ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第108話 「ソフィアの想い」

「頑張ればなんとかなるだろう、などと簡単に考えたりはしていませんか」

 

 凛とした響きを伴ったその声は、ホグワーツの副校長であり、グリフィンドールの寮監でもあるマクゴナガルのもの。そのマクゴナガルの向かい側には、アルテシアがいた。

 

「簡単だとは思っていません。でもそれを手に入れることができるのは、そうしたいと望んだ者だけ。それだけは間違いないって思ってます」

 

 しっかりとした口調で、アルテシアもそう答えた。マクゴナガルの執務室には、他には誰の姿もない。いったい何の話なのか、その主題となる部分が話されていないのだが、それはどちらも承知しているらしい。あえて言葉にするまでもない、といったところか。

 マクゴナガルが、軽くうなずいて見せた。

 

「それはさておき、あなたの申し出の件はパチル姉妹とソフィアにも伝えました。彼女たちは了承してくれていますし、何かと力を貸してくれるでしょう。ですがくれぐれも注意をするように、いいですね」

「わかっています。ありがとうございます」

「それで、具体的には何をしようというのですか。一応、知っておかねばなりません」

 

 その言葉の裏には、協力できることがあれば力になりますよという言葉が隠れているのに違いない。マクゴナガルの表情からそのことを読み取ったアルテシアは、思わず微笑んだ。

 

「どうしました、何をするのかと聞いているのですが」

「あ、いえ。もちろん気づかれないように注意しながらやっていきますので」

「聞こえなかったのですか。わたしは、何をするのかと聞いたのですよ」

 

 今度は、苦笑。なにもアルテシアは、マクゴナガルに隠しておこうとしたのではない。いや、隠せるとは思っていない。

 

「いくつか調べ物をしたいと思っています。クリミアーナの書斎にある本ではわからなかったこともありますので」

「例のあの人のことはより慎重であるべきです。いくらあなたでも、危険はある。大丈夫だなどと誰も保証してはくれないのですよ」

 

 当然、何を調べるのかと聞かれると思っていた。だが話は、違う方向へ。アルテシアが返事をするまもなく、マクゴナガルは、おそらくは自身が最も気になっているであろうことへと話を進めていった。

 

「あなたがスネイプ先生に提出したレポートを見ましたが、これからあのとおりに実行していくことになるのですか」

「えっ! あれ、お読みになったんですか」

 

 それをスネイプがマクゴナガルに見せるということを、アルテシアは予想してはいなかったらしい。あれは、あくまでも宿題の提出なのだから。

 

「読みましたが、あなたが気にすべきなのはそこではありません」

「どういうことですか」

「もちろんスネイプ先生は、あなたのことを心配なさっておいでです。ですが、例のあの人とのつながりを持つ人でもあります。今後は、あなたのレポートを例のあの人が読んだという前提に立つべきだと思いますね」

「そうでしょうか」

 

 否定や反論、ということではない。意味合いとしては、不安や相談といったものになるだろう。例えば、そうしたほうがいいのでしょうか、といったように。

 

「スネイプ先生といえども、あの人に命じられたなら逆らえないのです。このことを頭の中に入れて行動しないと、取り返しのつかないことにもなりかねない。それはあなたも望まないはずです」

「わかっています」

「不用意に近づいてはなりませんよ。例えばベラトリックス・レストレンジという魔女がいます。スネイプ先生によれば、その魔女はあなたを敵視しているとのこと。話をする前に攻撃されるでしょう」

「その魔女はデス・イーターなのですか」

「そうです。それにあの人が黙っているはずもない。場合によってはあなたの周りの人たちが巻き込まれる可能性も出てきます」

 

 そうなれば、どうなるか。全力で守るのはもちろんだが、それ以前の話として、ヴォルデモート卿ら闇の陣営に近づかないという選択肢がある。マクゴナガルはそう言いたいのかもしれない。もしそうだとしても、アルテシアにとってはできない相談だ。

 

「マクゴナガル先生、わたしはあの人に会うつもりです。魔法界にいないのならともかく、復活してきたんですから」

「その必要性はわたしも認めています。ですが、くれぐれも慎重であるべきです。裏目に出たときの影響はとても大きい。あなたといえども解決できないことはあるのですよ」

 

