ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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謎のプリンス 編
第100話 「隠れ穴へ」


『名前を呼んではいけないあの人が復活した』

 

 日刊予言者新聞の1面、そのトップ見出しとして、ひときわ目立つ大きな文字でそう書かれていた。この新聞をクリミアーナ家へと持ってきたのはマクゴナガルである。

 

「しばらく前の新聞ですが、今では魔法省も、あの人への対応策を考えていますよ。各家庭にも『防衛に関する初歩的心得』というものが配られ始めましたが、見たいですか?」

 

 そこでアルテシアがうんと言えば、杖を振ってその心得を出現させたのだろうが、アルテシアは首を横に振った。

 

「でしょうね。この家にいる限りは不要でしょうし、たいしたことも書かれていませんから」

「それよりマクゴナガル先生、お見舞いにも行かずにすみませんでした。気になってはいたんですけど」

「そのことなら、気にしなくてよろしい。処分保留で自宅に帰されたのですから、のこのこと聖マンゴに顔を出すわけにはいきませんし、わたしは大丈夫。あなたがローブにかけた保護魔法が守ってくれましたからね」

「お役に立ったのなら、なによりです」

「そもそも、学校の医務室でも事足りる話だったのです。マダム・ポンフリーがそう言ってましたよ」

 

 そこへパルマが、お茶とお菓子とを持ってやってくる。アルテシアにはいつもの飲み物だが、マクゴナガルには紅茶だ。

 

「先生さまは、入院なすってたそうですね。気をつけてくださいよ。もう、相当なお歳なんでしょう?」

「あら、わたしはまだ、若いつもりでいるのですけどね」

「それでも、あたしよりは上でしょう。とにかく長生きしませんと。アルテシアさまのこと、この先もずっと見ていたいでしょう」

「なるほど。その意見には賛成です」

 

 紅茶に手を伸ばしつつ、アルテシアを見るマクゴナガル。そのアルテシアは、どこか元気がなさそうだ。マクゴナガルは、一口だけ紅茶を飲んだ。

 

「その顔には見覚えがありますね、アルテシア。わたしが初めてこの家を訪れたとき、あのときにも、あなたはそんな顔をみせたことがあります」

「そうでしたっけ。自分では覚えていないんですけど」

「処分がどうなるのか。まだ決定はされていないようですが、あなたが気にしているのは、そんなことではないようですね」

「え?」

「もちろん、今すぐ決めなくてもよいのです。ゆっくりと考えればいいし、いくらでも相談に乗りますよ」

 

 アルテシアは、何も言わない。ただ、黙ってマクゴナガルを見ているだけ。マクゴナガルは、ゆっくりとうなずいた。

 

「お友だちは、誰か、遊びに来ましたか?」

「はい、パーバティとパドマが。学校が終わってすぐに」

「その2人なら、1週間くらいで帰っちゃいましたよ、先生さま。そのときはアルテシアさまもお元気だったんですけどねぇ」

 

 パチル姉妹も、いつまでもクリミアーナ家にいられるわけでもない。帰らなければならない自宅というものがあるのだ。ちなみにソフィアは、まだクリミアーナ家を訪れていない。

 

「では、その後の学校内のようすなどは知っているということでいいですね」

「はい。パーバティが一晩かけて話してくれました」

「魔法省での大騒動のことはどうですか。本当は別の話をしにきたのですが、その後のことを話しましょうか?」

 

 別の話とはなにか。ともあれマクゴナガルは、あの神秘部での出来事についての話を始めた。アルテシアもその場にいたのだが、知らないことは多い。

 

「伝え聞いたということにはなりますが、魔法省での大騒動の結果、捕らわれたデス・イーターは8名。その際にファッジ大臣が例のあの人を目撃していて、この発表となったのです」

 

 マクゴナガルが日刊予言者新聞の見出しを指さし、アルテシアがうなずいた。

 

「魔法省側もさまざま対処をするでしょうし、あの人の側もこの騒動で痛手を負っていますから、しばらくは何も起こらないはずです」

「例のあの人は、また隠れてしまったんですね」

「そういうことです。それから、ダンブルドアが校長に復帰しましたよ。アンブリッジ元校長は魔法省に戻されました。その地位もかなり降格されたと聞いていますし、ハグリッドも元通りの職に復帰することが決まっています」

