「どうぞ。お口に合うといいんですけどね」
ここは、クリミアーナ家の応接間。突然に訪ねてきたスネイプをいぶかしみつつ、パルマが飲み物を出したところだ。アルテシアの姿はない。日課となっている森への散歩に出かけたまま、まだ戻って来ていないのだ。
「おかまいなく。しかしあの娘は、ああ、失礼。こちらのお嬢さんは、いつも出歩いているのですかな」
「ただの散歩なんですけどねぇ。まあ、ちょっとお時間かかっておいでなのは確かですけど」
「まさか夜まで戻ってこない、などということはないでしょうな」
そうなると、アルテシアと会わずに戻らねばならないことにもなりかねない。スネイプとしては、せっかく学校を抜け出してきたのだから、出直すようなことは避けたいところだろう。あるいは、パルマに探しに行って欲しいと思っているかもしれない。
「心配することはねぇですよ。お客さまが来なすったことはご存じのはずなんで、すぐに戻ってくると思いますがね」
「ほう、連絡済みだというのですか。ならば1つ、お尋ねしたいことがあるのですが」
「なんですかね?」
スネイプには、疑問があったのだ。スネイプが承知していた事実のひとつに、クリミアーナ家はアルテシアがただ1人であるということがある。だがそれでは、納得がいかないのである。すなわち、来る途中で会った女性は何者かということである。
「あの娘、ああ、失礼」
「どうぞ、お好きな呼び方でかまわねぇですよ。このあたりの住民は、だいたいお嬢さんと呼んでますけどね」
「クリミアーナ家は、あの娘が1人だけだと聞いていたが、どうやら違うようですな」
パルマが、わけが分からないといった表情と浮かべた。だがそれも一瞬のこと、すぐに笑ってみせた。
「ああ、わかりました。クリミアーナへ来られるとき、道に迷いなすったんですね」
「いや、そういうことではないが、ではあの女性をご存じなのですな。あれは、何者なのです?」
「あたしは会ったことはねぇんですけど、この家を守ってくれてるんだって聞いてますね。アルテシアさまに言わせれば、保護魔法だそうで。魔法のこととなれば、ホグワーツの先生さまであるあなたのほうがお詳しいかとは思いますがね」
「なんと、あれが魔法。あれが保護魔法なのだと」
スネイプは、歩いたほどにはクリミアーナ家に近づくことができなかったことを思い出していた。明らかに不自然だった。納得はしづらいが、あれがクリミアーナ家への侵入を防ぐ、もしくは侵入者を選別する手段だということになる。
「これは驚いた。あのような魔法があろうとは。まさか、あの娘がやったことですかな」
「そうじゃねえです、ご先祖の誰かでしょう。あたしがこの家に来る前からですからね。でも、ありがたかったですよ。マーニャさまはお体が弱くていらした。無用なトラブルなんかはごめんですからね」
「そのマーニャというのは」
「わたしの母です、スネイプ先生」
ここでようやく、アルテシアが散歩から戻ってきた。
※
場所は、クリミアーナ家の書斎に移っていた。お昼どきということで食堂で昼食を取りながらという選択肢もあったが、それはスネイプが断った。ちなみにホグワーツでも、そろそろ昼食時間を迎えようとしている頃である。
「スネイプ先生が来てくれるなんて思ってもいませんでした。わざわざ、ありがとうございます」
「そんなことはいい。それより、魔法省からは何も言ってきてはいないのだな」
その問いには、アルテシアは寂しげな笑みをみせただけ。それが十分に返事となったのだろう。スネイプは、すぐさま話題を変えた。
「どうするつもりだ。マクゴナガル先生に話を聞いたが、何もしなくていいと言ったそうだな」
「はい。魔法省の考えに異を唱えるつもりはありません」
「なぜだ。学校に戻りたくはないのか。言っておいたはずだぞ、9月1日には必ずホグワーツ特急に乗れと」
「それは…… それは、申し訳ないと思っています」
