ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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 原作の魔法界とは異質の、違う流れの中にあったクリミアーナ家。その一人娘アルテシアが主人公となります。なので、まずはクリミアーナ家でのエピソードから始めようかとも思ったのですが、そのことにはストーリーのなかでおいおいと触れていったほうがいいとの判断から、お約束とも言えそうな『お誘い』『入学準備』『ホグワーツ特急』というパターンでのスタートとしました。
 毎日更新のあの物語には及ぶべきもありませんが、週2回の更新を目標に進めていこうと思います。よろしければ、おつきあいお願いします。



賢者の石 編
第1話 「魔法学校からの誘い」


 ミネルバ・マクゴナガルが歩いているのは、とある片田舎の片隅。

 その背筋をピンと伸ばした歩き方は、まさに彼女そのものと言えるだろう。たとえどんなところでも、どんなときにでも、いつもとちっともかわらない。それこそがミネルバ・マクゴナガルだと、彼女を知る人は、誰もがそう思うに違いない。

 マクゴナガルは、ホグワーツ魔法魔術学校の副校長を務めており、授業では変身術を教えている。そんな彼女が、新学期を目前にひかえた忙しい時期にもかかわらず学校から遠く離れた田舎町を訪れているのは、もちろん理由があってのこと。この町に住む少女を、新入生として迎えるためなのだ。

 副校長が自らやるべき仕事かどうかはさておき、もっと早い時期にするべきであったことだけは間違いない。なにしろ、新学期を迎える生徒たちを乗せたホグワーツ特急がキングズ・クロス駅を発車するまでには、今日を含めても3日しかないのだ。

 のどかな景色の中を歩きながら、マクゴナガルは考える。校長のアルバス・ダンブルドアは、なにを思って彼女の入学を決断したのだろうか。そして、この役目が自分に回ってきたのはなぜなのか。今回のことはあまりにも急だったので、そのあたりのことはまだダンブルドアから聞きだせてはいなかった。

 なおも、マクゴナガルは考える。実は、少女の母親とは以前に一度だけ会ったことがある。だが、そんなことがこの役目が自分に回ってきた要因だとは思っていない。母親と会ったのはもうずいぶん前のことであり、少女はまだ1歳にもなっていなかったからだ。あのとき少女は、ただ母親のそばでスヤスヤと眠っていただけで、結局、寝顔しか見せてくれなかった。だから少女とは、実質的には面識がないともいえるのだ。

 では、あのとき母親から受けた相談のことだろうか。それが、今回のこととなにか関係があるのだろうか。

 だがあのときの話の内容を思い返してみても、なにか関連のありそうな重要な相談だったとは思えない。なにしろ、昨晩ダンブルドアから指示を受けるまで、この親娘のことはすっかり忘れていたくらいだ。あの母親がすでに他界してしまっていることも、そのときダンブルドアから初めて聞かされたのだ。

 思いつく理由がないことからも、自分がこの役目にはふさわしくないと言えるわけだが、ダンブルドアは適任だと言う。なんとか少女を説得して入学させて欲しいと言うのだ。わざわざ副校長を派遣してまで入学を実現させようというのだから、なにかしら意味があるのには違いないが、その意味するところはなんなのだろう。

 そんなことを考えつつ、歩いていく。少女の住む家は、こののどかな田舎町の中心部に近いところにある。いわゆる田園地帯とでも言うのか緑豊かな地域であり、近くには森も広がっている。遠目ではあるがその家を初めて見たとき、マクゴナガルには家の敷地を囲む白い壁と森の木々とが重なって、その家が森の中心であるかのように、ちょうどそこに浮かんでいるかのように見えた。

 だがもちろん、そんなはずはない。森は家の後方にあり、広い門のなかには、手入れのされた庭と、意外にがっしりとした武骨な感じを受ける造りの家屋とがあった。かなり大きな家である。

 広く作られた門に、門扉はない。ただ門柱があるだけなので、門の外からいくらでも家の様子がうかがえる。そのことをいぶかしく思いながら、マクゴナガルは門をくぐった。そして、声をかけられた。

 

 

  ※

 

 

『 アルテシア・ミル・クリミアーナ 殿

 

  このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可され

  ましたこと、心よりお喜び申し上げます。教科書並びに必要

  な教材のリストを同封いたします。

  なお、新学期は9月1日に始まります。

 