 方向性としては、アルテシアがやろうとしていることにマクゴナガルは反対していないようだ。アルテシアには無理だ、などとは考えていない。ただ、心配なのである。アルテシアが4年生のときのこと、三大魔法学校対抗試合の最終課題でセドリック・ディゴリーが命を落としている。そのときのアルテシアを、マクゴナガルは忘れてはいない。ほとんど面識がなかったはずのセドリックの死が、あれほどアルテシアを動揺させたのだ。パチル姉妹やソフィアなど、より身近な友人に何かあったとしたらどうなるだろう。

 スネイプに提出したレポートの中でアルテシアは、魔法界を滅ぼす可能性について述べている。その原因はさまざま。いくつもの要因が絡み合っての結果となるはずである。ではあるが、それでは論旨がぼやけるし、なにより5枚の羊皮紙にまとめることは難しい。なのでアルテシアは、現状の魔法界で脅威となりつつある闇の魔法とその使い手を主たる要因として話を展開した。

 その場合、鍵となるのは闇の魔法である。仮の話だが、魔法界において闇の魔法とされるものの存在をなくすことができたなら。そうなれば、話は簡単。その魔法のみを取り除き分離してしまえるのなら、魔法界を脅かす危険のある魔法は使えなくなる。だが果たして、そのようなことができるだろうか。

 アルテシアはそれを不可能だと断じ、それらの使用に関しての対策が必要だとしている。だがアルテシアが述べるまでもなく、魔法省ではまさにそうしている。だが、それに従わず積極的に使用している者たちがいるのも事実。それら闇の陣営に属する人たちをどうするのか。現状、その闇の陣営のトップにいるのは例のあの人だ。あの人を動かさない限り、その先はない。これがアルテシアの、羊皮紙5枚のレポートでの結論である。

 

「先生、そのレポートを書いてからもいろいろと考えたんです。それで思ったんですけど」

「でしょうね。あなたがあのレポートを書いてから数カ月が過ぎていますが、そのときのまま、ということはないだろうとは思っていましたよ」

「はい、それで思ったんですけど、闇の魔法とそうではない魔法との分離は確かに無理、その分類すらも難しいと思うんです」

「それは魔法を使う側の問題であるからです。どのような魔法であれ、悪用することはできるでしょうからね」

「でも、例えば禁じられた魔法など、容易に分類できるものはあるんです」

「ええ、そのとおりです。だからこそ、禁じられた魔法として規定されているのです」

 

 それは、誰の目にも明らかなる闇の魔法だ。だがそれを分離してしまえるか、となるとそれは別の話となる。現状、そのような方法はないと言ってもいいだろう。

 

「でも、クリミアーナではできた。それをやったんじゃないかって、そんなことを考えたんです」

「あなたの魔法書のことを言っているのですか」

「はい。わたしの魔法書は、2つに分けられていました。それって、たとえば闇の魔法とそうではない魔法のような、そんななにかの基準があって分けられていたってことはあるのかもしれません」

 

 そこに意味はあったはずだとアルテシアは言うのである。それにはマクゴナガルも納得するしかなかった。

 

「言われてみれば、これまでそのような考え方をしなかったほうがおかしいとすら思えますね。あのときは、これであなたが不自由なく魔法が使えるようになることをただ喜んでいただけでしたが」

 

 だが、その意味となると。その答えは、いったいどこにあるのか。アルテシアは、苦笑にもにた笑みを見せてこう言った。

 

「もしかすると、魔法界を滅ぼす者って例のあの人ではなくわたしなのかもしれません」

「なんですって」

「思うんです。クリミアーナはなぜ、魔法界から距離を置いていたのか。なぜ、わたしの魔法書は分かれていたのか。なぜわたしは、魔法省から拒絶されるのか。ハリーやハーマイオニーは、なぜわたしには肝心なことを話してくれないのか……」

 

 さもそれが理由であるかのように、アルテシアは、言葉を続けた。

 

 

  ※

 

 

 マクゴナガルとアルテシアとが話し込んでいる頃、校長室では、同じようにダンブルドアとハリーとが話を続けていた。個人教授の課題を終えたあとで、またも話題はアルテシアのこととなっていた。なぜクリミアーナ家への訪問を先延ばしとしているのか、についてである。

 