乗ろうと思えば乗れたのか。そのままホグワーツに行き、問題なく学校に入れたのか。誰からもとがめられることなく、授業を受けることができたというのか。
「謝る必要はない。だがなぜだ。何もしなくていいとはどういうことだ」
「魔法省に判断して欲しかったからです、先生。周りの影響を受けない、独自の判断をして欲しかった」
「結果、どうやらおまえの退学は決定したようだ。もう一度聞くが、これからどうするのだ」
「考えています。どうするのがいいのか」
すでに何か決めているのか。何も決めていないのか。いずれにしろ、散歩の時間が延びているのはこのためであろう。
「吾輩は、魔法省はすぐにも処分撤回するはずだと思い込んでいた。ゆえに何もしてはいない。だがダンブルドアは違うかもしれんぞ。なにかしら動いているであろうことは、十分に考えられる」
「わたしはそれを、望んではいません」
「だとしても、このままにはしておかぬだろう。ともあれ、話しておきたいことがある。今日来たのはそのためだ」
「わたしも、先生にはお会いしたいと思っていました」
お互いに用件がある、ということか。では、どちらが先に話しをするのか。
「おまえから先でかまわんぞ」
「いえ。ご足労いただいたのですから、先生のほうが先でいいです」
「そうか。ならばそうさせてもらおう」
スネイプは、学校を抜け出して来ているのである。なるべく早く戻るためには、譲り合っている場合ではないとの判断が働いたようだ。
「吾輩も1冊受け取ったが、おまえの作った黒い手帳のことだ」
「あれは、ノートだということになったんです。魔法のノートです」
呼び名については、ソフィアの希望でそうしただけ。だがスネイプには、そんなことはどうでもいいらしい。
「あれを、おまえが誰と誰に配ったかは知らん。だが、生徒たちの成績が面白いことになっておるのだ」
「良くなってるんですか、それとも悪くなったりしてますか」
「午前の授業で無言呪文をやらせた。誰もできまいと思っていたが、パンジー・パーキンソンとパーバティ・パチルとが、いきなり無言呪文でやりあっていた。あの2人に教えたのはおまえだな」
「じゃあ、良くなってるんですよね。よかった。ほっとしました」
いきなり新しい課題をこなせたというのなら、成績は向上しているということになる。嬉しそうな顔を見せたアルテシアだが、ふと、違和感を覚えた。
「あれ? スネイプ先生の授業で無言呪文の練習、ですか」
「そうだ。新学期より、吾輩は防衛術を担当している。防衛術における無言呪文の有効性は、おまえなら理解しているだろう。問題はあの2人が、いつのまにそれをマスターしたのかということだ」
授業中、無言呪文の有効性を問われたなら。そのときは、きっとハーマイオニーが手を挙げるに違いない。そして、100点満点の答えを発表するだろう。アルテシアは、そんなことを思った。
「きっとパンジーは、頑張って勉強したんだと思います。彼女の努力です」
「それを否定はしない。だがあの、ノートだったか、あれの影響があったのは間違いあるまい」
「うまくパンジーにマッチしたんだと思います。杖にだって相性があるんですよね。そういうことだと」
「吾輩は、魔法書を読んだことはない。だがこれでは、有効なものだと認めざるを得まい。だがなにより、おまえ自身が貴重なのだと知れ」
いったいスネイプは、何が言いたいのか。なぜ急にそんなことを言いだしたのか。それがアルテシアにはわからない。だがもちろん、スネイプはそんなことの説明などしない。
「これらの結果から、いま吾輩が言えることはただ一つ。おまえは、教え導く側に立つべきだ」
「わたしが、ですか」
「さよう。おまえは、人を集めてしまった。ノートなるものを受け取り、おまえを信頼し、学んだ者たちがいるのだぞ」
