いろいろなことがうまくいくようになるんだとか。追い詰められたとき、欲しくなるのはわかる気がします」

「かもしれん。だが結局は、おのれの実力以外に頼れるモノなどはない。自らの努力もなく運に頼るなど愚かしいことだと知れ」

 

 まさか、このような答えが返ってこようとは。反論することも難しく、さすがにアルテシアも苦笑いを返すしかなかった。

 

「どうしても必要だというなら、あとで煎じ方をメモしておこう。ただし、煎じるのに半年はかかるはずだ。覚悟しておけ」

「いえ、先生がご存じだとわかればそれでいいです。それとあと1つ、いいですか」

 

 そこでアルテシアは、チラとパドマのほうを見た。バドマが小さくうなずいたのを、もちろんスネイプも気づいただろう。そして。

 

「スネイプ先生に特別授業をお願いしたいんです。テーマはズバリ、分霊箱」

「なんだと。今、分霊箱と言ったか」

「はい。分霊箱についての特別授業をお願いしたいと言いました。実はパドマが学校の図書館とかを調べてくれたんですけど」

「それはまたご苦労だったな。だがダンブルドアが全て片付けてしまったと聞いている。当然、図書館の禁書の棚にもない」

 

 スネイプによれば、分霊箱に関する書物は全て隠されてしまっているらしい。ゆえにパドマがいくら探そうとも、見つけることはできないらしい。

 

「よかろう、講義はしてやる。だがその前に、吾輩の知りたいことに答えてもらおうか」

「わかっています」

 

 そういう約束だった。ただ、どちらを先にするかという問題だけ。アルテシアは、緊張気味にスネイプの質問を待った。そんなアルテシアを見て、スネイプは少しだけ笑ってみせた。

 

「緊張でもしているのか。おまえのそのような顔は、今まで見たことがないぞ」

「ええと、そうかもしれません。それで先生、わたしは何を話せばいいのですか」

 

 スネイプが何を言い出すのか、アルテシアだけでなくパチル姉妹なども注目しているようだ。スネイプは、一通り視線を巡らせた。

 

「おまえは先ほど吾輩の開心術を真似してみせたが、閉心術もそうか。ドラコに閉心術を授けたようだが、あれもそういうことか」

「えっ、わたしがドラコに閉心術を? そんなはずはないんですけど」

「いや、間違いなく閉心術を身につけている。おまえが配った魔法のノートが導いた結果だ」

「ああ、そういうことですか。だったらそれは、きっとドラコの役に立つからだと思います」

「それを否定はしないが、おかげで吾輩が苦労をさせられるのは間違いない。少しはその責任をとってもらわねばな」

 

 どういうことか。その場にいるスネイプ以外の全員がその思いを持った。そしてその説明を求めてスネイプを見たのは、ごく自然なこととなる。スネイプもその空気を感じたはずなのだが、それでうろたえたりするような人物ではない。むしろ、その状況を楽しんでいるようにも思える。

 

「まず聞いておくが、おまえは闇の帝王と会ってみたいと言っていたはずだな。その気持ちに変わりはないのか」

「はい、お会いせねばと思っています」

 

 もちろんアルテシアは、そのつもりである。だがスネイプは、そうすることに反対だったはず。

 

「吾輩に提出したレポートのことだが」

「はい」

「おまえはそのなかで、魔法界が滅びぬためには闇の魔法の使い手をなんとかせねばならぬと書いていた。そのトップにいる帝王をうごかす必要があるのだと」

「はい。闇の側に立つ人たちへの例のあの人の影響力は見逃せないと思うんです。仮にあの人が考え方を変えたなら」

「変えなければどうする? おまえの説得など聞くものか。誰の説得に対しても聞く耳など持たぬお方だぞ」

 

 おそらくは、スネイプの言うとおり。アルテシアにしても容易に説得できるとは思ってはいないし、ろくに話もせぬままに闘いとなることも覚悟している。だがそれでもアルテシアは、ヴォルデモートに会うつもりでいた。その目的を果たしたとき、きっと何かが変わると思うからだ。

 

「とにかく、やれるだけはやってみます。見過ごすなんてできませんから」

 

 そう言ったアルテシアを、スネイプはその表情から何かを読み取ろうとでもするかのようにじっと見つめる。アルテシアも、目をそらすようなことはしない。

 

「わかった。この話は、いずれ機会を見て続けるとしよう。ところでドラコのことだが」

「ドラコ、ですか」

「あのお方より出された指令が問題なのだ。もはやドラコにはそれを実行するしか道はないが、あやつにそれができようとは思えぬ。なにか知っていることがあれば話せ。手伝ったりしているのではないのか」

「例えば、どんなことでしょうか。ドラコとの約束で話せないことはあるんですけど」

「さもあろう。ドラコもそのようなことを言っていたが、それではいざというときに困る。あらかじめの情報が必要なのだ」

「そのこと、先生はまったくご存じないのですか」

 

 スネイプは、ドラコをどうしようとしているのか。もし助けようとしているのなら、話しておくべきなのか。そんなことも思ったが、アルテシアとて全てを知っているわけではない。なにしろ、具体的な計画はこれから立てるということだったのだ。そう、フェリックス・フェリシスを手に入れてから。