「ガラティアという名を聞いたことがあるじゃろうの。アルテシア嬢の大叔母で、かつてブラック家に嫁入りしていたが、ピーター・ペティグリューの引き起こした爆発事件で命を落としている。この事件では、シリウス・ブラックが犯人とされておるがの」

「その事件が、なにか関係があるんですか」

 

 ゆっくりと、ダンブルドアがうなずく。ダンブルドアによれば、魔法省の判断ということにこだわるアルテシアへの説得材料とするため、現在の魔法大臣であるルーファス・スクリムジョールと会った。スクリムジョールは、校長の職権に含まれることだとしてすべてをダンブルドアに委ねるとしたあとで、そう言えば知っているかとばかり、ガラティアの話を始めたのだという。

 

「杖を持ってはおらなんだゆえ、当初はマグルだと思われていたのじゃよ。じゃがファッジがあの事件を調べ直した際に、魔女であると判明したのじゃ。おかげでシリウスのことは沙汰止みとなってしもうたらしいが」

「でも、魔女なら杖を持ってるはずなのに。ああ、そうか。だからその事件に巻き込まれてしまったんですね」

「いいや、ハリー。キミが何を思ったかは想像ができるが、あの家の魔女には杖は不要じゃよ。アルテシア嬢とて、杖は必要とはしておらん」

 

 そのことをハリーは知らなかったらしい。なにしろアルテシアは杖を持っているし、授業では、その杖を使用しているのだから。

 

「話を戻すが、マグルじゃと思われていたゆえに、ガラティアの遺品は長らくマグルの側にあった。まあ、廃棄物扱いであったらしいがの。じゃが魔女となれば話は別じゃ。その遺品はアルテシア嬢の了解を得て魔法省のものとなった」

「それで、どうなったんですか」

「うむ。わしも今回スクリムジョールに見せられるまで知らなかったのじゃが、その遺品の中にロケットがあったのじゃ。これが驚きでなくてなんであろうかの」

「ロケット、ですか」

 

 だがハリーは、どういうことなのかわからないらしい。ダンブルドアが、軽くほほえんだ。

 

「お忘れかな、ハリー。我々は、つい先ほど見たはずじゃ。夫に捨てられたメローピーは、ロンドンでただ一人、子どもを生むしかなかった。その苦労はいかばかりであったろうか」

「あっ、まさかロケットって」

「さよう。生活費に困ったメローピーが手放してしもうた物じゃよ。手持ちの財産では唯一の価値ある物であり、マールヴォロ家の家宝でもあったスリザリンのロケット。なれどたったの10ガリオンでは暮らしてはいけぬ。メローピーは失意の果てに命を落とし、ヴォルデモート卿は施設で育つしかなかった」

 

 後にヴォルデモート卿と名乗ることとなるトム・リドルを、ダンブルドア自らが施設に足を運びホグワーツへの入学を勧めている。その一部始終を、『憂いの篩』によってハリーは見たばかり。

 

「でも、なぜクリミアーナ家の人がスリザリンのロケットを持っていたんでしょうか」

「さあての。クリミアーナ家では、このことを知っていたのかもしれんのう」

「どういうことですか」

「わしらと同じことをしつつあったのかもしれんということじゃよ、ハリー。なんのことかわかるまいが、今はまだ、ちゃんと話してはやれぬがの」

 

 今はあえて口にすることはしない、とダンブルドアは言うのである。言わずとも、いずれわかる。そう言われてしまえば、それ以上の追及は難しい。

 

「それで、そのロケットは?」

「ああ、あれは魔法省のものじゃからの。スリザリンの遺品ともなれば、貴重なことこの上もない。わしはただ見せられただけで、触らせてももらえなんだ。そのような物じゃからこそ、アルテシア嬢にはそれが何であるかを告げることもなく所有権の移転を承諾させたのじゃと思うしかないのう」

 

 それは、いまだ魔法省に保管されているのだという。そのロケットが持つ意味、それはダンブルドアの個人教授が進んでいけば明らかとなるのかもしれない。だがそれは、まだ先の話となるのであろう。

 

「アルテシアは、そのロケットのことを知っているんでしょうか?」

「ふむ。まさにそのことじゃよ。ともあれ、さまざまはっきりとせぬ限りクリミアーナ家には足が向かぬ。あるいはあのお嬢さんと会えばはっきりとするのかもしれんが」

 