アルテシアは、何も言わない。ただじっと、スネイプを見ているだけ。間に挟んだテーブルの上に置かれた飲み物は、どちらも手をつけることなく、すっかり冷めてしまっている。カップに手を伸ばしそのことに気づいたアルテシアは、人差し指でスネイプのカップを指さした。たちまちカップから、湯気が立ちのぼる。
「その者たちを見捨てるな。この家に閉じこもり、消えてしまうようなことはするべきではない」
「先生」
「そんなことをしてもムダだ。おまえを知り、おまえを信じ、その価値に気づいた者たち、おまえを大切に思う者たちは、決しておまえを忘れはしないだろう」
アルテシアは、何も言わない。少しだけうつむいてみせたのは、なにやら考えているからか。スネイプが、話を続ける。
「かつて闇の帝王は、自身のもとに集まった者たちを部下として使い、魔法界を混乱の渦に巻き込んだ。だがおまえならば、違うことができるはずだ。もっと輝けるはずだ。その者たちを正しく導いていけるはずだと信じる」
そこでスネイプは、ようやく飲み物へと手を伸ばした。あまりの話の展開に戸惑うばかりのアルテシアも、一口だけ飲んだ。
「学校へ来い。退学処分だとしても、教師という道がある。たとえば魔法薬学では、立派に勤めることができるはずだ」
「まさか、そんなこと」
「できるさ。仮に吾輩が校長であったなら、すぐさまおまえを指名するだろう」
つまりは冗談なのだ。アルテシアはそう解釈した。学校を卒業すらできない自分が、まさか教師などできるはずがない。スネイプがゆっくりと立ち上がる。
「これで学校に戻るが、また来るぞ。このままおまえを、この家に閉じこもらせてはおかん」
そして、書斎の外へ出ようとしたのだが、そのドアを開けたところで立ち止まった。
「そう言えば、おまえは以前、マルフォイ家に行っているな。そのとき、ナルシッサ・マルフォイとなにか約束をしたか」
「え? ええと、とくには。また遊びに来いと言われて、ハイと返事をしたくらいですけど」
「ならばよい。だが今後、なにか言ってきたとしても決して約束などしてはならんぞ。わかったな」
「どういうことですか?」
今日のスネイプは、いつもと違うのではないか。今度のことで心配かけているのは間違いないけれど、アルテシアとしては、どういうことなのか説明して欲しかった。
「おまえのためなのだ。おとなしく、言うことを聞け」
「でも、先生。急にそんなことを言われても。ドラコになにかあったということですか?」
「あいにくだが、それをおまえに話すつもりはない。ふと思いだしたので確かめただけだ。気にしなくていい」
「でも、なにかあったんですよね?」
「なにもない。おまえが気にするようなことは、何もないのだ」
ある、とそう言っているようなものだ。だがこれ以上追及してみても、決してスネイプはしゃべらないだろう。それくらいは、アルテシアにもわかった。
「とはいえ、おまえが学校に来てドラコ・マルフォイと話をすることにまで、吾輩は口出しができんのだがな」
だからといって、処分を無視することはできない。もっともアルテシアは、ゴーストの灰色のレディに会うために、1度だけこっそりとホグワーツに行くつもりでいた。そのときドラコに話を聞く、ということもできそうだ。なのでアルテシアは、それ以上は何も言わなかった。
そのままスネイプと一緒に、玄関まで。
「門を出たら、姿くらましをしてもかまわんな?」
「はい、大丈夫です。でも先生」
「なんだ」
「これ、受け取ってください。レポートです」
「レポートだと?」
それは、アルテシアが4年生のときにスネイプに命じられた羊皮紙5枚のレポート。そのテーマは『明日、魔法界が滅びるのだとしたら、今日やりたいことはなにか』であり、提出期限は明日滅びるというその日の前日までとされていた。そのことを、スネイプは忘れていたようだ。
※
ハリーたちの午後の授業は、2時間続きの魔法薬学。スネイプのいない地下牢教室を、3人は新鮮な思いで見回していく。なにしろ、スネイプが現れる心配がないのである。ただし、OWLで合格点を取り、NEWTレベルに進んだ生徒は少なく、4寮合同の授業となっていた。