 

 さまざま大きな出来事はあったが、結局、元に戻ったということになる。

 

「ポッターがなぜ魔法省の神秘部などに行ったのか、そのことは聞いていますか?」

「詳しいことはなにも。予言がどうとか言ってましたけど」

「その予言のために、ポッターは、あの人に誘い出されたのです。神秘部の予言の間と呼ばれる部屋には、そういったものが保管されています。予言に関係する人しか手を出せないようになっているため、あの人はポッターを誘い出し、ポッターが手にしたところで奪おうとしたのです」

 

 だがその予言の玉は、壊れたかどこかに紛れたかで、行方不明となっている。ヴォルデモート側には渡っていない。

 

「例のあの人が赤ん坊のハリー・ポッターをつけ狙うきっかけとなったものだと聞いています。つまり予言の内容を聞けば、あの人がポッター家を襲った理由がわかるのだと思いますよ」

「それをハリーが欲しがるのはわかりますけど、あの人が手に入れる必要があったんでしょうか?」

「おそらくは、予言のすべてを聞きたかったのでしょうね。おそらく、ほかにも何か重要なことが予言されているのでしょう。知られていない秘密のようなものがあるのかもしれません」

 

 そのことになると、マクゴナガルもわからないらしい。なにしろ、あの予言の玉は失われてしまったのだから、これ以上となると、予言した本人かその内容を知っている誰かに教えてもらうしかないということになる。

 

「それから、デス・イーターとの戦いでシリウス・ブラックが帰らぬ人となっています」

「えっ!」

「神秘部にあるアーチ、あのベールの彼方へと落ちたのです。あなたにはなんのことかわからないかもしれませんが、あのアーチをくぐれば、戻ってはこれません」

 

 そのアーチを、アルテシアは見ていない。シリウスの姿も、みた覚えがなかった。

 

「1度だけ会ったことがあると言ってましたね。あなたのお母さんのことも知っていたとか」

 

 シリウスのことを、アルテシアはほとんど知らない。せいぜいが、犯罪者として逃亡を続けているものの本当は無実らしい、ということくらいなのだが、それでも、ゆっくりと悲しみが押し寄せてくる。

 アルテシアの母は、アルテシアが5歳のときに死んでいる。その母を直接知っている数少ない人物の1人がシリウスだった。もっと母の話を聞きたいと、アルテシアはそう思っていた。母の顔や声、話し方や振る舞いなど、5歳までともに暮らしたのだからちゃんと覚えている。覚えているが、それでも話を聞かせて欲しかった。だがもう、シリウスは去ってしまったのだ。

 

「ポッターやグレンジャーたちは、誰もケガなどはしていませんよ。ミス・パチルから聞いているでしょうけど」

 

 そこで、コトリと音がした。見れば、テーブルの真ん中あたりの杖が置かれている。マクゴナガルが、自分の杖をそこに置いたのだ。そのときの音が、アルテシアの耳を打った。

 

 

  ※

 

 

 廃墟となった工場と汚れた川の近くにあるさびれた路地。セブルス・スネイプの家は、そのスピナーズ・エンドと呼ばれる袋小路にあった。

 普段は、昼間でも人通りなどほとんどない場所。そんな路地を、2人の女が歩いていた。時には小走りになり、言い争うようなそぶりもみせたが、結局はそのいちばん奥にある家のドアをノックした。ドアが開くまでしばらく待たねばならなかったが、2人の女は、中へと通された。

 薄暗く、陰気な部屋。せめて本棚に並べてある本の背表紙くらい明るい色であってほしかったが、それらのほとんどは黒。すり切れたソファーと古ぼけた肘掛椅子などからは、普段は人が住んでいないような、そんな雰囲気が感じられる。

 

「おめずらしい。姉と妹とが2人で何のご用ですかな」

「いまここには、ここには私たちだけですね?」

「さよう。吾輩はひとり暮らしですからな。学校が始まれば、ここはまた無人の家となってしまう」

 