 だがそのためには、今はまだ口に出さぬとしたことを言わねばならないかもしれない。どうやらダンブルドアは、それを避けているようだ。時期尚早といったところか。

 この夜の個人教授はここまでで終わりとなった。

 

 

  ※

 

 

 次の日のハリーの最初の授業は薬草学だった。ハリーはその授業のとき、温室で作業をしながらロンとハーマイオニーにダンブルドアの授業のことを話して聞かせた。この2人には話してもよいとの許可をダンブルドアから得ているからだ。

 3人は、みんなとは少し離れた場所で一応手は動かしているものの、その話に夢中になっていた。当然、作業はちっとも進んでいない。

 

「けど、ダンブルドアはどうしてそんなものを見せるんだろう。ハリーが生き残るためって言うけど、そんなのが何の役に立つんだ」

「役に立つわよ、もちろん。あの人の弱点を見つけようとしてるんだと思う。知れば知るほど、気づくことができるのよ。ね、そうでしょう?」

 

 と言われても、ハリーにはまだそこまでのことは分からない。だが無駄なことをしているというつもりもない。これは必要なことなのだ。

 

「あの人に弱点なんてあるのかなあ」

「あるのよ、きっと。倒す方法はあるはずだわ」

 

 その方法は、すなわち、ハリーが生き残る方法と同じ意味を持つ。それを探している状況ということだ。

 

「なあ、ハリー。アルテシアのことはなにか情報はないのか。あいつがいたほうがいいだろ」

「そりゃそうなんだけど」

「なにかあったはずよ。ほら、パーバティを見てみなさい。このところずっと不機嫌でイライラしてたってのに、あの調子よ」

 

 そのパーバティは、ラベンダーとペアを組んで作業をしていた。たしかにニコニコとしている様子だが、その機嫌まではハリーには分からなかった。

 

「アルテシアのことだけど、魔法省に遺品が残されてるらしいんだ」

「なんですって、遺品?」

「アルテシアのなんだったかな、伯母さんか何かが爆発事件で死んだんだよ。そのときの遺品なんだ」

「待って、その事件って、ピーターがシリウスをアズカバン送りにした事件のこと? あのときマグルがたくさん死んだけど、魔女はいなかったはずよ」

「そうだけど、その人はずっとマグルだと思われてただけで、本当は魔女だったんだ」

「アルテシアの親戚でクリミアーナ家の魔女がその事件で死んだの? でもなぜマグルだなんて」

 

 それは、杖を持っていなかったから。ハリーは、ダンブルドアからの説明をそのまま話して聞かせた。

 

「杖もなしに魔法だって。そんなことができるのか」

「アルテシアもそうだって言うの? アルテシアは杖を持ってるわ」

「うん。ぼくもそのへんは疑問に思ってるんだけど、とにかく遺品は魔法省にあるんだ。その中にスリザリンのロケットがあって、そのためにダンブルドアは、アルテシアを学校に戻すためにクリミアーナ家に行くのを先延ばしにしてるって言うんだ」

 

 どういうことなのか。ロンとハーマイオニーは、ただハリーを見ていた。そして。

 

「意味がわからないわ。スリザリンのロケットって何? なんの関係があるの」

「ぼくもそう思ったよ。でもダンブルドアは、その理由を話せないって言うんだ。今はまだダメだって」

「今はダメ? じゃあ」

「そうだよ、いつかは話してくれるんだ。それに、いずれはわかることだって言った」

 

 どういうことなのか。ハーマイオニーは、じっと考え込んだようだ。授業中でなければ、あるいは『図書館に行かなくちゃ』と言い出していたのかもしれない。

 

 

  ※

 

 

 放課後。その日の授業が終わると、パーバティはすぐさまいつもの空き教室に向かった。足取りも軽く空き教室に飛び込むと、室内を見回す。いたのは、パドマとソフィアの2人だけ。

 

「アルテシアは?」

「ドラコ・マルフォイと会ってると思います。あたしが連絡しておきましたから」

「マルフォイ? なんであいつなんかと。あたし、まだなのに」

 

 いると思っていたアルテシアがいないことに、パーバティはいくらか不機嫌気味。だが前日までとは、そのようすは明らかに違っていた。そのことに、ソフィアはほっと一息。

 