ハリーとロンは、姿を見せたスラグホーンに、教科書を持っていないことを告げる。
「そうそう、マクゴナガル先生がそのようなことをおっしゃっていた。いいとも、教科書ならあの棚に何冊かあったのを見た。ただし、以前の生徒が残していったものだから古いよ」
部屋の隅にある戸棚へと歩いていき、中からリバナウス・ボラージ著「上級魔法薬」を2冊引っぱり出し、それをハリーとロンに渡した。
「さーてと、これで授業をはじめられるかな。お気づきだと思うが、ここにいくつか魔法薬が煎じてある。NEWTレベルを卒業するころにはキミたちにも煎じることができるはずのものだよ。それを実感してもらおうというわけだ。さあ、右端からいこうか。何だかわかるかね?」
魔法薬は4つあった。まずスラグホーンは、右から順に『真実薬』『ポリジュース薬』『魅惑万能薬』の3つめまでを生徒に当てさせた。答えたのはハーマイオニーただ1人だけだったが、すぐさま答えが返ってきたことにスラグホーンは大いに満足したようだ。
そして、4つめ。その『フェリックス・フェリシス』という名前を持つ魔法薬は、スラグホーンみずからが、その正体を明かした。
「これは、フェリックス・フェリシス。飲んだ者に幸運をもたらすという、文字通りの魔法の液体だ。正しく煎じられものを飲めば、何をやってもうまくいく。すべてが成功へと結びつくのだよ。もちろん、薬効が切れるまでの話だがね」
しかもこのフェリックス・フェリシスを、この日の授業の褒美にするというのだ。生徒たちが、かぜんやる気になったのは言うまでもない。
「先生は、飲んだことあるんですか?」
「あるとも。若いときに1度、そして57歳のとき。朝食と一緒に大さじ2杯で1日分だよ。そうそう、もう1人飲んだであろう人を思い出したが、きっとその人も完全無欠な1日を過ごしたはずだ。だが残念ながら、愛すべきフェリックスも病気までは治せないのだよ、残念なことにね」
それが誰のことを言っているのか。だが生徒たちの関心は、どうすればご褒美にありつけるかということに移っていた。
「では教科書の10ページ。そこにある『生ける屍の水薬』を煎じていただこう。もちろん、完璧な仕上がりは期待していない。さすがにそれは無理だろうから、いちばんよくできた者に進呈する。さあ始め!」
こうすれば、誰もが難しい魔法薬に真剣に取り組むことになる。おそらくスラグホーンは、生徒たちの実力を見ようとしたのだろう。ゆっくりと生徒たちの間を回り、そのようすを見ていく。そして。
「さあ、時間だ。全員手を止めて」
さて、魔法薬のできばえはどうか。いったいあの魔法薬は、誰が貰えるのか。気になるのはこの点のみだ。スラグホーンは、大いに満足した様子で、審査に入った。調合の過程は見ているので、あとは仕上がりの確認だけ。それぞれの煎じた魔法薬を見回っていき、大鍋を覗き込んだり、匂いを嗅いだりしたあとで結果発表となる。
「いや、実に素晴らしい。正直、これほどとは思っていなかった。勝利者を決めるのに迷うかと思ったが、文句なし。ハリー、フェリックスは君のものだ」
ハリーの前に立ち、スラグホーンは金色の液体が入った小さな瓶を手渡した。約束のフェリックス・フェリシスの瓶だ。
「リリー・エバンズは、魔法薬の名人だった。その才能は、間違いなく息子のハリーに受け継がれているようだ。母親に続いてキミにもこの薬を渡すことになるとは」
「え? それってどういうことですか」
「リリーにもフェリックス・フェリシスを渡したことがあるのだよ。彼女がそれをどうしたかは想像がつくだろうが、君も上手に使いなさい」
もちろんハリーは、過去にそんなことがあったことなど知らなかった。おそらくは、生まれる前のことなのだから。
※
「どうやったんだ?」