 2人の女がソファーに座り、テーブルにはワインが用意された。それぞれがそれを飲み干し、2杯目が注がれたところで、女の1人が話を始めた。

 

「ここに来るべきではない。それはわかっています。でも、相談があるのです、セブルス」

「どういうことですかな」

 

 スネイプを訪ねて来たのは、ナルシッサ・マルフォイとベラトリックス・レストレンジ。ともにスネイプとは知り合いである。

 

「その前にはっきりとさせておきたいことがあるぞ、スネイプ。おまえはどちら側にいるのだ?」

「どちら側? それはつまり、こちらとそちらの、そのどちらか、ということかな」

「はっきりしろ、スネイプ。おまえは、ダンブルドアの側にいるのだろう。闇の帝王がよみがえったとき、招集に応じず姿を見せなかったと聞いているぞ。魔法省で予言を手に入れるという計画にも参加しなかったし、ハリー・ポッターの命を奪ってもいない」

「おやおや、その話を持ち出すのかね。それらがみな、闇の帝王とのあいだで解決済みであることはご存じのはずだが」

「ああ、確かにな。あの方がおまえを信じておられるのは知っているさ。うまく言い逃れたものだと感心してもいる。だがどうしても、おまえだけは信用できない」

 

 スネイプが、その手にあったグラスをテーブルに置いた。

 

「かまわんさ、吾輩のことはいくらでも疑うがよい。だがベラトリックス、考えてもみよ。闇の帝王が納得なさったことを、キミは否定しておるのだぞ。闇の帝王のご判断を疑うのかね?」

「いや、それは違う」

「それすなわち、闇の帝王の否定へとつながるのではないかね。帝王に知られたら、お怒りを買うことになるぞ」

「黙れ。そんな話はいいから、質問に答えろ。おまえはどちら側にいるのだ。ダンブルドアか、闇の帝王か。どっちだ」

 

 スネイプとベラトリックスとの視線がぶつかり合う。その横ではナルシッサが、両手で顔をおおったまま、身動きもせずに座っていた。

 

「ベラトリックス、その答えは闇の帝王がご存じだ。判断は、帝王がなさる。吾輩は、そのことに異論を挟むつもりはない。ただ従うのみ」

「なんと、さすがにうまく言い逃れるものだ。だが、覚えておけよ。闇の帝王は、裏切った者をお許しにならない。そのときは、この私がおまえを仕留めてやろう」

 

 納得などしてないし、不満でいっぱいなのだろうが、ひとまずベラトリックスの追及は終わった。あるいは、別の追及の手段を考えているのかもしれないが、その場に沈黙のときが訪れる。その沈黙に乗じるように、スネイプがナルシッサに声をかけた。

 

「ところで、吾輩になにか相談があるのでしたな、ナルシッサ?」

「そ、そうなのです、セブルス。あなたしかいないと思います。もうほかには、誰も頼る人がいないのです」

「どういうことですかな?」

「ああ、セブルス。闇の帝王が、新たな計画を立てられたのです。禁じられているので内容はお話しできませんが、それでも力を貸して欲しいのです」

 

 ナルシッサの目から、大きな涙が流れ落ちる。すがるような目を、じっとスネイプに向けている。

 

「あー、あの方が禁じたのなら、話さぬほうがよいですな。あなたの姉上が告げ口せぬとも限らない」

「なんだと、スネイプ。この私を侮辱するのか。私が密告など」

 

 そこで、はっとしたように言葉を切るベラトリックス。スネイプが、ニヤリとした顔を見せる。

 

「するでしょうな、闇の帝王の忠実なる部下であるというのであれば」

「い、いや、しかし」

 

 スネイプの言うように、忠実なる部下としては報告すべきだろう。だがその場合、ナルシッサは罰を受けることになる。そんなことは、ベラトリックスも望んではいないだろう。そのまま、黙ってしまう。

 