              校長  アルバス・ダンブルドア

              副校長 ミネルバ・マクゴナガル 』

 

 わずかに黄色みがかった厚めの羊皮紙には、そう書かれていた。それを、明らかに驚いた様子で、何度も目を通しているのが、この家の主であるアルテシア。巻き毛の黒髪に青い目をした、もうすぐ11歳になるという少女だ。

 

「魔法魔術学校、ということですが、なぜわたしが、そこに入学を許されたのでしょうか?」

 

 ようやく羊皮紙を、もとの封筒へと戻し、アルテシアはマクゴナガルを見る。マクゴナガルの目も、アルテシアに向けられている。椅子に座っていても、その背筋はピンと伸びている。

 

「それは、あなたが魔女だからですよ。ホグワーツは特別な能力を持った者のための学校で、魔法が使えるものは、皆、等しく教育を受けることができるのです。ホグワーツは、あなたを歓迎しますよ」

 

 そう言ってはみたものの、それが、彼女の問いに対するふわさしい返事だとは、マクゴナガルは思っていない。あたりさわりのない、ごく一般的な答えにすぎないことは自覚していたが、それでも、そう返すしかなかった。彼女の入学許可を出したのは校長のダンブルドアであり、その意味するところをまだ聞かされてはいないからだ。

 それに、この家に来てアルテシアと対面し、思い出したことがある。思い出したのは、アルテシアが彼女の母親にそっくりであったからだろう。遠い記憶を呼び覚ますほどによく似ていたからか、あるいはそうなるようにと、なんらかのしかけがされていたのか。それはともかく、あのときの本来の相談事ではない、雑談のなかで交わされた言葉。何気ない会話の中で触れられたそれらの言葉がいま、マクゴナガルの頭の中を駈けめぐる。

 そのひとつに、彼女は魔法が使えないということがある。あのときの会話をよく思い出してみれば、そういうことになる。もちろん“いまの時点で”と付け加えるべきではあるのだろう。クリミアーナ家の娘は13~14歳ごろに魔法の力に目覚めるのが普通なのであり、それまでは魔法書による勉強を続けていくことになるらしい。

 

「――マクゴナガル先生と、そうお呼びしてよろしいですか?」

「かまいませんよ。ちなみにわたしは、学校では変身術を教えています」

「変身術、ですか? それはどのようなものなのですか? わたしがホグワーツへ入学したなら、学べるのでしょうか?」

「もちろん学ぶことができますよ、ミス・クリミアーナ」

 

 無意識なのだろう、興奮気味にそう言ったアルテシアに、マクゴナガルは思わず笑みを浮かべた。それまでほとんど表情を変えなかったのだが、さすがに魔法に関することとなると好奇心は抑えられないらしい。ホグワーツへも興味を持ってくれているようだ。だがそれもつかのま、アルテシアの顔から表情が消えていく。その理由をマクゴナガルは、不安だと見てとった。アルテシアは、まだ10歳。13歳ではないのだ。だから、魔法は使えない。将来的には使えるようになるとしても、それはあくまで予定であり、未来はどうなるのかわからない。そこに不安を感じないはずはないのだから。

 

「マクゴナガル先生、実はわたしは、まだ魔法が使えないのです。クリミアーナを名乗れないのですから、ホグワーツ魔法魔術学校への入学は、ご辞退申し上げねばなりません」

 

 やはり、そうかという思い。やはり、アルテシアは魔法が使えない。それゆえの、拒否の返事。アルテシアの気持ちを考えてみれば、こういった返事が返ってくるのも仕方のないことかもしれないとマクゴナガルは思う。だがここで、それを受け入れるわけにはいかない。この娘は、魔女だ。魔法が使えないとしても、それはいまだけのことだ。クリミアーナ家の魔女なのだ。アルテシアは、きっとすばらしい魔女になる。あの母親のように。

 

「ミス・クリミアーナ。1つ、聞きます」

「は、はい」

「この家に生まれた娘は魔女になる。そう聞いていましたが、あなたは、魔女になるつもりなどないというのですね?」

「え?」

 

 少し、きつい言い方になってしまうのは仕方のないところ。だがマクゴナガルは、それでいいと考えていた。ここは、反発というか、反論してほしいところ。本音が聞きたいのだ。重ねて言う。