「場所は、必要の部屋です。誰にも知られずに話ができるのはあそこかこの教室くらいですから」

「あたしたちは行かなくていいの? 男の子と二人だけにしとくのって問題あったりしない?」

「考えすぎだと思います。マルフォイさんでは、相手にはならないと思いますけど」

「ちょっとソフィア、なんの相手よ、それ。例のネックレス事件のことだと思うよ。たぶんマルフォイが関係してるんじゃないかな」

「え! じゃあ、あれの犯人はマルフォイだってこと?」

 

 そんな事件があったことは知られているが、なぜそんなことになり、その犯人が誰であるかなどの詳細についてはほとんどわからないままだ。ちなみのその事件のことは、パドマが手紙でアルテシアに知らせている。

 

「てことは、なに。マルフォイは人を殺そうとしたってこと。うそ、そんなのありえないし」

「だからアルテシアは、学校に来たんでしょうね。規則違反だなんて言ってられなかったんだと思うな」

「でも、そんなこと。きっと例のあの人が関係してるんだろうし、危ないんじゃないの」

 

 マルフォイはきっと、父親と同じでデス・イーターの仲間入りをしたのに違いない。やっぱり2人だけにはしておけないと、パーバティはそう言うのである。

 

「大丈夫ですよ、心配ないです。大丈夫ですから」

 

 だがソフィアは、そう言って否定した。否定はしたが、その様子にパーバティはおかしなものを感じたらしい。じっと、ソフィアの顔をのぞき込む。

 

「な、なんですか」

「あんた、おかしいよ」

「え?」

「おかしいんだって。ねぇ、パドマ。変だよね」

 

 突然に話を向けられた格好のパドマは、ソフィアが自分の方を見ていることを確認して、うなずいてみせた。

 

「確かに、変だと思うよ。だからあたし、アルテシアに手紙書いたんだ」

「手紙って、まさか」

「そう、怒ってくれてもいいよ。あたし、あんたのことアルテシアに告げ口したんだからさ」

 

 さすがにソフィアも、すぐには言葉が出てこないらしい。じっとパドマを見ているが、代わりに声を上げたのはパーバティ。

 

「告げ口ってのは良くないな。相談したってことならわかるけど」

「もちろん相談の意味でだけど、でもソフィア。あのときからだよね、ホグズミードでティアラって人に会ってから」

「ち、違いますよ。わたしはなにも」

 

 なにもおかしなところはない、いつも通りだと主張してみるが、パチル姉妹は納得などしない。

 

「心配なんでしょ。なんでそこでウソをつく? 必要の部屋だっけ? 行けばいいじゃない。あたしは行くよ。アルが心配だから」

 

 ソフィアは、なにも言わない。ただじっと姉妹の視線に耐えているが、次第にその目が赤くなっていくのはなぜか。少しずつその目に涙が溜まっていく。

 

「ソフィア、あんた、ホントにおかしいよ。何かあったのなら言いなって」

「もしてかしてだけどさ、あたしが思ってること、考えてたこと言ってもいい? たぶんだけど」

「いいえ、言わなくていいです」

 

 軽く首を振って、パドマの言葉を遮る。そして。

 

「不安なのは確かです。心配してますよ。でも、アルテシアさまから休暇になるまで待てって言われてるんですから、それまで待つかしないんです」

「なによそれ。本気で言ってんの」

 

 ともあれこのことは、ソフィアにとっては重要なのである。ソフィアのルミアーナ家は、先祖の時代からずっとクリミアーナのそば近くにいた家だ。長らく離れていた時代はあったが、アルテシアのホグワーツ入学を機会に終止符を打つことができた。もう二度と、そんな頃には戻りたくない。

 ソフィアはもちろんのこと、ルミアーナ家ではそう考えているのである。そんなことをぽつりぽつりと、ソフィアが話していく。アルテシアのそばを離れるようなことにはなりたくないと言うのだ。もう、二度と。

 

「へぇー、つまりアルテシアの言いつけに逆らったら叱られる、それはイヤだから我慢してるってことになるんだ」

「まあ、そういうことですけど、でもわたしにとっては」

「バカなんじゃないの。いや、あんたがバカなのは勝手か。だけどアルテシアのことバカにするのは許さないよ」

「なにがですか。あたしはそんなことしてませんけど」

 