「ともあれ、吾輩はなにをすればいいのかな。あなたの姉上がどうするにせよ、帝王が計画された内容は話さぬほうがよいと思いますぞ」

「あの魔法省での騒動で、ルシウスが捕らわれたのはご存じでしょうね」

「あの戦いでは、8名ほどが捕まったとか。魔法省の防衛力がそれほど強固だったとは驚きですな」

「あのあと、闇の帝王はわが家を拠点とし、新たな計画を立てたのです。そして、ドラコに命令を出した」

「ドラコのことは、誇りに思うべきだ」

 

 黙り込んでいたベラトリックスが、ふたたび声を上げた。

 

「ドラコにとって大きなチャンスだ。この任務を成功させれば、父親の汚名も返上できるだろうし、闇の帝王の信頼も得ることになる」

「でも私は、そんなことは望んでいないのです。あの子を助けてください、セブルス。これは、報復です。失敗したルシウスの責任をあの子に取らせようと」

「闇の帝王は失敗した者を容易にお許しにはならないし、たやすく考えを変えるようなお人でもない。吾輩の説得を期待しても無駄というもの」

「ああ、セブルス。それでは、あのお嬢さんを説得してください。あなたの生徒なのですから、話をしてもらえませんか」

 

 お嬢さんとは、誰のことなのか。スネイプのなかで思い浮かんだ人物はいたが、そんなはずはないと心の中で首を横に振る。

 

「こんな日が来るんじゃないかと、恐れていたんです。だから、わが家に招待もしたのに。ああ、でも。でも守ると言ってもらえる前に、魔法省でルシウスを見られてしまった。戦ったとも聞いています。それでもセブルス、あなたが話してくれたなら、力を貸してくれるかもしれない」

「待ってくれ、ナルシッサ。お嬢さんとは誰のことだ。魔法省でルシウスと戦っただと」

「いいや、スネイプ。戦っちゃいないさ。あの小娘は、ずっと騎士団のニンファドーラ・トンクスに守られていた。だけど、私の杖になにかしたのは確かだ。あのとき私は、呪文が打てなかった」

「それは誰のことだ、名前を言え」

 

 その名前が、ナルシッサから告げられた。もちろん、アルテシアのことである。スネイプは、あの魔法省での騒動にアルテシアが加わっていたことを知らなかったらしい。

 

 

  ※

 

 

 クリミアーナ家では、マクゴナガルとアルテシアとが、向かい合わせに座っていた。テーブルの上には、杖が置いてある。その杖は、マクゴナガルのものだ。

 

「本当は、この話をしにきたのですよ、アルテシア」

 

 杖を置いたマクゴナガルが、右手を前に出した。手のひらを上に向けている。そこに、ぽっ、と赤い色をした小さな玉が現れる。そして、だんだんと大きくなっていく。

 

「せ、先生。これは」

「こんなことがね、できるようになったんですよ」

 

 それはサッカーボール程度にまで大きくなり、今度はテニスボールくらいにまで小さくなる。大きさは自由に変えられるらしい。そんな、ゆらゆらと揺らめく真っ赤な炎が、マクゴナガルの手のひらの上に浮かんでいた。

 

「もう5年ほど魔法書を読んでいますからね。あなたの場合はハロウィーンの夜のトロールでしたが、私の場合はあの夜、4本の失神呪文ということです」

 

 クリミアーナの魔法書。それを読んで魔女となるまでには、通常10年ほどの期間を要する。クリミアーナ家では3歳の誕生日に自分の本をもらい、それを毎日読んでいく。そして13歳から14歳となる頃、魔法の力に目覚めるのだ。

 だが、例外もある。意図せず危険な状況に陥るなどしたとき、自身を守る必要性から、一気に魔女への階段を駆け上がってしまうことがあるのだ。マクゴナガルの場合も、そういうことになる。

 

「わたしは、この年ですからね。あなたのような苦労はしなくても済むでしょう」

 

 そんなマクゴナガルの声は、聞こえなかったのか。アルテシアが、揺らめく炎に手を伸ばしていく。ついにはその玉に触れたばかりか、その中にまで入り込んでいく。

 

「この魔法、母のです。母の魔法です。ああ、そうだ。だからわたし、あんなことを」

「やはりそうですか。わたしの読んでいる魔法書はあなたのお母上のものではないか、実はずいぶんと前からそんな気はしていたのです」

「先生、この先は?」

「なんです、先?」

「あ、いえ。工夫というか、母の魔法はこれでは終わらなかったので」

 