 

「だって、そうでしょう。ホグワーツは、魔法を学ぶ場所です。そこへの入学を拒むのは、つまりは魔法の勉強を拒むということ。その結果として、魔女になれなくてもよい。魔女にはならない。そういうことではありませんか」

「ち、違います。そうではありません。わたしは、魔女になります。なりたいのです。クリミアーナの娘として目指すものがあるのです。勉強だって、3歳のときから毎日、欠かしたことなどありません」

「では、なぜです? ホグワーツで学ぶことは、決して遠回りではありませんよ。むしろ、あなたがすぐれた魔女となるために、大いに役立つでしょう」

「マクゴナガル先生」

 

 魔女になりたい。それがアルテシアの本音であろうことに、疑いはない。その言葉を言わせたことで、マクゴナガルは説得には成功したと思った。あとは、いま少女にあの表情をさせているのが何なのかを探るだけ。そのわだかまりさえ解消してやれば、アルテシア・ミル・クリミアーナは、明後日の11時、キングズ・クロス駅の9と4分の3番線からホグワーツ特急に乗るだろう。

 

「なにか、気がかりがあるのですね。言ってみなさい」

「はい。あの、マクゴナガル先生」

「なんでしょう」

 

 さすがに言いにくそうにしているが、相談する気にはなったようだ。ほどなくして、その言葉が語られる。

 

「魔法族と称される人たちがいることは知っています。ホグワーツは、その人たちの学校なのですよね?」

「ええ、そのとおりです」

「その魔法族の人たちとわたしたちの魔法は違う。似てはいるが、違う。わたしはそう思うのです。そんな異端のわたしでも、ホグワーツは受け入れてくれるのでしょうか? わたしはそこで魔法を学べますか?」

 

 魔法が違う? さすがのマクゴナガルも、その言葉には違和感を覚えずにはいられなかった。だが、それも一瞬のこと。なにをもって魔法が違うと言うのかはよくわからなかったが、おそらくそれは見かけ上のことにすぎない。たとえるならば、言葉における方言のようなもの。その程度の違いはあったにせよ、魔法というものの本質は変わらない。魔法は魔法だ。

 マクゴナガルは、そのように考えた。ゆえに、アルテシアが悩む必要などないのだと。そしてそれは、そのままアルテシアへと伝えられる。

 その夜、マクゴナガルは、クリミアーナ家に泊まることになった。

 

 

  ※

 

 

 マクゴナガルは、クリミアーナ家の食堂にいた。こうして夕食を終えたあとも食堂に残っているのは、アルテシアから相談したいことがあると言われたからだ。そのアルテシアは、持ってくるものがあるからと、いま部屋を出ている。自分の部屋にでも行ったのだろう。

 お茶を飲みながら、アルテシアを待つ。それにしても落ち着く部屋だ、とマクゴナガルは思った。夕食はとてもおいしかったし、このお茶も、口に合う。まるで、自分の好みを知っているかのようだ。

 

「すいません、お待たせしました」

 

 軽くドアがノックされ、アルテシアが戻ってくる。その手には、黒塗りの本が1冊。さしずめこれが魔法書なのだろうと、マクゴナガルは思った。クリミアーナ家では、魔法の勉強に魔法書を使うのだと聞いたことがある。もしかするとなにかで読んだのかもしれないが、たぶん、彼女の母親に会ったときに聞かされたのだ。

 

「マクゴナガル先生、教材と教科書は、明日買いに行くということでしたが、わたしにも杖が買えるのでしょうか? もちろん、明日お店に行けばわかることではありますけど」

「もちろん、買えますよ。いいお店を知っています。心配はいりません」

「そうでしょうか」

 

 ここにもなにか、気がかりとなることがあるようだとマクゴナガルは見てとった。だがアルテシアは、それ以上はこのことに触れず、話題を変えた。その手にしていた本を、マクゴナガルに示す。

 

「この本は、学校指定の教科書ではありません。ですが、わたしにとっては魔法の勉強には欠かせないものです。これを、ホグワーツで勉強に使用しても大丈夫でしょうか」

「その本を、学校に持っていきたいというのですね」

「毎日、少しずつでも読んていきたいのです。でも、こっそりと隠れて読んだりなどはしたくありません。なので、あらかじめおうかがいしておこうかと」

「ひょっとしてそれは、魔法書ではありませんか?」

 