 こういうとき、感情的な口調になってくるのは仕方のないところ。軽くため息をついたパドマが、間へと入った。

 

「ちょっと待ってよ。やっぱり言わせて。あたし、思ってることがあるんだけど」

「なによ」

「なんですか」

 

 まだ刺々しさは残っている。苦笑いを浮かべつつパドマが話し始めた。ずっと考えてきたことを言うのは今しかない。

 

「クリミアーナ家の墓地で、大きさはこれくらいかな。透明の水晶玉みたいなのを見せてもらったことがあるんだけど、知ってる?」

 

 両手の親指と人差し指で丸を作り、その大きさを示しながらソフィアを見る。だがソフィアはなにも言わない。

 

「そのときアルテシアは、これで正式にクリミアーナ家を引き継いだって言った。クリミアーナを守るって」

「知ってます。意志ってやつです。クリミアーナの心なんです、それ」

「え!? ソフィア、それって」

「実物は見たことないですよ。まだクリミアーナ家には行ってませんから。でもたぶん、色のない透明な玉だったと思います。違いますか?」

 

 そんな返事がソフィアから返ってくるとは思っていなかったのだろう。パドマが驚いている隙を狙ったかのように、ソフィアが話を続けた。

 

「お二人だったらきっと、こんなことを言われたことありますよね。あなたのことはわたしが守る、とかなんとか」

「ある、あたしもあるけど、それってどういう意味?」

 

 そう言ったのはパーバティだ。パドマもうなずいているので、両者ともに経験あり、ということだろう。

 

「パチルさんたちが、アルテシアさまのココにいるってことです。ココにいる限り、アルテシアさまとはつながってるんです」

 

 そう言って、左胸の辺りをポンポンと叩いてみせる。

 

「もしパチルさんが今、誰かに襲われてるとしますね。でもそれは、すぐにアルテシアさまにわかってしまう。監視とかじゃないですよ。守るためなんです。きっとものの数分で来てくれるでしょう」

「ソフィア、それって」

「だから、大丈夫なんです。どこにいたって、ひどいことになったりしない。たとえ学校の外と内とに分かれていても」

 

 互いの場所など関係ない。守ると決めたものは、なにがあっても守る。ソフィアの知る限り、クリミアーナ家ではそうしてきたというのである。

 

「勝手に思ってるだけですけど、学校の出入りを許してもらったのはそのため、なのかもしれません」

「どういうこと」

「ネックレスの事件です。あんな事件がこれからも起こるのだとしたら。守ると決めた人が犠牲になるかも知れないと考えたなら」

「あっ! あたし、アルテシアに事件のこと」

「許可なんてなくても、いざってときには学校に来るはずです。でも、許可があったほうがいいのは間違いないですよね」

「でも、でもねソフィア。それじゃ、アルテシアが危ないときは? そのときはあたしたちにもわかるの?」

 

 その疑問には、ソフィアはゆっくりと首を横に振ってみせた。すなわち一方通行であり、そこに双方向性はないということだ。

 

「そんなのはイヤですか。イヤですよね。でもそれがクリミアーナです。自分の幸せよりも、周りにいる人たちの幸せ。それが何より優先なのであり、そのためにできるだけのことをする。自分の周りに集まってきた人たち、守りたいと思った人たちを守る。それがクリミアーナです。それが、クリミアーナを継いだ者の役目なんです」

「待ってよ、ソフィア」

「バカですか? ええ、バカですよね。マルフォイさんなんてほっとけばいい。あの人を助けても、きっといいことなんてない。でもね、パチルさん。それがクリミアーナなんです。アルテシアさまなんです」

 

 こういう話をするつもりなど、ソフィアにはなかったのではあるまいか。もちろんパチル姉妹もそうだろう。だがこんな話となってしまった以上、ここで終わることは難しい。

 

「マルフォイさんを守ると、もしアルテシアさまがそう思ったのだとしたら。そしたらもう、例のあの人とは対決する道しか残されてない。きっとあの人は、マルフォイ家に害をなすでしょう。最近のマルフォイさんを見てたら、そうなるとしか思えない」