 アルテシアが、まだ自分の魔法書を持たない頃。魔法についての知識には乏しかったが、それでも母親がなにかの魔法を創りだそうとしているのはわかった。そんなことを思い出したという。

 

「でもわたし、いつも母にまとわりついて邪魔ばかりしてたんですよね。なんとなく覚えています」

「仕方がありませんよ。あなたはその頃、幼かったのですから」

「わたしが手を出すものだから母は… ほら、熱くはないんです」

 

 なるほど、アルテシアが揺らめく炎を触ることができたのは、そういうことであったらしい。それはともかく、先、とはどういうことなのか。

 

「先生。これ、相手を攻撃するための魔法なんだってこと、わかりますか?」

「でしょうね。そう思ったからこそ、まず最初にあなたに見てもらったのですよ、クリミアーナらしくない気がしますね」

「でも、必要としてたんだと思います。わたしが邪魔してばかりだったけど、母は、この魔法を創りだそうと頑張っていました」

「普通に考えれば、敵と戦う必要があったということでしょう。こんな魔法が必要になるときがくると」

 

 普通に考えればそういうことになりそうだが、さて、どんな場面を想定しての準備であったのか。そこまでは、アルテシアはわからない。

 

「いずれにしろ、あなたのためであることは明らかですよ。なにしろあなたのお母さまは、それ以前からさまざま、なにかしらの行動を起こしていますからね」

 

 アルテシアの持つ記憶のなかでは、母マーニャは、いつもベッドに寝ていた。せいぜいが家の中を歩くだけ。外に出かけることなど1度もなかった。だが、ハリーの母親でもあるリリー・ポッターと会っていたことがわかっているし、マダム・マルキンの洋装店のことなどもある。大叔母にあたるガラティアも、何かしらの目的を持って行動していたらしいのだ。

 

「それらはすべて、あなたのためなのですよ。そのことを忘れるべきではありません」

「わかっています。母は、ほんとうにすごい魔女でした」

「同感ですね。ところで、魔法省からなにか連絡は?」

「いまのところ、何もありません」

「そう、ですか。まあ、魔法大臣の交代などで混乱したようですが、アンブリッジは降格処分、ダンブルドアの校長復帰も認められていますからね。心配はいらないと思いますよ」

 

 いまのアルテシアは、いわば謹慎中であり、正式な処分決定を待っている状況にある。9月までに進級に関する知らせがない限り、退学となってしまうのだ。

 

 

  ※

 

 

 ハリー・ポッターの前に現れたのは『隠れ穴』。つまりがウィーズリー家だ。ダンブルドアに連れられ、付き添いの姿くらましをから抜け出したとき、ホグワーツと並んで大好きな場所である『隠れ穴』の前にいたのである。

 

「これから学校が始まるまで、きみにはこの家で過ごしてもらうことになるが、よもや不満はあるまいの?」

 

 ダンブルドアにそう言われ、ハリーはあわててうなずいた。ダーズリー家で過ごした数週間よりも長い間、この家で過ごすことができる。それは、ハリーにとってこのうえなく嬉しいことであった。

 

「ぼく、不満なんかありません。すぐになかに入ってもいいですか?」

「よいとも。じゃが少しだけ、わしの話を聞いてからにしておくれ。そうじゃな、この小屋がよいじゃろう」

 

 そこは、ウィーズリー家の箒などがしまってある、崩れかかった石壁の小屋だ。もちろん落ち着けるような椅子やソファーといったものはないので、立ち話ということになる。

 ここに来るまでにハリーは、ダンブルドアとともにホラス・スラグホーンという人物を訪ねている。まずはダンブルドアがダーズリー家にハリーを迎えに来て、そのままスラグホーンの住む村へと付き添いの姿くらましによって移動。スラグホーンにホグワーツの教授就任を要請したのである。

 