 この言葉に、アルテシアはかなりびっくりしたらしい。マクゴナガルが、魔法書のことを知っていたことが意外だったのだ。そのことは、誰も知らないとでも思っていたのだろう。

 

「どうしてご存じなのですか?」

「どうして?」

「まさか、ご存じだとは思いませんでした。これはクリミアーナ家歴代のご先祖の手によるものなので、クリミアーナ以外ではだれの目にも触れることがないはずのものなんです。まさか、知っている人がいるなんて思いませんでした」

 

 実は、クリミアーナ家の歴史がいつはじまったのかは、はっきりしていない。先祖の手による魔法書のすべてが残っていればともかく、その一部しか残されていないからだ。クリミアーナ家の魔女は、自分が得た知識、その魔法力のすべてを詰め込んだ本を残し、この世を去る。そしてその本が子孫たち、すなわちクリミアーナ家に生まれた娘への教材となる。この本を学ぶことで、クリミアーナ家の娘は、クリミアーナの魔女となるのである。

 そんな貴重な本のすべてが残されていないのは、本の差し替えが発生するからだ。たとえばアルテシアが魔女となったとする。アルテシアは成長し、知識を得て、さらに魔法力を磨いていくだろう。その結果として、彼女が学んだ本を残した先祖の魔女を超えてしまうかもしれない。本の差し替えは、そのときに発生するのだ。残るのは、より高く深い能力を持つほうの本だけ。なのでその数が増えることはほとんどない。それが魔法書たちの意思によるものか、それとも誰かの仕掛けによる結果なのかは不明だ。

 

「さすがに授業中に広げることは許可できませんが、休憩中や自由時間に読むのはかまわないでしょう。わたしが認めます。学校に持っていってもいいですよ」

「ほんとですか! ありがとうございます」

 

 アルテシアは、ほんとうに嬉しそうだった。それほどに大切な本なのだろう。そのとびきりの笑顔に、マクゴナガルは興味をひかれた。この少女は、こんなふうにして笑うのだ。そしてこの笑顔こそが、彼女そのものなのだろう。

 

「ミス・クリミアーナ。とても大切そうなその本が、いったいどういう本なのか、聞かせてもらってもいいですか?」

「え? ご存じだったのではないのですか」

 

 この本を見るなり魔法書だと言ったのは、ついさきほどのこと。なので当然、知っているものだと思っていた。そんなアルテシアに、マクゴナガルは、苦笑いを浮かべながら、こう言った。

 

「魔法書だということはわかりますが、詳しいことはなにも。たとえばどのようなことが書かれているのですか?」

「ええと、そうですね。言葉で説明するのはとても難しいのですが、あえて言うなら、ここには魔法が書かれていて、わたしたちは、それを読むことで魔法力を身につけていきます。そのための本ということです」

「読めば魔法力が身につく、のですか。いま、そう言いましたね」

 

 そのときマクゴナガルが思ったのは、スクイブのことだ。あるいはマグルがこの本を読んだらどうなるか。

 スクイブというのは、せっかく魔法族の家に生まれながらも魔法力を持っていない人のことであり、マグルは、魔法族ではない人たちのこと。たとえばこの人たちがこの本を読んだなら、魔法力が身につき、魔法使いとなれるということなのか。そんなことが可能なのか。

 マクゴナガルの常識では、たとえばマグルがホグワーツに入学し、欠かさず授業に出席し、懸命に勉強したとしても、魔法使いにはなれない。魔法力のない人は、どうやっても魔法は使えないのだ。だがもし、魔法力そのものを身につける方法があるのだとしたら。もし、そうならどういうことになるのか。いや、まさかそんなことが……

 

「あの、先生。マクゴナガル先生、どうにかされましたか?」

「え?」

 

 おもわず考え込んでいたらしい。そんなに長い時間ではないはずだが、その間にアルテシアが言ったことは聞き逃してしまったのだろう。

 

「すみません、おかしなことを言ったつもりはなかったのですが」

「あぁ、いえ。そういうことではありません」

 

 いったいわたしは、何を聞き逃したのだろうか。なにか、とても大切なことだったような気がする。だが、そのことを後悔している暇はなかった。その後のアルテシアの提案は、それほど衝撃的だった。