授業が終わり、地下牢教室を出たところでロンが小声で聞いた。ロンとしては、ハリーが『生ける屍の水薬』を完璧に煎じたということに納得がいかない。きっとなにか、秘密があるのに違いないと思っている。それは、ハーマイオニーも一緒だった。ハリーは、夕食の時にその秘密を2人に話して聞かせることにした。
「スラグホーンに借りた教科書に、細かく書き込みがしてあったんだ。催眠豆はつぶしたほうが刻むよりも多くの汁が出るとか、かき混ぜるときは7回ごとに1回逆に回すとかね」
「じゃあ、なに? 教科書どおりじゃダメだったってこと?」
「違うさ、やり方はいろいろあるってことだよ。ハリーの教科書には、ボクたちとは違うやり方が書かれていた。そのやり方のほうが、あの魔法薬をうまく作ることができたんだ」
ロンとしては、自分がその書き込みがされた教科書を手にする可能性もあっただけに、残念そうに見えた。
「次の授業では、ボクにも見せてくれよハリー」
「まって、ロン。思ったんだけど、その本って安全なのかしら」
「なんだって?」
「その本におかしなところがないかどうか調べてみる必要があると思うわ。いろいろ指示があるということは、もしかしたらってこともあるわけだし」
効果的で役に立ちそうに思わせておいて、そのうち、なにか危険なことが起こるのではないか。ハーマイオニーはそう言うのだ。ハリーにカバンから問題の教科書をださせて、杖でコツコツと叩いてみる。なにか魔法をかけたのだろうが、無言呪文であったため、ハリーとロンには何もしていないようにしか見えない。実際、何の変化もない。
「大丈夫、みたい。本当に、ただの教科書なのかもしれない」
それでも納得がいかないのか、パラパラとページをめくったりしていたが、裏表紙の下の方に何か書いてあるのをみつけた。そこには、読みにくい小さな手書きの文字で『半純血のプリンス蔵書』と書かれていた。
※
その日の夜、ダンブルドアからの呼び出しを受けたスネイプは、校長室へと向かっていた。その途中、同じく校長室へ行こうとしているマクゴナガルと出会う。
「きっと、アルテシアのことだと思いますよ」
「でしょうな。あの娘への処分に関して、なにか進展があったのかもしれませんぞ」
そうかもしれないし、そうではないかもしれない。実際に話をしてみるまで、それはわからない。
門番役のガーゴイルに『ペロペロ酸飴』と告げたのはマクゴナガル。ガーゴイルが飛びのき、背後の壁が割れ、らせん階段が現れる。そして校長室の扉の前へ。ドアをノックしたのはスネイプだ。部屋に入り、それぞれが椅子に腰かけ、話しが始まる。
「すまんの。今夜来てもらったのは、ちと相談しておきたいことがあるからなのじゃよ」
「そうでしたか」
「アルテシア嬢のことじゃが、学校に来ておらんという話を聞いての。どういうことかと、少々調べてみた」
ダンブルドアは、まずはマクゴナガルを見た。マクゴナガルは、出された紅茶をゆっくりと飲んでいた。スネイプのほうは、いつもの無表情のまま。
「なにしろ魔法大臣が交代してしもうたゆえ、魔法省でも混乱があったのじゃろう。あのお嬢さんの処分うんぬんについては、詳しく承知している者がおらなんだ」
「ほう、ではどういうことになるのですかな」
「もちろん、学校に戻ってきてもらわねばと考えておる。そもそも、処分などする必要はなかったのじゃから」
「ですが、校長。魔法省によって正式に退学処分となったのだと、アルテシアはそう思っていますよ。約束の期日までに何の連絡もなかったのですから」
マクゴナガルの言うとおり、アルテシアのもとに6年次の案内などは届いていない。
「まさにそうなのじゃが、それでも、なんとかせねばと思うておる。このままあのお嬢さんが退学してしまっては困るのでな」
「困るとは、どういうことです? それに今さら、どうにかできるとも思えないのですが」