「まずは、お礼を言わせてもらわねばな。今夜、ホラス・スラグホーンを承諾させることができたのは、間違いなくキミのおかげじゃよ」

「そんな、ぼくなんて。役に立つようなことは何もしてません」

「いいや、したのじゃよ。ホグワーツにはきみがいると、まさに自分の身をもってホラスに示した。ホラスはきみを見て興味を示したのじゃよ。きみの才能にの」

 

 スラグホーンは、かつてホグワーツの教師であり、ダンブルドアの同僚だった男である。有能な人物を的確に見抜くという特技を持っており、たとえば才能や血統、著名人とつながりがあるなど自身が見込んだ生徒を集めては会合を開き、同じ時間を過ごすことを喜びとしていた。つまりは、お気に入りの生徒を選んでグループを作りたがるのである。

 スラグホーンのなかで、ハリーはその候補に選ばれた。ハリーを加えたグループで過ごす自分の姿を、スラグホーンは想像してしまったのだろう。

 

「あの人が、新しい先生としてホグワーツに来るんですね」

「そういうことになる。これからは、スラグホーン先生とお呼びしなければならんのう」

「何を教えてくださるのですか」

「それは、9月になってからのお楽しみということでよいじゃろう。ところで、きみとヴォルデモート卿に関してなされた予言のことじゃが」

 

 魔法省神秘部でのデス・イーターたちとの争奪戦の結果、その予言は、失われてしまっている。おそらく壊れてしまったと思われるが、ダンブルドアはその内容を知っていた。予言がされたとき、その場で直接聞いていたのである。

 

「あのあと、そのすべてを話して聞かせたが、きみはそれを、誰にも話してはおらんのじゃろうな?」

「はい」

 

 ダンブルドアに聞かされた内容の全部を、ハリーは覚えていない。だが特別に意味があると思った部分については、はっきりと記憶している。そのなかで『一方が生きるかぎり、他方は生きられぬ……』と、予言は告げていた。すなわち、ハリーかヴォルデモートか、そのどちらかが死ぬことになるのだと。

 

「あれを1人で背負うのは大変じゃと思う。せめて、きみの友人には話して力になってもらってはどうかね」

「ええと、ロンやハーマイオニーには話してもいいってことですか」

「そうじゃよ。そのほうがきみも心強いじゃろう」

 

 ロンやハーマイオニーには話してもいいということ。ハリーは、そう理解した。もちろん、そこから別の人へと話が広がっていくことは避けねばならない。

 

「その予言に関してということになるが、今学年のあいだ、きみにはわしの個人教授を受けてもらいたい」

「個人教授、ですか?」

「さよう。スネイプ先生との個人教授はうまくいったとは言いがたいし、続ける意味もなくなったゆえ、このわしと、な」

「何をするんですか?」

「そのことは、1回目の個人教授のときまで待っておくれ。そのとき詳しい話をさせてもらうし、いつ始めるかは、その数日前に知らせる。よろしいかな」

 

 ハリーがうなずく。それを確認して、ダンブルドアも満足げにうなずいた。

 

「では、モリーが待ちくたびれておるかもしれん。これ以上の先延ばしはやめにしておこうかの」

 

 小屋を出て、2人は『隠れ穴』の裏口へと向かった。

 

 

  ※

 

 

 サーッとカーテンを開ける音が聞こえ、たちまち太陽の光が部屋中に満ちたことで、ハリーは目を覚ました。そこにいたのは、ロンだった。

 

「や、やあ」

「キミがここにいるなんて、ボクたち知らなかったぜ」

 

 ハリーがウィーズリー家に着いたのは、昨夜遅く。ウィーズリー夫妻にあいさつをしただけで、すぐに眠った。そしていま、ロンに起こされたというわけである。ウィーズリー家には、ハーマイオニーも滞在していたようだ。ロンのあとから、ハーマイオニーが部屋に入ってくる。

 

「いま、ロンのママが食事を用意してくれているわ。お盆に載せてたから、ここで待ってればいいと思うけど」

「ありがとう、それでみんな、元気かい? あれからどうしてた?」

「どうしてたかを聞くのは、こっちのほうだ。ダンブルドアと一緒に出かけたんだろ」

「そうだけど、昔の先生にまた教授を引き受けてもらうのを手伝っただけだ。ホラス・スラグホーンって人だけど」

 