 

「では、マクゴナガル先生。もしよろしければですけれど、この本を学んでみられるのはどうでしょうか」

「え! わたしがこの本を」

「はい。本のことを言葉で説明するのは、ほんとうに難しいのです。興味がおありでしたら、実際に体験していただくほうがいいのではないかと考えました」

「わたしがこの本を、ですか。みせてもらっていいですか?」

 

 テーブルの上には、アルテシアが持って来た本が置かれている。実際に手にとり、なかを見てみたかったのだが、アルテシアは立ち上がった。

 

「先生、こちらへどうぞ」

「え?」

「寝室へご案内します。先生の本を決めるのは明日の朝にしましょう。朝のほうがいいのです」

 

 明るい太陽の笑顔で、アルテシアはそう言った。本を決めるとは、どういうことだろう。いろいろ聞きたいことはあったが、マクゴナガルはアルテシアのあとに続いた。

 

 

  ※

 

 

 翌朝。

 目を覚ましたマクゴナガルは、身支度をすませると部屋を出る。そして、食堂へと向かう。昨夜、そうするようにと言われていたからだが、食堂には、50歳くらいかと思われる女性がいた。もちろん、初めて見る顔だ。アルテシアの姿はない。

 

「ああ、ホグワーツの先生さまですね。あたしは、パルマというものです。この家で、アルテシアさまのお世話をしている者ですがね」

「ああ、そうですか。昨日はおいでではなかったようですが」

「へえ、たまの休みというやつでしてね。シャイの家に遊びに行ってましたよ。おかげでのんびりさせてもらいましたが、先生さまには不自由おかけしてすみませんでしたね」

「いいえ、その点は大丈夫でしたが、ミス・クリミアーナはどこに?」

 

 椅子をすすめられ、そこへ腰を下ろしながらの会話だ。すぐに飲み物が運ばれてくる。

 

「ミス・クリミアーナ、ですか。変わった呼び方をされるんですね」

「そうでしょうか。ごく普通だと思いますが」

 

 この女性は、いわゆる使用人なのだろう。アルテシアさま、という呼び方を考慮すれば、そんな答えが出てくる。だされた飲み物へと手を伸ばす。

 

「シャイもそうですけど、このあたりの住民はみな、お嬢さまって呼ぶんですよ。だから、意外な感じがしましてね」

 

 テーブルの上に、焼きたてらしいロールパンにサラダ、コーンスープが並んでいく。朝食、ということだ。

 

「アルテシアさまは、書斎で待っておられますよ。食事が済んだらご案内しますです」

「そ、そうですか」

 

 寝ぼうしたつもりはないのだが、アルテシアのほうはすでに朝食を終えているらしい。

 

「パンには、マーマレードかバターか、どっちがいいですかね。そのままでも、十分においしいですけどね」

「では、このままいただきましょう。焼きたてのようですが、これはあなたが?」

「いいえ。パンづくりはアルテシアさまにお任せしていますからね。あたしよりずっと上手なもんで、いつもお願いしてるんですよ」

 

 たしか、パルマと名乗ったはずだった。パルマの口調や声の響きが、耳に心地よい。適当に会話をしながらの朝食は、意外に楽しいものだった。

 

「ところで、先生さま。あたしもホグワーツとやらに行くことはできませんかねぇ。全寮制だそうですが、アルテシアお嬢さまのお世話はあたしがしたいんですけどね」

「それは許可できませんが、あのしっかりしたお嬢さんならなにも心配いらないと思いますよ」

「お嬢さまにもそう言われたんですけどね。けどね、先生さま。アルテシアさまがこの家を出るのは生まれて初めてなんですよ。心配にもなろうってもんですよ。でも、仕方がない。この家の留守もまもらないといけないし」

 

 そんなこんなで食事も終わり、アルテシアの待つ書斎へ。だがそこは、マクゴナガルが想像する書斎とはずいぶん様子が違っていた。なにしろ、広い。入って左側にはずらりと本棚が並び、その全部に本が詰まっている。書斎というより、図書室だ。食堂にあったものよりは小さいが、椅子が6脚あるテーブルは、おそらく閲覧用なのだろう。奥には机もある。揺り椅子も置いてあった。

 