「でも、でもソフィア、じゃあアルテシアはどうなるの」

「大丈夫ですよ、パチルさん。パチル姉妹は、アルテシアさまが守ってくれますから。あ、怒ってもダメですよ。おっしゃりたいことはわかりますけど、運命みたいなものだと、そういうものなんだと思ってください」

 

 パドマは思い出していた。クリミアーナ家の墓地で見せられた、水晶のような玉のことだ。虹色の玉とは違い何の色も持たないその玉に、その玉の中に見えたもの。それらを守るのだと、あのときアルテシアは言った。その役目を引き継いだと言ったのだ。

 

「ソフィア」

 

 呼びかけはしたが、パドマの頭の中は、あのときのことで一杯だった。あのあとアルテシアは『パドマはわたしが守る』と言ったのだが、そう言ったあとあの玉の中にはパチル姉妹が映し出されたのだ。アルテシアは嬉しそうだったが、もしあの中にあるもの、その全てを守らなければならないのだとしたら。だとしたらアルテシアは、いったいどれほどのモノを背負ったことになるのだろう。

 

「ソフィア、あの玉。あれがクリミアーナの心だって、そう言ったよね」

「はい、言いましたけど」

「あの中には、あんたもいるんだよね?」

 

 ソフィアは、すぐには答えなかった。だが無言を通したわけでもない。ゆっくりとした口調で話を始めた。

 

「分からないです。あたし自身は、アルテシアさまからそんなこと言われたことはないですから」

「そ、そうなの」

「きっとその玉を見たことがあるのは、パドマさんだけですよ。クリミアーナの魔女を除けばですけど」

 

 自然、視線はパーバティへと向けられる。確認ということだ。ちなみにパーバティは、その玉を見たことはない。ソフィアが軽く笑って見せた。

 

「その人たちを守りたい。幸せに暮らしたいと願う人たちを守りたい。集まってくる人たちを守れるのだとしたら、守るために使うのだとしたら、わたしの魔法には意味がある」

「えっ、なに?」

「なんでしょうね。でもこれ、あたしの記憶の中にはあるんです。きっとそう言われたことがあるんでしょうね」

 

 パチル姉妹のどちらからも声はない。ソフィアは、もう一度、かすかに笑って見せた。

 

「こんなこと、誰にも話したことはないです。話しちゃいけなかったのかもしれない。でもね、パチルさん」

 

 静かな口調で、ゆっくりとソフィアは話を続けた。

 

「そんなクリミアーナを、わたしたちは守りたいと…… 違う、そうじゃない。守らなきゃいけないと思ってます。先祖の話で申し訳ないですけど、ルミアーナの名前はクリミアーナからいただいたと聞いてます。ええ、そうですね。そう言い伝えられているだけで、本当かどうかなんてわからない。ただの昔話、そう思うのが当たり前なんですけど」

 

 そのとき、何があったのか。そのことをソフィアは知っているのだろうか。

 

「ルミアーナの家にも魔法書があります。そこにはみんな書いてある。だって魔法書には、その時代を生きた魔女の知識や魔力などのすべてが残されるんです。ウソなんてない。書かないということはあったとしても、ウソを書くことはないんです」

 

 たとえて言うならば、見ないふり気づかぬふりはできたにせよ自分の心にウソはつけないのだと、そういうことになる。

 やがて、いつもの空き教室は静かとなっていた。いつものような明るい話し声はなく、ただ呼吸をするときのかすかな音が聞こえるだけ。ソフィアは空き教室を出て行ったが、パチル姉妹は残っていた。おそらくはソフィアが言った言葉を思い出しているのだろう。互いの顔を見るでもなく、ただ前を見ているだけだった。

 

『大丈夫ですよ。クリミアーナの魔女が例のあの人に劣るだなんて、そんなことはありません。気になったのは、アルテシアさまがちゃんとクリミアーナの魔法を受け継いでいるのかどうかだけでした。でもそれは、わたしが1年生のときに確かめてあります。大丈夫です』

 

『そばにいたい。それだけなんです。ずっとおそばに。理由ですか? たぶんアルテシアさまの目の色、あれが好きだからかもしれません。不思議な色だって思いませんか。海の色とも空の色とも違う、空よりも澄んで海よりも深い、奇跡の青。そんな青い瞳が大好きなんです』

 


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