なにか策があるというのか。ダンブルドアは、自身のひげをなでながらマクゴナガルを見ている。マクゴナガルは、またも紅茶に手を伸ばした。
「2人ともに承知しておいて欲しいのじゃが、わしは、あのお嬢さんのもとを訪ねようと思うておる」
「ほう、クリミアーナ家を。そういえば校長は、これまでに行ったことはあるのですかな。これまではマクゴナガル先生にお任せであったようですが」
「行ったことはないが、場所は知っておる。直接会って事情を説明するつもりなのじゃ」
そこでスネイプの表情が緩んだ。もしかすると、内心では笑ったのかも知れない。
「そのとき、道に迷うようなことがなければいいのですがね、校長」
「心配してくれるのはありがたいが、さすがに、そういうことにはならんと思うがの」
「でも、校長先生。事前の連絡だけは忘れない方がいいと思いますよ」
「ん? そうかね。まあそれはともかくとしてじゃ。今回のことは、少々面倒なことになるかもしれんのじゃ」
どういうことなのか。マクゴナガルとスネイプとが顔を見合わせる。
「時期的にみてOWLの試験結果じゃろうとは思うが、魔法省がふくろう便を飛ばしておる。調べてもらったのじゃが、それ以外には、ふくろう便を送ったという記録はないそうじゃ」
「では、処分に関しての通知はされていないということになりますな」
「そうじゃな。じゃがファッジは、この件を間違いなく引き継いだと言うておる。ところが、後任の魔法大臣ルーファス・スクリムジョールは、そのことを知らぬというのじゃ」
大臣交代の際、引き継ぎ書が作成された。ここにはファッジがやり残した仕事の内容などが記載されており、これらを後任のスクリムジョールが実行していくのである。こうすることで交替による業務への影響を防ぐのだが、今回は食い違いが生じてしまったことになる。それは、なぜか。
「どちらもウソを言っていないとすれば、誰かが引き継ぎ書を改変した、ということになりますな」
「そうじゃよ。その引き継ぎ書を見せてはもらえなんだが、おそらくはそういうことなのじゃろう」
ダンブルドアの視線が、マクゴナガルに向けられる。
「OWLの試験結果じゃが、お嬢さんのところには届いたのじゃろうか」
「いえ、届いてはいませんね。アルテシアは、処分についての知らせとともに届くと思っていたようです」
「ふむ。じゃとするなら、試験結果の通知はどこかで失われたということになるのう」
「そういえば、以前にホグワーツで通信手段を監視していたお人がいましたな。その方は、いまは」
「魔法省においでじゃよ。ともあれ、証拠というものがないのでな。どうにもできん」
では、どうするのか。仮にこの結果が作為的なものであったにせよ、アルテシアの処分が撤回されていないという事実は残る。
「こう考えてはどうですかな。スクリムジョールが処分に関して何も承知していないのですから、そんな処分などなかったとしてしまえる」
「まさにそうじゃよ。それゆえ、わしはアルテシア嬢を迎えに行くことにした」
「ですが、校長。それではアルテシアは納得しないと思いますよ」
「そうかの。では、どうすればよいじゃろうか?」
だがマクゴナガルは、ゆっくりと首を横に振った。
「わかりません。ですが、魔法大臣の考えは聞いておくべきだと思いますね。スクリムジョールがどう判断するのかを」
「それはまた、なぜじゃね。校長が決めただけではダメじゃと」
「わかりませんが、わたしは、魔法界とクリミアーナとが絶縁状態となるのは避けたいと思っていますので」
マクゴナガルは、それ以上は何もいわなかった。スネイプもだ。
「ふーむ。ともあれ直接会って話をしてみよう。なに、あのお嬢さんも学校に戻りたがっておるじゃろうからの」
「これから出かけるおつもりですか?」
「いいや、週末にするつもりじゃよ。わざわざ、こんな時間に来てもらってすまなんだの」
3人の話はそこで終わり、スネイプとマクゴナガルは校長室をあとにした。