 どんな答えを期待していたのか、ロンは、どこかがっかりしたような顔をしてみせた。

 

「なんだよ、ロン」

「何か、情報はないのか。ダンブルドアからは何も聞いてないのか」

「情報って……」

 

 ロンが何を言ってるのか、ハリーにはいまひとつ不明。それをハーマイオニーが説明する。

 

「ロンは、アルテシアのことをなにか聞いていないかって言いたいのよ。彼女の退学処分の話はどうなったのか」

「そのことは、何も言ってなかったよ。そうか、ぼく忘れてた」

「あたしも気になってはいるんだけど。魔法省で、いつのまにかいなくなったでしょ。そりゃそうよね。彼女、謹慎中だったのよ」

「え? でもあれは、悪いのはアンブリッジだろ。それにぼくたち、なんの罰もなかった。アルテシアだって大丈夫のはずだ」

「保留中だったのよ。決定はされてないわ。スネイプがそう言ってたのに」

 

 スネイプが何を言ったかなど、ハリーは覚えていなかった。そんなこと、気にしたこともなかった。でもそれが、どうしたというのか。

 

「アルテシアの処分を決めるのは魔法省なのよ、ハリー。なのにその魔法省で騒ぎを起こせば、どうなるか。スネイプはそう言ったのよ」

「どうなるって? まさか、本当に退学になるっていうのか」

「わからないわ。わからないけど、ひどいことにはならないはずよ。だってアンブリッジのやりすぎだったのよ。それを、魔法省は認めてるんだもの」

「まだ、決まってないのかな。ボク、なんだかイヤな予感がするんだ」

 

 実際にどうなるのか、それをここで議論しても意味があることとは思われない。決めるのは魔法省であるからだ。ロンだって、そんなことはわかってるので、話題を変えてくる。

 

「ほかには? なんにも話さなかったってことはないよな?」

「そうだな。新学期から、ダンブルドアが個人教授してくれるって言ってた」

「なんだって!」

 

 そんなことを、今まで黙ってたのか。そう言わんばかりのロンに、ハリーは苦笑い。

 

「いま、思い出したんだよ。ここに来たとき、ダンブルドアがぼくにそう言ったんだ」

「でも、どうしてかしら。ダンブルドアが個人教授ですって?」

「よくはわからないけど、予言に関してのことだって言ってた。魔法省でデス・イーターが奪おうとしたあの予言だよ」

「でもそれって、なくなったんでしょ。予言の中身は誰も知らないわ」

 

 ハーマイオニーの言うように、神秘部での騒動で、一度はハリーが手にした予言のガラス玉は行方不明となった。おそらくは割れてしまったのだろうが、その予言がされたとき直接聞いていたダンブルドアによって、ハリーはその内容を知ることができた。そのことを、2人に話して聞かせる。重要なのは、どちらかが生きているかぎりもう一人は生き残れない、という点だ。

 

「どうやらぼくは、ヴォルデモートを倒さなきゃいけないみたいだ。いずれ、決着をつける日が来るんだよ」

 

 その言葉は、それなりの衝撃を持って受け取られることになった。3人は、しばらくのあいだ、互いに黙って見つめ合う。やがて、ハーマイオニーがこんなことを言い出した。

 

「なにかあるって、そう思ってたの。ロンと、そんなことを話してたの。だってルシウス・マルフォイが、あなたとヴォルデモートに関わることだって言ったわ。あの人がハリーを殺そうとした理由がわかる、みたいなことも」

「だからって、ボクらは逃げたりしないぜ、親友。あの人と決着をつけるって言うんなら、手伝うさ。恐いけどな」

 

 新学期に、ダンブルドアはハリーに何を教えるのか。それがなんであれ、ヴォルデモート卿との対決のときに必要なこと。それを疑うものは、3人のなかに誰もいなかった。

 




6年次の物語へと入ったばかりですが、次の話までは少し時間をいただくと思います。
というのも、お仕事が忙しい時期であり書く時間とれないっていう状況なんですね。それでも年内にはもう1話とは思っています。そうできなかったらごめんなさい。

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