 

「そうではない。承知はしているが、それをドラコがどのように実現しようとしているのかだ。それを知らねば、対処のしようがない」

「たとえばドラコを助けるために、でしょうか。それとも計画実現に手を貸すということ」

「どちらでもかまわんが、これは吾輩がやるべきことだ。なぜなら、ドラコはスリザリンの生徒。さらに言うなら、吾輩は寮監であり教授だ」

 

 スネイプの言葉に、アルテシアはにっこりと笑って見せた。そして。

 

「校長先生を狙うことと、ホグワーツへの侵入経路の確保だと聞いています。でも、詳しい計画はこれから立てることになると」

「ほう。ではフェリックス・フェリシスを欲しがっているのはドラコだったというわけか。なるほどな」

「ネックレスの事件ですが、あれはドラコが仕掛けたことのようです」

「それが校長を狙ってのことだというのは、吾輩も承知している。ダンブルドアは見逃すつもりのようだが、失敗したからにはあらたな行動を起こすやもしれん」

「いいえ、それはないと思います。このような軽はずみなことはしないと約束させましたから」

 

 少し余計なことまで言ってしまったのかもしれないことに気づく。スネイプが薄笑いを浮かべたからだ。

 

「約束させたというのか。それはいつのことだ。まさかとは思うが、退学後も学校に出入りしているのではあるまいな。それを侵入経路としよう、などと考えていたりするのか」

 

 もちろんドラコには話していないし、そうするつもりなどアルテシアにはないはず。ここでソフィアが声を上げた。

 

「あの、アルテシアさま。気になることがあるんですけど」

「どうしたの」

「黒いノートですけど、あれでマルフォイさんが転送魔法を学んでしまうということはありませんか。もしそんなことになったら」

 

 ホグワーツの敷地内では姿現しなどはできない。それはよく知られていることだし、だからこそドラコはそれをすり抜ける方法を探しているのである。そんなドラコが、この魔法を学んだとしたら。ソフィアの懸念はその点にある。実際にその魔法を使える者にとっては、ホグワーツの侵入よけ対策などないようなものになる。

 

「なんだそれは。転送魔法だと言ったか」

「あ、ええと。ソフィア、大丈夫だから。さすがにあれは、ちゃんと魔法書を勉強しないとムリだよ。クリミアーナの魔法はそんな簡単じゃないはずでしょ」

「あ、そうだ。そうですよね」

「スネイプ先生。クリミアーナにはクリミアーナ独自の魔法があります。たぶんですけど、いくつかの魔法はわたしたちにしか使えません」

 

 例えば、どれがそれに当たるのか。それをアルテシアは、あえて例示したりはしなかった。強いて言うなら、杖なしでの魔法、ということになるのかもしれない。

 

「おまえの魔法は、魔法族のそれとはどこか違う。なんどかそう聞かされたが、つまりそういうことか」

「ちゃんと学べばできるようになるとは思います。でもそのためには、あの黒いノートでは不足というか」

「ページ数が足りぬ、か。だがあのノートでドラコが閉心術を学んだのは間違いない。吾輩にも入り込めぬほどの閉心術をだ」

 

 それは、あの黒いノートが間違いなく機能していることの証明となる。ドラコにとって、閉心術は間違いなく役に立つだろう。たとえばヴォルデモート卿や部下のデス・イーターと顔を合わせるときになど。

 

「たしかおまえは、あのノートは魔法書とは違うものだと言ったはずだ。自分なりに工夫を加えて作ってみたのだと」

「ええと、それはそうなんですけど」

「どういう工夫がされているのだ?」

「魔法書は、習得するのに何年もの積み重ねが必要です。それはそれで意味のあることなんですけど、すでに魔法が使える人たちには、そんな必要はないかもしれないと思ったんです」

 

 そのため、1つの魔法だけに特化し手軽に学べるようにしてみたというのだ。いわば魔法族向けの魔法書であり、今回はそれがうまくいったらしいとの説明にスネイプは大きくうなずいた。

 

「おまえから受け取ったノートを調べたが、非常に高度なものだ。吾輩にも分からぬことが多いし、決して真似などできぬだろう。おそらくはダンブルドアにもな」

 

 そのノートを手にした者たちが、どれほどの魔法を学び身につけているのか。メンバーが誰なのか、その全員を把握しているわけではないが、スネイプはそのことに興味を持っただろう。と同時に、いつもアルテシアの近くにいたパチル姉妹、特にパーバティに目を向けた。

 

「ミス・パチル。ああ、姉のほうだが、妹にも同じことを言っておく」

「なんでしょうか」

「次の防衛術の授業の際には、模擬戦をやってみようと思う。1対1の決闘だ。その相手を頼むぞ」

「えっ!」

 

 もちろん、パドマもパーバティも驚いたことだろう。スネイプはそんなことはどうでもいいとばかりに、アルテシアを見る。

 

「おまえとも戦ってみたいものだが、どうだ。どちらが勝つと思う?」

 

 もちろんスネイプだろう。その経験と実力はスネイプが数段上であるのは間違いない。アルテシアの返事は、ただ笑みを返しただけだった。

 

「よかろう。話はこれまでだ。では特別授業といこうか。分霊箱についてであったな」

 


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