「マクゴナガル先生、おはようございます」

「おはよう、ミス・クリミアーナ。おいしい朝食をいただきましたよ」

「はい。お口に合ったのならよかったです」

 

 そこで、パルマが割って入る。

 

「アルテシアさま、あたしはいないほうがいいんですよね」

「あ、そうだね。邪魔にするつもりはないんだけど」

「なに、承知してますよ。では、出かける支度をして待ってますです」

 

 パルマが書斎を出る。いちおう、書斎と言っておく。

 

「では先生、始めようと思いますが、いいですか? もちろん、やめられてもかまいませんけど」

「いえ、ぜひお願いしたいですね。あなたもこれからホグワーツで学ぶのですから、わたしもあなたたちのやり方を学びましょう。お互いにがんばりましょう」

「はい。では、こちらへ」

 

 閲覧用の広いテーブルの入口側に立つように指示される。アルテシアは、その反対側に。そして、テーブルの上に並べられたのは、昨日、アルテシアが持っていた黒塗りの本と、外見上はまったく同じ本が4冊。

 

「マクゴナガル先生、これがわが家に伝わる魔法書です。わたしたちの魔法では、大きく4つの系統に分けられます。その、それぞれを代表する4冊です。そしてここに、もう1冊あります」

 

 それは、アルテシアが手に持っていた。その本を、並べられた4冊とは別の列に置く。マクゴナガルに近い方の列に4冊、アルテシアに近い方の列に1冊ということになる。

 

「それで、どうするのですか?」

「どうぞ、お好きな本を選んでください。それが、マクゴナガル先生の本ということになります」

 

 選べ? 選べと言われても、外観上はまったく同じ本なのだ。中身は違うのだろうが、こうして見ている限りでは、それはわからない。開いてみるしかないだろう。

 マクゴナガルは、とりあえず中を見てみるために自分の側の列の右から2番目の本を手に取った。その本は、見かけとは違いさほど重くはなかった。背表紙になにか記号のようなものが刻まれているが、それ以外にはなにもない、なんの文字も刻まれていないただ黒いだけの本。その表紙を開いてみる。

 

「なんでしょう、これ。なにが書いてあるのか、全然わからないのですが」

「それでいいのです、先生。初めての人は、そういうものです」

 

 みればアルテシアは、他の本を片付け始めている。だがマクゴナガルは、まだ本を選んだつもりはない。ただ様子を見るために手にとっただけなのだ。

 

「あの、ミス・クリミアーナ。わたしは、まだ」

「いいえ、先生。先生は、選択しました。その手に本があるのが、何よりの証拠ですよね」

 

 ほんとうに、この子の笑顔は見ていて気持ちがいい。こっちまで笑顔にさせられてしまうようだ。そんな笑顔で言われたからというわけではないが、きっと、これでいいのだろう。そう思うことにした。どうせ、それぞれの本の違いなどわからないのだし。

 

「先生、その本の上に手を置いてください。こんな感じで」

 

 みればアルテシアは、テーブルに手を着いている。それを真似て、本の上に手を乗せる。

 

「自分の名前を言ってください。そうすれば、その本はマクゴナガル先生の本となります」

「名前を?」

「はい。たとえばこんなふうに。『わたしは、ホグワーツ魔法魔術学校のミネルバ・マクゴナガル。これから、あなたを学びます』」

 

 とにかく、言われたとおりにするしかない。それがどんな意味を持つのかわからないが、とにかくそのとおりにすると、一瞬、本が光った。そんな気がしただけかもしれないが、一瞬だけ、たしかに輝いたようだとマクゴナガルは思った。

 

「これで終わりです。じゃあ、先生。教材を買いに行きましょう。ええと、どこに行くんでしたっけ?」

 




 1話あたりの分量をどうしようかと、実は悩んだのです。今回は多めかもしれません。適量がどれくらいになるのかは、この先おいおいとわかってくるかな、と。
 それはさておき、クリミアーナ家の一人娘であるアルテシア嬢は、ホグワーツ入学を決意しました。1話のなかで触れられていたとおり、アルテシアは魔法が使えません。そんな娘を、なぜホグワーツに入れるのか。その理由は、ダンブルドアが第3話で話してくれるでしょう。第2話では、ダイアゴン横丁での買い物のお話となります。

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